ゾイドIf √ZERO 作:フィーネ可愛い
強い日差しが大地を焼く。
広い荒野をガラガラガラと音を立てて一機あるいは一匹、もしくは一体のゾイドが進んでいた。
装甲を纏うダンゴムシに似たゾイド、グスタフ。
『A.S.2nd』とロゴマーキングを施されたグスタフは‘荷物’を載せたトレーラーを牽引している。
操縦桿を握るのはベリーショートに刈り込んだ黒髪と小麦色に焼けた肌を持つ三十路手前ほどの女性ルーシィ・アルバム。
彼女は故郷の村で友人の結婚式に出席した後、ひと悶着ありながらも帰路についていた。
ルーシィの所属するキャラバン【
初日は式に出席するための準備を整え、その日の夕方に出発。途中、適度に休憩をはさみつつ荒野を越えて2日目の昼前に式が行われる村に到着。
3日目、結婚式当日。ルーシィは友人の晴れ姿に感激し、読みあげられた両親への手紙に感涙し、式そのものに感動し……何より友人の新たなる門出を祝福した。
そして式の中で振る舞われた酒を飲んだ。それはもう飲んだ。しこたま飲んだ。浴びるように飲んだ。
御目出度い席というのもあるが、未だ独身で恋人の一人も居ない事の焦りや「このまま独り身で子供も作れず孤独に死ぬのでは?」という不安、親に向けられた「アンタ、結婚は?相手いるの?」という目線を忘れるためかもしれなかった。
結果、当然の如く酔い潰れた。4日目を丸々ベットの上で青い顔してうめくのとトイレに駆け込むのに費やす。
そして5日目。ようやく復活した彼女は家族や友人らへの挨拶もそこそこに村を出発。
順調にいけば6日目の朝には
その道中で起こったひと悶着。
襲われた。
何に? 盗賊に。
そして助けられた。
何に? 今はトレーラーに載せている‘荷物’と少年に。
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グスタフの堅牢な装甲に光条が熱を伴って突き刺さり、弾けた。軽くはない衝撃がゾイドごとコクピットを揺らす。
「ああ、もうツいてない!」
ルーシィの口から悲鳴にも似た悪態が飛び出した。
大きな街に近い、つまりはそこそこに治安の安定した本来なら賊が出るはずもない地域で襲われる。
運が無いのはたしかだった。
逃げるグスタフを後ろから挟むような形で追う二体ーーー共和国製オオカミ型ゾイド、コマンドウルフの内一体が背中の二連装ビーム砲を発射。
再びビームの光条が放たれ、今度はグスタフの脇を突き抜けていく。外れたのではなく、外した。
当たらなかったのではなく、当てなかった。
ルーシィが盗賊たちに遭遇してから既に十五分。
何度も繰り返されていることだった。
『ホラホラホラ!ちゃんと逃げねぇと当たっちまうぞ!』
『停まって降参したらどうだぁ?ゾイドと金目のモン置いてきゃ、今なら命までは取らないでいてやるよ。はははっ』
「チクショウ、馬鹿にして…!」
コマンドウルフの外部スピーカーから聞こえてくるのは嘲笑混じりの降伏勧告。
わざと攻撃を外すのはいつでも仕留められることを強調して圧力を与えるため。余計な時間を食うことで、グスタフに逃げ切られる可能性など微塵も考えていない。
プロの軍人や傭兵の類いなら先ずやらない下策。やるとしても一回か二回。何度も繰り返すと与える圧力が弱まるからだ。
そういう判断が出来ない辺り、コマンドウルフを駆る二人の盗賊がそう大したものではない証左にもなっている。
しかし、だからといってルーシィの陥っている状況は変わりしない。
反撃しようにもルーシィのグスタフに唯一搭載された武装のバルカン砲は襲われた時に破壊された。
残る攻撃手段は重装甲と大重量を生かした体当たりぐらいしか残っていないが、コマンドウルフが相手では(相手が余程ヘタクソでもない限り)当たりはしない。
