ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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本当に助けに来てくれるとは思っていなかった初見時の思い出。


旧宇宙港襲撃

「621、仕事だ」

 いつものウォルターの合図。今日は、どのような仕事か。ただならぬ雰囲気に、思わずこちらも息を呑む。

「アーキバスによる惑星封鎖機構に対する強襲作戦。それに参加することになった。詳細は――」

「ここからは、私も共に良いかな?」

 突如聞こえた声に振り向けば、いつの間に来たのか。ガレージには、青みがかった灰色の髪の男性――、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)ラスティの姿があった。

「ラスティ……⁉」

「こうして会うのは久しぶりだな、戦友。元気そうで何よりだ。ハンドラー、私の上官の作戦概要のデータを預かっている。座れる場所でブリーフィングを行いたい。よろしいかな?」

「――わかった」

 その返事が出るまで、かなり重い間があったものの。座れる場所、食事スペースでブリーフィングを行うことになる。席に着けば、隣にラスティ、反対側にウォルターが座る。こちらの背後には、ガルガルと警戒しているエアがいる。テーブルにヒビの入ったタブレット端末を置いて、操作していく。

「君はこうやってブリーフィングを聞いているのか」

「ウォルターは、オペレーターもやってくれてる。ブリーフィングは、一緒に聞いてる」

「なるほど。ああ、これがそうだ戦友。作戦立案者でもある私の上官からお言葉がある。まあ、聞いてみてくれ」

 ラスティが預かったデータを、タブレット端末で再生する。画面に映し出されたのは、金色の髪を後ろに流し神経質そうな碧眼に眼鏡をかけた青年の姿。彼が、V.Ⅱ(ヴェスパー・ツー)スネイル。壁越えの際には音声のみだったが、今回は彼の姿も見ることが出来た。姿が見られるほどには、評価されているというべきだろうか。

〈ヴェスパー第二隊長、スネイルです。これより作戦内容を伝達します。私の直属で作戦行動に臨めること、光栄に思いなさい〉

『こ、これはドテンプレな眼鏡クイッ……⁉』

『あ、本当に眼鏡をクイッてやるんだ……』

 スネイルが着用している眼鏡のブリッジを押し上げる。まさか、本当にこのような動作をするとは思わなかった。

〈これは惑星封鎖機構の二拠点に対して、同時刻、秘密裏に行われる急襲作戦です。襲撃目標の一つは、敵の部隊間通信を中継するハーロフ通信基地。もう一つは、強襲艦隊の母港として接収されたバートラム旧宇宙港です。通信基地の方は我がヴェスパーの第四隊長、ラスティが受け持ちます〉

 映し出される二つの拠点。ラスティの来訪にも理解が出来た。だから、彼が話を持ってきたのだろう。隣の彼を見上げれば、気付いたのか笑みを返してくれた。

〈彼が封鎖機構の通信網を混乱に陥れ、精製部隊による増援を不可能にする。独立傭兵レイヴン、貴方はその間に停泊中の強襲艦を全て破壊してください〉

 何か言いたげな雰囲気が混ざってはいるものの、依頼された内容は理解できた。ラスティが攪乱を続けている間に、こちらが強襲艦を破壊する。シンプルながらも、速攻性が求められる作戦だ。

「第二隊長の態度は放っておけ、お前は自分の仕事をすればいい」

「分かってる」

 ウォルターが席を立つ。こちらも出撃の準備をしなければと席を立って、ウォルターに続こうとしたその時だった。

「……戦友」

 呼び止められ振り向く、そこには真剣な表情のラスティがいた。椅子に座ったままならば、彼と目線が合う。橙色の瞳を、しっかりと見る。

「……どうしたの?」

「……この作戦には穴がある。通信網の混乱は一時的なものになるはずだ。艦隊の破壊を成し遂げても、その後の君の離脱について考慮されていない」

 正に、使い捨て。ここで独立傭兵レイヴンを消耗させようという算段なのだろうか。どこの所属にも付かない戦力なぞ、不穏分子以外の何物でもない。壁越えの時は、あの大規模戦闘ならば独立傭兵なぞ勝手にくたばるだろうと捨て置いていた。だが今回は、捨てるところまで目を光らせているということだろうか。

