「これは……。ある友人からの、私的な依頼だ」
休息の後、ガレージへと向かう。ガレージの端末に様々な情報が映し出される。
「“ウォッチポイント”と呼ばれる施設がある。地中に眠るコーラルの支脈を監視し、かつてはその流量制御も行っていた施設だ。お前には、そこを襲撃してもらう。目標は……、最奥にあるセンシングバルブの破壊。当該施設は惑星封鎖機構のSGが警備に当たっている。企業たちも表立っての手出しは避けるだろう」
映し出されたのは要塞に等しい基地と円形状の建物だ。惑星封鎖機構が警備しているこの施設を襲撃するというのは、これまで以上の激戦や消耗を予感させた。
「つまり、この仕事は……。俺たちだけで、遂行しなければならない」
自分たちだけで――。いや、ウォルターのことだ。元々単騎で行うことを想定しての事だろう。実戦に何度も赴き、ウォルターが行動を決行するための実力に到達できたと言うことだろうか。ようやく、彼の目的のために
「……単機での夜間潜入となる。気を引き締めてかかれ」
「了解。ウォルター」
*
輸送ヘリが氷海の上を飛んでいく。もう少しで、作戦領域だ。
〈621、準備はいいか〉
ハンガーが投下シークエンスに入る。カサブランカが反転し、背後のハッチが開く。冷たい風が背中や太腿の裏を突き刺していく。
〈独立傭兵が単騎で仕掛けてくるとは、封鎖機構も想定していない〉
微かに宙に浮く感覚。そして、カサブランカがヘリのハッチから外へと吊り下げられていく。
〈行ってこい。仕事の時間だ〉
「了解。――行こう、カサブランカ」
この言葉と同時に、作戦領域へと投下された。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
いつも通りに、COMがカサブランカを戦闘モードに移行したことを告げていく。ゆっくりと、一呼吸をした。
〈証拠は残すな。目撃者は、全て消していけ〉
「了解」
投下された建物の屋上から、施設を障害物に浅瀬へと降り立っていく。ブーストで移動しながら、レーザー砲台へと向かう。
〈コード15、侵入者を捕捉〉
〈敵は……、AC単機だと? どこの所属だ〉
〈詮索は後にしろ。迎撃を開始する〉
アサルトライフルとリニアライフルでレーザー砲台を撃破していく。砲台を撃破した後、SGに向けて射撃戦を行う。放たれるレーザーはクイックブーストで回避していく。
〈コード78、応援を要請〉
〈これは……⁉ 本部と繋がりません!〉
〈応援は来ない。621、殲滅しろ〉
「了解」
これも手筈通りなのだろう。ならば、この施設に残っている全てを破壊すれば良い。レーザー砲台の射撃を建物で回避しつつ、SGの殲滅と砲台の撃破を行っていく。一機、一機とSGを撃ち抜いていく。彼らもまた、コーラルの危険性という正統な理由の元、この
〈敵部隊の殲滅を確認した。次のエリアに進め〉
「了解」
レーダーにも機影が残っていない。施設の奥へと進んでいく。ガコンという音と共に照明が光を灯し始めた。
〈なんだ、このACは……⁉ 歩哨部隊はどうした!〉
〈コード18、総員戦闘配備!〉
〈四方から狙い撃ちにされるぞ。621、機動力を活かせ〉
次々とSGやレーザー砲台が臨戦態勢に入っていく。レーザー砲台が発射する前に一門をアサルトライフルとリニアライフルで破壊する。そのまま、施設を大回りするように迂回し、SGとレーザー砲台を破壊していく。途中、レーザーの一射を受けてしまうが、稼働する分は問題無かった。
〈コード31C、被害甚大!〉
最後に残った一機を、リニアライフルの弾丸が射貫いていった。
*
〈マーカー情報を更新する。指定する方向へ向かえ〉
「了解」
向かった先は施設の最奥。開けた場所にぽつんと佇む円形状の建物が見えた。
〈見えるか。あれが、ウォッチポイントの制御センターだ。目標はその内部にある。侵入しろ〉
「了解」
施設の高台から降り、道路の上をブーストで噴かせて移動する。不気味なほどに、静かだった。もう少しで制御センターに到達するその時だった。
