チェルノボーグより南、無主地域
ウルサスと炎国の領外に建設された難民キャンプは、遠くから見れば小規模な都市のようだった。
テントや簡易住宅が整然と並び、至る所で煙が上がっている。
それは戦火の跡ではなく、食事を作るための竈や焚き火のものだ。
このキャンプは設置を主導したPARADOの支援によって成り立っている。
それだけあって、難民の集落にありがちな荒廃した雰囲気は比較的少なく、最低限のインフラも整備されていた。
給水施設があり、各所に設置された小型の発電機が電力を供給している。
医療テントでは医師や看護師が忙しく立ち回り、診察を待つ人々が列を作っていた。
住民のほとんどは、チェルノボーグから避難してきた人々だった。
レユニオンの蜂起と、その後の都市崩壊から逃れ、逃避の果てにここへ辿り着いた者たちだ。
家族と一緒に逃れてきた者もいれば、戦火の中で家族を失った者もいる。
市場のようになっている広場では、手作りの品や食料が取引されていた。
わずかばかりのウルサス通貨や物々交換でやり取りが行われ、野菜やパン、干し肉といった食料が売られている。PARADOの支援物資のおかげで、最低限の食糧は行き渡っているものの、それだけでは満足できない人々が自活の道を模索していた。
その中には即席の黒板を使った簡易学校があり、教師役の人が難民の子供たちに授業を行っている。
一見すると上手く回っているように見えるキャンプ。
しかし、そこには確実に不安の種が蒔かれていた。
夕暮れ時の難民キャンプ。その一角で怒声と悲鳴が響いた。
「テメェ、感染者どもに協力して! 仲間を売ったんじゃねぇだろうな!」
「俺は、生きるためにやっただけだ!仕方なかったんだよ!」
二人のウルサス人の男が殴り合いを繰り広げていた。
片方が拳を振るい、もう片方の相手に掴みかかっている。
周囲には他の難民たちが集まり、喧騒を遠巻きに見つめていた。
そこに、PARADO軍の駐屯部隊の兵士たちが仲裁に入るべく駆け寄る。
「止まれ!双方落ち着け!」
野次馬を散らし、叫びながら近付く。
しかし、二人のウルサス人は聞く耳を持たず、兵士が腕を掴んだ瞬間、反射的に叩き飛ばされる。
「“輪無し”が、邪魔すんな!!」
「うおっ……!?」
PARADOの兵士たちは地球人類……ホモ・サピエンスのそれであり、反面、テラの先民の身体能力は地球人類を平均的に圧倒して上回る。
「チッ……こいつら、素手でも尋常じゃねぇ……!」
兵士たちが制圧しようとするが、先民の体は頑丈で、至近距離からのライフル弾ですら急所を外せば致命傷にはならないと言われるほどだった。
無論、PARADO側も殺す気はないため発砲はできず、組み伏せようとするが、次々と振り払われてしまう。
「誰か、応援を呼べ!」
駐屯部隊の一人が無線で要請を送ると、すぐにロドスから派遣されたオペレーターや、龍門近衛局の協力人員が駆けつける。
ロドスの戦術オペレーターたちは冷静に立ち回り、男達の動きを見極めながら対応した。
近衛局隊員も、訓練された近接戦闘術で制圧を試みる。
ようやく、暴れるウルサス人を取り押さえることに成功したが、この騒ぎからも分かる通り、生身の地球人類にとってテラの環境は極めて過酷であった。
難民キャンプのとある区画、医療テントの前で激しい言い争いが起きていた。
「これは感染者達の治療に必要な物資です! あなた方が勝手に持ち出すことは許されません!」
ロドスの医療オペレーターの一人が、ウルサス軍の兵士たちが物資を強引に運び出そうとするのを必死に制止していた。
医療箱の中には治療薬や医療キットが詰まっており、それらを奪われればキャンプに居る感染者達は適切な処置を受けられなくなる。
「ハッ、感染者どもに高い医薬品など勿体無いだろう? 故に我々が有効活用してやろうと言っている!」
ウルサス軍の兵士の一人が、鼻で笑いながら無造作に箱を抱え上げる。
彼らの態度は明らかに横柄で、自分たちの行動を正当なものだと疑いすらしていない。
「何の騒ぎだ!」
