ちょくちょく〇.5話として位置付けされる小話は書く予定です。
「617、618、619、620。以上が今回の仕事となる。そして――」
ウォルターから紡がれる言葉を、ハウンズたちは黙って待つ。しばしの沈黙の後、言葉が紡がれた。
「この作戦の合否に関係なく、新しい強化人間を迎え入れる」
そのウォルターの言葉に、617、618、619は息を呑んだ。
新しい強化人間を迎え入れる。新しい仲間が増えるのは喜ばしいことだ。だが、それは――
(次のミッションは生還の保証がない。か)
617の脳裏に過ぎったのは、このミッションの危険性を示していた。成功の合否に関わらず補充されるということは、成功しても生還が出来ない可能性があるということだ。半ば遠回しに、この仕事でお前たちは死ぬと宣言されたようなものだ。
これは、618も619も気付いていたのだろう。マイペースな619の雰囲気が硬いものとなっている。微かに柔らかな雰囲気の細い黒目もしかめている。618も、俯いた角度によって垂れた金色の髪の奥にある紫の瞳は、覚悟を灯していた。
「新しい強化人間⁉ じゃあ、家族が増えるの⁉ ウォルター!」
そんな617たちを遮るかのように、620の無邪気な声が響いた。白い髪を揺らし、赤い瞳を無邪気に輝かせていた。
「……そうだな。C4―621。それが、新しい強化人間だ。確か、女性だったはずだ」
「ほんと⁉ 妹だあ!」
無邪気に喜ぶ620。このハウンズの中では、彼女が最年少だ。そんな彼女に新しい妹分や後輩が出来るということは喜ばしいことなのだろう。
「それじゃあ、ウォルター! この子になるのよね⁉ 621!」
620が指し示したのは、未だに意識が宿らずにずっと眠り続けている少女型の義体だ。
少女型の義体。十四歳程の少女の姿を象ったもの。背中ほどある銀色の美しい髪。閉じられた瞳は何色なのだろうか。それでも、もし、彼女に意思が宿ることがあれば、可憐な少女として動くだろうと予想される。この義体は、カーラと呼ばれるウォルターの友人――。同志の方が近いのだろうか。彼女から贈られたものだ。
自分たち第四世代強化人間。特に、自分たちは精神と肉体に欠陥を持った売れ残りだ。それを配慮してか、機体へと意識が転写された後は非戦闘時で過ごす義体を用意されたのだ。
カーラという技術師の技術力は学のない自分たちでも高いものだと分かる。自分たちに用意された義体は、ほとんど生身のものに近い。飲食どころか、表情、感情による反応、痛覚――。あらゆるものが生身と勘違いするほどに高く再現されているのだ。外見も、自分たちの記憶と相違ない。
そんな自分たち四体の義体が贈られる際に、一体だけあの少女の義体が混ざっていたのだ。というのも、証拠隠滅を含めて自分たちの義体の材料を使い切りたかったとのことで端材を組み合わせた結果、もう一人分が出来たとのことだそうだ。以来、少女の義体は贈られてからずっと眠ったままだった。
もし、621が来るというのならば、この義体は彼女のものとなるだろう。彼女が、成人なのか未成年なのかはわからないが……
「……そうなるだろうな」
「わーい! この子がやっと起きれるんだ! そうだ。かわいい女の子だし、お着替えさせようよ!」
少女の義体は最低限の衣服のみを纏わせたままだ。これから生きていく後輩のために、とびっきりのおしゃれをさせたいのだろう。瞳を閉じたままだが、もし動くことがあれば可愛らしい少女であることには間違いない。ならば、それに合った可愛らしい衣服を着せてあげたい。というのが乙女心。というもの、なのだろうか。
620が軽い足取りで618の元へと駆け寄る。そのまま俯いていた彼の手を取った。
「ねえ、618! 621に似合う可愛いお洋服描いて!」
「描いてって……。分かった、分かったから引っ張るな」
620に気圧されるまま、618はタブレットを取り出してイラストツールを起動させる。618は、自分の精神安定手段としてイラストや読書と言った芸術を嗜むことがある。そのせいか、よく620に迫られることが多い。今回もまた、捕まったようなものだった。
「620、どういうのにするのー?」
「うーんとね、絵本に出てくる女の子みたいなふわふわのスカート!」
「いいねえ。そうだ、上着やポシェットも用意してあげようか」
619も会話に混ざり、621のお洋服談義に花が咲いていく。先ほどまであった緊張感が嘘なのかのように。
「……お前は混ざらなくていいのか? 617」
「いや、いいよ。私、かわいいのとかわかんないし……」
