クレイジー&ジャーニーズ   作:ホワイト・ラム

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お気に入りが気が付けば100件を超えていました。
ありがとうございます。

緩い感じで頑張っていきますね。


クレイジー&ダスト

夏の足音を感じさせる気候の最中、優等生で通っているドリームジャーニーが彼女には珍しく、授業中に窓の外を見ていた。

 

眼鏡の向こうの眼が驚きに見開かれ、手に持っていたシャープペンシルがころりとノートの上を転がった。

 

視線の先には校庭を行く3つの影。

一つは小さく頭に白い帽子を被っている小さな体躯、もう一つはその後ろを静かに付いて行く緑の服の女性。

最後の一人は大きな籠を背負った男。

遠いし後ろを向いているとで、顔を見ることは出来なかったがジャーニーには分かる。

あの男は自分の担当トレーナーだと、後ろ姿で確信出来る。

 

(あの籠……ああ、理事長が個人で育て居ている菜園の収穫に駆り出された、と言った所か)

トレセン学園にはなぜか、野菜を育てるスペースまである。

自身の妹が唐辛子を育てていたのが、印象に強く残っている。

トレーナー曰く「理事長に良く雑用を押し付けられる」らしいので、今回もその類だろう。

なぜ、そんな風になったのか、トレーナーは頑なに教えてはくれない。

 

「……今夜は、お呼ばれですかね」

床に落ちたペンを拾いながら、誰にも届かない声でジャーニーがつぶやく。

その言葉は現実になり、昼前にはジャーニーのスマフォには夕飯の誘いの連絡が入っていた。

 

 

 

 

 

ノックを数回して、旧トレーナー寮のドアを開ける。

「失礼します」

 

「おー、ジャーニーらっしゃい!」

首だけをこちらに向けて挨拶を返すトレーナーは、鍋をかき回していた。

既に部屋の中は、スパイシーな香りで満ちていた。

この香りにジャーニーは以前の記憶が掘り起された。

以前、彼の家で嗅いだ事がある。

 

「カレー、ですね」

 

「男の一人暮らしがみんな料理が上手なワケねーんだよ。

俺が作れるのなんて、カレーの卵焼き程度がギリ、揚げ物とかは絶対無理。

けど、コイツはただのカレーじゃないぜ?オクラ、トマト、かぼちゃを投入した夏野菜カレーだ。

ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎもこの学園で取れた無農薬栽培の超、豪華カレーだ!

流石にカレールーは市販品だが、2種類のルーを混合したスペシャルよ!」

トレーナーが振り返って、ジャーニーにカレールーの箱2つを見せつける。

 

「この金旅カレーとMACカレーを配合することで、最高の味になるのさ!」

キランと自信に満ちた笑みを作り、再度鍋に向き直る。

 

「……甘口と中辛なんですね」

ジャーニーの言葉に、軽快に鍋をかき回していたトレーナーが止まる。

 

「俺……辛いの、苦手だし……」

 

「…………なんとなく、そんな気はしてました」

露骨に凹んだトレーナーの姿に、ジャーニーは内心「隠していたのか」と思いつつ言葉を絞りだした。

 

「今日は、筋肉の休息日だ。

ストレッチ位の自主トレ、それと先日のレースのDVD見直しての反省会、な」

 

「トレーナーさんはその間、カレーを育成するんですね。

私を放って置いて、私のトレーナーさんなのに」

ジャーニーの投げかけた言葉に、トレーナーが後ろ姿で分かるほど動きがぎこちなくなる。

軽やかに鍋をかき回していた腕も今では油の切れた機械の様だ。

 

「冗談ですよ?では、本日もよろしくお願いいたします」

いじわるもこの程度にしてやろうと、ジャーニーが思い直す。

 

「推参!!たのもー!!」

その時トレーナー室のドアが開き、理事長が姿を見せる。

右手に持つ扇子が、バっと開かれると『空腹ッ!』の文字が書かれていた。

 

「理事長、カレーは夜にならないと煮えませんよ?」

トレーナーの言葉に理事長がこの世の終わりの様な顔をした。

 

 

 

 

 

