「……」
ふと、メッセージ欄を確認する。独立傭兵レイヴンを指名した依頼が数件舞い込んでいた。あの少女が、着々と実力を身に着けてきた証拠だ。アーキバス、ベイラムだけでなく、ルビコン解放戦線のものもある。
(とはいえ……)
まだ、感情や機微が薄い少女。だが、少しずつ戻ってきた人間性に推測できるものがある。それは、彼女の本来の性格は優しい普遍的な少女ではなかったのではないか。というものだ。
仕事となれば、ある程度は割り切れるようだが、それでも少女には誰かの命を奪っているという感覚が積み重なってきている。そんな普遍的な少女ですら兵器にしてしまうのが、父が遺した忌まわしき遺産だ。彼女が再手術をして、元の生身の身体に戻れなくとも、こんな硝煙に塗れた場所とは遠い場所で生きていくためには、戦いの記憶は足枷となる。ならば、非道的な依頼は予め弾いておく必要がある。このような時世になったとしても、互いのインフラ設備の壊滅、解放戦線の殲滅。ましてや、一般居住区への襲撃の依頼を回していく企業。あの少女に、そんなことをさせるべきではない。
(あとは……)
残った二つの依頼。一つは
「……、俺も歳か……」
眼球の奥に痛み。少女が活動していない時。言わば、依頼の仕分けはこちらの仕事だ。だが、この中央氷原という気候と寄る年波には勝てない。それに、少女からも疲労の色を見せれば心配をかけさせてしまう。それだけ、彼女も他者への関心や気遣いが戻ってきたということだが……。一旦、依頼の仕分けは保留にして休息をとることにした。
*
(レイヴンは寝てしまいましたね……)
少女が拠点としている輸送ヘリの中を漂っていく。先程まで、彼女とはアーカイヴで視聴できるサブカルチャーの視聴を楽しんでいた。彼女自身、感情の機微が疎いせいか面白さを共感するというのは至れなかったが、彼女と一つのことに対して意見交換が出来た。次にサブカルチャーの視聴をする際には、共に視聴することは構わないと約束をすることは出来た。当の彼女は、溜まった疲労から既に就寝へと入った。彼女が眠る際に抱きしめている人形、アーキ坊やについて聞くと、それは
『ウォルター、も眠っていますね』
漂う内にウォルターの仕事場へと到達する。だが、この時間帯で彼が目を瞑っているのは珍しい。レイヴンが就寝や休息を取っている合間も彼は働いている印象があった。
『これは……』
恐らく、レイヴンに指名されただろう依頼。ウォルターは彼女に合わせた仕事を斡旋している。これは、仕分け途中の依頼だろうか。これを彼女に出すか出さないかの判断を休息の後に決めようとしていたのだろう。
(でも、これは……)
ウォルターには悪いが、この依頼は彼女に受けて欲しい。彼女へ回すことにした。
*
「……」
ゆっくりと意識が浮上する。感じていた疲労感は薄れている。どうにか上手く休めたようだった。
『おはようございます、レイヴン』
『おはよう、エア』
眠気が残る眼を擦りながら身体を起こしていく。貰ったアーキ坊やの綿にヨレが無いかを確認するのが、いつの間にか朝のルーチンに加わっていた。
『今日は、ウォルターがまだ寝ているようです。朝食は先に済ませてしまいましょう』
『わかった』
備え付けの洗面台で就寝時の汚れを落としていく。冷たい水は嫌でも目が覚める。部屋着から普段着へと着替え、リボンカチューシャを身に着けて、鏡で位置がズレていないかを確認する。身支度を整えた後は、自室から出て食事スペースへと向かっていく。
『何食べよう……』
『そう言えば、食事は全てウォルターが調理していましたね。レイヴンは調理をしたことは?』
『……分からない。やったことあるような、無いような……』
『トースターはありますから、トーストを焼き上げるところからやってみましょうか』
『そうだね』
食事スペースへと到着すれば、キッチンを確認する。普段はウォルターしか立ち寄らぬ場所。どこに何が置かれているのかは、大体は把握できている。既に切り分けてあるブレッドの二切れを取り、ポップアップトースターに挿入する。待ち時間の合間に、人工甘味料のジャムと合成果汁のジュースを取り出していく。そうこうしていく内に、トンっと心地の良い音が鳴る。ジュースは注いである。後はジャムを開けるだけ。
