仮想シミュレーターが展開され、トレーナーACと相対する。そして、両者共にブーストを噴かせる。今のカサブランカの武装は、右手にアサルトライフル、左手にリニアライフルが握られている。今まで空いていた左肩にパルスブレードが格納されている。
アサルトライフルとリニアライフルの二丁の銃口がトレーナーACに向けられる。アサルトライフルの断続的な射撃の合間に、リニアライフルの一打が加わる。牽制用にミサイルを放っていけば、これまで以上の速さでACS負荷を限界まで追い込める。スタッガー状態となったトレーナーACに対し、ブーストを噴かせて距離を詰める。移動中に、リニアライフルとパルスブレードを換装する。距離が詰まった瞬間にパルスブレードを振るった。仕留めきれずにトレーナーACから反撃を喰らうも、パルスブレードとリニアライフルを再度換装させて、射撃戦へと切り替えた。射撃戦へと切り替え、しばらく撃ち合う内にトレーナーACを撃破した。
「……見つけた」
仮装シミュレーターが閉じられていく。OSの強化権限を貰えたことで、ようやく621は戦い方を見つけることが出来た。
OSの強化項目に入っていたウェポンハンガー機能。これが、射撃戦と近接戦を両立させるために必要な機能だった。アサルトライフルだけでは、決定打は足りない。あれは断続的に撃ち続けることに真価が出るものだ。ミサイルも火力の後押しとなるが、撃つまでの感覚が開く。ならば、左手にも同じように射撃武器を持たせた方が良い。だが、そうしてしまえば、近接戦の手段が無くなってしまう。それを解決してくれるのがウェポンハンガーだ。肩武器以外にも腕で持つ武器を格納可能とする機能。これによって、ずっと空いていた左肩に近接武器を仕込めるようになった。ウェポンハンガーは腕と肩で武装の切り替えを可能とする。これによって、射撃戦と近接戦を切り替えて戦うより自由に高火力の戦いが可能になるはずだ。スティールヘイズを見なければ、この発想には至れなかっただろう。
(これで、もう少し戦えるはず)
理想は見えた。あとはこの戦い方に慣れていくだけだ。通常モードに移行したのを確認し、ゆっくりとカサブランカのコクピットから降りていく。
「順調そうだな、621」
「ウォルター」
コクピットから降りた先にはウォルターの姿があった。ヘルメットを外して自分より長身の彼を見上げる。その口ぶりから、先程のシミュレーションを見ていたのだろう。
「今回の権限で、戦いやすくなった。と思う」
「そうか。ならば丁度いい。621、仕事だ」
画面にヒビが入ったままのタブレット端末を渡される。画面の修理が必要かと問われたことがあるが、この画面の傷は残しておきたかった。
「依頼主はルビコン解放戦線。ブリーフィングを確認しろ」
「解放戦線から……?」
意外な相手からの依頼に、思わず621は聞き返した。独立傭兵レイヴンが解放戦線に齎した被害は、相当なものだ。そんな相手に依頼を寄越すのは、彼らも相手を選ぶ余裕が無いということなのだろうか。罠という可能性も否定しきれないが、再生アイコンに指を添える。
〈……“壁”の損失は、我々にとって手痛い一撃だった〉
それは、年若い男性の声だった。二十代半ばか後半くらいだろう。その声は、苦悶に満ちている。壁を落とした片割れに仕事を依頼するのだ、様々な感情が入り乱れているくらいは、さすがの621にも分かることだった。
〈だが、貴方は企業の狗というだけではない。そう信じ、協力を要請させてもらった〉
今まで企業に雇われることばかりだったが、企業に所属している訳ではない。彼らも、幾重にも検討を重ねた結果、このような決断に至ったというのは真剣な声音で理解が出来た。
〈内容はベリウス地方におけるMT製造で知られる、BAWS第二工廠の調査だ。BAWSは顧客を選ばない。我々の戦力維持には欠かせない企業だ〉
BAWSはこのルビコンが発祥の企業の一つだ。彼の言う通り、BAWSは誰にでも商品を売りつける。解放戦線に武装やACパーツを売り、ベイラムやアーキバスにMTを売りつけている。
〈その彼らの第二工廠が……。ある晩を境に突如として音信不通となった。ただの回線不調なら見て帰るだけなのだが……。なんというか……、ストライダーのこともあり、内部でも慎重派の声が大きい。身内の恥を晒すようだが、貴方の助力をもらえると助かる〉
