〈この、“灰かぶり”のカーラがね〉
眼鏡をかけ、その奥には金色の瞳。荒っぽくもどこか理知的な印象を持った女性が、ニヤリと口紅のついた唇で弧を描いていた。
「……」
〈ビジター、あんたも疲れているだろう? あんたの機体もメンテナンスが必要だ。どうだい? ちょいとばかし降りてお話しようじゃないか〉
こうして、カーラが出て来た以上は彼女に戦う意思というものは無いのは間違いないのだろう。だが、機体から降りるというのは、621にとっては避けたいリスクだ。ACの無い義体は、非力な人形に過ぎない。外部へのスピーカーをオンにする。
「機体はまだ持つ。話があるのなら、このままにさせて欲しい」
〈おや、随分と可愛らしいお嬢さんが乗っているんだねえ。そりゃ、ただのおばさん一人でも警戒して当然、か。なら、こうしよう〉
カーラが肩をすくめ、近くの壁に身体を預ける。そして、カサブランカのモニターにウィンドウが展開された。
『これは……⁉ ハッキングされています!』
〈驚かして悪いねえ、ビジター。なに、私もいわゆる、あんたと似たような“身体”でね。ウチのシマの中じゃ、どこにでも私の目と耳があると思いな〉
展開されたウィンドウはブリーフィングのようなものだった。悪意あるハッキングではなく、本当に話しをしたいようだった。なにより、義体の秘密を知っているのは、ウォルターだけだ。だが、彼女はそれを知っている。機体のパーツもRaD製。導かれる答えとしては、目の前の彼女がこの義体を作った張本人である可能性が高い。
〈あんたを上層に案内する約束だが……。その前に、ひとつ掃除を頼みたい〉
ウィンドウが展開されていく中、こっそりとエアが話しかけてくる。
『レイヴン、この程度ならば弾き返せますが……』
『諦めて聞こう、エア』
〈誰かさんが暴れてくれたおかげで、うちの警備はボロボロだ。そこを突いてくる商売敵のドーザーがいるのさ〉
こちらがグリッド〇八六に襲撃をかけているという情報がすぐに出回っていたらしい。展開されたウィンドウには、こちらの侵攻ルートを辿るようにMTの群れが迫ってきている。
〈“ジャンカー・コヨーテス”……。連中は、私らを目の敵にしていてね。いつも嗅ぎまわり、隙あらば噛み付いてきやがる。まったく……、狭量でつまらない連中だよ〉
『……確かに、RaDの技術力は目を見張るものがあります。欲してやまないというのは、理解できます』
〈だが一点。連中が使ってるMTは、闇市に流れたうちの製品だ。頭も手足も馬鹿ぞろいだが、道具選びのセンスだけは褒めてやろうかね〉
映し出されたのは、グリッド〇八六でも見かけたMTたちだ。RaD製品を使っておきながらRaDに襲撃をかける。少々理解に苦しむが、そうまでしてRaDの技術力が欲しいと言ったところだろうか。
〈さあ、あんたが散らかした分は片付けてもらうよ。うん? この場合は余計散らかるか……〉
「……確かに。あっ……」
カーラのぼやきに思わず返事をしてしまった。これでは、彼女の話に承諾したのも同じだ。ニヤリと、カメラ越しの女性は笑っている。
〈報酬はそうさねえ、金に加えてあんたの機体と“あんた自身”のメンテナンス。これでどうだい〉
「……わかった。受ける」
〈交渉成立。補給シェルパは出してやる。分かったらさっさと出な!〉
そう言うと同時に、補給シェルパが飛んでくる。これで、弾薬とAPを回復させろということだろうか。
『あなたのハンドラーに無断での出撃が連続してしまいましたが……。せっかくの機会です、引き続き私がサポートします』
こちらが警戒しないと判断したからだろうか。エアもこの掃除に反対する理由は無さそうだった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
補給シェルパから弾薬を補給し、進んできた道を戻っていく。
〈始めるよ、ビジター〉
広域放送ではなく、ハッキングでもない。機体の内線からカーラの声が入ってきた。
〈つまらないコヨーテどもをぶちのめしてきな〉
『レイヴン。すでに攻め込まれているようです。対処しましょう』
「了解」
道を戻っていけば、巨大な隔壁。だが、こちらが近付けばゆっくりとその大きな扉を開いていく。
〈おい! ACが出てきたぞ!〉
〈見たことねえ機体だ。カーラの野郎、ビジターに金を積みやがったな!〉
