ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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チャプター3のラスティの通信の距離感が、何かイベントスチルが入るイベントあっただろという距離感に感じたので、今回はそれっぽい話です。
今回から弊621♀の名前が出ますが、頻度は多くない予定です。


間章四

〈新着メッセージ、一件〉

 COMからの通知。ヒビが入ったタブレット端末を操作してメッセージを確認する。流れた声と内容に、思わず思考が停止した。

「どう、すれば……」

 自分一人での判断は難し過ぎる。このメッセージの内容はウォルターに相談すべきだ。だが、ウォルターから拒否を示されたくないという二律背反の考えがぐるぐると回る。これが、悩むという感覚なのだろうか。どれだけ考えを巡らせても、埒が明かない。諦めて、ウォルターにこのメッセージの判断を委ねることにした。

 

 

〈やあ、レイヴン。私だ、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)のラスティだ。壁越え以来か。なに、共に戦った縁だ。一杯ぐらい奢りたいと思ってね。アーキバス駐屯地に一般向けに解放されているエリアがある。そこで、共にいかがかな? 君の都合が良い日に合わせよう。こちらから誘ったんだ。セッティングは任せてくれ。色好い返事を期待しているよ〉

「……」

 タブレット端末から再生されたメッセージは以上だ。ウォルターから、並々ならぬ雰囲気を感じる。気がする。だが、眉間に皺が寄っているのは事実だ。なぜだか、こちらが悪い事をした気分になる。

「……621」

「……なに?」

 重苦しい雰囲気のまま、ウォルターが口を開く。なんとか、こちらも口を動かしていく。

「……お前は、どう見る?」

「……分からない。だから、どうしたらいい?」

 罠か否か。それすらも判断が付かない。罠であるのであれば、拒否すべきだ。だが、そうでないとしたら……

「……行きたいのか?」

「……分からない」

 行かない。と即決が出来ないのも確かだ。行きたい、のだと思う。だが、それをウォルターが許すのかどうか。それが気掛かりで言い出せずにいる。

「……621」

 少しだけウォルターの声音が変わる。いつの間にか俯いていた顔を見上げる。

「俺を気にしているのならば、気にするな。まずは、お前の本当の意志を聞かせてくれ」

 自分の意志。それならば、答えはある。

「……行き、たい」

「……そうか。なら、そう返事をするといい」

「……いいの?」

 ウォルターから、許可が出た。それに思わず聞き返してしまう。行くべきではないと答えられると思っていたからだ。

「本心を言えば行くべきではない。罠の可能性もある。その義体が戦闘向けではないのは、お前も知っているのだろう。だが、そうでないのならば、行きたいという自分の意志を尊重しろ。次に会う時が戦場で敵同士だとしても、それ以外で友好を育むのは悪いことではない」

 確かに、次に会う時は敵かもしれない。だが、それは今ではない。彼に会いに行くということを、ウォルターに認めて貰えた。ようやく、緊張が解れて落ち着く。

「ただし、621」

「なに?」

「あの防犯ブザースタングレネードを忘れるな。それと、テーザーガンはいつでも撃てるようにしておけ」

「ウォルター……?」

 この義体は確かに戦闘向けではない。そのため、防犯ブザー型のスタングレネードやテーザーガンを持たされている。とはいえ、あまり必要性を感じない。仮にも、アーキバスの駐屯地となっている場所に赴くのだ、ドーザーがうろついているということは無いだろう。多分。とりあえずは、行くのは大丈夫だとメールで返信を行うことにした。

 

 

 メッセージのやり取りを行い、アーキバス駐屯地の一般開放エリアに到着する。いつものブラウスとスカートの上にケープコートを羽織る。待ち合わせ場所は広間となっている開けた場所だ。時刻は、夕方だ。ルビコンの冷えが厳しくなる頃だ。

〈内線は聞こえるな? 621〉

〈……大丈夫〉

 気付かれぬように、そっと首に手を当てる。首元の継ぎ目を隠すためのチョーカー。首輪とも言えるそれは、ウォルターと個人通信が行えるようになっている。誰かが近くにいても、ウォルターの声が外部に漏れることもない。ウォルターの方からは621の近くの音は確認できる。会話に対する受け答えの判断を、ウォルターに委ねることができるのだ。

〈しかし、この時間帯とはな。どうやら向こうはお前を男だと思っているのだろうな〉

〈そうなの?〉

〈女を誘うならばもう少し明るい時間帯を選ぶものだ〉

〈……そう〉

 以前に会ったことがあるというのに。だが、こちらからこの少女であると伝えていない。そうなれば、独立傭兵なぞ男性であるというのが通例なのだろう。少しだけ、気分が沈む。女性であると先立って伝えるべきだっただろうか。