ウォルターに声を掛けられ、思わず答える。ガサツでぶっきらぼうな性格を自覚している617にとって、「かわいい」というものは自分にとって無縁なものと認識していたからだ。
(それに……)
ああして、620たちが楽しく過ごしているところを見ることが出来ればそれでいい。そう思っている自分がいるのだ。彼らの輪の中に入れなくても、眺めるだけで十分と。
「617!」
「ん。なに?」
「617もアイディア出さなくちゃ! わたしたちみんなの妹分だよ⁉」
「あ、ちょっと⁉」
620に引っ張られ、輪の中に無理矢理入られる。618のタブレットを覗く。
そこに描かれているのは、白く袖がふんわりとしたブラウス、620の要望通りに黒く柔らかな曲線を描くスカート。彼女への装飾品としてスカートと色を合わせたケープ、可愛らしいポシェットも見えた。だが、少し寂しい感じが否めない。
(あー、頭が寂しいのか……)
少しだけ思考を巡らせる。彼女に似合う頭の装飾具。帽子、スカーフ、カチューシャ――。候補はいくらでも出てくるが、出て、来る、が……
ちらりと619、618を見る。にこやかな表情のままの619。無表情に近い618。どちらも、自分で言えと視線で訴えていた。
620はと言えば、まだかまだかと目を輝かせていた。
「まあ……。リボン、とか? カチューシャ、みたいな……」
「いい! 何色にする⁉」
「えっ⁉ あ、赤とか?」
「はいはい、赤のリボンカチューシャと」
さらさらと618がタッチペンを走らせていく。銀色の髪に合った赤のリボンカチューシャが描き足されていく。これでよしと618が呟いたかと思えば、保存ボタンをタッチした。それを確認した620が618からひったくるようにタブレットを手に取り、ウォルターに画面を見せ始めた。
「ウォルター! この子にはこのお洋服着せたい!」
「……分かった。なるべく近いものを見繕ってみる」
「やったあ!」
見せられた画像に対して少し思い悩む仕草を見せるも、あまりに無邪気な620の前ではウォルターも首を縦に振ることしか出来なかった。ウォルターの返事にぴょこぴょこと飛び跳ねる620。おい、壊すなよ⁉ と618が慌ててタブレットを回収しに行く。
「……。ずっと、続けばいいのにね」
ぽつりと、619が呟く。今はまだ平穏ではあるが、ミッションが始まってしまえば、自分たちは――
「――。ああ、そうだな」
それは、ミッション中に考えることとしよう。浮かれている620を宥めるために、617は追いかけっこ状態となっている620と618の元へと向かった。
*
〈テストモードを終了します〉
COMの機械的な音声が現実を告げる。ハウンズたちの賑やかなる日々はもう、過去のものとなった。COMの合図と共に、ACのコア部分が開く。コアから出てくるのは、パイロットスーツを纏った一四四センチメートル程の背丈の子供。少しぎこちない歩みでタラップを降りていく。ヘルメットを外せば、まとめた銀色の髪が姿を現し、十四歳程の少女の顔が現れる。ゆっくりと開く空色の瞳は、まだ感情のない人形のようなものだった。
「訓練は問題ないようだな、621」
こくりと、621と呼ばれた少女は頷く。彼女が、C4―621。ハンドラー・ウォルターの新しい猟犬だ。
「……ウォルター」
「どうした。621」
「この義体、必要?」
自分の胸元に手を当てる621。621は617たちと異なり、コーラルデバイスの負荷は尋常ではなかった。脳を焼かれた強化人間は617たちもそうであったが彼女の場合、過去の記憶。少なくとも元の肉体の年齢は二十代前後だが、培われてきたはずの経験全てが焼けてしまったらしい。機体への意識転写後、この少女の義体へも意識の接続を試みたところ、立つことや歩行すらもままならなかった。義体の整備不良を疑ったが不備はなく、621自身もシミュレーター上だがACを動かすこと自体に問題はない。文字通り、ACを動かすことしか機能が残らない。人間としての生活というものが彼女の中では失われていたのだ。
「……621。確かにお前は強化人間であり、ACを操る兵器だ。だが、人間という生物がベースとなっている。ベースに基づいた習慣は、休息効果もある。常に起動し続けるのは、ACでも持たん。故に、生身の肉体でなくとも人間としての習慣には慣れておけ」
621の疑問にウォルターは淡々と告げていく。事実、常にAC内で起動し続けるというものは負荷でしかない。非戦闘時には、意識を義体に移して休息を取らせる必要がある。効率よく動かすというのは、必要に応じた緩急を与えることだ。
「……わかった」
「……、まだ慣れないか」
