ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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チャプター3開始と、二度目ましての通信。やっぱりあの通信、距離感おかしい
オリジナルキャラクター
アルドリック・ベルヴァルト:男性。シュナイダーの開発に関わっている。コーラルに興味がなく、空を飛べればそれでいいとエルカノの技術提供を報酬に解放戦線と裏で協力している。
ベルタ・ウェバー:女性。アーキバスに勤めるオペレーター。担当は第四部隊。隊長のラスティには頭を悩ませている。既婚者で三児の母。


チャプター3
観測データ奪取


「これで、よし……」

『はい。リペアキット及び、各兵装の性能向上を確認。戦力拡充は進んでいますね、レイヴン』

 ガレージにて背中程の銀色の髪に空色の瞳をもつ小柄の少女――、強化人間C4―621が己の機体と手にするタブレット端末を相互に見やりながら作業をしている。その傍らには短い黒髪に赤い瞳を持つ女性――、621しか認識できていない女性の幻影エアがいる。仮想戦闘アリーナにて登録された傭兵たちの仮想データと戦い、戦闘データを送信。その報酬としてOSを拡張するチップを貰う。これによって、一人で戦場を駆けることが多い621の戦力を拡充していた。そして、仕事で得た金銭で新たに垂直式のプラズマミサイルを購入した。

『レイヴン、中央氷原の気候には慣れてきましたか?』

『寒い感覚が強いけど、大丈夫』

 ガレージにも、辛うじて凍死しない程度には気温調整がされている。義体の621は感覚センサーが煩わしいくらいで、多少関節がぎこちなくなるくらいの支障しか出ない。だが問題は、生身であるウォルターの方だ。彼は杖をついているのもある。こちらの心配よりも、自分の心配をして欲しいというのが621の意見だった。

『レイヴン、ウォルターが来ます。恐らくは、仕事の話でしょう』

『ありがとうエア』

 エアに示された方向を向けば、確かにウォルターがこちらに歩いてきていた。

「調整が終わったか?621」

「……うん」

「ならば621、仕事だ。ベイラム系列企業から依頼が入っている。その端末に送ってある。確認しろ」

 端末を確認すれば、確かにベイラムからの依頼が届いている。ヒビの入ったタブレット画面に指先を触れる。傍らにいるエアもタブレット端末に覗き込んだ。

G13(ガンズ・サーティーン)レイヴンに伝達! ベイラム同盟企業、大豊(ダーフォン)からの依頼だ〉

『っ……。声量の、大きい方ですね……』

『ちょっと、油断した』

 相変わらずに威勢の良い挨拶をする、G6(ガンズ・シックス)のレッド。思わずエアと共にしかめ面になるものの、なんとか続く依頼内容を確認する。

〈作戦地点は、中央氷原ヒアルマー採掘場。貴様には、そこに設営されたアーキバス調査キャンプを襲撃してもらいたい。連中は氷原入りを果たして以降、調査ドローンを飛ばして方々の観測を行っている〉

 映し出されたのは、着陸中の調査ドローンだ。これを目指していけということだろうか。

〈その中には当然、コーラル集積反応に近付く手がかりも含まれているに違いない。分かるな? それを奪ってくるのが貴様の仕事だ。G13(ガンズ・サーティーン)レイヴン! 確実な遂行を期待する!〉

 ブリーフィングが終わる。アーキバスが手にしているだろう情報の強奪。ウォルターが売り込んだ情報に対し、確証を得るための先行調査を行わせたりと、ベイラムはどこかアーキバスと比べると出遅れている。それとも、アーキバスには確信たる何かがあるのだろうか。どちらにせよ、こちらのやることは変わらない。その上……