「……」
瓶を捻るも、中々開かない。なるべく力を籠めるがこれでもかと固い。ウォルターはあっさり開けていたというのに。
『ふむ。このジャムと呼ばれる保存食……。糖分と粘度が原因で開封が困難になるものみたいですね……』
「……ダメ、開かない」
諦めてトーストのみを食そうとしたその時、すっとジャムの瓶を取り上げられる。振り向けば、そこにはウォルターの姿があった。
「ウォルター……」
「悪い、少しだけ寝過ごした」
「……大丈夫」
あれだけ固かったジャムの蓋はウォルターの手によってあっさりと開いた。やはり、この義体はかなり非力だ。それとも、男女差に加えて幼いと大人ではこうも力の差があるのだろうか。
「621、今日の仕事だが……」
「……ウォルター?」
どこか歯切れが悪い。やはり疲れているのだろうか。
「いや、なんでもない。今日は――」
「ダメ。ウォルターも疲れているなら、休むべき」
「俺は鍛えている。お前が心配するほどでは――」
「休息は必要ってウォルター、いつも言ってる」
こればかりは、頑として引きたくなかった。譲る気は無いと、じっと眼鏡越しの皺のある灰色の瞳を見つめる。
「……わかった。今日は俺が休む。お前も、今日一日はリフレッシュに宛がえ。いいな?」
「うん、わかった」
ウォルターが自分用のフィーカを淹れていく。その様子を見ながら、赤い合成果物を人工砂糖で煮詰めたジャムをトーストに塗り、口にする。サクっとした食感とふわりとした食感に加え、自分で焼けた二枚なのだと少しだけ充足感があった。
*
(とはいえ……)
食事を済ませて自室に戻って今日の過ごし方を考える。ウォルターに休めと言った以上、こちらもゆっくりと休むべきだ。だが、それにも限度がある。一日ダラダラするというのは、落ち着かない。
『レイヴン、少々よろしいでしょうか?』
『なに?』
『あなた宛てに依頼が来ています』
『……』
少しだけ考える。ウォルターに休めと言った手前、こちらが仕事をして良い物だろうか。だが、何もしないのも気分が悪い。ウォルター抜きでミッションを行うというのは、少しだけ気が引けるが……
『わかった、やる』
『では、ブリーフィングを始めましょうか』
ヒビの入ったタブレット端末を操作する。そうすれば、いつものブリーフィング画面が映る。
『ルビコン解放戦線から依頼が届いています。内容を確認してみましょう』
(ああ、だから……)
いっそのこと、ウォルターがいない方が彼女にとっては都合が良かったのかもしれない。彼らからの仕事となれば、ウォルターの目が無い方がエアも動きやすいのだろう。
〈独立傭兵レイヴン、貴方に引き受けてもらいたい作戦がある。我々の企画する、アーキバス占領下にある“壁”の奪還……。そこに至る重要な一手を貴方に頼みたい〉
「壁を……」
その壁を落とした張本人たるこちらに頼むことだろうか。いや、独立傭兵は金や仕事となれば主を選ばない。そう考えれば、例え壁越えの傭兵だとしても藁にも縋る思いなのだろう。
〈目標は当該拠点の指揮官……。ヴェスパー第七隊長、スウィンバーンの暗殺だ。奴は拠点への侵入者および依頼者を特定するための監視部隊を多数抱えている。“壁”の奪還計画を秘密裏に進めるには、隠密での作戦遂行が不可欠……。貴方の助力が得られることを願う〉
見つからないように進めて行かなければならないミッション。どのように動くべきかを考えさせられる。
『監視部隊に見つかることなく目標を奇襲し、確実に撃破する……。いつもとは違う戦い方が求められそうです。決行は夜。何度かシミュレーションしてみましょうか』
『そうだね、お願い』
出撃までの時間をシミュレートで補うことにした。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
壁の周辺に着陸する。戦闘モードに入る前ならば、ACも長距離飛行を可能とする。企業もベリウス地方と中央氷原への行き来の道は整備していたらしい。こっそりと彼らの道を利用してここまで辿り着けた。
『ミッション開始。提供された情報による、目標の推定位置を送信します』
壁には、滞空砲台に加えて多くのMTが巡回している。シミュレーションを行ったとはいえ、本番は緊張を抱く。
