その日は特に何も変わったことのない一日だと思っていたが、ふと前を歩く男子生徒に目が留まった。彼は暗い茶色の髪を持ち、それは短く整えられていた。
深い青色の瞳が印象的で、その目に一瞬だけ彼女の視線が吸い寄せられた。
すれ違う瞬間、彼から漂うほのかな血の匂いに、彼女は心を奪われた。
しかしそれは、血が流れているときに感じる匂いではない。不思議な匂いに心を奪われた彼女は、その日、運命に出会った。
イタリアの街並みを背景に、賑わう人ごみの中に一人の少年が立っていた。
彼の身体は血にまみれ、痛みに耐えるように微かに震えていた。
しかし、人々は彼の存在を完全に無視し、まるで彼が透明人間であるかのように通り過ぎていく。誰一人として足を止めることもなく、少年の苦しみを見つめる者はいなかった。
少年の傷口からは絶えず血が流れ出し、その血は鉄分を失ったかのように黄色く変化していた。彼はふと、胸騒ぎを覚え――
――『シルバーチャリオッツ』
身体に纏っていた霧が一つの像へ変わり、右手にレイピアを一本携えた細身の騎士が現れ、胸騒ぎを感じた方へレイピアを貫いた。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
レイピアは虚空を切り裂き、その刹那、彼の体表から剃刀が現れ力が抜け落ちる。彼はその場に崩れ落ち、浅い呼吸を取り続ける。
ふと少年の前から影が差す。
崩れ落ちた少年は即座にシルバーチャリオッツで攻撃を仕掛けようとしたが、直前でシルバーチャリオッツは霧へと形が崩れ去り、攻撃はかなわなかった。
その一連の流れに前の影は一切動じず静かに片足を上げ、項垂れた少年の頭部目掛け振り下ろした。
少年は後頭部から生じる衝撃と、体内にある何かが衝撃の方へ引っ張られる感覚と共に、世界の時間は段々と遅くなり音が消えていく。
空が、景色が、街が、人が、全てがガラスが割れるように砕けて雪の様に消えてゆき、意識は何処かへ吸い込まれていく。その何処かへ吸い込まれるような感覚に囚われながら、強い衝撃と共に目を見開いた。
夢と現実の狭間で彷徨っているかのように、視界はぼやけていた。
全身を包み込む不思議な浮遊感の後に、遅れてきた激しい痛みと鼻から何かが垂れていく感覚を味わう。
「……負けた。ちくしょう」
彼は囁くように言葉を漏らした。
何かが強烈に彼を引き戻そうとする力が働き、彼の頭の中でその意識はかき乱された。
重たいまぶたを再び開け顔を上げると、目の前には制服を身に纏った金髪の少女がちょっと、ちょっと?危ない表情をしてこちらを見てた。
「…
「今日、体調不良でお休みと聞いてきました!...大丈夫じゃなさそうですね?」
彼女の目を見るとこちらを心配している色も見えるが、視線の先にあるものに対し恍惚とした色も浮かべている。
冷静さを取り戻すために周りを見渡すが、その間も強烈な頭痛が襲い続けており、まるで頭の中に釘を打たれるかのような痛みに呻き声を上げた。
「……あぁ、顔面からいったのか。鼻、潰れてないかな?」
彼女の視線は変わらず、鼻から流れているものに固定されているが気にせず、楽な体勢になり深呼吸を続ける。
深呼吸を繰り返すと頭痛は引いていき、視界のぼやきも収まった。
それでも鼻血は流れており、少しは綺麗にしようと近くにあったティッシュボックスへ手を伸ばすが、がっちりと彼女の手によって阻まれた。
――まぁ、
彼女がこれからやることを理解し、静かに覚悟を決める。
視線を前に戻し、彼女と目を合わせると彼女は有無も言わず顔を近づけを舐めていく。
彼女の荒い息を感じながら、ふと部屋の入り口部分を見るとわずかに扉が開いており、そこから特徴的な角が見えた。
この状況をどう説明したらよいものかと頭を悩ませながら、彼女の後頭部をさすり落ち着くように宥め続ける。
――やっぱり、何度やってもこの状況は心臓に悪いな
▼△▼△▼△▼△▼
数年前、日本へ渡り公安委員会との数回に及ぶ熱い面談を乗り越え、無事に彼らと取引を結んだ。
お陰で今は、あの時のメイドと赤子と一緒に平穏無事に異国の日常の中で安全に暮らしている。
勿論取引というからには、僕も粉骨砕身公安のために幼いながら働いている。
そんな姿に我慢が出来なくなったのか、公安まで連れて行ってくれた僕のヒーロー、レディ・ナガンが監視役兼面倒を見てくれる人として傍に居続けてくれた。
ただ彼女もまた精神的に不安定になってきているのを無視できず、僕のスタンド【ザ・キュアー】を使いカウンセリングを勝手に行った。
だが根本的な原因を解決しない限り、彼女はまた不安定になるだろうからどうにかしないといけない。
どうしたらいいんだろう。
閑話休題。
公安も流石に幼い子供に毎日仕事を振るような鬼ではないようで、基本学業優先ではあるが必要に応じて"個性"の修練と仕事の対応をしている。
学業はもちろん、公安の仕事をこなしながら"この世界"について記憶の奥にある知識を引っ張り出し、調べている。
そうしてこの世界がどういったものかを知り、これから訪れる障害を取り除かなくてはいけないと実感した。
元は一つの作品で創作の世界ではあるが、この世界で生と死を実感し何としても生きなくてはならない。
別世界なのだから元の世界に帰るべきという考えもあるだろうが、生憎帰りたいとも思えないし何よりこの世界に呼ばれた以上、何かやるべきことがあるんだろうなと考えているからだ。
だから、この世界のターニングポイントと主要人物達との接点を抑え、いかにアプローチをしていくかを考えた。
そんな時に彼女、渡我被身子との出会った。出会い自体は劇的なものではなく、公安側が指定した学校へ"転校"し、その転校先で出会ったのだ。
――運は私に味方してくれている!