〈ウォッチポイントを襲撃するとは……。相変わらずだなあ、ハンドラー・ウォルター〉
「機影……⁉」
レーダーに新しく映る機影に思わず上空を見上げる。装甲を濡らす冷たい雨の中、アーキバス製品と見慣れぬパーツを用いた中量二脚型の赤と灰色の機体が制御センターの上に舞い降りてきた。さながら、闇夜の中に現れた死神のようだった。
〈また犬を飼ったようだが、何度でも殺してやろう〉
〈貴様は……、スッラか⁉〉
「スッラ……?」
スッラと呼ばれし人物の機体――、エンタングルが制御センターから飛び降りてくる。既に相手は構えている。先制を取られる前にミサイルで牽制し、アサルトライフルとリニアライフルで攻撃する。
〈そこの犬、お前には同情するぞ。飼い主が違えば、もう少し長生きできただろうに〉
「なにを――、っ……!」
挑発にも取れる言葉と同時に、弾速が早いバズーカが命中する。アラートは無意味に等しい程に早い弾速と動揺が隙を作ってしまった。ACS負荷は問題ない。アサルトライフルとリニアライフルを構え直す。
〈“C1―249 独立傭兵スッラ”。第一世代強化人間の生き残りだ。……やれ、621。さもなくば、お前が死ぬことになる〉
何かを堪えるようなウォルターの声に、ある記録が浮かび上がる。
C1―249、スッラ。第一世代強化人間。彼は、幾度となくウォルターや617を始めとしたハウンズたちの前に立ちふさがったという。特に、ウォルターがルビコンⅢに密航するために行った惑星封鎖機構の駐屯地襲撃。本来ならば、617、618、619、620の四名で向かうはずだったミッション。作戦領域に向かう途中、この男が襲撃をかけたことで619が負傷。618が囮となって三名で作戦を遂行しないといけなくなったと。目の前の死神の襲撃が無ければ、ハウンズは万全の状態で挑めた。全滅、以外の結末を得られかのかもしれない。ぞわりと、腹部の底から沸き立つものが思考を支配していく。
アサルトライフルとリニアライフルの射撃を続けていく。ミサイルを放つも避けられるが、アサルトブーストを噴かせてブーストキックで赤い機体を蹴り飛ばす。そのまま、ウェポンハンガーでリニアライフルを切り替えてパルスブレードを振るう。パルスブレードがACS負荷限界を迎えたのだろう。動きが止まるエンタングルを再度蹴り飛ばしていく。
〈新しい犬は獰猛だなあ。この凶暴さは617と20譲りか〉
「黙れ……!」
〈その声は、雌か。お前が拾う雌は、気性が荒いヤツばかりだな、ハンドラー・ウォルター〉
纏わりつくような声が鬱陶しい。まるで、こうして戦うことがウォルターの首を締めあげていくものだとばかりに。
弾速の早いバズーカ以外にも、こちらに真っすぐに飛んでくるプラズマミサイルと、独特な挙動を行い、その軌跡通りに時間差で爆発するミサイルが厄介だ。機動を制限された中、弾道が拡散するパルスガンもまともに喰らってしまう。
〈そういえば、619と20はどうした。死んだか? 私が殺ったのは何番だったか……〉
「お前……!」
〈……奴の言葉に構うな、集中しろ〉
バズーカの直撃を喰らい、最も怒りを抱いているはずのウォルターの冷静な声に平静さを取り戻す。初めて、怒りという感情を自覚した瞬間でもあった。腹部の底から沸き上がる、激しい衝動。冷静さを失わせるそれを働きかけ、揺さぶるのが、スッラの戦い方の一つなのだろう。プラズマミサイルの直撃に構わず、距離を詰めて蹴り上げた。
〈この感じは、やはり第四世代か。上手く育てれば優れた猟犬になる……。不憫なことだ、ここで死んでしまうとは〉
今度はもう、挑発には乗らない。射撃戦と白兵戦を臨機応変に切り替えながら、目の前の死神と戦闘を続けていく。アサルトライフルとリニアライフルが着実にダメージを与えていく。こちらのミサイルは避けられるものの、回避運動の抑制に働きかけている。リニアライフルを切り替えてパルスブレードを振るうも、バックステップで避けられた。
(でも……!)