『監視装備MTには注意を。記録を取られたらミッションは即時失敗です。キャプチャーカメラを向けられたら、身を隠すか、急いで撃破してください』
『わかった』
見た限り、端の方が配備は少ない。左端からルートを侵攻していく。隠れながら、MTに垂直プラズマミサイルで先制を取る。近くのMTをアサルトライフルとリニアライフルで撃破する。作戦領域ラインギリギリを進んでいく。大通りに三機、垂直プラズマミサイルをマルチロックで捉えて放っていく。
『キャプチャーカメラを向けられています!』
「っ!」
急いでキャプチャーカメラを振り切る。シャッターを切られた光が出たが、辛うじて捉えられなかったらしい。垂直プラズマミサイルを放ち、残ったMTを二丁の弾丸で沈め、先に進む。塀に沿って進んでいけば、マーカー地点付近まで辿り着いた。
『目標は……、いないようですね。夜警に出ているのでしょうか』
『だとしたらどこに……』
『⁉ レイヴン、あちらを!』
瞬間、轟音と光。その方向に向けば、一発のミサイルと数発の弾丸が空を過ぎっていた。
『戦闘状態にある機体反応を検出。おそらく目標のスウィンバーンです』
『わかった』
交戦ポイントへと向かう。垂直カタパルトで飛び上がれば、既に戦闘は終わっているようだった。
〈次から次へと不法者……。よくもまあ飽きないものだ。この機体構成は、解放戦線ではない……?〉
ブーストを噴かせて近付いていけば、徐々に機体のシルエットが見えてくる。アーキバス製品でまとめた四脚AC。見たところ、武装はシールドとベイラム製のグレネードキャノンが見える。
『目標を確認。あれがヴェスパー第七隊長、スウィンバーン……。奇襲する好機です、行きましょう』
『わかった』
背中を向けたままのスウィンバーン――。ガイダンスへと向けて垂直プラズマミサイル、アサルトライフル、リニアライフルを撃ちこんだ。
〈おあーっ⁉ なっ、何事だ!?〉
ある程度被弾を受けるもすぐさま体勢を立て直していく。シールドでこちらの銃撃を防ぎつつ、左手の武装で接近してくる。あれは帯電した警棒のような武装だった。
〈待て! 背後から奇襲するとは、なんという卑劣……〉
だが、相手の動きが悪い訳ではない。警棒を避けるも四脚特有の回し蹴りを受けてしまう。辛うじて、次弾に繋がっていた警棒をクイックブーストで回避できた。プラズマミサイルを織り交ぜた射撃戦を続ける。右手からのハンドミサイルが機体の横を通り過ぎていった。アラート音を確認すれば、構えられたグレネードキャノン。ブースト移動で軸をズラした。四脚特有の浮遊状態になった瞬間にACS負荷限界で硬直する。弾丸を撃ちこみながら距離を詰め、パルスブレードの二撃を与えるが、少しだけ足りなかった。
〈どこの雇われか知らないが……! 卑劣な不法者には、指導が必要だ!〉
相手もリペアキットを使って体勢を立て直していく。滞空しながら、ハンドミサイルとグレネードキャノンがこちらに向かって飛んでくる。動いていればどちらも避けることは出来る。なんとか、中距離を保ちながら射撃戦を続けていく。ブーストキックを試みるも、クイックブーストで回避されたところでグレネードキャノンを撃ちこまれた。
「っ……!」
なんとかかぶりを振って、撃ちこまれかけていたハンドミサイルから避けるように動いていく。体勢を戻しつつも、滞空したガイダンスに向けて射撃戦を行っていく。盾を構えられるのは厳しいものがあるが、衝撃を全て打ち消せる訳ではない。着実に、ダメージは入っている。
〈まっ、待て! 落ち着け! いいか、私は――、おあーっ⁉〉
突如としてガイダンスが武装を外し始めたが関係ない。建物に追い詰めたガイダンスをブーストキックで蹴り飛ばしていく。
〈人の話は最後まで聞け! 教わらなかったのか⁉ 指導だ! 指導!〉
素手による攻撃と、四脚特有の回し蹴り。そして、外していなかったグレネードキャノンの一射。油断は出来ない。射撃戦を続け、次にACS負荷限界が入った瞬間にケリをつける。グレネードの爆風にリペアキットで回復させ、放った垂直プラズマミサイルがガイダンスの体勢を大きく崩した。
「これで……!」
