「621、どちらから進める?」
提示されたのは、カーラからの依頼、アーキバスからの依頼だった。カーラの依頼はこちらから連絡を行う必要がある。アーキバスの方の依頼は、バートラム旧宇宙港の奪還に向かう惑星封鎖機構からの防衛というものだった。恐らく、緊急性としては、こちらの方が上だ。
「……アーキバスから」
「わかった」
ヒビが入ったタブレット端末を操作して、ブリーフィングを始める。
〈独立傭兵レイヴン。これは当社系列企業、シュナイダーからの依頼です〉
ブリーフィングを担当するペイターの音声が流れ始める。なんだか、彼の声を聞いたのは久しぶりな感じがした。
〈ヴェスパー第四隊長と貴下の活躍により陥落し当社拠点となったバートラム旧宇宙港について、惑星封鎖機構の残存艦隊が奪還を企図しているとの情報を得ました〉
『この拠点は旧いとは言え、星外との窓口となれる場所です。封鎖機構としては、なんとしても抑えたいのでしょう』
エアの捕捉に、改めてバートラム旧宇宙港の価値を思い知らされる。星間飛行が当たり前となった現在でも、やはり惑星から宇宙に出るためには相応の設備が必要だ。バートラム旧宇宙港は旧世代ものではあるものの、企業の手で改良を施されれば、十分に使える物となる。そうなれば、少なくともアーキバスは自由に扱える玄関口を手に入れることになる。これは、惑星封鎖機構からすれば、なんとしても回避したいのだろう。
〈作戦内容は、その迎撃及び当該拠点の防衛。配備されているMT部隊は友軍として、貴下の支援にお役立てください。ブリーフィングは以上です。よろしくお願いします〉
ブリーフィングが終わる。防衛とのことだが、防衛用に武装を変えるか少々考えてしまう。
「621、封鎖機構は相応の戦力で基地奪還に来るはずだ。友軍MT部隊を上手く利用しろ」
『MT部隊も相当数配備されています。不慣れな武器より、手慣れたアセンブルの方があなたのパフォーマンスは発揮されやすいと思います』
「……わかった」
ならば、普段通りのアセンブルで挑むだけだ。カサブランカの出撃準備を始めた。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
〈ミッション開始――。待て、621。様子がおかしい〉
ウォルターの戸惑いの声。アーキバスのMT部隊と惑星封鎖機構の艦隊が交戦、しているにしては静か過ぎる。ブーストを噴かせて少し進むと、そこには残骸しか残っていなかった。
「なに、これ……」
『戦闘が……、既に終わって……⁉』
〈……状況を確認しろ、621〉
「……了解」
MTや撃墜されただろうLC機体、床の状態を確認する。アサルトライフルに射貫かれたかのような弾痕、恐らくは回り込むような動きをする双対ミサイルによる追撃。グレネード相当の爆発も起きている。なにより、LC機体には何かしらの固いものに貫かれただろう痕があり、オイルが垂れ流れている。この痕には覚えがある。確かこれは、パイルバンカーによるものだ。
「……?」
墜落した艦隊に目を向ければ、物陰が見えた気がした。そちらの方に、ブーストを噴かせて近付いていく。そこにいたのは、一機のAC。右肩にはメリニット社の小型連装グレネード、左肩には双対ミサイル。右手には、こちらが使用しているものより強力なアサルトライフル。左手には、パイルバンカーが装備されている。フレーム自体は、密航した際に使用したRaD製の探査用ACのものだった。
〈“レイヴン”、通信は聞こえてる……?〉
こちらが呼ばれたのかと思ったが、なにか様子が違う。まるで、あちらの機体がレイヴンであるとばかりの――
〈目標を確認したわ。あれが、あなたを騙る傭兵……〉
ゆっくりと機体が振り向いてくる。黄昏の光に照らされた、攻めに長けた無骨な機体――
