サウスリムの街を、長身で細身の人物が歩く。
周囲を隈無く観察し、ゆったりとした足取りで人混みに溶け込んでいく彼が身に纏うのは灰色の長いコートと、顔を半ば隠すように深く被ったシルクハット。
街の雑踏の中でもある種の異彩を放つ彼は、グレーゾーンの世界にて「グレーシルクハット」と呼ばれている諜報員だ。
彼は周囲に目を配りながら、ゆっくりと街の中心部へ向かって歩き始めた。
まるで興味本位に立ち寄り、物見遊山するかのような無造作な仕草だったが……その視線の鋭さは、既にこの街の建造物、通りを行き交う多種多様な住人たちの動向、そして街の商業施設の配置を細かく把握しようとしているものだった。
彼の目的は明白。
それは、何もかもが未知数であるこの街「サウスリム」に潜む秘密を解明し、それを有用な情報として自らの主にもたらすことだ。
荒れ果てた砂漠の中に突然現れた、急成長を遂げる新興都市サウスリム。
カズデルとはまた違うらしいこの街の存在が今、テラ諸国の中で密かな波紋を呼んでいた。
サウスリムを中心とする荒野の新興都市群は独自の技術と経済で発展を続ける不思議な街だが、その発展の速度は常識を超えている。
それは、古くからテラの大地を支配する国々にとっては一種の脅威とすら見なされつつある程に、だ。
事実、彼の目に映るサウスリムの街並みは、まるで砂漠の中に突如現れたオアシスのようであり、その不釣り合いなまでの繁栄に彼自身も興味をそそられずにはいられなかった。
ヴィクトリア某所
とある移動都市の奥深く。
夜が更ける中、とある邸宅の広間は豪奢な宴の華やぎに包まれていた。
巨大なシャンデリアが天井から輝き、室内は仄かな黄金色の光に満たされている。
集まった貴族たちは優美なドレスやタキシードに身を包み、それぞれが最高級の宝石やアクセサリーを身に着けていた。
この晩餐会に招かれているのはヴィクトリア国内でも屈指の地位と権力を誇る大貴族と、その家に連なる者達ばかりだった。
彼らは表向きは社交に勤しみ互いに笑顔で会話を交わしているものの、腹の中では当然の如くそれぞれが計算を巡らせている。
「────いつもながら見事なワインセレクションですな。この香り、そして深み……今までに味わった事が無い。此度もまた良い代物を見つけ出されましたな」
一人の貴族が、ワインの入ったグラスを掲げて微笑を浮かべる。
彼の隣に立つ者もまた、微笑を返しながら言葉を選んだ。
「お褒めいただき光栄です。伝統の中にこそ新しい風を採り入れるのが、我が家の伝統の一つですからね。このワインも、あのサウスリムから取り寄せたものです」
「サウスリムですか……最近話題になっておりますな」
サウスリム……
それは、近頃のヴィクトリア貴族社会で何かと話題に挙がる名だった。
その成長の速さ、有力な国家に属していないにも関わらず独自の経済圏を成長させている特異性故に、各方面の有力者の間で徐々に注目を集めていた。
「確か、最近になってレム・ビリトンと版図を接するようになった都市連合……でしたかね。あの荒地に有望な都市が現れるとは、なかなか興味深い話ではありませんか」
「そうですな。しかしてあの街、どの国にも属していないにも関わらず、なにやら豊富な資源と資金を背景に繁栄しているそうだ。しかも、聞くところによれば、全く以て新しい概念の品々を輸出しているとか」
別の貴族が、声を低くして話に加わる。
彼はヴィクトリア有数の工業地域を取り仕切る領主であり、産業界での影響力も非常に大きい。
であるからか、口元には淡い微笑が浮かんでいたが、その言葉の端々には警戒心が滲んでいた。
「ええ、そうです。彼の都市の工業力は、既に我がヴィクトリアの一都市に匹敵するらしいとも。それだけではなく、輸出されてくる製品は源石が極力組み込まれておらず、人体に優しいとの謳い文句をよく聞きます」
「……工業力といい経済力といい、まるで、どこぞの何者かが裏で資金を流し込んでいるかのように感じられるが……」
一人が低い声で呟く。
彼はヴィクトリアの貴族社会で長年隠然たる影響力を誇る大貴族であり、他国の影響が及んでいない都市がこれほどの成長を遂げること自体、何か裏があるのではないかと疑っている一人だった。
彼にとってサウスリムは、どの国にも属していないことが逆に厄介だと考えていた。
もしヴィクトリアに敵対するような勢力が、彼の都市の成長を後押ししているのならば放置するわけにはいかない。