〈621。無いだろうが、アルコールは拒否しろ〉

〈分かった〉

〈それと、遅いから部屋に案内をすると申し出たら拒否しろ。しつこいようならばスタングレネードを使え〉

〈……今日のウォルター、良く喋る〉

 あらゆる状況に対して、指示を貰えるのは助かる。今は一人。受け答えも全て自分でやらなければならない。とはいえ、なんだか想定している状況が多い気がする。

(……まだかな)

 徐々に日が陰っていく。あまり意識して見たことは無いが、この惑星の夜明けは美しいものだったが、夕暮れはどこか恐怖を駆り立てられるものだった。夜になってしまえば、そんなことは無いのだが……。昼と夜の狭間の時間、夜明けと夕暮れでどうしてこうも印象が違うのだろうか。

〈621、寒くないか?〉

〈大丈夫〉

 日と共に空も雲に覆われ始めていた。夕暮れで減り始めていた人の流れも消えていく。吐く息は白い。

〈この寒空の下で女を待たせるとは……。いい身分だな、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)

〈……怒ってる?〉

〈――、呆れているだけだ〉

 ラスティのメッセージ再生から、妙にウォルターの様子がおかしい。いや、ラスティの話題を出せばウォルターの様子が少しだけおかしくなるのだ。冷静沈着だが、人間としての善性や優しさを持つウォルター。そんな彼が取り乱すことはほとんどないが、その貴重な瞬間がラスティの話題が出た時だ。どうも、こちらがラスティに関心を向けるのはウォルターにとっては良くないことらしい。

「……あ」

 思わず口から声が漏れた。街頭に照らされる、雲に覆われた暗い空。深々と落ちてくるものがあった。

〈……621、お前の体調に関わる。そろそろ引き上げるぞ〉

〈まだ、もう少しだけ〉

 思わず、反射で答えてしまった。チョーカーの内線は、半ば思考で会話しているようなものだ。思わず口走ったことに、自分でも驚いている。

〈……621。何がお前を駆り立てる〉

〈……分からない〉

〈……すまん。言い方が悪かった。お前にとって、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)はなんなのだ〉

 自分にとってのラスティとは何なのか。改めて考えてみる。

 最初に会ったのは、ウォルターと買い物に出かけたあの日だ。見ず知らずの子供を助けに入る、一定の倫理観を持つ人。その後も、こちらに合わせて言葉を紡ぎ、ただ側にいてくれた優しい人。

 次に会ったのは、壁越えの戦場。あのジャガーノートを相手に、即座にお互いの機体構成を分析した後に囮を買い出た実力者。壁越えの後に、作戦の真意を伝えてくれた誠実な人。知っているのはこれぐらいだ。

(多分、違う)

 どこか、違和感を覚えた。そういった事実を評価しているのもそうだが、もっと、瞬間的なものがあったはずだ。少しだけ吹いた風と揺れる髪、頬に当たる雪。冷たい感触と乱れまいと髪を抑えて思い出した。

 刺してくるような寒さを知っている。この寒さと同時に、錆が混じった紺色の機体が舞い降りたこと。決定的な何かは、あの一瞬のことだった。

〈……ラスティは、綺羅星のような人。かな〉

 本当にただ、あの一瞬に見惚れていたのだ。白銀の中に舞い降りるソレは、どこまでも広がる黒の中に散らばる星々のようで。その中でも、一際目を惹かれた綺羅星。それが、今の自分が捉えているラスティという存在だ。

〈――、綺羅星。か。随分と高く買っているのだな〉

〈そう……?〉

〈少なくとも天体を好むお前が、天体を例えに出してきたのは今が初めてだ〉

 星々に興味があるらしい自分が、星々に例えて誰かを述べるというのは確かに初めてかもしれない。そう考えると、自分の中でもラスティの存在は大きい物らしい。

〈……ワタシ、ウォルターのことはおひさまって思ってる。いつも、ワタシを照らしてくれるおひさま。それが、ウォルター〉

〈――。そうか〉

 だが、自分の中で存在を占めている存在はもう一人いる。それがウォルターだ。ラスティは夜空に輝く綺羅星だが、ウォルターは常に道を差し照らして暖かく見守ってくれている太陽だ。彼がいなければ、冷凍保存されたまま処分されていただろう。それと比べてしまえば――

 誰かが駆けてくる。そんな音が聞こえ、思わずその方向に振り向いた。

 

 

(こういう時に、どうも間が悪いな……)

 すっかり日が暮れ、その上雪までちらついている。駐屯地の一般解放エリアに、ラスティは急いで向かっていた。定時に上がるところで、スネイルに残業で捕まったのだ。解放されたのが、今。呑みに行こうと約束したレイヴンを、すっかり待たせてしまっている。

