白と黒の大蛇が激しく争い合っていた。一方が噛みつこうとすると一方がひゅるりとかわす。互いに致命をさけるためにジャブを打ち合っている状況だった。
野生の蛇ならば均衡は体力で崩れるがしかし、この2匹は野生の蛇ではない。一方は信仰を
池の中から拘束、または刺し殺すために放たれた鋭い黒い紐は信仰の白い紐によって
互角と思われた戦いは、蛇の頭の上で形勢を変えつつあった。
「君もしぶといなぁ」
最初は襲われていた少女と全く同じシルエットだったが、今では両手が蛇の頭になっていた。不気味な
『シィーッ!』
「
『シャッ!』
ナニカは両手の蛇でそれを噛んだ。が、そんなことで神の力を止められるわけもない。ナニカの両手は頭を二つに切り分けられ、四本の触手のようになった腕がだらんと垂れた。
ただあまりにも切れ味が良かったのか、頭の破片が
しかし、浄化された意思は正しい形となって
『お前があの方の代わりになるのだ。すまないがもはや手段を選ぶ段階ではないのだ。』
『騙しましたね!?
何やら格が高そうな男が苦渋の決断をしたかのような顔で白と紫の巫女服の少女を見下げていた。毒でも盛られたのか、彼女は立つことができないようだった。
「......」
『なぁ、先代は神になれたのだろうか。』
『先代は偉大なお方よ。ただ、
『......』
『我々人間は弱い。だから世代の
『いや、無理だ。邪悪に打ち勝てる程あたしに才はない。次の世代にすまないと伝えておいてくれ。あいつの中で、私は足掻くことにするよ。』
切られたナニカの頭が弾け飛ぶ。弾け飛んだ飛沫は意思を持つかのように
『さぁ、行け!行ってお前たちが神となれ。先代が余計なことをしたせいで災難ばかりだ。』
『先代は私たちのことを思って尽くしたというのに、その物言いは侮辱に
『神になれだなんて都合よく言ってさ、実質ただの生贄じゃん。』
『ふんっ、お前たちのように信ずる心が無いものにとっては光栄なことだ。文句を言うことが不敬と知れ。』
『何を勝手に......!今までの一対一の対等性を失なわせてまでの強行、神事の格を落としたあなたの方が不敬に
『現状も立場も分かってないようだな。その愚かさが双子の妹を歩けなくしたというのに。』
『......』
『なにを、言って......』
『おや?言ってなかったのか。』
『黙って。』
『強力な
『なにを......』
『おや、理解できぬか。』
『黙って!』
『お前の妹の足は、我々が壊した。妹は我々に協力してお前に伝えなかったらしいな。さしずめ、共犯と言ったところか。』
『黙ってよ!!』
『ぇ......わたし、ずっと......』
『さて、着いたぞ。せいぜい女らしく気に入られるよう媚びを売るんだな。』
『シャーッ!』
『あの方も待ち遠しいようだ。』
『......クズどもが。』
『そんな、そんな......!わたし、わたし、ずっと、ずっとぉ......!』
『(......祟ってやる。この国が滅んだその先まで、ずっと、ずっと......!)』
頭を失ったナニカの体はぐったりとしていた。ただ黒い大蛇は未だ激しい攻防を繰り返していた。
「そうかい。余すことなく浄化してあげよう。」
「幻想郷に持ち込んだ厄介くらいは自分でやらなきゃね。」
鉄の輪から強烈な光の柱が伸びた。ナニカは跡形もなくその光に飲み込まれた。きっと浄化されたのだろう。
『本当にいいのかい?こんな村なんて捨てて、街にいきゃ他の神の加護を受けられるだろうに。』
『爺様、よいのです。アレを作ったのは私たちの歴史です。それに終止符を打つのも、我が血筋の定め。』
『そうか......申し訳が立たないなぁ。いつだって若い
『犠牲だなんて言わないでください。生贄として捧げられに行くのではありません。この命を
『すまない......ここが国だったころは誰もが技術に必死だった。あの方が去ってからも技術で繁栄が続いたんだ。だからかなぁ。信仰の気持ちなんて薄れていた。いや、敬う心すら消えかかっていたのかもしれない。』
『きっと、何を言っても後の祭りでしょう。』
『そうだな。祭り、か......』
『久しくしていませんね。儀式ばかり増えてしまいました。』
『おう。祭り、祭りかぁ。またしてぇなぁ。また、一緒に......』
きっとこの記憶は、黒い大蛇に飲み込まれた者達のものだろうと
「久しぶりだなぁ。こうやって人の願いを消化するのは。」
もはや自分を信仰する者など誰もいなかった外の世界に未練などなかった。
幻想郷に来てからも、悩みなど
「きっと、これだけじゃない。おまえの腹の中にまだたくさんいるんでしょ?」
ナニカに放った浄化の光の一部を受けたせいか、大蛇は
「このまま消し去ってもいいかな、なんて思ってたけど。そのやり方じゃカミサマらしくないよね。」
「カミサマモドキじゃ消化できなかったそのミタマ、私が酸いも甘いもすべてを飲み込んで見せよう。」
白いシルエットが白い大蛇の頭に溶け込んだ。すると、大蛇の縦長の瞳孔が丸くなり、次第に横長の瞳孔へと変化した。
横長の瞳孔の大蛇は黒い大蛇の頭を飲み込んだ。そこからゆっくりと、じっくりと全身を飲み込んでいく。黒い大蛇は毒を流し込まれていたかのように大人しかった。
「わぁ......」
しずかでゆっくりとしたその様は、不気味ながらも神聖味を帯びていたのだ。
そんな中、大蛇の口へ自ら入っていく