「今夜はご馳走様でした」

 

「満腹!!もうこれ以上、むり……」

トレーナーの隣で、ポッコリ膨れた自らの腹を理事長が撫でる。

 

「あ、マンゴーラッシーがまだ――」

 

「所望!飲ませて欲しい!!」

トレーナーの言葉に、理事長が眼を輝かせ立ち上がる。

再度開いた扇子には「別腹ッ!!」文字。

 

「ジャーニーも飲んでけよ」

 

「……甘いのはあまり得意ではないので」

やんわりとジャーニーが断る。

 

「そうか?たくさん作ったからな……」

トレーナーが理事長の言葉を聞いて、苦笑しながら冷蔵庫から大瓶に入れたラッシーを持ってくる。

 

「気に入ったらお土産に持って帰ってくださいね」

 

「美味!!貰っておく!!」

ラッシーの黄色い髭を口回りに作った理事長を見て、トレーナーが微笑んだ。

その様子をジャーニーが責めるような視線で見ていた。

 

「相変わらず、小さな娘が好きなんですね」

ぼそりとジャーニーが小さくつぶやいた。

続けて小さくカチカチと歯を鳴らすとトレーナーが震えあがった。

 

 

 

 

 

「では、本日もありがとうございました」

 

「おう、練習お疲れ様!」

寮の門の前でジャーニーが頭を下げ、トレーナーがそれに手を振り応える。

背を向け、歩き出すと同時に足を止める。

 

(そういえば、なんか欲しいな……プリンとか)

僅かに残る辛味を感じ、甘味を求めて旧トレーナー寮とは別の場所へと歩き出す。

コンビニか、スーパーか、ドラッグストアか決めてはいないが、散歩ついでに夜の街に歩き出す。

どうせ、直ぐに決まると高をくくっていたが、時間は夜の帳が落ちた後。

先の3種の店はどれもこれも、商品が売り切れで満足出来る物は売り切ればかり。

 

「すっかり、遅くなったな」

散々店を回って、結局妥協して手に入れたのはシンプルなプリンゼリーの3個入りの物。

成果には不満だが、こういう日も有っても良いと自身に言い聞かせ散歩を楽しむ事にする。

ふらふらと歩き、河川敷の遊歩道を歩いていく。

夜風と川沿いの空気が、涼やかで歩いていて気持ちい。

 

「偶には散歩も良いかも、な」

そんなことを呟き、橋の下を通り掛かる。

綺麗に整備された遊歩道とは違い、橋の下には様々な粗大ごみが散乱していた。

 

「あーあ、マナーのなってないヤツも居るもんだぜ」

橋の下の惨状に目を向けて、意識をそむけたその瞬間――

橋の上から何かの影が落ちて来た。

 

「うぉ!?あっぶ――」

 

「あぶねーな、オッサン!どこ見てやがる!!」

落ちて来た何かは、怒りの声を漏らしトレーナーの襟元を乱暴にひっつかんだ。

ぼんやりと、明かりが照らす中でその相手は大層お怒りの様だ。

 

「何処も何も、前だよ。上なんざ、見てねーよ。

橋の上から飛び降りたのか?危ないのはどっちだよ」

 

「チっ!うっせーな!」

悪態をつき唾を吐くその相手の頭頂部には毛の生えた耳が一対有った。

ズボンに包まれたジャージからは同じ色の尻尾が揺れている。

 

「まぁいい、見逃してやる。さっさと行けオッサン」

そのウマ娘は、手の甲を振りシッシとトレーナーを追い払おうとした。

明らかに非の有る相手の態度にトレーナーは気を悪くするが、関わるべきではないとトレーナーは歩を進めた。

 

「帰るか――」

いつの間にか地面に落としていた、ビニール袋を拾い歩き出す。

 

たっ、たっ、たっ、たっ

 

背後から、地面を蹴る音が聞こえる。

どうやら走り始めた様だった。

その音に、トレーナーが歩みを止める。

 

「おい、そこのヘタクソ!」

 

「あ”?」

背後から聞こえる言葉に、走り出したウマ娘は足を止める。

 

「んだよ、文句が――」

 

「有るに決まってるだろ、バカ野郎!」

怒気を含んだ声が、トレーナーの言葉に塗りつぶされる。

 

「お前、ストレッチはしたのか?」

 

「はぁ?」

 

「ストレッチはしたのかと、聞いているんだ!