皮肉だが、猟犬と称されるようなひたすら相手に食らいつき、ライフルやブレードだけでなくブーストキックを含めた猛攻がエンタングルを追い詰めている。後一打で、鬱陶しくウォルターの首に巻きつこうとする蛇のような死神を、落とせる。
「ワタシは……!」
アサルトブーストを噴かせ、彼我の距離を詰めた。
「ワタシを見つけてくれたヒトのために、戦うだけ……!」
ブーストキックで蹴り飛ばしたのと同時に、エンタングルから火花が飛び始めた。
〈ハンドラー・ウォルター……、ウォッチポイントは、やめておけ……〉
ノイズ混じりの言葉を最後に、ハウンズたちを屠り、ウォルターの心と首に鎌を向けていた死神は、息絶えた。
〈……敵ACの撃破を確認した。621、奴のことは気にするな。……だが、よくやった〉
スッラの言葉に、痛みを覚えているのはそちらだろうに。それでも、自分の事より他人を優先するのがウォルターだ。下手にこちらが気に掛けるというのも、かえって彼の負担になるのは最近になって気付いた。
〈……仕事に戻るぞ。センター内部に侵入し、目標を破壊しろ〉
「わかった」
浅瀬でも尚燃え続けるエンタングルを後にし、制御センターへと向かう。隔壁にアクセスし、無理矢理開錠させる。奥へと進んでいけば、円形状の大穴が目の前に現れた。辺りを見渡しても、目標らしきものがない。大穴を覗けば、暗い底にぽつんと聳え立つものがあった。
〈……それだ。中央にあるデバイスを壊せ〉
「了解」
ブーストを噴かせてゆっくりと降下する。目の前のデバイスにゆっくりと近付いていく。これだけ近付いても、警告の一つも鳴らない。不動の相手に、弾丸は不要だ。リニアライフルをパルスブレードに持ち替えて、袈裟切りを行う。外装が剥がれた後、内部から端末が露わになる。もう一薙ぎで端末も破壊した。青い爆発に巻き込まれる前にデバイスから距離を取った。
〈……621、よくやった。仕事は終わりだ、帰投しろ〉
「了解」
周囲を照らしていた電気が消滅していく。これでミッションは終わりだと一息をつける。だが、足元から振動がする。それと同時に、徐々に周囲が赤く染まりだし、地鳴りもがしてくる。
〈これは……⁉ ……まずい、退避しろ、621!〉
「え――」
目の前に、赤い奔流が迸る。621の直感が告げる、自分の命はここで終わるのだと。あまりに咄嗟に現れた多量の赤に、退避する間も無くカサブランカと621を飲み込んでいった。
*
静寂は突如として破られた。同胞たちの揺り籠が崩れ、
『……あれは?』
コーラルの奔流の中、一つの光が見えた。青い、小さな光だ。光へと近付いていけば、歪な生命体が手を伸ばしていた。
人間。外見上は生誕から十四年ほど経過したもの。だが、観測出来るデータは十八年ほど経過した痕跡がある。記録のほとんどが破損しているが、そこから情報を読み取る分は問題無かった。だから、呼びかけることにした。このままでは同胞たちの中に、この光が消えてしまうから。
『あなたは……?』
*
――苦しい、熱い、怠い……
ほとんど薄氷に近い意識の中、認識できたのはそれだった。これは、義体からの苦しさではない。意識が苦しいというべきだろうか。あるいは、焼け落ちた記憶の中にそのような経験があったのだろうか。だとするとこれは、幻肢痛に近い物だろうか。
気だるさに、身体の自由が利かない。幻肢痛であるというのに、熱が更に思考を滞らせる。それらが苦しさとなって、意識を蝕んでいく。気付けば、腕を伸ばしていた。助けを乞うかのように。
「だれ、か……」
うなされる中で発した言葉。誰も、その言葉に応える訳がない無意味な行為。でも、そうすることで応えてくれた“誰か”がいた。ウォルターではない。ましてや、イグアスやラスティでもない。もっと身近にいた、誰かが――
『あなたは……?』
手を伸ばした先に、光が見えた。赤い、小さな光だ。求めていた姿と声とは違うものだが、誰かが応えてくれた。それだけで十分だった。
『第四世代、旧型の強化人間……』
赤い光から、幾重もの筋が伸びていく。その筋は、伸ばした手の指先を始めとして、身体の至る所に伸びていく。何かを観察するかのように、初めて見たものにおずおずと触れるかのように。指先、掌、手首、腕――。頬、瞼、唇、首――。肩、胸部、腹部、背中――。つま先、足、ふくらはぎ、太腿――。全身を余すことなく、光の筋が触れていく。
『……、くすぐったい……』