ブリーフィングが終わる。ストライダーの撃破も、こちらが彼らに齎した被害の一つだ。やはり彼らは、生きることで手一杯なのだと改めて思い知らされる。
「……621、ひとつ助言を送ろう」
出撃準備に向かおうとしたその時、ウォルターがぽつりと呟いた。
「“不測の事態を予測しろ”」
その一言が、今回のミッションは一筋縄ではいかないと予感させた。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
投下されたのは第二工廠近辺の沿岸。外部から一望する分では、何かが起きたとは思えぬ程静かだ。戦闘の痕跡も見当たらない。
〈ミッション開始だ。BAWS第二工廠の調査を始める〉
「了解」
〈周辺を確認しているが……、機影ひとつ映らん。一体何があった……?〉
「ウォルター。直接向かう」
〈警戒は怠るな、621〉
ブーストを噴かせて、第二工廠の敷地内へと足を踏み入れていく。だが、誰かが現れることも、MTやガードメカが出てくることも無い。
〈静かすぎる……〉
異様な雰囲気だった。通電こそはしているだろうが、工廠が機能しているとは思えない。何かしらの駆動音すら、この場所からは何も聞こえない。更に内部へと進もうとしたその瞬間、アラートが鳴り響いた。
〈……避けろ! 621!〉
「っ!」
クイックブーストを噴かせる。飛んできたのは一条の光。レーザー兵器による狙撃だ。周囲を確認するも、機影は見当たらない。だが、レーザーの発射は続いている。
〈621、射線から位置を特定しろ〉
「了解」
レーザーはある一か所から発せられている。そこに、狙撃手がいるのだろう。射線の根本まで近づいて、ようやく機影が見えた。あれは、グリッド一三五で見た所属不明機だ。アサルトライフルとリニアライフルの二丁で先手を与える。
〈……なるほど。MDD方式か。喰らいつけ、距離を取られたらまた見失うぞ〉
「了解」
ACS負荷限界で膝をついた所属不明機に向かって、そのままパルスブレードを振るうが、即座に飛び上がったかと思えばモニター上から姿が消えた。そして、再度別方向からレーザーが発射される。からくりが分かれば対処のしようがある。再度所属不明機が飛び移った先へと近付き、照準が捉えた瞬間に二丁のライフルで所属不明機を撃ち落とした。
〈迷彩に……、暗号通信……。こいつが工廠を……、一夜にして落としたのか? ……621、調査を進めるぞ〉
「……了解」
分からない事が多すぎる。この特殊機体がどこの所属なのか、どういう目的で作られたのか、有人機なのか無人機かすらも分からないのだ。真相を知るためにも、工廠内部に向かわなければならない。ブースト移動で工廠内部へと進んでいく。姿が見えない機体が潜んでいる。それが緊張を抱かせていた。内部へとある程度進んだ瞬間、アラートが鳴り響いた。
〈狙われているぞ!〉
クイックブーストを噴かせて回避する。だが、アラートは鳴り続ける。また違う方向からレーザー射撃が飛んできた。
〈621、どうやら今度は一体ではない。スキャナーを使え。迷彩にはマーキングが有効だ〉
「了解」
スキャンを使用して周囲を確認する。レーダーはすぐに機影を捉えた。アサルトライフルとリニアライフルの射撃に加えてミサイルを放てば、瞬く間に相手の体勢が崩れる。飛び去られる前にパルスブレードを振るって所属不明機を撃破した。
〈不明機体を撃破。先に進め、慎重にな〉
「……分かった」
スキャンを使用しながら奥へと進んでいく。ぶら下がった建造途中の何か、積み上げられたままの資材が死角を作っているがスキャンしたレーダーには何も反応が無い。建物内へと入れる扉が目視出来た距離でスキャンを使用すると、資材の上に機影を確認した。待機中だろう所属不明機に近付き、二丁のライフルで先制を取る。
〈……看破したか。やるな、621。それが“不測の予測”だ〉
「……ウォルターのおかげ」