(これは、帰っても仕方ないな)

 この惑星の寒さには慣れている。だが、星外から来ただろうレイヴンには堪えるものがあるだろう。この惑星の夜は、ルビコニアンにとっても命が狩り取られる時間帯だ。寒さを凌げる場所が無い、飢えで体力が無い故に耐えられず死んでいった者達を、嫌と言うほど見て来た。その多くは、同年代か年下ばかりだった。

 容赦なく命を奪わんとする寒さと闇の中を駆けていく。もう引き上げて誰もいないということも十分に有り得る。それでも、行って確認をしなければならなかった。

「なっ……」

 思わず足が止まった。待ち合わせ場所には、確かに一人が立っていた。一度見たことがある銀色の髪と赤いリボン。コートこそ着用しているが、この寒空の下では無意味に近い。雪化粧がされているところから、ずっとあの場所で待ち続けていたのだろう。足音に気付いたのか、こちらを見ていた。

(まさか、な……)

 信じたくない。あの少女がハンドラーの子飼いであること、独立傭兵レイヴンであること、壁越えで共に戦った存在であるということ。あのような世界をまともに見たことがない、温室で大切に育てられていかのような可憐な少女が、戦場に立っているなどと……

「君は、前に……」

 呼吸を整えながらゆっくりと歩み寄り、屈んで少女と目線を合わせる。銀色の髪も、赤いリボンも雪が付いている。

「……ラスティ」

 ぽつりと、鈴のような声が紡がれる。あの時、あの少女には名乗っていなかった。自分の勘が間違っていないと言うのも、中々に堪えるものがある。

「――では、君が……」

「うん。ワタシが、レイヴン」

 無機質さを感じる空色の瞳が向けられる。この時間まで、このような天候になったにも関わらず、その透明な空色は怒りの感情が見えなかった。

「……そうか。すまない、随分と待たせてしまった」

「平気」

 着いた雪を軽く払ってやる。彼女がレイヴンであるということは、認めざるを得ない現実だった。これ以上、否定したいと足掻いても無意味だった。

「しかし、参ったな……。君のような子でも、楽しめればいいのだが……」

「?」

 小首を傾げるレイヴン。と言うのも、男性だと想定してセッティングを行ったところがある。行きつけのバーで軽く一杯やりながら雑談をする、その程度のものだ。ソフトドリンクはあったはずだが、とても少女が楽しめるものではない。

「……とりあえず、行こうか。ずっとここに居る方が身体に障る」

「わかった」

 立ち上がってレイヴンに向けて手を差し伸べる。きょとんとした表情から、少し考える素振りをし、恐る恐ると差し出した手に手袋がはめられた手が添えられる。握り返したその手は、とても小さく、人工物のような硬さを持ったものだった。

 

 

 ラスティに連れられ、案内された場所は静かな場所だった。視界に見えるのは、テーブルと椅子がいくつか並べられた開けた場所。特徴的な長い仕切りの前にも椅子が並べられていた。仕切りの奥には、大量のボトルが並べられた棚があった。

