守矢の亡霊巫女   作:飛煙

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第二話「進展」

 早苗(さなえ)はあの晩から元気がない。その原因は目の前で眠りこけている女の子だった。

 

「君さー、そろそろ起きなよ。」

 

 反応などあるはずもなかった。当然、声をかけた洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)も反応など期待していなかった。

 早苗(さなえ)の話を聞いて、最後にはらった人魂(ひとだま)がこの子のものである可能性が高いと諏訪子(すわこ)はみていた。

 

「まぁ、君はもう起きていて尚、目を覚ましていないんだろうけど。」

 

 その証拠に、彼女の気力は植物と同等かそれよりささやかなものとなっていた。

 衰弱した状態で早苗(さなえ)を押しのけるために消費した力と、早苗(さなえ)が追い払うまでに入り込んだ力の和がこの植物状態を作り出したのだろう。

 彼女は早苗(さなえ)が未熟だったから危険な目に遭った存在であると同時に、早苗(さなえ)が未熟だから助かった存在でもある。

 少なくとも諏訪子(すわこ)はそう見積もっていた。ただ、この思考を誰に伝えることもしなかった。

 

 帽子を床に置いて、諏訪子(すわこ)はおもむろに女の子の上に(またが)った。

 

「君があの時、早苗(さなえ)を救いの女神とでも思ったのか、ただの感謝が私の(もと)に届いたのかは分からない。」

 

 諏訪子(すわこ)の小さな両手が、彼女の(ほお)を優しく包んだ。

 

「ただ確かに、君の心は神に届いた。」

 

 諏訪子(すわこ)の人差し指が(ほお)から(まぶた)へと伝う。

 そして、未だ目覚めぬ少女の目は神の指によって開かれる。

 

 神の目が少女の(ひとみ)にうつり込む。

 

「不釣り合いな信仰には利福(りふく)(もっ)(こた)えよう。」

 

 顔を近付けた諏訪子(すわこ)が何かを囁くと、月明りに照らされた諏訪子(すわこ)身体(からだ)が青白い霊気で包まれた。神秘的な気配が部屋に充満すると、霊気は諏訪子(すわこ)を伝って少女に注がれる。

 

 (うつわ)(くう)霊験(れいげん)で満たされた。

 

 

 

 底に沈んだ顔がおもてに来るにはまだ少しかかるだろう。

 諏訪子(すわこ)は縁側に座ると、帽子を(もも)に乗せ、両手を後ろに置き空を見た。

 

 考えるのは早苗(さなえ)のこと。彼女は幻想郷に来てから、ここの環境に馴染む努力を怠らなかった。元々天気を呼ぶなどの御業(みわざ)にあたる行いで(まつ)られていた彼女は、妖怪退治などはあまりしたことがなかった。それでも知名度がない幻想郷で布教するには、妖怪退治の姿を見せるのも大事だったのだ。しかし、それを生業(なりわい)としている者は以外と多かった。差別化を図るべく、早苗(さなえ)は異変解決にも前向きになっていった。ただ、異変解決の手法は至ってシンプルだった。弾幕ごっこが強いやつが勝ち。どんな罠に嵌められようとも、どんな思惑が絡もうとも、ここではすべてが弾幕ごっこに終結してしまうのだ。彼女は時に『幻想郷では常識に囚われてはいけない』と言う。だが、異変に首を突っ込んで自信をつけるということは、裏を返せば幻想郷のルールに囚われるということだった。

 

「本当によくできた(かご)だよ。」

 

 今回はその()の悪いところが出た。考えるべきは勝敗ではなく救済への道筋。相手も目的のために異変を起こしている者ではなく、異変そのものを相手にしているようなものだった。

 彼女が自らの手で異変を解決したといえるのは今回が初めてだろう。

 

「方針の変え時かなー。」

 

 来たばかりの頃から信仰集めに夢中になっていたが、そろそろ潮時だ。

 幻想郷の巫女としてではなく、守矢(もりや)の巫女として強くなってもらおう。

 

