神奈子は守矢神社の鳥居をくぐった先にある石段に腰かけていた。行方不明になった女の子が自分で帰ってきた時のため、帰ってこなければ参拝客に話を聞くために神社に残っていたのである。吉報は寝て待てと言うが如く、神奈子はどっしりと構えて待つことにした。代わりに、ひとりで別のことを考えていた。
早苗も諏訪子もいない今、神奈子が鳥居をくぐったことで神社は空っぽの場所となっていた。
守矢神社にとってそれは珍しいことではなかった。神出鬼没の諏訪子、人里や調査で出かけることが多い早苗、河童の元へ行き革新を進める神奈子。各々が外出する用事を持っている都合上、参拝客以外誰もいないということは当然起こりうることだった。
「存在感を示すほど、いない時の無意味さが大きくなる......か。」
神奈子はそのことについて懸念を抱いていた。神が信徒の前で姿を現し、奇跡を起こせば信仰は深まるだろう。ただ神奈子は神おろしなどしなくても常に存在する神だった。それは信仰を広めるため、知名度を上げるための処置であった。それが幸いし、幻想郷の人間にとってはとりあえず信仰しておけばいい場所という認知をされていた。しかし問題は、人間たちに居を構えた神への信仰方法のノウハウがなかったことだ。博麗神社は巫女の住処という認識が強く、向かえば畜生の餌になると言われているほど道のりが険しい。ご利益も分からず、それがあったところで感謝を示すことは困難を極めていた。その結果、人間たちにとっては信仰するという行為自体が希薄になってしまっていた。
意外にも、幻想郷でご利益に対して参拝で感謝を伝えに行くという文化を復元したのは守矢だったのだ。
人間には分からない。わざわざ足を運んだのに、別の場所にいる神へ感謝を伝えることには意味があるのだろうか。守矢神社はその露出度から、感謝を『直接』伝える場所という認識が強くなっていた。伝える相手がいない時、神棚へ祈るのとは何が違うのか。参拝客の足が重くなるのは時間の問題だった。これは、守矢のブランディングがもたらした課題の内の一つである。
「常駐役が欲しいところだが......」
誰もいないことが問題ならば誰かがいればいい。至極単純な解決策だが、実現するのは難しい。まず、博麗神社ほどではないが人里から守矢神社への道のりは険しい。ロープウェイは天気や妖怪の影響で利用できなくなることがある。自力で神社を行き来できる者が人間にいるかは怪しいところだった。人里にも怪異解決を生業とする者はいるが、そこに頼んだところで特別性はない。守矢の関係者というよりはただの代理である。守矢の者として常駐役になれるような人材は人里にはいそうもなかった。
ならば妖怪に頼めばいいかといえばそういうことでもない。守矢の顔に妖怪を据えれば、ここも妖怪の施設かという印象がついてしまう。そうなれば人は里から最も近い命蓮寺に向かうことになるだろう。アクセスの悪い守矢神社が人間から信仰を得られているのは、人間の営みに対してご利益を売り出すという立場を明確にしているからに他ならなかった。そのため、信徒に妖怪がいても人間が与えられるご利益を受けたい妖怪が信徒になっているだけだと人里の者たちは思っていた。実際は人間が妖怪の営みを知らないせいで、妖怪が得ているご利益を想像できないだけなのだが、人間の営みを対象にしてご利益を与える立場という点で特別であるというのは事実であった。
「人もダメ、妖怪もダメなら__」
神。
いるわけが無かった。どの神も信仰のために盛んに動いているというのに、自分以外の者の信仰のために働くという守矢特有の形式は受け入れ難いものだろう。
では諦めて神奈子と早苗が留守番役を担うことが得策かというとむしろ愚策である。宗教家の中では圧倒的な人員を誇る命蓮寺、瞬時にどこへでも出向くことも招くこともできる神霊廟の者たち。対して、表で動ける人間が神奈子と早苗しかいない守矢。行動力の差は歴然だった。
「繁栄できない人間を取り合うだなんて。この先幻想入りする人の神は消滅必至でしょうね。これじゃあ妖怪郷だ。」