してないだろ?家から歩き出す程度で、いきなり走り出したろ?」

ジロリと鋭い視線をウマ娘に投げかける。

 

「おまえに、関係ないだろ!」

一瞬たじろいだウマ娘だが、直ぐに負けん気を取り戻す。

 

「トレーニングの積りか?ヘタクソな練習だ」

 

「ヘタクソだろうと、練習に成ってるならそれで良いだろ?」

ウマ娘の言葉にトレーナーはひどく演技掛ったリアクションで額に手を当てて見せた。

その挙動にレーナー自身が冷静になる。

 

(こんな事しても、意味なんてほぼねーよな)

トレーナーという職業のサガか、放っておく事が出来なかった。

ほんの少しだけアドバイスをするだけだ、と自分を納得させる。

 

「練習さえすれば、結果が出るなんてトンだロマンチストだな」

 

「はぁ!?」

 

「どっかの誰かが、努力は裏切らないなんて言っていたが、アレは嘘だ。

裏切るぞ、努力は。

身体全体の使い方、練習効率の上げ方、自身の強みの伸ばし方、自身の弱点のカバーの仕方、効果的な休息のとり方。

それら、全部が『とにかく頑張る』程度の事でなんとかなると?

()()()()()()()()()()()

トレーナーの言葉に目の前のウマ娘が息を飲む。

だが、直ぐに強気な態度を取り戻す。

 

「はいはい、ご立派ご立派。

オッサン、アドバイザー気取りの積りだか知らないが、アタシはそんなモン、ハナっから望んでねーのよ。

トレーナーごっこなら他所でしな」

再度、シッシと手でトレーナーを追い払う。

その態度にトレーナーがクルリと身を翻す。

 

「足の重りは少なくとも外せ、バランスが崩れて走りのフォームがダメになるだけだ。

身体を壊したくないなら、ストレッチをしっかりして短時間で高負荷の掛かる短距離の走り込みをしろ。

んじゃーなー!」

 

「だから、アドバイスは要らないんだよ!!」

去っていくトレーナーに言葉を投げつけて、見えなくなるまでトレーナーをにらんでいた。

そして数秒悩んだ後、足の重りを外しストレッチを始めた。

 

 

 

 

 

3日後――

約束も行く義理もないが、トレーナーは自然と同じ時と場所に向かっていた。

 

「お、やってるな」

 

「また、アンタか」

チラリとトレーナーを横目で見て、ウマ娘がストレッチを再開する。

橋の下で腰を下ろし、彼女が一人練習する様を見ていた。

 

「オッサン、なんで来たんだよ」

 

「俺の散歩コースだ、気にするな」

手に下げたコンビニ袋から、ジュースを取りだし口を付けた。

ソコにストップウォッチが投げ込まれる。

 

「オッサン、タイム計ってくれ」

 

「ん、よーい、スタート」

 

「い、いきなりかよ!?」

トレーナーの言葉を聞いて、ウマ娘は慌てて走り出した。

そのフォームは以前より軽やかだった。

 

「キチンという事聞いてるじゃないか」

担当などではないが、それでも教えたウマ娘が軽やかに走る様は見てて気分が良い。

 

「オッサン、タイムどうだ?」

肩で息をしながら、ウマ娘が尋ねる。

 

「おせぇ」

タイムを見せながら、トレーナーがウォッチを返す。

 

「はぁー?前より、絶対早くなっただろ?」

 

「前のタイムとか知らん。

走ってきた距離と時間を考えると、GⅡでのバックダンサーが精々だな。

筋はあるんじゃないか?」

そう言いながら、コンビニ袋からスポーツドリンクを取り出しウマ娘に差しす。

 

「オッサン、口わりーぞ」

 

「オッサンじゃない、まだ20半ばだ」

受け取ったスポーツドリンクを飲む姿を眺めながら話す。

 

「へぇ?意外と若いじゃねーの。

アタシはすっかり、女性社員から相手にされなくなった、仕事に疲れたオッサンだとばかり」

 

「そこまでか?確かに、最近仕事に疲れ気味だけどよ……」

レース等が忙しくなる時期も重なって、なかなかの激務が続いているのは確かだ。

愚痴を飲み込む様に、自身もペットボトルに口を付ける。

 

「風俗行くよりも、アタシにアドバイスしてるのが楽しいだろ?

