リハビリがてらの久しぶりの投稿になります。
皆さんの一時での、楽しみになれれば幸いです。
トレセン学園の一角、他の建物と木の影の間。
まるで隠れるかのように、ひっそりと佇む酷く寂れた建物があった。
幾色にも塗り固められた継ぎ接ぎの壁は、この場所が何度も増改築を繰り返したのが見て取れた。
擦り切れた壁には、辛うじて読める文字で『トレーナー寮』と書かれていた。
そのほんの少し先には、真新しいトレーナーたちの住まう寮があった。
どちらも同じ学園の中にある寮だが、自然と二つの寮には「新旧」の区別が付けられていた。
そんな、旧トレーナー寮の一角に一人の若いトレーナーが椅子に座って熱心に資料に目を通していた。
「すーんばらしい……彼女たちは将来有望だなぁ……」
しゃしゃしゃと、まるでカードゲームのシャッフルの様に手元の写真を混ぜて行く。
どれもこれもウマ娘、しかし誰一人としてこの学園の生徒ではない。
それもその筈、彼女たちが身に纏うのは学園の制服では無く、ランドセル。
このトレーナーはまだ入学前の、この学園に来るかどうかすら分かっていないウマ娘たちに注視を注いでいるのだ。
「あっ、ああっ……見える……輝かしい彼女たちの……未来が見える……」
感極まったトレーナーが小刻みに震え、己が肉体を抱きとめる。
「俺が優しく導いてあげないと……これぞ我が天命……」
うっとりしたまま、眼をゆっくり開くと――
「はい、そうです。今、旧トレーナー寮の中に変質者が――」
一人のウマ娘がスマートフォンに向かって何かを話ている最中だった。
「ファッツ!?ハップン!!何してくれてるの!!」
トレーナーが手に持った写真を投げすて、ウマ娘もびっくりのスピードでその相手の持つスマートフォンに手を伸ばす。
しかし相手もウマ娘、こと速さに置いては、文字通り人間などに決して遅れを取るような存在ではない。
トレーナーの腕はスマートフォンに触れるほんの少し前で、むなしく空を掴んだ。
「ええ、はい、酷く興奮した様子で、盗撮した小学生ウマ娘たちの写真を、それはもう熱心に、
「この、こんのぉ!?こんにゃろ!!」
トレーナーが必死になって取り上げようとするが、そのウマ娘は上へ下へ、右に左にと躱していく。
そして最後に――
「通報なんて、冗談ですよ。トレーナーさん」
クスリと笑い動きを止める。
その瞬間、トレーナーが彼女の持っていたスマートフォンを取り上げる事に成功する。
「っしゃ!!オラ!!……ってあれ!?」
トレーナーが奪い取った物はスマフォではなく、一枚の板チョコレートだった。
「もう一回言ってあげますね。通報なんて冗談ですよ。
トレーナーさん」
そう言って、ウマ娘が笑った。
トレーナーより頭一つ以上小さい体躯、三白眼の様な美しくも鋭い瞳、そしてそれを隠すようなチェーン付きの眼鏡。
栗毛に白、先端に僅かに黄色が混ざる長髪を揺らす。
彼女こそこの部屋の主であるトレーナーの担当ウマ娘ドリームジャーニーであった。
「ジャーニー!!毎回、心臓に悪い冗談は止めなさいって言ってるだろ!!
トレセンのトレーナーが、小学生の写真を眺めて逮捕とか笑い話にならん……」
冷や汗をふき取りながら自身の担当バ、ドリームジャーニーに視線を投げる。
「しかし、トレーナーさん、先ほどの表情はまさしく獲物となる幼子を吟味する小児性愛者の顔。
イチ一般市民としては、変質者は通報の義務が有りますし……」
どうしましょうか?とジャーニーが腕を組み、顎に手を当て考えるジャスチャーをする。
「俺達の1年の絆はそんな物だったのかよ!?
2人3脚でやってきたじゃないか!!
つらい練習も、苦しいレースも2人だから乗り越えられた。
いや、まだまだ、入口に立ったばかりだろ?
お前の旅の終着まで、俺は降りたりしないからな!!」
「情に訴える作戦で来ましたね」
「ぎ、ぎっくう!?そ、そ、そそそそそ、そんなことねねねねねーし!!!」
ぴしゃりと返すジャーニーの言葉に分かりやすくトレーナーが取り乱す。
「いや、本当は分かってるんだよ?