〈ウォルター、ここは……?〉

〈バーだな。要は酒が主となっている場所だ。お前の身体にアルコールは悪影響だ。酒以外のものも、多少はあるとは思うが……〉

「やはり、このような場所は珍しいか。レイヴン」

 声をかけられ、ラスティの方を見上げる。ウォルターとの内線は本当に彼には聞こえていないらしい。珍しいと問われれば、行ったことが無いが正しい。

「うん。初めて」

「それは……、まあそうだろうな」

「?」

〈今のお前の外見は未成年に値する外見だ。未成年がこういう店に来ることはない。そういうことだ〉

 会話の合間にウォルターが注釈をしてくれる。未知が多い分、注釈をしてくれるのは助かる。あまりにも無知であることを知られるのも、探りを入れられることになる。

「ラスティか。そのお嬢さんは? どの役人の子だ」

「そういうのではない。少なくとも……、知っている子だ。誘拐ではない」

「お前が曖昧な返しをするとは珍しい。訳ありか。まあいい、他に客はいないし、詮索する気もない。そこのテーブル使え。カウンターじゃ届かないだろその子」

「助かるよ、マスター」

 ラスティに連れられるまま、テーブルに案内される。どうぞ、と引かれた椅子にとりあえず座る。こちらが座ったのを確認した後、対面の席にラスティが座った。

「さて、どうするか。と言うより、君は温まるものが欲しいよな。ジンジャーティーはあったよな、マスター」

「少し待ってろ」

 店主と客、としては少々馴れ馴れしい。気心の知れている友人関係の方が近い。この店はよく利用しているのだろうか。

〈ヤツにとっては、馴染みの店か。他に人間はいないな?〉

〈見えてる限りでは、いない。ラスティと、あのマスターって人くらい〉

 周囲をゆっくりと見渡す。外の天候もあってか、他に客はいない。マスターが調理場で何かしらの作業をしているくらいだろうか。

「さて……。君にはどれだけ詫びを入れても足りないが……。本当に、すまなかった」

 ラスティを見やると、申し訳ないという表情になっていた。眉尻が下がっている表情は、どこか叱られた犬という雰囲気があった。

「……どうして?」

「君について、知らな過ぎたことだ。せめて、男性か女性かを聞くべきだった。それに、あのような時間まで待たせてしまった」

 性別については、こちらも気遣うべきだった。こちらは何も明かしていないのだから、ラスティが気にする必要はない。待っている間も、あまり苦ではなかった。

〈……個人情報については、俺から口止めされていたと言え。それで納得するだろう。後は、何があったのかは聞いておけ〉

「……ワタシについては、ウォルターから口止めされているから、気にしなくていい。なにか、あった?」

「あー……。スネイル第二隊長殿に少々捕まっていてね……。一報を入れる隙すら無かった」

〈要は残業に付き合わされていたのだろう。企業所属ならば有り得る話だ。災難だったな〉

「……大変、だったんだ」

 企業所属というのは、上下関係に苦労するものらしい。その分、恩恵も大きいのだろうが……。やはり、こうしてウォルターと二人で活動する方が気楽でいい。難しいことは、ウォルターに頼りきりではあるが……

「言い訳は済んだか? 伊達男」

「まあ、な」

「ウチのメニューだ、お嬢さん。ソフトドリンクとメシもあるから、そこの伊達男から毟ってやれ」

「元々そのつもりだ、マスター」

 テーブルのこちら側にティーカップと数枚のクッキーが乗せられた小皿が並べられる。紅茶の良い香りがする。マスターと呼ばれた男から手渡されたものを受け取る。書かれている内容、を見ても文字だけでは内容物が分からない。アルコールを主に取り扱うのであれば、ほとんどがアルコールの名前なのだろう。どれが、どれなのかはさっぱり分からないが。

「この店は、裏面がノンアルコールの取り扱いをしている。見るならそちらの方がいい」

 ラスティに促され、メニューを裏返す。そこには、今運ばれたジンジャーティーを始めとした紅茶類、ココア、ジュースと言ったものが並べられている。軽食メニューも並んでいる。この辺りならば、ある程度名前と実物が繋がって来る。

〈今、お前が食べたいものでいい621〉

 改めて軽食のメニューを眺める。スープの類、パスタ数種類――。食事に関心が無く、空腹という感覚もわからないこちらとしては、名前と実物が繋がっても味をイメージすることが出来ない上にそう多くは食べることができない。その中で、見慣れた文字列が見えた。

「……これ」

「……ホットケーキか。可愛らしいものを選ぶのだな」

「ラスティ、お前は」

「フィーカでいい。さすがに、小さなレディの前で酒は飲めないさ」

 これである程度注文を承ったからだろうか、静かなバーに音楽が流れ始める。ピアノと、ドラムの音で織りなす落ち着いた曲だ。

〈さすがに、子供の前では飲酒はしないか〉

「これで、ゆっくりと君と話せるな。レイヴン。まずは、そのジンジャーティーで冷えた身体を暖めるといい」

〈お前がレイヴンであるというのを、なるべくあのマスターには聞かせないように配慮はしていたのか。気は回せるようだな〉

 ウォルターに指摘されて気付く。店内に音楽が流れ始めたことで、互いに聞こえる声量程度ならば二人から離れているマスターには、音楽に掻き消されて耳に入ることはない。そのようなところまで、気遣われたということだろうか。

 言われた通り、ジンジャーティーが入ったカップを、ソーサーを持って近くまで寄せる。確か、ハンドルには指を通すのではなくつまむものだとウォルターから聞いた。少しピリッとする紅茶の香り。ゆっくりと口に運べば、多少は冷めてしまったが飲みやすい温度になっていた。紅茶の味にはちみつの甘さとジンジャーの小さな辛さが混ざっている。

