「じーさんも物好きだな、徒歩で参拝だなんて。
妖怪は手を頭の後ろに組み、土で汚れた老人に向かってそう言った。
「あれはいいものだ。草で足をやられることもないし、疲れもない。木々を眼下におけるなんて思いもしなかったよ。でもなぁ、どうも尊ぶ気持ちを運べている気がしなくてなぁ。感謝を伝えるにはあまりにも苦労がない。それに、あれを利用するのは足が悪くなってからでも遅くはないと思ってね。」
「
「いやぁ、恩人の言葉は痛い。助けてくれた上に付き添いまで、ありがとうよ。」
老人が畜生に追われて転がされているところを、この妖怪が助けたようだった。
「これくらいしか徳を積む方法がないからな。人里は窮屈だからあんまり行きたくないし。」
「嬢ちゃんが畑仕事を手伝ってくれたらみんな泣いて喜ぶのになぁ。」
「俺は人間の幸不幸はどうでもいいからな。生きたければ自分たちで頑張ることだ。」
「でも嬢ちゃんよぉ、あんたほど人助けをする妖怪は珍しい。どうしてそんなことをする。人間の幸不幸なんてどうでもいいのだろう?」
「徳を積むと
「おぉ、あのお方が。とくてん棒というのは、そのじゃらじゃらしているやつかい?」
「そうだ!いい音が鳴るだろう?」
妖怪は手首にぶら下げている細い木の棒を揺らし音を鳴らした。
カラカラカラと
「あぁ、実にいい。風鈴より穏やかだ。」
「そうだろう。きんきんうるさいあれより俺はこっちの方が好きだ。」
「たまに妖精がたくさん鳴らすからなぁ。」
「妖怪よりよっぽど迷惑じゃないか?あいつら。」
「微笑ましい限りだよ。」
「じーさん程生きてりゃ、余裕もあるか。」
「あんさん程じゃないよ。」
「失礼な!俺はまだ十年と生きちゃいないぞ!」
「あぁ、すまない。年齢のことではなく、余裕があるということを言いたかったんだ。」
「なんだ、俺の早とちりか。紛らわしい物言いは俺の余裕に免じて許してやろう。」
「はは、ありがたい。」
妖怪と人間はそんな調子で
「あのー!すみませーん!!」
そこに妖怪と老人が見知った少女が降りてきた。
「あっ!
「あ、そうなんですね!えらいです。また徳点棒をあげたいところなのですが、今人探しをしてまして。
「わかったぞ。」
「
「あぁ!そうです。ここに来るまでに女の子をみかけませんでしたか?ちょうどこの子くらいの高さで、おかっぱの女の子なんですが......」
「このじーさんくらいしかいなかったぞ?じーさんはなんか知ってるか?」
「いやぁ、やんちゃ馬鹿な男の子ならいざ知らず。
「ありがとうございます。実は里の女の子ではなくて、
「そうでしたか。少なくとも降りてきてはないと思いますよ。山には
「俺、
「本当ですか!?」
「おう、えっとな__」
「待ちなさい。」
「え、なんだ?」
「
「それはとても助かるのですが......いいの、でしょうか?」
「当然でございます。探せる者は多い方がいい。」
「えー!俺も巻き込まれるのかー!?」
「おまえさんにはまだ礼をしてなかったな。どれ、里の
「うぅ。里、
「すみません、助かります!では、私は別のところを......!」
「お待ちください。」
急いでその場から飛び去ろうとしている
「
「じーさん説教してる場合かよー!」
「大丈夫です......続けてください。」
「ありがとう。
「はい......」
「あぁ、そんな泣きそうなお顔をされないでください。どれ、
「え?あっ、いえ......あの子の
「なるほど。
「たしかに......たしかにそうですね。すみません、その、自分で思っている以上に気が動転していたようです。」
「じじぃの言葉が役に立てたのなら良いのです。大丈夫です、あなた様の信徒には妖怪も多くいます。山の味方は意外と多い、きっと見つかるはずです。」
「はい、えぇ、そうですよね......ありがとうございます!私は一度神社に戻ってみます!あなた、おじいさんを頼めますか?」
「
「ありがとうございます。おじいさんも、お礼は必ずします。」
「いやぁ、ご利益に比べればこんなこと。見つかった時は私らにも教えてくださればそれでよいのです。」
「はい、必ずお伝えします。では、失礼します......!」
「んじゃあ
「いや、待ってくれ。年はとりたくないなぁ、少し休憩がしたい。」
「えー!?かっこわるいなぁ。
「メリハリ、というやつだよ。」
老人は木を背に座り込んだ。
「早く女の子を見つけないといけないのにー。」
「大丈夫、きっとこっちには来ていない。」
「え?なんでだ?」
「これだけ生きていると、
「そうなのか?言ってやればよかったのに。」
「じじぃの憶測など言えたもんじゃない。」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ。きっと私の憶測は経験で曇っている。」
「ふーん、よくわかんないや。憶測って言うなら、なんで子どもが山を下ってないか仮説でもあるのか?」
「そうだなぁ。」
老人は顔を上げ、目を細める。葉の隙間から空を覗く様は何かを思い出しているようだった。
「子どもはな、あそこで神様を見るんだ。」
「神?
