〈ルビコンが近い。そいつを起こしてくれ〉
〈了解です。ハンドラー・ウォルター〉
ルビコンⅢと名付けられた惑星。その宙域付近に一隻の小型船がルビコンⅢへと進路を向けていた。
〈脳深部コーラル管理デバイスを起動〉
機械音声の音に、ゆっくりと意識が浮上する。
〈強化人間、C4―621。覚醒しました〉
微睡の中、意識が眠るまでの記憶を思い起こす。
自分は、強化人間C4―621。ハンドラー・ウォルターに拾われた。今は、ルビコンⅢへ密航するため、ACに搭乗した状態で突入カプセル内にて待機している。惑星封鎖機構の目を掻い潜るため、直前まで意識もシャットダウンしていたところだ。デブリと誤認させるには、無機物でいなければならない。生身の無い自分だからこそ、出来たことなのだろう。
〈621、仕事の時間だ〉
振動が伝わる。突入カプセルの長距離移動のブースターが外れた振動だ。
〈突入カプセルの電源を落とす。あとは合図を待て〉
言われた通りに待機する。義体の手が操縦桿を握りなおす。しばらくしてから、カプセル全体が振動する感覚。ルビコンⅢの重力圏に差し掛かったようだ。今まで宙や水の中を漂っていた感覚から、落ちていくという感覚に変わる。
〈今だ、起動しろ〉
「了解」
突入カプセルの電源を再起動する。落ちていく感覚に正面から抵抗される感覚。大気圏に突入する姿勢制御が起動したのだろう。
その瞬間、ACの警告アラートが鳴り響く。そして、大気圏突入の振動とは全く異なる方向からの衝撃。考えられるのは、惑星封鎖機構の衛生砲の砲撃。直撃でないのは幸いだったが、生身の身体であれば命を落とす危険性があった。だが、生身ではないこの機体と義体ならば、多少宇宙空間に放り出されても問題はなかった。
続く振動と、段々と機体に重量が増していく感覚。今は、ルビコンⅢの上空にいるのだろうか。
(カプセルが、限界……)
カプセルの開口部が外れる。視界に広がるのは、乱立したグリッド、広大な雪景色、登りかけている朝日だ。爆発寸前のカプセルから機体となった少女が飛び出す。軽減しきれていない落下速度のまま、彼女は眼下のグリッドへと落ちていく。
折り重なった鋼鉄をぶち破り、数多の配管配線を破壊していく。機体に尋常ではない衝撃が続く。さすがに、無傷で着地できるとは思っていない。数多の鋼鉄が緩衝材となったからか、ようやく落下が止まった。
〈ISB2262。惑星ルビコンⅢに着陸〉
COMの無機質な音声が、ようやく自分たちはスタート地点に立てたことを告げていく。
〈座標は……、グリッド一三五。誤差はあるが、許容範囲だ〉
確かに、突入以前でのブリーフィングでは既に戦闘があったとされる市街地付近へ着陸。このルビコンⅢで活動するための傭兵ライセンスを獲得するのが目的だった。惑星封鎖機構の衛生砲の一撃が、突入ルートがズレた原因だろう。だが、ウォルターが許容範囲と言うのであれば問題ない。ゆっくりと、膝をついていた状態から立ち上がる。
〈この先のカタパルトを使え。それで帳尻が合う〉
「了解」
ウォルターの指示に返事をする。ルビコンⅢに向かうまで、幾度かは実戦とシミュレーションを繰り返してきた。活動したばかりの自分には、経験というものがほとんどない。それでも、これからの仕事は成し遂げていかなければならない。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
ACに本格的に炉が入る。右腕のアサルトライフル、左腕のパルスブレード、右肩の四連ミサイル。どれも、通電と認識を確認。先ほどの落下衝撃での故障は幸いにも無い。
示されたマーカーを頼りに歩を進める。足を上げ、地を踏む。これを右脚と左脚の交互に行う。歩行は問題なし。
背中や脚部に取り付けられたブーストを起動させる。ブーストを吹かせた移動は歩行以上の速度を出す。この移動方法も問題なし。