「……奪ってきたものを、見てはいけない。とは、言っていない」

「そうだ。アーキバスのドローンに記載された情報は、俺たちにとっても優位なものとなる。この仕事は、俺たちにも金以上の価値がある」

 やはり、ウォルターにはその意図があったようだ。強奪するついでに、彼らが得ただろうデータもコピーを取る。こちらは、彼らに使われるだけでなく利用するのだから。

『分析のサポートは任せてください、レイヴン』

「わかった。着替えてくる」

「……621、そう言えば幻聴は収まったか?」

 ロッカールームに向かおうとして、ウォルターに呼び止められる。幻聴は、エアの“交信”のことだ。エアについて説明をしても、確固たる証拠を提示することは621には出来ない。故に、エアについては旧世代型強化人間が起こす幻覚や幻聴の類だとウォルターには判断されてしまっている。自分にしか見えず、聞こえない彼女。隣にいる存在を、証明する手立てが無かった。

「仕事に差し支えるようなら言え、調整する」

「……大丈夫だよ、ウォルター」

 エアは、悪い人ではない。それは間違いないのだから。

「……621」

「なに……?」

「いや。お前も、喋るようになってきた。それに、気付いているか? 以前と比べれば表情や感情が出るようになっている」

「……そう?」

「ああ。……行ってこい、621」

「――わかった」

 少しずつ、感情や機微とやらが戻りつつあるのだろうか。兵器から、人間らしさが戻って来る。それは、兵器としてどうなのかという疑問が残るが、彼の優しい声音に頷いて準備をすることしか出来なかった。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 ヒアルマー採掘場から少し離れた場所。輸送ヘリからカサブランカが投下される。天候は、曇り。風が雪を舞い上げていく。視界は最悪だが、それは相手も同じだ。

〈ミッション開始だ。停泊している調査ドローンから、アーキバスの観測データを抜き取っていけ〉

「了解」

 ブーストを噴かせ、採掘場の道路に着地する。巡回しているガードメカやMTを垂直プラズマミサイルで先制する。マルチロックされたミサイルが的確にMTたちを捉えた。

〈なっ……、侵入者か⁉〉

〈敵はAC単機。おそらくは独立傭兵か〉

〈大方ベイラムの差し金だろう、迎撃しろ!〉

 周囲のMTたちがこちらに向けて攻撃を開始する。上空へ飛び、戦況を見ながら回避を行う。装填が終わったプラズマミサイルをマルチロックで捉え、紫の軌跡を放つ。

〈621。目標はデータ回収だが、障害はお前の判断で排除していけ〉

「了解」

 プラズマミサイルを駆使して、周囲の状況をクリアする。敵影が無くなったのを確認してから、ドローンにアクセスを行う。

〈これだ。回収を始めろ、621〉

 ドローンにアクセスを行い、回収時間の間は待機する。回収が完了したのと同時にどのような情報かを確認する。これは、中央氷原における地表コーラル濃度についての記録だった。

『……ルビコンの大気には今なお、かつての災害の名残が漂っています。氷原入りの際、あなたが上空で通過したのも……、そういった残留コーラルの流れです』

『そうなんだ……』

 アイビスの火。半世紀程前にこの惑星(ほし)で起きた、他星系をも巻き込んだ大災害。そのような災害を齎したとなっても、人間は新しい可能性に対して、貪欲に手を伸ばしている。こちらも、その一陣営に過ぎない。ウォルターは、こんな危険な物質をどうするつもりなのだろうか。彼の事だ、コーラルが災害をも齎す存在であることを知らないはずがない。

『次へ行きましょう、レイヴン』

『うん』

 次のマーカー地点へと向かう。ログハント対象の四脚MTや、マーカー地点付近のMTガードメカたちをプラズマミサイル、アサルトライフルとリニアライフルで応戦していく。周囲の鎮圧を確認した後、ドローンへと向かう。

〈これでふたつめ……〉

 回収できた内容は、中央氷原に点在する拠点群についてだ。アイビスの火の後、惑星封鎖機構がこの中央氷原を中心にいくつもの拠点を建造していたようだ。今は使われていないことを知れば、喜んで企業はその改修を行うだろう。