「……それ、言っていいの?」

「作戦を伝えろとは言ったが、警告はするなとは言われていないさ。こちらの仕事が片付いたら、救援に向かおう」

「ラスティ……」

 本当に、目の前の人物は優しい人だ。腹の探り合いをしているだろうこの戦況で、彼だけは別だ。そのような雰囲気がない。そう思わせているだけなのかもしれないが。それでも、これだけははっきりと言える。

「……わかった。あなたのことは、信頼している」

「お褒めに預かり光栄だ、レディ。恥じぬ戦いをするとしよう」

 ラスティの右腕が上がり、拳を握り、それが突き出される。その意図は掴めないが、そろそろと、こちらも拳を握って突き出してみる。こつん、と互いの拳が軽くぶつかり合った。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 輸送ヘリからカサブランカが投下される。封鎖機構が用いるMTの他にも、タキガワ製のパルス砲台のようなものが見えた。

〈ミッション開始だ。停泊中の強襲艦を全て破壊していけ〉

「了解」

 崖上から飛び降り、目の前の機体をアサルトライフルとリニアライフルで迎撃し、パルス砲台も破壊していく。強襲艦までの道中の敵を撃破しながら進んでいきたいところだが、やはり一拠点も相まって数が多い。

〈コード15、侵入者を捕捉〉

〈基地全体に共有。脅威度の測定を開始する〉

 垂直プラズマミサイルの範囲攻撃を用いて敵の数を減らしていく。ふと、ウォルターのものとは違う通信が入ってくる。

『これは、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)ラスティからです』

『繋げて、エア』

『わかりました』

〈戦友、こちらは通信基地近傍で待機している。回線は繋いでおいてくれ、そちらの状況を見て仕掛けよう〉

 どうやら、こちらの様子を伺いながら強襲を仕掛けようとしているようだった。あちらにもオペレーターはいるだろうが、より正確な状況を知りたいのか、こちらと回線を繋げたままにしろというのは意外だった。

『レイヴン……』

『大丈夫。そのままにして』

『わかりました』

 敵機を破壊しながら、進軍を続けていく。すると新しい機影が飛んできた。

〈コード5、排除対象確認。対処する〉

『封鎖機構LC機体です。レイヴン、応戦を』

『了解』

 宙を飛び交うLCに垂直プラズマミサイルを先立って放つ。その合間もアサルトライフルとリニアライフルを撃ち、相手の攻撃を回避する。LCが着地をした瞬間にブーストキックでACS負荷限界を迎えさせる。そのまま、パルスブレードに切り替えてLCを斬り伏せた。機体を反転させ、マーカーへと向かっていく。

〈排除目標が強襲艦に接近〉

〈脅威レベル3から4へと推定。やらせるな〉

「ラスティ、一隻目にかかる」

〈わかった。こちらも始めるとしよう〉

 まずは周囲のMTから片付けていく。強襲艦は停泊しているだけで、武装は使用できるらしい。強襲艦の機関銃や砲弾がこちらへと向かってくるが、いずれも回避する。アサルトブーストで一気に彼我の距離を詰めてパルスブレードで艦橋を破壊した。