「そうと決まればあの子にも働いてもらおうかな~。早苗(さなえ)のためとはいえちょっと報いすぎたし。それに__」

 

 ”彼女はもう、守矢(もりや)からは離れられない。死にたくないならね。”

 

 

 

「......はぁ。」

 

 早苗(さなえ)は目が覚めて早々に溜息(ためいき)をついた。

 

 自分の代わりに攻撃を受けた女の子はずっと眠っている。まるでそれが自然体だといわんばかりに、起きる気配はなかった。

 

 早苗(さなえ)はあの晩の出来事を悔いていた。

 振り返ってみれば未熟も未熟。異変で活性化する妖精と全く変わらない己の立ち振る舞いに、どうしようもない恥ずかしさと、その行動によって生まれてしまった被害に対する自責の念が、ぐるぐると行き場を探して心の中に雲をつくっていた。

 

 力不足ならば修行を積めばいい。だが経験不足による失敗はどうすれば備えることができるのか、早苗(さなえ)が納得できる答えはまだ出ていなかった。

 

 ライバルであり幻想郷の先輩巫女である霊夢(れいむ)に相談したのだが、

 

『まずはその辛気臭い顔をなんとかしてから来なさい。うちには気に()く言葉なんて置いてないの。心細いのならお守りでも買っていきなさいな。』

 

一蹴(いっしゅう)されてしまった。

 

「辛気臭くなかったら相談なんてしませんよぉ......」

 

 早苗(さなえ)は取り付く島もないといった状況に、弱音をこぼしながらもひとり思考を巡らすのであった。

 もはや習慣となっている自問自答が終わると、早苗(さなえ)は布団から出ることにした。

 何かをしていた方が頭の中はすっきりするものなのだ。

 

 

 

 早朝の仕事を終え、朝食を作った早苗は、守矢(もりや)神社の二柱(ふたはしら)である神奈子(かなこ)諏訪子(すわこ)を呼びに行く。途中、女の子の様子を(うかが)ったのだが、未だ目を覚まさずという容態であった。

 

 神奈子(かなこ)を見つけた早苗(さなえ)は、諏訪子(すわこ)の居場所を聞く。

 

 人の前に立つ神奈子(かなこ)とは違い、諏訪子(すわこ)は神格を保つという名目の(もと)、神として人前に立つことは滅多に無かった。

 

 その性質があるからなのか、彼女が気まぐれだからなのかは早苗(さなえ)にも分からないが、諏訪子(すわこ)には決まった場所というのが無かった。

 

 見つからなくても朝食を食べに自分から来ることもあれば、食卓に座らないことも度々あった。

 

諏訪子(すわこ)は用があるから来れないらしい。作り置きもいらないとさ。」

「用、ですか。」

 

 だから今日はいない日なのだろうと早苗(さなえ)は解釈したのだが、何かが引っかかる。いない日はあるのだが、わざわざ伝言を残すことなど今まではなかった。何も言わずに何かをしている方が彼女らしいのにと疑念を抱き、早苗(さなえ)は思案した。

 

 これはつまるところ、『放っておけ』ということなのだろうか。

 

 何かの(はかりごと)だろうか。気にはなるが、それが彼女の本分なので早苗(さなえ)は気にしないことにした。

 

 二人で食卓についていると、(やぶ)から棒に神奈子(かなこ)が口を開いた。

 

「そういえば早苗(さなえ)、あの子が起きたらどうする?」

「えっ。」

 

 早苗(さなえ)は考えもしなかったという風に(ほう)けた顔をしていた。早苗(さなえ)はどうすれば女の子を起こせるのかとばかり考えていて、もし起きたらどうするのかという着眼点は持っていなかった。

 