「あっ、お礼、言えてない......」
少女は近付くべきかと悩んだが、無知とは言えど今は邪魔してはいけないということがわかる程度の常識はあった。
やりたいことができずにやきもきしながら、水面に映る自分の顔に気付く。
「ひっ......!」
水面は怯えた少女の顔をそのまま映していた。なんてことはない、ただの反射である。逆に少女の目には水面の顔以外のものが映っていた。
『お前を消すためだよ。』
ニコニコと
少女は顔を背けて後ずさる。
「わっ......!」
突然背中に何かが触れて驚く少女だったが、ただの木であることに気付くとそれを背に座り込んだ。
嫌な記憶から耐えるように膝を抱えた少女は、見た目以上に幼く見えた。不安をどうすることもできずにただ震えるその姿は、まるで迷子になった子供のようだった。
少女は金髪の女の子について考えていた。
「
その名を呼んだ直後、頭に何かが触れた。それにびくついた少女は顔も上げずに体を縮こませた。
「君はいっつも怯えてるね。」
「ぁ......」
「うぅ、
「はいはい。
「うわあああん!」
号泣。少女はもうひとりになりたくなかった。もはや相手の迷惑を承知で
「まったく......ほーら、よしよし。」
「ぐすっ」
「落ち着いたら話を聞きたいんだけど......大丈夫?」
「うん......だい、じょうぶ。でも、もうちょっと......」
「はいはい、好きなだけどーぞ。」
「好きなだけとは言ったけどさぁ、満足して寝ちゃうのはどうなのさー。」
言葉とは裏腹に、少女の
「君は本当に手がかかるなぁ。自分で起きることもできないし、何かあったらすぐ泣くし、泣き止んだと思ったら寝ちゃうし、こっちのことを理不尽に振り回してさ......これじゃあ、赤ん坊と変わらないよ。」
「すぅ......すぅ......」
「気持ちよさそうに寝ちゃってさ。」
「......す、わ......さま」
「あー。そばにいるよー、だいじょうぶだよー。」
しかし、少女の顔が歪んだのを見た
「何が眠っているかと思えばこんな甘えん坊だったなんて。
どっちも手がかかるなぁと、優しい表情で
「よいしょっと......君は、こうなる前も甘えん坊だったのかな?」
しかし、それだけでは説明がつかないことがある。
「ん、君たちが伝えたの?」
この場には
「伝えたつもりはなかったって?ふぅん......」
「君たちさぁ、私と会いたいからってこの子を使うのはどうなのさ。」
誰に向かって言っているのか、ジト目をしながら悪い顔をして
「え?ひとりだと危ないから連れ戻そうとしたけど伝わらなかった?もー、本当によくわかんないなー。」
「池の中に入った時に伝わったの?へー。まぁ、なんでもいいけどさ。」
「ん?心配だからついていってもいいかって?えー、君たち私と遊びたくて成仏できないくせにもう
「あはは!からかっただけだよ。いいよ。どうやらこの子はつかれやすいみたいだし、君たちが見守ってあげて。先輩らしくね。」
「あれ、君らもいきたいの?化け物の信者だけだと心配だって?いいね、必要な視点だ。ちょうどいいし、君たちの記憶を寄せて歴史を繋げておいてよ。」
話が済んだのか、気配たちが少女の中へと溶けていった。
「とりあえず戸はついたからこれで幻想郷をふらついても大丈夫だろうけど......ここまでしたならウチで面倒みないとだよねぇ。」
少女の中は
「みんなにどう説明しようかなー。」
まるで拾った捨て犬を飼う言い訳を考えるかのような状況に
「そうだ、先に名前を付けておけば
「あ、でも元々名前があったらダメかも。んー。ないでしょ、記憶なんて。あんなに空っぽだったし。」
「なー、お前はどんな名前がいい?」
「......」
「なんでも喜びそうだよねー。私にゾッコンだし。」
「んへへ......」
「刷り込み済みって顔してる。
どうでもいいことを言いながら
「名は体をあらわすとも言うし、分かりやすいのでいっか。呼び名はタマで......これでいいかも。」
「
「お、
「す、
「タマのこと?失礼な。さすがに意識不明の客人を連れ出すならちゃんと伝えるよ。」
「し、失礼しました!......タマ?その子ですか?」
「そう。さっき名付けた。」
「ペットじゃないんですよ......!」
「えー、ダメかなー?タマの面倒はウチで見ようよー。」
「タマちゃんは捨て猫じゃないんですよ!」
「乗りかかった船じゃんかー。」
「うー......」
少女に恩返しがしたい
「タマちゃんがいいって言ったらですからね!」
「
反対してるふりの快諾が出たのであった。
「あ!忘れるところでした。
「あー、もう終わったよー。」
「タマちゃん関係だったんですか!?」
「うーん、関係あるというか、巻き込まれてたというか、化け物に襲われてたんだよね。」
「そうなんですね!じゃあ
「そうだね。あ、聞いてよ早苗ー。この子助けたらびゃーびゃー泣いてさー。」
「待ってください。タマちゃんは目を覚ましていたんですか!?」
「えっとねー。」
「着く頃には起きますかね?」
「さぁ?また眠ったままかも。」
「
「叩いて起こしてみる?」
「しませんよぉ!どうしてそんな酷いこと言うんですか!タマちゃんが心配じゃないんですか?」
「私はもう起きてるところを見てるからね。本当はこのまま寝かせてあげたいけど、
「いじわるしないで下さいよぉ。」
「あはは。」