クレイジー&ジャーニーズ   作:ホワイト・ラム

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今更ですが、あけましておめでとうございます。
今年もこの作品をよろしくお願いしますね。


クレイジー&ゴールデン

古びた旧トレーナー寮の廊下をジャーニーが今日も歩く。

午後からのトレーニングの為、自らのトレーナーの住まう部屋の前まで来て立ち止まる。

ドアをノックする為に、拳を握ろうとして辞める。

代わりに、周囲に人は居ないかと、視線をめぐらせ始める。

 

右、居ない。左、居ない。もう一度右、やはり居ない。

 

周囲に人の気配が無いことを確認したジャーニーが扉にピタリと自分の耳をくっつける。

扉の向こうに居るであろう人物の気配を必死になって探る。

 

運が良ければ、彼は遊びに来た自身と同じ名前の猫を構っている。

 

『ジャーニーはかわいいなぁ』や『ジャーニー、抱っこさせろオラぁ!』とか『実に無様な蕩け顔ですね、クッソ情けない姿見られて恥ずかしくないの?尻尾の付け根トントンするね?』などと彼が猫に独り言を言っているのが聞こえる。

自分に向けられた物ではないのは分かっているが、それでもツイツイ同名故に聞き入ってしまうのは恋する乙女の悲しきサガ。

 

そして今回は――?

 

「…………はずれ、ですね」

扉から耳を放し、合鍵を使い部屋を開ける。

雑に纏めた書類に、開けっ放しの窓、最近買った扇風機が付けっぱなしに成っている。

明らかについさっきまで此処に人が居た形跡がある。

だが肝心の彼は部屋には居ない。

 

「――そうか、今日は洗濯の日か」

一瞬、考えを巡らせ此処に居ない理由に合点がいったジャーニー。

 

 

 

旧トレーナー寮の屋上。

そこでジャーニーのトレーナーが洗濯物を干していた。

彼の現在の住居はこの場所。

シャワーも、調理も、就寝場所も、職場もここ。

となれば洗濯物を干す場所も当然、ここ。

 

「なんだかんだ言ってココも慣れて来たし、基本的に住むのに困りはしないけど、洗濯機が無いのは困るよなぁ。

コインランドリーも金掛かるから、毎日は行けないし、3~4日分纏めて洗うから結構な量になるし……

これから暑くなるから、匂いとか気になるし……

はぁー、どうすっかなぁ?」

ため息を吐き大量の洗濯物を干しながらトレーナーが考える。

 

ウマ娘たちは嗅覚も優れている。

汗で汚れた洗濯物の匂いなどあまりいい気はしないだろう。

 

「年頃の女の子だから、男の体臭とか絶対嫌がるよなぁ」

トレーナーが困った顔をしながら、自身の袖に鼻を当てて匂いを気にする。

 

 

 

「すーッ、すーッ……トレーナーさんの……匂い……」

トレーナーのベッドの布団に顔を突っ込んでジャーニーが深呼吸をする。

最近夜も暑くなってきたせいか、シーツの匂いも濃くなって来ている気がする。

 

「そろそろ、やめなくては――けど、もうすこし、だけ」

一瞬だけ布団から顔を出したジャーニーは直ぐに思い直し、再度布団に頭を突っ込んだ。

彼女が立ち上がれるのはまだまだ先になりそうだ。

 

 

 

「ふぅー、終わった終わった」

ようやく全ての洗濯物を干し終わったトレーナーが額の汗を拭う。

物干し竿で揺れる洗濯機たちの、ほんのりと香る洗剤の香りを乗せた風が鼻をくすぐる。

腕を組んでちょっとした達成感にトレーナーが浸る。

 

「良い香りだ。洗い立てのシャツは幸せの象徴――ん?」

トレーナーが小さく鼻を鳴らす。

彼の鼻がキャッチしたのは香ばしい、何かが焼ける香り。

 

「スルメ?」

 