マーカーに目を送ると、少し高い壁に通路がある。膝を曲げ、足の裏を支えとして地面を蹴り上げる。ジャンプ行動に支障なし。背中のブースターを吹かせての上昇も問題なし。だが、これ以上の高度や対空するには少し心許ない。ACパーツやこの義体は、ウォルターと協力関係にある技師が提供してくれたものだが、内蔵パーツや武装はウォルターが揃えたものだ。内蔵パーツの密輸は厳しいものがある故に、内蔵パーツと武装は自力で揃えなければならなかったらしいが、動く分には問題なかった。
(レーダーに機影)
進軍を止め、物陰に身を潜める。開けた視界には数機のガードメカの姿があった。
〈ガードメカは排除しろ。機体の動作確認にもなる〉
「了解」
ウォルターが許可を出した。物陰から飛び出し、徘徊するガードメカにアサルトライフルを撃ちこむ。火器操作も問題なし。脚のついた砲台の逆関節型、ミサイルを積んだ人型のMTを相手にする分は十分に動くことが出来る。示されたマーカー付近には、ガードメカ達が集まっている。ミサイルを起動し、マルチロックで捕捉する。ミサイルの発射、挙動、マルチロックの動作に問題はない。直撃したMTはほぼ一撃で爆散する。落下衝撃による不発弾の心配も要らないようだった。隔壁にアクセスをして、先へと進む。
〈機体が損傷している。修復しておけ〉
ACに備えられたリペアキットを用いてAPを戻す。リペアの残数を告げるCOMの無機質の声が聞こえる。
〈見えるか? お前には、あの汚染市街に降下してもらう〉
隔壁の先は小目標のカタパルト。そして、開かれた外が見える。上空から見えていたが、このルビコンⅢは雪に覆われた土地であることを改めて思い知らされる。
〈カタパルトにアクセスしろ〉
「了解」
カタパルトにアクセスをすればカタパルトが起動する。リフトが上昇し、発進シークエンスが進んでいく。射出タイミングに合わせ、ブースターの出力を上げていく。
〈行くぞ、621〉
ウォルターの言葉と同時に、機体が射出されていく。高速度に射出された先は、乱立したグリッドの支柱、何かしらの戦闘が起きた後だろう燻っている都市、雪に覆われた白の大地。登る太陽と、光を反射する水平線――
もし、普通の人間がこの光景に感想を抱くと言うのであれば、美しいと答えるのだろうか。それとも、命が生きていくには過酷な環境を恐ろしいと言うのであろうか。と、ふとミッションに関係の無い事柄が浮かんだ。
〈……この
これは、このルビコンⅢに向かうまでの間に何度も聞いたウォルターの言葉だ。
ウォルターの目的は、このルビコンⅢにてコーラルを手にすることらしい。コーラルとは、ルビコンⅢにて発見された物質だ。新時代のエネルギー資源として、注目されていたものだ。事実、自分の強化処置にもこのコーラルは用いられている。
だが、コーラルは半世紀程前にルビコンⅢはおろか、周辺星系すら巻き込む炎と嵐を引き起こす大災害となり果てた。今では、この災害のことはアイビスの火と呼ばれている。
かの災害で焼失されたと思われていたコーラルだが、再びルビコンⅢにて発見されるようになった、らしい。この情報の正確さは定かではないが、自分たち以外にも、このルビコンには不法侵入者が存在している。
実弾兵装と頑丈な装甲、物量による制圧を主眼においたベイラム・インダストリー。
エネルギー兵装を主眼に置いた、量より質を重視しているアーキバス・コーポレーション。
少なくとも、この大きい企業の存在が確認されている。この中には企業傘下の子会社も含まれおり、彼らもまた、利益のためにコーラルを求めてきているのだろう。
どちらかの企業がコーラルを手にする前に、自分たちがコーラルを手にする。それが、今のところ聞かされているウォルターの目的だ。災害ともなる新物質をどうするのかは分からないが、こちらもこれ以上を追求するつもりはない。
(ワタシは、ただ……)
冷凍保存にされる前の記憶はほとんどない。それどころか、コーラルデバイスの負荷によって意識も肉体も生きてはいるのに、繋がらない状態となったが故に在庫となった。冷凍保存の期間も含め、自分は人間でありながらほとんど人間らしくないとも言えるだろう。