それでも怯ませさえすれば、隙さえ作れれば、とも思うがグスタフよりコマンドウルフの方が圧倒的に速い。
まともなかけっこで逃げ切ることは不可能。
“降伏”という案が脳裏を過るが頭を振って吹き飛ばす。
第一に命は取らないというが、保証が何処にもない。
第二に本当に命だけ助かっても
“盗賊が諦めるまで逃げ続ける”。望み薄だがそちらのほうが可能性がある。
それに、他に希望が無いわけでもないのだーーー
『もういいや。コイツ、つまんねぇわ』
『そろそろ終わりにしようか』
「げぇ……!?」
しかし小さな望みを摘み取るように盗賊たちの動きが変わった。
単純に反撃も出来ずただ逃げるだけのグスタフを嬲るのに飽きたのだ。
攻撃の質が変化するーーー痛ぶるだけのお遊びから確実に仕留めるための狩りへ。
二体のコマンドウルフが二連装ビーム砲を連続して発射。今度は着弾、再びの衝撃。更に着弾、衝撃。
ビームの雨霰とグスタフに撃ち込まれる。
連続する衝撃が先ほどまでの非ではない激しさでコクピットを揺さぶった。
「ああ、もう!」
攻撃に耐えながらも懸命にグスタフを走らせ逃げるルーシィだがやがて台地に囲まれた袋小路へと追い込まれる。
尚も浴びせ続けられる攻撃によって、遂にグスタフのコンバットシステムが
『へっ、手こずらせやがって。俺たち兄弟から逃げられるわけねぇだろうが』
『さぁて中のゾイド乗りは要らねぇな。死んで貰おうか』
万事休す。絶体絶命。
ギラリと牙を光らせて、コマンドウルフの内の一体が仕留めた獲物との距離を詰める。
ゆっくりとすら感じる時間の中、ルーシィは死を覚悟した。
『おーい、そこのグスタフ。SOS出したー?』
そこに新たな声が響いた。盗賊たちと同じくゾイドに付けられた外部スピーカーでの呼び掛け。
十代半ばほどの少年の声だ。
『あ?なんだ?』
『ガキの声?どこからだ?』
「よしきた!」
突然聞こえてきた声に盗賊たちはグスタフへの接近を止め、同時に声の主を探すべくセンサー類を操作。
コマンドウルフがキョロキョロと見回すように顔を動かして索敵を開始する。
一方、ルーシィは喜びの声をあげた。
ほとんど期待していなかった、それでもやってきてくれた希望。
声が若いのと緊迫感が感じられないのが少し気になるが、急いでグスタフの外部スピーカーをON。助けを求める。
「『襲われてるの!街に着いたらお礼は弾むから助けて!!』」
『な、コイツ!』
『救難信号?いつの間に』
希望ルーシィは盗賊の襲撃にあった時から救難信号を発信していた。
それは惑星Ziの大気や大気に含まれる粒子の影響で何十㎞と届くようなものではないが、近くにいる相手には問題ない。
近くにゾイドとゾイド乗りが近くにいるかどうかは賭けで、更に助けにきてくれるかどうかも賭けだったが……天は彼女を見放さなかった。
盗賊たちが今まで救難信号が出ていることに気付かなかったのは逃げるグスタフを弱者としか認識しておらず、ロクに計器を確認していなかったからだ。
後は、希望が2対1をものともしない凄腕であることを祈りばかりだが……。
『上か!』
『ガキが、どうせたいしたゾイドじゃ』
盗賊たちがようやく気付く。前後左右に姿がないのなら残るは上。周囲に聳える、高い台地の上に彼らの敵がいる。
高所の有利を取られてしまったがヒーロー気取りのガキが扱えるのは小型ゾイドが精々だろう、どんな雑魚か見てやると。
コマンドウルフの顔とセンサーを向けてーーー
『了解。じゃ、手早く済まそう』
それより速く、飛び降りてきた黒く大きな影にグスタフに近づいてきていたコマンドウルフが潰された。