洗濯物を干していた場所から死角となる場所。

屋上の端に一人のウマ娘がしゃがんでいた。

白い美しい髪に、制服の上からでも分かる芸術品の様なスタイル。

何処か深窓の令嬢を思わせる、触れたら壊れてしまう様な美しさを纏う、文句など付けようの無い美少女。

その美少女が――本格派の七輪と炭でスルメを焼いていた。

 

「よっ!ジャニトレじゃねーか!」

 

「よっ!シップちゃんじゃーん!」

2人が向き合い、拳を突き合わせ、次は上、次は逆と拳をぶつけ合い、最後に手を広げ熱く握手をする。

その慣れ切ったムーブは2人が良く見知った『仲良し』だという事を示している。

彼女の名はゴールドシップ、トレーナーの中での変わり者がジャーニーのトレーナーなら、ウマ娘の中での変わり者は間違いなく彼女だった。

 

「ヒトデ食うだろ?」

 

「触覚くれ、触覚。ヒラヒラは要らん」

 

「あいよ」

ゴールドシップがスルメから、長い脚を2本引きちぎり渡してくる。

それを受け取ったトレーナーは懐からマヨネーズを取り出し、スルメに塗りたくった。

 

「あー、うっめ」

 

「あー、ズリーぞ!ゴルシちゃんにも、マヨ!マヨ!

あと、一味と醤油とケチャップと砂金と少年の頃の思い出な!」

 

「醤油はある」

ゴールドシップの言葉に、トレーナーがポケットから弁当などに偶に入っている、魚の形をした醤油入れを取り出す。

 

「た、鯛ノ助!?一体、今までどこに居たの!?ああ、こんな姿になって……」

よよよ、とウソ泣きをしながらマヨネーズに醤油を垂らすゴールドシップ。

 

「今日という日が、いつか思い出に変わっていくんだな……」

しみじみとトレーナーが話し、ゲソを食べ終わる。

醤油入れと感動の再会?を果たしたゴールドシップを横目に、トレーナー語る。

 

「もうちょっとなら食べても良いぜ?」

 

「んじゃ、足の方くれ」

 

「ん!」

トレーナーの言葉に、ゴールドシップが再度スルメをちぎり渡してくる。

相当に固いハズのスルメを簡単に引きちぎるのは、ウマ娘のパワーあってこそだろう。

 

「サンキュ」

 

「本当に足が好きなんですね、トレーナーさんは」

スルメを受け取る時、背後から掛けられる声にトレーナーが降りかえる。

 

「あー、そろそろ部屋に来る頃だと思ってたけど、迎えに来させちゃったか。

ごめん、ごめん。直ぐ向かうからな。

じゃぁな、ゴールドシップ」

 

「おう、ジャ二ーんトコのトレもまたなー」

トレーナーはゴールドシップに手を振ると、ジャーニーと一緒に屋上の階段を降り始めた。

 

 

 

 

 

「お洗濯をするなら、一声かけてください。

お一人でこなすのは少々、骨が折れる量かと」

 

「そこまでしてもらう義理はないだろ。

第一、自分の肌着を教え子に触らせるのは流石に躊躇する」

 

「気にするんですね、案外」

2人が談笑しながら、キイキイと軋む階段を下りていく。

そして、同じく古びた廊下を歩き、建付けの悪くなった錆びたドアノブをひねる。

 

「羞恥心など捨て去った、ある種の無敵の人かと」

 

「一回、ジャーニーの俺に対する認識を、しっかりと確認する時間が必要かもしれないな」

視線の端に互いを認識しながら扉を開いた瞬間――

 

()()。部屋の中に()()()()()。大きく安産型の、骨格までしっかりした。しかもとんでもなく綺麗な尻がスカートの薄布越しに揺れていた。

尻の頂きには白い美しい毛並みが、上機嫌で揺れている。

 

「んぁー、オタカラの在処は古来より御成敗式目でベッドの下って決まってるんだよな……」

 

「なにしてんだゴラァ!!」

 

「何って、トレジャーハントに決まってるだろ!?ゴォルシちゃんの果てなき冒険スピリッツは止められねーんだよ!」

その言葉と共に尻、もといゴールドシップがトレーナーのベットの下から手を引き抜いた。

 

「ついさっき別れたばっかりだが、どうやってここに忍び込んだんだ?