「弱々しいのはその影響?」
「む?......あぁ、華扇か。あの時はどうもありがとう。」
「え、えぇ。」
守矢神社に女の子が来たあの日の夜。自分にできることが何もなくパニック状態だった早苗は、神奈子の制止を振り切ってどこかへ飛び出してしまったのだ。どうしたものかと頭を抱えていた神奈子だったが、意外と早く早苗は戻って来た。早苗の隣には華扇の姿があり、早苗と仲の良い彼女が早苗を連れ戻して来てくれたのだと神奈子は察した。彼女に何を言われたのか、早苗は神奈子に謝るとそのまま床についた。その後、神奈子は仙人である華扇の意見を貰うべく、女の子の状態と自分たちが行った処置を伝えた。華扇から出た意見は神奈子と同じで、女の子に必要なのは安静であるとのことだった。どちらかというと早苗の様子に注意するようにと神奈子は華扇から助言をもらっていた。
そんな恩がある神奈子は改めて礼を華扇に伝えたのだが、力の権化である神が素直に礼を言うとは思ってなかった華扇は少し驚いてしまった。華扇は己の中にある偏見を見つめ、反省しながら神奈子に言葉を返したというのが先程のやり取りである。
「何か、困っていることでも?」
「少し思うところがね。また手助けをしてくれるのかい?」
「話を聞くだけよ。こんなこと、助力の範疇には入らないわ。」
貸しだなんて水臭いことは言わないからさっさと話せということだった。その気遣いを汲み取った神奈子は、仙人の彼女にならば話しても問題はないだろうと判断して口を動かし始めた。
「それは有難い。ただ話す前に私の独り言をどこまで聞いていたかを教えてくれ。切り出し方を決めたい。」
「私が聞いたのは『これじゃあ妖怪郷だ』という部分だけかな。」
「あぁなるほど。ではそうだな......単純に人の神としての在り方を嘆いていただけだよ。信じられないかもしれないが、私たちは外の世界で人間の神をやっていたんだ。諸事情があって幻想郷で真っ先に集めたのは妖怪の信徒だったがね。」
「早苗も言ってたなぁ。立地が生身の人間には厳しすぎてまったく人が来ないって。でもあなたの悩みの種は布教が進まないことじゃないように見えるけど。」
「そうだ。布教の方法などいくらでもある。問題はそこじゃない。華扇、あなたは幻想郷をどう思う。妖怪のために人間が縛られているように見えないか?」
「それは、妖怪がルールに従っていることを知った上での質問?」
「もちろんそうだ。私は山で河童と協力してあらゆる技術革新を進めている。だが人間はその利益を十全に受けることはできない。」
「幻想郷では妖怪が優遇されていると?でも信仰ほしさにそれを推し進めたのはあなたでしょうに。」
「手厳しいな。だが確かにその通りだ。山の妖怪と他の者たちの間に格差を生み出したのは紛れもなく私だ。しかし、それは革新の恩恵を人間が受けられなかった結果でしかない。妖怪も人間も共に発展すれば、バランスを保ったまま幻想郷の総力は増加する。今は強い力を持つ者たちが限られた人間を取り合っているが、このままではいずれ弱小妖怪や小神霊が存在できなくなるだろう。」
「パイを大きくする必要があるってことね。一理あるわ。でもパイが人間である必要は?あなたのように他の妖怪や神だって力の供給源の対象を変えて器用にやっているように見えるけれど。」
「器用にできないやつが問題なんだ。そう、それは私たち神だ。人間の神だ。人の安寧を、発展を願う私たちは人間の争奪戦からは逃れられない。そして、その争奪戦は最後のひとりになるまで続くだろう。勝ち取っても意味などないのに。」
「信仰欲しさに奔走するあなたがそんなことを言うなんて。その心は?」
「簡単な話さ。人間の神は人間の繁栄を願っている。ただ、どうやら幻想郷にとって人間は繁栄することも根絶されることも不都合なようだ。発展を望めない人の神になんの意味がある?人間の立場が変わらない限り、真に人間の神は現れない。おかしな話だろう。妖怪の神などいくらでも存在できるというのに、人間の神が顕れることはないんだ。」