「……おいしい」

「それはよかった」

 備え付けられたクッキーにも手を伸ばす。サクサクとした軽い食感に仄かな甘み。素材本来の甘さというものだろうか。素朴な味付けは好印象に感じる。

「しかし……、セッティングを間違えたな。退屈じゃないか?」

「? 静かなくらいが良い」

「……気遣いとして受け取っておくよ」

 気遣いに関係なく、物静かな方がこちらとしては好ましいものだった。ジンジャーティーの効果か、少しずつ体温が上がっていく感覚を覚える。

「ラスティに会えただけ、十分」

「これは……、少し来るものがあるな、レイヴン。あまり、そういうことは言わない方が良い。君のような可憐なお嬢さんにそう言われると、勘違いされてしまうぞ。――男なら、特にね」

〈――621。癪だがそれについては同感だ。その発言は今後は控えろ。余計なトラブルを起こす〉

「……? 分かった」

 素直な感想を述べたつもりだったが、二人からそれはいけないと諫められてしまった。会えただけで良いというのは、異性に対していけない言葉だったのだろうか。ならば、今後ともそう発言しないように気を付けなければ。

「……レイヴン、単刀直入に聞こう。私の壁越えの侵攻ルートで、何をしていた?」

 空気が一変する。あのログ回収のミッションについてのことだろう。アーキバスのMT部隊には配置入れ替えの間隙に入ってきたことは把握されている。いずれは、ヴェスパー部隊の耳に入って来てもおかしくないことだった。

〈本命はそれか。621、これはお前の本音で構わん。そいつを驚かせてやれ〉

 驚かせるという意図が掴めないが、本音で話していいのならば話そう。ウォルターの考える嘘はともかく、自分で考えた嘘は彼にはすぐに気付かれる。

「……あなたのこと、知りたいって思ったから。不快だったら、謝る。ごめんなさい」

「……え?」

 それは、好奇心で受けた依頼だ。彼の辿った道を探れば、少しは彼のことを知れるような。そんな考えで赴いたのがあの依頼だった。きょとんとしたラスティの表情に思わず首を傾げる。

「……いや。私のことを知りたいとはね。機体構成のことか? それとも、戦術についてか?」

「……戦い方、というより、あなた自身を知りたかった」

〈ま、まて621! その発言はダメだ!〉

 切れ長の瞳が驚いたかのように見開いた。ウォルターが激しく動揺している理由は分からない。彼を知りたいという理由に変わりないのだ。

「――私自身を、ね。なるほど。君は面白い子だ」

「面白い……?」

「ああ、そうさ。そうだなあ、それについては私も同感だ」

 テーブルに置いていた手に、彼の手が重なる。こちらのものよりも大きく、硬さを感じる節榑立つ手。どれだけの戦闘を重ねて来た手であることが、すぐに分かる。

「私も、君について知りたい。君自身をね」

「……あ」

 切れ長の橙色の瞳がこちらを見ている。ウォルターの動揺はこれの事だったのだろうか。そう言われてしまったら、ある程度は答えなければならない。はぐらかすにも、限界がある。こちらの情報を多く渡すことになるのだ。これは、失敗だった。ウォルターの指示を聞いてから答えるべきだった。

「――私から、あまり話せることは……」

「些細な事でいいさ。例えば、雪は好きか嫌いか。とかね」

 くすりと笑った後、ゆっくりと置かれた手が離れていく。雪が好きか嫌いか。考えたことが無かった。寒さという弊害はあるが、あの舞い落ちる小さな白は綺麗だとは思う。

「そら、ホットケーキとフィーカだ。お嬢さん、ジンジャーティーのおかわりはいるかい? それとも、コイツと同じフィーカでも飲むか?」

〈……フィーカはコーヒーのことだ。好きだったろう〉

「……、フィーカの方。お願い」

「承りました」

 ホットケーキとコーヒーカップが置かれ、代わりにティーカップが下げられた。焼きたてのホットケーキには、熱で溶け始めたバターが乗っている。メープルシロップが入ったピッチャーを持って、シロップをかけていく。備え付けのナイフとフォークで一口サイズに切り分けてから口に運ぶ。ほんのり甘く、柔らかい食感。バターとメープルシロップがより味蕾を刺激させていく。ウォルターが焼いてくれたものと、同じくらいに美味しい。のだと思う。

「好きなのか? ホットケーキ」

「……ウォルターが作ってくれる。あまり、多くは食べられないから丁度いい」

「君ぐらいの子はもう少し食事量は増やすべきだと思うが……。しかし、ハンドラーが調理、か」

「ウォルターは、色々な料理作ってくれる。前に作ってくれたグラタン、美味しかった」

〈621……〉

 この外見というものは、多く食事を摂らなければならないらしい。とはいえ、義体に成長と言うものはない。どれだけ食事を摂り、時間が経とうとも決して変化はしない。肉体に戻れば違うのだろうが……