〈パンジャーとキッカーを突っ込ませろ!〉
いかにも荒くれ者と言った耳障りな声が内線を通って入って来る。プラズマミサイルをマルチロックで捉え、放っていく。残りを、アサルトライフルとリニアライフルで撃破していく。
〈うちの技師が作ったカスタムMTじゃないか。あんなのまで市場に流れてるとはね〉
『BAWS製のガードメカに改造が施されているようです。火砲と脚力がそれぞれ強化されています』
それでも、ACの敵ではない。射撃戦だけでなくパルスブレードも用いればすぐにMTは撃破されていく。
〈クソ! こんな奴がいるなんざ、聞いてねえぞ……!〉
〈コヨーテの鳴き声ってのは、どうも耳障りだ。残りも始末を頼むよ〉
「同感」
耳障りというのは同意しかない。どこか、ウォルターとラスティの声が欲しくなってくる。残る四脚MTに向けてアサルトライフルとリニアライフルを撃ちこんでいくが、強固な装甲に銃弾が弾かれる。ミサイルの雨を喰らうも、リニアライフルをパルスブレードに換装し、パルスブレードで斬りかかる。ACS負荷限界で体勢を崩した瞬間、強固な装甲が全て剥がれた。無防備となった四脚MTを蹴り上げて撃破する。
〈ここは片付いたようだね。続けようか、ビジター〉
「了解」
『敵性機体反応をマーカーに反映します』
『ありがとう、エア』
エアが示されたマーカーに向かってブーストを吹かせていく。数は、そんなに多くは無いようだ。近場の反応へと向かっていく。
〈そういえば、うちのMTは退がらせといたよ。あんたひとりで十分そうだったからね。まとめて整備に回したってわけさ〉
「……そう」
体よく使われているような。だが、この事態を招いたのはこちらの責任だ。MTに向けてプラズマミサイルをマルチロックで捕捉し、放っていく。
〈なんだあ⁉ なんか来やがったぜ!〉
〈ありゃあ間抜けのラミーじゃねえな。RaDの新入りか⁉〉
〈ミサイルで撃ち落とせ!〉
騒がしい内線が続いていく。やはり、下手に大声を上げたり騒がしく一方的な人物というのは苦手だった。
〈ラミーはあんたがやっちまったからね。あんなんでも番犬程度にはなったんだが〉
「それは……、ごめん」
残存部隊に向けて、空中からプラズマミサイルをマルチロックで捕捉し、放っていく。下手にアサルトライフルとリニアライフルを使うよりは、プラズマによるダメージエリアを構築するプラズマミサイルの方が効率的だった。プラズマミサイルを駆使していけば、あっさりとMT部隊を片付けることが出来た。
『コヨーテスの殲滅を確認』
〈終わったようだね。あんたに目を付けたのは正解だったよ。約束どおり、今度は私が手を貸す番だ〉
これで、カーゴランチャーへと進むことが出来る。そのための小休止が挟まれるのだった。
*
カーラに示されたルートを進み、グリッド〇八六の格納庫にカサブランカを収容する。最低限の装備として拳銃やサバイバルナイフが使えるのを確認してから、コクピットから降りていく。そこには、カーラと数人の技師の姿があった。
「そう警戒しないでくれ、ビジター。丸腰のあんたを取って食おうとする訳じゃないんだ。もちろん、あんたの相棒にヒドイことなんてしない」
こちらが警戒したままであることを見越してか、カーラが言葉を紡いでいく。
『……レイヴン。あなたの機体は私で監視することが出来ます。不審なことがあれば対処致します』
「……わかった。お願い」
「野郎共! かわいいお嬢さんに恥ずかしい仕事すんじゃないよ!」
頷くように答えれば、技師たちが揃ってカサブランカへと向かって行った。
「さてと。あんたはこっちだ。ビジター」
カーラに導かれるまま、いつでも拳銃は抜けるようにして彼女に着いていった。
*
カーラの後を着いていけば、そこは様々な機械が並べられた手術台だった。カーラが機材を操作し、電源を入れていく。
「そこの台に乗りな、ビジター。あんたの身体を診てくれって頼まれているしね」
「……それって」
「ほら、脱ぎな。全体を確認しないといけないからね」
カーラの指示を受け、ヘルメットを外しパイロットスーツを脱いでいく。首から下、人工皮膚が無い義体が晒されていく。人間の身体にはない関節球や、無機質な身体が露となる。寝台の上に寝転がれば、義体を整備する機材を手にしたカーラが視界に入って来る。
「……本当に、よくその身体でここまで来たねえ……」