〈戦友、こちらで中継アンテナを破壊した。これで連中はしばらく外部との通信ができない。その間に作戦を進めてくれ〉

「わかった」

 アサルトブーストを噴かせ、坂を駆け上げていく。残る強襲艦は正面の三隻と背後の一隻だ。

〈コード5、目標を確認。迎撃開始する〉

〈外部通信が途絶している……、どういうことだ⁉〉

 相手側の動きから動揺が見られる。場所は違えど、今は彼と共に戦っているのだと改めて思い知らされる。

〈コード5、侵入者を捕捉した!〉

〈脅威レベル4、対処しろ!〉

 待機していたLC機体が宙を舞う。高低差のある地形に脚を取られるが、なんとかLCに食いついていく。アサルトライフルとリニアライフルでACS負荷を迎えさせ、止まった隙をパルスブレードで斬り裂いていく。残る一機に向けて機体を反転させる。宙に舞う目の前のLCに集中していたせいで、外部からのロケットの一撃を受ける。ACS負荷限界で動けぬ瞬間にLCのショットガンが撃たれる。

〈AP、残り五〇%〉

〈大丈夫か、戦友〉

「……、平気」

 リペアキットを使ってすぐに体勢を立て直す。両手の銃口を着地したLC機体に向け、撃ち続ける。垂直プラズマミサイルを放ち、距離を保ったまま射撃戦を続けていけば、ACS負荷限界で動きが止まったLCがプラズマミサイルと弾丸に貫かれていった。強襲艦に向けて、ブーストを噴かせていく。

〈目標が強襲艦に接近!〉

〈弾幕を張れ! 近寄らせるな!〉

 強襲艦の上にはロケットを装備したMTが待機していた。アサルトライフルとリニアライフルで周囲のMTを撃破していく。MTを撃破した後に、艦橋に向けてパルスブレードを振るった。

〈順調に進めているようだな、戦友。こちらも攪乱を続けているが、復旧対応が速い。この通信妨害は、長くは持たないと思ってくれ〉

『強襲艦、あと三隻です』

「わかった」

 残るは三隻並んだ場所だ。これだけ密集していれば、片付ける分は問題ない。艦橋に向けてアサルトブーストを噴かせていき、パルスブレードを振るう。まずはこれで三隻目。

〈目標は……、残り二隻か〉

 爆発する強襲艦から離れ、一旦エネルギーの回復のために着地をする。強襲艦の砲台の死角たる真下ならば問題無かった。エネルギーの回復を確認してから再度上昇する。排熱が終わったパルスブレードを振るって四隻目を落とす。

『あと一隻です、レイヴン』

「これで……!」

 艦から離れ、着地をする。エネルギーの回復とパルスブレードの排熱を確認する。排熱が終わるタイミングで上昇し、最後の一隻を斬り伏せた。

〈621、目標を全てやったようだな〉

「終わった、けど……」

〈……聞こえるか、戦友。封鎖機構の外部通信が復旧した。応援要請と受けた強襲艦がそちらに向かっている。私が着くまで持ちこたえてくれ〉

 ラスティの予測通りとなった。バートラム旧宇宙港に停泊している艦隊を破壊する間の攪乱こそは、可能だっただろう。だが、問題はこの後だ。ミッションを終えて、帰投するまでの安全は保障されていない。

〈止むを得ん。621、補給をしておけ〉

「わかった」

 補給シェルパの塔着地点がマーカーに示される。待機をしていれば、補給シェルパが飛翔し、武装とリペアキットを補充する。

『敵性反応! 上から狙われています!』

『上……⁉』

 見上げれば、狙撃タイプのLC機体がこちらに銃口を向けていた。周囲を見渡し、垂直カタパルトを見つける。カタパルトに射出され、位置取っている管制塔の上部に辿り着く。

〈コード5、排除対象が接近〉

〈対処しろ。本隊到着まで持たせる〉

 一機は補充されたアサルトライフルとリニアライフルで撃ち抜いていく。残る一機も、ブーストで移動しながら射撃戦で迎撃していった。

〈基地正面方向に敵影。増援だ、621〉

「了解」

 休む間もなく、次の増援が現れる。狙撃タイプのLC機体だ。有効射程距離でアサルトライフルとリニアライフルを撃ち、一機は落とす。

『強襲艦、来ます!』

 残る一機を素早く片付ける。新たに示されたマーカーを見れば、強襲艦が二隻こちらに向かってきていた。

〈旧宇宙港の襲撃者に告ぐ。ただちに武装解除し、投降せよ。抵抗を続ける場合は、強制排除を執行する〉

 封鎖機構の警告の広域放送が流れる。こちらには、軍門に下る理由はない。飛来する強襲艦をアサルトブーストで近付き、パルスブレードを振るう。足りない火力を、アサルトライフルを撃って艦橋を落としていく。

