パラドックスはアーツか否か   作:霊藻

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黒蛇を殺す者

 

 

冷たい風が吹きすさぶウルサスの凍土。

雪に覆われた大地の中、レユニオンのメンバーたちは何も知らず、日常の任務に勤しんでいる。

彼らの無邪気な笑顔や、仲間同士の何気ない会話が耳に入る。

…………だが、彼らは知らない。

この身体(タルラ)の中で、(黒蛇)の意思が主導権を握っていることを。

 

タルラの意識の奥底で、私は彼女の記憶や感情を手繰り寄せ、ウルサスの現状を思索する。

かつての強大な帝国は、今や衰退の一途を辿っている。

先帝の死と血峰の戦いの敗北により、ウルサス内部では大反乱と粛清が起こり、国力は大きく削られた。

 

私は焦りを感じている。

 

このままでは、ウルサスは完全に力を失い、歴史の闇に消えてしまうやもしれぬ。

私の計画は、ウルサスの再興にあるが、現状はそれを許さない。

故に、レユニオンを利用して混乱を起こし、ウルサスに輝かしい栄光と復古をもたらす必要があった。

 

しかし……その計画を、見直す時期が来てるかもしれない。

 

 

「姐さん、ちょっと見てくれ」

 

 

レユニオンの一人が手にしていた袋を私の前に突き出した。

粗末な布袋に包まれたそれを開くと、中から白い粉が顔を覗かせる。

指でつまみ、軽く揉んでみると、独特の感触がある。

 

……………………阿片だ。

 

 

「どこで手に入れた?」

 

「向こうの村の市場だ。ここの住民が隠れて取引してた。数ヶ月前まではこんなもん見なかったが……最近やたらと出回ってるらしい」

 

 

私は目を細めた。

阿片…………一時の快楽と引き換えに、人を容易く廃人に貶めるおぞましい薬。

ウルサス国内では、これ程の危険な薬物の取引は厳しく取り締まられる筈だ。

だが、帝国の力が衰えた今、その網の目をかいくぐる商人や密売人が増えたのかもしれない。

この手の毒は、かつて帝国が誇った強固な精神を蝕み、腐らせる。

 

 

「この阿片……国外から流れ込んできたのか?」

 

「多分な。聞いた話じゃ、南の方の国から流れてきてるらしい。ここらの農民が飢えに耐えかねて、密売人の言いなりになってるって話もある」

 

 

静かに息を吐いた。

ウルサスは今、寒波と貧困に苛まれている。

突如として襲いかかった冷夏の影響で、農地は十分な作物を生み出せず、食料不足が深刻化していた。

農民達は須く餓え、都市の住人達は次第に国外から流入する安価な食料や物資に頼るようになった。

それが何を意味するか、私にはよく分かっている。

 

ウルサスの自給体制が崩れつつあるのだ。

 

それは単に食糧問題だけに留まらない。

帝国でも有数の工業都市チェルノボーグもまた、危機に瀕していた。

国外からの安価な工業製品が市場を席巻し、ウルサスの工業製品は次々と競争に敗れ、工場の閉鎖が相次いでいる。

その為に失業者が街に溢れ、反乱分子や犯罪組織が勢力を拡大しつつある。

最早、一つの都市の問題ではない。

これは帝国全体を揺るがす崩壊の兆しだ。

 

そして、その隙間に入り込むように、阿片が浸透し始めている。

 

 

「────処分しろ」

 

 

短く、そう命じた。

 

 

「こんなものが広がれば、我々は戦う前に内部から崩壊する」

 

 

袋を持ってきたメンバーはすぐに頷き、袋を持って立ち去った。

 

私は一人、夜の夜営地を見渡した。

小さな焚き火を囲みながら、何も知らずに暖を取るレユニオンの戦士達。

彼らの背後に広がる闇の向こうには、崩れゆくウルサスがある。

 

 

食料も、工業も、財政も、国そのものが軋みを上げて崩れかけている。

その崩壊は剣や砲ではなく、もっと静かな足音で迫っていた。

輸入品が市場を埋め尽くし、ウルサスの財貨は国外へと流出し、工場は次々と閉鎖に追い込まれた。

農地は気候変動と貧困に喘ぎ、収穫は減少し、農民は生活の糧を失った。

 

