クレイジー&ジャーニーズ   作:ホワイト・ラム

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ようやく、一番最初に書きたかった話が書けました。


ジャーニー&ステイホーム

ベシャ、ベシャシャ

 

一台の車が、雪を踏み抜き湿った音を鳴らす。

 

「天気良くなる所か悪くなってるじゃん」

愛車のフロントガラスに落ちる雪を見て、トレーナーが口とワイパーを動かす。

仕事は終わり、買い物を済ませ、曇天の空を見上げる。

 

「4月だってのに、なんで雪が降ってんですかー?」

夕方のニュースを流すナビには、女性アナが「非常に珍しい時期の雪です」なんて、興奮気味に話している。

 

「せっかくの桜も散っちまうな、花見でも行きたかったのによ」

自ら発した言葉の途中で、自身の担当する小柄なウマ娘の姿がよぎった。

 

「さーて!ちゃちゃっと明日の準備終わらせて、飯食って風呂入って寝るぞ!」

自らに言い聞かせるようにわざと大きな声を出した。

マンションの駐車場に愛車を停める。

 

「ふぅー、寒みぃ、寒みぃ……ん?」

買い物袋を手に駐車場に降り立ち、足元から感じる雪の感覚に声を漏らす。

さっき寄ったスーパーの駐車場は水分を多く含んだ雪が積もっていたが、水捌けの良さのせいかアパートの雪はふわふわとしている。

しゃがみ込んで、手の中で雪を弄ぶ。

 

そして――

 

「ふっふー!!ヒャッふぅ!!」

雪降る地面の転がる。

身体を大の字にして、手足をムチャクチャに振り回して雪と戯れる。

 

「ひっひひひひ!!」

最初は僅かに魔が差しただけだったが、久しぶりの雪遊びは思った以上に楽しい。

身体が濡れる事や、寒さなど気にせず雪でひたすらに遊びつくす。

日常で感じるストレスが子供心で溶けて行くのが分かる。

 

「あっはっはっは!!」

雪を手でかき集め顔面を突っ込んで、自身の顔の型を取る。

真っ白い自らの顔は見ているだけで不思議と笑えてくる。

 

「ッヘーイ!!」

顔の型を投げ捨て、真っ二つに割れる様を見て指さし笑う。

 

「もっかい、もっかい!」

今度は別の表情で作ろうとまだ綺麗な雪を集め始めた時、視界の端に見慣れた姿が――

 

「じゃ、ジャーニー!?」

 

「…………たのしそう、ですね」

マンションのエントランスの入口で、年甲斐もなく雪で遊ぶトレーナーの姿を無言で見ていた。

ジト目のまま、一枚の手紙を取り出す。

ハガキではなく、きちんと封のされた如何にも重要そうな物だった。

 

「俺に?」

 

「はい、なぜかトレーナー室のポストに入ってました。

お急ぎかと思い、お届けに。

ああ、住所は裏に書いてありましたので」

ジャーニーの言葉通り、裏側にはこのマンションの住所が書かれていた。

 

「練習終わりで疲れてるのに持ってきてくれたのか?

天気だって悪かっただろうに……」

目を向けるとジャーニーの私服のは所々濡れている。

特に靴とズボンの裾は酷い物だった。

 

「見事に、降られちゃいました」

曇った眼鏡を拭う指先も震えている様に見える。

 

「しゃーねーなぁ、ウチ寄ってけよ。

タオルとホットミルク位は出してやるぞ」

 

「ありがとうございます。

所でトレーナーさんはどの部屋に住んでいるんですか?」

 

「ああ、丁度5階の一番左の――」

マンションを見上げ指をさした時、動きを止める。

 

「誰だアレ?」

 

「お知り合い、ではないようですね」

トレーナーの部屋の前、一人の女がぴったりとドアに耳をつけて中の様子を伺っている。

やがて小さくドアノブを捻り、その後備え付けのポストから部屋の中を覗く。

 

()()()

 

あれは良く無い物だと、トレーナーが瞬時に理解する。

 

「あー、避難した方が良さそう――っ!?」

小さく体を車の方に寄せた瞬間、トレーナーの部屋の張り付いていた女がこちらに振り返る。

彼女の頭頂部にある2つの耳がピィンと立ち上がる。

そして、トレーナーと顔を合わせた瞬間、嬉しそうな華が開く様な笑みを浮かべ非常階段に向けて走り出した。

エレベーターをはるかに超える速度で、女が一階を目指して降りてくるのが見える。

 

「ジャーニー!!逃げるぞ!!