『増援の強襲艦、一隻撃墜』

 残るはもう一隻。一息を入れて、アサルトブーストを噴かせる。途中の砲撃は、アサルトブーストを切って回避する。甲板に取り付いてから、再度アサルトブーストを噴かせて艦橋に向けてパルスブレードを振るうが、落としきれない。ブーストキックやアサルトライフルを撃ってようやく二隻目も撃ち落としていく。

『二隻撃墜』

〈……システムより承認。強制排除執行〉

『これは……! レイヴン、増援です! HC機体と高機動型LC機体!』

 荒げた呼吸のまま見上げれば、二つの光が近づいてきている。片方は先の依頼で見たシールドを構えたHC、片方はバーニアが追加されたLC機体だ。

〈コード15、排除目標を確認〉

〈消えてもらおう〉

『敵機の解析が終わりました。封鎖機構の執行機……、LC高機動型およびHC型。それぞれ、機動力と火力が脅威です』

 どちらも、手強そうな相手だ。なんとか食いしばって前を見据える。だが、ふと彼らの向こう。夕日が差し込み、暗くなりかけている空に流れ星が見えた。

(流れ星……?)

『こちらに高速接近する機体がもう一機……⁉ これは――』

 違う。流れ星は長く空に残らない。徐々に、夜空に浮かぶソレの形がはっきりと見えて来た。

『スティールヘイズ……⁉』

〈相手は……、上級尉官の執行機か〉

 エアの戸惑いも分かる。正直に言ってしまえば、こちらも戸惑っているのだ。出撃前にあのようなやり取りを行ったとはいえ、本当に、彼がここまで飛んでくるなど思ってもいなかったのだから。当然のように、スティールヘイズがカサブランカの隣に降り立った。

〈待たせたな、戦友〉

「ラスティ……、本当に……」

〈言っただろう? 恥じぬ戦いをすると。久々の協働だ、助け合いの精神でいくとしよう〉

 ハーロフ通信基地からこのバートラム宇宙港まで、相当な距離があったはずだ。それでも、彼はこちらまで飛んできてくれた。信頼していると口にしながら、どこか彼を信じ切れていなかった。それにも関わらず、彼は変わらず共闘しようと声をかけてくれる。彼の、ヒトとしての器の大きさを見せつけられた。相手も二機、こちらも二機だ。信頼できる人が隣にいる。負ける気がしない。共に飛び立ち、執行機へと向かっていく。スティールヘイズとカサブランカでは、カサブランカの方が耐久面はある。シールドを構えたHC型へと飛ぶ。

〈コード44、排除対象二機の情報を回してくれ〉

〈システムより解答。企業所属、V.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)ラスティ。独立傭兵、識別名レイヴン。後者については、登録情報との誤差を再照合中〉

 HC型に向けて、垂直プラズマミサイル、アサルトライフル、リニアライフルを撃っていく。相手のレーザーブレードの薙ぎ払いを受けるも、リペアキットで回復する。切り返しをクイックブーストで回避する。アサルトライフルとリニアライフルで牽制しつつ、垂直プラズマミサイルを放つ。距離が詰まった瞬間にパルスブレードを振るう。ACS負荷限界で止まったHC機体をブーストキックで蹴り飛ばす。リロードが終わった垂直プラズマミサイルをこの隙に打ち上げていく。