鍵は閉めといたはず――」

 

「ん」

トレーナーの言葉に、ゴールドシップが親指で開け放たれている窓を指さす。

 

「お前、不法侵入だぞ……」

ため息を吐きながら、部屋の中に入っていく。

 

「んお!?なんか、有ったぞ!!サルベージ成功か!?出てこいオタカラぁああ!!」

その時、ゴールドシップがベットの下から一冊の本を取り出す。

 

「あ、それは――」

ゴールドシップの手の中にある雑誌、それはスタイル抜群のウマ娘の写真集。

葦毛の髪が美しく風になびく姿を捉えている。

赤く映える勝負服と、イタズラ好きそうな人懐っこい笑みを浮かべ、こちらにピースサインをしている。

その写真集に刻まれた名は――

 

「ゴルシちゃんじゃねーか!?ジャニトレおまえ、ゴルシちゃんをそんな目で見ていたのね!?

けど、ごめんなさい……ゴルシちゃんには心に決めたお相手がもう……」

自分を庇う様に、胸の前で腕をクロスさせる。

 

「ああ、ジェンティルドンナのも有るぞ」

ベットの下からもう一冊、ゴールドシップのライバルの一人、ジェンティルドンナの写真集を取り出す。

 

「おめー、ボンキュッボン好きすぎだろ!?」

 

「落ち着いてください、ゴルシさん」

2人の間をすり抜け、ジャーニーがそれぞれを写真集を受け取る。

 

「どちらも、使()()()形跡があまりありません。

おそらく、これらは見つかる事を前提にしたダミーなのでしょう。

トレーナーさんの本命のオタカラは別の所に――」

 

「資料用だよ!どっちもな!そーゆーのじゃないの!」

ジャーニーから写真集を取り戻し、再度ベットの下にしまう。

 

「それにトレーナーさんは、ロリコ――ふが!?」

トレーナーがジャーニーの口を手で塞ぐ。

 

「むーぅ、むーっ」

 

「んで、急にどうしたんだ、ゴルちゃん。

用もなくいきなりやって来るタイプじゃないだろ?」

ジャーニーの口を塞いだまま、トレーナーが尋ねる。

 

「ジャニトレ……VRで遊ぼうぜ!

人生何度でも有った方が楽しいだろ!」

突き出す紙袋には3人分のVRゴーグル。

そういえば、理事長がウマレーターが行方不明と言っていたが、関連は無いだろう。

トレーナーがそんな事をぼんやりと考えていた。

 

「残念ですが、この後も練習の予定がありますので、また次の機会に誘って頂きますか?」

やんわりとトゲの無い言葉を選び、ジャーニーが断りを入れる。

 

「いや、やろう。ゴルゴルにはこの前、並走に付き合ってもらったし。

今回はこっちが付き合うぞ。

……明日の練習がちょっと厳しくなるのは、許してくれ」

ジャーニーの言葉をトレーナーが覆す。

 

「……トレーナーさんがそうおっしゃるなら、お付き合いします」

一瞬だけ考え込んだジャーニーが、ゴールドシップからVRゴーグルを受け取る。

 

「ま、予定外の休みと思ってくれよ。

案外、練習のヒントとか見つかるかもしれないぞ?」

ニヤリと笑い、トレーナーも自分にゴーグルをつける。

 

 

 

 

 

真っ黒い視界が、ドットで少しずつ塗りつぶされていく。

一瞬後に広がるのは、広大な日本の双六のフィールド。

自らの傍らには数字の書かれたカラフルなルーレットが浮いている。

 

横を見るとジャーニーとゴールドシップの姿がそれぞれ見える。

皆が簡素な作りの車に乗っている。

 

『よぉ!おめー等!ゴルシちゃんお手製の人生ゲームへようこそだぜ!

