ホープ辺境侯は、崩れた壁の隙間から、赤みがかった空をぼんやりと眺めていた。
ここはかつて彼の私邸の離れだった。
今や邸宅は空爆で半ば崩れ落ち、庭園だった場所には吹き飛んできた黒焦げの鉄骨が突き刺さっている。
だがこの離れの一室だけは奇跡的に原形を留めていた。
冷たい床に据えられた古びた椅子に、侯爵は無言で腰かけていた。
傍らのテーブルには、無線機と紙束、そして今や機能しない端末が置かれている。
「……何が、起こっている」
独り言のようなその声はかすれていた。
開戦と同時に都市は攻撃を受け、司令部は沈黙。
街は混乱に沈み、通信網は遮断され、味方の姿は見えず──そして、今もなお何も掴めぬままだ。
そこへ、外から足音を立てて走り込んできた兵が、乱れた息のまま報告する。
「ほ、報告いたしますッ! 敵軍が……PARADOの軍勢が、東方の荒野より接近中!間もなく此処に侵攻してきます!」
「……PARADO?」
侯爵はその名を口の中で転がすように呟いた。
それが、まだ現実のものとは思えないように。
「見間違いじゃないのか。たかが蛮族の軍勢が、我が都市にまで……」
兵は首を振る、顔色は悪い。
「確認できた戦力は、戦車系兵器およそ数百両、総兵力は十万を超えると推測されます……既に砂煙が視認できる距離に……」
侯爵は言葉を失った。
指先が、肘掛けの上でわずかに震える。
冗談だ、何かの誤報に違いない。
敵軍が、あの野蛮な集団が、そのような規模の軍勢を用意できるはずがない。
辺境領の兵力を総じて動員しても1万強だが、それでも、この地域では一大強国と評されるのが当たり前だ。
だというのに、いきなり桁違いと言っても良い十万………
仮に可能でも、それが本当に自分の城門を叩こうとしているとは……
彼は立ち上がり、半ば崩れた窓枠に手をかけた。
眼下の廃墟の先、遥かな地平を見やる。
すると確かに、荒野の向こうに渦巻く巨大な砂煙があった。
ただの砂塵ではない。
生きた力……動き続ける、鋼の敵意そのもの。
「……こんな……馬鹿な……」
侯爵の声は、まるで世界の裏切りに遭ったかのようだった。
すべてが繋がらない…納得できない。
自分はまだ、状況を理解していない。
それでも、破滅の足音は確かに迫っていた。
テラにおける正規軍の部隊編成は、地球の近代軍制と比較して、いくつか顕著な差異が見られる。
その中でも特に特徴的なのは「野戦砲兵戦力」の不在である。
地球の軍制、特に19世紀末~20世紀以降の編成では、師団や旅団において火力の中核をなすのが「連隊砲兵」「師団砲兵」などの火力支援部隊だった。
これらは野戦榴弾砲、自走砲、多連装ロケット砲などを多数配備し、部隊の攻撃や防衛の柱となる火力を提供していた。
いわば陸上部隊にとってメインの打撃力源であり、戦術領域の勝敗を分ける要ともいえる存在である。
だが、テラにおける軍編成ではこの火力支援部隊がほぼ存在しない。
師団規模の部隊であっても、地球のような野戦砲兵に相当する火力部隊はほとんど見られず、代わりに歩兵部隊が運用する迫撃砲や携帯型アーツ兵器に大きく依存している。
理由として、その独特な地理的・社会的条件が起因している。
テラの社会構造は、まず地理的に極端な二極化が見られる。
即ち、人類の活動拠点である巨大な移動都市と、それらの間を埋める、ほとんどインフラが存在しない無人の荒野である。
テラの諸国が存在する大陸は、資源分布こそ比較的均一であるものの、過酷な自然環境からして安定的な定住や補給線の維持には極めて不向きである。
このような環境下では「土地を占領し、保持すること」自体の価値が低く、占領地の拡大は戦略的な意味を持たない。
むしろ、補給が期待できない無人の荒野に無闇矢鱈と戦力を投入する事は、兵站に過大な負担を掛けて徒に戦力を消耗する結果となる。
結果として、テラの軍事戦略は「都市中心」で行われ、前線もまた「都市」と「都市」あるいは「都市」と「交通の要衝」を結ぶ“点と線”として形成されていく。
ここにおいて特筆すべき存在が「陸上艦」である。
これはテラ独自の軍事プラットフォームであり、兵站、宿営、移動、火力投射のすべてを兼ね備えた、いわば移動する要塞である。
陸上艦は地上軍の運用と密接不可分であり、ほとんど全ての正規戦において、地上軍には必ず陸上艦が随伴している。
むしろ、このような存在があるから故に、テラという過酷な大地に大軍を投入する余地が生まれる。
