守矢の亡霊巫女   作:飛煙

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第一話「早苗と女の子」

 幻想郷は夜を迎えていた。月も隠れて光が消えた森の中に、迷える霊が今消えようとしていた。

 

「あぁ......消える、消えちゃう.......!」

 

 どうやら消滅はこの霊が望んだことではないらしい。

 

『消える、消える。』

『死ぬ、いなくなる。』

 

「な、に......?」

 

 幸か不幸か霊の周りに人魂(ひとだま)か霊か曖昧な存在、未練だけは確かにある者達が集まっていた。

 

『嫌だ、死にたくない。』

 

「うぅ......こわいよぉ!」

 

『こわいよぉ、こわいよぉ。』

 

 (ちから)の無い者は一人で死ぬことも許されない。気付けば、騒々しい墓場が作られていた。

 

 その霊が選ばれたのは偶然だったのかもしれない。誰かがその霊に取り憑いた。

 

『からだ、みつけた。』

 

「い、いやっ!出てって!!」

 

『からだ?』

『おうち、みつけた。』

『かえろう、かえろう。』

 

「来ないでぇ!やめて!やめてよぉ......!」

 

 ひとり憑けばまたひとり。

 

 憑けば憑く程存在感は強くなっていた。

 

「嫌ぁ......入って来ないでよぉ......」

 

 ただこの霊にとってはそんなことはどうでもよかった。消滅の恐怖から、異物が入るという恐怖が襲ってきただけである。

 

『おうち、どこ?』

『またかえらなきゃ。』

 

 皆が皆憑け入ることができているわけではなかった。未練同士が意味もなくぶつかり合い、弾き出されてしまう者がいたのだ。

 

「ぐぅ......!嫌だ、私の中から、わたしが、でていく......!」

 

 その対象には憑かれている霊も含まれていた。

 霊は必死に自我を保っていた。

 

『あぁ、どこ?』

『かえらなきゃ、かえらなきゃ。』

『また、もどらなきゃ。』

 

 そんな努力を汲む者などこの場にはいなかった。ただの未練は霊に取り憑く機械となっていた。

 

 出ては入って、出ては入って。

 どれだけ繰り返しても安寧が訪れないことに、未練達は不満を募らせていた。それは時間が経つ程積み重なり、取り憑き合戦の苛烈化がそれを示していた。

 

「あ......う、うぅ......おぁ......」

 

 もはや言葉を発することすらままならない。自分の中で異物が混ざり合って、どれが自分の自我なのか曖昧だった。

 取り憑かれる程存在感だけは大きくなり、周囲の未練をすべて取り込むことができる程度の器は完成していた。

 ただ、すべての未練が居座るだけで満足するわけではない。明確な自我を欲し、乗っ取ろうとする者同士で争いが続いていた。

 

「......」

 

 霊はただ耐えていた。同時に消えることすらできなかった。存在は器として、自我は器の底にぎゅうぎゅうと押し込められてこびりついてしまったのだ。

 

 終わりの見えない争いは噂を生んだ。どうやら森の中、ある場所に、未練を晴らせる場所があるようだ。

 噂は新たな未練を呼び、未練は新たな争いを生み、争いは新たな噂を生んだ。

 

 消えたのは霊でも未練でもなく、【終わり】だった。

 

 

 

 守矢(もりや)神社は妖怪からも信仰を得ていた。順序としては最初に妖怪から信仰を得ていたので、人間からも信仰を得ていると言った方が正しいのかもしれない。

 とにかく、この神社の周りに妖怪がいることはそれほど珍しいことではなかった。

 

 神社の巫女である東風谷(こちや)早苗(さなえ)は、そういった神社の都合もあって人間の知り合いが少なかった。今日も今日とて巫女と妖怪が歓談するという非日常が、守矢(もりや)神社では日常として送られていた。

 

「巫女さんは幽霊退治とかするのか?」

「幽霊退治、ですか。妖怪退治には手を出しましたが、幽霊はあまりないかもしれません。」

 

 幽霊は妖怪ほど存在が強いものでもないため、自ら進んで関わることもなかった。

 