健全な義体を与えられても立つことも歩くことすらもままならず、強化手術を受ける前の記憶、感情――。全てがリセットされた自分を、あの人は必要としてくれた。
ほんの少し、普通の人間の当たり前を与えてくれた人に応えたい。あの人がコーラルを手にすることを望むなら、そうなるために戦う。それが、ほとんど人間ではない兵器たる自分が出来るせめてもの恩返し。例え、人生を買い戻すだけの大金を得られるというのが嘘であったとしてもだ。
汚染都市近郊。ブースターを吹かせて着地をする。目標の都市は、もう目の前だ。
〈仕事を続けるぞ。ACの残骸を漁り、生きている傭兵ライセンスを探せ〉
仕事は、まだ始まったばかりだ。
〈密航者には身分証が必要だ〉
この
*
〈解放戦線の武装ゲリラか〉
数歩先には、複数のMTが巡回している様子が見られた。
「解放、戦線?」
〈ルビコン解放戦線と呼ばれるレジスタンスだ。気にするな、仕事の障害になる。排除しろ〉
「了解」
レジスタンスというのならば、恐らくは、今ある現状に対して抵抗している全員が全員戦闘要員の組織ではない。だが、仕事の障害となるのであれば、排除するしかない。ブーストを吹かせて彼らの前に躍り出る。
〈AC⁉ 一体どこから……〉
〈所属不明、独立傭兵か⁉ 応戦しろ!〉
四機のMTがライフルで攻撃してくる。が、MTであることも含め、距離が開いている中では狙いがズレている。数発の弾丸をものともせず、ミサイルで牽制しながら、距離を詰めてアサルトライフルを撃ちこんでいく。少し離れたMTには、パルスブレードで追撃して撃破した。
〈ACの残骸反応をいくつか検出した〉
MTを撃破し、改めて都市へと向かう。画面の三箇所程にマーカーが示される。
〈マーカー地点を巡れ〉
「了解」
示されたマーカーへ向かう。解放戦線のものと思しきガードメカやMTの反応も検出される。破壊された建物、未だ燃える残骸から、何かしらの戦闘が起きた後なのだろうか。
〈企業の動きは……。何か聞いているか?〉
〈近いうちに来るらしい。ここも捨てるべきか……〉
情報交換をしている解放戦線の者たちと思しき声。座標は彼らの先にある。彼らに気付かれる前に、ライフルで先制を取る。
〈⁉ 敵襲!〉
〈所属不明AC! 応戦しろ!〉
周囲を徘徊していたMTたちも集まって来るが、邪魔となるものは排除する。これには何も変わらない。バラつく弾丸を避け、MTを上回る機動力で移動、滞空しながらMTたちを破壊していく。周囲の敵影が消えたのを確認してマーカーが示す方向に進む。
〈あれは……⁉ 封鎖機構の巡回だと……? 余計な手出しはするな、目を付けられるとまずい〉
ウォルターの驚愕した声に新たに現れる機影を見やる。武装を施された大型ヘリ。ウォルターの指示に従い、物陰に退避する。
〈SG! サブジェクトガードが来たぞ!〉
〈よせ、構うな! 退避しろ!〉
ヘリが放っただろう銃声、着弾した爆発音が聞こえる。彼らの安否は確認するまでも無い。ヘリが離れたのを確認し、マーカーへと向かう。そこには、残骸にもたれかかるように鎮座している左肩が赤く染められたACだった。
〈パイロット情報を抜き取れ、解析はこちらでやる〉
残骸ACにアクセスを行う。先ほどの武装ヘリの軌道上にあった残骸だったが、銃撃に巻き込まれずに済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。
ウォルターから情報が送られる。ライセンスコード:G7 ハークラー。登録番号はRb29、ランクはDランク帯二二位、ベイラム・インダストリー専属の傭兵らしい。残り十二時間で、このライセンスは無価値なものとなる。
〈企業所属では足が付く、避けるぞ〉
ベイラム・インダストリーはルビコンⅢに駐在する星外企業の片割れだ。突然、全く見知らぬものが名乗りを上げたとすれば詮索され、敵対関係に成り得る。このライセンスはリスクが大きすぎる。