必然的に、テラ式の地上軍の行動可能範囲は、陸上艦が運用できる広い平地へと拘束されることになる。
このような戦争様式では「面の制圧と戦線の形成」よりも「兵力集中と決戦による敵軍の撃滅」が重視される傾向にあり、敵軍の戦略的迂回を考慮せずとも良い戦争形態は自然と「攻城戦」か「大規模会戦」のいずれか、つまり“決戦型戦争”に収斂していく。
テラのこの環境において、地球のような歩兵に追随する野戦砲兵が大規模に展開する意義は小さい。
なぜならそれらの役割は、すべて陸上艦が装備する艦砲によって代替することが可能だからである。
陸上艦は、自走式かつ大量の弾薬を搭載可能で、さらに遠距離から正確な火力投射を行えることから、連隊級の野戦砲兵戦力よりも遥かに打撃力と機動力に優れる。
結果として、テラの地上軍は歩兵に随伴する形の軽便な野戦砲兵戦力を必要とせず、火力支援の中核は常に陸上艦に置かれるようになった。
すなわち、テラの地上軍から砲火力が欠如しているのは、それを陸上艦の艦砲によって代替できる環境と戦争構造が定着しているからに他ならない。
また、テラにおける火力運用には、もうひとつ大きな制約と特徴がある。
それは、砲弾そのものの性質とコストである。
テラ製の砲弾にはすべて、源石火薬の爆発力を制御するための微細な「エッチング回路」が組み込まれている。
これは源石という特殊物質の性質上、通常の火薬のように単純な点火・爆発では安定的・効率的な運用ができないためであり、エネルギーの放出と方向性を精密に制御する必要がある。
そのため、砲弾一発一発が高度な工業製品であり、テラにおいては砲弾はほぼ「地球でいう電子機器」に等しい存在である。
このため、砲弾の製造には多くの資源、技術、そして労力が必要とされる。
経済的・物資的な負担は、地球におけるそれよりも遥かに重く、地球のように「敵陣地に一週間で数百万発を叩き込む」ような砲兵運用は成立しにくい。
故に、テラにおいて火力投射の主軸は「精密で価値のある一撃」であり、地球型砲兵に必要な火力の大量投射による運用は不可能である。
また、移動都市内部での戦闘や市街戦では、小規模で柔軟な運用が求められる。こうした状況では、迫撃砲など機動性に富む近接支援兵器が重宝されており、逆に地球型の野戦砲は展開が困難で運用上の足枷になりやすい。
さらに、自然を要因とするもう一つの大きな制約として、「阻隔層」と呼ばれる自然現象の存在がある。
テラの空は、中高度に広がる特殊な大気層───阻隔層によって覆われており、これは源石由来のエネルギーに対して強い干渉性を持っている。
この阻隔層に突入した途端、砲弾内部の源石回路が機能を停止し、起爆回路、信管制御といった砲弾の主要機能が一気に無効化される危険がある。
このため、常識的な初速で発射された砲弾は、高仰角化に伴って弾道放物線の頂点が阻隔層に触れてしまい、これが中~長射程……具体的には初速700m/sオーダーにおいて平均10km以遠への間接射撃の運用を著しく困難にしている。
そのような環境下で砲を長射程化させるには、大重量の砲弾を低伸弾道で高速飛翔させる必要があるが、それに伴って発生する強力な反動を受け止めることが可能な砲架の支持力が求められる。
事実上、大質量で反動を受け止められる艦載砲でなければ実現できない。
結果として、テラにおける火砲は極端な二極化を見せる。
すなわち、短~中距離での直接支援を担う迫撃砲と、低弾道・高初速で遠距離目標を叩く艦砲である。
中間的な役割を果たす野戦砲に相当する火器は、阻隔層の干渉と運用コストの両面で、初めから成立の余地が無かった。
代わりに、艦砲と迫撃砲がその役割を統合・代替しているというのがテラ世界の砲兵戦力の実情である。
一方で、テラの軍事技術には高度な観測・索敵技術の導入も見られる。
例えば迫撃砲部隊では、小型ドローンを用いて観測・誘導・索敵を行う事が一般化しており、「野戦砲火力の欠如を、艦砲と高機動小火力で代替しつつ、高度な観測技術でそれを支える」という限定火力型の戦闘構造を形作っている。
これらの地理・環境・技術的制約が重なった結果、テラでは「迫撃砲か艦砲か」という明確な火力構造の分離と集中が生まれているのである。
尤も、今回の戦争にてテラの各国は、そこに生じる“火力のギャップ”に苦しめられることとなるが。