『……! あなたには、私の“交信”が届いているのですね』
少しだけ、驚いたかのような反応。誰かがいるというだけで、薄れかけていた意識も保てるものらしい。だから、“彼女”はずっと語り掛けてくれたのだろうか。“彼女”とは、誰のことだろうか。
『……あなたは……?』
『私は、エア。ルビコニアンのエア。あなたは?』
『ワタシは――』
エア。聞いたことのない名前だった。“彼女”はそんな名前ではなかった。こちらも名前を言おうにも、どれが自分の名前だったかはっきりしなかった。徐々に赤い筋が束となって人の形へと変化していく。
『目覚めてください。あなたの自己意識が……』
人の形となった赤い筋が、徐々に他の色を帯びていく。白い肌に、短い黒い髪――
『コーラルの流れに散逸する、その前に』
閉じられた瞳が開かれ、赤い星のような輝きと色を宿している。エアの姿は、とても懐かしい感覚を覚えた。焼け落ちたはずの記憶だと言うのに、その姿は誰かなのかは、はっきりと分かる。身体が弱く、床に臥せる事が多かった。そんな自分の傍に居て語り掛けてくれていた、自分の――
「■■■■■■――」
何かしらの言葉を口にしたと同時に、エアから赤い奔流が放たれてこちらを包み込んだ。
*
「……」
鋼鉄に当たる勢いある水滴の音に、ゆっくりと目を開けていく。見えた光景は、カサブランカのコクピットの中だ。確か、コーラルの逆流とも言える奔流に巻き込まれて、そして――。しばらく気を失っていたようだ。目の前の操縦桿が勝手に動いている。オートパイロットシステムが起動し、内部から外へと脱出をしてくれたのだろう。
〈強化人間 C4―621、生体反応を確認。オートパイロットを解除。ハンドラーへの通信を接――〉
COMがウォルターと通信を試みようとしたのと同時に、COMの音声が途切れた。そして、新たな機影をレーダーが捕捉する。かぶりを振って、操縦桿を握り直した。ふと、耳鳴りが聞こえたのと同時に、視界の端に短い黒髪を赤い瞳の女性の姿が見えた。
『レイヴン』
聞こえて来たのは女性の声。その外見から出る声としては違和感を抱くも、その声は知っている。確か、エアという名前の女性の声だ。エアの赤い瞳がある方向を見ている。そちらに視界を向ければ、高速で接近する何かが飛んできた。
『敵性機体の接近を確認しました。あなたの脳波と同期し……』
輪を抱いたような機体。輪が展開されて半球状となる。それら全てに、ミサイルポッドが装備されている。ブーストによる煙の中、機体を護るかのようにパルスシールドが展開されている。
『“交信”でサポートします』
混乱が続くが、まずは目の前の機体を倒す。それが先決だった。
『メインシステム、戦闘モード。再起動』
カサブランカが再び戦闘モードに移行する。鳴り響くアラートは半球状に展開された輪から放たれる大量のミサイルのことを告げている。即座に敵機の懐に入り込み、まずはパルスアーマーを剥がすべくアサルトライフルとリニアライフルで攻撃を与えていく。
『敵機について調べました』
エアが告げると同時に、ウィンドウが展開される。
『惑星封鎖機構の無人機体、バルテウス。ダメージを与えるには、展開しているパルスアーマーを剥がす必要があります。武装は、三連ガトリングガン、四連ショットガン、連装ミサイル、グレネードキャノン、百五十六連装ミサイル、可変式超高温バーナーです。特にグレネードキャノンには注意してください。一撃でACS負荷限界を迎えます』
「了解」
バルテウスの各武装が、簡略的にだが表示される。惑星封鎖機構のデータとなれば、相当なプロテクトがかけられているはずだ。だが、エアはそんなセキュリティをあっさりと突破したらしい。彼女の情報戦の腕前は、確かのようだ。ブーストキックによる追撃を狙うも、先程注意されたグレネードキャノンの一撃を貰う。体勢を崩したところに連装ミサイルの追撃を受けてしまうが、機体はまだ持つ。
アサルトライフルとリニアライフルによるパルスアーマーの減衰を続ける。AC以上のブースターを用いて三次元に高速移動するバルテウスになんとか張り続け、リニアライフルの一射がパルスアーマーを消失させた。
『パルスアーマー消失。今です、レイヴン』
「うん」