道を示したのはウォルターだ。自分はその通りに歩んだだけ。パルスブレードを振るってACS負荷限界に追い込み、ウェポンハンガーで射撃戦に切り替える。一機はすぐに落とした。響くアラートから、待機していたもう一機も戦闘状態に移行したのだろう。レーザーの根本へと向かっていく。レーザーを発射した硬直時間でアサルトライフルとリニアライフルを撃ちこみ、ミサイルでACS負荷を狙う。体勢を崩した所属不明機にパルスブレードの二撃が入った。そして、もう一つの何かが着地する物音に振り向けば、所属不明機がもう一機姿を現した。すかさずパルスブレードを振るい、一打は与える。ウェポンハンガーで切り替え、射撃戦に持ち込む。ACS負荷を迎えた瞬間に、OS強化で解放した機能であるブーストキックで所属不明機を蹴り上げる。数発弾丸を撃ちこんで所属不明機を撃破した。
〈不明機体の撃破を確認した。行くぞ、621〉
「了解」
改めて工廠の扉にアクセスを行う。二枚の隔壁を開けて奥へと進んでいく。この先に、何があるのだろうか。
〈これは……、コーラル反応か?〉
「それって……」
〈……621、降りて確認しろ〉
「……了解」
隔壁の先には大穴があった。見下ろせば、かなりの深さがある。大穴の底から、ぼんやりと赤く光るものが見える。ブーストを噴かせながら、ゆっくりと降下していく。
〈間違いない。この液体は……〉
ゆっくりと、赤い光を宿す液体へと近付いていく。その赤い光は、身体の奥底からざわつく感覚を覚える。
〈……微量だがコーラルが混じっている。地中支脈からの湧出現象……。BAWSが“井戸”を隠していたということか〉
「……これが」
コーラル。ウォルターの目的のもの、各企業たちが手に入れようとしているもの、解放戦線にとって生命線となっているもの。この
(あの人たちは、どう考えているのだろう……)
いつかまた、彼らに会うことがあれば聞いてみようかと考えたその時だった。
〈上からくるぞ、621!〉
「……え?」
鳴り響くアラート。反応が遅れて、レーザーの一射を貰う。ブーストを噴かせてすぐにその場から離れた。
〈三機……。いや、四機か。数が多い、各個撃破しろ、621!〉
「了解……!」
ブースト移動でなんとかレーザーを回避していく。そして、レーザーの発射元には三方向の壁からだ。壁に張り付きながら、あの狙撃を行っているらしい。近場のレーザーの発射元へと向かい、上昇する。照準が捉えた先で逃がす前にアサルトライフルとリニアライフルのありったけの弾丸を撃ちこみ続ける。これで一機は仕留めた。
「次は……」
スキャンを使用して残る三機の索敵を行う。地上を走行している合間に、プラズマライフルの射線が通り過ぎる。上空からも、地上からも襲撃を受けている。今は、上空から攻撃してくるスナイパーから処理をする。レーザーの根本に届き、再度上昇して二丁のライフルの弾丸を放つ。体勢を崩したタイミングを逃さずミサイルを撃ちこむ。地上に落ちた不明機を逃がすまいとアサルトライフルとリニアライフルを撃ち続ける。APを半分切ったというCOMの通知からリペアキットを使用する。
〈二機撃破。集中を切らすなよ、621〉
「分かってる」
残る一機の狙撃主を探す。途中、地上で戦闘をしかけてくる所属不明機とすれ違う。これまでと同じ独特な形状の機体。その上、パルスシールドを展開している上に電気鞭のようなものを振るっている。グリッド一三五と異なり、この場所は広い。隠密性、機動性が削がれることはない。急いで狙撃手を撃ち落とさなければ、やられるのはこちらだ。アラートとスキャンを頼りに、最後のレーザーの根本に辿り着く。ライフルで撃ち落とし、ミサイルを放つ。途中、合流されたもう一機にターゲットをズラされるも狙撃機体が逃げる前に撃破出来た。
〈あと一機だ。始末しろ〉
「了解」
ようやく、一対一の状況に持ち込める。二丁のライフル、ミサイルで迎撃するもパルスアーマーに阻まれている現状では効果が薄い。確か、パルスアーマーには同じパルス兵器で消耗する特性がある。今、手持ちにある武器であの機体に有効打を撃てるのは……
所属不明機の独特な電気鞭の挙動に注意しながら、パルスブレードを振るう。パルスアーマーの完全消滅は狙えなかったが、数発の弾丸で削れるところまでは削れた。すぐさまウェポンハンガーで切り替え、アサルトライフルとリニアライフルを撃つ。ミサイルも放っていけばパルスアーマーが剥がれたと同時に相手の体勢が崩れた。そのまま、冷却が終わったパルスブレードに切り替えて斬りかかる。が、二撃目は外された。
(でも……!)