「へー、意外とやること少ないんだな。」

「人間の信仰を集めることにあまり繋がりませんからね。人間が霊に関わることは意外と少ないのです。」

「自分たちの成れ果てなのにな。」

「そういえば、急に幽霊の話なんてどうかしたんですか?」

「いやなに、最近心霊激熱スポットという噂を聞いてね。巫女さんが興味あるなら話そうかと思ったんだが......」

「超興味あります!教えてください!!」

 

 話によると、霊、人魂(ひとだま)、他、存在感の薄い者達の願いを聞き届ける場所があるのだとか。だから激熱『心霊スポット』ではなく、心霊『激熱スポット』と言うらしかった。

 願いを叶えるなぞ神の御業(みわざ)。博麗神社と一旦の話がついたというのに、新たな派閥(ライバル)が現れたとなれば問題だ。

 

 幻想郷最先端(自称)の神社の巫女として、先手を取りたい事柄だった。

 早苗(さなえ)は信者の妖怪に礼を伝え、ひとりで心霊激熱スポットを探しに行った。

 

 

 

 話を聞いた限り、心霊激熱スポットがどんな場所なのかは定まらなかった。巨大な睡蓮(すいれん)があるだの、月が地上に降りてきているだの、噂話らしく表現の幅に富んでいた。

 当然、探し当てようにも時間がかかった。霊を追跡しようにも真昼間から彷徨(さまよ)っている霊など簡単には見つからなかった。早苗(さなえ)は、激熱心霊スポットも聞いておくべきだったと後悔した。

 

 ()は陰り、空の色はじきに夜を迎えることを知らせていた。

 一度探索を打ち切るには丁度良い時間だ。しかし、その必要はないだろう。

 早苗(さなえ)の目の前には、白くぼんやりと輝く(まゆ)があった。2メートル程はあろうか。明らかに化け物だったが、妖力は感じない。むしろ自分にとって馴染みのある霊力の塊がそれだった。確かに、こんなものが落ちていれば不安定な者達は惹かれること間違いなしだろう。

 

 早苗(さなえ)(まゆ)に近付いて違和感を覚えた。(まゆ)の輪郭が動いているようだった。

 

「......?」

 

 (まゆ)から何か音が聞こえるような。早苗(さなえ)は目を張り、耳を澄ませた。

 

「......ぇ」

「......(声?)」

 

「...ぁ......たすけ......」

「女の子がっ!?」

 

 早苗(さなえ)は動く輪郭の隙間から、女の子の声と姿を目撃した。

 

 (まゆ)()じ開けようと早苗(さなえ)は札を投げた。(まゆ)に札が当たると爆発が起き、女の子までの道ができた。瞬間、(まゆ)がぐるぐると回転を始めたのだ。白いのは(まゆ)でなく、女の子に群がっていた人魂(ひとだま)だったのだ。

 

 人魂(ひとだま)は激しく女の子の周りを回ったかと思うと、大きく扇状に広がり始めた。それに意図があるのかは早苗(さなえ)の知らぬところだが、女の子が丸見えになった今、助け出すには絶好の機会だった。

 

「今行きます......っ!?」

 

 近付く早苗(さなえ)に突撃してくる人魂(ひとだま)が複数。正に粉骨砕身といった様子で、その素早い行動に早苗(さなえ)は対処せざるを得なかった。その隙、扇状に広がった人魂(ひとだま)達が一斉に女の子に突撃し始めた。

 

「待ちなさいッ!!」

 

 声を上げるも(むな)しく、女の子は人魂(ひとだま)(ぐん)に埋もれてしまった。

 

 人魂(ひとだま)達は姿を変えた。大きな人間の半身に、扇状の襟のようなものが首の周りについている。そこには数多(あまた)の人の顔が浮きは沈みを繰り返していた。

 たった今、化け物が誕生した。

 

 化け物は浮遊し、空を目指す。早苗(さなえ)には未練がないのか、化け物は構うことなく上を見ていた。

 

「待ちなさいと、言っているッ!」

 

 早苗(さなえ)は札を3枚、化け物の顔が浮き沈みしている所に投げつけた。札が爆発し、散った化け物の欠片が人魂(ひとだま)となって早苗(さなえ)を襲う。

 それらを処理して化け物を見るが、爆散したはずの部位が復活していた。そして、化け物の注目は空から早苗(さなえ)に移っていた。

 