華扇は神奈子と特別関係が深いわけではなかった。せいぜい早苗の保護者役程度の認識だ。守矢は確かに、幻想入りしたばかりの頃は妖怪の神と呼ばれていた。話を聞いたとき、華扇はまったく柔軟な神もいるもんだと思ったものだ。その後も、何かと信仰集め由来の話題が多かった守矢に対して、珍しくやる気のある宗教家だなという印象がある程度で、早苗との交友関係を除けば淡白なものであった。だが、神奈子が話した赤裸々な思いを聞いた今、華扇は認識を改める必要があると感じていた。
「あなた、もしかしてずっと人間を思って......」
「私はいつだって人の神さ。そのために多くのものを勝ち取ってきた......過去の勝利の責任だって私にはある。」
「過去の......?」
「すまない、もはや消えた歴史の話だ。」
「そう......」
神奈子はどこか気恥ずかしそうに華扇から顔をそらした。
「ふふ、気持ちがいいな。存分に語るというのは。」
客観的な立場を努めるために妖怪側の者とも取れる言動をした華扇だったが、華扇自身も幻想郷における人間は不遇だと感じていた。人里という安全圏では常に妖怪の監視があり、あらゆる資源を自由に手に取れる妖怪と、流通で制限された資源しか利用できない人間。市場戦争も土地の所有権争いも妖怪同士でしか起こりえないという現状が、人間の権利の無さを物語っていた。幻想郷にとって人間とは重要な存在であるにも関わらず、その無力さからルール以上の存在価値がない透明な存在となっていたのだ。華扇にとってその事実はあまりにも悲しいものであった。そんな華扇からしてみれば、神奈子のような存在がいることは素直に嬉しいことだった。魑魅魍魎の好き放題が加速する幻想郷で、こうも人間を思える者は珍しい。華扇が神奈子に肩入れしたくなるのは自然なことだった。
「あなたは最初、私に幻想郷をどう思うかきいたわよね?」
「あぁ。」
「私は、誰にとっても危うい場所、それが幻想郷だと思っているわ。」
「詳しく聞いても?」
「えぇ、もちろん。あなたからすれば幻想郷は妖怪のための箱庭に見えるのでしょう。でも幻想郷はあらゆる異界と繋がることを許容している。それが幻想郷の拡張へと繋がるのであれば、幻想郷は喜んでそれを受け入れる。これは幻想郷の住民が、異界の者たちの脅威に晒されることすら許容しているということよ。あなたも地下の者が地上に影響を及ぼした事件なんていくらでも知っているでしょ?」
「もちろんだ。そうか、異界、か......」
「そこから唯一守られているのが人間。生かされていると言えば聞こえは悪いけれど、幻想郷自体は人間の敵ではないわ。」
「......」
「ただ__」
華扇は神奈子の隣に腰を下ろした。自分の足先を見つめながら、何かを思うような表情をしながら、華扇は続きの言葉を発した。
「ただ、それでも私はもっとやりようがあると思うの。人間にとって、みんなにとって、もっといい方法が。」
当事者である幻想郷の人間はそんな不満など抱いていないだろう。神を信じる心すら失いかけていた時も、なんの不満もなかった。だが神の力に触れ、許容していた不便が解決するとどうか。不満などなかったはずなのに、人間たちは確かに救われたと感じていたのだ。きっと今もそうなのだろうと、神奈子はひとりでに思っていた。だがどうだろう、まさか似たような悩みを持つ者がいるとは。
「ふふ、華扇。神へと成ることには興味ないか?素質は十全だと思うが。」
「そんな畏れ多い。未だ修行中の身、自分を導くことで手一杯よ。」
先ほどとは違い、くだけた雰囲気のやりとりだった。
「華扇、どうやら私は幻想郷に囚われすぎていたようだ。もっと自由に、もっと柔軟に、もっと大胆に動こうと思う。」
「そう。珍しく天狗の新聞が楽しみになってきたわ。」
「それは応援してくれているということだろうな?」
「えぇ、もちろん。他意などまったくございません。」
「まったく......こちらはいつも本気だというのに。」
「だからネタになる、ということなんでしょうね。」