『中央氷原は不毛の地として、ルビコニアンにも捨て置かれてきました。封鎖機構の手が入っているということは、やはりコーラルに関する何かがある……』

『そうだね……』

 アイビスの火の後、生き残ったコーラルがこの氷原に集まりつつあるのを封鎖機構は気付いていたのだろうか。あるいは、別の何か、か……。どちらにせよ、彼らが関与している。その事実が重要だった。次のマーカー地点へと向かうために、採掘場の大穴に飛び込んでいく。滞空しながら、マルチロックで捉えた垂直プラズマミサイルでヘリやMTを撃破していく。ドローン付近にいた最後の一機を二丁の弾丸で撃破し、ドローンにアクセスを行う。

〈三つめだ〉

 ウォルターの淡々とした声。少しだけ、離れていた声。やはり、彼の声は聞いていて落ち着くと、改めて621は考える。人の声というのは、不思議なものだった。

 回収できた情報は、中央氷原の地表を走査したものだった。ソナーの反応が画像化されている。どうやら、空洞の反応があるらしい。

〈……興味深い内容だ。このデータはコピーを取っておこう〉

 この中央氷原の足元には何かがある。まだ、アーキバスしか知られていない。下手すれば、彼らすらもこれから情報が転送されて把握するだろう情報を手に出来た。それだけでも、収穫としては大きい。このまま、最後のマーカー地点へと向かっていく。坂の先に待機しているミサイル装備のMTをプラズマミサイルで一網打尽にし、砲台は蹴りとパルスブレードで一掃する。マルチロックで捉えたプラズマミサイルを放ち、プラズマエリアがヘリやMTを一網打尽していく。周囲の敵影が無いことを確認してから、ドローンにアクセスを行う。

〈これで最後のようだな〉

 四つ目の停泊中のドローンにアクセスを行い、情報を抜き取る。最後のこのドローンにはどのような情報が眠っているのだろうか。獲得した情報を確認すると、それは不可解な記録だった。中央氷原の近海には特定の海域で映像が欠落する箇所があるらしい。

『これだけ広大な氷床です。何があってもおかしくは……』

『なんだか、ホラーみたい……』

 科学や機械が発達した現在においても、それらでは解明できない不可解な現象は確かにある。そういうものを取り扱うホラーやオカルトなサブカルチャーもあるが、興味津々なエアとは正反対に621は関心を抱けなかった。

〈そこのAC! 我々の調査拠点で何をしている!〉

〈出払っていた部隊が戻ってきたのか……? 構わん、迎撃しろ!〉

「了解」

 向かってくるヘリに向けてブーストを噴かせて上昇する。MTが投下される前に輸送ヘリを二丁の弾丸で撃ち落とす。が、四脚MTの投下を許してしまった。九連ロケットを搭載したBAWS製MTだ。持てる武装を駆使して迎撃していく。最後に放った垂直プラズマミサイルが四脚MTを落とした。

G13(ガンズ・サーティーン)レイヴンに伝達!〉

「っ……、どうしたの?」

〈貴様の襲撃を受け、アーキバス調査部隊が本部と観測データの受け渡しを開始した。現場に急行し、それを阻止してもらいたい!〉

「……わかった」

 突然の通信と声量に耳が痛い思いをしながらも、下された内容を了承する。更新されたマーカー情報に向かって進んでいく。

〈621、補給シェルパを送るぞ〉

「ん……、ありがとう。ウォルター」

 飛んできた補給シェルパから弾薬やリペアキットを補給する。万全の態勢で受け渡しポイントへと向かう。

〈AC! 報告にあった独立傭兵か⁉〉

〈観測データが何件か抜かれている。生きて帰すな!〉

〈殲滅しろ、621〉

「了解」

 MT部隊と交戦しようとしたその時だった。

(……音?)

