張りつめた空気が、部屋を満たしていた。
窓の外には現代的な街並みが広がっている。
高層ビルが乱立し、整備された道路には車と人の流れが絶えない。
ここは炎国の都市────龍門。
そして、その中心に座するのが龍門の長官、ウェイ・イェンウ。
対面する製薬企業…………ロドスの面々は、重役となるケルシー、ドクター、アーミヤの三人。
そして、龍門の法と秩序の番人であるチェン・フェイゼもまた、この場にいた。
静寂の中、ウェイがゆっくりと口を開く。
「資格があるかどうか。そして、君たちが有益なパートナーとなるかどうかは、あくまで我々龍門が決めることだ。とはいえ、その程度の情報も提供できないというのであれば………………君たちの実力を信用するのは難しいな」
冷徹な言葉。
それに対し、ケルシーは微動だにせず、静かに言葉を紡ぐ。
「あえて強調させていただくとすれば…………我々が得た情報は、我々の実力があってこそ持ち帰ることが叶ったものなのです」
暗に、それを無価値と判断するのなら、龍門の判断力を疑わざるを得ないと言っているようなものだった。
チェンの眉がわずかに動く。
「だが、そうは言っても、レユニオンと同じく感染者組織であるロドスを安易に信用することはできん」
感染者の組織…………それだけで、龍門にとってロドスは潜在的な脅威である。
だからこそ、特別督察隊隊長であるチェンは警戒を解かない。
しかし、ケルシーはそれを真正面から受け止め、あえて挑発めいた言葉を口にする。
「チェンさんが龍門の安全よりも、感染者を盲目的に処罰することのほうが重要だとお考えなのであれば……この龍門の法に従い、私を捕縛していただいても構いません。そうなれば、都市がレユニオンに焼き尽くされる様を、牢獄から眺めて嘆くとしましょう」
張り詰めた空気が場を支配し、チェンの瞳が鋭さを増す。
「長官、このような部外者、それも感染者を、龍門の機密事項に相当する任務へ関与させるのは不適切かと存じます」
ウェイは目を閉じ、深く息を吐いた。
その一瞬の静寂を破るように、チェンが何かを言おうと口を開く。
その時────
「彼女らの実力は確かですよ、私が保証しましょう」
穏やかでありながらも響き渡る声が、部屋に新たな空気をもたらした。
扉が静かに開き入室したのは、一人のリーベリの女性だった。
淡い青色の髪をなびかせ、冷静な眼差しを携えながら、軽やかな足取りで部屋の中央へと進む。
彼女は軍服のような威圧感のある装いではなく、洗練されたビジネスカジュアルに近い服装をしていた。
市長、代表…………現在の名は“クローナ”。
今はPARADO連合議会戦略諮問特別代表という肩書きを持つこの女性は、単なる外交官の枠に収まる存在ではない。
最高理事会においても大きな影響力を持つと噂され、ウェイですら意識を引き締めざるを得ない人物である。
ウェイは無言のまま、鋭い視線を向けた。
「……予定より早い到着ですな、クローナ代表」
「お待たせするのも失礼かと思いまして。どうか、お構いなく」
代表は軽く微笑むと、自然な動作で空いていた席に腰を下ろした。
クローナの視線は、ケルシーの方へと向けられる。
「お久しぶりです、ケルシー先生」
「……まさか、今このタイミングの登場とは…市長、いや、代表」
ケルシーの声には、わずかながら感情の揺れが含まれていた。
そして、アーミヤはその名を耳にした瞬間、息をのんだ。
『市長……さん……?』
懐かしい記憶が、脳裏をよぎる。
幼い頃、バベルの施設の片隅で見上げた青い髪。
穏やかで、けれどどこか掴みどころのない笑み。
彼女の存在は、確かにアーミヤの記憶の奥底に刻まれていた。
だが、今…………この場では、個人的な感傷よりも、交渉の行方こそが重要だ。
アーミヤは唇を噛みしめ、言葉を飲み込んだ。
ウェイは小さく息をつき、視線をロドスの面々へと移す。
「ではロドスの諸君、残念ながら予定が押している為、また日を改めて─────」
しかし、代表は静かに手を挙げ、ウェイの言葉を遮った。
「レユニオン・ムーブメントへの対応は、我々にとって共通の課題です。ロドスの方々を退出させる必要はないでしょう」
「……」
ウェイの眼が細まる。
PARADO…………俗に機構連合、もしくは連合などと呼ばれている勢力で、その実力は未だ未知数である。
この新興国は、龍門からシラクーザにかけての広大な経済圏で急速に頭角を現しつつあった。
特に目を引くのは、その技術力の高さである。
連合製の一部工業製品や日用品は、従来の技術体系に依存しない新たなアプローチに挑戦しており、一部の専門家の間では「テラの産業構造そのものを変える可能性がある」とまで囁かれていた。
中でも、彼らが出す「源石フリー」の製品は注目に値する。
源石を用いずとも動作する機械は、真偽の程は一旦置いておくとして、従来の源石依存型社会とは異なる未来を示唆していた。
