パラドックスはアーツか否か   作:霊藻

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無名兵士達の戦場

 

漁村を取り囲む高台には、サウスリム正規軍の第2師団がすでに配置についていた。

戦車大隊は各車両が均等に火力を発揮できるように散開し、村を見下ろす丘の低木や戦車壕の陰に潜むように待機している。

歩兵隊、約2400人はその周囲に広がり、臨時構築された塹壕と遮蔽物を利用して防衛陣地を整えていた。

 

村内には依然として小型の恐魚の群れが蠢いており、それに混じって大型のも確認されている。

海沿いの空は曇りがちで、薄明かりの中に僅かな霧が立ち込めていた。

遠くで波の音が微かに聞こえ、時折、霧の中から何かが蠢く音が耳を刺す。

 

 

恐魚の群れは、漁村全体に溢れている。

戦車隊の隊長は双眼鏡を構え、その動きを冷静に見つめていた。

 

 

「敵は未だ此方に気付いていない……総員、攻撃準備」

 

 

通信機から響く声が、各戦車内の乗員に伝えられる。

 

それぞれの戦車の砲手たちは、主砲を敵の密集地点に向けて微調整を始める。

照準器に映る敵の姿はおぞましく、恐魚の集団が荒野を埋め尽くしているように見えた。

その数は膨大で、仮に正面から衝突して乱戦になれば圧倒されることは明白だった。

しかし、部隊に与えられた任務は敵を殲滅することではない。

漁村内部に突入するバベルの救出チームが敵の目を掻い潜れるよう、大規模な陽動を行うことである。

 

 

「射撃準備完了、いつでも撃てます」

 

 

副官の報告に、隊長は静かに頷いた。

そうしている内に、司令部から全部隊に充てた通信が流れる。

 

 

『攻撃開始せよ。繰り返す、攻撃開始』

 

「────よし、始めるぞ。全車、照準。撃てっ!」

 

 

 

 

轟音が夜明け前の静寂を引き裂いた。主力戦車の主砲が火を吹き、榴弾が一直線に敵の密集地点へと飛び込んでいく。

着弾した瞬間、爆風が霧を吹き飛ばし、周囲の地形を揺るがす衝撃が広がった。

土砂や破片が舞い上がり、恐魚の群れがその爆風に巻き込まれて四散する。

 

それを皮切りに、戦車隊全体が一斉に砲撃を開始した。

次々と響く爆発音が、村全体を震わせる。

砲弾は敵の集中地点に豪雨のように降り注ぎ、石礫の嵐がその場を飲み込んだ。濃い煙の中に閃光が走り、炸薬の火柱がいくつも立ち上る。

戦車砲だけでなく、砲兵隊の野砲や歩兵の支援火器も加わり、文字通り地獄絵図を作り上げていった。

 

 

だが、敵の数は途方もなく多かった。

幾らかの個体は砲撃をものともせず、爆発の間を縫うようにして、じわじわと塹壕線に向かって接近してくる。

その姿は混沌とし、犬のような者、複数の触手をうごめかせる者、花のような頭を持つ異形の者たちが、一糸乱れぬ波のように押し寄せてくる。

 

 

「接近戦に備えろ!機関銃、先頭のヤツに叩き込め!」

 

 

隊長が指示を飛ばす。

 

戦車の同軸機銃と車長用機関銃が火を噴き、接近する敵を弾幕で押し返す。

銃弾の嵐にさらされながらも、それでもシーボーンたちは怯むことなく進軍を続けた。

その動きはまるで心を持たない機械のように愚直だ。

 

 

「俺達はあくまで陽動だ。敵がこっちに釘付けになる程、救出部隊が動ける時間が増える!持ちこたえろ!」

 

「敵に押し切らせるな!1発で死なない奴にはもう1発ぶち込め!」

 

 

隊長の声が響き渡り、鋼鉄の機械は一斉に咆哮した。

爆炎が砲口から迸り、厚い鋼板を震わせる反動の中で、砲弾が高速度で目標に飛び込んだ。

 