俺みたいな、クソザコトレーナーがジャーニーに良い結果出させたってのは、俺の実力じゃなくてジャーニーの実力が有ったからこそで……
むしろ、他のウマ娘だったら、故障させて、世間から非難浴びて、契約解除で、酒浸りになって、自暴自棄になって、理事長からも『解雇!!貴君は今日から無職だ!!』とかに成って、橋の下で一人暮らすハメに成っていたに違いない!!」
「相変わらず妄想力はたくましいですね」
部屋の一角にある、コーヒーメイカーから備え付けのマグにコーヒーを注ぐとジャーニーが口をつけた。
「ふつーに、飲むよな
「私の用意した機械ですので、咎められる謂われは無いかと。
ああ、味の事ですか?ブラックコーヒーが飲めるのも、それほど珍しくありませんよ」
「うぐ!?どうせ俺は飲めませんよー!!」
ジャーニーの言葉にトレーナーが子供の様にそっぽを向く。
「まぁまぁ、コーヒーが飲めないトレーナーさんには代わりにソレをあげますから」
そう言って視線を投げかけるのは、未だトレーナーの手の中に納まっている板チョコ。
「あ、さっきのスマフォと勘違いしたチョコ。
ってか、なんでこんな物を持ってたんだ?
今日は休みって言ったろ?」
「差し入れの積りで持って来たんですが、順序が変わってしまいましたね」
トレーナー室のソファにジャーニーが腰かけ、再度コーヒーに口をつける。
「ああ、差し入れなのね、サンキュ」
いただきます。とつぶやきデスク前の椅子で包装紙を向いて口に咥える。
トレーナー室の中、ジャーニーのコーヒーの香りにトレーナーのチョコレートの香りが混ざる。
「美味い」
「そうですか」
二人が短く、会話を交わす。
「板チョコとか10年ぶり位だわ」
パキパキと香ばしいチョコレートの音がする。
「……」
ジャーニーが自身の持つコーヒーを鼻先で燻らすと、僅かにトレーナーの食べるチョコレートの匂いがする。
「すこし、甘くなりましたね」
「なんか、言った?」
「いいえ、何も」
ジャーニーの言葉にトレーナーが反応するが、ジャーニーはそれを突き放す。
そして、今日この場所に来た本当の目的を話す。
「トレーナーさん、今日が何の日か知ってますか?」
壁に掛かるカレンダーは2月の14日を差している。
「は?今日は――!?」
トレーナーが壁に掛かるカレンダーを見て目を見開く。
その日は女の子にとって、少しだけ特別な日――
「今日、コンパの日じゃねーか!!
やっべ、やっべ、残業とかなったら大変大変!!
しかもS大の女学生来るとか、120%増しでカッコつけねーと!
まぁ?こちとら、天下のトレセンのトレーナー様だし?ジャーニーが結果残してるしで、今夜は俺の一人勝決定なんだけどねー!!
あっはっはっはっは!!」
トレーナーは無駄の無い無駄に華麗な動きで、パソコンをシャットダウンする。
そして、机の中からワックスと櫛を取り出し、壁にかけた鏡で髪を見る。
ワックスのある種、下品とも思える科学的なケミカルな臭いが、チョコレートとコーヒーの香りと混ざる。
その香りにジャーニーが眉をしかめる。
「さぁて、今夜はキメる――」
ガァん!!
ジャーニーの細い脚が壁に叩きつけられ、凄まじい音が響く。
びりびりと空気が揺れ、足の裏を押し付けられた壁に小さくヒビが入る。
音に驚き櫛を落し、髪につけるハズだったワックスが床のシミとなる。
ギギギと、錆び付いた機械の様な動きでトレーナーがジャーニーの方を向く。
『しまった』『失敗した』
トレーナーの中で、半場確信染みた予感の答え合わせが出来たのは一瞬後の事。
「あなたというヒトは……」
眼鏡のレンズ越しに、ジャーニーの瞳がすっと鋭くトレーナーを射抜く。
基本的に温厚、温和、非好戦的なジャーニーだが時たま、このような目をトレーナーに向ける。
有る時は、通販で買った小学生用の体操服をマネキンに着せストレスを解消している時。
またある時は、小学生向けファッション雑誌から切り取ったお気に入りの娘たちのコレクションを眺めている時。
更に有る時は、電車内でウマ娘を人質にする変質者を後ろから押さえつけようとし返り討ちに遭い、腹をナイフで突き刺された時。
などなど……
トレーナー本人からしたら、一体どのようなタイミングでジャーニーがこの様な事になるのか全く以て分かっていなかったが、この後に何が起きるのかは何時も決まっていた。
(やばいぞ、やばいぞ、この眼の時は『アレ』が来る!!)
トレーナーの背にイヤな汗が流れる。
「じゃ、ジャーニー!!こんなことは、こんな事はいけない!!
