『空から黒の騎士が姿を現す。大地を焼き払い、死を降り注いでいく。やがて、漆黒の悪魔は姿を消す』
『焼けた地上に、白の乙女が舞い降りる。死に満ちた大地を再生させ、祝福を齎す。そして、軌跡を残しながら空へと戻っていく』
『黒の騎士が現わるところ、白の乙女も現わる。破壊と再生を繰り返しながら、二人はまた、どこかの空を飛び続けている』
これはどこにでもある物語の一つだった。子供を寝かしつけるために言い聞かせる、御伽噺。誰かが描いた空想の具現。我ながら、子供に区分されていると分かってはいるものの、夢が無い。書かれた文章を文章として捉えることしか出来なくて、絵にも対して感想を抱けなかった。叶いもしない、ありもしない夢や空想を考えるというのは少し苦手だった。教科書や、問題集と向き合う方が好きだった。
だけど、妹はこの話を読んだ日は空を眺めていた。自分と同じ瞳の色をした、窓から見える世界を。自由に外に出ることもままならない弱い身体では、深窓から眺めることしか出来ない。それがいつも、悔しくて仕方が無かった。学校に行きたいだろうに、外の人と触れ合ってみたいだろうに。生まれながらの身体は、それを許さなかった。病院と自宅を行き来するのが精一杯で、学習は個別指導で補われる。あの子が、これからも生きていくためにはそれが最大限だった。大きくなるにつれ、体力もついていけばまた少し変わるだろうと、大人が話しているのは聞いていた。
そうなれば、あの子を連れて共に遮りがない空を見上げることが出来るのだろうか。あの子があの御伽噺に夢中になった辺りから、何も関心を抱けなかった、ただ拡散された太陽光が表す青を、見上げるようになっていた。
*
これは、よくある話だ。スクールの日課で時折ある、校舎の外で学習をすると言うもの。多くの同級生は、退屈な校舎内と講義から飛び出せることに目を輝かせていた。
私にとっては、どうでもいいものだった。教科書も、図書室にある本も大体は覚えたし理解していた。ただ、それ以上の興味関心が持てずにスクールの範囲に留まっているのもまた事実だ。もっと、知識というものは膨大で世界が広いというのは分かっている。けど、これ以上の知識の収集や学びというのは、少々面倒で億劫だと思っていた。
向かう先は、航空機博物館。星間飛行やMTが普及される前の時代の、かつての移動手段、輸送手段、兵器となっていた航空機。今では、製造コストに対して燃料の消耗、メンテナンスの維持が膨大であること。何より、それを操る人材の育成という大出費から、次第にMTや無人機に取って代わられてしまった鋼鉄の翼。人類の発展において、確かに一役を担っていた存在だ。今ではもう、こうして博物館に展示されている過去の遺物となってしまっているが……
「そして、この機体は──」
展示されている航空機の説明がされる。この機体は、MTやACが普及される前の戦争において使用されていたものらしい。主に、敵地へ飛んでは爆弾やミサイルを落とすというもの。同じ空を飛ぶ航空機と会戦することもあったらしい。
(あれ……?)