〈見せて貰いましょう。借り物の翼で、どこまで飛べるか〉
頭部のバイザーが降りる。そして、アサルトブーストを噴かせて機体が飛び込んできた。既に、牽制のミサイルが放たれている。クイックブーストを噴かせて、正面衝突は避ける。だが、その動きは予測されていた。こちらが避けた先に、あちらも進路を変更する。垂直プラズマミサイルを放ち。アサルトライフルとリニアライフルで応戦するも、ジグザグに交錯する動きはすぐに距離を詰められる。左手が大きく引き上げられる動きに、脚を止めずにクイックブーストを噴かせれば、パイルバンカーが空に打ち出された。
〈……AC単機で、全てを片付けたというのか〉
〈強化人間C4―621〉
「こっちのこと、知って――、っ!」
垂直プラズマミサイルの直撃を受けながらも放たれる小型連装グレネードが飛んでくる。クイックブーストで偏差撃ちされた砲弾を回避した。
〈“レイヴン”の名を返せとは言いません。ただ……、あなたにその資格があるか。見極めさせてもらいます〉
双対ミサイルが宙を舞い、牽制のアサルトライフルがこちらの機体を掠めていく。こちらの牽制射撃をクイックブーストで回避していく。実力差で言えば、向こうの方が明らかに上だ。垂直プラズマミサイルのダメージエリアが無ければ、もっと追い込まれている。
〈……お前のライセンスの、本来の持ち主か。構うな、撃破しろ。621〉
「了解」
もう少しでACS負荷限界を狙えるというのに、ギリギリで回避される。ジャンプとクイックブーストを織り交ぜた攻防戦が続いていく。相手がACS負荷限界で脚を止めるも、接近戦に持ち込むのを堪える。下手に距離を詰めれば、あのパイルバンカーで射貫かれて、こちらが負ける。相手がリペアキット使って体勢を立て直したのが見えた。
〈企業の走狗か、ハンドラーの猟犬か。いずれにせよ、羽ばたくことは無いでしょう。……そのままでは〉
アサルトブーストを噴かせて距離を詰めてくる。ブーストキックで蹴り返そうにも外される。相手の接近を許せば、こちらの負けが決まる。ならば、相手の懐に飛び込むことも、こちらの懐に飛び込ませることも避けなければならない。アラートが小型連装グレネードを報せ、回避する。止まっている間は、なんとかこちらのアサルトライフルとリニアライフルが当たる。垂直プラズマミサイルも、速攻に秀でた速さの機体に食らいついていた。
『レイヴン!』
「しまっ……、っ!」
レイヴンの機体――、ナイトフォールに追いつこうとしたのが間違いだった。エネルギー切れ寸前のところに小型連装グレネードの直撃を受ける。リペアキットを使って、無理矢理機体を動かして相手の接近を回避した。定期的に降り注いでくる双対ミサイルの雨、クイックブーストを多用した攪乱の動き。だが、距離が縮まった。下手に後手に回れば、相手の一撃必殺に狩り取られる。アサルトブーストを噴かせて、ブーストキックの一打を与える。だが、蹴られたナイトフォールの体勢が低くなる。嫌な予感が走る。すぐに距離を取れば、ナイトフォールを中心にパルスによる爆発が起きた。コア拡張機能の一つ、アサルトアーマーだ。少しでも反応が遅れていれば、一気にACS負荷限界まで追い込まれ、あの鉄杭の一撃を受けていただろう。
〈……勘は良いようね。お前〉
先程から語り掛けてくる女性とは違う声。どこか、酷く懐かしさを覚える声が聞こえる。小型連装グレネードを告げるアラートにかぶりを振って、垂直プラズマミサイルを放ちながらクイックブーストで回避し、アサルトライフルとリニアライフルの牽制を続ける。すれ違い様の急接近に垂直プラズマミサイルが着弾し、相手の動きが止まった。ウェポンハンガーでパルスブレードに切り替え、アサルトブーストを噴かせて二撃を与える。
〈“レイヴン”とは意思の表象。相応しいのは、選び戦う者だけです〉