「ちがう、誰でもない。神様だよ。」
神って誰さーと妖怪は文句を言いながら木陰に移動し、大の字になって休み始めた。妖怪と老人の関係は今日一日のものではなかった。そのため、妖怪は老人がこの手の話になると決まって詩的で捉えにくい内容を話すことを知っていた。
「
「迷子になった子はみな健康に過ごす。病にかかった子など一人もみていない。」
老人は誇るようにそう言った。
「それに、私はたしかに目があったんだ。何度か子どもを神社に送り届けていたからかもしれない。きっと神様の興味をひいたんだ。」
老人は幸せを噛みしめるような表情をしていた。
「人だったのか、蛇だったのか、蛙だったのかは分からない。そのどれにでも見えたんだ。」
妖怪は既にすやすやと寝ていた。老人もそのことに気付いていたが言葉を続けた。
「その時は怖くて目をそらしてしまった。足を速めてその場から逃げてしまった。」
「後から思えば酷い無礼を働いたと思ったよ。私は、あの時の無礼を謝りたい。」
「でなければ私は、死んでも死にきれない。」
男が徒歩で参拝する理由は、どうやらそこにあるようだった。
まだ日が浅い時間、草木には露が降りていた。ひんやりとしているからか、少女は足の痛みなど気にも留めずふらふらと歩いていた。
「......」
少女の目の前には、しんと波紋のひとつ立たない水面があった。池はまるで眠っているかのようだった。
水面に映る自分の顔を少女は無言で見つめていた。それが自分自身であると分かっていないような様子で、ただ不思議なものを見るような顔を浮かべていた。
池の中に、少女は足を踏み入れる。水面が揺らぎ、そこに映っていた少女の顔が歪んだ。変化の絶えない顔の形の中に、口を閉じて笑っている少女がいた。
きっとそう見えただけだろう。大して気にもせず、少女は池の中心を目指した。
水が腰くらいの高さまで来ていた。すると、少女の頭の中に記憶が流れ込む。
『お前はすぐ、あの方の一部となる。』
『はい、光栄なことです。』
男の言葉に少女は柔らかい表情を浮かべていた。
『お前が人を代表して、忠誠と信仰の深さをあの方に直接お伝えするのだ。』
『はい、光栄なことです。』
『くれぐれも、身勝手なことはするなよ。』
『はい、もちろんです。』
『では行くがいい。
『はい、もちろんです。』
主張のない会話は終わり、少女は歩き出す。
少女は、池の中にいた。
『ただいま、ミコが参りました。』
池は静かだ。
『お姿を、どうかお姿を見せてはくれませんか?』
少女の言葉のみこだまする。
『......』
何も起こらないが少女は困惑などしていなかった。
『我々の過ちを、許しを請うことなどいたしません。』
『ただ、知ってほしいのです。我々は、わたくしどもは、あなた様をずっとお
『国は大きくなりました。
『それでも、私たちはあなた様のお
聞き手のいない演説は虚しく響く。
『どうか、戻ってきては、もらえませんか?』
少女の目に涙が浮かぶ。
しかし、それに応えるものはいない。
『そう、ですよね。言葉のみでは、あまりにも......』
少女は再び歩き出した。
腰から胸、胸から顔、水面が彼女を飲み込んでいく。
少女はもう、歩いているのか沈んでいるのか分からなかった。ただ、自分の命がもう果てるだろうということは察していた。
『(私にとって、どんなご利益よりあなたと共に過ごし時間が一番の祝福だった。)』