丘の上に立つ第二テンペスト特攻隊のホルンとバグパイプは、遠くに見える都市に侵攻するPARADO軍を見つめていた。
「……あれが、PARADO軍の本隊ね」
ホルンは双眼鏡を下ろし、静かに言った。
「すごい数だべ……。でも、あの動き、隅々まで訓練が行き届いてる」
バグパイプは驚きを隠せない様子で答えた。
「えぇ。彼らはただの蛮族じゃない。戦術も装備も、我々と遜色ない……それどころか……」
ホルンは冷静に分析する。
「……まさか、あんな数の戦車が一気に来るなんてなぁ」
バグパイプが、丘の上から見える都市を眺めながら呟く。
語尾に明るさはなく、その声には疲労と悔しさが混じっていた。
ホルンは黙っていた。
返す言葉が見つからないのではない。
ただ、なるべく思い出したくなかっただけだ。
───幾分か前の駐屯地。
数十両の鋼鉄の塊、敵戦車が土煙を巻き上げながら現れた時、誰もがそれを幻のように思った。
だが、敵は迷わず撃ってきた。
四つ編制された縦隊。前衛と狙撃、少数の術師。
編成そのものは、どこに出しても恥ずかしくない標準的な構成だった。
だが、そんな常識は初弾で吹き飛んだ。
一瞬にして、戦列が砕け散った。
砲撃は正確無比で、縦隊は崩れる間もなく潰れた。
爆発の閃光、焼け焦げた鉄と人の匂い。命令を出す暇すらなかった。
あれは「戦闘」じゃない……ただの「破壊」だった。
「……あれを見て、指揮は無理だって、直感で分かったのよ」
ホルンが静かに言った。
「うちも……敵に正面から挑むのは無意味だって、すぐに感じた。あの場に留まれば、皆無駄死にだったべ」
第二テンペスト特攻隊は、編成上は一個部隊十名ほどの小規模部隊だ。
装備も人員も限られていたが、幸か不幸か、それが助かる要因となった。
撤退の途中、上空を飛ぶ奇妙な飛行機械を何度も見た。
奇妙な推進器を持ち、腹部に鈍い色の爆弾を多数吊るしていた。
多人数で集まっていた……つまり上空からでもよく目立つ他の部隊は狙われ、焼かれた。
「でも……うちらは見逃された」
バグパイプが皮肉めいて笑った。だが、口元は引きつっていた。
「運が良かった。敵にとって、我々は脅威ではなかった──それだけよ」
ホルンの声に、感情はほとんどなかった。
そうして今、丘の上で生きている。
それだけが事実だった。
「……うちらに、まだやれることはあるの?」
「───このままこの地に残って戦うのは、無謀でしょうな」
静かに、しかし疲れの滲む声とともに現れたのは、軍服の上に焦げ跡と砂塵を纏った貴族の男───ハロルド・クレイガボンだった。
辺境侯への支援……という名目のお目付け役として、カスター公爵より派遣された彼の部隊……いや、かつて部隊だったものは、背後にわずか数十人を従えるだけにまで減っていた。
バグパイプが振り向き、ホルンも少し遅れて視線を向ける。
「……貴方は、カスター公爵の……無事でしたか」
「いやなに、運が良かっただけですよ」
彼はそう言って、岩に腰を下ろした。
額には冷や汗がにじんでいたが、目だけは鋭さを保っていた。
「我々の力では、あの戦力には抗えない。都市は陥ち、辺境侯軍の主力も潰えました。反攻の目は期待できませんな。そして何より……今この瞬間に必要なのは、これまでの戦闘で得た情報を持ち帰ることでしょう」
ホルンは眉をひそめた。
「……撤退しろって言うの?」
「ええ、これは紛うことなき敗北。しかし、それで終わりにしてはなりません。この戦場で得た貴重な“生の情報”を、本国へ持ち帰らねばならない」
彼は真っ直ぐにホルンを見る。
「敵は、我々の想定を遥かに上回っていました。恐ろしいまでに組織的、かつ未知の技術を使っている。我々はそれに、完全に敗北した。しかし、その“どう負けたか”が分かる者は、今、ここにしかいないでしょう」
バグパイプが唇を噛みしめた。
「……それでも、撤退は悔しいべ」
風が吹き、三人の軍服をはためかせる。
ホルンはしばし沈黙し、そして小さく息を吐く。
「……分かったわ。戦場に立つ者として、必要な判断ね。次に繋ぐための撤退……そうしましょう」
1097年2月初頭
リターニア、ヴァッサー選帝侯領がPARADOに対し宣戦布告
正直、どちらかというと兵器や軍備の能力よりも、運用面や思想面での差異に注目するほうが好き
偉そうに語ってるけど実はアークナイツのゲーム本編はそんなに得意じゃない。だってユニットの性能がバラバラなんだもん!!!