次のマーカー地点へと向かう。何かしらの巨大建造物が崩壊した跡地。その中にマーカーが示されていた。
〈いたぞ! 報告のあった機体だ!〉
〈所属を吐かせるぞ!〉
MTたちに先制を取られたが、AC甲の前では距離の離れた弾丸は脅威ではない。ライフルを撃つも、MTの持つ盾に弾かれた。
〈盾持ちがいる。ブレードを忘れるな、621〉
「了解」
銃が効かないのであれば、白兵戦に持ち込む。ブーストを吹かせて一気に距離を詰め、パルスブレードを振るう。MTの盾は初段で破壊され、次段でMTを切り捨てた。ACそのものが、近接戦闘を得意とした機体だ。射撃戦よりは近接戦闘の方が猛威を振るう。盾持ちMTを切り捨てた後、残骸ACへと向かいパイロット情報を抜き取る。
〈解析していくぞ〉
解析の数秒の待ち時間。機体を動かしてきたが、落下衝撃の影響をほとんど受けていない様子に改めて安堵する。元々、星外での探査活動を行うのがコンセプトの機体だ。安定性と頑丈さは、元から折り紙付きだったと言える。
送られた情報は、ライセンスコード:トーマス・カーク。登録番号はRb18、ランクはEランク帯二六位、無所属ではあるが、既にこのライセンスは無価値なものとなっている。
〈このライセンスはすでに停止されている。次を当たれ〉
「了解」
次の座標は、ほぼ正反対の場所に位置する。より出力の高いアサルトブーストを吹かせ、移動する。
「……」
改めて、この汚染市街の様子を確認する。人が住んでいただろう集合住宅が並んでいる。ここでは、どのように人が暮らしていたのだろうか。未だに解放戦線のゲリラが駐屯していることを考えると、かつて彼らはここで生活していたのだろうか。
〈不明ACを確認! 企業の手先か⁉〉
〈殺せ! 調べるのはあとだ!〉
アサルトブーストを切り、MTから放たれたミサイルを回避する。彼らにも、武器を取る切実な理由があるのだろうが……。こちらに銃口を向けるならば対処するしかない。
〈対処しろ、621〉
「了解」
先に発砲したのは彼らだ。ライフルを撃ち、ミサイルで牽制する。最後のマーカー地点はやけにMTが多い。近場の敵はブレードで対処する。
〈
〈我々にはストライダーと“壁”がある。弱気になるな〉
またも雑談が聞こえる。どうやら、解放戦線にはストライダーと壁と呼ぶべきものがあるらしい。片方は兵器、片方は、要塞の名称なのだろうか。マーカー地点まで、あと少し。周辺のMTたちをマルチロックで捉え、ミサイルで先制する。
〈企業……、ではない! 独立傭兵か⁉〉
〈迎撃するぞ!〉
彼らの応戦の空しく、ライフルの弾丸の餌食となり、ブレードで切り捨てた。
〈数が多い。ミサイルを活用しろ、621〉
「了解」
残るMTを再度マルチロックで捉え、ミサイルを放つ。滞空するガードメカは、ミサイルで一撃に撃ち落とされ、一気に三機程が撃墜される。二脚型MTをライフルとブレードで対処していけば、すぐさま鎮圧出来た。
〈このライセンスはどうだ〉
ライセンスコード:モンキー・ゴード。登録番号はRb三七、無所属。ではあるが、ランクは圏外のもの。このライセンスはあと十五日持つようだ。
〈ランク圏外のパイロットだ。目当てのものではない〉
三箇所を巡ってきたが、どれもウォルターが求めているものではない。企業所属、既に事切れたライセンス、ランク圏外――。無所属であり、ランク圏内に位置する生きたライセンス。それが、ウォルターが求めているものなのだろう。
〈621、もうひとつ反応を検出した。マーカー情報を送る、当たってみろ〉
「了解」
画面が更新され、新たなマーカーが示される。ここより少し高さのある建物。そこに、残骸があるらしい。目当てのものが見つかればいいのだが……
〈高所への移動には、垂直カタパルトが使える。活用しろ〉
設置された垂直カタパルトに乗り、その場でジャンプ動作を行えば高高度まで打ち上げられる。目標が視界に入ったのを確認して、アサルトブーストを吹かせて前進する。