攻防戦が続く。ナイトフォールの大火力たるパイルバンカーと小型連装グレネードを回避し、こちらの垂直プラズマミサイルを当てていく。速攻性の機体に速攻をかけさせないように動かなければならなかった。
〈そこのお前〉
また、懐かしい声が聞こえてくる。
〈お前は、何のために戦う。何のために、それに乗っている〉
戦う理由。それは、自分を救ってくれたウォルターのため。彼に戦えと命じれば、戦う。この鋼鉄の兵器に乗り、武器を取る。それが、それだけが――
「ワタシは……、ウォルターのために――」
〈……戦いに集中しろ、621〉
ウォルターの冷静な声に現実に引き戻される。思案などすれば、こちらが狩られるだけだ。相手の心を揺さぶるような言葉に耳を傾けている場合ではない。アラートが鳴り、小型連装グレネードと双対ミサイルが同時に放たれるのをクイックブーストで回避するも、一発は受けてしまう。
〈AP、残り五〇%〉
互いにリペアキットを使い、キットの残骸が床に放り投げられた。
〈あくまで主人に忠を尽くす、か……。考える頭は、残っているようね〉
〈……ええ、“レイヴン”。私も感じているわ。この傭兵には、可能性がある〉
パルスアーマーを起動して、相手からのダメージを抑える。双対ミサイルを防ぎ、小型連装グレネードの爆風をも抑えた。もう少しで、相手のACS負荷の限界を狙える。
『選び戦う、意志……』
『戦う理由は、ちゃんとある』
リニアライフルの一撃が相手のACS負荷限界を向かわせる。放っていた垂直プラズマミサイルも着弾した。リニアライフルをパルスブレードに切り替え、アサルトブーストを噴かせて距離を詰め、二撃を与える。同時に、相手からパルスの爆発。だが、パイルバンカーの追撃は行わず、距離を取っていった。ACS負荷限界で動けないこちらに向けて小型連装グレネードを撃って来るが、クイックブーストを無理矢理噴かせて回避した。
〈命知らずね……!〉
恨むというよりは、叱責に近い声だった。先程から、向けてくる殺意こそは本物だというのに、その本心は違うような。そんな気がしてならない。このライセンスのかつての持ち主たる女性、どこか懐かしさを感じる彼女は一体、何者なのだろうか。手持ち火器による攻防戦は続いていく。
〈AP、残り五〇%〉
「終わらせる……!」
ナイトフォールから火花が出ているのを見逃さなかった。あの機体も限界が近い。アサルトブーストを噴かせて距離を詰める。ナイトフォールが跳躍し、真正面から小型連装グレネードを喰らうが、怯むつもりはない。パルスブレードに切り替え、相手の着地を待つ。至近距離を保ったままならば、パルスブレードは喰らいつける。一薙ぎがナイトフォールを捉え、二撃目を振るう。
「……あ」
何故か、一人の女性の姿が思い浮かんだ。エアの幻影と瓜二つの女性。短い黒髪を持った、赤い瞳の女性。いつも、優しい笑みを向けてくれていた――
〈足掻けば、いいさ。借り物の翼で、どこまで、いけるのか……、を、ね――〉
〈“レイヴン”、反撃を――〉
ナイトフォールが爆炎を上げる。懐かしい声は途切れ、もう一人の女性が息を呑んだ。乗り手の脱出は、間に合わなかったのだろう。
〈……そう、見届けようと言うのね。この翼が……、彼女たちをどこに運ぶのかを〉
ワタリガラスの名を持つものたちの決闘は、先代の敗北で幕を閉じた。
*
帰投して、身支度を整える。そのあと、ガレージにて、カサブランカの調整を行う。先程の戦いのことが、ずっと頭から離れずにいた。ナイトフォールはあのまま、後からやってきたアーキバスによって回収されたらしい。今頃、機体とパイロットがどうなったのか。そもそも、パイロットが生きているのかどうかすらも、分からないままだった。
『……レイヴン』