生きるために、彼らは国外に逃れようとする。

だが、それを許すほどこの帝国は寛容ではない。

領主は強制的に農民を縛り付け、軍と監視隊は逃亡者を見つけ次第取り締まる。

村では鞭打たれた男たちが泥の中に転がり、女や子どもたちは泣きながら兵士に縋りつく。

辺境を抜け出し都市に入れた者も、そこに待っていたのは冷たい路地裏と、居場所のない空気だけだった。

 

そして、それら都市も静かに死につつある。

 

無気力な者たちが街を彷徨い、働く意志を失った者たちが広場に座り込む。

希望を失い、ただ命を繋ぐだけの生活に慣れた人々の目には、かつての帝国の誇りは微塵も映っていない。

彼らの手元にあるのは、なけなしの金をはたいて購入した、極めて安価な輸入品の酒瓶のみ。

 

そのような混乱の中で最も激しい矛先を向けられたのは、鉱石病感染者だった。

 

ウルサスに根付く病は、これまで以上に憎悪の対象となり、迫害の炎はかつてないほどの激しさを増していた。

感染者は徹底的に襲撃され、無残に引きずり出された者たちが炎の中に投げ込まれる様は、最早珍しいことではなくなった。

 

 

…………この現象は偶然ではない。

これら全てが、一つの契機を境に加速した。

 

 

 

Prefectural Alliance of

Regional Autonomous District Organizations

 

 

 

P A R A D O(地域自治機構連合)

 

 

 

詳細は依然として不明だが、この名を持つ新興国との貿易が始まって以降、ウルサスの衰退は劇的に加速した。

流れ込んだのは単なる物資ではない…………それは、ウルサスという国を殺すための毒だった。

 

彼の国の安価な工業製品が市場を潰し、彼の国の安く豊富な食料が国内の食料供給を壊し、彼の国から流し込まれる薬物とアルコールが人々の意志を腐らせる。

そして、混乱の中で民は互いを敵と認識し始めた。

 

これは、紛れもない戦争。

剣も盾も必要としない、商品と経済を使った、新しい形の戦争だ。

 

支配とは、力で奪うものではなく、抵抗の意志を折るものである。

そして、彼の国のやり口はそれ以上に狡猾…………敵を打倒するのではなく、敵に己の生存を放棄させる…………そのようなやり口だ。

そして民は、「このような時に価格を吊り上げず、足元を見ない良心的な商人」と、彼の国を褒め称える。

 

 

暗闇の中、焚き火の揺らめきが、私の影を長く伸ばしている。

 

 

国家を考え、国体を第一に据える者の思考────それが、このテラにおいてどれほど珍しいものか、私は知っている。

 

ウルサスの衰退は偶然ではなく、彼の国の誰かが意図的に仕掛けたものだろう。

それも、ウルサスの人民や組織といった曖昧な目標ではない。

 

 

ウルサスという国家そのものを破壊するための攻撃だ。

 

 

食料を流し込み、工業を破壊し、通貨を削り取り、国民を無気力化させる───その方法論はあまりにも理知的で、理解の及ばぬ程に未知の概念だった。

その未知の攻撃によって、ウルサスは諦観と停滞の泥沼に沈もうとしている。

 

 

…………国家という枠組みを意識し、その存続と変革を主として考える者。

民衆ではなく、組織や政治ではなく、「国そのもの」を基準にして世界を見ている者。

 

PARADOの上層部……もしくは支配者の中に、私と同じ思考形態を持つ者がいるのか?

 

ウルサスを国家単位で殺しにかかる者。

ウルサスの未来を、自らの意志で作り変えようとする者。

もし、それが明確な意思を持つ者の手によるものだったとしたら?

 

 

私はその考えに、奇妙な感覚を覚えた。

理解できる──いや、共感すらできる。

 

 

自らの信ずる「国家の形」を押し付けるため、世界を動かそうとする者。

それは、私が辿ってきた道とほとんど変わらない。

 

もしその者が本当に存在するのなら、私は必ず対峙することになる。

 

焚き火の炎が消えかけ、影が闇に溶けていく。

私はそっと目を閉じた。

 

これは、戦争だ。

だが、戦うべきは単なる敵ではない。

 

 

………………もしかしたら「似た者同士」の戦いになるかもしれない。

 

 

 

 

 




Vic3で作れるんですよね、阿片。
海への攻撃によって起こった全惑星規模での気候変動、そのウルサスでの影響になります。


ここら辺、説明にもある「富の流入が社会を破壊する」ということで書きたかったことでした。
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