〈妙な組み合わせだ〉

〈企業も傭兵に頼らざるを得ないということだろう〉

 迫るレーザーブレードの一薙ぎは辛うじてブースト移動で回避できた。その間にも、攻撃の手は緩めない。二撃目の縦斬りこそは受けたものの、動く分には問題無い。先に放ったプラズマミサイルがダメージを与えていく。両肩のパルス砲撃を避けるも、中途半端な距離は相手のレーザーブレードの射程内だった。二つ目のリペアキットを使い、体勢を立て直す。

〈押しているぞ、畳みかけろ。621〉

〈相手は上級の執行機だ。集中を切らすなよ、戦友……!〉

「っ……!」

 プラズマミサイルのダメージエリアが相手に二度目のACS負荷限界を迎えさせる。ウェポンハンガーでパルスブレードに切り替えて二撃を与える。虫の息となったHC型をブーストキックでとどめを刺した。

〈システムに……、報告を……。コード78E……、脅威レベルE……〉

〈……コード78Eを受領。システムに上申〉

『敵執行機、残り一機です』

 リニアライフルを構えなおし、すぐに残りの一機の元へと向かう。高機動型のLC機体とスティールヘイズ、共に機動力の高い機体同士での戦闘が繰り広げられていた。

「ラスティ!」

〈そちらは片付いたか。ならば……!〉

 残るLC機体に向けてアサルトライフルとリニアライフル、垂直プラズマミサイルを放っていく。合間にも、スティールヘイズのバーストハンドガンとアサルトライフルの銃撃が舞っている。高機動型が自由に宙を舞い続けるが、狙いが定まっていないのか火線はスティールヘイズやカサブランカに分散されていく。二機に翻弄される瞬間、ACS負荷限界でLC機体が止まる。その隙を逃さずに、ウェポンハンガーでパルスブレードに切り替えてLC機体に二撃を与える。

『敵機、損傷拡大しています!』

〈やるな、戦友。背中を預けるに相応しい〉

 ブレードでダメージを与えた執行機に、スティールヘイズのプラズマミサイルとバーストハンドガン、アサルトライフルが追撃をかけていく。スティールヘイズに敵視が向いた隙を逃さず、両機共に手持ちの火器による射撃戦を続ける。最後の一打は、カサブランカの弾丸だった。

〈この……、状況は……。コード78E……、送信……〉

『敵執行機の撃破を確認……』

 脅威は立ち去った。ようやく、荒くなっていた息を整えることが出来る。

「これで――」

〈……システムの判断を通達します〉

 未だ続く封鎖機構の広域放送。辺りの静けさが、一気に不穏なものへと変化する。

〈コード78Eを承認。惑星封鎖機構に対する脅威出現と見なし、IA―02の起動を許可します〉

 何かが起きた。だが、それが何かは分からない。互いに離れぬように近付き、周囲を警戒する。

『この反応は……⁉』

『エア?』

『マーカー情報を送信。そちらの方角からから、何かが……』

 エアはすぐに異常を感知した。送られたマーカー情報に機体を向ける。分厚い氷だというのに、地面が揺れる。地震はあり得ない。何か、大きなものが氷の中を進んでいるような――

〈この振動は……⁉〉

『地中から……、来ます!』

「ラスティ、離れて!」

 鉄塔が崩れたのと同時に、カサブランカとスティールヘイズが散会する。現れたそれは、細長くも巨大な、蛇のようなミミズのような兵器だった。

〈これは……!〉

〈なんだ……、この化物は……⁉ これも……、封鎖機構の兵器なのか⁉〉

 ウォルターもラスティも動揺の声を上げている。地面を這い、時には潜る怪物の動きを観察するしかない。立ち上がる土煙から現れる巨体の一部、掠っただけでACS負荷は限界を迎え、コクピット内が大きく揺れた。

「ぐっ……!」

『このコーラル反応……、有人ではあり得ません。おそらくは、自立型のC兵器……!』

『あのクモと同じ……⁉』

〈パターンが読めん……! 退くべきか……⁉〉

 スティールヘイズが応戦するも、ダメージが入る様子はない。こちらもアサルトライフルとリニアライフルを向けるが、あの巨体には強固な装甲に覆われているのか跳弾するのが見えた。

〈生き延びることだけを考えろ、621!〉

 こうなってしまっては、為す術もない。スティールヘイズと散会した距離を維持しつつ、怪物から逃げるしかない。でも、どうやって?

