パラドックスはアーツか否か   作:霊藻

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時期不詳 ヴィクトリア某所


ルビコンの橋

 

 

 

ヴィクトリアの辺境に広がる平原。

夜の帳が降りる中、篝火の炎が等間隔に並び、闇の中にぼんやりと長い長方形の輪郭を浮かび上がらせていた。

火の向こうには、森の影が黒々と沈んでいる。

 

その炎を背にして、数十人の男たちが無言で立っていた。

彼らの衣服はどこか擦り切れている者もおり、どことなく統一感がない。

それもそのはず、彼らは「ダブリン」と呼ばれる集団…………被差別民族ターラー人で構成された反ヴィクトリア組織だった。

 

彼らは何かを待っていた。しかし、それが何なのか、ほとんどの者は知らない。

ただ、命じられた通りに篝火を灯し、作業を終え、こうして立っているだけだ。

 

炎の光に照らされた男の一人が、隣の仲間に小声で囁いた。

 

 

「……本当に来るのか?」

 

 

隣の男は、少し間を置いてから答える。

 

 

「さあな。だが、リーダーが来てるんだ、俺たちはただ従うだけだ」

 

「そうは言うが……この仕掛け、何の意味があるんだ? 俺にはさっぱりわからねえ」

 

 

その言葉に、もう一人が低く笑った。

 

 

「わかる必要があるのか? 俺たちの役目は、命じられたことをやるだけだ」

 

 

彼らの視線の先、篝火の明かりを受けて、ひときわ目を引く影が佇んでいた。

 

炎の光を受けて白く輝く髪。

特徴的なケープを羽織り、特徴的な角を持つ堂々とした佇まいを見せる。

彼女こそが、ダブリンの「リーダー」。

 

リーダーは篝火の灯る光景を静かに眺めていた。

水色の瞳が、燃える炎を見据える。

しかし、その瞳は時折何も写していないかのように虚ろな色を見せる。

ふと、彼女が顔を上げた。

 

 

「…………?」

 

 

遠く、森の向こうから、かすかな音が響いてくる。

風の音ではない、獣の足音でもない…………それは、機械の音だった。

 

夜の静寂を切り裂くように、低く唸る音が平原に響き渡った。

 

ダブリンの兵士たちが篝火の光を頼りに見上げると、黒い影がゆっくりと降下してきた。

それは翼を広げた羽獣のようにも見えたが、実際には金属の塊──大型飛行ユニットだった。

 

 

「……あれは?」

 

 

誰かが呟く。しかし、誰も答えられない。

彼らの多くは、こういった飛行ユニットを間近で見たことがなかった。

ヴィクトリア軍の使う飛行ユニットとは違う。

流線型の胴体、四つのプロペラが唸りを上げ、黒い影を引っ張るように回転している。

 

 

おそらく、“分かる”人が見れば、すぐにこう言うだろう……………

………戦術輸送機「エアバスA400M」だと。

 

 

機体は篝火で示された長方形の範囲へと降下し、やがて衝撃を抑えながら滑らかに着陸した。

土埃が舞い、プロペラの音が次第に低くなっていく。

機体を見つめながら、リーダーの側近たちも各々の反応を見せていた。

 

 

「……見たこともない飛行ユニットね」

 

 

アルモニが小さく呟く。

いつも冷静な彼女の声にも、一抹の驚きが滲んでいた。

 

 

「よし!来た!アイツらは約束を守ったのね!」

 

 

一方、マンドラゴラは口元を歪め、愉快そうに笑った。

今回のこの出来事は、ダブリンの幹部であるマンドラゴラが何処からか持ってきた話だった。

当然、持ってきた人が人であった為に、他の幹部はマトモに取り合わなかったが…………あれよあれよという間に話が大きな方向へ転がっていったのだった。

 

 

「ま、当然よね!この私の計画なんだから!さてさて、何を持ってきたのかしら…………」

 

 

その言葉を待っていたかのように、輸送機の後部ハッチがゆっくりと開き始めた。

機内の暗がりの奥から、数人の影が現れる。

一人、また一人と降りてくる人影に、ダブリンの兵士たちは息を呑んだ。

 

 

「───どうも、こんばんは。ターラーの皆様」

 