「飲み物のお代わりだ、お嬢さん。ミルクやシュガーはいるかい」

「……いらない」

「へえ。意外と大人なんだな」

 それでも、ミルクとシュガーは備え付けられる。コーヒーの入ったカップを手に取り、ゆっくりと口付ける。ウォルターが入れたものとは違う風味がする。コーヒーは淹れる相手で個性が出るというのは本当らしい。マスターのコーヒーは、多くの人への飲みやすさというのが重視されている。気がする。

「……君は、不思議だ。可憐な少女のようで、どこか違う」

「……子供ぽくない、とは自覚している」

 少なくとも十八年、は生きてきたという自覚はある。成人は迎えた、気がする。強化手術の影響で記憶も、経験も全て焼け落ちて灰となった。それ故か、この外見には不釣り合いなくらいに人間味が無い。相対する人々に複雑な印象を与えているというのは、最近になって気付いた。

「……ハンドラーは、厳しいのか?」

「そんなことはない。優し過ぎる」

「……優しい、か。そうなると、君は甘えるのが苦手かな。戦場以外では、もう少し肩の力を抜くと良い。こういう場所なら、特にね」

 緊張しているように見られているのだろうか。緊張というよりは、確かに警戒こそはしてしまっている。今のところは、致命的な質問をされていないが、油断したところに聞かれるかもしれないと考えると、緊張は続いてしまう。

「……ラスティ」

「うん?」

「……さっきの、雪は好きか嫌いかだけど、綺麗、だとは思う」

 なんとかして、話題の主導権を取る。彼に喋らせ続けてしまうとまずい。だが、会話に慣れていないこちらがどこまで持つか。

「――綺麗、か。君にとって、雪は珍しいものか?」

「……ここに来るまでは、あまり見ていない」

「……なるほど」

「ラスティは?」

 先にこの質問をしたのはラスティだ。彼自身は、この厳しい寒さの象徴にして、この惑星の美しさの一つとなっている雪をどう思っているのだろうか。

「……そうだなあ」

 考え込むかのように、カップを口元に運ぶラスティ。熟考する様子から、意外と思い入れがあるのだろうか。

「――恐ろしい。あの白は、どこまでも覆いつくす。大地も、建物も、人も。全て等しく、何もなかったかのように白く覆いつくしてしまう」

 窓を見やるラスティ。その横顔は、先程までの雰囲気はない。何かに憂いているような、どこか譲れぬ覚悟があるような。そんな表情だった。

「……悪い事、聞いた」

「――いいや。この質問をしたのは私だ。私がどう思っているか気になるのは、当然のことさ。優しいのだな、君は」

 先程までの表情は消え失せ、暖かな光を宿した瞳で笑みを浮かべている。優しい、のだろうか。自分のことは、自分でもよく分かっていない。彼のその表情を見て、踏み入れてはいけない領域だったと気付き謝罪した。それだけのことだ。

「……天気も落ち着いてきたな。時間も時間だ。夜分遅くまで付き合わせてすまなかった。送っていこう」

 窓を見やれば、雪は止んでいた。

 

 

 会計も全てラスティに払って貰ってしまったが、先程のバーを後にする。ラスティと共にアーキバス駐屯地の一般開放エリアの外れへと歩いていく。冷えは強まっていたが、雪が止んでいる今の内しかない。二人分の足音が小さく響いていく。ふと、ポシェットから通知音が鳴る。携帯端末を見れば、ウォルターからの通知だった。内線ではなく、こちらで連絡するとは何事だろうか。通話ボタンを押して、耳元に当てる。

〈621。俺が迎えに行くと言え。そうすれば、そいつもここで離れて行くだろう〉

「……わかった」

 少しだけ名残惜しいが、仕方ない。さすがに、輸送ヘリまで来てもらう訳にはいかない。ずっと内線が繋がっていたということを伏せるためにこちらで連絡を取ったのだろう。

「ハンドラーからか?」

「うん。迎えにくるって。だから、大丈夫」

「……そうか」

 逢瀬は、ここまでだ。次に会う時は戦場かもしれない。味方同士なら良い。だが、敵同士になることも十分に有り得ることだった。

「レイヴン」

「……、なに?」

 今までにない、真剣な声音。ラスティが屈んでこちらに目線を合わせてきた。橙色の瞳が、こちらを見ている。

「君の、本当の名前を知りたい。レイヴンは名義だ。君にもあるはずだ。ただの君であるという、名前が」

 それは、非常に解答に困るものだった。今の自分は、C4―621。そうなる前の名前は、覚えていない。C4―621とも、レイヴンとも異なる名前で呼ばれた感覚はある。あるが、それを正確には思い出せないのが現状だった。