(なに、これ……)
少しばかり、異様な状態だった。これまでの残骸は、何かしらの戦闘跡が見られた。交戦中に撃破されたということが分かる。だが、この機体は違う。
燃えているのは、輸送ヘリの残骸。落下の衝撃か機体の右腕が二の腕から分離し、ライフルが放り投げられている。左腕には、あまり見たことが無い武装を装備していた。状況からして、輸送中にヘリごと撃ち落とされたのだろうか。だとしたら、ヘリを撃ち落としたのは相当の腕前を持った射手の仕業だろう。少なくとも、この場所周辺では戦闘の痕跡がない。輸送ヘリを、たったの一射で落としたことになる。
〈あれだ。あの残骸にアクセスしろ〉
「了解」
状況分析が任務内容ではない。残骸にアクセスをして、情報を抜き取っていく。
〈登録番号、Rb23。傭兵ランク圏内、識別名は――〉
遠くから、プロペラが回転する音。音の方を見上げれば、そこには先程の武装ヘリの姿があった。すぐさま物陰に隠れ、ヘリから放たれる弾幕をやり過ごす。
〈やはり目を付けられていたか。封鎖機構とやり合うのは、本意ではないが……。構わん、迎撃しろ。今ならお前が特定されることはない〉
「了解」
封鎖機構の武装ヘリ――AH12 HC HELICOPTER。一対の四連装機関砲による弾幕の雨、多連装ミサイルポッドも弾幕に加わり、記録で見た嵐という天候を彷彿とさせる。ライフルとミサイルで応戦するが、常に滞空するヘリに対し、こちらは地を走らなければならない。高度を維持するにも、現状の装備では限界がある。それでも、やるしかない。アレを破壊しなければ、破壊されるのは、こちらだ。
〈爆撃は上昇で回避しろ。地上では巻き込まれるぞ〉
二門の四連装ロケットランチャーにアラートが鳴り響き、ジャンプで避ける。ヘリとの距離が幸いにも近い。そのまま、パルスブレードでヘリの先端を切りつける。この一撃が相手のACSに負荷がかかったのだろう。ヘリの動きが止まったのを見過ごさなかった。
〈効いているぞ、畳みかけていけ621〉
ライフルとミサイルと撃ちこめる武装を撃ちこんでいく。ブレードの廃熱と相手の回復には間に合わなかったが、直撃状態でのダメージは無視できるものではない。
(先端か……)
なるべく、ヘリの正面を陣取りながらヘリの先端部分に攻撃を集中する。四連装機関砲のダメージはそこまで配慮しなくていい。近距離を保てばミサイルも脅威ではない。四連装ロケットランチャーに注意していけばいい。滞空するヘリの先端にライフルとミサイルを放っていく。
〈目当てのものは、既に手に入った。621、あとはそいつを落とせ〉
「了解」
巨大なヘリの存在感と多彩な武装に面食らったが、冷静に対処していけば問題ない。滞空していることがこちらを不利な状況に追い込むが、逆に言えばそれ以外は問題ではない。体勢が崩れる瞬間を狙って、パルスブレードを振う。そのクセの無い二連撃が決定打となり、大型ヘリの至る所から火花が飛び散る。
〈爆発に巻き込まれるぞ、その場から離れろ〉
その言葉を聞き、急いでその場から離れる。安全なところへ着地し、振り返って空を見上げる。巨大な爆発音と共に炎が広がる。猛威を振るっていた空の悪魔は、残骸へと成り果てた。
〈惑星封鎖機構SG、大型武装ヘリの撃墜を確認した。621、今日の仕事は終わりだ〉
ウォルターのいつもの言葉に、操縦桿を握る手がだらりと降りる。意識を含めて、というのは何かおかしい感じがするが、義体や意識に疲労感を感じる。仕事は終わり、その言葉に一気に脱力してしまった。気にはしていなかったが、かなり緊張していたようだった。
〈手に入れたライセンスの識別名を伝える〉
ウォルターから情報が送られる。脱力しきった状態に鞭を打って情報を確認する。
登録番号は、Rb23。企業に所属しない独立傭兵。ランクはFランク帯。失効まではあと三日。ウォルターが求めていた条件全てが合致している。このライセンスの識別名は――