脳裏に過ぎったのが、御伽噺の絵だった。空から黒の騎士が現れ、大地を焼き払い、死を降り注いでいく。なぜか、その光景が航空機の説明と繋がった。
「ですが、戦闘機は戦いのためだけに扱われるものではありません。中には──」
次の説明は、戦い以外での航空機の説明だ。戦闘能力を持たず、その自由な機動性から支援物資の輸送を行うこともあった。時にはその機動性を活かした曲芸を行う催し物があったらしい。当時の映像が流される。航空機たちがスモークを炊きながら空を舞っている。軌跡が、絵となっていく。
「祝福を齎し、軌跡を残す……」
黒の騎士が現れてしまっては、白の乙女も自然と脳裏に浮かんでしまう。荒れ果てた大地を再生させ、人々を喜ばせるために空に絵画を記す。御伽噺で、何回も読み上げた場所だ。
「──以上が、今回の講演会の内容となります。何か、質問はありますか?」
目の前の鋼鉄の翼に関心を示したクラスメイトたちが質問していく。実際に、飛ぶときはどうなるのか。どうして、翼たちは飛ばなくなったのか。そういったものばかりで、誰も目の前の翼が御伽噺の存在となっていることに気付いていなかった。
*
自由時間を見計らって、先程説明をしてくれた職員を探していく。これはただの思いつき、持てる知識の中でたまたま繋がってしまっただけのこと。聞いてしまえば、子供の戯言だと笑われてもおかしくないもの。
それでも、聞かないといけなかった。そうしないといけないと、何かが突き動かしていた。広い館内を回れば、ようやく先程の職員を見つけた。その視線の先には、鋼鉄の翼の姿がある。
「あの、すみません……!」
「君は……、ああ。学生さんかい。何か、聞きたいことでも?」
声を掛ければ、職員は素直に対応してくれる。笑われることを覚悟に、思っていることを口にする。
「御伽噺の『黒の騎士と白の乙女』って、この航空機たちのことですか……?」
職員が虚を突かれた表情になる。やはり、これは子供の発想に過ぎなかった。だが、職員が言葉を紡いでいく。
「どうして、そう思ったのかな?」
「……さっきの説明、あの御伽噺に似ていたから。黒の騎士は兵器としての航空機、白の乙女は兵器じゃない航空機に近いなって。今じゃ、戦争はMTや無人機が主力になってる。惑星封鎖機構の手が入ってるところなんか、航空機が飛べる空はない。だから、航空機達はもう昔話になっても──」
職員の表情を見て、思わず口を噤んだ。どこか寂しげな表情に、言い過ぎてしまったと罪悪感を抱く。
「……すみません」
「──いいや。君、すごいね。その説明は、アカデミーに通う子たちが学ぶ内容さ。お爺さんが元パイロット?」
「……いいえ。今の世界の知識があれば、分かることだし……」
首を横に振る。あれは、持てる知識を総動員して、筋道を立てて言葉を並べたものだ。祖父がパイロットだという話は聞いたことは無い。むしろ、元研究者であったことしか聞いたことがない。
「──そうだね。今の世界情勢を知っていれば、MTや無人機が戦っていて、有人戦闘機の時代が終わったことは誰でも分かる。確かに、もうこの子たちが飛んでいたのは昔話だ。でも、それが御伽噺に繋がる理由にはならない」
どうして、航空機達を御伽噺にしたのか。それが説明できないのも確かだ。誰にでも知ってもらうため? それだったら、直接航空機の話にすればいい。知識を見つけることが出来ない、考察するにも情報が無い。言葉が、止まってしまう。
「学生さん、名前は?」
「……ソフィア。ソフィア・フォークナー」
「じゃあ、ソフィアちゃん。どうして、人が航空機を発明したと思う?」
「え……?」
問いかけに考える。航空機、空を飛ぶ乗り物、空の利点……。考えられることとすれば、空の方が地上より早く制限が無いというところなのだろうか。
「……飛べた方が、便利だから?」
「うーん、それもそうだけど……。難しく考えなくていいよ。至極単純なことさ」
「……?」
逆に混乱してしまう。単純なこととはどういうことなのだろうか。空にも道があれば利便性が上がる。というのも、かなりシンプルな答えなのだと思うのだが……
「──“空を、飛んでみたい”から。だよ」
「あ……」