〈……621。お前には、621以外の名前を与えたはずだ。強化手術を受ける前の、お前の名。それしか、お前に関することは見つけきれなかったが……〉

 内線から、ウォルターの指示が聞こえる。621以外の名は、確かに受け取っている。強化手術を受ける前の自分の名前らしいが、どこか他人のように見えていた。自分の名前という実感が薄いが、それが自分の名前ではあるという感覚はあった。

「……エイヴェリー」

「……そうか。それが本当の君か、エイヴェリー」

 その名前を告げたのは、彼が初めてだった。ウォルター以外に、レイヴンではなくC4―621を見ようとした人間は、彼が初めてだった。

「エイヴェリー……。ああ、覚えたとも」

ルビコン(ここ)で名前聞かれたの、初めて」

「独立傭兵の、本当の名前を知りたいという物好きは私ぐらいなものさ。戦いの場以外で、エイヴェリーと呼んでも構わないか?」

「――、うん」

 彼に名前を呼ばれることに、不思議な感覚を覚える。ウォルターに621と呼ばれる心地よさに似たものがある。心地よいものだが、彼のそれは何かが違う。C4―621という兵器が、兵器で無くなってしまうような。エイヴェリーという無力な子供にされてしまいそうな恐怖がある。

「引き留めてしまってすまなかった。またな、エイヴェリー」

「……うん」

 数歩、足を進める。彼は、これ以上進むことはない。ただ、こちらの姿が見えなくなるまで見送る。そうするつもりらしい。

「……」

 帰る足が止まる。ゆっくりと振り向けば、まだ彼はそこにいた。

「どうかしたか? レイヴン」

「……ラスティ」

 辺りに青い光が差してくる。雪を散らしていた雲が晴れ、日光を反射する月の光が降り注ぐ。厳しい寒さを象徴し、彼に恐ろしいと言葉を発せさせた雪がキラキラと光っていた。

「楽しかった」

 ただ一言。この一言を言うために足を止めた。これは、伝えないといけないと考えたからだ。口の端が上がる感覚がした。

「――それなら、良かった」

 彼の返事を聞いてから、再度踵を返す。青い光はすぐに消えてしまったが、月の光に照らされた光景は記憶に残るものだった。

 

 

(さて、どうしたものか……)

 任務の合間の休憩時間。カフェテリアの机に数冊のカタログを並べ、ラスティは見比べていた。女性が喜びそうな品選びは、経験上自信はある。子供が好みそうな品も分かる。が、その両方を併せ持った存在は未知数だった。

「おや、珍しい。ラスティくんが贈り物に悩むなんてね」

「え? ああ、ホーキンスさん」

 向かいに失礼。と、ホーキンスが対面する位置に座る。彼も休憩だろうか。フィーカのカップと数枚のクッキーが見える。

「それで、例の傭兵には会えたのかい?」

「ああ。それで、粗相をしてしまってね」

「ああ、彼じゃなくて彼女だったのか」

「それもあるが……」

「……君が、夜間に小さい女の子を連れていたというのは、噂話であって欲しかったのだがねえ」

 何も言い返せなかった。あのマスターは口が堅いのは確かだが、他の誰かに見られてはいたのだろう。ホーキンスの耳にまで入っているとなるとしばらく肩身が狭そうだった。

「それで、何に悩んでいるんだい?」

「……彼女の詫びの品は、女性を意識して良いのか子供として扱うべきか。ですかね」

「なるほど、それぐらいの年の子が独立傭兵だなんて世も末だねえ。いや、今更か」

 まだ親の庇護を必要とする子供が、戦場にいることを今更と答えるホーキンス。彼もまた、数多の地獄を渡り歩いた生き証人であることを改めて思い知らされる。

「そうなると、十五歳くらいの子かな? 確かにそれぐらいの子は難しいねえ。姪っ子へのプレゼントは私も頭を悩ませたよ」

「その時は、どうしたのですか?」

「直接聞いて、欲しい物にしたよ」

 やはり、直接聞いた方が無難かとレイヴンにどう連絡しようかと考えたその時だった。

「第四隊長に、第五隊長ですか。何をしているのです?」

 降ってきた声に思わず両名が振り向く。そこには、第二隊長スネイルの姿があった。厄介な相手に見つかってしまった。

「なにって、ちょっとした相談だよ。ねえ、ラスティくん」

「まあ、そういうところだ。あなたが気に掛けることではないよ、第二隊長殿」

「ほう……?」

 スネイルがカタログの一冊を取り上げ、数ページ目を通す。そして、くだらないとばかりに机に放り投げた。

「あなたたちには自覚が足りないようだ。あなたたちは、どこの所属です」

 スネイルが眼鏡のブリッジを上げる。緊迫した雰囲気がカフェテリアを覆う。

「あなたたちはアーキバス、強化人間部隊ヴェスパー、その隊長格でしょう。全く、あなたたちにはその自覚が足りなさすぎる」

 そして、スネイルが言葉を続けた。

「婦女子への贈り物なぞ、一つしかないでしょう」

 スネイルの眼鏡が、カフェテリアの電光に反射した。こうなったスネイルは、フロイトですら止めることは出来なかった。

「厄介なのに掴まったねえ、ラスティくん……」

「……はい」

「来なさい。とびきりの品を紹介しましょう」

 第二隊長に連行される第四隊長と第五隊長の姿は、すぐさま駐屯地にざわめきが広がっていった。

 