『(それが、こんな形で、終わるなんて。)』
少女は深く深く沈んで行く。
『(あぁ、また会いたかったな。)』
死んでも会いたい相手は、最後まで現れなかった。
記憶の追体験から抜け出した少女の前に、
「これは、あなたの......?」
そこに他の
『あ、
『あそぼー!』
いつかの記憶か、今の思いが伝わっているだけなのか。
「えっと、ごめんね。私はスワコじゃないんだ。私は、わたしは......わ、た......」
少女は自分が何者なのか分からなかった。自分を探すように、水面に浮かぶ自分の顔を見た。
その顔は、口も開かず不気味に笑っていた。
「えっ......」
ただ笑っているかのように思えたそれは、だんだんと存在をはっきりとさせていた。
「っ!」
嫌な予感がした少女は後ずさる。ゆっくりと池の外側に移動し始めたが、それを阻むように何者かが足を掴んだ!
「いやっ、うぶぶぶ......」
足をつかまれた少女は転倒してしまう。浅い場所とはいえ転んでしまっては息もできない。
そのまま殺すつもりなのか、
それを
「げほっ、こほっ、こほっ......みんな......!」
少女は
ある程度移動してから、少女は
「はぁ......はぁ......みんな」
直後、轟音。
「!? ぶはっ。」
少女は水しぶきに襲われて再び転ぶ。
「みんなは......!?」
池の中心を見ると、そこには黒い大蛇が現れていた。紫の線が対照的に入っており、目は白く輝き鋭い殺意を少女に向けて突き刺していた。大蛇の頭の上には少女と瓜二つのナニカが立っていた。
「ひっ!?」
「みんな!でも、ダメみんなも逃げないと......!!」
「違う!私はあなたたちの会いたい人じゃ......!」
弁明しようにもそんな時間はない。ナニカが腕を振り上げると、大蛇の口から青白い煙が少女たちに向かって吐かれた。
「やめてー!!」
発生した風圧に少女は目を開けていられなかった。
「みんな......!」
風がおさまり、目を開けると目の前には
「まったく、懐かしいものに惹かれてきてみれば。」
「えっ......?」
白い大蛇の上には、青紫の服に蛙をイメージさせる特徴的な帽子を被った金髪の少女がいた。
「あの時消えたと思ってた信仰が、まさかこんなところに沈んでいたなんて。」
金髪の少女はオレンジ色の輪っかを両手に持ち、相手を突き刺すようにこう言った。
「私になりすまして腹を満たしていたのはお前か?」
『しゃああああああ!!!』
黒い大蛇が咆哮をあげた。その上に立っているナニカの顔からは笑顔が消え、忌々しそうに金髪の少女を睨みつけていた。
「騙し取った信仰を使えば弱小神程度にはなれただろうに。その姿......」
ナニカと少女を見比べ、呆れるように言った。
「騙すことしか考えられない。所詮、知能を欲に落とした者の末路か。」
あまりに大きな存在感のやり取りに、少女は圧倒されていた。
「君、もう少し離れてなよ。」
「あっ、す、すみません......!」
「君たちは彼女のそばにいてあげて。」
どこにいたのか、
「(もしかして、あの人が
「君たち......そっか、せっかくだもんね。」
「久々に、あの時のように一緒に遊ぼっか!」
黒い大蛇が池の中から黒い紐を何本も白い大蛇へ向かって伸ばした。
それを、
「忘れているのならば再び名乗ろう。私は
それは過去の因縁か。少女の知らぬ戦いが始まった。