ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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プロローグとして、トレーラームービーの617たちを書きたかった。
軽い紹介
617:女性。主に彼女の視点で描きました。ハウンズのリーダー格の姐御肌。
618:男性。奇襲を仕掛けたスッラを引き付けたため、作戦領域に届かず。
619:男性。スッラの奇襲を受け、ほぼ作戦遂行が不可能な状態に。せめてと、防壁の破壊を尽くした。
620:女性。ハウンズの中では最も感情が生きていた。故に、感情のまま617を庇い散った。


チャプター1
密航準備


 冷凍庫に近い気温。廃工場を偽装したそこに、ライトが照らされる。ライトに照らされているのは、汎用型人型兵器、アーマード・コア。その中でも、これからの起動に必要なコアパーツと頭部パーツのみがここに運ばれている。項垂れているかのような姿はさながら、全ての罪を背負ったと自負し処刑されたという磔のようにも見える。手術着を纏う男が、ため息交じりに来客が訪れる扉に目を向ける。

「また来たのか。よくもまあ、飽きないことだ」

 ここには、男以外には誰もいない。正確には、もう一人はいるのだが――

「617たちは、その後どうだ。ハンドラー・ウォルター」

 こんな在庫にやってくる物好きなど、一人しかいない。男は来客の名を告げた。

 

 

 荒野を走る。既に戦闘は始まっている。複数の銃弾が頬を――。機体の横を掠めていく。

 仲間の状況を確認する。一人は、先程の奇襲で負傷。一人は、残った仲間を思って泣いていた。

〈っ……。618……!〉

 すすり泣く声は、ハウンズの中でも最年少。もとい、一番精神が幼い620だ。

 自分たちハウンズは、第四世代強化人間だ。強化人間と言っても、自分たちは、脳に埋め込まれたコーラルデバイスの負荷が原因で、肉体や精神に欠陥が生じた、所謂売れ残りだ。そのため、自分たちの「自我や意識」というものは、機体に直接データとして転写されることとなっている。だから、本来なら涙を流すことも、泣くこともできない。だが、自分たちの(ハンドラー)は違った。わざわざ、自分たちの外見をほとんど再現した義体を用意したのだ。そのおかげか、なんとなくではあるが、自分たちも人間の当たり前を享受することができた。義体も義体で、しっかりとコクピットに乗せているのだから、自分が兵器なのか人間なのかを、迷うことは無かった。

 618は、この作戦領域へと向かう途中に現れた奇襲者に対して自ら囮を買い出て、自分たちを先へと進めてくれた。相手を考えると、こうしてあの死神がやってこないことから足止めは続いているのか。あるいは――

「620、そろそろ作戦領域に到達する。泣かないの。619、やれる?」

〈うーん……。まずいかも〉

 619の機体状況を確認する。奇襲者、スッラのエンタングルによる奇襲が原因だ。619の機体のダメージは、ミッションを遂行するには不安が残る。

「619、アンタは――」

〈それはできないよ。もう目の前だし。それに……。戻れない覚悟は、出来てたでしょ?〉

 619の声に、617は言葉を詰まらせる。今回のミッションは、封鎖機構の駐屯地の奇襲。長距離砲台の撃破が、目的だ。

 このミッションは失敗が許されない。この仕事は、ハンドラー・ウォルターがルビコンⅢと呼ばれる惑星で目的を果たすための通過点。否、スタート地点に立つための露払いなのだ。いわば、自分たちはそのための捨て駒だ。それでも――

「……そうだな」

 自分たちの覚悟は、とうに決まっている。欠陥品の在庫処理待ちだった自分たちに、たった一部でも、当たり前を与えてくれた人に報いる。これは、幼い620も分かっていることだ。

〈ハウンズ、作戦領域到達。フェーズ二移行〉

 無機質な音声が、仕事の合図を告げた。すすり泣く声も小さくなり、前を見据える。

 スピードは落とさないまま、少し隆起した大地を駆ける。同時に、アラートが響く。前方からの狙撃。クイックブーストを噴かせ、直撃は回避させた。

〈先鋒、貰うよ〉

 火花が散る機体が速度を上げて前に出る。そして、両肩のミサイルポッドが開く。

「なっ、619!」

〈やだ、だめ! 619!〉

 617と620の訴えを無視するかのように、両肩の十二連ミサイルが放たれていく。

〈……先に、逝ってる──〉

 そう言い残したのと同時に、二射目のレーザー砲が、619を、燃やした。

〈いやあああああああ‼〉

 620の慟哭が響く。駐屯地の敷地を踏む前に二人の仲間が、散っていった。

 覚悟は、決めていた。ウォルターが新しい強化人間を迎え入れると話したその時から。

 C4―621。自分たちの新しい妹分(女性らしい)。620は新しい妹分、後輩の存在に純粋に喜んでいた。が、自分や、618、619は違った。621の合流は、封鎖機構の駐屯地奇襲後の予定だ。この駐屯地を越えれば、ルビコンⅢへ届く。つまりは、このタイミングで新しい強化人間を迎えるということは、ハウンズの誰かが欠ける。あるいは、全滅を見越した「補充」だ。だから、誰かが死ぬこと、自分が死ぬことは分かっていた。