もう辞めるんだ!!学校で暴力は良くない!!」
決死の訴えをトレーナーがジャーニーに投げかける。
しかし
「暴力?はて?何を言っているのか分かりませんね。
私はただ、トレーナーさんに
子猫や子犬がする様に、すこし
カチカチとジャーニーが歯を鳴らす。
カリカリと床を脚で擦る。
「み、三日前の跡がようやく薄く成って来たばかりなんですぅ!!
勘弁してくださいいぃいいいい!!!
一生ジャーニーの噛み跡つけたままの人生に成っちゃいますぅぅぅぅ!」
自身の首筋を両手でガードしながらトレーナーが懇願する。
この後のコンパ、上手く女子大生をお持ち帰りしたとしても、首筋が噛み跡だらけでは格好がつかない。
つまり、ジャーニーに
「さぁ、どうしましょうね?」
壁から足を離したジャーニーがゆっくりと壁沿いにトレーナーに向かってくる。
相も変わらず、こちらを射抜き殺さんとばかりの視線を投げつけてくる。
許す気などサラサラないのが一目で理解出来る。
「ひぃえ!」
年にそぐわぬ小さな体躯から発せられるプレッシャーは、今度は逆の意味で年にそぐわぬ凄味を身に纏ってくる。
一歩、歩くたびにトレーナーも一歩、後ろに下がる。
ジりり、じりりと壁際にトレーナーが追い込まれていく。
一歩、また、一歩とジャーニーが逃げ道を奪っていく。
だが
「は、ははは!!ははははは!!いくら凄もうと所詮、まだまだ未成年のガキよ!!!
大人のクレバーさに、眼をひん剥き悔しがるが良いぜ!!」
トレーナーが突如、口を開き高笑いを繰り出す。
「?」
その様子に、ジャーニーがピクリと耳を動かす。
そして――
がらがららら……
若干の建付けの悪さを感じさせる音と立てながら、トレーナー室の窓が開かれる。
「は?」
「あばよ!ジャー二ー!なんども、カミカミされてたまるかよ!!」
そして窓のヘリに足をかけ飛び降りる。
「ここ、3階……!」
ジャーニーがトレーナーの姿を窓から探す。
窓の外、少し離れた場所にある木の枝にトレーナーが擦り傷を作った頬を拭い笑っていた。
勝ち誇った顔をしたトレーナーはするりと木を降りて行った。
「そうですか……」
ジャーニーは丁寧に窓とその鍵を閉めた。
「ひひ……逃げれる。と?貴方の鍛えたウマ娘である私から、本気で逃げれると思ってるんですかね?」
一瞬だけ、狂暴な笑みを浮かべて廊下を静かに走り出した。
追い詰めた獲物に食らいつくのは確かに楽しい。
だが
無駄な抵抗をする獲物を追い詰め、その首に歯を突き立てるのは更に楽しい!
獣性とも言える本能に突き動かされ、ジャーニーが疾走る!!
旧トレーナー寮から弾かれる様にジャーニーが飛び出し走りだす。
「姉上、何事――いや、また、その様子を見れば凡その予想は容易だ」
グランドの入口で一人のウマ娘とジャーニーがすれ違う。
彼女の名はオルフェーヴル、ドリームジャーニーの実妹である。
「やあ、オル。すまないが私のトレーナーさんを見なかったかい?
すこし、探して居てね」
柔らかな笑みを浮かべるジャーニーにオルフェーヴルが小さく狼狽する。
ああ、この表情はまた『あの男』が地雷を踏んだのだな。とオルフェーヴルが一人脳内でつぶやく。
「あ、
「うん、そうか。ありがとう、助かったよ」
再度嗜虐的な笑みを浮かべ、ジャーニーが走り出した。
かと、思うと駆け足を維持したままジャーニーが戻ってくる。
「オル、残念だけどまだ
それじゃあ、改めて報告ありがとうね」
そう言うと再度ジャーニーは走り出した。
「いつかは、なのか……姉上……」
オルフェーヴルがそんな事を考えていると、何処かから男の悲鳴が小さく聞こえて来た。
「捕まったか。義兄上……」
その時、ふっとオルフェーヴルの鼻先をスモーキーな香りがくすぐった気がした。
あいも変わらず男の悲鳴が聞こえるが、きっとこれも気のせいだろう。
考えるのも面倒だと、オルフェーヴルは目を閉じて現実逃避を始めた。
沈み始める夕日が赤くグラウンドを美しく染めて行く。
あしたは今日よりいい日になるだろうか?
誰も答えてくれない疑問を、男の悲鳴を聞きながら一人つぶやいた。
ちんまいけど、迫力ある美人って良いよね!!
好き!!