ああ、クソっ!!オートロックとか役に立たねーじゃねーか!!」

トレーナーがジャーニーの手を掴んで車のドアを開けようとする。

 

「待ってください。

あの速さ、多分ウマ娘ですね。

路面の状態、帰宅ラッシュでの混雑具合を加味した場合、車程度で逃げるのは難しいかと」

ジャーニーが逆にトレーナーの腕を掴み、静止させる。

 

「家の鍵、持ってますよね?」

 

「自分の家の鍵?持ってるけど」

ポケットの中から、鍵を取り出しジャーニーに見せる。

 

「それ、落とさないで下さいね」

 

「え――!?」

ジャーニーがトレーナーの身体を掴み、自身の背中に背負わせた。

 

「む、不思議と落ち着く感覚……?」

妙にしっくりくる感覚にジャーニーが小首をかしげる。

 

「ジャーニー!!女女!!すごい目でこっち見てる!!」

ジャーニーの背に乗った瞬間、見た事も無い形相でこちらを睨んでくる。

 

「俺を背負って逃げるのは流石に無理だろ!?」

 

「逃げるのは、上にです」

そう言い終わると同時にトレーナー身体に圧力がかかった。

 

「な、に!?」

困惑すると同時に、一瞬の浮遊感。

そして再度かかる圧力。

 

「今日ほど、この体に生まれてきて感謝したことはありません」

トレーナーが目を開くと、ジャーニーがマンションの縁を踏み台にしていた。

さっきの圧力と浮遊感も、縁を蹴って上の階へ上がっていく時の物だった。

 

「あ、あぶ――!?」

 

「舌を噛みますから、お静かに」

自らの唇に指を一本当ててジャーニーが注意する。

数度の圧力と浮遊感の後、トレーナーは自らの部屋の前に居た。

 

「鍵をお願いします。あまり、時間は無いかもしれませんので」

ピクリと耳を動かすジャーニー。

トレーナーの耳にも階段が軋み『何か』が猛スピードでこちらに近づいてきているのが分かる。

 

「あ、慌てさせんなよ!!」

数秒のパニックの後、鍵を無事に開け2人が部屋に滑り込み、鍵とチェーンを閉じた。

 

その瞬間――

 

ドンドン!!ドンドン!!ドンドン!!!

 

「ひぃ!?」

割れんばかりのノック音に、トレーナーが玄関で腰を抜かし悲鳴を上げる。

 

「ここ、開けてくださいよぉ。

トレーナーさぁん、私も担当してよぉー」

今にもドアを叩き割ろうとせんばかりのノックに対して、ドアの向うから優しく甘える様な声が響いてくる。

そのアンバランスな言動と態度が、一層の恐怖を煽った。

 

「ねぇ、いいでしょう?ココを開けて、開けてよぉ、2人の将来について話し合おうよぉ~」

ドアの向こう側から絶えず聞こえてくる声とノック音。

その声とノックは加速的に荒くなって行く。

 

「開けろ!!開けろって言ってるでしょ!!さっさと、ここを開け――」

 

ファン!ファン!ファン!ファン!!!

 

マンションの外から、サイレンの音が聞こえてくる。

 

「あ、マズ……」

外の女は小さくそう言い放ち、ドアの前から逃げて行った。

数秒の後、静寂を取り戻した玄関を見て、思い出したように息を吐いた。

 

「あー、怖かった……」

 

「誰かが通報した様ですね」

ジャーニーがこっそりと、ポケットにスマフォを仕舞いながらつぶやいた。

出現から撤退までまるで嵐の様だった。

 

「んじゃ、あの厄介ファン?は置いといて、やる事やるか……」

玄関でへたりこんでいたトレーナーが立ち上がる。

キッと鋭い視線をジャーニーに向ける。

 

「あっ――」

トレーナーがジャーニーの身体に手を伸ばし、何時ぞやの様にお姫様抱っこをする。

 

「と、トレーナー、さん?」

困惑する彼女を尻目に、足で行儀悪く部屋のドアを開け、奥の自室に連れ込む。

 

「あ、あの……?」

自分のベッドにジャーニーを寝かせる。

ふわりとトレーナーの匂いがジャーニーを包む。

 

「ジャーニー、靴下を脱げ」

真剣なトーンを聞いた瞬間、耳と尻尾がピィンと緊張する。

 

「あ、脚フェチであるトレーナーさん宅では靴下はNGなんですね……

素足がドレスコードという訳で――あう!」

トレーナーがげんこつを作り、ジャーニーの額にポカンと落とす。

 

「ジャーニー、ふざけてるんじゃないぞ?