〈……待て! 何だ、この音は……?〉

『レイヴン! 上から狙われています!』

 音が鳴る方を振り向けば、そこには何条もの光の筋が地面を縫い始めていた。MTたちからすぐに距離を取って離れる。退避が間に合わなかったMTは光に焼かれて断末魔を上げた。

〈この識別信号は……、惑星封鎖機構か⁉〉

「じゃあ、あれは……」

 上空に浮かぶ巨大な戦艦。あれが、惑星封鎖機構の艦だということらしい。艦から、数機の機体反応が降下されていく。

〈SGの保有戦力ではない……。執行部隊が投入されたか……⁉〉

『応戦を、レイヴン!』

「……それでも、やることは変わらない」

 数は狙撃型二機と指揮官機一機。まずは、厄介な狙撃型から落とす。

〈621、相手は封鎖機構のLC機体だ。SGのMTとは性能が違う〉

『この機動力……。レイヴン、気を付けてください!』

「了解」

 ライフルでこちらを狙う狙撃型をアサルトライフルとリニアライフルで応戦する。リニアライフルの火力分、こちらの方が上手だ。すぐに一機を撃破する。残るもう一機も距離を離したまま迎撃していく。

〈AP残り五〇%〉

 COMのアナウンスにリペアキットを使用する。残るは、盾を持った指揮官機だ。滞空しつつミサイルとライフルを放ってくる。高速に放たれるミサイルは喰らってしまうが、二丁の弾丸は指揮官機の盾を破壊した。その隙を逃さず、パルスブレードで斬りつけ、蹴り飛ばす。

「いける……!」

 バズーカに狙われているアラート音を避け、プラズマミサイル、アサルトライフル、リニアライフルの弾丸を撃ちこんでいく。壁際に追い込まれ縮めた距離を逃がさぬようにアサルトブーストで距離を詰めて蹴り上げる。すぐさまリニアライフルをパルスブレードに換装して斬り捨てた。

『LC機体、撃破……! 敵艦が再度接近しています!』

「まだ、くる……⁉」

〈リペアキット、残数一〉

 艦が向かった先に向かう。垂直カタパルトを踏み、高台に登る。真正面から、あの独特な音が迫って来る。前方から放たれる数条の光は射角の外にまで逃げ、焼き切られることを避ける。

〈子機が展開された。対処しろ、621!〉

(どうする……)

 ACの数倍を超える巨大な艦。そこから展開された無数の追従砲台。こちらの火力で撃ち合うべきではない。ならば、急所を狙って一撃に賭けるしかない。そうなれば……

 カサブランカを上昇させ、艦の上を取る。上部の武装も、子機によるレーザー砲撃も関係ない。それらを全て無視して、艦橋に向けてパルスブレードを振るう。

〈甲板に取り付いたか、いい判断だ。そのまま艦橋を叩け、621〉

「了解」

 この判断は間違っていなかったようだ。アサルトライフルとリニアライフルの弾丸を叩きこんでダメージを受けた艦橋を破壊する。

『敵艦、動力系統に誘爆!』

〈巻き込まれるぞ! 離脱しろ、621!〉

 炎を上げる艦。アサルトブーストを噴かせて陸地へと退避する。レーザー砲台から放たれる青い雨を避けながら、巨大な艦が爆炎を上げて沈む様子を確認する。命令系統を失った子機は、力なく落下していった。

〈……ひとまず脅威は去ったか〉

 ウォルターの声に、こちらの緊張も解れた。ただデータを盗むだけの仕事にとんでもないものが現れた。想定外のことへの対処は、慣れていない。

〈強襲艦に執行部隊……、封鎖圏内では本来運用されない戦力だが。特例の派遣か、あるいは――〉

『レイヴン、上を!』

〈待て、あれは……!〉

「え……?」

 先程まで聞こえていた音と二人の驚愕する声。上空を見やれば、息を呑む光景が広がっていた。

〈ルビコンに不法侵入した全ての勢力に告ぐ〉

 無数の強襲艦の列。そして、広域放送が流れる。

〈ただちに武装解除し、封鎖圏外へと退去せよ。これ以上の進駐は、惑星封鎖機構への宣戦布告と見なし、例外なく排除対象とする。繰り返す、例外はない〉

『この……、艦隊は……』

「……」

 圧倒されるしか無かった。上空に浮かぶ艦の数々。眠れる獅子が目覚め、牙を剝き始めたというべきだろうか。威嚇ではなく、狩りとして。

〈……どうやら派手にやりすぎたようだ。企業も、俺たちもな〉

 これを個人で相手取るには無理がある。艦隊に気付かれない内にこの場から撤退することにした。

 