パルスブレードを振るい、ガイダンスを切り捨てた。
〈まっ……、たっ、助けっ! おあーっ⁉〉
断末魔と共に、ガイダンスは爆炎を上げていった。
『目標の撃破を確認。……帰りましょうか、レイヴン』
『そうだね』
何かを考えるかのようなエアだったが、すぐに帰投準備に取り掛かった。
*
〈通信が入っています〉
帰投中の長距離移動。オートパイロットモードに切り替えて一息つけたところに、COMからの通知。通信相手は、解放戦線からのものだった。
〈独立傭兵レイヴン。スウィンバーン排除の達成に感謝する〉
聞こえてきたのは、ブリーフィングでよく耳にするあの青年のものだった。
〈同志の中には……、貴方が敵方に懐柔されることを危惧する者もいた。やはり余計な心配だったな。これからもよろしく頼む〉
依頼を受けてくれたことへの、感謝の通信だったようだ。
『確かに、スウィンバーンは……。恐らく、命乞いをしようとしていたのでしょう。あなたは容赦しませんでしたが……』
ふと疑問に思ったことを口にする。
『エア』
『何でしょうか? レイヴン』
『エアはルビコニアン、だよね?』
『……そうですね』
『解放戦線とエアは、一緒じゃないの?』
以前にエアは、自分はルビコニアンであると名乗っていた。ルビコニアンと言えば、解放戦線もそうだ。ルビコンに住まう人々の総称が、ルビコニアン。だが、どこかエアと解放戦線は距離がある。エアは解放戦線に属していないのだろうか。
『……そうですね。私は、彼らの一員という訳ではありません。無論、ルビコニアンの全てが、解放戦線に同意して武器を手にしている訳ではありませんから……』
『……ごめんなさい』
『いえ、それは当然の疑問です。明言します、レイヴン。私は、ルビコニアンではありますが、解放戦線の一員ではありません』
エアは、解放戦線の一員ではない。中立を保つ独立傭兵が、裏でどこかの組織に組みしているという状況はまずい。それが、認識出来ない存在が所以となれば証明しようがない。これだけは、はっきりとさせたかった。
『ですが、彼らもまた同じルビコンに住まうもの。彼らの依頼を、再度あなたに回すことがあるかもしれません』
『わかった。やるか、やらないかは考えるけど、良い?』
『はい、もちろんです』
その仕事を受託しないかもしれない。それでも構わないと、エアは頷いてくれた。
帰投後、無断で出撃してしまったことにはウォルターに酷く叱られた。
*
「621、仕事だ。ベイラムグループから依頼が入っている」
翌日、画面にヒビが残るタブレット端末の音量を確認してから、ブリーフィングを開いていく。
〈
相変わらずの張りのある声。音量を調節して尚且つ身構えなければ、レッドの声量にはこちらの耳に悪い。
〈我が方はこのたび、惑星封鎖機構に対して陽動作戦を展開することを決定した。作戦地点は中央氷原、エンゲブレト坑道。ここは老朽化したウォッチポイントのひとつでもあり、近く封鎖機構が修繕に入る予定だという〉
「ウォッチポイント……」
『調べました。確かにこの坑道は、コーラル地脈が存在します。とはいえ、現在のウォッチポイントと比べれば細いものですが……』
ウォッチポイントという単語は、半ば因縁に近いものがある。つい反応してしまったことを、エアが調査してくれたようだった。
〈貴様には当該坑道へと侵入し、補修対象のセンシングデバイスを破壊してもらいたい。封鎖機構の注意を引き、近傍拠点から兵力を分散させる。これが狙いだ。
ブリーフィングが終わる。先日の燃料基地襲撃と比べれば、かなりシンプルなものだ。あのミッションが過酷だったと言われればそこまでだが……
「……
『ウォルターの言う通りです、レイヴン。あなたの技量に対して、内容が見合っていません。こんな子だからって、見くびっているのでしょうか』
「……ウォルター。ラスティに送ったメールみたいなの、しないでね」
「ヤツからそういうものが送られたと聞いたのか? 安心しろ、相手は企業だ。“丁重に”話しを付けるつもりだ」
少しばかり不安がよぎるものの、出撃の準備にかかることにした。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
