パラドックスはアーツか否か   作:霊藻

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事前想定が正しそうだったので再開します。


兄妹

 

とある男が、聳え立つ熔炉より街を見下ろす。

彼の眼前にあったのは、未だに旧い傷痕を残しながらも、力強く復興しようとしている街並みだ。

 

彼の名はテレシス。

妹が街から去りし今、ここ“カズデル”において唯一「王」と呼ばれる者だった。

 

眼下の街では、今も尚都市の再建に勤しむ民衆達の姿が伺える。

彼は、僅かばかりの感慨を滲ませた表情でそれを見ていた。

200年前の崩壊から最近まで、カズデルの再建は極めて遅々とした歩みだった。

本来は崩壊するままに霧散していたであろう都市を一応の再稼働まで漕ぎ着けたのは、妹テレジアの手腕も大きかったが…………それとて、カズデルの脅威となる諸外国列強の進歩と比べたら、どうしても物足りないものと言う他なかったのだ。

その上、テラの大地において“魔族”と蔑まれ、迫害される存在であるサルカズに手を差しのべる国は無く、外に助けを求める事は望めない。

カズデルは……サルカズはただひたすら、孤独な再建という辛く長い道のりを歩まなくてはならなかった。

 

 

風向きが変わったのは、南の新興都市「サウスリム」との接触からだった。

 

おおよそ初めてではないだろうか。

使う使われるではなく、まともに手を取り合える外の存在は。

サウスリムとの貿易は、それまで自活一辺倒だったカズデル経済を刺激し、カズデルの経済的・物質的余裕は大きな改善の兆しを見せた。

それはカズデル単独であれば、もう数十年以上の時間が必要となるだろう成果だった。

彼の市長曰く、彼処に街を作ったのは全くの偶然らしいから、運命の巡り合わせとは中々分からないものだ。

 

加えて、基本的にサルカズに対して生来の偏見を持っていなかった市長の存在も大きいだろう。

サウスリムの立地的不利を考えれば、都市運営の戦略において市長がテレジア並みの手腕を持っていることは確実だ。

テレジアと市長と言えば、存外強かな性格をしている所も似ているな…………。

 

 

しかし、カズデルに住まうサルカズ達は、異族を敵視し、怨恨を募らせる者も多い。

サルカズの歩んだ歴史を鑑みれば仕方がない事とは言え、その遺恨によって妹テレジアはカズデルを離れざるをえなくなった。

 

……勿論、その怨嗟の一部は市長にも向いている。

あの市長が、それらカズデルに絡む「呪縛」の存在を正確に理解しており、なるべく都市に立ち入らぬよう心掛けていたとしても、サルカズ社会で異族が大きい顔をすることに不快感を覚える者は後を絶たない。

こればかりは歴史の積み重ねの果てであり、人の心を意のままに操れない以上、王や王庭に連なる者が自重を呼び掛けてもどうにもならないのだ。

しかし今のところ、街を離れたバベルと軍事委員会の仲を仲介し、決定的な対立に至らぬよう政の場で駆け回っているのも、その市長なのだ。

 

ここでサウスリムとの協力の手が途切れたとすれば、いよいよ以てカズデルは立ち行かなくなる。

カズデルの…………ひいてはテラの大地に住まうすべてのサルカズの為、それだけは避けなければならないだろう。

 

 

 

 

怨恨といえば、彼の市長は言っていたな。

 

『民族の恨みを消す事はできませんが、物質的充足によって稀釈することは可能ですよ。

適切な賃金と衣食住が充当していれば、過激な思想は限りなく抑えられます。

国家の真の安定とは思想や理想による団結ではなく、国民の大多数が不安定な挑戦より安定した“今”を選ぶことによってのみ達成される……

……つまり、働いたらお金が貰えて、その後に飯屋でお腹一杯になって、暖かいベッドで眠る生活が民の手の内にあれば、国なんてのはそのうち安定するんですよ。

結局のところカズデルの大抵の問題は、充分な金とモノがあれば解決するってことです』

 

なんとも乱暴な物言いだが、その内容は実に地に足が着いている。

軍事委員会(現実)とバベル(理想)の狭間に立つ者としては、これ以上無いのではないだろうか。

 

…………故に、此方も努力せねばなるまい。

これ以上の破局を防ぐ為に。

 

 

 

 


 

 

 

とある女性が、大地の上に立ち一隻の陸上艦と造成途中の街を見上げる。

彼女の理想に付いてきた人々によって、レム・ビリトンから発掘された船は動かされており、その近くではサルカズと異族が協力して日々の仕事に励んでいた。

 

彼女の名はテレジア。

理想を同じくするサルカズ達を率いてカズデルから離れ、異族との確執を乗り越えて理想を成そうとする“魔王”である。

 

サルカズの異族に対する怒りによって、半ば追い出される形でカズデルを出奔してきたテレジアとバベルだったが、幸いにも彼ら彼女らが宛もなく荒野を放浪するようになる事態にはならなかった。

全ては、渡りをつけたケルシーと、あの市長のお陰であった。

ケルシーが見つけてきた艦“ロドス・アイランド号”は皆の家になり、市長の街サウスリムは、そのロドスの寄る辺となった。

艦の足許に見える街では、サルカズと異族が共に手を取り合って働いていた。

そこに差別や偏見は無く、あくまでも一人一人が対等に過ごせる社会。

それは、テレジアの理想に極めて近い社会に映る。

 

それらの実現は、あの市長の手腕によるものが大きいことは明白だった。

加えて市長は、軍事委員会とバベルの仲を仲介し、何とか両者が破滅的な結末に巡らないよう両都市間を奔走している。

 

 

そんな市長だが、テレジア達が市長について知っている事は極めて少ない。

判明していることは、僻地に都市を造成して、それをつつがなく発展させる手腕。

移動都市に頼らずとも天災に怯える必要の無い「何らかの手段」

僻地にすらも人を呼び寄せる「何らかの手法」

天災に匹敵するアーツ…………おおよそこの程度である。

 

市長とは何者か?

永い時を知るケルシーですらこの疑問には答えられず、ただイェラグに存在する巨獣と同類か……もしくは特別な役割を持った獣主か……位の予測に留まっている。

未だに市長の力の全容については判明していないものの、その力の強大さと影響力の大きさは潜在的な脅威になるとして、ケルシーは警戒を続けている。

 

よってテレジアは…………市長を“信じる”事にした。

深い理由など無い。

 

この大地においてケルシーと同等の展望を持ち、対等な視野で話せる人物は少ない。

しかし彼女なら、ケルシーと対等の“お話”が出来るかも……とは少しテレジアの願望が混じったものであるが、とにかく、テレジアは市長の手を離すつもりは無い。

 

 

市長なら、ケルシーの孤独を打破できるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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