正直言って、俺は今までお前と会った中で一番怒っている」

今まで見せた事の無い怒りに満ちた目でジャーニーを睨みつける。

 

「はい……」

トレーナーに言われるまま、濡れた靴下を脱ぐ。

 

「触るぞ」

 

「はい……」

心臓が跳ね上がるのを感じるジャーニーだが、努めて先ほどと同じ回答をする。

 

「…………痛みは?」

 

「ありません」

トレーナーが何かを確かめるように、ジャーニーの両足を触る。

 

「ウマ娘の身体は、多少の差異はあれど強靭だ。

鍛えているなら猶更な」

指先に始まり、指の付け根、土踏まず、くるぶしと触れて行く。

 

「だが!それはあくまで走る為の物。

重い物を背負ってぴょんぴょん跳ねる為の物じゃない。

身体は所詮、消耗品。

お前のピッチ走法は特に、負荷が掛かる。

さっきみたいな事、2度とやるんじゃないぞ!」

ぐりっと親指がジャーニーのツボを押す。

 

「ッ!!!?そ、それでも、トレーナーさんを、見捨てて、はぁう!?」

ツボの痛みにのたうち回る。

 

「分かってる。ジャーニーは優しいからな。

俺の事を見捨てれない事も分かる。

けど、俺はトレーナーだ」

痛みの無い事を確認し、足から手を放し立ち上がる。

数秒後、保冷剤を持って来てジャーニーの足に当てる。

顔を上げジャーニーの瞳を覗きこむ。

 

「トレーナーが担当に願うのは2つ。

1つはレースでの栄光。

もう1つは無事にレースから戻ってくる事。

これは受け売りだが『トレーナーの仕事は担当を幸せにする事』だってよ。

俺のせいで不幸せに成っちゃ意味無いんだよ」

砕けたガラの悪く、露悪的な口調や態度を取る彼の口から、真剣な顔をして『幸せにすること』などという、似合わない単語が飛び出したのだ。

それには思わずジャーニーも息を飲んだ。

 

「うっし!お説教は終わり!

んじゃ、理事長に連絡してくるわ。

うまくいけば、寮までのタクシー位、手配してくれるだろ」

立ち上がると同時に何時もの軽薄な笑みを浮かべ、部屋の外に出る。

扉越しにくぐもった声が聞こえてくる。

言葉どおり、電話をしているのだろう。

 

「こんばんは。理事長ですか?

え、うん、そう、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

 

(理事長に「お兄ちゃん」呼びさせている?)

衝撃の事実にジャーニーが驚く。

 

「え、ええ?いや、それは……いえ、こちらは構わないですが、ジャーニー次第……ですかね?」

扉を開け、スマフォを差し出してくる。

 

「ジャーニー、理事長から電話」

 

「はい、お電話かわりました」

電話を替わった瞬間、理事長の声が聞こえてくる。

 

「憂慮!此度は大変だったようだな!君が彼の家にいる理由は既に説明済みだ。

彼にも提案したが、その家で一晩泊る気は無いか?

理由は足の経過観察、それと先ほどの女性の件も君は気になっているのではないだろうか?

彼ならば、安心できると私は確信してる。

無論、君が戻ってくるというなら、タクシーの手配をしよう。

決めるのは君次第――」

 

「一泊します」

 

「ジャーニー!?」

様子を伺っていたトレーナーの声が裏返る。

 

「了解した、外出届けは此方で出しておこう。

君のトレーナーに変わってくれるか」

 

「理事長、正気ですか?!

後でたづなさんに何て良い訳でする気です?