 

(封鎖機構が、本格的に……)

 自室に備えられていたシャワールームで温水を浴びる。カーラによって全身を人工皮膚に覆われた今、手入れの方法がウォルターに掃除をしてもらう方法ではなくなった。人間と同じように、シャワーを始めとした温水やボディソープ等の薬品で洗い流し、清潔を保つやり方に変わったのだ。このやり方ならば、自分一人でも管理ができる。ウォルターの手間を省くことが出来るのは良い事だが、髪は彼に手入れして貰った方が綺麗にまとまる。少しだけ、彼の手から離れる感覚に不思議な感情を抱く。

『……? レイヴン、通信が入っているようです』

『わかった、ありがとう』

 シャワーを止める。人工の髪や身体をタオルで拭いていく。人工皮膚に覆われた今、衣類(特に下着)はしっかり着用しろとウォルターに厳重に注意されている。タオルは頭に掛けたまま、下着類とキャミソール、ショートパンツを纏ってからタブレット端末に指を触れる。

〈やあ、レイヴン。君の良き戦友――、失礼。リラクシングタイムだったか?〉

「……? 大丈夫、ラスティ」

 通信に出れば、心地の良い低く掠れた声と、青みがかった灰色の髪と橙色の瞳を持つ整った顔立ちの男性の姿。コールをかけていたのはアーキバス所属の強化人間部隊ヴェスパー、その第四隊長を務めているラスティからだった。

〈配慮痛み入る。久しぶりだな、あの夜以来か〉

「……そうだね」

 あの夜――。ラスティとは壁越えで共闘し、その後も一杯奢らせて欲しいと誘われたことがある。そこで初めて――正確には、二度目の顔合わせにはなったが。お互いに身分を明かし、対面することになった。今でも、本当の名を告げたあの時の光景を覚えている。

〈……積もる話はあるが、本題に入ろう〉

「惑星封鎖機構のこと?」

〈ああ、話が早くて助かる。君がベイラムの仕事で、お転婆をしていたのはこちらも聞いている。その現場に居合わせていたのだったな〉

 少しだけ、胸が痛む。アーキバスに妨害するということは、彼にも迷惑をかけるということだ。だが、これが仕事だというのは、彼も理解を示してくれているのか。話を続けていく。

〈惑星封鎖機構が、とうとう実力行使に出た。連中はルビコン全域に制圧艦隊を展開。うちもすでにいくつかの調査拠点を失った。ベイラムも同様のようだな〉

「……こんなに情報、いいの?」

〈君は、アーキバスにもベイラムにも声がかかるほどの傭兵だ。現状の情報提供ぐらいはされてしかるべきだ。気にしなくて良い〉

 こちらの端末に、いくつかの映像データを送ってくれる。ヒアルマー採掘場以外にも、複数の企業が抑えていた拠点を惑星封鎖機構の手によって奪われているようだ。……この場合は、惑星封鎖機構が放置していた施設を取り戻したが正しいのだろうか。

〈後は――。ルビコン解放戦線は、この状況をある意味では好機と捉えているようだが……。私から言わせれば、甘く見積もりすぎている〉

「……」

 ルビコン解放戦線。惑星封鎖機構がルビコン全域に制圧艦隊を展開したとなれば、元々この惑星(ほし)に住んでいる彼らにも影響が出てもおかしくない。二大企業が睨みあう中、惑星封鎖機構が出て来たことでそのパワーバランスは崩れ始めた。確かにこれは、二大企業から圧を受けている彼らからすれば好機かもしれないが……

「邪魔立てするなら、惑星封鎖機構は容赦しない……」

〈そういうことだ。封鎖機構から言わせれば、ルビコン解放戦線は立ち退きの要求を無視して居座っている連中だからな。……故郷への思い入りは、分からなくはないがね〉

 考えればすぐにわかることだ。封鎖機構からすれば、ルビコンⅢにはルビコニアンすらも出て行って欲しいはずだ。だが、彼らは封鎖機構の要請を無視して故郷の惑星(ほし)に残り続けている。そんな彼らに対し、封鎖機構は慈悲を向けることはないだろう。故郷が大切であるという感覚は621には分からないが、ラスティの声音から頭では分かっていても気持ちが納得しないものであるというのは理解できた。