所属不明機は耐久性が低いのが弱点だ。再度パルスアーマーを展開される前に二丁のライフルとミサイルによる攻撃を続ける。放ったミサイルが、最後の一機を仕留めた。
〈……どうやら片付いたか〉
安堵しかたのようなウォルターの声に、こちらも張り続けていた緊張が解れた。やけに体温が上昇したり、脈拍が不安定だ。
〈見て帰るだけの仕事ではなかったな。621、戻って休め〉
「……了解」
深く一息をつく。なんとかヘリに帰投するまでは意識を保たせることにした。
*
621の帰投を待つ僅かな時間。ふと、通知が鳴り響く。通信相手は、幼い頃から目をかけてくれた姉のような人からだった。
〈しばらくぶりだね、ウォルター。なかなか元気そうじゃないか〉
通信に出れば、昔と変わらぬ姿をした褐色肌に黒い髪の眼鏡の女性――。カーラの姿があった。黒髪に赤色が混じっているのは、潜伏先に合わせてのことだろうか。彼女も、相変わらず元気そうだった。
〈新しい強化人間を連れているようだが……。617たちはどうした?〉
思わず、ウォルターは瞳を伏せる。カーラに機体を組んで貰った上で、彼女には無理を頼んだ。身体、精神共に何かしらの欠陥を抱えることになった彼ら強化人間のために一時的にでも健全な身体を頼んだ。そんな無理難題も、カーラはあっさりと四人分の義体を揃えた。パーツが余ったからともう一人分を寄越された時はどうしようかと頭を抱えたが、今は余りもので作られた身体も十全に機能を果たしていた。
「仕事をしたさ。おかげでルビコンまでこぎつけた」
伏せた瞳を開け、ただ一言答える。彼らは、己が死ぬことも分かった上で作戦に臨み、散っていった。彼らがいなければ、ウォルターも621もこの
〈……そうかい。新入りの様子は?〉
「悪くはない。だが第四世代は不安定だ。必要な仕事とはいえ、負荷は極力下げておきたい」
〈それはそうかもしれないが……。まさか、あの余りものを? 言ってくれれば、新しく見繕えたというのに〉
「いや、今のあいつにはあの義体が丁度いい。コーラル焼きがかなり深刻だ。記憶も、情緒も、経験も、十代前半。それ以下にまで落ちている。精神面に合わせるならば、あのままが最適だ。……そちらの首尾はどうだ」
カーラに問いかける。621の状況も大事だが、彼女から連絡をするということは彼女から何かしらの情報を得たということだ。
「“友人”の残した情報が見つかったよ。ウォッチポイントに、望みのものはある」
彼女のこの一言が、行動を起こすに相応しい時期となったと明言された。
*
カサブランカがガレージに収容される。開いたコクピットからゆっくりと降りていく。ヘルメットを外して、火照った身体を少しでも冷ます。いつの間にか、この義体で活動するというのも十分慣れて来た。気がする。
「戻ったか、621」
カサブランカから降りた先では、いつもウォルターが待ってくれている。この光景も、当たり前のようになってきた。
「BAWS第二工廠で発見したコーラルの湧出現象についてだが、あれは地中支脈からわずかに染み出たものだ。あの“井戸”は放っておけば枯れていく。俺たちの目指すコーラルではない」
「……そっか」
あれも、いずれは尽きてしまうもの。先のミッションで回収したログが脳裏を過ぎっていく。
「……それから、お前には次の仕事がある」
「え?」
思わずウォルターを見上げる。ある程度休息を取ってからではあるだろうが、既に仕事があるというのは珍しいことだった。
「これは企業や解放戦線からの依頼ではない。休息の後、ブリーフィングを行う」
今までとは異なる雰囲気。いずれにせよ、こちらの体力の回復が優先だ。一旦、自室に戻ることにした。
*
繰り返す、繰り返す。
微睡の中、くるくると繰り返される。
私は誰? 私は
時間という概念を認識してから、
繰り返す、繰り返す。
微睡の中、くるくると繰り返される。
これは出口の無い迷路、水が回り続ける水路、ただ回路の中を回り続ける電気信号――
いつまで、この時を繰り返せばいいのだろうか。いつまで、この微睡は続くのだろうか。
繰り返す、繰り返す。
微睡の中、くるくると繰り返される。
同胞たちに抱かれながら、