龍門 停泊エリア
ロドス・アイランド艦
ロドス艦内のデッキから、代表は静かに龍門の市街を見下ろしていた。
市の各所で黒煙が上がり、爆発による火花が散っている。
レユニオンと龍門近衛局の衝突は、すでにあちこちで激化しているようだった。
しかし、代表の表情には一切の感情が浮かんでいない。
遠くから聞こえる喧騒や怒号、それらを意識しているのかどうかも分からないほどに、彼女はただじっと両勢力が交錯する都市を眺め続けていた。
「…………」
代表は視線を落とし、何気なく片手を軽く振る。
瞬間、能力によって空中に淡い光の粒が集まり、透き通ったディスプレイが浮かび上がった。
指先を滑らせるようにして、何かのデータを二、三回確認する。
目の前の情報を読み取っているのか、それともただの習慣的な動作なのか……。
しかし、ほんの一瞬だけ、瞳の奥にわずかな変化が宿る。
そして、誰に聞かせるでもなく、かすかに呟いた。
「……動いた?」
代表はしばし無言で、手元の空間に展開したディスプレイを見つめていた。
そこに映るのは、HoI4のインターフェース。
画面の中央には、チェルノボーグ~龍門周辺地域の地図が表示されている。
ひときわ目を引くのは、チェルノボーグ市のアイコン。
レユニオンマークの付いた師団アイコンに乗られているそれは、地図上でゆっくりと動いていた。
ウルサス領から分離するように、実効支配範囲を示す領域がパン生地のように一部切り離され、龍門の方向へとじりじりと進んでいる。
とはいえ、それ自体は特に不思議な事ではない。
テラに存在する主要都市は、その殆どが“移動都市”なのだから。
問題は、「チェルノボーグが未だウルサス領とされている」事である。
通常ならば、ある地域が占領されれば、その支配を示すように地図上の色や国名表示が変化する。
ウルサスの領土がレユニオンの手に落ちれば、地図上のチェルノボーグ周辺のステートもしくはプロヴィンスは、ウルサスのものからレユニオンへと塗り替えられる筈だ。
しかし、今、画面に映るチェルノボーグは、依然としてウルサスの色のままだった。
…………これは、おかしい。
状況から見れば、チェルノボーグは完全にレユニオンが支配していると判断するのが妥当なはずだ。
寄せられてくる情報から考えても、チェルノボーグは完全にレユニオンの管理下にあるように感じる。
だが、それを示すはずの地図上の表示はウルサスのまま………………つまり、“システム”上ではチェルノボーグはまだ、ウルサス領として認識されている。
「……………」
上着のポケットから携帯端末を取り出し、画面を軽くスライドさせた。
次に、何かしらの番号を打ち込む。
『……こちら陸上艦隊司令部。代表、どうされました?』
通信ラインが確立され、落ち着いた声が響く。
「緊急性の高い事態です、哨戒任務を行っている第一艦隊に繋いでください」
『了解。優先回線を確保します』
ロドス・アイランド艦の搬入口エリアが突如として慌ただしくなる。
甲板に響く足音、短い指示の応酬、誰かを迎えるために動くオペレーター達。
外から数人の影が駆け込んでくる。
アーミヤ、ブレイズ、グレースロート。
そして、少し遅れてドクターの姿も確認できた。
装備には戦闘の痕跡が刻まれ、疲労と緊張が顔に滲んでいる。
その背後では、複数の医療オペレーターが素早く担架を運んでいた。
「通路、開けろ! すぐに医療区画へ!」
誰かが叫ぶ。
担架の上に横たわるのは…………一人の白髪のコータス。
かすかに揺れる銀白の髪。氷のように青白い肌、荒い息遣い。
「過度なアーツの使用による急性症状だ、合併症が出ている!」
医療オペレーターが叫ぶ。
「意識は?」
「ありません。状態は極めて不安定です」
担架を囲む医療チームの間を、アーミヤが並走していた。
その耳は強張り、表情には焦燥が浮かんでいる。
戦場では敵であったその者…………彼女の仲間より託されたコータスの少女が今、ロドスの医療区画へと運ばれていった。
艦隊司令部の話では、動き出したチェルノボーグの付近で、第一艦隊から分離した陸上軽巡洋艦1隻、陸上駆逐艦2隻からなる哨戒部隊が、一定の距離を保ちながら並走し都市区画に対する監視を行っているとのことだった。
「チェルノボーグに異変があったということで、状況を伺いたいのですが……」
「はい、つい先ほど──」
哨戒部隊指揮官から、代表の専用端末に情報が送られてくる。
「チェルノボーグの一部区画が分離し、龍門方向へ移動を開始しました」
画面上のデータを確認しながら、代表は表情を変えずに問いかける。
「……龍門と接触するまでの残り時間は?」
「現在のところ、推定20時間前後です…………しかし、チェルノボーグが現在の進路を維持した場合、2時間後に難民キャンプと衝突する可能性があります。そのため、現在並走しながら監視を続けています」
「……なるほど」
代表は考えを巡らせるように、一度目を伏せた。
「その区画の様子について、詳しく教えていただけますか?」
「……はい。甲板上にレユニオンの兵士が展開し、こちらを監視しているとおぼしき様子を視認しました。しかし、奇妙な点があります」
「奇妙な点、ですか?」
「はい。その区画は、ウルサス帝国の識別コードを発信しています。本来ならこのような識別コードは、その重要性から、発信にも停止にもかなり高度なロックを突破しなければならない筈なのですが……発信されているのは、ウルサスの正式な識別信号です」
報告を聞きながら、代表の指先が端末を軽く叩いた。
「……わかりました」
代表は通信を繋いだまま、静かに息をつきながら、視線を地図上の動きに戻す。
ウルサスの識別コードを使いながら、レユニオンの兵士が乗った区画が龍門に向かう…………それは一見、龍門当局の迎撃を躊躇わせるための策に思える。
────だとしたら、遅すぎる。
もし龍門襲撃が、本隊の乗ったチェルノボーグを龍門へ突撃させるための布石だとすれば、もっと早い段階でこの区画を分離させ、混乱の最中に突入させるべきだろう。
しかし今現在、龍門市内のレユニオンは制圧され始めている。
このまま事態が進めば、区画が龍門に到達する頃には、市内のレユニオン兵力はほぼ鎮圧されているはずだ。
そうなれば、龍門を襲撃した意味そのものが失われる。
「……では、何故今更?」
小さく呟きながら、指が無意識にディスプレイを操作する。
すると、目の前の地図に新たな動きが表示された。
…………ウルサス正規軍複数個軍団、約1個軍規模の部隊が、国境付近まで南下している……
その事実を確認した瞬間、代表の指が止まった。
むしろ、龍門に
マイニラ砲撃事件……
露・高層アパート連続爆破事件…………
2014年クリミア危機………………
………………偽旗作戦。
代表は静かに端末を握り、ゆっくりと息を整えた。
「艦隊主力を難民キャンプ周辺に集結させてください。至急です」
通信の向こうで、短い指示のやり取りが聞こえる。
数秒後、確実な口調で返答があった。
「了解しました。防衛戦を想定した配置と考えてよろしいでしょうか?」
「ええ。その意図で間違いありません。万が一の際には即座に対応できる態勢を整えてください」
一瞬視線をディスプレイに戻し、移動する区画のアイコンとその進路を目で追った。
「哨戒部隊は、難民キャンプへの危険を理由に進路変更及び停船勧告を実施──」
代表は一拍置き、さらに静かに言葉を続けた。
「──チェルノボーグ側からの応答が無く、勧告に従わない場合は、直ちに攻撃を開始してください」