〈このままでは、企業も解放戦線も。それから独立傭兵も共倒れだろう〉

「……」

 ルビコンに不法侵入した全ての勢力。これは、独立傭兵たちも含まれる。自分たちもまた、彼らの目を掻い潜ってこのルビコンに降り立った。封鎖機構の目がこちらに向くのも時間の問題だ。

〈君にアーキバス系列からの依頼を回しておく。“壁越えの傭兵”の力、ぜひとも貸して欲しい〉

「……わかった」

 互いに手が足りないのは同じだ。今は潰し合うのではなく利用し合うべきだ。彼からの言葉に、こくりと頷いた。

〈……戦友〉

「なに?」

〈いや。以前と比べて、少しだけ表情が柔らかくなったな、と感じただけだ。風邪を引かないでくれよ? 頼りにしている〉

 それを最後に、彼からの通信が終わった。

『……レイヴン。彼が、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)ラスティ。ですか?』

『そうだけど、エア……?』

 静かに見守っていたエアの幻影。その表情は、眉間に皺を寄せて眉を上げ、唇を尖らせている。

『レイヴン、彼と話している時のあなたは、楽しそうです』

『楽しい、はあると思う』

『レイヴン。あなたが楽しいという脳波状況を出す時は、ウォルターと会話をしている時です。あなたとウォルターには、長い付き合いと深い繋がりがあるのは私にも分かります。出会ったばかりの私では、その領域に届いていないことも。ですが、レイヴン。ラスティもまた、出会ったばかりであると把握しています。にも関わらず、ラスティと会話をしている時のあなたの反応はウォルターと同列。私とラスティにはどのような差があるのですか?』

『エア……?』

 どこか怒っているエアをどう宥めるべきか。色々と思案する内に自室の扉が開いた。

「621、いるのなら返事をし――。義体に不調が出る、すぐに髪を乾かしなさい」

「あ……。ごめんなさい、ウォルター。ラスティと話をしていて――」

「なんだと? 相変わらず良い御身分だな、あの若造は」

「ウォルター……?」

 何かしらの要件があっただろうウォルターにまで、なぜかラスティへの怒りのような感情が飛び火した。なんとかして、ラスティに対して怒りを向けているエアやウォルターを宥めていった。

 

 

(疑われずには、済んだか……)

 彼女に依頼を回す。これは、役柄上は傭兵起用担当の第八部隊が担当することだ。それにも関わらず、こちらから接触して仕事を託すことに疑われる懸念があったが、杞憂に終わったことに一息をつける。惑星封鎖機構が動いたという現状に、誰もが困惑しているという状況が、彼女に余計な詮索をさせなかったのだろう。あの様子では、こちらの一字一句をそのまま信じていてもおかしくはないが……

 事の経緯を思い返す。惑星封鎖機構の実力行使に対してアーキバス全体がバタバタしていた時だ。シュナイダーからの招集に応え(スネイルの了承はすぐに取れた)、ルビコン支部へと飛んでいった先には、この行軍に参加したシュナイダーの開発部門の一人たる、長い茶髪を一つにまとめた眼鏡をかけた碧眼の男性――。アルドリック・ベルヴァルトと、白髪交じりの黒髪に眼鏡をかけた初老の男性――、義父とも言うべき人物の姿があった。