〈レイヴン!〉

「っ⁉」

 ラスティの声に振り向いた時には遅かった。怪物の真正面。掘削機が三つ、三角形にように並んだ顔。それがこちらへと向かってくる。真正面からの突撃に、文字通りにカサブランカは弾き飛ばされた。

「あぐ……!」

『レイヴン! しっかり!』

 先程の衝撃で思わず両手に持っていた武装を手放し、機体が膝を付く。アサルトライフルとバーストハンドガンの牽制射撃を続けながら、スティールヘイズがこちらから距離を離そうと怪物の注意を引き付けるのが見える。なんとか、立ちあがらないといけない。地面に潜った怪物が天高く頭を伸ばし、その首をこちらに向け始めた。次に来るだろう衝撃に思わず目を瞑るも、一向に衝撃が来ない。ゆっくりと目を開けば、怪物の動きは緩慢となっている。

〈なんだ……?〉

〈……待て、何か様子がおかしい〉

 けたたましく唸っていた掘削機の音が止まる。そして、伸びた首はこちら側とは違う方向へと向き始めた。

『行動パターンの変化を感じます。何か……、より優先の、指令……。集積コーラルの、防衛……?』

 巨大な怪物はこちらなぞ眼中に無いとばかりに、この場から離れて行く。怪物が鳴らす巨大な音は遠くなり、バートラム宇宙港には静けさが戻ってきた。

〈封鎖機構が……、技研の遺産を抱えていたとはな〉

 以前にも、惑星封鎖機構の目が届くところに技研の遺産が現れたことがある。あの時はなんとか対処出来たが、今回は、全くと言って良いほどの規格外の存在だった。近寄るACの足音に見上げれば、そこにはスティールヘイズの姿。ウェポンハンガーに左手のアサルトライフルを収め、空いた左手をこちらに伸ばしていた。

〈立てるか? 戦友〉

「……ワタシ、あなたを信じ切れていなかった」

 その手を取る気にはなれなかった。信じていると言っておきながら、その奥底では信じていなかったのだから。それで手を取れるほど、自分は厚かましくない。

〈……私はヴェスパー、君は独立傭兵だ。このルビコンの戦場には、多くの思惑と欺瞞が交錯している。言葉だけの信頼なぞ、日常茶飯事さ。むしろ、本当に信じ切っていたらこちらが戸惑ってしまう程だ〉

「でも……、あなたは約束を守った」

〈なら、これならどうだ? 今回の一件で、私は君の信頼に足り得る戦友である。と、証明できたかな?〉

 その問いならば、答えられる。気付けば、カサブランカの右腕を伸ばしていた。

「……うん。あなたは、強くて、優しくて、真っすぐなヒト。それはもう、疑っていない」

〈光栄だ、レディ〉

 スティールヘイズの手を取り、それを支えに夕日に照らされた崩壊した宇宙港の中で立ち上がる。差し込む夕日や、コーラルの赤が混じる空が妙に眩しく見えた。

〈……621、戻って休め。俺は、あれを片付ける算段を立てる〉

 あの怪物をなんとかしなければ、ベイラムやアーキバスも手の打ちようは無いだろう。それは、こちらにとっても同じことだった。

〈……と、スネイル隊長殿から、今回の兵器について報告しろと催促がうるさくなってきたな。私はこの辺りで失礼しよう〉

「ラスティ……。――ありがとう」

〈私こそ、本当の意味で君に信じて貰えるようになれたと、嬉しいさ。またな、戦友〉

 この一時が名残惜しいと言うかのように、ゆっくりとカサブランカの手からスティールヘイズの手が離れていった。

 