〈“レイヴン”。これがお前の、ルビコンでの名義だ〉
レイヴン――。確か、ワタリガラスと呼ばれる鳥の異なる言語での名称だったか。どこにも所属しない密航者には、自由気ままな鳥は都合が良い。
「レイヴン……」
それが、ルビコンにおける自分の立場。621とウォルターから与えられたもう一つの名に加わる新しい名前だ。
〈帰投しろ、621。もうじき俺も合流できる〉
「わかった」
生き残っている解放戦線のゲリラや、また封鎖機構の巡回に巻き込まれる訳にはいかない。作戦領域から離れ、再度指し示されたマーカー地点へと向かった。
*
〈登録番号Rb23。識別名、レイヴンによる認証を確認。安否不明状態を解除、ユーザー権限を復旧します〉
マーカーに示された先は、輸送ヘリだった。輸送ヘリの中はACを整備し、パーツのアセンブリを整えるガレージにもなっている。最低限の居住エリアもあることから、当分はこのヘリを使っての活動となるのだろう。ACから降り、備え付けの端末に拾ったレイヴンのライセンスを傭兵支援システムに認証を通す。どうやら、ライセンスに機体情報とパイロットの細かい情報はリンクしていないらしい。少々杜撰な気もしないが、いつの間にか死んでいるのが傭兵だ。安否不明状態から猶予がある時点でこの支援システムは随分と有情だ。
〈傭兵支援システム、“オールマインド”へようこそ。レイヴン、あなたの帰還を歓迎します〉
傭兵支援システム、オールマインドから無機質な音声に告げられる。これで、今の自分は独立傭兵レイヴンとしてこのルビコン内で活動が出来るようになった。ウォルターが目的を果たすための、スタートラインにやっと立てた。
「認証は通ったようだな」
「……、ウォルター」
振り返れば、杖をついた白髪の老人――。今の自分の主であるハンドラー・ウォルターの姿があった。白髪交じりの灰の髪をオールバックに固め、何かしらの強い意志を宿した灰の瞳を持つ高齢の人物。ほとんど使い物にならなかった自分を見出し、余りものとは言え健全な義体を与えてくれた恩人。音声はずっと共にあったが、やはり彼の姿を視界に捉えるとより緊張感が解れる。安心感、リラックスが出来るという状態なのだろうか。
「“レイヴン”。それがルビコンにおけるお前の身分となる。ようやく、俺達は目的のスタートラインに立てたということだ」
コーラルを手にする。それが、ウォルターの目的。自分の目的は、ウォルターの目的を果たさせることだ。人生を買い直すことは、ついでに示された指標程度と認識している。
「次の出撃は?」
「それについてだが――」
〈御歓談中失礼いたします、独立傭兵レイヴン〉
備え付けの端末から先程聞こえた声が聞こえる。思わずその方向に顔を向ける。ウォルターも振り向いた。そこには、短く揃えられた黒髪にスーツを纏った女性の姿、のホログラムが映し出されていた。
〈ユーザー権限復旧に伴うお知らせです。オールマインドは傭兵支援の一環として、戦闘技能教習シミュレータも提供しています〉
ホログラムの女性が語ると共に、様々なウィンドウを提示する。ユーザー権限復旧に伴う、ガレージ操作の許可に関する項目だ。
〈貴方のライセンスは休止状態にありました。多少のブランクもあることでしょう。教習項目を終了された傭兵各位には、褒賞として機体パーツも給付されるため。よろしければ、ご活用ください〉
ぺこりと丁寧に挨拶をした後、ホログラムの女性は姿を消した。
「今はまだ、手持ちが少ない上にパーツの売買の許可は降りていない。621、お前には二度手間だろうが教習科目を受けるのも悪くないだろう。後は、そうだな――」
ウォルターが機体を見上げる。それに倣い、自分も機体を見上げた。鈍色の機体が、もう一つの自分の身体とも言うべき兵器が鎮座している。
「コイツにも、名前を付けてやるか。多少装飾を弄る分は問題ない」
到着したばかりの身の回りの整理。それが、次の出撃までの合間に進めることだった。