それに――」

キャンキャンと不満げに理事長と通話する。

こうなってしまえば、理事長を説得するのは無理だろうとジャーニーが思う。

泊ることが(ほぼ)確定するとなると、今度は部屋の中に興味が湧いてくる。

 

部屋の中はトレーナーらしく大量のトレーニングの指南書や過去のウマ娘のデータが大事そうに本棚に並んでいる。

それと同時に、少々物臭なのか4月だというのに炬燵が出しっぱなしになっている。

部屋の隅には白い囲いで囲まれた場所があり、その中には動物用のケージやクッションが詰め込まれている。

キッチリした部分、だらけた部分、意外な趣味が見える部分――

ある種アンバランスな彼の内面が部屋に現れている様だった。

 

「はぁ……ジャーニー、悪いけど本当にウチに泊る事に成った……っぽい」

トレーナーがため息を吐く。

 

「そうですか」

内心の興奮を押えながら、ジャーニーが応える。

 

「……夕飯、喰うか。

オルちゃんに泊る事、言っといて」

何を言っても無駄だなと言いたげな顔をして、部屋を出て行く。

今の内に電話をしろという事なのだろう。

 

 

 

「オル、話すと長くなるんだが今夜トレーナーさんの家にお泊りする事になったよ」

電話越しに妹の声に成らない悲鳴と、床に倒れる声が聞こえる。

どうやら妹にはショッキングだった様だ。

途切れ、途切れに意味のなさない言葉が聞こえる。

 

「電話終わった?」

 

「はい、快く受け入れてくれました」

ジャーニーは明るい笑顔を作り、無言で通話終了ボタンを押した。

 

「んじゃ、風呂入って来いよ。

さっき保冷剤、持って来た時にスイッチ入れてるからそろそろ――」

 

『お風呂が沸きました』

風呂場と思われる場所から、インフォメーションが聞こえる。

 

「ほらな?体、冷えてるだろうからちゃっちゃと入ってくれ」

 

「あ、あの……」

有無を言わせずジャーニーを脱衣所に押し込んだ。

 

「シャンプーもリンスも、好きに使って良いからな」

脱衣所の扉を閉めて、頭の中で段取りを組む。

 

(米を限界まで炊いて、冷凍しといたカレーを全部で足りるか?

ポテサラでも作るか……)

 

「あ!風呂、入れたのは良いけど変えの服……!」

今回ジャーニーのお泊りは突発的なモノ。

当然、変えの服など持って来ていないし、ここは男の一人暮らしの家。

年頃の少女が着る服など――

 

「大丈夫だ、ちゃんと用意してある。流石、俺だぜ」

グッと親指を立てて見せる。

 

20分後……

 

ガラッ――

 

「おお、ジャーニー。

風呂上がったか?」

茹で上がった芋の皮をむきながら、背後の物音に反応する。

 

「なんですか、この服は!?」

ジャーニーが声を荒げる。

その姿は所謂ニチアサ放映の変身ヒロインの、成り切りドレスだった。

恐ろしい事に下着までもがそのシリーズの女児用の物。

 

「可愛いだろ?ラブキュアシリーズでも屈指の名作『プリティプリンセス♡ラブキュア』のラブプリンセスだけど……

うおっほぉ!?思った以上にカワエエ!!」

トレーナーがテンションを爆アゲる。

彼の身体が無意識にポケットからスマフォを取り出し、連射撮影モードを起動する。

 

 

 

カシャ、カシャ、カシャ

 

スマフォが連続で写真を撮り始める。

1枚目には既にジャーニーの姿は無し、2枚目、3枚目は大きくブレたナニカが写っているだけだった。

4、5枚目は床に落ちたのか画角が大きく違う。

6、7枚目に男に躍りかかる魔法少女の姿が。

そして、その後に写真は男から上着をはぎ取る姿が映っていた。

男の首筋が空気に晒させる。

 

その瞬間、ジャーニーが口を開き――

 

「いただきます」

 

「どうぞ、召し上がれ」

トレーナーから奪い取ったシャツを身に着けたジャーニーが両手を合わせる。

炬燵を挟んだその対面、プルプルと上半身を裸に剥かれたトレーナーが震える。

真新しい歯型らしき物が、首筋にくっきりと付けられていた。

 

「美味しいですね」

 

「そうか、良かったな……」

カレーを口に運びながらジャーニーが上機嫌で話す。

 