 

『ン……、レイヴン。起きてください』

 帰投後、先の作戦で溜まった疲労のまま、自室に辿り着くや否やすぐに眠りについてしまった。エアの声で、ようやく意識が浮上する。

『ウォルターがこちらに向かってきています。恐らく、先の兵器についての情報や今後のことがまとまったのでしょう。軽食と飲み物もありますね』

「621、起きたか?」

 コンコンと、ノックの音。起きたと返事をすれば、ティーカートを押しながらウォルターが入って来る。香り高いフィーカと、軽く摘まめるものがあるのが見えた。

「そのままでいろ。621、お前にも状況を伝えておこう」

 ベッドの縁にウォルターが座る。タブレット端末に情報が入って来る。ウォルターがタブレットを操作して説明を始めていく。

「封鎖機構の起動した技研兵器を前に、アーキバスとベイラムは手を結ぶ方向で動いている」

「流石に、そうなるよね」

「ああ。その頭が残っていることに感謝しなければな。そして――」

 ウォルターの指先が動く。映し出されたのは、あの怪物のシルエットだった。

「IA―02……。通称、“アイスワーム”。あれは、コーラルを守るために作られた抑止力。自立防衛型C兵器だ。排除しない限り、企業も俺たちも、コーラルに辿り着くことはできない。多くの勢力を巻き込んだ、激しい戦いが起こるだろう」

「アイス、ワーム……」

 あの巨大な怪物には、621もラスティも太刀打ちできなかった。少なくとも、ACの武装ではあの怪物とは戦い切れない。何か、別の手段が必要だ。だが、その手段が浮かんでくることなぞ無かった。こればかりは、ウォルターやより多くの頭の良い人材がいるだろう企業たちに任せるしかない。

「……621」

 思い詰めているこちらを気遣うような声。見上げれば、そこにはいつも通りに鋼鉄のように鋭くも、どこか優しい光を宿す瞳がこちらを見ていた。

「ルビコンでの仕事には、まだ先がある。お前には……、最後まで付き合ってもらうぞ」

 ぽんと、彼の年老いた節榑立つ手。暖かな温もりのある優しい手が頭に置かれる。そうだ、この怪物に足止めをされている場合ではない。この怪物を越えた先に、ウォルターが求めているものがあるのだ。そのためにも、怪物を倒す手段を探さねばならない。

「わかった、頑張る」

「今はもう少し一息入れろ。アイスワームを倒す算段が付けば、恐らく、お前は駆り出されるのだからな」

 差し出されたマグカップを受け取る。頑張らねばと意気込んで飲もうとして、熱いフィーカに口内で痛みが走った。

 

 

〈新着メッセージ、三件〉

 その翌日。COMの通知を確認する。先に連絡が来ているのは、カーラからだ。カーラのメッセージを再生する。

〈話は聞いてるよ、ビジター。アイスワームだったか? あんた……、また技研の遺産に絡まれたみたいだね〉

 苦笑するようなカーラに、なんとなくこちらも似たような笑み、というものが浮かびそうになる。カーラからすれば、こちらは厄介なものに巻き込まれる質に見えているのだろう。

〈あれに絡んで、ひとつ話がある。後で連絡を寄こしな〉

 恐らく、彼女の中で策があるのだろう。企業たちがまだ模索しているというならば、彼女に頼った方が良さそうだ。次の連絡を確認する。

V.Ⅷ(ヴェスパー・エイト)、ペイターです。旧宇宙港襲撃作戦の完遂、お見事でした〉

 次の連絡はペイターからのものだった。恐らくは、アーキバスから何か動きがあるのだろうか。

〈ラスティ隊長とスネイル閣下から言伝がありますが、そんなことよりあの化物です。アーキバスとベイラムは停戦協定を結び、一時共闘についての交渉を進めています。ひとまずは合意が形成されるのを待ちつつ、今しがた発行した依頼を消化ください〉