反して、本当に何処にも属していないのであればその静動が読みにくいことこの上ない。
「ですが、このまま放っておいて、他国に手を出されるようなことがあっては困りますな。あの街が我々に協力的であれば良いのですが、そうでない場合……」
その言葉には、サウスリムをもし手懐けられないならば、強制的にヴィクトリアの影響下に置くべきだという暗黙の意図が含まれていた。
貴族たちの間には、一瞬の沈黙が訪れる。
周囲では音楽が奏でられ、談笑する声が聞こえているが、この集団の中だけは冷ややかな緊張感が漂っていた。
「ですから、我々はサウスリムに対し、影響力を及ぼす必要があるというわけです。懐柔するか、あるいは他の手段を用いてでも」
他の貴族たちも、静かに頷く。
彼らの中には、サウスリムを支配下に置くことができれば、自らの経済や軍事力をさらに強化できると考えている者が少なくなかった。
「しかしあまりに露骨に手を出せば、サウスリムの支配層も反発するのではないですか? 彼らが我々の手に簡単に収まるとは限りませぬぞ」
一人の用心深い貴族が慎重に反論した。
彼は無理に攻め込むよりも、サウスリムと友好的な関係を築き、時間をかけてその都市を手中に収める方が得策だと考えていた。
「友好などという悠長な手段をとっているうちに、他国に先を越されてしまうかもしれませんよ」
有力貴族が微笑を浮かべながら言う。
彼はサウスリムに対して迅速に影響を及ぼすべきだと考えていた。
その視線には、単なる経済的な関心を超えた好奇心と、何か新しいものを手に入れたいという野心が秘められているようだ。
「まあ、いずれにせよ、慎重でなければならないことに変わりはありますまい。あの街は急成長していますが、何らかの外部支援を受けている可能性もある。手を出すには、まずその背後関係を調べる必要があるでしょうな」
歴史的な家系の侯爵は冷静な口調で言い、他の貴族たちを牽制するように視線を走らせた。
彼は可能ならば、サウスリムへの影響力を自分一人の手で確立したいと考えていた。
一方ある貴族は、口元にわずかな微笑を浮かべ、この競争自体が自分の利益になることを期待していた。
そして多くの貴族は、自らの影響力を拡大する絶好の機会を見逃すつもりはなかった。
彼らが思い思いにサウスリムへの介入について話を進める中、それぞれの胸中に浮かぶ考えは共通している。
“この都市を自らの支配下に置ければ、ヴィクトリア内でもさらなる権力と名声を得られるかもしれない”…………と。
大貴族たちの間で、サウスリムを巡る影響力争いが水面下で始まろうとしていた。
彼らが街を「支配」するか、「懐柔」するか、それとも別の手段を取るかは定かではない。
しかし、それぞれがこの新興都市を手に入れることで、自らの立場を強化しようと狙っているのは明白だ。
この一見和やかな晩餐会も、実際には彼らの冷徹な計算と競争意識が渦巻くヴィクトリアの根深い貴族社会の縮図となっている舞台であった。
豪華な調度品が整然と並べられ、ビロードのカーテンが窓辺に優雅に垂れ下がる部屋の中心に座る現ヴィクトリアにおける実質的支配者の一人…………ゴドズィン公爵は、部下の一人が持ってきた小さなデジタル時計に目を凝らしていた。
淡い青い光が文字盤に浮かび上がり、微細なデジタル表示が時刻を示している。
「これが、サウスリムで入手した品ですか?」
公爵が指先で時計を軽くなぞり、興味深そうに声を低くして呟いた。
彼の表情には、ただの好奇心以上のものが宿っている。
周囲の部下達も、今やその小さな装置に視線を奪われていた。
「ええ、間違いありません。先日、レム・ビリトン経由で現地から持ち帰らせたもので、この時計の内部に関する解析レポートも一緒に届きました」
部下が懐からレポートを取り出し、テーブルに広げた。
公爵はその書類に目を通し始めるが、ページをめくるたび、徐々に顔つきが険しくなっていく。
「これは……まさか本当に……」
公爵が呻くように呟くと、部下も唇を引き締めながら言葉を継いだ。
「内部構造は、源石を基盤とする結晶回路に似ています。しかし、決定的に異なるのは、この時計には源石が一切使用されていない、という点です」
レポートには、時計についての分析が記されていた。