「…………」

恨めしそうな目でジャーニーを見る。

誤魔化す様に、ジャーニーが視線を外す。

 

「そう言えば動物、飼ってたんですか?」

部屋の端にある、白い囲いのある場所を見る。

動物用のクッションや移動用のキャリーが置いてある。

だが、それのどれもこれもが使用した形跡の無い物ばかり。

 

「俺は錦の旗を飾るまで故郷に帰らないって決めて家を出た。

けど、一人じゃ寂しいじゃん?んでよ、前々から飼いたかったウサギを飼う事にしたんだよ。

だからトレーナー寮じゃなくて、ペットOKのこのマンションに住んでるの。

……まぁ、住んでみた後、大家さんがウサギアレルギーって解って、ウサギ()()飼えなくなっちゃったんだよね……」

なんだかなー、と言いながら福神漬けを食べる。

沈黙が食卓を占める。

 

「あ!プリティプリンス♡ラブキュア見るか!?

ガチの名作で、見てドハマりしちゃってさ。

ブルーレイは勿論、名前が付くグッズは買えるだけ買いまくったぜ!」

本棚の一角にある、ピンクのパッケージを指さす。

 

「結構です」

ジャーニーがぴしゃりと断る。

それもそうだ。高校生の女の子に、女児作品であるアブキュアシリーズはある意味で敷居が高い。

 

「そういえば、さっきの手紙は誰から?」

 

「うぐっ、中高一緒だった先輩から。

今度結婚するんだってさ……んで、その招待状」

分かりやすく気を落としてトレーナーがため息を吐く。

 

「好き、だったんですか?」

 

「…………………たぶん?」

小さく、本当に小さく応える。

次の瞬間、スプーンを握りしめ起き上がる。

 

「俺も20代も後半に入ろうって年……

ちょくちょく、知り合いから来る結婚の報告、赤ん坊と写る年賀状……

対してこちらは恋人すら無し!!

アラサーという言葉が見えてきて、焦らない訳ないじゃないか!!

あぁ!!結婚とか激ムズすぎんだろ!!」

滂沱の涙を流し本棚の中から、結婚情報雑誌を取り出し抱きしめる。

 

「失恋ですか……私もしましたよ」

 

「ジャーニー振るとか、ソイツの目は節穴だな」

 

「憧れてた人が、思ってた様な人じゃなかったんです。

壊れて、歪んで、見るに堪えない存在に成ってしまった。

成ってしまったと、思い込んでました……

けど――

その人の心の底。私が一番好きな部分は何一つ変わってなかったんです」

ジャーニーが嬉しそうに語る。

 

「ふぅん、恋は盲目って言うからな。

けどよ、G1幾つも勝ってるジャーニーなら、良い寄ってくる男にゃ困んねーよ。

金持ちでイケメンの若い男、捕まえな。

卒業して大学行くのか、ドリームリーグ行くのか、旅に行くのか……

ま、俺にはカンケーねーけどさ」

 

「私は――」

ジャーニーの話の途中で、皿を持って立ち上がる。

そのまま、台所へ向かいジャーニーはそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

「あと、30分もしたら寝ろ。

寮の消灯時間もそれくらいだろ?」

ちらりと時計を見ると、結構な時間に成ってしまった。

ドタバタしたこともあるし、料理の合間にやって来た警察の事情聴取などもあり、思った以上に時間を使ってしまっていた様だ。

言われてみれば、なんだか眠い。

外し忘れる前にと、耳飾りと眼鏡を外す。

 

「朝飯食ったら、学園まで送ってくからな。

ベッドは貸してやる」

上着を着て来たトレーナーが戻ってくる。

 

「トレーナーさんは?」

 

「俺は炬燵で寝る。

偶にやっちまうから、十分寝れるのは知ってる。

小さい、電気はつけておくか?」

 

「どちらでも」

にっと笑って、部屋の電気を消す。

小さな電気はつけなかった。

 

「…………降って来たな」

 

「はい」

窓の外、再度降り始めた雪がベランダにうっすらと積もっていく。

雪が光を反射しているのか、ほんの少し何時もより明るい気がする。

 

「雪は嫌い、だったんだよな」

 

「トレーナーさんは、好きな様ですね」

 

「駐車場での事は、誰にも言うなよ」

からかう様なジャーニーにトレーナーが釘を刺す。

 

「言いませんよ。今日で私も、少し雪が好きになりましたから」

 

「好きになるような事……今日……なんかあったか?