重さと高所からの落下を生かした、のし掛かりじみた襲撃。
コマンドウルフが軽装甲なのも手伝って一撃でコンバットシステムを
更に地面に叩き付けられた衝撃によって土煙が立ち込め、襲撃者の身を隠す。
『ぐおおおっ!?』
『兄貴っ!?クソッ、よくも兄貴を』
残るコマンドウルフが身を低くした。土煙が晴れた瞬間、二連装ビーム砲を叩き込むべく照準する。
“蜂の巣にしてやる!!”そんな意気込みが聞こえてきそうな盗賊の行動。
しかしビーム砲が放たれることはなかった。
土煙の中から“手”が飛び出す。ワイヤーで腕へと繋がる、鋭い3本爪のワイヤーキラークロー。
射出されたクローが反応が遅れて避けられなかったコマンドウルフの左前肢を掴むと同時に土煙の中、クローの持ち主のもとへと引き寄せる。
体勢は崩れ、突然のことに盗賊は持ち直すことも出来ずにコマンドウルフを転倒させた。
『ぬぉぉ、う!?』
倒れたコマンドウルフは地面を削るように引摺られながら、襲撃者の足下で停止。
がら空きの腹部を二度三度と踏みつけて、蹴り飛ばされ。
勢いよく台地にぶつかったコマンドウルフはそのままコンバットシステム
戦闘時間、約五秒。使用したのは格闘武装のみ。
立ち込めていた徐々に土煙が晴れ、ルーシィを救った希望にして盗賊たちを圧倒的な力で叩きのめした襲撃者の姿が露となる。
紫色のフレームに全身覆う黒い装甲。
三本爪を持つ腕部に巨体を支える太くて力強い脚部。
長く伸びた尻尾と鋭い牙の並ぶ口腔、赤く輝くアイセンサーと額部に付けられたビームガン。
背中に背負った一対の長銃、ロングレンジパルスレーザーライフル。
かつて世界を救った英雄バン・フライハイトと英雄の乗機としてその名を知らしめたブレードライガー。
その真逆。
ガイロス帝国最強のゾイド乗り、レイヴン。
悪魔の申し子と恐れられたそのゾイド乗りの乗機として共に悪名を轟かせたのがーーー
「ジェノ、ザウラー……?」
ほうほうの体でコクピットから抜け出した盗賊が戦くように呟き、そのまま気絶。
赤子の手を捻るが如く二体のコマンドウルフを打倒した虐殺竜が勝鬨の咆哮をあげる。
身体の芯、腹の底に響くような大音量が一帯を揺らした。
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ジェノザウラーを駆る少年カナタ・キャヴァリエとルーシィは自己紹介もそこそこにグスタフのフリーズが解けるの待ってから出発した。
盗賊たちは気絶していたので拘束して放置。後で警備隊に座標と共に通報するので野垂れ死ぬことはないだろう。
出発からしばらく。カナタはジェノザウラーごとグスタフが牽引するトレーラーに載せてもらい、文字通りの荷物となっていた。
『いやぁホント……助かったよ!しっかしジェノザウラーとか、アンタとんでもないのに乗ってるね~。
何処で手に入れたの?』
「たまたまだよ。
野良ゾイドと化していたジェノザウラーをカナタが発見し、乗機としたのが約二週間前のこと。
元々はジェノザウラーにきちんとした整備受けさせるために大きな整備工場のある街を目指していた所だったのだが、その途中でルーシィのグスタフが発する救難信号を受信。助けに入った。
しかし整備不良の状態で戦闘を行う無理が祟ったのか使用した左腕のワイヤーキラークローがロクに動かなくなってしまった。
動くには動くが酷く緩慢で鈍く、反応が遅い。戦闘には厳しいだろう。
それを知ったルーシィはジェノザウラーをグスタフの牽引するトレーラーに載せると整備工場の紹介と修理や整備の費用の大部分の負担、さらには宿の手配まで申し出た。
助けてくれたお礼、ということらしい。
正直、最後の一押しになっただけで遅かれ早かれ修理と整備は必要だった。