見上げれば、そこにはエアがいた。なぜだか、エアの幻影の姿を見ると胸が締め付けられる。このようなことは、今まで一度も無かった。
『あなたを襲撃した独立傭兵……。“レイヴン”について調査しました』
エアがデータを送信してくれる。ヒビが入ったタブレット端末に指を滑らせれば、そこにはナイトフォール――。だけではない。様々な機体と搭乗者と思しき顔写真や、隠し撮りだろう画像が映された。
『どうやら“レイヴン”とは特定個人ではなく、彼らの定義する“自由意志”の象徴として、傭兵たちが受け継いできた称号のようです』
『称号……』
つまりは、彼女もまたレイヴンの名を受け継いで来た一人だったのだろうか。ならば、彼女は何のために戦場にいたのだろうか。何のために、戦っていたのだろうか。なぜ、ずっとこちらを気遣っていたのだろうか。それを聞こうにも、もう、この手で彼女は葬り去った後だ。この答えは永久に見つけることは出来ない。
『戦う理由を自ら選び、そのために強く羽ばたくこと。それが、“レイヴン”の証明だと言うのなら……』
エアがこちらを見つめている。よくよく見れば、エアの瞳は朧気にある優しい赤い瞳とは違う。もっと、鮮やかな赤の色をしている。まるで、コーラルのような赤と星のような煌めきを持っていた。
『私は……。変わらずあなたを、そう呼びたいと思います、レイヴン。託そうとした、彼女のためにも』
『エア……』
理由は分からない。だが、こちらが勝ち、彼女が敗北した。この称号の継承というものは、しっかりと形となったのだろう。ならば、この名前を受け継ぎ続ける。それが、彼女へのせめてもの手向けになるだろうか。
〈来客です、ハンドラー・ウォルター〉
COMの通知が入る。ガレージには今、ウォルターがいない。彼がここに来るまで時間がかかる。
『監視カメラを確認しました。女性が一人、非武装です。とても戦闘要員には見えませんが……』
『じゃあ、行こう』
ならば、こちらが応対するまでだ。輸送ヘリの出入り口まで向かい、扉を解放する。そこには、艶やかな黒髪をひとつにまとめた碧眼の女性の姿があった。こちらを確認したかと思えば、しゃがんで目線を合わせてくれた。
「あなたが、独立傭兵レイヴン?」
「一応、そう……」
「あなたのフィクサーのハンドラーは?」
「もうちょっと、待って」
「分かりました。応対、ありがとうね」
黒髪の女性は、こちらの発言を疑うこともなく話を聞いてくれた。外に居させたままでは失礼だ。中に案内する。すると、ウォルターがこちらに向かって歩いてきていた。621と言いかけて、レイヴンと言い直した。
「……レイヴン。お前が出る必要は――」
「いい子じゃないですか、レイヴンちゃん。あなたの教育がよろしいのでしょう」
「お前は……」
「失礼しました。私は、ベルタ・ウェバー。第四部隊の副長及びメインオペレーターを勤めています」
「ラスティの……?」
傍らに立つ女性を見上げる。凛とした大人の女性だ。綺麗で、優しくて、仕事が出来る。なぜだか、お腹がむかむかするような感覚に襲われる。
「……その第四部隊副長殿が何用だ」
「はい。アーキバス及びベイラムの停戦協定が合意となりました。そのため、今から送る座標が、両社及び独立傭兵の一時停戦エリアとなります」
〈新着メッセージが一件〉
タブレット端末を確認すれば、そこにはバートラム宇宙港から少し離れた場所が示された。これが、一時停戦エリアということなのだろうか。
「ハンドラー・ウォルター及び、独立傭兵レイヴン。我がアーキバスも、ベイラムもあなたたちにはこの一時停戦エリアでの滞在を歓迎したいと思っています。アイスワーム破壊の作戦が立案した際には、間違いなくあなたたちにお声がかかるでしょうから」
「なるほど……。最低限の、居住エリアがあるのか。どうする、レイヴン。お前が判断するといい」