 分かっていても、「当たり前」を知ってしまった今では、傷つかない訳がない。そういう意味では、優しい主を心底恨みたくなる。それでいて、自分は強化人間を使いつぶす残酷な人間だと思っているのだから。

 619が放った、二十四基のミサイルが、駐屯地へと降り注ぐ。二十四箇所の爆風は、駐屯基地の防壁を崩すには十分だった。

「行くよ! 620!」

 いや、これは。自分にも言い聞かせているようだった。と617は自嘲する。だが、ちゃんと聞こえてはいたようだ。先行する自分に続くように、しっかりとあの子は飛んできている。

〈619、生体反応ロスト〉

 無慈悲な現実を振り払うかのように、銃弾の雨を前にパルスシールドを展開する。あのレーザー砲を撃破する。それが、自分たちの仕事だ。

「……。クソ!」

 銃弾の雨にシールドの熱の溜まりが早い。想定より早く外れたパルスシールドの隙を突かれ、左腕を持っていかれる。

〈突入ルート再計算開始〉

 遅すぎる指示に構わず、三射目のレーザーを避ける。620も、なんとか五体満足で着いてきている。

(目標は……!)

 視認できる距離にまで近づけている。銃声と響くアラートのせいで、地響きには気付けなかった。

 強固な装甲。もとい、重戦車をそのまま纏ったかのようなMT。惑星封鎖機構の保有する特務用特殊兵器カタフラクトが躍り出たのだ。

「くっそ……!」

 なんとかあの重装甲に圧し潰される前に脱出するが、右肩の拡散バズーカをカタフラクトに持っていかれた。レーザー砲を破壊する前に、目の前の重戦車を処理しなければ、目標に近づくことすらままならない。

 残った武装のガトリングを、ちょうど前方のコアMT部分に発射する。が、距離が遠い。コアMTに届く前にズレていく射線にダメージを与えられている手応えを感じない。こちらの反撃に答えるかのように重戦車の機銃がこちらに銃口を向ける。

〈こっちを向けェ‼ デカブツ‼〉

 激昂した620の声と共に、射線に飛び込む機体。雄たけびを上げながら、両手のハンドガンをカタフラクトに向ける。あの重装甲を前に、ハンドガン程度の火器では届かない。だが、相手の上部銃座の矛先を620に向けるには十分だった。

「よせ‼ 620‼」

 完全に、冷静さを失っている。相手のレーザーショットガンの銃口の前に飛び出してしまっている。案の定、リロードの隙間を狙われて620の右腕が吹き飛ばされる。

〈いっ、っ……! まだだ‼ まだ、わたしは──〉

 足掻く620に対して、無慈悲なレーザーショットガンの二射目。ノイズと共に途切れた音声は、彼女の結末を示していた。

〈620、反応ロスト〉

 カタフラクトの下部銃座がこちらに銃弾を発射している。その合間を縫うように告げられる無機質な事実。結局、自分だけが残ってしまったらしい。

「──ッタレ……! クソッタレェ‼」

 全身を駆け巡る、怒りという電子信号。続く極限状態に、617は叫ぶ。それでも、目の前の敵を見失うことはしない。距離が遠いのならば、近づけばいい。銃弾を掻い潜り、アサルトブーストでコアMT部分に向かって突撃する。戦車のパワーと真正面からぶつかることになったが、そんなことはどうでもいい。ご自慢の多種多様な砲台も、ここまで射角を向けることはできないはずだ。圧し潰そうとする戦車に抗うかのようにブーストを噴かせ続ける。そして、コアMTの首にガトリングの銃口を突き刺した。

「うああああああああああ‼」

 仲間を失った怒り、悲しみ、憎しみ。これまでの人生に降りかかってきた理不尽全てに対して訴えるかのように叫ぶ。その叫びを掻き消すガトリングの掃射音。銃口が熱で悲鳴を上げようと関係ない。このデカブツが止まるまで、ありったけの弾丸を飲ませてやった。

「……」

 重戦車の圧倒的な力を感じなくなった時、ようやく冷静になれた。かなり、無茶をし過ぎた。デカブツに突き刺さったままのガトリングは使い物にならなかった。それは、今ある自分の機体(身体)も同じだった。