 やはり、両企業があの化物を相手に共闘することは本当のことだったようだ。だが、それが形になるのは時間がかかりそうだ。この依頼と、カーラの依頼を受けた方がよさそうだ。

〈それでは〉

「……え?」

 ペイターの素っ気ない締めの挨拶に思わず固まってしまった。アイスワームについては、確かに重要なことだ。重要なことは、分かって、いるのだが……

〈登録番号、Rb23。識別名、レイヴン。貴女の実績情報が――〉

「ラスティの言伝は⁉」

〈……はい?〉

 思わず、そんなことよりと放り出されたままのものが気になってしまった。

 

 

「どうしても、行くのね」

 共に歩んでくれたオペレーター――、オリヴィアの声に脚が止まる。だが、これはもう決めたことだ。今更、やめるつもりはない。

「……惑星封鎖機構が奪われたバートラム宇宙港を取り戻そうとして、アーキバスに喧嘩を吹っ掛ける。それは、間違いないわね?」

「……ええ。傍受した内容上は」

「なら……。それをなんとかしろって、独立傭兵レイヴンにアーキバスは頼むでしょうね。今、強化人間部隊は動かせないだろうし」

 惑星封鎖機構がバートラム宇宙港に襲撃し、アーキバスが防衛する。その追加戦力として、独立傭兵レイヴンは投下されるだろう。レイヴンが投下される前に、惑星封鎖機構もアーキバスも殲滅して待ち構える。それが、これからやろうとしていることだった。

「……わかった。共に見極めましょう、あの傭兵のことを」

「……そうね」

 耐Gスーツには着替えた。補助バイザーを身に着け、その上にヘルメットを着ける。普段ならばやらない、完全重装備だ。レイヴンを名乗る傭兵の実力は、相当なものだと聞いている。

(それに……)

 確かめたいことがあった。オリヴィアがハンドラー・ウォルターからコピーを取ったデータ。それに間違いが無ければ、レイヴンを名乗っているウォルターの猟犬は、恐らく――。かぶりを振って、回収した相棒のコクピットに滑り込んだ。

「……行くわよ、ナイトフォール」

 宵闇の名を持つ機体のカメラアイに、真紅の光が宿った。

 

 

「~♪」

 廃墟に等しい場所。ACが納められて少し手狭なガレージで、一人の男が鼻歌を歌いながら踊っている。そのダンスの相手は、動かぬ壊れかけたマリオネット。だが、男は気に留めることなく美しい金色の髪と、漆黒のカソックの裾を揺らし、優雅にステップを踏み続けている。

「私の勘が告げているのです。これから、素晴らしい出会いがあるのだと」

 誰もいないガレージで、リズミカルに足元の鋼材を鳴らす音が響く。次第に、そのステップは徐々に加速してく。

「楽しみですねえ、ミルクトゥース。カーラは一体、どのような贈り物をくださるのでしょうか。ふふ。これが、アリスを待ち望む不思議の国の住民の気持ちなのでしょうか?」

 支離滅裂な言葉を紡ぎ続ける。そして、男のダンスは佳境へと入った。

「スロー、スロー。クイック、クイック、スロー。スロー、スロー。クイック、クイック、スロー!」

 ゆったりとしたステップから、突き放すかのようなステップに。意思を持たぬ人形は、投げ出されるまま鋼材の上に崩れ落ちた。

「ミルクトゥースと共に、お待ちしておりますよ? 新しい御友人。ええ、美味しい紅茶もタルトもご用意していますからね」

 右手を胸元に当てながら、男は甲斐甲斐しく礼をしたのだった。

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