「……」
つまりは、アーキバスとベイラムが定めた中立エリアでの滞在。アイスワームを倒す算段がつくまでは、このエリアで生活をしろということなのだろう。いつ、その作戦が立案出来てもいいように。アイスワームを倒さねばならないのは、こちらも同じだ。今回ばかりは、企業の手を借りないと一人では不可能だ。
「……わかった、行く」
「ありがとうございます、レイヴン。ふう、緊張した」
「……?」
ため息をついたベルタに思わず首を傾げた。この連絡を、断れると思っていたのだろうか。
「ああ、本当はラスティ隊長がこのお話をしたかったのよ。ただ、彼も忙しい。だから、私が代わりを頼まれたわけ。これで誘致が失敗したら、怒られるところだったわ」
「副長殿も、子守りは大変なようだ」
「ええ。まだ、育ち盛りのやんちゃ坊主たちを見ている方が、まだ楽です」
(ラスティの扱いって……)
まるで、言うことを聞かない大型犬に苦労している飼い主のようにベルタが見えてしまった。
*
「わあ……! ベルさん、本当にこの子がレイヴンちゃんですか⁉」
「本当にちっちゃーい、かわいい……!」
ベルタに指定された場所に到着するや否や、待機していただろうアーキバスの職員に囲まれてしまった。いずれも女性職員で、こちらを見るなりかわいいと呼び続けて囲まれていた。
「きゃー! 本当にもちもちしていますねえ。ずっと触ってたあい」
「モニカ、その辺にしなさい」
「えー? 隊長に邪魔されない内にもっと、このぷにぷにほっぺをー」
「それをやめなさいと言っているの。女の子同士でもコンプライアンス違反です」
「ええー……」
こちらの頬に両手を添えては、むにむにと人工皮膚の感触を楽しんでいた亜麻色の髪を一つに結んだ紫色の瞳を持つ女性が、ベルタに首根っこを引っ掴まれた。おかげで、なんとか解放された。
「これは、どういう状況だ……」
「失礼、ハンドラー・ウォルター。文句ならウチのバカ狼――。じゃなかった、隊長にお願いします。隊長が小さい女の子を連れ回し、その子がレイヴンではないかという噂は、持ち切りでしたので……」
「……本当に苦労しているのだな」
「……慣れました」
ベルタがしっしっと手で払うような仕草をすれば、渋々と女性職員が解散していく。残されたのは、ウォルターと621。ベルタとモニカと呼ばれた職員だった。
「改めて、あなたの寝泊りする場所を……。とはいえ、私とモニカの相部屋になってしまったのですが……」
「いくらレイヴンちゃんでもー、独立傭兵に個室を与えるというのはー、難しいってスネイル閣下言ってからねえ。独立傭兵に与えるスペースなどありません。だってさー」
「こればかりは、世間体というものがありますので……。この子だけを贔屓するというのは……」
「いいや。機会を設けられただけでも十分な歓迎だ。ずっと、あの輸送ヘリ内での生活だったからな」
名の売れた傭兵であっても、贔屓するようなことは出来ないというところだろうか。世間体というものは、なんとも厄介で難しい。
「そこならご安心をー。ちゃんと、暖かいお布団にお風呂に、ご飯は最低限揃っていますのでー」
「少しでも、あなたの心身が休められれば幸いです。相部屋である以上、ここでのあなたの面倒は、私たちが任されています」
「隊長に任せたらー、一発でアウトだもんねー。ヒカルゲンジになるところだった」
「……?」
思わず首を傾げる。だが、このエリアに滞在している間は、彼女たちを頼れば良いということだろうか。
「心身のリフレッシュは大事だ、レイヴン。ちょっとした旅行だと思え。大一番の時、お前は万全でないといけない」
「そういうことです。もちろん、独立傭兵としてお仕事する分には構いません。それ以外の生活面のサポートはお任せを」