恐魚の群れが衝撃波と爆風に翻弄されて飛び散る様子が見えた。

爆撃に耐えた個体が、爆煙の中から現れてよろよろと這い出してきたが、即座に次の砲撃で粉砕された。

地面には巨大な弾跡が刻まれ、血と肉が焼ける臭いが風に乗って広がる。

 

戦車の砲撃は止むことなく続いた。

90mm砲弾が1分間に数発ずつ発射され、村を目指して飛んでいくたびに、建物の瓦礫や地面が巻き上げられる。

村に潜む恐魚の群れは、その本能により“大群”を守ろうと徐々に村の外へ釣り出されていく。

 

 

「敵が浸透してくるぞ!止めろ!」

 

 

一方で、歩兵大隊も村の周辺で展開を開始していた。

歩兵は戦車部隊を援護しつつ、火力の隙間から侵入してくる恐魚を迎え撃つ。

彼らはテラの基準で言えば極めて射程の長い小銃や軽機関銃を使い、敵の動きを封じ込めながらじわじわと殲滅していく。

特に危険とされた個体には、携行式対戦車火器を叩き込み、群れの進行を阻止していた。

 

戦車砲の咆哮が鳴り響き、恐魚の群れが爆発のたびに飛び散る。

それでも、全てを仕留めきれるわけではない。

爆風で怯んだだけの恐魚や、砲撃の死角から迫る個体が防衛線に忍び寄ることもあった。

 

 

「その気色悪いヤツを近寄らせるな!」

 

 

どこからともなく大声で指示が飛ぶ。

戦車の主砲の旋回速度はすばしっこく動く生身を捉えられるほど速くなく、小回りの効かない大きな車体は近接戦闘に弱かった。

だからこそ、戦車の周囲では歩兵たちがその隙を埋めるように展開していた。

 

 

「撃て!撃て!」

 

 

突撃銃を持った歩兵が戦車の脇に位置し、前方に迫る恐魚へ弾丸の雨を浴びせる。

鋭い牙と強靭な肢体を備えた恐魚は、怯むことなく突進してくるが、連射された銃弾がその肉体を引き裂き、血飛沫を散らしながら次々と倒れていく。

 

 

「撃ち漏らしがいる!右側面から来るぞ!」

 

 

別の班が恐魚の動きを察知し、軽機関銃の銃口を右側へ向けた。

重い音を響かせながら一斉射撃が始まる。

弾丸が恐魚の硬化した外皮を穿つ音が響き、倒れた恐魚の死体が転がった。

だが、撃たれても前進を止めない個体も現れ始めていた。

恐魚の中には、爆風や銃弾にある程度の耐性を持ち始めたものが出てきたのだ。

 

 

「硬いぞ!新種か?」

「バズーカを持ってこい!」

 

 

命令が飛ぶと、後方に配置されていた兵士が携行式の対戦車ロケットランチャー……俗にM20“スーパー・バズーカ”とも呼ばれるそれを構える。

肩に担がれた武器が発射されると、炎の尾を引いてロケット弾が目標へ飛び込んだ。

恐魚が一瞬立ち止まり、ロケット弾が直撃すると、轟音とともに破片を撒き散らして肉塊と化す。

 

しかし、さらに巨大で異形の恐魚が現れると、ロケット弾すらも致命傷には至らず、前進を続けることもあった。

 

 

「戦車砲で仕留めろ!全火力を集中!」

 

 

指揮官の怒号が響き、戦車部隊が砲塔をその巨体に向けた。

砲声が続けざまに轟き、戦車砲から放たれた高初速砲弾が一発、また一発と叩き込まれる。

炸薬が入っていないにも関わらず、高速の弾頭はその運動エネルギーが叩きつける衝撃波のみで恐魚の肉体に大穴を穿つ。

重厚な破壊力がその巨体をついに押し留め、最後の砲弾が命中した瞬間、恐魚は断末魔の咆哮と共に地面へ崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

村の外周部で戦闘を続けていたサウスリム軍の兵士たちは、戦車と歩兵による猛攻で次々と恐魚を撃破していた。

爆発音が途切れることなく響き、黒い煙が砂地の上空へ立ち上る。

だが、その喧騒の中で、一人の兵士が異変に気づいた。

 