まずはとりあえず1000万G(ゴルシ)をプレゼントだぜ』

ゴールドシップの声のインフォメーションが流れ始める。

まさか本当に自作のゲームなのか、とトレーナーが小さく驚く。

 

『ルーレットを順番に回してイベントをこなしてGをゲットだぜ!

総額120億G(ゴルシ)を手に入れたヤツの勝利だ!

では、諸君の健闘を祈る!』

言葉が終わると同時に、ゴールドシップのルーレットが回り始める。

 

「んじゃ、ゴルシちゃん先に行くからな、決勝で会おうぜ」

 

「決勝とかいう概念ないだろ?」

話している内に、ゴールドシップのルーレットが止まる。

 

『チャチャラチャーン!ゴルシちゃんチャーンス!』

突如、ルーレットの目が剥がれ1~10の数字が564の途方もない数で固定される。

 

「ん、なんだなんだ?」

いきなり起きた出来事にトレーナーが眼を白黒させる。

 

「ああ~、いきなり来ちまったか……564分の1位の可能性で、ルーレットの数字が爆発するのさ。

んじゃゴルシちゃんは564マス先に行ってるぜー!」

ゴールドシップの車が足元のマスを走り始め、あっという間に見えなくなった。

 

「あーあ、あいつも無茶苦茶するなー」

そういうトレーナーの傍らのルーレットが回り始める。

 

「んじゃ、俺も行くわ」

ルーレットの数字に従って、トレーナーの車が走り始めた。

 

 

 

「次は、私の番ですね」

少しして、自らのルーレットが回り始めたのを見て、ジャーニーがつぶやく。

 

「10、ですか」

通常で最も大きい数。

ジャーニー乗る車が音も無く滑り始めた。

 

『おめでとー!長年の思いが実ってこの度結婚することになりましたー!』

 

「は?」

困惑するジャーニーの目の前が、一瞬にして教会の中へと変わる。

気が付くと服はウエディングドレスに、目の前にはゴールドシップの顔に髭を付けた神父が居る。

 

(単なるイベントだが、演出が長い分、面倒……)

結婚イベントは勝利に直結するものではない。

このゲームはあくまで、金銭を稼ぐのが目的だ。

ご祝儀は各プレイヤーから貰えるが、結婚費用という事でこちらの財布には入らない。

ようするに他のプレイヤーの足を引っ張るイベントなのだ。

 

『新郎入場です』

神父の声と共に、扉が開きジャーニーの瞳も大きく見開かれた。

新郎の顔はジャーニーのトレーナーの物だった。

 

『愛してるよ、マイハニー』

 

「わ、わたしもで、しゅ……」

ジャーニーはその場でへたり込んだ。

 

 

 

『ジャーニーさんが結婚しました。ご祝儀を渡します』

 

「え、ジャーニー結婚したの?!」

僅かな胸のシコリを感じながら、トレーナーがインフォメーションを読む。

だか、彼のそんな気持ちなど関係ないとばかりにルーレットが回り始める。

 

「ルーレットの数×100万のご祝儀ね。

マックス1000万の支払いは厳しいが、就職済で給料もらったから、何とかなるやろ」

そんな事を呟くトレーナーのルーレットが1で止まる。

 

「お、100万で済んだ。ラッキー」

 

『チャチャラチャーン!ゴルシちゃんチャーンス!』

 

「はぁ!?ちょ、まてまてまて?!」

突如、ルーレットが金色に光り輝き、数字が全て564に変わる。

 

『ご祝儀に5億6千4百万Gを支払いました』

絶望的なアナウンスがトレーナーの耳に入って来る。

文字通り、トレーナーの目の前が真っ暗になる。

 

 

 

次の画面はビル群の屋上の上。頬に感じる風がひどくリアルだ。

目の前には一本の鉄骨が隣のビルに伸びている。

背後のタブレットに、老人に扮したゴールドシップが表示される。

 