〈ターゲット情報更新〉

 ああ、もう。言われなくても分かっている。目の前の砲台は、次の射撃に備えて充填を始めているのだから。

〈フェーズ三、パターンE〉

 指示を聞くまでもない。まともに動くことすらままならず、両腕は外れ、肩の武装もない。ならば、残るコア(胴体)でどうにかするしかない。

 コア拡張機能の一種、アサルトアーマーを展開する。そして、目の前の砲台に目を見据える。アサルトアーマーが発動する。そのタイミングに合わせて、全身に鞭うってレーザー砲台へと飛び込んだ。

(ああ、まったく──)

 620がまた泣いている。ほら、手を繋いでやるから行くよ。もう、泣かないの。なんとか終わらせてきたからさ。

 619、相変わらずぼーっとしているわね。あんたの花火、結構派手だったよ。行こう、618が待っている。

 618。待たせたね。ありがとう、あんたが足止めしてくれなきゃ、ダメだった。なに、折角褒めているのに相変わらず仏頂面ね。

 あー、でも。そうか。

(ごめん、ウォルター……)

 あなたを遺してしまうこと。それが、私たち全員の後悔だ。だって、生還を果たせなかったのは私たち側の技量の問題なのだからさ。もっとやりようがあったって、自分を責めていなければいいけど。

(621……)

 まだ見ぬ新しいキミ。キミは、どういう子だったのだろう。女性しか聞いていないから、同年代だったのか、年下だったのかも分からない。

 もし、同年代だったらごめん。余りものの義体がさ、十四歳くらいの女の子だったから、それに合わせたおしゃれをさせちゃった。ウォルターに言ってくれれば、どうにかしてくれると思う。

 もし、年下の子だったら……。あの見た目に合った、とびっきりのおしゃれをさせてあるんだ。私たち全員が、アイディアを出したんだ。喜んで、貰えるかな。

 そしてこれは、私たち全員からの、キミへのお願い。

「私たちのハンドラー・ウォルター(おとうさん)を、お願いね」

 その言葉が言えたと同時に、全身が焼かれていった。

 駐屯地には、作戦指示を出していたヘリが残っていた。地上には、破壊された残骸と未だ燃え続けている残骸だけだ。

〈617、ロスト〉

 ただ、無機質な声は報告を続ける。広域に渡る炎のせいか、元々怪しい天候だったせいか。空から、冷たい雨が降り出した。この駐屯跡地にはもう、動く物はない。

〈ハンドラー・ウォルターに報告〉

 無機質な声は続ける。

〈ミッション完了〉

 ハウンズは仕事をした。その事実だけが、残ったのだ。

 

 

「まあいい。在庫処分の手間が省ける」

 男はタブレット端末のカルテを確認する。

 第四世代強化人間。番号、C4―621。コーラルデバイスの負荷が原因で、肉体や精神に欠陥が生じた「在り来りな在庫」。ACを操る、その最低限の機能しか残らなかったとんだ欠陥品だ。まだ、肉体と意識が上手く繋がっていれば、娼婦として売れはしただろうが。

「機能以外は死んでいるものと……」

「御託はいい。起動しろ」

 相も変わらず、鋭利な鋼を向けるかのような声音と杖をつく音。この物好きはどうも、強化人間を「人間」として扱う傾向がある。肉体に欠陥が生じていた617たちに健全な義体を与えてやるほどだ。義体の方は彼のツテがあるらしい。ほとんど人間と変わらない感情表現、生活習慣。正直に言えば、そんな義体を作れるという技術者の方が男にとってはバケモノに見えた。

 仕方なく、男は621の起動準備に取り掛かる。起動準備と言っても、生きてはいるが動かすこともままならない肉体から、意識を磔にされているACへと転写するだけだ。とはいえ、この621も例外なく冷凍保存からしばらく期間が経っている。そんな強化人間を叩き起こすのは一筋縄では行かない。

 見るものからすれば痛々しいと表現される、冷凍保存状態の上から繋がれる機器たち。それらは全て、眠りについてしばらく放置されていた強化人間の意識を機体へ転写させるために必要な処置だった。一筋縄ではいかないが、物好きのせいで慣れてしまった作業だ。案外、すぐに終わるものだった。

 ハンドラーの鋭利な視線に睨まれ続けてからしばらく。起動は成功した。621を照らしていたライトが格納されていく。用が済んだチューブがブチブチと切れていく音と、ただ動くだけの機械の音。これが、終わりの合図だった。

「……621」

 鋼のような男が、ようやく口を開いた。

「お前に意味を与えてやる」

 そんなハンドラーの声に答えるのか、気付いたかのように頭部パーツのライトが点滅を始める。

「──仕事の時間だ」

 その言葉と同時に、頭部パーツのカメラが光を灯す。そして、スピーカーから無機質で淡々とした、女の声が響いた。

「了解、マスター」

 ハンドラーはまた、新しい猟犬を手にした。これは最早、見慣れた光景でもあった。

 後に男は語る。あのハンドラー・ウォルターがここに訪れたのは、あれが最期だったという。

 役者は揃った。コーラルを巡る戦いの幕が開けようとしていた。

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