 

「……あれを見ろ!村の方だ!」

 

 

彼が指差した方向、漁村の外れに建つ教会の建物。

遠目にもそれは異様な光景だった。

教会の壁が激しく揺れたかと思うと、大きな亀裂が走り、建物がその中心から砕け散るように崩壊していく。

その瓦礫の中から何か巨大なものがゆっくりと姿を現した。

 

 

「なんだ、あれは……!」

 

 

兵士たちは息を飲み、その場に立ち尽くした。

崩れた教会の残骸を突き破りながら出現したのは、異常なまでの巨体を持つ恐魚だった。

既存の個体とは明らかに異なる姿をしている。

鋭い骨のような突起が背中(?)から突き出し、全身を覆う外皮はまるで硬化した珊瑚のような質感を持っていた。

さらにその体からは不気味な青白い光が微かに放たれている。

 

巨大な恐魚――もはや「怪物」としか形容できない存在は、村を見下ろすように頭を持ち上げ、深く低い唸り声を上げた。

その声はまるで大地そのものを震わせるかのようで、周囲の兵士たちは足元の揺れを感じ取った。

 

 

「新種か……いや、これほどのものは……」

 

 

誰かが呟いたが、その答えはすぐに通信機を通して届けられた。

 

 

『こちら、救出部隊のケルシー…』

 

 

冷静な声が通信機から流れる。

戦場の喧騒を背景にしても、その声ははっきりと耳に届いた。

 

『その恐魚……いや『シーボーン』は、周辺一帯に居る恐魚の指揮を執る存在だ。同時に、漁村に入り込んでいた宗教家の成れの果てでもある』

 

「成れの果て?」

 

 

通信を受けた指揮官が驚きの声を上げる。

 

 

『そうだ。“深海教会”────彼らは恐魚を信仰し、その力を引き出そうとしている。それが結果的にどうなるか……今、目の前にいるそれが答えだ』

 

 

ケルシーの言葉には一切の迷いがなかった。

彼女はすでにこれがただの即物的な脅威ではないことを理解していた。

 

 

『そのシーボーンは他の恐魚を統率するだけでなく、存在そのものが新たな恐魚を引き寄せる力を持つ。放置すれば、戦況は急激に悪化するだろう』

 

 

村内から放たれた光線のようなものがシーボーンに直撃するが、大した損害は与えられていないように見て取れる。

一旦通信の途切れる音がして、再びケルシーの声が響いた。

 

 

『私たちが村の内部で作戦を進める間、シーボーンを足止めするか、あるいは排除する手段を講じてほしい』

 

 

教会跡の瓦礫を踏みつけながら、シーボーンはゆっくりと外周部に向けて動き出していた。

その姿を見た兵士たちは、即座に態勢を整え、再び銃口と砲口をその巨体に向ける。

 

指揮所の中は緊張と焦燥が入り混じった空気に包まれていた。

砲撃の振動が遠くから伝わり、無線機からは恐魚との激戦を伝える断続的な報告が響いている。

その中で、山下将軍は通信機を手に取り、ケルシーとの回線を繋いだ。

 

「ケルシー、こちら山下だ。」

 

 

将軍の低く落ち着いた声が通信回線に乗る。

 

 

 

 

「第一機甲師団と航空隊が予定通り到着した。先行した航空隊はすでに上空に配置済み、師団の戦車連隊も展開を完了。陸上巡洋艦“ティグリス”も既に艦砲射撃の準備を整えている」

 

 

 

 




歩兵火器はStg44とMG42相当です。迫撃砲や無反動砲は大体50年代米軍のやつ。
戦車はM48パットン相当と考えてください。いいとこ取りですね。

事の次第としては、司教が村に侵入したものの、思ったより村人が困窮しておらず自然信仰カルト扱いされてしまい、焦った司教が適当に恐魚を呼び寄せた感じです。
最終的にケルシー達に追い詰められた司教は周りの恐魚や数少ない信者を取り込み、肥大化した自意識の如き巨体に成り果てました。

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