「これしか無かったって、言っていた」
「……だろうね。まあいいさ、機材を繋げる。力を抜いていきな」
力を抜けと言われ、ゆっくりと脱力していく。脊椎の端子に機材が繋げられていく。
「感覚センサー、切るよ」
「……それは、そのままにして欲しい」
「ダメだ。感覚は人間が持つセーフティだ。人間らしさを無くすのは、私が許さない」
ピシャリと言われてしまい、これ以上は言わない事にした。カーラも、人間らしさを失うなと言うのだ。むしろ、彼女が義体の製作者と言うのであれば、ほとんど人間と変わらない機能性を持たせたにも彼女なりの拘りというものがあるのだろう。
「……カーラ」
「なんだい?」
「どうして、この身体は……。人間に近いの?」
痛覚センターが切られた今、四肢や指先が分解されている。それでも、彼女の手つきは割れ物を扱うかのような丁寧なものだった。胴体パーツを開き、内部の確認をするカーラにずっと抱いていた疑問を問いかける。
「……ウォルターから、聞いてないのかい?」
「義体の必要性は、答えてくれた」
「なら、私が言えるのも同じだ。元の肉体に戻るまでの繋ぎ、人間らしさを失わないための器だよ、それは」
内蔵されたパーツ一つ一つを取り上げては、異常が無いかを確認する。異常が無い物は胴体パーツに戻し、確認するかのように手に取ったまま、工具で調節しているものもあった。
「ウォルターのことだ。口酸っぱく言っているだろう? お前は人間だって。いつか人生を買い戻すそのためにも、少しでも元の肉体と認識の誤差は無い方がいい。だから、私も全力を尽くした。ただ、あんたが使っているやつはあり合わせでね。私としては、一から作り直してやりたいが……」
「いい。ウォルターが、今のワタシには、これが適切って言っていた」
「……そうかい」
整備は続いていく。胴体パーツの点検は終わったようだった。分解された指先や四肢の手入れに入っていく。
『レイヴン、大丈夫そうですか?』
『感覚センサーが切られているから分からない。カサブランカは』
『はい、あなたの機体は無事です。あなたと同じように、丁寧に整備されています』
「そうだ、ビジター。あんたも女だろ? ちょいとばかし、華のある話をしようじゃないか」
指先の損耗状態を確認し、関節に手入れをしながら、突然カーラがそのようなことを言い出す。
「華のある話……?」
「女同士で話すことと言えば一つだ。あんた、色んな奴に会ってきただろう? 気になる相手ぐらいはいるんじゃないのかい? ああ、ウォルターの話は遠慮させてくれ。予想がついてつまらない」
気になる相手。これまで出会った人物たちを考える。これまで出会ったのは、オールマインド、ミシガン、イグアス、ヴォルタ、ペイター、ラスティ、レッド、エア──。思惑が分からないという意味では、スッラも気になるところはあるが、腹立たしくなるので、考えないことにする。きっと、エアのことを話してもカーラには伝わらない。
そうなれば、ウォルター以外に胸中を支配する存在は──
「──ラスティ……?」
「ラスティ? ああ、壁越えの噂は聞いたことあるさ。ヴェスパーの番号付きと、派手にやったそうじゃないか」
壁越え。今でもスティールヘイズが舞い降りた光景は思い出すことが出来る。白銀の中に舞い降りた紺。夜の帳に光る一条の流星のような、綺羅星のような。その存在を。
「噂では、結構な伊達男だそうじゃないか。なんだい? ああいう男が趣味なのかい?」
「……分からない。ラスティは、優しい人。だから……」
シュナイダー製の高機動を誇る軽量機とインファイトの武装構成による、エンブレムに描かれた狼のような獰猛さを持ちながら、冷静で知性もある。そして、ウォルターとは少し違う優しさを見せる人。だが、どこか何かに憂いるような一面を持つ人だ。彼のことは、まだ完全に分かり切っていない。そして、知ってみたいという欲求もある。
「優しい、ねえ……」
「なんて、言えば良いのか分からない。けど、もっと、知りたい人……」
「へえ……。知りたい、か」
どこか満足げな表情を含ませながら、カーラは笑う。各パーツの整備が終わったのか、分解された四肢を組み立てていく。
「思ったより、感情があるじゃないかあんた」
「そう……?」
「その“知りたい”という気持ちは、大事に育てるんだよ。これから生きていくことに、必要な支えとなる」