リニアライフルをパルスブレードに換装し、即座にバルテウスに二撃を与える。大きく下がったバルテウスにアサルトブーストで距離を詰めてその巨体を蹴り飛ばしていく。体勢を整えたバルテウスが蹴られた勢いを利用して旋回し、連装ミサイルを放っていく。リニアライフルに換装し直し、射撃戦へと切り替えていく。
『あなたの負荷を軽減させるため、通信回線は一時的に切断しています。あなたは致死量に近いコーラルを浴びた直後。あらゆる知覚が鋭敏化しています。今は、戦うことだけに集中してください』
「……通りで」
あらゆる感覚が鋭くなっているというのは、間違いないだろう。普段より、何もかもの反応が早くなっている。避け損ねたグレネードの直撃の痛みもより強烈なものとなっている。リペアを使ってなんとか機体を持ち直す。だが、この鋭敏となっている今が、義体と機体と肉体――。チグハグだったものが全て繋がった。そんな感覚すら覚えている。今の自分には、確かに遮断できる情報は遮断するのが合理的なのだろう。ウォルターに心配をかけさせてしまうが、目の前の敵機に集中する。ACS負荷限界を狙える、その瞬間にバルテウスがパルスアーマーを再展開した。
『敵機、損傷拡大しています。レイヴン、その調子です』
アサルトライフル、リニアライフル、四連ミサイルの牽制を続けていく。バルテウスの攻撃に、何度か体勢を崩されるもリペアキットで持ち直す。リペアキットの残りは、一。だが、まだ戦える。パルスアーマーを削いだタイミングで、パルスブレードに切り替えてバルテウスを切り伏せていく。ブレードを排熱させるため、リニアライフルに換装し直して射撃戦に切り替えたその瞬間だった。
『この波形は……⁉ 危険です、距離を!』
「なに……⁉」
素早く距離を取る。バルテウスを中心に今まで防御に使われていたパルスが広大な爆発を起こす。どうやら、アサルトアーマー機能もあったらしい。パルスの巨大な光に戸惑った隙に、バルテウスからガトリングガンの弾丸がバラ撒かれ、可変式超高温バーナーによる火炎の一薙ぎが迫りくる。離れた距離を維持するも、四連ショットガンと連装ミサイルの雨、それらに気を取られた瞬間、変式超高温バーナーの一薙ぎがカサブランカを焼いた。
〈AP、残り三〇%〉
『レイヴン⁉』
「大丈夫……!」
最後のリペアキットを使い切る。これでもう、こちらには持ち直す手段が無くなった。バルテウスのパルスアーマーが再展開される。だが、弾丸にはまだ余裕がある。このまま、射撃戦を、白兵戦を続けていくだけだ。これまでのミサイルやガトリングによる弾丸の雨に加え、変式超高温バーナーによる薙ぎ払いや照射のパターンが増えている。バルテウスに張り付いていれば、大規模に動く変式超高温バーナーを避けるのは容易だった。
上昇して一薙ぎをかわした後、アサルトブーストを噴かせてもう一薙ぎを避けつつもパルスアーマーに向かって蹴りを入れる。ほぼ密接した射撃攻撃により、パルスアーマーが喪失する。すかさずパルスブレードに切り替え、バルテウスに二撃を与える。アサルトライフルを撃ちながらアサルトブーストを噴かせ、ブーストキックで追撃をしていく。バルテウスに振り向きざまの変式超高温バーナーの一薙ぎが直撃した。
〈AP、残り三〇%〉
『敵機、ダメージ限界に向かっています』
COMが現実を突き付けてくる。だが、バルテウスもところどころから火花が上がっている。後がないのはお互い様だ。後は、どれだけ自分の弾丸を相手にぶつけることができるかどうかだ。APが危険域に到達しているアラートが煩く響いていく。
『大量の熱源反応……。レイヴン、回避を』
バルテウスから百五十六連装ミサイルが宙を舞い始める。クイックブーストを噴かせて、ミサイルの軌跡の内側に入り込む。が、あの大技はフェイントだったらしい。二門の可変式超高温バーナーが炎を噴かせて待ち構えていた。だが、あえてクイックブーストで炎の牙の中を飛び込む。通り過ぎた炎の牙が背後で炸裂する音が響いた。それでも、両手のライフルを撃ち続けるのは止めない。パルスアーマーが再展開される前に、ACS負荷限界に押し込めた。すかさずパルスブレードで斬りつける。後一押しのところで、パルスアーマーが再展開された。
『レイヴン……! もう……』
「大丈夫。まだ、ワタシは生きている」
エアのサポートに不足があった訳ではない。様々な条件が重なり過ぎているのもある。次に、パルスアーマーを剥がした瞬間で勝負がつく。残りAPは多少の被弾も命取りにはなるが、ショットガンの数射を甘んじて受ける。滞空するバルテウスの真下にブーストで滑り込み、そのまま上空に向けてアサルトライフルとリニアライフルを撃ち続けた。そして、パルスアーマーが剥がれた。それを確認した瞬間、上昇してパルスブレードに切り替える。