若い女とのふれあいに飢えてそうだもんな、アンタ」

 

「げ、げっふ!?ごほッ!!」

 

「お?図星付かれて、焦ったか?ハハハハハ!」

突然の言葉に、トレーナーが噎せ返りその様を指さし笑う。

 

「あのなぁ?こちとら、トレーナー様よ?

うら若き乙女の指導者よ?

信頼カンケーってヤツが何よりも大事なんだぜ?」

口の周りのジュースを袖で拭いながら話す。

 

「ふーん、まだ()()()()()()()続けるのか。

アレか?『夜のH(ハード)なトレーニングしてください』とか妄想で言わせてんだろ!?

あー、ヤダヤダ!アタシも脳内ではどれだけ汚され尽くされた事やら!!」

 

「はぁー?残念でしたー、俺のストライクゾーンは10歳から15歳でーす!

高校行ってる年齢はBBAなんで相手にしませーん!」

 

「うわぁ~オッサン流石に引くわぁ……

風俗行かないのはストライクゾーンのヤツは絶対に出ないからか。

あ、見た目が小さい娘なら良いんじゃね?」

 

「お前はリアル金持ちと金持ちっぽい人ならドッチと付き合いたい?」

 

「わ、表情がマジだ……コイツ、トレーナーの設定の癖に性癖エグすぎだろ!!」

ケラケラとそのウマ娘が笑う。

その時、彼女のポケットから何かが落ちる。

タバコと100円ライターだった。

その瞬間、トレーナーの纏う空気が一気に冷え切った。

 

「あ、これは……」

ウマ娘がバツの悪そうな顔をする。

 

「……見なかった事にしてやる。だから捨てておけ。

レースを走るなら肺をやられちゃ話にもならん。

良いか?未成年の飲酒と喫煙なんぞ、碌な事にならん」

 

「はぁーあ……出たよ、オッサンの説教癖」

 

「ふざけるな、大事な事だ。

走りたいってなら、自分の身体は大事にしろ。

足だけじゃない」

ヘラ付いた表情は鳴りを潜め、氷の様な冷たい言葉を投げる。

 

「今日は帰る」

トレーナーが背を向けた。

一歩、歩き出す瞬間再度振り返る。

 

「口寂しいなら飴を食え、これもやる」

ツカツカと歩み寄りウマ娘の手に飴の袋とプリンを一つ手に持たせてきた。

すると逃げる様に走り出し、ウマ娘はその背を見送った。

 

「はぁー、あのオッサンもお人好しだな……

ロリコンっぽいし、アタシの事好きなのか?」

甘さを捨て切れないトレーナーの姿にウマ娘がニヤニヤと笑う。

 

 

 

 

 

翌日、それが厚い雲で覆われていた。

今にも雨が降り出しそうな天気だがその日もトレーナーは橋の下へと向かった。

 

「今日も居るか?」

トレーナーが下げる袋には格安で買えたホットケーキミックスが下げられていた。

コレを使って作る菓子を()()()と一緒に食べる時の事を思っていた。

曇りのせいか何時もより暗い橋の下、何時ものあのウマ娘が来ていた。

ウマ娘はトレーナーに気が付き、懐からタバコを取り出すと見せつける様に火をつけて吸い始めた。

 

「おい、何してるんだ!!」

 

「…………」

ウマ娘は何も答えない。

咥えるタバコを橋の下のゴミに乱雑に投げ捨てた。

 

「――なぁ、アンタ。トレーナーだったのか、本物の」

低い声で絞り出すその声色は酷く震えていた。

右手でこちらに突き出すスマフォにはトレセン学園のトレーナー紹介欄ページが開かれていた。

当然、そこに表示されているのはトレーナーの顔と名前。

 