本当に、シンプルな答えだった。そうしたいと言う欲求を叶える。人間の行動原理、好奇心によるもの。灯台下暗し、と言うよりは、こんなにも難しく考えるのがクセになっていたのかと頭を抱える。
「ソフィアちゃん、学校ですごく真面目さんって言われる?」
「勉強が出来る嫌味たらしいヤツとは言われたことある……」
「なるほど。君は、特別な子か」
その言葉は嫌いだ。教科書を読むだけでその内容が分かってしまう。問題集も、最早作業でしかない。もう少し知ってみたいと、好奇心で教科書以外の書物データを見て、全て読み終わってしまった。先生は勉強が出来る素晴らしい子と言うが、クラスメイトからすればお高く止まったヤツとなる。段々と外の人間が鬱陶しくなって、
「……その言葉、好きじゃない」
「ごめんよ。でも、君の知識や考察力、道筋を並べた説明はより上の学校でも通用するものがある。それは、お兄さんが保証しよう」
笑う職員から思わず目線を逸らす。そこには、手間がかからなくて済むという意思が見えてこない。純粋に、それはすごい事だと称えてくれている。まっすぐな感情を向けられるのは、久しぶりだった。
「それじゃあ、答え合わせをしよう。ちょっと来て。館長と君の先生にちょっとお話して許可が欲しい」
疑問符が浮かぶ。答え合わせは、恐らく航空機たちを御伽噺についてのこと。許可を取るというのは、どういうことなのだろうか。とりあえず、着いていくことにした。
*
許可というのは、シミュレーターを使わせて欲しいというものだった。自由時間内でかつ監督下であればと、先生が一人着いて来た。館長は快く許可を出した。航空機を模したシミュレーション用の座席に座り込む。目の前には、恐らくは航空機の操縦席を模している。
「操作とかはしなくていいよ。ただ、景色を見ていて欲しい」
こちらが座っている座席より、前の座席で職員が何かしらの操作を行っている。覆われている画面に電源が入り、景色が変わっていく。周囲には、開けた場所と滑走路だ。
「さあ、テイクオフだ」
景色が変わる。航空機が移動しているのだろう。徐々に加速し、そして、機首が上を向いた。
「よく見ていて、ソフィアちゃん。これがかつて、人類が憧れていた光景だ!」
心なしか、というより明らかに職員が興奮している。滑走路や周囲の風景が小さくなっていき、空の青しか映らなくなっていく。違う色は、白い雲くらいだ。高度を示す計器の数値が上がっていく。二〇〇〇、三〇〇〇、四〇〇〇──
「……」
ただそれだけだと言うのに、目の前の光景に息を呑んでいた。これはシミュレーター。実際に空を羽ばたいている訳ではない。それでも、視界を覆いつくす空の色に目が奪われる。いや、この空の色はずっと地上から眺めていたスカイブルーではない。今、高度六〇〇〇の世界は、より宇宙の黒へと近付いていったダークブルーだ。
「これが、空……?」
「そうだよ! これが、昔の人々が飛んでいた世界だ! とても広くて、自由な空さ!」
興奮気味の職員のテンションには追いつけないものの、これがかつての人々が見ていた光景。飛んでいた世界。どこまでも遠く広がる青は、確かに心が惹かれるものがある。この青の世界をどこまで飛んでいけるのか。何にも縛られていない自由な空を飛んでいたい。その気持ちが、分かる気がした。
「今はもう、有人戦闘機はほとんど価値を失ってしまった。多くのお金がかかるし、その上繊細。パイロットの育成の手間を考えたら、MTや無人機の方が良いになるのは分かる」
彼は言葉を続けていく。
「多くの人に知って欲しいのはある。だけど、“この感動を忘れないでいて欲しい”のさ。もうただの御伽噺だとしても、空はまだこの光景が残っていて、ヒトとヒトを乗せた翼は空を飛んでいたんだって」
あの御伽噺の絵は、空に重点に置かれていた。スカイブルーではなく、この宇宙に近いダークブルー。この美しい空から、航空機の側面の象徴が舞い降りて、また空へと帰る。任務のために飛び立ち、達成した後に帰投する戦闘機。かつて表舞台に立っていた存在と、彼らが見ていた光景を忘れないで欲しいと。
「少しは、いい経験になった? お嬢さん」
その問いには、すぐに答えられる。
「うん。とても、綺麗」
戦闘機が着陸シークエンスに入る。空の旅は、終わりを告げたのだ。
*