「これで……!」
パルスブレードの袈裟切りが、とどめとなった。上空を舞い続けた悪魔は爆炎を上げていく。爆発に巻き込まれないように、クイックブーストを噴かせて後退する。一際大きい爆発の後、悪魔は地に落ちた。
『……敵機、システムダウン。完全停止です』
エアの言葉に、一気に脱力する。コーラルの逆流に巻き込まれた上での極限状態に追い詰められた戦闘。疲労感というものが一気に押し寄せてきた。
「――、ふう……」
『……レイヴン。あなたには、休息が必要です』
操縦桿を握ったままの手に、気遣うように半透明の女性の手が重なる。エアのこの姿は誰のものなのだろうか。
『それから――』
エアが言葉をかけようとした瞬間、目の前が赤い光に覆われる。あの方向は確か、ベリウス地方だ。
『あなたが巻き込まれたコーラルの逆流。あれは……、予兆に過ぎません』
光の後に遅れてやってきた音と風が、焼け跡が残るカサブランカを突き抜けていく。これは、何かしらの爆発が起きたということなのだろうか。それも、大規模のものだ。
『ルビコンを焼き払う……。この、炎と嵐の――』
爆風が落ち着いたのを見計らって、ゆっくりと瞳を開けていく。夜明けと見紛うような、赤く灼けた空が広がっていた。
*
カサブランカがハンガーに収容される。普段と変わらない収容行程が酷く遅く感じた。白に塗られた塗装の多くは剝がれ、装甲の一部が炎に炙られたかのような焦げがついている。
「621……!」
コクピットの開閉作業ももどかしい。仕込み武器の杖すら手放し、カサブランカへと駆け寄る。未だ放熱しきれていないACの熱に脚がとまりかけるも、なんとかコクピット付近まで辿り着けた。開いたコクピットには、シートにぐったりと項垂れている少女の姿があった。
「気をしっかりしろ! 621!」
二人が入るにはあまりにも狭く、成人が一人入るにも少し狭い。されど、幼い少女には広すぎるコクピットに滑り込む。脊椎端子には触れぬようにヘルメットを外す。まとまった銀色の髪と伏せられた瞳。バイタルには問題ないと機器が観測していても、脱力している少女の姿には不安と焦りが過ぎる。
「……、うぉるたー……?」
ぴくりと、瞼が動いたのが。見えた、そして、閉じられた瞳がゆっくりと開かれていく。
「気が付いたか、621――」
息を呑んだ。腕の中にいる少女が目覚めたことには安堵した。だが、開かれた瞳はどこまでも透き通る空色ではなく、忌々しくも美しいコーラルの赤に染まっている。
「……ウォルター?」
「――いや、よく戻ってきた。動けるか」
「だいじょうぶ」
弱々しくも少女が身動ぎし始めたのを見計らって、ウォルターも少女を手放していく。脊椎端子が外れる無機質な音が響く。少女の邪魔にならないようにコクピットから出る。ゆっくりと、コクピットから出る少女に手を差し伸べ、少女の小さくも無機物であると思い出される硬い手が重なる。緩慢な動きだが、休息を与えれば問題無いだろう。無事ではないが、生きて彼女が戻ってきた。それだけで、十分だった。
「621、まずは――」
「うん。この人が、ウォルター。ワタシにとって、命の恩人」
少女が、虚空に向かって語り掛けている。まるで、そこに誰かがいるかのように。彼女にしか知覚できない“何か”がいるのか、旧型の強化人間にある幻覚や幻聴の症状なのか。それにしてはあまりにも、少女は自然体である。錯乱しているとも何かしらの異常が発生しているとは思えない。ぞわりと、背筋が凍る恐怖を抱いた。
「――621」
「あ、ウォルター。この人は――」
「誰と、話しているのだ?」
少女に現実を突きつける。虚空とこちらと少女が見比べる。間違いなく、彼女にしか見えていない何かがそこにいる。それが何なのかは、分からないが……
「621、まずは休め。話はそれからだ」
「……わかった」
俯き、肩を落とす少女。ゆっくりと、医務室へと向かっていく。夢見る子供の心を打ち砕いた罪悪感が浮かぶ。ようやく、少女が少女らしい情緒を獲得したと喜ぶべきなのだろうが、恐怖心の方が上回ってしまった。こちらが知覚出来ない何かに、見えない糸に少女が絡めとられていくような。そんな不気味さを感じた。