イベントとい……うか……トラブルはいくら……でもあったが……」

疑問を浮かべながら、トレーナーの意識が溶けて行く。

 

「…………トレーナーさん?」

返事の代わりに聞こえてくるのは、彼の寝息。

 

「寝て、しまったんですね……」

考えてみれば無理もない、突然のストーカーの襲撃、密かな思い人の結婚。

そして自分の教え子を自宅に宿泊させるという、秘密。

 

スン

 

布団をかぶり、ジャーニーが鼻を鳴らす。

トレーナーの匂い。

何時も彼は此処で眠り、この部屋で生活している。

布団にも、借りた服にも、それこそ部屋その物にも彼の匂いが染み付いている。

頭から布団をかぶると、自分の小さな体がすっぽり収まる。

 

まるで、全身抱きしめられている様だった。

そう、考えると心臓が高鳴る。

 

「…………」

布団からチラリと、トレーナーを見る。

炬燵から胸から上を出して眠っている。

 

「今さらですが、同じ部屋で寝てるんですよね……」

ある意味、とても大胆な事をしているのでは?

と疑問を浮かべる所で、ジャーニーの意識も闇に溶けて行った。

 

 

 

「ううん……」

尿意を感じて、トレーナーの意識が浮上する。

半分以上眠ったまま、トイレに向かっていく。

3分ほどで用を足したトレーナーはクセで自身の何時も眠っているベッドに帰っていく。

 

ぼフッ

 

「え?」

目を覚ましたのは、ジャーニー。

突如、自身の眠るベッドに侵入者がやった来た。

そして、その侵入者は自身に抱き着いてきた!

 

「と、とれ!?」

雪明りの中、ぼんやり浮かぶ相手の顔にジャーニーが息を飲む。

 

「お、教え子の寝込みを襲うなんて、トレーナーさんは酷い大人なんですね……

恥ずかしい服を着せるし、下着まで指定するし、本当に仕方ない人……」

声が上ずるのが自分でも分かる。

 

「ジャーニー……」

トレーナーがジャーニーの名を呼び抱きしめる。

 

「は、はい……」

身体能力で上回っているハズなのに、振りほどけない。

 

(オル、お姉ちゃんは一足先に、大人に成るよ……!)

覚悟を決め、ジャーニーが目を閉じる。

瞼の裏に、自分と結婚するトレーナー、旅先で自分と酒を飲み交わすトレーナー、赤ん坊を抱きながら涙を流して喜ぶトレーナー、子供の入学記念に家族写真を撮る自分達が、走馬灯の様に浮かんでいく。

 

「や、やさしくしてくださ……」

 

「ぐぐぅ……」

 

「え?」

目を開けると平然と眠るトレーナー。

ぐっすり、ゆったり、いびきまでかいている。

混乱していたジャーニーが、その聡明さでこの状況を凡そ推理する。

 

「~~~~~~~~~~~~!!」

顔を真っ赤にして、再度目を瞑る。

 

「ジャーニー……」

 

「ッ~~~~!!」

寝ようとする度、耳元で名前を呼ばれ、ジャーニーはその度に意識が強制覚醒させられる無限ループコンボ。

この地獄の様に甘い拷問は朝陽が顔を見せるまで続けられた。

 

チュンチュン

 

「あー、良く寝た……あれ?なんで、ベッドに?」

トレーナーが意識を覚醒させた時、隣で幸せそうに苦悶しているジャーニーを見る。

 

「え、え、え?どゆ、事!?」

 

「あ、アナタぁ……おはよう、ござ、ましゅ……」

蕩けた顔でジャーニーが挨拶する。

 

「しっかりしろジャーニー!俺達まだ結婚してないぞ!!」

 

「そんな、式はとっくに終わって……?」

その後、意識を覚醒させたジャーニーが大いに困惑するのをトレーナーは覚悟した。

首筋の傷が派手に増えるんだろうなと、他人事の様に思っていた。




トレーナーの秘密①

結婚情報雑誌のオマケの婚姻届けを一人で書いて空しくなったことが有る。
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