こくりと、621は頷いた。冷凍保存の期間が長かったせいもあるのだろう。多少のリハビリは617たちも行ったが、621は特に時間がかかっていた。強化手術を受ける前の生活は、彼女にもあったはずだと言うのに。
「休息を取り次第、リハビリ訓練に移行しろ。いいな」
「わかった」
淡々とした回答。成人した女性にこの幼い義体は合わないという不安があったが、むしろ真っ新となってしまった彼女にはちょうど良かったのかもしれない。それでも、幼い少女とは思えない無機質な雰囲気は、まだ面食らうが。
(……だが、必要なことだ)
自分の目的を果たすためにも、彼女が人生を買い戻す時が来た時にも。
――犠牲者の一人でもある彼女には、在り来たりな日々を過ごすべきなのだ。
ルビコンⅢに到達するまで、訓練と軽い依頼の実戦の繰り返しでACの操縦は問題ないだろう。非戦闘時での過ごし方が、最も間に合わせないといけないところだけが間に合わないが、時間がないのもまた事実だ。
願わくば、目的を果たすまでの過程で、彼女にも当たり前の一部に触れることが出来れば――
戦場で願うことではないな。とウォルターはかぶりを振った。
*
ルビコンⅢへ密航する船の中、船窓から外を眺めている621がいた。子供に似つかわしくないパイロットスーツではなく、ハウンズたちが相談し、ウォルターが近いものを見繕った彼らの考えた可愛らしい少女に似合う服装だ。ふんわりとしたスカートとブラウスを纏い、頭にはリボンカチューシャを身に着けている。着替えもかなり手こずっていたが、なんとか一人でも着替えられるようにはなった。学習能力が焼かれていなかったのは、不幸中の幸いか。
「外が気になるのか。621」
「……休息が分からない」
ふるふると、621は首を横に振る。人間らしい生き方は、とうに彼女の中では焼け落ちた灰も同然だった。眠る、座る以外の休息は彼女の中にはない。本、音楽、絵などを試しに提示してみたが、どれもピンと来るものではなかったようだ。だが、抜けた知識を補うべく、情報を獲得するということには比較的積極的ではあった。
「――景色を眺めるというのも、十分に休息だ」
「ただ、見ているだけなのに?」
「ああ。ただ静かに星々を眺めるというのも、悪くない」
惑星間を移動するのが当たり前となった時代。宇宙の景色というものは、乗り物で移動する際に見える景色と当たり前の一部となっていた。だが、彼女の視線は違う。まだ感情の機微が疎いにしても、彼女の人工の瞳はしっかりと星々に向けられている。
「……そう。見ているだけでいいなら、そうする」
こちらを見ていた少女の顔が船窓へと戻る。幼い顔立ちに合わぬ無機質な表情。それが、年齢不相応の大人びた儚さを持った雰囲気を漂わせている。幼い外見は偽りで、彼女はれっきとした成人女性であることを思い出される。
「……星の輝きに、興味があるようだな」
「……分からない。けど、ずっと見ていられる」
「ならば、関心があるということだ。人間は、関心のあるものにしか行動を示さないのだからな」
放射線に満ちた空気の無い、光が届かぬ死の暗闇に散らばる星の輝き。あの輝きの一つ一つもまた、惑星の終わりを意味している。遥か遠い場所の終焉の灯。その輝きがこちらにまで見えているだけのこと。
古来より人は、星に惹かれることがあったらしい。星の連なりを意味付けし、図形や学問を成立させた。技術の発展に伴い、人々はあの星々を目指さんとばかりに惑星を越えた旅路を築き上げてきたのだ。彼女もまた、そんな星に惹かれる一人だった。それだけのことだろう。
だが、今はそれだけで十分だ。何かに関心を持つというのは、彼女が人間らしさを取り戻すための良いきっかけとなる。
「……よく見ておけ、621。ルビコンへ降り立てば、この光景はしばらく見られなくなるからな」
「……そう」
黒い布地に散らばる星々の海。これは、ルビコンへ降り立ってしまえばしばらくは見ることが出来なくなってしまう光景だ。あの星の空は、今頃どうなっているのだろうか。
そして、この穏やかで静かなる時間もまた、終わりを迎えなければならない。ルビコン付近に到達すれば、一度彼女を先行させて降り立たせなければならなかった。人間一人が封鎖機構の監視を抜けていく分にはやりようがあるが、ACとそのパイロットとなれば話は別だ。封鎖機構からの一撃は覚悟しなければならない。
星々を眺める彼女を死地に向かわせる。それが、遺され託された者が宿願を果たすためには必要なことだ。
「……映像記録は残しておこう。見たくなった時は言え」
「──分かった」
今はただ、この穏やかな時間を過ごしたい。例え、一方的な偽善であったとしても。
老人と少女はただ、船窓に広がる星の海を眺めていた。