上下感覚に支障が出て目を回してしまった以外は、校外学習はすんなりと終わった。帰りのバスはクラスメイトの雑談という騒音の中で、疲れて眠ってしまっていた。なんとか家に着くまで、上下感覚がぐるぐるしている身体を引きずって帰宅することができた。両親はまだ、帰ってきていない。二階の自室へと向かい、すぐに荷物を置いてくる。今回貰った資料を片手に隣の部屋へと向かう。
「ただいま、アヴィ」
「あ、お姉ちゃん! おかえりなさい!」
せめてと、窓際に置かれたベッド。身体を起こして窓を眺めていた妹が、こちらに振り向く。顔色は悪くなっていない。今日の体調は大丈夫そうだった。
「お薬、ちゃんと飲んだ?」
「飲んだよー」
「それじゃあ、お話するね」
ベッドに座り、資料を並べて今日の出来事を話していく。今日は、自分にとっても実りのある話が出来る。
「お姉ちゃん、乗せてもらったの?」
「シミュレーターだよ。本物じゃない。本物だったら、多分、もっと目を回して気持ち悪くなってる」
「でも、鳥さんみたいにお空、飛べたんだ」
空に関心を持つようになってから、空を飛ぶ動物にも妹は興味を持ち始めていた。今の時代、野生の動物というのも見るのは貴重な出来事だ。空には、生き物がいない。飛び交うのは、輸送機や無人機だけだった。
「鳥さんより、もっと高い所だったけど……、とても綺麗だった。宇宙が近くなると、空の青はもっと深くなっていくの。とても綺麗な青色よ」
「私も見たかったなあ……」
「アヴィが大きくなったら、見に行こう?」
「……うん!」
もっと身体が成長して、自由に動けるようになったら──。そうなったらきっと、窓に縁どられた空ではなく、もっと広い空を見ることができる。広い世界を知ることが出来る。
『お姉ちゃんがもし、鳥さんだったら……。この鳥さん!』
脳裏に過ぎるあるやり取り。鳥の図鑑を吟味していた妹がタブレットの画面を向ける。それは、黒い羽根で覆われた一羽の鳥。名前は……
『レイヴン……? カラス、ねえ……』
『カラスって、鳥さんの中じゃ一番頭が良いんだって! お姉ちゃん、頭が良いんでしょ?』
『まあ、うん……』
不吉の象徴とされることもあるカラス。過去にゴミ集積場を荒らすだの言われていたらしい鳥がぽいと言われるのは、少々複雑な気持ちになってくる。
『それに、この黒い羽根、お姉ちゃんの髪みたいで綺麗』
確か、一部の地域では吉兆の縁起物とされていることもあったらしい。髪の色や、知性の高さから選ばれたのがその鳥なら……。と考えれば、悪い気にはならなかった。
「お姉ちゃん?」
「なんでもない。じゃあ、宿題やろうか」
「うん!」
会話が終われば、勉強の時間へと切り替わる。個別学習の振り返りや、分からないところを整理していく。自分の知識の振りかえや、他者への通達手段が正しいかの確認にもなる。妹の勉強を見ることは、してあげたいことでもあり、自己研鑽でもあった。
(本当に、いつか……)
もう、外を自由に歩いても大丈夫と告げられたその時になれば。本やタブレット、縁取られた窓以外の世界を見せてあげられる。一緒に、あのダークブルーを見に行くのも悪くない。そのためにも、もっと外に関心を向けるべきか。どこから未知を補っていこうかとささやかな楽しみとなった。
それだけで、
*
(全く、随分懐かしい夢を見た……)
ゆっくりと目を開ける。もうすぐで、輸送ヘリからナイトフォールが投下される。目の前には、強襲艦隊とアーキバスのMT部隊が戦闘を繰り広げられていた。
〈レイヴン。これ以上は……〉
「強襲艦に向けて降ろして。後は上手くやる」
〈分かったわ、レイヴン〉
氷床からも高く、輸送ヘリからの投下としては中途半端な高さから、投下される。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
だが、奇襲をかけるには丁度いい。愛機のバイザーが降りる。投下されてすぐに、アサルトブーストを噴かせて強襲艦の一隻に向かった。
〈レーダーに感アリ! これは──〉
最後尾の強襲艦に取り付く。すぐさま艦橋の前に躍り出る。そして、左手の鉄杭を大きく引いて、艦橋に向けて突き上げた。
〈コード15! 何が起きている!?〉
〈コード44! あれは──!〉