なのであまり恩に感じられるとカナタとしては居心地が悪いーーー悪いのだが、お財布が心許ないのも事実。
少し過剰だとも思うがこちらを騙し、罠にはめようとしている感じもしない。
ありがたく“お礼”を受けとることにした。
今は互いに通信を繋げーーールーシィはグスタフを走らせながらカナタはシステムチェックがてら周囲の索敵を行いながらーーー世間話に興じていた。
話題は専らジェノザウラーについて。
『野良ゾイドぉ?あ~……アレか、作ったジェノザウラーの何機かが暴走して、乗ってた軍人さんだけ辺境でぶっ倒れてるのが見つかったって話あったよね?それかな?』
「さあ?正直、そこら辺はどうでもいいかな。もう俺のだし」
数年前、共和国との和平条約と軍縮によりゾイドの保有数を制限されたガイロス帝国は失われる数を補うべく、ゾイド自体の質を上げることを決定した。
その際、立案されたのが
ガイロス帝国の現皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンⅢ世陛下の猛反対、既存ゾイドに近代化改修を行う案との対立などあったものの。
改修されたゾイドとジェノザウラー、三対一の状態で行われた模擬戦を圧倒的な力で完勝し、その性能の高さを見せつけ、G量産計画の採用と相成った。
その試験で相手をスクラップ同然に破壊したことから虐殺竜なんて禍々しい異名を手に入れたジェノザウラーは、しかし高すぎる性能とティラノサウルスタイプゾイド特有の凶暴性から扱えるパイロットが殆ど存在しなかった。
更には最初期に作られたジェノザウラーが一部を残し、暴走。行方知れずとなる。
後にリミッターを設けて本来の七割まで性能を落とし暴走の危険性を廃した量産型が産み出されるも、そこで計画は中止。
結局、ジェノザウラーは一部の凄腕に配備されるのみとなる。
カナタのジェノザウラーは初期に作られ、暴走し行方知れずとなっていた内の一体だという予想は簡単についた。
しかしカナタとしては乗機の来歴なぞどうでもいいし、暴走したこともゾイド乗りの腕が悪かっただけとしか思わない。
精神リンクを通じて心を重ねてやればゾイドは動く。
たとえそれがどんなゾイドだったとしても変わらない。
カナタにとってはジェノザウラーもそうして乗っているに過ぎない。
と、そこで話が途切れる。目的地が近付いてきた。
誇るようにルーシィが告げる。
『お、見えてきたよ。アレがこの辺り一番の街、【アクアシティ】さ!』
進むグスタフの前方。拓けた緩い下り坂の先。
広い荒野の中でも生い茂る緑と大きく清らかな湖が太陽の光を反射してキラキラと輝く。
広大な荒野の中で、豊富な水資源と豊かな土壌。
寄り添うように広がる街並みがあった。
【アクアシティ】。
水と土、二つの恵みからなる質の高い農作物の輸出と砂漠にも密林にも荒野の村々へも程近い流通の要地として地域をまとめる巨大な街。
自然のまま、奔放ですらある逞しさと防壁に囲われ、整然と並んだ都市部の画一的な美しさ。その両方が融合し、感嘆のため息が出そうなほど見事な景観。
なのだがしかし。
「……なんか、騒がしくないか?」
防壁の外、関所にあたる部分。そこで渋滞が起きていた。
ルーシィの駆るようなグスタフやそれよりも大きなカタツムリ型のホバーカーゴ、他にも小型あるいは中型のゾイドにトレーラーを牽引させている者もいる。
ルーシィのグスタフもまた、その渋滞へと合流。
牽引するトレーラーに載るジェノザウラーにギョッとした視線が集まるのを感じるが、意識して無視した。
「いつもこんな混み具合なのか?」
『たしかに混むけど、今ぐらいの時間はここまでじゃないよ。……何かあったのかな?