 

 ウォルターとカサブランカの調整で、ガレージにて相談していたその時だった。

〈来客です、ハンドラー・ウォルター〉

 COMから来客を告げられる。わざわざ輸送ヘリに足を運ぶ物好きがいるとは。思わず、互いに顔を見合わせて首を傾げた。

「誰だ。ミシガンか?それともレッドガン隊員か?」

〈いずれも該当しません。V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)ラスティです〉

「……なんだと?」

 ウォルターから尋常ならざる雰囲気が出始める。あの外出以来、やけにウォルターはラスティに対して敵意を見せるようになってきた。油断ならない相手には、違いないだろうが……

「……ウォルター。大丈夫、だと思う」

 追い返せと言わせる前に、ウォルターの袖を掴む。用が無く来るような人ではない。なんとなく、あの外出で彼の人となりは分かってきた。

「……」

 ウォルターがため息をつく。すぐに追い返すようなことはしないようだ。共に、ヘリの出入り口まで向かう。途中、ここで待っていろと言われ、大人しく物陰に隠れた。ウォルターが出入り口を開ければ、そこにはラスティの姿があった。片手には、包装紙に包まれたものを抱えていた。

「改めて、お初にお目にかかる。ハンドラー・ウォルター」

「どの口が言う。どうしてここが分かった。何用だ」

「調べものが得意な友人がいるものでね。要件はあなたの猟犬にある」

 本人を前に、さすがにある程度敵意は隠してはいるが、それでも険しい雰囲気には変わりない。数秒の無言。ウォルターが数歩下がり、ラスティは輸送ヘリに招き入れられた。

「妙な真似はするなよ」

「敵陣の中でそのようなことはしないさ」

 待っていろと言われた物陰から顔を出す。相変わらず、ラスティはこちらに目線を合わせるために屈んでくれる。

「やあ、エイヴェリー。先日ぶりだ」

「どうしたの?」

「先日は失礼をしてしまったからな。しっかりと詫びをしないと」

「……気にしてない」

「私の気が済まなくてね。気に入らなければ、捨ててしまって構わないさ」

 渡されたものを受け取る。ラスティが片手で抱えたものは、数倍も体格の小さいこちらが持つには両手で抱える必要がある。感触は、柔らかで軽い。何かしらの武装が仕込まれている様子は無さそうだった。

「……開けていい?」

「どうぞ、レディ」

 ウォルターを見れば、構わないとばかりに頷いてくれた。包装紙を解いていく。

 中から現れたのは、白い台形のような頭部と全身グレーの人型の人形。つぶらな瞳が特徴なそれは、アーキバスのマスコットキャラクターの造形だった。

「……これは?」

「我がアーキバスが誇るマスコットキャラクター、アーキ坊やさ。本当は、もう少し違う品を考えたかったのだが……。アーキバス所属なら、このキャラクターを推さなくてどうすると注意されてしまってね。ぬいぐるみは、嫌いかな?」

 少し困ったような表情を浮かべるラスティ。企業に所属していると考えれば、自社の宣伝はしないといけない立場なのだろう。そのような難しい事情は、621にとってはどうでもよかった。

「ううん。ありがとう」

 彼がくれた。その事実が一番重要だった。そう思えば、関心が無かったマスコットにも愛着というものが湧く。柔らかなぬいぐるみを、優しく抱き上げた。

「……それは良かった。すまないハンドラー、要件はこれだけだ」

 ラスティが立ち上がる。詫びの品であるこのぬいぐるみを届けに来た。それが要件だったらしい。

「もう行くの?」

「私も仕事があるのでね。また会おう、レイヴン」

 そう言い残した後、ラスティは輸送ヘリから立ち去っていった。

「……621。そのぬいぐるみは本当に無害か?盗聴や発信機の類は付けられていないか?」

「大丈夫、だと思う」

 渡しなさいとばかりに迫るウォルターと少しだけ攻防が発生したが、ぬいぐるみをバラバラにしないを条件に調査し、無害だと発覚した。

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