「……?」
その言葉の真意を掴むことは出来なかった。だが、この欲求が間違いではないと彼女は言うのだろう。ならば、この“知りたい”という欲求は捨てないように気を付ける。
「さて、ビジター。ちょいとばかしスリープモードにさせて貰うよ。私から、餞別をくれてやりたくなった。少しだけ、目を閉じていな」
「わかった……」
言われた通りに、瞳を閉じる。そのまま、義体が休眠状態に移行する感覚に襲われる。
『レイヴン』
『なに? エア』
義体は休眠状態に入ったが、意識は起きているらしい。エアとの交信が続く。
『あなたが知りたいと言った、
『それは……』
何かが違うという直感がある。確かに、どのような経歴で、どのような場所で戦ってきたのかと気になるところはある。あるが、“知りたい”という欲求はデータだけでのことではない。
『この“知りたい”は、データや記録を見ても、納得できないと思う』
『……わかりました。しかし、レイヴン』
エアの幻影がじっと621を見つめる。その表情は不満げなものだった。
『先程のあなたは、どこか楽しそうでした』
『そう……?』
『はい。私以外のヒトと出会っているのは分かってはいます。分かってはいますが……、その……。なぜか、腹立たしいです』
『……?』
何か、エアを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。そう言えば、ラスティのことを話せばウォルターも不機嫌になる。一体、何故なのだろうか……
『……エア、ラスティのこと。嫌い?』
『それは……。私は会ったことがありませんので……』
「……ター、ビジター。そろそろ起きな」
聞こえるカーラの声に、意識が浮上していく。餞別というのはなんだったのだろうか。
「これで少しは、おしゃれも出来るだろう?」
脊椎端子に繋げられた機材が外され、ゆっくりと身体を起こす。今まで無機質に曝け出された関節球が、人工皮膚に覆われている。首から下、人工皮膚に覆われていなかった箇所が人工皮膚に覆われているのだ。
「これは……」
「言っただろう? 私からの餞別さ。華やかな服を着たいってなった時に、剥き出しのままじゃカッコがつかないからねえ」
「……」
改めて、義体をまじまじと見る。無機質な人形そのものだった身体は、生身の少女と見紛う姿となっている。太腿を触れば、硬い脚部パーツではなく柔らかな肉に近い感触。胸部にも、膨らみが生まれていた。思わずカーラの胸部と見比べる。豊満な肢体と比べると、恐らく、貧相と言うべき肉付きとなっている。
「その見た目の子供相応のサイズ感にしたつもりだが、不満かい?」
「……別に」
「まあ、身体の肉付きでどうこう言う男は放っておきな。それと、その見た目でも迫る様な男はひっぱたいてやりな、ビジター」
「わ、わかった……」
こくりと頷き、ゆっくりと寝台から降りる。メンテナンスを受ける前より、ずっと身体が動かしやすい。改めて、彼女の技術力の高さを知る。脱いだパイロットスーツを着直していく。
「野郎共、お嬢さんの機体は? そうかい……。ビジター、あんたの機体の整備はもう少しかかりそうだ。とはいえ、後少しだ。機体のところに戻りたければ戻りな」
「わかった……。ありがとう、カーラ」
「あんたは仕事をした。私も仕事をする。それだけさね」
改めて彼女の礼を言って、格納庫へと向かった。
*
格納庫に戻ると、お前さん宛てに連絡が入っていたぞとタブレット端末を技師から渡される。再生をしてみると、ウォルターからの連絡だった。
〈ベイラムの依頼を確認して……、出撃したようだな〉
最初の一言に、胸が痛む。彼の休めという指示を聞かずに出撃したという事実がのしかかって来るそれも、二回だ。
〈大陸間輸送用カーゴランチャーを使うというのも、発想としては悪くない〉
続くため息のような息遣いに、少しずつ委縮する感覚を覚える。
〈お前はそのまま氷原を目指せ、着くころには俺の野暮用も片付いているはずだ〉
特に叱責されることもなく、通信が終わる。通信が終わるのと同時に、脱力するかのように息が漏れた。
『すみません、レイヴン……』
『いいよ、エア。あのまま、何もしないのも、きっとできなかったから』
このまま進めというのならば進むまでだ。整備中のカサブランカを見上げながらその時を待つことにした。