「今日からちょっとだけ、よろしくねー。レイヴンちゃん」
なんだか変わった状況になってしまったが、ウォルターが咎めないのならば、良い物なのだろう。そう考えるようにした。
*
「……まさかとは、思っていたけどねえ……」
ホーキンスの手が止まる。先の作戦で回収されたパルスブレードで薙ぎ払われた機体。ナイトフォールと呼ばれるACの残骸とその乗り手の調査に区切りがついたところだった。解析して得られた情報に、複雑な心境にならざるを得なかった。
「ホーキンスさん、いかがなさいましたか?」
「ああ、ペイターくん。なに、この機体のパイロットが知り合いだった。それだけのことだよ」
「はあ……?」
資料をまとめあげる。まとめたデータをペイターにも見せていく。
「……まさか、二人目のレイヴンとは……」
「違うよ、ペイターくん。あの小さくてかわいらしいお嬢さんの方が二人目だ。どうやって、彼女からあのライセンスを手に入れたのかはわからないが……」
「どういうことですか?」
事態を呑みこめずにいるペイター。これは、データをまとめたホーキンスにとっても複雑怪奇なことだった。本来ならば、こういうのはオキーフの仕事だろうが、彼も彼で忙しい。既に動かなくなった物品と遺体からの情報収集くらいは、こちらでも対応が出来ることだ。ただ、出て来た情報が問題だった。
「ペイターくん、ブランチという四人組を知っているかい?」
「ブランチ……? ああ、ルビコン星系で活動するハクティビスト集団ですか? 惑星封鎖機構に、正面から喧嘩を売る物好きがいるという噂は聞いたことはあります。都市伝説ではなかったのですか?」
「ああ、悲しいかな。彼らは存在しているとも。いや、彼女の正体が、証明してくれた。ブランチが我々アーキバスにコーラルの情報を売りつけた張本人ともね」
もし、この彼女の遺体が無ければ匿名の情報リークの正体にも辿り着けなかっただろう。彼女ならば、アーキバスに対して匿名で情報を売りつけるなど容易いということも。
「パイロット情報を見て見なさい、ペイターくん」
「はっ……。――、ソフィア・フォークナー……? この名前、どこかで……」
「ああ。かつて、アーキバス先進開発局に勤めていた天才だよ。今、我々が使っているパーツのほとんどが彼女の手が入っている。行方を晦ませてからどうしていたのかと思えば……」
ナイトフォールの乗り手、ソフィア・フォークナー。アーキバス先進開発局に見出された若き天才。間違いなく、彼女は生まれ持って頭脳の構造が異なっていたのだろう。彼女が設計に携わってから多くのパーツたちが改善されていった。特に、彼女が一から手掛けたレーザーランスを越える一品は、今なお存在していない。そして、彼女が残した設計の一つが、氷原に現れた化物退治に使うために開発が進められている。
「……つまり、先進開発局に勤めていた才女が行方を晦ませ、ブランチとして活動していたと?」
「その通りだよ、ペイターくん。かつての身内ならば、アーキバスに情報を売りつける分は容易かっただろうね。彼女を喪った痛手こそはあったが……」
ペイターがこのアーキバスに入社した時には、既に彼女はアーキバスから去っていた。かつての彼女のことを覚えているのは、ホーキンス、スネイル、フロイトくらいだろう。
彼女は熱気のある若者、とは程遠い。天才的な頭脳故、物分かりと知識の吸収が速い彼女からすれば、この情報社会でもつまらないものに見えていただろう。自分の、家族のこと以外は。
『私は、妹が元気になれれば……。それで、良いんです』
一度だけ、彼女とは言葉を交わしたことがある。身体が弱い妹のために、医療メーカーの側面も持つアーキバスを選んだのだという。自分が働き続ければ、いつか、妹の身体を治せると信じて。そのために、人殺しの設計に携わることへの葛藤も押し殺していた。