『……フラットウェル、どうして』

『まあまあ、ラスティくん。封鎖機構がマジになったことは、滞在している全員に関わることだからさ。大丈夫、彼が来ていることはバレていないし、バレないようにしている』

 アルドリックに宥められ、言及に口を噤んだ。

『分かっている、ラスティ。単刀直入に言う。新しくレイヴンを名乗っているらしい少女の手を借りたい』

『一応、形式上はシュナイダー(ウチ)からの依頼としてね。君の戦友ちゃんも巻き込んでいこうという話さ』

 レイヴンを名乗る少女――、エイヴェリーの手を借りたいというのは、こちらも考えていたことだ。自由に動ける彼女も使って、封鎖機構の力を削ぐ。そうしなければ、企業たちは地団駄を踏むことになり、“来たる時”に惑星封鎖機構も相手取らなければならない。企業だけが弱っているのはいい。だが、役に立たない解放戦線がより役立たずになるのも問題だった。

『まあ、こんな状況だしウチからの依頼をウチのモノが回すには深く探られないと思うよ。今はね』

『それは、そうだが……』

『手間をかけさせてすまない。封鎖機構の力を削がねば持たぬのは、こちらも同じだ。共倒れの好機だと意気込み、今はその考えが大きい。こちらも動けないのが現状だ』

 それで態々呼びつけたのかと、ラスティは頭を抱えたくなった。フラットウェル指揮下――、警句に妄信することなくルビコンの解放を目指すという急進派とも言える派閥の人員は少ない。少数は、同調圧力の前では潰れる。下手に動けない中、こちらに白羽の矢を立てざるを得なかったのだろう。

『まあ、シュナイダー(ウチ)としては君の戦友ちゃんには凄い興味があるんだ。大陸間輸送カーゴランチャーで一飛びしたんだろう⁉ 是非とも、その子とは今後とも仲良くしたくてね!』

『……わかった。彼女に話を回す役割、受け持とう』

 眼鏡をかけた碧眼が迫る。自由な空を飛びたいという純粋な好奇心。だが、これは一種の狂信の領域だ。シュナイダーには、彼のような空への憧れを執着として抱く狂信者が多い。コーラルには一切の関心を見せず、狂信を満たせればそれだけで良いというそんな彼らだからこそ、こうして密約を交わせているのだが……

『あの子なら、LAMMERGEIER(ラマーガイアー)も乗りこなせるだろう⁉』

『それはやめろ!』

 狂信から産まれたトンデモ産物を、あの少女に乗せる訳にはいかなかった。

「……はあ」

「ため息をつきたいのはこちらなのですが? 隊長」

 インカムを取り上げる感覚と降ってきた声を見上げれば、そこには艶やかな黒髪を纏めて呆れた表情の碧眼で見下ろす女性の姿があった。

「ああ、ベルか」

「隊長、また通信室を勝手に……。今度はどの傭兵に粉をかけていたのです?」

「使わせて欲しいと頼んだら、快く貸してくれたぞ?」

「あなたに頼まれていいえと言える女の子がいないと、分かっておいておきながら?」

 ベル――、ベルタ・ウェバーは第四部隊の副長にしてオペレーターの一人だ。特に、長くアーキバスに勤めている経験が豊富な彼女は、まだ半年しか勤めていない新参者のお目付け役も兼ねている。段々と視線が鋭くなってきた彼女に、ラスティは大人しく白状する。

「なに、共に壁越えをした戦友にシュナイダーが依頼したいとのことでね。このバタバタしている中で、私に白羽の矢が立ったのさ」

「ああ、あなたが深夜に連れ回したというあの小さい子。レイヴンでしたか?」

 言葉が鋭い。規律を守っているようで守っていない自由な後輩は、先輩からすれば頭痛の種だろう。鋭い言葉は甘んじて受けるしか無かった。ベルタが持っているタブレットを操作して内容を確認し始める。

「……確かに、シュナイダー社からの要請がありますね。発行と斡旋で第八部隊の子たちも悲鳴を上げていますし……。分かりました。発行手続きは私がやります。ブリーフィング案内は一任しますが」

「助かるよ、ベル」

「あなたが勝手をする方が迷惑ですので。良い子で待っていてくださいね、全く」

 子供に言い聞かせるかのような口調で(実際、年上でかつ子持ちの彼女からすれば年下のこちらは子供同然だろうが)ため息をつきながらも、仕事をするべくベルタが離れていった。

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