 

夜の篝火の光に照らされながら、ヴィクトリアより遥か東から送り込まれた使者達が、静かに姿を現した。

 

 

 


 

 

 

篝火の明かりが揺れる中、ダブリンの兵士たちは次々と輸送機から降ろされる積み荷に群がった。

 

 

「すげぇ……これ全部、俺たちに送ってきたのか?」

 

「見ろよ、この量の医薬品……場末の都市でかき集めたものより遥かに質がいいぞ!」

 

「こっちは武器だ!説明書によれば、携帯式の重火器らしいぞ!」

 

 

木箱や金属コンテナが地面に積み上げられるたび、歓声が上がる。

開封された箱の中からは、大量の医薬品、軍需物資、そして封のされた援助資金の束が姿を現した。

 

それを見て、マンドラゴラが得意気に胸を張る。

 

 

「どうよ?言った通りでしょ?私が交渉すれば、国外の大物からもこうやって支援を引き出せるのよ!」

 

 

兵士たちは歓声を上げ、マンドラゴラを称賛する者までいた。

彼女はそれを聞きながら、鼻を鳴らし、満足そうに腕を組んだ。

しかし、そんな彼女を冷めた視線で見つめる者がいた。

 

ダブリンの参謀…そして諜報員であるアルモニ。

 

 

『……粗雑で、頭の悪いコイツが、こんな交渉をまとめられるとは思えない』

 

 

アルモニは無言のまま、輸送機の後部ハッチに視線を向けた。

 

 

『この物資を送り込んできた勢力……目的は何?』

 

 

ダブリンの力が増すことは事実だが、見知らぬ相手が見返りなしにここまでの援助をするはずがない。

この取引の背後には何かしらの意図がある。

本来、「亡霊部隊」であるダブリンが、存在が露呈する危険を侵してまで外部と取引する理由は無い。

なんなら、危険を招き入れたとしてマンドラゴラに罰が下ることも十分有り得る。

 

 

『でも、そうはならなかった……』

 

 

アルモニは無造作に積まれていく補給物資を見つめる。

マンドラゴラが赦された理由…………それは、支援の規模が予想を遥かに超えていたからだ。

軍用車両に積み込まれる弾薬、医薬品、さらには封のされた援助資金の山。

並みの貴族では用意できない程のそれらは、未だに足元を固め切れていないダブリンにとっては極めて重要なものだった。

 

 

『これほどの支援を提供できる勢力……私の知る限り、近場にそんなのは存在しない』

 

 

彼女の知識には、ヴィクトリア周辺でこのような輸送機を運用している勢力は存在しない。

 

 

『だとしたら……もっと遠い勢力?でも、それなら、なぜわざわざターラーに荷担するの?』

 

 

この内紛に首を突っ込んで得るものは何なのか。

単にターラー人が独立した後の利権目的なら理解できるが…………明らかにリスクが高過ぎで赤字を垂れ流し、尚且つヴィクトリアを明確に敵に回すような、これほどの支援を行うというのは単なる打算や利益目的では説明がつかない。

 

 

『それに、こんな規模の取引を続ければ……大公爵達に気付かれないはずがない』

 

 

彼らの情報網……特に狡猾なカスター公爵ならば、ここで起きたことが遠からず届いても不思議ではない。

 

アルモニの視線の先、輸送機から降り立った一人の人物が、静かに周囲を見渡していた。

彼女はリーベリの女性で、今回の相手側の代表者だ。

 

名は「カナリー」

 

羽毛を持つリーベリ種特有の細身の体躯と、洗練された動作。

丁寧な物腰で、柔らかい微笑みを湛えていたが……彼女の瞳の奥には、冷たい憎悪と復讐の念が宿っていた。

 

 

「マンドラゴラ様、無事に物資をお届けできて何よりです」

 

 

そう言って穏やかに微笑むが、その声の奥には冷えた感情が滲んでいる。

 

 

 

『……いや、もしかしてそれこそが狙い?ウェリントン公爵へのメッセージか、それとも……ヴィクトリアそのものへの…………挑発?』

 

 

 

 






「モリー?」

「ゴールディングさん、貴女にお客様ですよ。何でも、ガリアの話に興味があるとか……」

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