実際、龍門の裕福層の間では、連合製の家電や機器が「安全性が高い」「環境に優しい」という理由で流行しており、密かにステータスシンボルとなりつつある。
それだけの影響力を持つ勢力と、万が一、経済的な紛争が発生した場合────
────龍門とて無傷では済まされない。
貿易の停滞、物流の混乱、金融の損失……最悪の場合、龍門が交易の重心から弾き出される可能性もゼロではないのだ。
少なくとも、一企業に過ぎないロドスとの交渉とは、まるで次元が異なる話だった。
ロドスとのやり取りは、たとえ龍門にとって不利益なものであっても、最悪の場合、様々な手段で制御可能だ。
だが、連合は国家であり、経済圏に大きな影響力を持つ勢力でもある。
仮に交渉が決裂し、彼らが経済的な圧力を加えてきた場合…………龍門は甚大な損害を被る可能性がある。
そしてもう一つ、ウェイが見過ごせない点があった。
それは、ケルシーと代表が知り合いであるらしいという事実。
これは決して軽視できる要素ではない。
ウェイは、改めて代表の表情を探る。
彼女は微笑を浮かべたまま、何も語らない…………まるで、こちらの考えを見透かしているかのように。
ウェイにとり、交渉はより一層厄介なものになりそうだった。
交渉の流れは、ロドスにとって不利なものになりつつあった。
チェンが否定的な態度を崩さず、龍門近衛局の独自対処を主張する中、ウェイもまた、ロドスの提案に慎重な姿勢を示す言葉を紡ぐ。
「ふむ。君の言う通り、犯罪や侵略に対処する分には、近衛局の実力があれば十二分だろう」
ウェイの声は静かでありながら、断定的だった。
「確かに、クローナ代表のお墨付きを得ているロドスはより多くの可能性を提供してはくれるだろうが……その対価として君たちが求めるものは、今の条件とは釣り合わない。君たちの提示してきた『値段』は少々高すぎる。都市防衛への一時協力だけでは足りないのだ」
ケルシーはすぐさま応じた。
「ですが、ウェイ長官。レユニオンに関して、貴方のご存じない情報が未だ多数存在していることをお忘れなく」
冷静な口調でありながら、その言葉には確かな圧力があった。
「私の見立てによると、本件への対処は、『防衛』だけでは不十分です。交戦時に我々が得た情報をもとに推測すると、より積極的な対策を講じなければ、あと数週間ほどで龍門はレユニオンに制圧されるものと思われます」
ケルシーの言葉は、あくまで「推測」だ。
確かな証拠があるわけではない。
チェンは明らかに納得していない様子で視線を鋭くする。
そんな場の空気を切り裂くように、代表が口を開いた。
「……なるほど。消極的な防衛だけでは、レユニオンの勢力拡大を許す可能性が高く……最悪の場合、龍門が陥落する事態になりかねない、ということですね」
静かだが、どこか軽妙な口調。
彼女は、まるで交渉の流れを楽しむように微笑を浮かべたまま続ける。
「それでは、私からも一つ、懸念をお伝えしましょう」
ウェイが眉をわずかに動かす。
代表は、まるで何でもないことのように言った。
「もし、レユニオンの勢力拡大がこのまま続けば……連合安全保障委員会は、外郭都市防衛のために艦隊を動員する可能性があります」
会議室の空気が、一瞬凍りつく。
誰もが、その言葉の意味を理解していた。
代表は決して「確実に軍が動く」とは明言していない。
だが、あえて「連合安全保障委員会」という組織名を口にした時点で、その意図は明白だった。
“ロドスでも何でもいいが、手段を選り好みして対処を渋り、こちらに影響が出るようなら、我々も本腰を入れるしかない”
連合の軍事力も不明な点は多い。
しかし、今この場で──仮にもテラの大国である炎国の中で自信満々に宣言するくらいなのだから、その戦力は生半可なものではないだろう。
ウェイの目が鋭く細められる。
「……連合軍の艦隊、それを国境に並べる、と」
クローナは、微笑を崩さぬまま小さく頷いた。
「私はあくまで可能性を述べたにすぎませんし、炎国政府とも調整が必要でしょう。ですが、地域の安定が損なわれる事態になれば、それを看過することはできませんので」
軍事的な介入を直接口にすることなく、しかし確実に圧力をかけてくる言い回し。
ウェイは、改めて目の前の少女を厄介な交渉相手だと認識せざるを得なかった。
政治力には政治力をぶつけんだよ!
代表「おっケルシーじゃん久しぶりに会いに行こーっと、なんかロドスが不利っぽい?ちょっと助け船出しとくかぁ~」感覚
ウェイの胃は死ぬ。
偽名のクローナは、パラド本社のあるスウェーデンの通貨単位ですね。
表向きはPARADOの意思決定機関である連合議会やら理事会の直属顧問機関の人間であるとして、リスクを負ってまで暗殺する所の価値まではいかないようにしてます。