『ゴルルルルル、貴様ら借金を返せぬクズの債務者共にワシからの、返済プランじゃ。

鉄骨を渡り切れば見事1000万Gのプレゼント!もっとも命の保証はないがの……

まだまだ、返済ゲームは残しておいてある。

さぁ、債務者達よ!存分に命を懸けて、稼ぐが良い!ゴルルルルルルルル!!』

 

ざわ……ざわ、ざわ……

 

嫌な風が、再度吹き始める。

他の債務者達が果敢に鉄骨に向かい、時折吹く風に煽られ闇の中へと落ちていく。

 

ざわ……ざわ……ざわ……

 

「なんか、俺だけジャンルおかしくね……?」

トレーナーは勢いよく、鉄骨の上を走り出した。

 

 

 

 

 

2時間後

 

「っあ~……くっそ疲れた……」

トレーナーがぐったりとしながら、VRゴーグルを取り外す。

あの後、ギャンブル漫画の主人公が如き運命をたどり、ついにゴールドシップが目標金額を達成したことで、トレーナーは解放された。

坂路や走り込みなどをした訳ではないし、部屋から出てすらいないが凄まじい疲労感がドッと押し寄せて来る。

 

 

「ジャーニー、そろそろゴーグル外せよー」

 

「うふふ、明日は卒園式ですね……これから、もっともっとヤンチャに育っていくんですね……けど、夫婦2人なら大丈夫ですよね、アナタ……」

 

「あらら、ダメだこりゃ」

トレーナーの隣で、だらしなくヨダレを垂らしながら楽しそうに時折、ビクンビクンと痙攣する小さな体躯を眺める。

 

「ジャーニーもこんな顔すんだな」

ゴーグルを外しながらゴールドシップが話す。

 

「気は晴れたか?」

 

「あん?」

トレーナーの言葉にゴールドシップが片耳を振るわす。

 

「自分のトレーナーとなんか有ったろ?」

 

「あ、あれは、メジロマニアのコタローが悪いんだ……

そりゃ、ちょっとはゴルシちゃんもやりすぎたトコあんのかもしんないけどよ?

やりたいトレーニングは時と場合によって変わるんだよな……」

元気だった姿が嘘の様にしゅんとし、所在なさげに人差し指同士を突き合わせ始める。

 

「なんとなーくだけど、やっぱり喧嘩してたな?

急に屋上で本格七輪でスルメ焼くなんておかしいと思ったんだよ。

本当は自分のトレーナーに見つけて欲しかったんだろ?」

 

「……うん」

トレーナーの言葉にゴールドシップが小さく答える。

 

「拗れる前に謝っちまえ!」

 

「けど、よぉ?」

まるで小さな子供の様に、ゴールドシップが不安そうに口を開く。

 

「お前に良い事を教えてやる。

良いか?トレーナーやってる人間は基本的に、ウマ娘が大好きの変態野郎だ。

まぁ、結局何が言いたいかっていうと、トレーナーって人種は自分の担当が大好きなんだ。

お前が誠心誠意謝れば大抵の事は許してくれるさ」

 

「本当か?」

トレーナーの言葉に、しょげていた耳がピィンと立ち上がる。

 

「俺は、逃げも隠れもするし、嘘も吐くが今のは本当よ。

ほら、凹んでる時間が勿体ない、さっさと行ってこい」

ゴールドシップを励ます様に、背中をパンと叩く。

 

「よっしゃ!わかった!ゴルシちゃんいきまーす!