『死にたくない。』

『こ、殺される!』

『あぁ!家に空きができた!』

『かえろう、かえろう。』

 

「一体幻想郷のどこにこれほどの霊がいたのでしょう?」

 

 未練が未練を生んでいるのだが、早苗(さなえ)からすればそんなことは知る(よし)もないだろう。

 

「一気に削れば、霧散するでしょう。食らいなさい!」

 

 早苗は蛙を模した炸裂弾を放つ。が、それは悪手だった。

 

『ぉぁああああ__!』

「っ!これは、まずいです......ねっ!!」

 

 未練は未練を生む。有限の塊であれば早苗(さなえ)の作戦は悪くなかったのだが、早苗(さなえ)によって未練の解消を阻まれた霊は新たな念として化け物に力を与えた。

 派手に爆散した部位は(ただ)ちに修復され、大量に発生した人魂(ひとだま)早苗(さなえ)に向かって突撃する。

 

「鎮まりなさい!」

 

 人魂(ひとだま)を結界で沈静化させ、人魂(ひとだま)が霊力として圧縮されきる前に弾幕をぶつけて霧散させる。しかし、あまりの量に多数の沈静化された人魂(ひとだま)が霊力弾として早苗(さなえ)に襲い掛かった。

 

 早苗(さなえ)は、ここが人里や(やしろ)ではなくて良かったと思うと同時に、化け物への対処方法を考える。

 あの明らかに頭ですといった場所はコアではないようだ。コアを見つけようにも消耗しない相手に対して持久戦をするのは分が悪い。

 

「やっぱり、パワーが最強の解なのですっ!」

 

 早苗(さなえ)は空中で静止した。足下に幾何学模様が浮かぶ。

 

__蛙符(かえるふ)手管(てくだ)蝦蟇(がま)

 

 激しい爆発が化け物を襲う。蛙が爆発し、爆発から蛙が生まれ、生まれた蛙が爆発する。未練など抱く間もなく、化け物は蛙の輪唱に飲み込まれていった。

 が、早苗(さなえ)は目撃してしまう。化け物の左胸に穴が開いた瞬間、飲み込まれていた女の子がそこにいた。

 

「止まって!」

 

 化け物は充分に崩壊し、女の子は化け物から切り離された。散った人魂(ひとだま)が再編されることはないだろう。

 早苗(さなえ)は術式を途中で解除し、落下している女の子を助けに向かう。

 

「よい、しょ......間に合いました。」

 

 地面に降りて、抱きかかえた女の子の顔を見る。

 

 だからだろうか、一際(ひときわ)強い未練を持った人魂(ひとだま)の突撃に早苗(さなえ)は気付けなかった。

 

「ぅ......うッ!」

「わわっ!」

 

 女の子が目を覚ましたかと思うと、急に早苗(さなえ)を跳ねのけたのだ。

 早苗(さなえ)のかわりに女の子に人魂(ひとだま)が直撃した。

 

「あぁ......あっ......ぅぁ」

「離れなさいッ!!」

 

 すべてが入り込む前に人魂(ひとだま)を追い払うことには成功した。

 

「大丈夫ですか!?」

「ふっ......うぅっ、あ、あっ」

 

 早苗(さなえ)は女の子を落ち着かせるために抱きかかえた。女の子は震え、必死に早苗(さなえ)の服を掴んでいた。

 

「落ち着いて下さい。大丈夫です。もう大丈夫ですから。」

「あ、あ......あり、が......と。」

「っ!」

 

 女の子はもう未練がないと言わんばかりにぴくりとも動かなくなってしまった。

 早苗(さなえ)は自分の血が引いていくのを感じた。自分はこの子に助けられただけで終わるのか。

 いや、そんなことはない。ここは幻想郷、あらゆる怪奇が起こる場所。そして、私が奇跡を起こす場所でもある。

 

「大丈夫、きっと大丈夫......まだ大丈夫ですから......!」

 

 早苗(さなえ)は女の子を抱えて、急いで守矢(もりや)神社へと帰るのだった。

 

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