守矢の時だけ筆の乗りが違うと華扇が天狗の新聞について言及していると、何やら近くで大きな力の気配。
「あれは......」
「あぁ、きっと諏訪子のものだろう。さて、客人を再び迎える準備でもするかな。」
「再び......?そういえばあの女の子の調子はどう?」
「今朝失踪したよ。」
「え......えっ!?」
こんなところで物思いに更けている場合じゃないでしょーがー!と神奈子は華扇から非難を受けるが、帰ってくることが分かっているからこうしていたと弁明。元々意識不明の女の子と早苗の様子を見るために来ていた華扇は、そのまま神奈子と共に出迎えの準備をするのであった。
諏訪子は呼び名をタマと名付けた少女を背負って、守矢神社に辿り着くところだった。
『あ!見つかったならあの人たちに伝えてこないと。諏訪子様、タマちゃんをお願いしてもよろしいでしょうか?』
『好きにしなー。』
『ありがとうございます!では。』
早苗は何かすることがあるらしく、忙しなくどこかへ飛び去って行った。
「あんなに離れまいとそわそわしてたのに、ウチで引き取るかもしれないとなるとすぐにどっか行って。ま、あとは神奈子だけかー。めんどくさいなー。」
「ほう?なにがめんどくさいって?私たちの仲だろう。何かあるなら言ってほしいものだがな。」
「ほーら、そういうとこ。高圧的にこられて話すのも億劫になっちゃった。」
「普段から聞いても答えないやつがよく言うよ。」
じゃれあい。神奈子と諏訪子の仲は特別悪いわけではなかった。いつかの戦いが生み出した勝者と敗者。気まずさから生まれた歪なコミュニケーションは、もはやただの習慣と化していた。
「あのー、喧嘩してる場合じゃないと思うんだけど。」
特に問題のないやりとりではあったが、華扇にとっては女の子の容態が何よりも需要だった。行方不明の少女が再び意識不明で背負われているのである。緊急事態以外の何物でもなかった。
「あれ、早苗のお友達じゃん。ちょうどいいや。寝てるだけだから適当に休ませておいてよ。」
「えぇ!?」
「いや、私がやろう。」
「神奈子は子供の相手が下手だからだめー。」
「そんなことは......」
「ないとは言えないよね。早苗の時なんて酷かったんだから。」
諏訪子は自分の頬をタマの顔に擦ると、タマはにへらと笑った。諏訪子は神奈子に対する新しい攻撃手段を得たようだった。
『うわあああああん!!』
『ちょ、早苗!?どど、どうしたというんだ!?私の腕の中はこの世で一番健やかな場所ぞ!!』
『んああああああ!!!』
『早苗......!』
「くっ......」
「もう取っちゃいますからねー?」
過去の経験から何も言えない神奈子を尻目に、華扇は少女を抱き上げようとする。
「んう......」
「わー、すっごい嫌そう。」
「タマは甘えん坊だからねー。」
「タマ?それがこの子の名前?」
「そう、この子の呼び名。この様子だと、起きて独りだったら泣き始めるかも。」
「私がみておくから大丈夫よ。ところで早苗は?」
「野暮用だってさー。」
「野暮用ねぇ。」
諏訪子から離れたくなさそうなタマを慎重に移動させながら、華扇は早苗について考える。もしこの場に早苗がいたら。
「ま、いない方が楽なのかも?」
「神奈子が二人になるみたいなもんだからねー。」
華扇の悪気がない戦力外通告に諏訪子が便乗した。
「(早苗、共に精進しよう。)」
神奈子はタマの件については早苗に優しくしようと思うのだった。
華扇がタマを連れて行き、その場に残るのは二柱のみとなった。
「さて、そろそろ話してくれてもいいだろう?」
「まー、そうだねー。別に誰に聞かれてもいい話なんだけどさ」
何やら華扇が気を利かせて二人きりの状況になったが、諏訪子からすればそこまでの話ではなかった。
「タマの面倒はウチで見ようかなって。」
「それは、どうして?」
人員不足で悩んでいた神奈子とはいえ、その言葉に二つ返事をすることはできなかった。それに、諏訪子があの少女を欲しがる理由も知りたかった。
「単純な話だよ。あの子は私に生かされている。」
「ふむ......」