そう叫びたいほど、仮想敵の戦力を削れるチャンスが転がってきたのだ。
彼女の個性は強力だ。強力過ぎて、幼い彼女の心を振り回してしまうほどに。ついでに彼女に取り巻く環境自体も最悪だ。
彼女は理解者のいない孤独の中で過ごし、今も"普通"を演じている。
そのような環境の中、個性の暴走を卒業まで抑えられているのは本当にすごいことで、今日も自然に振る舞えているのには正直脱帽ものだ。
だからこそ、彼女をこちら側に取り入る隙がある。
彼女の行いと感情を肯定し、そこから更に新たな道を示してあげる。
言うは易く行うは難し。
取り入ろうとして逆に引っ張られてはいけないから、細心の注意を払いながら彼女と友好関係を築いていきたい。
幸い、彼女は私に対して好意的な感情を向けてくれているから何かしらのきっかけを作れば進展はしそうだ。
それまで色々頑張ろう。
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ある日のことだった。
少し気分が悪くなり保健室に寄ったら、鼻にティッシュを詰めた例の彼がいた。
前に感じた不思議な匂いも濃ゆくなった彼は、私を見つけると目をまん丸にして驚いてた。カアイイ...
ちょっとドキドキしながら何故びっくりしてるんだろうと思いつつ、保健室の先生を探したけどいなかった。
彼が言うには他の仕事で席を外しているらしい。
続けて私が何で保健室に来たのかを聞いてきたから、気分が悪くてと言ったら「治してあげようか?」とあっさり言ってのけた。
流石に個性の使用はダメだと思って止めたけど「バレなきゃ犯罪じゃないさ。ほら座って座って」と言って強引に彼が横になってるベッドに私を座らせ、赤色と金色のオッドアイをした兎を出した。
彼は兎を両手で抱えて「抱いてあげて」と私に押し付けてきた。
訳も分からないまま兎を抱きかかえてしまったが、兎は私の手を舐め始めた。
くすぐったくて不思議な感覚だったけど、次第に気分の悪さは消えていき、手にできてた傷も心のモヤモヤも消えていく。
そんな私の変化を感じ取ったのか、彼はニコニコとして私を見つめてきた。
そんな彼の表情にもっとドキドキして思わず気になったことをたくさん聞いた。
名前とか趣味とか好きな食べ物とか。あとその怪我についてもいろいろ話し合った。
彼と話していると、不思議と心が軽くなって色々な事を話してしまう。そしてそれ以上に、彼との会話は楽しかった。
「この子がいたらその怪我も治るのにどうしてここにいるの?」
「え?そんなのさぼりたいからに決まってるじゃん。
そう言って笑い飛ばした彼に、目を奪われた。
不思議だ。不思議だらけで、カアイイ彼をもっと知りたくなった。
でも心から楽しいと思える時間はあっという間で、チャイムの音と共に終わりを知らせた。
彼も流石にそろそろ行かないと不味いらしくベッドから出てくる。
寂しいと思いながら、最初の頃より随分と大きくなった兎を彼に返した。
そうしたら彼から、また話そうよと話しかけてくれた。…とても嬉しかった。
私は頷くと嬉しそうに彼はニシシと笑ってくれた。
この短い時間で彼はとても優しい人なんだと分かった。
きっと私の本当の姿を知っても受け入れてくれるんだろうなと、不思議と確信した。
でもまだ言わない。まだまだ時間はある。
明日も話せるからたくさんお喋りして、もっと仲良くなってから打ち明けよう。
だから今は楽しい時間を過ごしたい。
「じゃあまたね、
「またね、トガ先輩」
彼とお話してから翌日まで吸血衝動には駆られなかった。
本当に不思議。
・『シルバーチャリオッツ』
本体:ジャン=ピエール・ポルナレフ
特性:一撃必殺の切れ味と圧倒的なスピードと精密動作性を持つ"近距離パワー型スタンド"。攻撃手段が装備したレイピアによる斬撃・刺突がだけとなり、非常にシンプルだがその剣裁きは凄まじく光の速さで動く物体やビームを斬ることが出来る。
また、剣や鎧は着脱可能で予想外の奇襲も可能で鎧を脱ぐとさらに速度は上がる。
弱点:本体の技量に大きく左右され、ポルナレフの10年に渡る修練により得た超スピードと精密性は本作主人公には継承されない。また、実体を持たない相手には滅法弱い。
・『ザ・キュアー』
本体:コニーリオ
特性:右目が赤色、左目が金色のオッドアイをした兎の"半自律型・能力顕現型スタンド"。能力は「周囲の痛みや悩みを感知し、癒す」という治癒に特化した能力。治療が困難な傷も治し、本体も治すことが出来る。
弱点:このスタンドは溜め込んだ「痛み」を普段の生活の中で少しずつ周囲に排出され、一般生活に気にならない程度に発散していくが、許容量を超えると巨大化し暴走する。
・『エドモンド・ベネット』
本作の主人公で愛称はエド。
前世の記憶を取り戻しつつあり、今を生きようと頑張っている。
本来のスタンド名は【???】だが、全スタンドの模倣を可能としている。
詳細はEP000 夜明けの後書きより。