「どうしましょうねぇ。」

早苗(さなえ)......あんなに悩んでいたのに何も考えていなかったのかい?」

「うぅ......だってどうしたら起きるかの方が急務じゃないですかぁ!」

生物(なまもの)ならともかく、あの子は霊体でしょう?視野狭窄(きょうさく)ここに極まれり。」

「面目ないです......」

「まあいいさ。それで、早苗(さなえ)はあの子をどうするべきだと思う?」

「うーん......」

 

 目が覚めたら療養してもらって、元気になったらお別れというのが普通の対応ではあるのだが、素直にそうすることもできない理由があった。

 

「あの子に話を聞いてみないと分からないかもしれません。」

「それはどうして?」

「あの子が眠っている間、化け物をはらった場所に調査に行ったんです。今回の異変の原因が分かると思って。でもそこには何もありませんでした。」

「聞いたよ。霊が集団になっている現象も見られなかったんだってね?」

「はい。分からないのは原因だけじゃないんです。あの化け物の目的も分かりません。特定の目的に向かっているようで、実際には互いに場所を取ろうとして争い合っていました。それでいて、あの女の子のことを追い出すどころか手放さないようにしていました。化け物から彼女を剥がすと崩壊し始めたところを見るに、彼女が今回の異変の中心であることは疑いようがありません。」

「ただ中心となっている彼女は早苗(さなえ)に助けを求めていた。」

「そうなんです。この場合に考えられることは2つ、彼女を利用して何かを成し遂げたいという共通の理念があったか、または彼女が何かをやろうとして失敗し、暴走の果てに本来の目的の達成が困難になったのか。もしくはその両方か。」

「それだと3つだよ、早苗(さなえ)。」

「あはは......失礼しました。とにかく、彼女から事情を聞かない限りは難しい話だと思っています。」

「なるほど。早苗(さなえ)、先程化け物が『特定の目的に向かっているよう』と言っていたが、どうしてそう思った?」

「化け物になる前の(まゆ)に攻撃をした後、私を無視して空に向かったんです。方向は確か、(まゆ)が魔法の森側だったので......人里方面の空だったと思います。」

「人里、ね。」

「はい。しきりに『かえらなきゃ』と言っていたので人里に帰ろうとしたんだと思っていました。」

「含みのある言い方をするね。」

「その、幻想郷に来て長いとは言えないんですけど、私は自分なりに人里の歴史を調べたんです。その中で、人間が一度に複数人亡くなった事件についても調べました。ですが、今回相手にした霊の数を考えると比較にならない程被害者が少なかったんです。それで、人里産の霊はあまり多くないのでは、と。」

「霊はその日その瞬間消えるものでもない。総数で見てもその見解は変わらないのか?」

「幻想郷は歴史のある場所なので、さすがに総数で見たら死者の方が多いと思いますけど......でも霊の処理が追い付かず、多くの霊が長く停滞するのは異変です。霊の数は確かに多かったですが、そのような異変が起きているとするには限定的すぎる量でした。第一、そんなに現世に留まり続けて念の強くなった霊ならば、わざわざあの女の子を核にする必要はありません。」

「たしかに。でもそうなると霊の数と死者の数が合わないという問題が出てくる。ほかの霊と混合していたのならばいざ知らず、化け物を構成していた霊は元人間のもので間違いないのだろう?」

「はい......顔も浮き出ていましたし、うわごとを呟いていましたし......あれ?」

 

 本当にそんな理由だろうか?私はあの化け物、いや、(まゆ)を見つける前から人間の霊を相手するつもりでいた。それは何故(なぜ)だ。あの日の記憶を辿(たど)る。私が霊を探すに至った理由は__

 

「噂話です!!」

「う、噂話?」

「はい!私は信徒の妖怪から『心霊激熱スポット』の話を聞いて動いたのです。」

「それが先ほどの話とどう繋がるのか不明だが、その妖怪が怪しいと?」

「違います!そうかもしれませんが、そうじゃなくて、えっと......!」

早苗(さなえ)、茶でも飲んで一旦落ち着きなさい。」

「あっ、はい、すみません......んぐ、ごふっ、ごほっ!」

早苗(さなえ)......」

 