相変わらず、目の前の現実ではなくシステムに判断を委ねる連中だ。この状況で、最低限の自衛しかしない。一隻、また一隻と強襲艦をパイルバンカーで撃ち落としていく。
〈コード44を受領、情報を送信します。当該AC、優先排除目標“レイヴン”と一致〉
〈レイヴンだと……⁉〉
アーキバスを相手取っていたLCの数機がこちらに向かってくるが、最後の一隻は落とした。後は、残党を相手取るだけ。双対ミサイルをマルチロックで放ち、アサルトブーストを噴かせて突撃する。アサルトアーマーでLC機体の脚を止め、先に放ったミサイルが脚を止めたLC機体を落としていく。残党は、アサルトライフルと小型連装グレネードキャノンで処理できる。惑星封鎖機構を片付けるのは、最早慣れたことだった。
〈コード78E! くそ、また外部通信が……⁉〉
〈レイヴン。後はそいつらを〉
「さすが」
オリヴィアの通信妨害で、もう彼らの緊急要請が届くことはない。彼らのネットワークに、何度も何度も喧嘩を売り続けているのだ。それぐらいは造作もないことだった。地上に残るMT部隊を小型連装グレネードキャノンの偏差撃ちの爆風で蹴散らす。双対ミサイルとアサルトライフルで牽制し、ACS負荷限界を迎えたLC機体に向けて、パイルバンカーを打ち上げる。惑星封鎖機構が撤退することはない。最後の一機も、パイルバンカーの鉄杭が貫いた。
〈独立傭兵か……?〉
〈レイヴンが寄越されると聞いていたが……〉
LC機体の残骸を踏みながら、残るMT部隊を見る。アーキバス製レーザー兵器が主武装のMTではなく、BAWS製のMT群。流石に、強化人間部隊を持ちこむのが限界だったらしい。
〈どうする? レイヴン〉
「片付ける。レイヴンには、来て貰わないと困るからね」
愛機のバイザーが再度降りる。アサルトブーストを噴かせて、残るMT群へと突撃した。
*
夕日が差し込むバートラム宇宙港には、残骸しか残っていない。補給シェルパで弾丸とアサルトアーマーを補充する。なんとなく、艦隊の残骸の上に乗る。どの惑星であっても夕暮れというものはあって、どこか寂しさというものを感じさせる。後は、アーキバスの要請を受けたレイヴンが来るのを待つだけだった。こういう時に、シャルトルーズやキングが喫するだろう煙草というものを口にすれば、何か違ったのだろうか。
〈レイヴン──、ソフィー。本当に良いのね?〉
オリヴィアが最終確認を取って来る。ここまでやっておいて、やはりやらないという訳にはいかなかった。
「……今更ね、オリヴィア」
〈強化人間C4―621。彼女は、もしかしたら──〉
「だとしてもよ。本当にあの子だとしても、やらなければならなかった」
脳裏に浮かぶ、銀色の髪に空色の瞳の少女。こちらを見るが否や、お姉ちゃんと笑みを向ける大切な家族。最も守りたかった、最も救いたかった、喪った家族。彼女が生きていて、強化施術を受けさせられていた。それが、現行の施術だったらこちらもどうしていたか分からない。
だが、あの子が受けたのは第四世代。今なお、闇市で流通し続ける旧型の脳深部コーラル管理デバイス。コーラルを、ルビコン調査技研の遺産を研究したいという研究者たちの間では、アイビスの火から逃げ延びた旧型デバイスはまさに価値ある宝石と同義だった。故郷も家族も焼け落ちた生き残りなぞ、都合の良い実験材料だっただろう。旧型施術は、身体と精神に大きく影響が出ると聞く。もし、あの子だとしても、その強化人間はもうかつてのあの子では──
〈──来たわ〉
ブーストを噴かせるACの音。意識を切り替えろ、戦闘はまだ続いている。
〈“レイヴン”。通信は聞こえてる……? 目標を確認したわ。あれが、あなたを騙る傭兵……〉
とうとう来た。来てしまった。愛おしいあの子だった誰か。本当に、あの子だったのか。もう、あの子は死んでしまって、違う誰かになっているのか。どちらにせよ、このカラスの名を名乗るのであれば、やらなければならなかった。振り向けば、そこには白と黒に塗装された青いライトカラーを灯す機体だった。
〈見せて貰いましょう。借り物の翼で、どこまで飛べるか〉
その名に相応しいか、見極めなければならなかった。
「……アヴィ」
ぽつりと言葉が漏れる。だが、愛機は既にバイザーを降ろし、白い機体に向かって飛び込んでいった。