これには真の危険性がある…のかも知れない?
俺の親友は変な奴だ。
明るいし、元気だし、気遣いができるし、話は合う。始めて会う人にとっては、ただの良い奴と言う印象だろう。
だが、長年親友として過ごした経験から裏打ちされている。こいつは変な奴だと言うことが。
「5億年ボタンって危険ではないか?」
ほら、また変な事を言い出した。
「危険だろ。5億年、何も無い所で過ごさないといけない上、腹も空かないし、睡眠もできないし、発狂もしない。究極の暇、究極の孤独感、それに伴う究極の恐怖。
そして、その記憶は持っていない。
ボタンを押しただけで金が手に入ると認識してしまうからな」
「いや、本当の危険性はそこじゃない」
立ち上がりながらそう言うと、まるで演説でもするかの様に喋りだした。
「真の危険性、それはボタンを押しただけで金が手に入ることだ。さっき言ってくれた事だが」
「いや、5億年ボタンだから、5億年間何も無い所で過ごしているだろ」
「しかし、本人にその記憶は無い。それ所か現実の時間も経過していない。これはボタンを押したら現金が手に入ると言うこととニアリイコールだ。しかも、虚空から出現する」
「はぁ…?」
良くわからん。
ボタンを押したら、5億年間何も無い所で過ごすことになり、金が手に入る。そして、その記憶は無い。
だから、下手したら何回も5億年を過ごすことになって危険だってのは分かる。
だが、それ以外が危険…?
「この場合の問題は現金の出所だ。個人?会社?銀行?政府?国際組織?そんな訳無い。
こんなボタンに出資する人はいないだろう。こんなマイナス一方なシステムに利益がある訳無いからな。
そもそも出資出来ないだろう。超常的な現象が発生するボタン、或いはその開発組織にどうやって出資するんだと。現実世界に存在してるとは思えないのに。
そうなると、必然的にこのボタンは虚空から現金を生成していることになる」
「5億年ボタンを押す奴は勇者だろう。連打する奴は英雄だろう。だが、そんな奴がいないとは限らない。
もし押す奴が居た場合、そいつは何時押すのを止める?…理論上は無限に押し続ける。
客観的に見れば押すだけで金が手に入る。初期費用無し、リスク無しで押す度に一定の現金が手に入る。圧倒的に押す方が利益が出る。押さない理由が無い」
「そうすると、虚空から大量の現金が出現する。そして、その有り余った金を使う。
そうして起こるのはハイパーインフレだ。
中央銀行や政府の預かり知らぬ所で、勝手に現金が増えている訳だから対策のしようが無い。
それ所か下手したら世界的なハイパーインフレになる。虚空から生成した現金を外国通貨に交換しまくる…ならまだ何とかなるだろう。為替レートは変動するからな。
だが、外国通貨を生成出来るのであればそれは関係ない。
世界的なハイパーインフレで世界経済は大混乱に陥るだろう」
なる…ほど?
新しく現金を刷れば刷るほどインフレが進むと言うのは聞いた事がある。それと似たような事と言うことか?
「だが、これはまだ良い方だ。
最悪のケースは世界経済の崩壊だ。
中央銀行が刷った現金は、勿論疑う余地も無い本物の現金だ。
しかし、5億年ボタンの現金は?
虚空から生成された現金は、確かに本物同然だ。…しかしこれは本物なのか?
国が認めた発行機関からではなく、虚空から生成された現金は、本物に極めて似た偽物と言えるのではないか?
そうなると、既存の貨幣価値は崩壊する。そして、貨幣に紐付けられた物品の価値も混乱する。0になることは無いとは思うがな。
そして、外国通貨が生成出来た場合は言わずもないが、出来ない場合でも信用不安は広がる。
何せ、世界トップクラスで精巧な偽装対策が施された通貨に、見分けの付かない偽札が大量にある訳だ。
外国でも、そうかもしれないと不安は広がる。
そうなると、文字通り世界経済は崩壊する」
もしも世界経済が大混乱、崩壊したら…生活にも多大な影響が出る。直接的な被害だけでなく、間接的な被害も想像できないレベルになると分かる。
かなり理論の飛躍があるとは思うが。
「つまり、5億年ボタンは個人だけではなく世界を滅ぼす危険があると言う訳だ」
興奮した様子で熱く語っていたが、少し落ち着くと、格好をつけて話を終えた。
「…お前、そんなこと言ってる間に寝たら?」