列の中に知ってる商人がいるから聞いてみる。一度、切るね』
カナタとの通信を切ったルーシィはグスタフの通信器を更に操作。先に渋滞に並んでいた知り合いの商人に繋げた。
暫くの雑談の後、再びカナタと通信を繋げる。
『近くにある帝国の基地に襲撃があったみたい。犯人はプロイツェン派の残党で殆どは捕縛されたけど何人か逃げたから一応、紛れ込んでないかのチェックだって。
暫くは出入りをチェックするってさ』
「マジか、めんどくせ。
ていうかプロイツェン派ぁ?まだ居るのかよ」
元ガイロス帝国摂政、ギュンター・プロイツェン。
かつて帝国を牛耳った権力者はルドルフ陛下の要請を受けた共和国軍とバン・フライハイトによって討たれ、帝国と共和国との和平の切っ掛けとなった。
その際にプロイツェンを支持していた有力者や政府高官は軒並み失脚したのだが……十年近く経っても、未だ根強い支持者がいるらしい。
結局、カナタとルーシィが街の中に入れたのは完全に日が沈みきってからだった。
ルーシィに紹介されたゾイド整備場にジェノザウラーを預けると、コクピットから降りたカナタは荷物を片手に手配してもらった宿へと向かっていた。
そこそこに騒がしく人通りの多い主要な道路を歩きながら大きく伸びをする。
「ん、んん~、……ふぅ」
そのまま長時間コクピットに座ったままで固まった身体を解す。
首をコキコキと動かして首筋のコリを取ると乱れた黒髪を手櫛で、逆立たせるように後ろへ流して整えた。
髪型に特にこだわりはない。見苦しくなければそれでいい。
周囲の喧騒を聴きながら歩く速度を少しだけ速めた。
夕食は宿の食堂で頂けることになっている。ルーシィによると街の名産品である野菜を使ったカレー、乳製品とスパイスを混ぜたソースに漬け込んだ鶏肉を焼いたモノがオススメらしい。
最近はスティック菓子にも似た携帯用の糧食ばかりでまともな食べ物を食べていない。
オススメされたことも相俟って期待に胸を膨らませていた。
「お、ここ……かな?」
伝えられた特徴に合致する、建物に到着した。ドアを開けて中に入る。
四階建ての建物。【ホテル・宿り木邸】と宿の名を記された大きな縦看板。
一階は受付。受付を正面にみて左側に階段、右側にはドアがあった。
ドアの先は酒場兼食堂になっているようでガヤガヤとした喧騒が漏れ聞こえてくる。逆に左の階段を上ると宿泊者の客室になっているらしい。
無人の受付に近付き、声をかけた。
奥からバタバタと恰幅のいい女性が現れる。
「お待たせしました。宿泊ですかお食事ですか?」
「カナタ・キャヴァリエです。ルーシィ・アルバムから…」
「ああ、ルーシィさんの紹介の。お部屋の御用意は出来てますよ。荷物はお部屋に運んでおきますから、先にお食事になさいますか?」
「お願いします。もう、かなり、ペコペコで」
笑いながら告げると、荷物を預けて食堂へと進む。
中に入ると適度な騒がしさと共に香辛料や肉の焼ける独特の匂い、なんとも食欲を誘う香りが漂ってきた。
六人掛けのカウンター席が一つと四人掛けのテーブル席が二つ。テーブル席は両方埋まっていて、カウンター席にはカップルと思わしき客が一組。
邪魔にならないよう人の疎らなカウンターの端に座る。
無言で冷えた水を出してくれたバーテンダー風の衣装に身を包んだ壮年の男性に、ルーシィからのオススメを注文した。
期待は最高潮。腹は減りすぎて限界。
水を飲んで心を落ち着かせようとするがうまくいかない。
まだかな、まだかな、と。幼い子供のように身体を揺らしてしまいそうなほど。
待ち遠しかった。