だが、そんな彼女を。狂わせた出来事が起きた。それが――
「おい、調査は終わったのか?」
「フ、フロイト隊長⁉」
ペイターが驚いた声を上げる。振り向けば、そこには短い黒髪とダークブルーの瞳を持つ童顔の青年――。強化人間部隊ヴェスパーの主席隊長にして、真人間のパイロットのフロイトの姿があった。彼もまた、彼女と同じ生まれ持った天才だ。ペイターが手にするタブレット端末を奪い取り、目を通していく。
「フロイト、情報精査はこれからだ。あくまでこれは調べて分かったことをまとめただけ。オキーフの報告を待つと良い」
「いいや、いらん。これだけで十分だ」
もう読み終わったのか、タブレット端末を放り投げるフロイト。放物線を描くタブレットを慌てて、ペイターがキャッチした。当のフロイトは興味を無くしたとばかりに立ち去っていった。
「相変わらず横暴ですね。フロイト隊長は……」
「そうだねえ……」
やってきたかと思えばすぐに立ち去る暴君。厄介な事に仕事こそはしっかりと出来る上に、本人がやる気になればなんでもこなしていく。だからだろうか。天才と天才が惹かれ合い、模擬戦が行われることとなってしまった。
ソフィアは、自ら携わった設計に対して真摯だった。故に、自らACに乗り込み性能テストを行っては修正案を出していくというスタイルを取っていた。それが悲劇の始まりだった。フロイトに気付かれた彼女は、渋々彼と模擬戦をすることになったのだ。
天才同士の戦いというのは、理解し難いものだった。ほとんど実戦の経験が無いというのに、ソフィアは実戦に立っているフロイトに追いついていた。フロイトも、心底楽しそうにACを駆っていたのを覚えている。この二人の模擬戦は無理矢理停戦させられた。決着がつかなかったことにフロイトは不満気に、実戦という新しい視点を得た彼女はいくつもの設計案を出したという。確か、その一つがレーザーランスだ。だがそれは、自分は技術者ではなく戦場に立つものの気質を持っているとソフィアは気付いてしまっていた。以来、彼女は自らが押し殺そうとしていた葛藤に随分悩まされたらしい。そんな時に、彼女の故郷が戦火に巻き込まれたという。それが決定打だったのだろう。ソフィア・フォークナーはアーキバスから姿を消したのだった。
「ホーキンスさん?」
「いや、なんでもないさ。さて、オキーフが仕事しやすいように、もう少しだけ頑張ろうか、ペイターくん」
「はっ」
もう亡くなった人物に思いを馳せても仕方ない。任務明けで、より一層グロッキーな表情になっているだろう第三隊長が少しでも楽が出来るように、資料をまとめるだけだった。
*
脚を運んだ先は遺体安置場だった。主席命令と、お飾りの言葉を使えばすんなりと中に通された。廃棄処分される前に、先程回収されて情報を抜き取られた女の亡骸と対面することが出来た。随分と、穏やかな表情で眠っている。
「……案外、あっさり死んだな。お前」
ナイトフォールの噂は聞いていた。あの機体の戦闘ログをなんとか入手して確認した。そして、確信した。決着がつかなかったあの女は、戦場の中にいたのだと。相対した時以上に動きのキレを見せていた。実戦を知り、経験した。死線を潜り抜けて伝説的な独立傭兵の地位まで上り詰めた。そんな女ともう一度相まみえることが出来ると信じていた。だが、レイヴンを名乗っていた女は後釜の猟犬にその翼を食いちぎられて地に堕ちた。せめて、こちらと一戦交えてから死んでほしかった。
「まあ、いいさ」
決着をつけられなかった名残こそあるが、今は後釜のレイヴンがいる。ハンドラー・ウォルターの猟犬、スネイルも一目置く存在。口枷に嵌められた狼が物欲しそうにしている一羽の新しいカラス。
「お前は、どう戦ってくれるんだ? 新しいレイヴン」
遺体安置場から、すぐにフロイトは立ち去った。