源石由来のエネルギー反応が検出されなかったこと、その代わりに全く未知のエネルギー源によって動力を供給しているということ……先進国たるヴィクトリアの知識を持ってしても解明し得ない謎が、この小さな装置には詰まっていた。
「どういうことでしょうかね? 源石を使わずに、どうやってこんな高度な時計が動いているというのか……」
レポートを睨みつけるようにして、眉をひそめる。
彼にとって、源石に依らない技術というのは想像を絶する未知の領域であった。
それがヴィクトリアの科学力を超えている可能性をほのめかされることで、彼の中には不安と警戒心が生じていた。
「しかも、この非源石時計は見かけ倒しの玩具ではありません。精度も高く、従来の時計に勝るとも劣らない安定性を保っているようです。源石もアーツも無しにこのような高精度を実現する技術……一新興都市がどのような経緯でこの手の技術を会得したのかは……」
部下は半ば自問自答するように言ったが、その言葉には怒りにも似た悔しさがにじんでいた。
ヴィクトリアの知の威信をもってしても、その謎に迫る術が無い…………源石を用いない未知の技術が、テラの中心を自負するヴィクトリアではなく新興の独立都市で生まれていることに、彼らは驚きを隠せなかった。
「動力源についても、一切の情報が無い……源石が使われていないだけでなく、どのような物質を利用しているかすら特定できていない、ですか……」
ヴィクトリアの科学者・技術者達はあらゆる手段を用いてこの時計の分析を試みたが、解明できたのはただ「未知」であるという事実のみだった。
テラにおいて、「源石」は全ての技術と文明の中核を成してきた。
源石を適切に反応させれば強力なエネルギーが得られ、結晶化した回路を組み込めば高度な演算装置も作れる。
さらに、オリジニウムアーツは医療や産業、軍事等あらゆる分野で応用が利き、プラスチックや炭素繊維といった高度素材まで産み出せる。
その汎用性は驚異的で、適切な加工手段と知識さえあれば、ほぼすべての問題を「源石」という万能な解決手段で克服できる。
いわば、源石はこの世界における“魔法”であり、技術の進化を支配してきた絶対的な存在だ。
それ故にテラの技術体系は、源石に強く依存している。
エネルギーも機構も源石を基準に考えられ、源石の性質・基質とアーツによって出来ることを最優先にした「都合の良い技術」の形で発展してきたのだ。
そこで言われる発展とは、中近世の錬金術師が未熟な工房の中で行う小手先の“工夫”の延長線上のものでしかない。
結果として源石がない環境や、それを用いない技術体系を理解し応用する能力はほぼ皆無に等しかった。
あまりにも便利な“鍵”に頼りすぎて、他の扉を開ける手段を追求する必要がなかったからだ。
そんな中で、サウスリムからもたらされた「地球の技術」は、その通りに異世界からの産物であった。
源石が存在しない前提で進化した地球技術は、物理学や化学の理論を突き詰め、限界を打破する形で成り立っている。
精緻な部品の組み合わせ、繊細な回路設計、そして信じられないほど効率の良いエネルギー運用──たかが時計一つと侮ること無かれ。
それは、源石のような便利万能素材が存在しない法則下に置かれた地球人類の、これ以上ないほどの執念と工夫が詰め込まれている代物なのだから。
そして、この技術を再現することは、テラの科学者たちにとってほぼ不可能だった。
源石に頼らずして、どうやって必要なエネルギーを生み出し、これほど小さな装置に収めているのか。
それを解明するための理論体系そのものが、この世界には存在しない。
もし仮にこの技術を研究者たちが徹底的に分解し、分析したとしても…………そこから新たな発明や応用を導き出すには長い年月が必要になるだろう。
彼らの知識は源石を中心に構築されており、その範囲を超えた存在に適応するには、全く新しい発想が求められる。
地球技術は、彼らにとって異端そのものである。
膨大なエネルギーを生む源石がない状態にも関わらず、極限の工夫と理論で作り上げられた技術は、彼らにとって未知の“怪物”同然の扱いきれない代物だった。
「おっ、hoi4の新DLC!」
「何々、新要素の特別計画……」
「核融合爆弾(水爆)に核搭載弾道ミサイル、超音速戦闘機、超重砲、超々重戦車、大陸間爆撃機、戦略原潜に加えて現代空母&戦艦と氷山空母が実装!…………地獄かな?」
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