神奈子は少女のことについて考えた。行方不明になる前の少女は正に空っぽだった。一体何が彼女の存在を保たせているのか分からないくらいで、何かの封印がかかっていると言われた方が納得できるような状態だった。しかしどうだろう。失踪後に出会った少女からは、僅かに諏訪子の力が感じられた。諏訪子が少女に対して何かをしたのは明らかだった。
諏訪子がそこまでしてあの少女を飼い殺したいという思いがあるのか。いや、無いだろう。もしそうなら、己が生かしていると言い切るはずだ。わざわざ生かされているという言い方をしたところに真意がある、そう神奈子は考えた。
きっと諏訪子が行った何かしらの処置であの少女は助かる予定だったのだろう。しかしそうはならず、諏訪子が少女にとって必要不可欠な存在となってしまったといったところか。言わば諏訪子は力の供給源。あの子から諏訪子の力がなくなれば、再び意識を失い自然に目を覚ますことはなくなるだろう。となればなんとなく諏訪子のやりたいことが神奈子には見えてきた。
「面倒を見るとはいってもねぇ。どのくらいのつもり?」
「さぁ?最低限よくなった後はあの子次第じゃないかな。」
「名付け親のくせによくもまぁ他人行儀にできるよ。」
「あれ?それは言ってないと思うけど。」
「あの子に記憶が無いことくらいは私でも分かる。そんな彼女が目を覚ましたところで自分の名を言えるわけがないだろう。早苗なら名付ける前に私たちに相談する。お前しかいない。」
「なんだ、つまんないの。でもあの子次第っていうのは本心だよ?」
「お前が刷り込んで何かをやらせるつもりがないっていうのはよく分かったよ。」
「酷い言われようだなー。私は助けただけなのに。」
「助けるという部分に関しては同じ意見だ。うちで面倒を見るというのも吝かではない。ただ、あの子の処遇については私に任せてほしい。」
「なにか企んでるの?」
「企んでいるという程のことじゃない。守矢神社の留守番役を彼女に担ってもらおうというだけの話さ。彼女が守矢の一員だという側面さえあれば、信仰を通じて力が彼女に供給される。悪い話じゃないだろう?」
「ふーん、まぁいいけど。」
「ただ問題がある。」
「問題ってなにさ。」
「彼女の自我が定着するまで彼女をひとりにはできない。留守番役を見守る留守番役が必要になるだろう。」
「えー、別に大丈夫でしょ。」
「いーや、だめだ!あの子は生まれたばかりの赤ん坊みたいなものだろう?ひとりにできるわけがない。」
「赤子はあんなもんじゃないけどね。そもそもあの子は霊体だし、バラバラにされても治せるから多少放っておいても問題ないよ。」
「面倒を見たいって言ったのはお前だろう?もうすこし情を持ったらどうだ。」
「過保護と面倒を見ることは同義じゃないよー。あ、神奈子は過保護の方ね。」
「過保護ではない。これは保護責任からくる当然の義務であって__」
結果的にプラスになればいいと考える諏訪子と、できるだけマイナスを避けたいと考える神奈子の間で、育成論の違いからくるじゃれあいがまた始まった。どうやらあの少女を引き取るという方針が固まったようである。諏訪子も神奈子も、早苗を説得するために必要なことなど考えもしていなかった。それは、早苗ならなんとかなるという共通認識からくるものであった。
場面は変わって守矢神社の一室、華扇は少女を布団で休ませていた。ただ少女の表情は優れない。どこか不安そうである。
「うーん、一緒に寝てあげればましになるかしら?」
華扇は少女と同じ布団に潜り込み、片手で体を抱き寄せ、もう一方の片手で少女の胸に手を置いた。胸にある手は一定のリズムを少女に伝えていた。
「お、だいぶ良くなった。」
胸を優しく叩かれてひとりじゃないと安心したのか、強張っていた少女の顔は柔らかくなっていた。
「まぁ、こんな日があってもいいわよねぇ。」
華扇はあくびをすると、少女と共に眠ることにした。善を積んだ後の褒美だ。消して堕落などではないだろうと華扇は自分に言い聞かせながら、久々の穏やかな空間に心身を任せていた。