 神奈子(かなこ)早苗(さなえ)の背中をさすってやった。先走っているのは良いことではないが、これはいつもの早苗(さなえ)に戻ってきている兆候かと神奈子(かなこ)は人知れず安堵したのだった。

 

「落ち着きました。ありがとうございます。」

「いい。早苗(さなえ)が話したかったことを聞こうか。」

「はい。まず、私が聞いた話では『心霊激熱スポット』というのは霊体の願いを叶える場所ということでした。ただ、自分の願いを叶えてもらえるという欲求は高度な欲求です。畜生霊が抱く本能的な欲求とは相反するものです。」

「それはどうだろう。畜生霊も存在が強くなれば自我を持つこともあるだろう。それだけで人間の霊とは言い切れない。」

「確かにそうですね。対象はその欲求を抱ける程度の者、ということだったのかもしれません。ただ、私は噂話を広められるような霊は元人間のものだと思ったのです。」

「だから噂話か。」

「はい。利益を他人(ひと)と共有するという社会性から、私は無意識に人間性を感じ取っていたんだと思います。」

「なるほど。だが早苗(さなえ)、それだけであんなに興奮していたのか?まさか思い出してすっきりしただけとは言ってくれるなよ?」

「ご心配なく。私が取り乱したのは、霊の大部分が元人間であり、その数が異常に多かったという事柄に動揺したからではありません。」

 

 噂話は誰が作った?それが偶然少女の近くにいた霊だとしよう。霊はうわ言を呟きながら少女を襲うだろう。その場に偶然他の霊が来て、うわ言を真に受けて少女を襲いだしたとする。その後、噂はどうやって広まる?偶然その場に多くの霊が通りかかった?ありえない。それで集まる霊の規模ではなかった。それに、噂の範囲がそれ程狭いとなれば、霊以外の者がその噂を聞いたとしても、霊のうわ言よりも自分の目で見た事実を広めるだろう。信徒の妖怪が教えてくれた内容と実態を比べた時、その乖離(かいり)の大きから分かること。つまりは__

 

「霊に噂を吹き込んでまわった『誰か』がいます。」

 

 それに気付いたから自分は動揺したのだと早苗(さなえ)神奈子(かなこ)に説明した。

 少女が起きるまで進まないと思っていた事態に進展が見えた。

 

「くー!なんだかやる気で溢れてきました!」

「はは、単純のいいところが出ている。」

神奈子(かなこ)様!ありがとうございます!聞き役を買って出ていただいて......」

「いやいい。視野が狭くなっているのをどうにかしたいとは思っていたんだが、まさかあの女の子以外の話には全く興味を持ってもらえないとは。」

「す、すみません。巫女なのに神様の言葉に耳を傾けないとは......未熟!自分が情けないです......!」

「その気持ちを忘れず、今回の件に臨むといい。」

「はい!進展記念に、あの子の様子を見てきます!」

「はいはい。騒がしくしないようにね。」

「はーい!」

 

 よく分からない理由だが、決意新たにということなのだろう。

 ひと段落ではあるかと思った神奈子(かなこ)は、茶でもすすって穏やかな時間を過ごすことにした。

 

 しかしそれはすぐに中断されることになった。

 飛んで行った早苗(さなえ)が飛んで戻って来たのである。

 さすがに浮かれすぎだと注意を入れてやろうと神奈子(かなこ)は口を開く。

 

早苗(さなえ)__」

神奈子(かなこ)様ッ!!」

 

 神である神奈子(かなこ)の言葉を遮って、早苗(さなえ)は緊迫した様子で言った。

 

「あの女の子が......女の子が、いません!!!」

 

 事態は進展をみせたがしかし、その内容は事件が解決していないということを明らかにするものだった。当然、解決されていないのであれば新たな問題が発生するのは道理と言えよう。

 

 目を覚ます気配が無かった少女は消えた。

 それは()しくも、少女が何者かに狙われていたという可能性が明らかになった直後の出来事だった。

 

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