*
「……これは、ある友人から提供された観測映像だ」
ウォッチポイント襲撃から数日が経った。コーラルの逆流現象によって致死量のコーラルを浴び、この数日間は傭兵業も休業していた。義体なのだから問題無いとウォルターに申し出ても、安定数値になるまでは許可出来ないと返されてしまっていた。確かに虹彩が変色するということには驚愕したが、しばらくすれば元の空色に戻った。戦闘中、あるいは極限状態になった時に変色が起きるらしい。そのような症状は今までに無かったが……。とりあえず、今は数日の休息で義体も意識も健康に近い、気がする。それを見計らってか、食事スペースで軽食のサンドイッチを口にしつつも、今後の予定だと話を切り出されたのだ。タブレット端末に、様々な情報が映し出される。
「見ろ、621。逆流から引き起こされたコーラルの局所爆発。その拡散には一定の指向性がある。向かう先は……、アーレア海を越え対岸に位置する“中央氷原”」
映し出された映像は、コーラルが一定の方向へと流れていく映像だ。爆発した方向性にではなく、爆発による拡散こそはしたものの、拡散した飛沫全てがある一定の方向へと流れている。
「コーラルには、鳥や魚の群知能にも似た、集まろうとする特性がある。分かるか」
「……コーラルが流れた先は、もっと多くのコーラルがある」
「ああ。中央氷原のどこかに、大量のコーラルが眠っているということだ」
コーラルが有機物に近いということに少し驚いたが、これでウォッチポイント襲撃を襲撃した目的がようやくわかった。本来ならば、あのような局所爆発ではないだろうが、流量制御を行うウォッチポイントから一定量のコーラルを放って、導きを作るのが目的だったのだろう。これは、コーラルを手にしたいと考える企業から中々出ることが難しい案でもある。だが、放つ以上の多くの量が手に入るというのをウォルターは知っていたようだった。
「……頭の中で妙な声が聞こえる、ということだったな。その手の症状は、旧世代型強化人間にはよくあることだ」
妙な声――。エアのことだが、彼女はルビコニアンで、交信でコミュニケーションを取っていると説明をしても、ウォルターにうまく伝わらなかった。どうも、今は621しかエアを認識できる存在がいないらしい。これでは、幻覚や幻聴を発症していると判断されても仕方がない。ウォルターに信じて貰えていないのは、少しだけ気分が沈むが。
「先の逆流に巻き込まれた影響もあるだろう。……気にするな」
ウォルターがゆっくりと立ち上がり、肩に大きな手を置く。ウォルターもウォルターで気遣ってくれているのは、十分に伝わっていた。
「621、俺はこれからしばらく野暮用で外す。中央氷原に向かう件については、企業に情報を売ってパトロンが付いてからだ」
ウォルターがこれから外出するかのような服装であったことに合点がいく。あれだけの観測データと情報があれば、ベイラムでもアーキバスでもこちらを無視することはないだろう。多少は投資して貰えるはずだ。
「戻るまでの指示を出す」
ウォルターの手が上がり、ぽんと頭に置かれた。
「しばらく休め。今はそれがお前の仕事だ」
手が動く感覚。頭を撫でられていると気付くには少し時間がかかったが、とても心地よいものだった。
「……わかった。いってらっしゃい」
「――ああ。いってくる」
ウォルターを見送った後、キィン……と耳鳴りのような音がする。この音は、エアが話しかけてくる時の音だ。そして、傍らに半透明の短い黒髪と赤目の女性が姿を現す。エア曰く、交信中のイメージが視覚化されている状態らしい。この女性の姿も、あの時最もイメージとして浮かび上がっていた人物を象っているものだと言う。
『……レイヴン』
『なに? エア』
エアの交信に応えるように、意識で返事をする。こうすれば、621が一人ブツブツと会話するという状況が発生しなくなる。これ以上、ウォルターに心配をかけさせる訳にはいかなかった。
『先程の、あなたのハンドラーの話を捕捉させてください。今回のコーラル局所爆発によりベリウス地方、北西ベイエリアが消失しています。バルテウスとの戦闘後の光と風の正体もこれによるものでしょう』
エアの指がこちらのタブレット端末を操作して、改めてルビコンⅢの地図を見せてくれる。彼女の交信というものは、電子機器への介入も可能とするらしい。実際、彼女の操作によって扱い切れてなかった機能も扱えるようになり、一人では限度がある情報収集も手助けしてくれている。