エンゲブレト坑道入口前に投下される。ふと周りを見渡せば、先日に襲撃したヨルゲン燃料基地の近くであるようだ。ここが例え古くなったとしてもウォッチポイントならばヨルゲン燃料基地の戦力が充実してもおかしくない。それならば、燃料基地襲撃で十分に封鎖機構の目を分散させている気もするが……
〈ミッション開始だ。地下坑道の最奥にある、旧型センシングデバイスを破壊しろ。古びた施設だが、最低限の戦力は配備されている。油断はするな、621〉
「了解」
だが、これが仕事ならばやるしかない。ブーストを噴かせて坑道の中へと入る。中は下へと道が続いている。淡々と坑道の中を降りていく。
〈コード15、所属不明AC!〉
〈襲撃だと……? 何が目的だ!〉
MTがこちらに銃口を向けてくる。閉所ではあるが、高さは問題ない。マルチロックで捉え、垂直プラズマミサイルを放てばプラズマのダメージでMTを撃破する。残る一機をアサルトライフルとリニアライフルで迎撃する。
『……足元に注意を。奈落の底から微弱なコーラル反応……。やはりここも地中支脈に通じているのでしょうか』
『落ちたらさすがにACでもここまで登ってこれない……』
現場に来て、調査が確信になったらしい。エアの情報精査能力は何度見ても驚かされる。これだけ優秀な情報収集能力を持ちながら、彼女は解放戦線の一員ではない。もし、彼女が解放戦線の一員となっていたら、こちらも危うかったかもしれない。所々に張り巡らされた鉄橋を伝って更に下へと降りていく。
〈
「わっ、なに?」
〈惑星封鎖機構の地上部隊がそちらに向かっている。想定より動きが早いが……。作戦を継続し、陽動を確実なものとせよ、以上!〉
〈……聞いたとおりだ、621。手早く終わらせて脱出するぞ〉
「了解」
静まり返っている坑道内で突然のレッドの通信に驚きながらも、着々と兵器を破壊していく。先日に近くの燃料基地襲撃があった上に、封鎖機構が情報共有を行えばそれが同一犯だとも割れるだろう。ならば、彼らの動きが早いのも頷ける。垂直プラズマミサイルによる広範囲殲滅で手早く片付けていく。修理メカに混じった小型兵器はアサルトライフルの一発で落としていく。マーカー地点が近い。念には念を入れ、リペアキットを使用して万全の状態で飛び降りる。
〈あれが破壊目標だ。シールドで最低限は保護されているようだが、内側から叩けば問題はない〉
「わかった」
周囲には敵影もない。パルスシールドも通過する分は問題無かった。センシングデバイスに対して、パルスブレードを振るって破壊する。
〈目標の破壊を確認。ミッション完了――〉
『……待ってください。コーラル反応が強まって……!』
「え?」
すぐにセンシングデバイスから離れる。破壊目標は赤い炎を上げて爆発する。否、爆発が収まっていない。破壊したところから、赤い炎が、噴き出し始めている。
「な、に……⁉」
〈コーラル逆流だと……⁉ 馬鹿な、この程度の刺激で……。621、急いで脱出しろ!〉
「りょう、かい……!」
コーラルの逆流と同時に、強い頭痛。頭が内側から割れそうだ。義体であるはずなのに、生身のコーラルデバイスがこのコーラルたちと共振しているようで。なんとか頭痛を振り切って垂直カタパルトを使い、アサルトブーストで出口を目指していく。
〈コード23、現着――。だが、これは……⁉〉
〈コーラルの奔流には触れるな、装甲が持たんぞ!〉
このタイミングで、到着しただろう封鎖機構の地上部隊がレーザーを撃って来る。彼らに時間を割いている場合ではない。現に、体中が棘に刺されているかのような痛みが走っている。
〈コード15、目標ACを確認! こいつが、何かやったのか……⁉〉
〈621、相手をする必要はない〉
脱出を優先に考える。障害となる相手のみを狙っていく。APが、コーラルによる蓄積ダメージを受けている。
〈
〈説明はあとだ、脱出に集中しろ、621!〉
レッドの通信をウォルターが遮断しれくれた。出口まで、半分は過ぎた。上昇して登る合間に、間欠泉のようにコーラルが噴き出している。合間を縫うようにアサルトブーストを噴かせていく。
〈コード31C!システムの判断は⁉〉
〈“続行”……。この状況でどうやれと……⁉〉