待ってろ、コタロぉおおおおおおお!!!」

トレーナーの激励を受け取ったゴールドシップは勢いよく部屋を飛び出ると、廊下の向かい側の扉を同じく勢いよく開いて部屋の中に飛び込んだ。

 

閉じた扉の向こうから若い男の悲鳴が聞こえて来たが――

 

「俺にはカンケー無いね」

鼻で笑って、ゴールドシップの開けた扉を閉めた。

 

「トレーナーさん。さっきの言葉、嘘じゃないんですよね」

 

「お、ジャーニー復活したのか」

投げかけられるジャーニーからの言葉に、トレーナーが振り返る。

 

「さっき言ってた事、嘘じゃないんですよね?」

再度同じ質問を投げかけるジャーニー。

 

「さっき言ってた事?」

何のことか分からなくて、オウム返しするトレーナー。

 

「トレーナーは自分の担当の事が好きだ、という言葉です。

もしそうなら……トレーナーさんは私の事が、その、す、すきという訳になりますよね?」

 

「え、あ、聞いてたの、ね……」

気まずそうにトレーナーが反応する。

 

「それで、私の質問への答えは?」

ジャーニーの心臓が早鐘の様に高鳴る、その鼓動がどんどんとスピードのギアを上げていく。

その様を知ってか知らずか、躊躇するトレーナーがゴクンと息を飲むのが分かる。

 

僅かな後悔を感じ始めた頃、一瞬にも永遠にも思える沈黙の後にトレーナーが口を開く。

 

「俺はジャーニーが好きだ」

時が止まった気がした。

「俺みたいな、へなちょこのぺーぺーに付いて来てくれたし、なんだかんだ言って重賞、G1G2とかなりの栄光を一緒に見れた。

初めて担当したって事を加味しても、俺は生涯お前の事を忘れないと思う。

感謝も有るし、他のウマ娘とは違う感情を持ってる、たぶんそれは『好意』と言っても間違いない」

 

「ストップ、ストップです」

ジャーニーが掌を突き出し、トレーナーの言葉を静止する。

 

「え、えっと?勘違いするなよ?あくまで好きっていうのは、友愛とか親愛的な意味で――」

 

「分かっています、そんなこと当然、理解していますとも。

け、けど、や、やることがありました!こ、ここで失礼します!!」

ジャーニーが自分のカバンを拾い上げると、先ほどのゴールドシップにも勝るとも劣らないすさまじい勢いで部屋を出て行った。

彼女が駆けていく足音の残響を呆然としながら聞いた。

 

「や、やっちまった~!!相棒的な好意だとしても、年頃の娘に『好き』はやばすぎたよなぁ!!

絶対に引かれた!俺が学生でも教員から好きとか言われたら、ドン引き確実に決まってるもんなぁ……

はぁ~、気まずい気まずいわぁ……」

額に手を当てて、ソファに力なく座る。

 

「けど、好きじゃないとは絶対に言えなかったし……

どうしようなぁ……」

眼をつぶったまま、先ほどの言葉を自らの中で反芻する。

 

「ああ~、失敗したなぁ……」

ゴールドシップからもらった、スルメの足を口に運ぶ。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

ジャーニーが制服のまま、グランドを走り回る。

脳裏に有るのは、トレーナーが自身に言い放った言葉。

同名の猫や、録音でもなく、ゲームの無機質な音声でもない、正真正銘の自分に対する『好き』の言葉。

唐突に投げつけられたソレは、ジャーニーにとってあまりに大きすぎる感情の本流だった。

3600を3周ほどして、ジャーニーは疲れ果てターフに倒れこんだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

尚もこぼれ続ける笑みを浮かべながら、ジャーニーは夕焼けの染まる空を見ていた。

 

「あっ、今、幸せなんだ……」

ジャーニーが小さくつぶやいた。




キャラクター紹介

鞍馬 虎太郎
ゴールドシップの担当トレーナー。
メジロ家と共に古くから歩む、トレーナーの一族。
若干15歳にして海外のトレーニング大学を首席で卒業し、トレーナー免許を獲得。
日本では最年少トレーナー免許取得者の一人。

いざ、メジロ家のトレーナーに成ろうとトレセンの門を叩くが、既にメジロ家全員にトレーナーが居たため結果的に余る。
今は実績を残し何時かメジロ家のウマ娘を担当する為に邁進中。

ゴールドシップからの呼び名はコタロー。
本人は苗字で呼ぶように訂正するが、治らない。
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