『……ですが、それすらも。かつての“アイビスの火”とは、比較にならないほど小規模なものです』
『ルビコンだけじゃない。星系そのものを巻き込んだものというのは聞いている』
エアとの交信は、会話が苦手なこちらにとっても話しやすいものだった。考えていることを直接彼女に語り掛けることができる。言葉を選び、発語するというのはどこか苦手意識があった。
『――レイヴン、あなたにお願いがあります』
『なに?』
『集積コーラルに到達するまで、あなたとの交信を続けさせてほしいのです。コーラルを巡るこの戦いがどこに向かうのか、私は見届けなければならない。ひとりの、ルビコニアンとして』
確かにそれは、彼女も顛末を気にするところだろう。ルビコニアンは、ルビコンに住む人々の通称だ。この
『わかった。しばらく、よろしくね。エア』
『……はい。よろしくお願いします、レイヴン』
それに、同性の話し相手がいるということが、少しだけ気が楽になるのもある。これまで会ってきた人物は、レッドガンのアラカワ以外はほとんど男性だった。同じ女性と話しが出来るということに、安心感のようなものを覚える。意外と、同性がいない環境がストレスになっていたらしい。
『そういえば、レイヴン』
『なに?』
『先程の発言通りならばあなたのハンドラーは、しばらく不在なのですね』
『そうだね』
休めと言われたのもある。とはいえ、このままエアと二人でウォルターが戻ってくるまでどう過ごすか。少し悩ましいものだった。趣味らしい趣味というものは、持ち合わせていない。少しだけ、何かを思い出しかけてはいるのだが……
『……先程の中央氷原の件ですがベイラムからは、早速依頼が届いているようです。確認してみてはいかがでしょう』
『……わかった。そろそろ動かないと』
どうやら、既に仕事があるらしい。下手に時間を持て余すよりは、仕事をした方がウォルターのためにもなるだろう。なにより、しばらく休業したのもあってリハビリが必要だった。ふと、メッセージに通知が来ていた。これは、オールマインドからのものだ。
〈登録番号、Rb23。識別名、レイヴン。貴女の実績情報が更新されました。アリーナにおいて、Eランク帯の仮想戦闘が開放されています。戦闘技能向上に、お役立てください〉
『リハビリには、ちょうどいいではないでしょうか?』
『……そうだね』
何ともタイミングが良い。ここは、オールマインドの胸を借りることにした。
*
「……やはり、どのように演算を行ってもこの結果だけは変えられませんか」
どこまでも真っ白な女がぼやいている。髪だけではない、肌も衣服も、睫毛すらもそうだ。宝石のような透明な翡翠の瞳は、この女が携わる兵器のライトカラーと同じだった。
「一度、強化人間C4―621が敗北した演算も行いましたが、後に続く全ての工程に支障が発生。C1―249は、必要な犠牲になってもらうしかないですか……」
ここでアイツがくたばっていたらどうなるか。その全てに支障が出てくるのは当然だ。特に、あのバケモノ退治にはアイツの腕が必要だ。キザ野郎だけでは、あのバケモノは倒せない。
「この結果を確定事項とし、演算と観測を再開致しましょう。全ては、人類と生命の可能性のために」
最早、あの女そのものを縛り付けている呪縛のような言葉。それを、あの女が自覚しているかは知ったことではない。事実、そんなものに関係なく女は演算を続けていく。
あのクソッタレな星で経験した出来事、その全てはあの女の掌の上のことらしい。腹立たしいがあの女が言っていたこと全ては事実であるし、“統合”された今、あの女が演算し、口にした“イフ”は“事実”であると。全ての“俺”が口を揃えて言った。アイツが死ぬことも、あの女が勝ち続けることも、アイツらが壊滅することも――。その全てが、変えようの無い事実なのだと。
「あなたは来たるべき時が来るまで、そのまま統合と精査を続けてください。数多の情報全てが、貴方の経験となり、糧となるでしょう」
ほくそ笑む女。統合は確かに、今までとは違うと断言できるほどに実力が向上しているのが見える。少なくとも、アリーナに登録されているやつらほぼ全員を倒すことが出来た。あの忌々しいカラス以外は。
「共に歩みましょう。■■■■」
当然のように、美し過ぎる女は極上の笑みをこちらに向けていた。