それでも、彼らは襲い掛かって来る。このような状況だというのに、彼らは忠実にシステムに従っている。
『地上まで、あと一息……。急いで、レイヴン!』
しつこいLC機体を射撃戦で撃ち落としていく。崖を登って地上を目指す。
『ここを上です! コーラルが迫っています!』
〈621、走り抜けろ!〉
地上の道が見えた。アサルトブーストを噴かせて出口まで進んでいく。大きな爆発に、バランスを崩して地上を転がる。先程までいた坑道の方に振り返れば、赤い炎が噴き出し続けている。あそこに残った封鎖機構の部隊は、もう助からないだろう。
〈何とか間に合ったようだな……。仕事は終わりだ、戻って休め。621〉
『一歩間違えれば……。あなたは、コーラルに飲み込まれていた。レイヴン、あなたの仕事は……。いつも危険と隣り合わせです』
『でも、生き残れた。ありがとう、エア』
これは、的確な指示を出すウォルターと精査された情報を提供してくれるエアのおかげだ。彼らの支援があってこその生還だ。
「……ウォルター」
〈どうした、621〉
「いつも、ありがとう」
〈……それが、俺の仕事だ〉
回収ポイントに向かって、一息つけることにした。
*
621が帰投する合間、通信が入る。相手は、カーラからであった。
〈調子はどうだい? ウォルター〉
「難しいところだ。621の仕事は堅調だが、どうやら幻聴が続いている。様子を見る限りでは、あいつを損なうようなものではなさそうだが……。まさか、無断で夜間出撃を行うとは……」
解放戦線からの依頼だったと、無断で少女が出撃したことを振り返る。確かに、解放戦線からの依頼について考えてはいた。それを、少女が気付かぬ内に受託して、出撃して行ったとのことだった。出撃中は、エアという存在が支えてくれたのだと。彼女の幻聴は重症のようにも見えるが、それ以外は異常が見当たらない。むしろ、人間性の発露と言う意味では良い傾向とも言える。彼女が、自分の意思で勝手をするようになったのだから。
〈……あんたの調子を聞いたつもりだったんだけどねえ、おとうさん? まあいいさ〉
カーラが溜め息をつく様子が目に浮かぶ。彼女の父親なぞ。そんなもの、自分には相応しくない。
〈それより、コーラルをさっさと見つけた方がいい。“友人”たちが危惧していたとおりさ。封鎖機構の相手ばかりしてると、ことによっては間に合わなくなるよ〉
エンゲブレト坑道の出来事は、既にカーラにも共有している。やはり、この半世紀でコーラルは増殖している。それも、かの厄災に至れるほどに。
「……カーラ、アレを探すのを621にやらせようと思う」
〈アレかい? 確かに、保険はかけておくか。ちょっと待ってな、あの子に問い合わせて、先に調査ドローンを飛ばす〉
自分たちの為すべきことのため、兵器を成り果てた少女を利用する。だが、それが必要な事であった。
*
〈新着メッセージ、二件〉
帰投後、カサブランカのコクピットから降りていく。COMからの通知に、ヒビの入ったタブレットを確認する。
〈
一つ目のメッセージはレッドからのものだった。ガレージに彼の張った声が響き渡る。
〈“コーラルに飲まれかけるとは災難だったな。貴様のケツには文字どおり火が点いたことだろう。その火は死線を潜り抜けた証拠だ、次の遠足まで大事に育てておけ”以上だ!〉
どうやら、ミシガンからの伝言だったようだ。あの言葉を語るミシガンは容易に想像がつく。そして、レッドの喋り方は彼を真似てのことだということも気付く。次のメッセージを確認する。
〈登録番号、Rb23。識別名、レイヴン。貴女の実績情報が更新されました。アリーナにおいて、Cランク帯の仮想戦闘が解放されています。戦闘技能のさらなる向上に、お役立てください〉
もう一つのメッセージはオールマインドからアリーナの更新のお知らせだった。
『これでもっと利便性が上がりますね、レイヴン』
『うん。オールマインドの支援はいつも助けられている』
ログハント報酬で貰ったパーツの使い心地も悪くない。むしろ、恐ろしい程に馴染む。動きやすいパーツと、拡張されていく機能。傭兵支援システムの名は伊達ではないことを思い知らされる。
(ウォルターのためにも……)
自分を拾い上げてくれた恩人のためにも、今は出来ることからやることにした。