その場にPARADOの兵士たちが駆けつけ、両者の間に割って入った。
「ウルサス軍の方々が、感染者用の物資を強引に持ち出そうとしています!」
ロドスの医療スタッフが訴えると、PARADOの兵士は険しい表情を見せた。
「難民キャンプの運営は、中立的立場を保つ為に、医療部門を主導するロドスが判断する方針の筈だ。勝手な横取りは許されない」
しかし、ウルサスの兵士は嘲笑う。
「フン、何が中立だ?」
「ここにはウルサスの臣民がいる。そして、我々ウルサス軍がいる。即ち、ここはウルサスの国土だ。お前たちに指図される謂れは無い!」
場の空気が張り詰める。
PARADOの兵士たちは武器を構えることはしなかったが、明らかに警戒態勢を強めた。
ウルサス兵もまた「このまま引く気はない」 という態度を隠そうとしない。
難民キャンプは、外的パフォーマンスとしての政治的中立性を保つ為に、敢えて近隣諸国全ての国を巻き込んだ共同警備という形を採っていた。
だが、ウルサス帝国は当初この難民キャンプの共同警備に関する呼びかけに対し、一貫して沈黙を貫いていた。
ロドスやPARADO、さらには龍門といった周辺国が調整を進める中でも、ウルサス側からの正式な回答は一切なく、関心がないのか、それとも敢えて無視しているのかすら分からない状態が続いた。
しかし、つい先日になって突如として、ウルサス帝国は軍の派遣を通達してきた。
事前の交渉も調整もなく、まるで既に決定された事実を一方的に通告するかのように、ウルサス軍の部隊が難民キャンプに到着したのだ。
その動きは、他の共同警備の関係者にとっても唐突で不可解なものだった。
とにかく、共同警備という形を採っている以上、こうした問題が生じることは想定の範囲内だった。
しかし、ウルサス軍が公然とこのような態度を示してきた以上、今後の対応次第ではさらに深刻な対立へと発展しかねなかった。
互いの現場指揮官級まで出張ってくる事態になる中、その騒動を眺めていたウルサスの兵士達がPARADOの兵士を遠巻きに見ながら何かを囁き合っていた。
「見ろよ、あの連中……」
「まるでサンクタみたいに銃を振り回してるくせに、光輪が無い」
「だから“輪無し”ってわけか……フン、笑わせる」
ウルサス兵たちは皮肉げに笑い合い、肩をすくめる。
彼らにとって、サンクタの光輪は銃を扱う者の証であり、戦場における脅威でもあった。
しかしPARADOの兵士は、サンクタと同じように銃を持ちながら、彼らの象徴である光輪を持たない。
「あれでラテラーノ気取りか?」
「いや、あれはサンクタの真似事をしてるだけの偽物だよ」
声は小さくとも、嘲笑の色は隠しきれない。
"輪無し"────それは、光輪を持たないPARADO兵たちへの侮蔑の言葉として、次第に広がりつつあった。
当然、そんな侮蔑を抱くのは全体の一部に過ぎない。
だが、無視できるほど少数でもなかった。
しかし、PARADOの兵士たちは、その言葉を聞いても特に反応を示さない。
まるで最初から何も気にしていないかのように、淡々と巡回を続ける。
その冷静な態度が、ウルサス人の苛立ちをさらに募らせていく。
「まあ、いいさ。偽物は所詮、偽物だ」
ウルサス兵の一人が吐き捨てるように言い、仲間たちとともに去っていった。
彼らの間で「輪無し」という蔑称は、ゆっくりと、しかし確実に定着しつつあった。
仮想戦記の腕の見せ所は、いかに相手から先に手を出させるかという所ですよね
ところでマンドラゴラちゃん…………支援って結構お金かかるんだよね…………ダブリンはさ……支援に見合うだけの対価としての成果…………出せるのかな?…………やっぱりね、担保、必要だと思うんだ…………あぁ、何も金額だけの話じゃないよ…………やっぱりね、こういうのって……そう、信念……誠意っていう面もあるじゃん…………誠意を示すだけの覚悟…っていうのかな?…………そういうの、見せてもらわないと…………ねぇ?マンドラゴラちゃん…………君は…ヴァルポ、いや、フェリーンか……可愛い種族だ…………何をすればいいか……分かるね?