「……そう言っただろ?何度も」

ウマ娘の震える声色にトレーナーは何かを感じ取った。

だが、その予感は自らの思い違いだと願いながら、努めて平然とした態度で返す。

 

「……天下のトレセン学園の正規採用トレーナー様で、しかも担当は三冠バ様ねぇ?」

投げつけられる視線に暗い感情が宿る。

それと同じ位の悲しみも――

 

「アタシの事……心の中で笑ってたんだろ?」

 

「違う、俺は――」

 

「違うモンかよ!!学園にも入れない落ちこぼれに適当に希望与えて!!

優しいフリして、必死こいて走る私をバカにしてたんだろ!?

そうだよ!!わかってるよ!!トレーナー様が見ているような才能あふれる子とアタシは違うよ!!

楽しかったよなぁ!?叶わない夢抱えて必死に走る私を心の中であざ笑うのはよぉ!!」

喉が張り裂けんばかりの怒声――否、悲鳴。

 

「落ち着け、俺はそんな事思っていない。俺は――」

『才能が有るから担当するんじゃない』という言葉を飲み込んだ。

才能の有無など関係ないとは言えない。少なくとも学園自体、ほとんどの生徒が何らかの力を見込まれ、厳しい振るいにかけられ、勝ち残った娘ばかり。

その言葉を言えるワケがなかった。

 

「だま――ッてるんじゃ、ねぇ!!」

振りかぶった拳がトレーナーの頬を打ち据える。

衝撃で体が地面にたたき付けられる。

 

「俺はお前を笑ってなんか居ない……

お前が走りたいって言うなら、その後押しをしたくて――」

 

「うっぜぇんだよ!!そういう、優しさが邪魔なんだよ!!

走ったってどーせ勝てない事は知ってる!!けど、夢が捨てられないんだよ!!

優しいならアンタの口添えでアタシを学園に入れてみろ!

世界一速いウマ娘にさせてみろ!!アンタがアタシの夢を叶えろ!!」

 

「トレーナーは神様じゃねーよ……どんなにやっても勝てないレースも、悔しくてたまらないレースもある。

けど、みんな自分の力を疑ったりはしない!!

誰かに、甘ったれて『夢を叶えろ』なんて言わないんだよ!!」

 

「う、うるせー!!」

倒れるトレーナーのネクタイを引っ張り上げて、再度右腕を振り上げる。

 

「オイ、お前たち何をしてる!!」

突如掛かる声に、2人が同時に振りむく。

こちらに電灯を持ってにらむのは巡回中の警察官だった。

 

「チッ、サツかよ……」

ウマ娘がバツの悪そうな顔をする。

 

「放火か!?動くな!!」

 

「放、火?」

警察の言葉にトレーナーが橋の下を見る。

ゴミの一部に火が上がっている。

トレーナーは瞬時に、さっきタバコを投げ捨てた事を思い出す。

アレの種火がゴミに引火したと繋がる。

トレーナーとウマ娘が同時に走り出す。

ウマ娘は逃げる為に土手へ、トレーナーは川に向かって。

 

「今なら、まだ――!」

手にしたビニール袋に水を汲み引火したゴミにかけ、濡れた服を火の上に被せる。

隣で警官もその手伝いをしてくれた。

 

「はぁ、はぁ、お巡りさん……あの……これは――」

 

「今の娘はこの辺じゃあ、有名な不良でしてね。

偶にタバコをふかしてたんですが、ついに放火まで……

アンタも殴られて大変でしたね」

心配するように警官が話す。

 

「いえ、冷やしておけば明日には……」

 

「アイツは逃げたか、こりゃ本格的に追わなきゃな。

今度話を聞かせてください」

警官はそういうと、自転車で走り出した。

トレーナーは床に何かが落ちているのに気が付いた。

 

「…………」

拾い上げるとそれはタバコとライターだった。

 

「…………反省した所で、もう遅かったか」

トレーナーはそれを拾った。

学園の自身の部屋に帰って来るなり、ソファーに力なく腰を下ろした。

買って来たホットケーキミックスを机に投げる。

 

「半額だけあって、賞味期限明日までじゃねーかよ……」

トレーナーはだるそうに起き上がり、生地を作り始める。

卵、牛乳、ミックス粉を混ぜあっという間に、ドーナツの生地が出来上がる。

 

「やめだ、こんな量()()()()食えない」

ラップを敷いて冷蔵庫にしまう。

食べさせたい相手が、急に消えてしまった。

名前も知らない、教える義理すらない、出会った時間は合計しても半日もない。

その相手が居なくなった事でトレーナー自身の心の中にぽっかり穴が開いてしまった気がする。

心が苦しい、身体が重い、頭の中が沈むのが分かる。

名前も知らないあの子の叫びが耳に呪いの様にこびり付いている。

 

 

 

 

 

トレーナーが立ち上がり、自身の両の頬を平手でたたく。

 

「うっし!」

それはただの強がり、心の中の悲しみは何一つ言えない。

だが、そんなことは『トレーナー』には関係ない。

やることは何一つ変わらない。

悲しみ浸り足を止め、教え子を蔑ろしていい理由にならない。

担当が走りたいと願う限り、共に走らなければならない。

たとえ、どんな悲しみが目の前を覆ったとしても――

 

前へ、ただ前へ。

 

「それが、俺の責務だ」

一人の部屋で呟いた。

 

 

 

 

 

翌日

 

じゅっ、と音がして目の前の鉄鍋からピンポン球ほどの大きさの球体が取り出される。

キッチンペーパーで余分な油を落とし、雪の様な純白の粉糖の上で転がせば――

 

「俺、特製ドーナツの完成だ」

きつね色でまん丸なドーナツを掲げる。

爪楊枝を差して、早速一口――

 

「はふ、はっふ、美味っ、揚げて10秒のドーナツには神が宿る……」

これを本来食べさせたかった相手はもう居ない。

そう思うと目じりから涙の線が一筋……

 

「もう一個、作るか」

涙を拭い生地を掬うと再度油の中に落とす。

じゅわぁああっと、音がしてドーナツが揚がっていく。

 

「…………なぜ、トレーナー室でドーナツを揚げているんですか?」

じっと黙っていたジャーニーがトレーナーに尋ねる。

今日も練習後の一杯のカフェタイムを過ごそうとジャーニーやってきた。

 

「そりゃあ、昨日出かけた先でホットケーキミックス粉が半額だったからだよ。

なら俺特製のお手軽ホットケーキミックスドーナツを作るしか無いって思った訳よ?

あ!言っておくが『お手軽』は『簡単』って意味じゃないんだぞ?

揚げ物特有の温度管理とこのドーナツが最もおいしい瞬間を見抜き、油から引きあげる技術が必要なんだからな?」

 

「……自分の職業をお忘れですか?」

ジトッとした眼をジャーニーがぶつける。

その言葉に、トレーナーの脳裏に影が過る。

 

『ねぇ、知ってる?トレーナーの仕事はウマ娘を走らせる事だけじゃないんだって』

脳裏の影がどこまでも優しく微笑む。

そう、微笑んでいるハズなのだが、記憶の中の()()の顔はノイズが掛かって見えない。

 

『誰よりも早く走らせて、それで無事にレースを終わらせて、最っ高のレース人生を一緒に走るの!

贅沢だよね。必死に練習させるのに故障させないなんて、みんなの憧れのスター選手の帰る場所になりたいなんて。

けど、だからこそ思うんだ。

トレーナーの一番の仕事は、担当するウマ娘を幸せにする事なんだって』

ノイズが再度笑った気がした。

だが、トレーナーにはその顔はやはり見えない。

見えないのなら、いっそ見なかった事にすれば良い。

 

「え?トレーナーだけど?」

トレーナーは何時もの様に、ひょうきんな表情でジャーニーに返す。

その裏に悲しみと寂しさを嘘という仮面で隠しながら――




ジャーニーに浮気がバレて詰められる話のはずが、なぜ……?
次回こそは!!
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