ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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時間制限付きの中で、ターミナルアーマーを仕込む徹底ぶり。このエフェメラは使い捨てるために置かれていたのか。


地中探査―深度三

「……」

 瞳を開く。どこまでも灰色がかった空が広がっていて似たような色の大地の上に立っていた。においはしない、音もしない。ただ、灰色の世界に立っている。だが、この身体の感触は義体のものではない。また、生身の身体に意識が向いているのだろうか。

「エア……?」

 傍らにいるのが当たり前になっていた少女の姿もない。一人というのは、随分と久しい感覚だ。足を動かせば、なんとか歩くことは出来る。何も無い荒野を、ただ歩くことしか出来ない。

(でも、なんだか……)

 辺りを見渡しても何もない。灰色の空と大地。ただ、灰色しか分からないのだ。何も無い空っぽの、自分の心と考えのようで。戦う理由とは何か、ハンドラーの手から離れた時はどうするのか。自分の意志とは何かと問うてきた二人の言葉がやけに反響する。

(私、は……)

 つま先に当たる何か。視線をそちらに移せば、それは、壊れた鋼鉄の欠片だった。

「……あ」

 見上げれば、今まで視界に入らなかったのが嘘であるかのように、そこには多くのACや兵器の残骸が積み重なっていた。異様な光景だが、その異様さは尋常ではない。見て分かるだけでも、ヘッドブリンガーやスティールヘイズの残骸がある。だが、その残骸は一つではない。無数の残骸は、一種類のものが複数存在しているのだ。中には、未だに見たことがない大型の兵器のようなものもある。

「なに、これ……」

 多くのACや兵器の残骸の山。この全てが、自分の手で破壊してきたものだと何故か直感で理解した。この手は、多くの知人を薙ぎ払った血で染まっているのだと。

「私、は……」

 後退る踵に当たる感覚。恐る恐るとそちらを見れば、今度は、人間の死体だ。こちらもやはり、見知った死体が一つではない。複数だ。顔は、見たくない。エアやラスティ、ウォルターのものすら混じっていて、その場でしゃがみ込んで目を閉じた。

(違う……、違う……、違う……!)

 だが、この光景は全て己の手で行ったものだと、彼らの命を奪ったのは自分だと、なぜかそう考えてしまう。こんな現実は見たくない。こんなにも、苦しさでいっぱいになるなんて。何もかもを忘れて放り投げたくなる。だが、これで本当に投げ出してしまったら、彼らが生きていたことすらも無くなってしまいそうで。

「それだけ、は――」

「強化人間、C4―621」

 ふと、女性の声がした。だが、これは誰の声であったのか。聞いたことがある、忘れようもない声だと言うのに、思い出せない。致命的なところだけが欠けている。

「これは全て、貴女が引き起こしたことです。彼らの命は、貴女が狩り取ったものです」

 見たくない現実を淡々と告げられていく。

「どれだけ足掻いても、貴女は戦いから避けることはできない。ヒトの可能性の先すらも、貴女は地獄を生み出した」

 何を言っているのかが分からない。ヒトの可能性の先とは、なんなのだ。

「貴女には、ハンドラー・ウォルターが望む■■を、手にすることは出来ない」

 ウォルターが、何を望んでいるというのか。それは、知らないままではいけない。彼は、何を……

「イレギュラー。貴女は、人間と契約する悪魔ではありません。神の御使いのままに殺戮を行う天使でもない。ただ命を狩り取ることだけが役割の、死神なのです」

 女性の声が、やけに染み入っていく。まるで、そうなのだと言うかのように。ただ、殺すためだけの兵器である。それは強化人間として、無理矢理施術をされたその時からそうだと認識させられていたことだった。自分から、考えることなんて――

『お前は強化“人間”だ、621。無人機の有機物パーツではない』

『君は、理由が無ければ武器を手にすることは出来ない普通の女の子だ、エイヴェリー』

『戦う理由を自ら選び、そのために強く羽ばたくこと。それが、“レイヴン”の証明だと言うのなら。私は……、変わらずあなたを、そう呼びたいと思います、レイヴン』

 自分を肯定する声がふと脳裏を過ぎっていった。

「……まあ、良いでしょう。このルートは、条件を確認するための再演算です。借り受けた名前の通りに、決まった道を決まった時間の通りに羽ばたいていきなさい、レイヴン」

 段々と、意識が遠のいていく。塞いだ目を無理矢理開けば、どこまでも白く美しい何かがあるのが見えた。

 

 

『――、レイヴン! 起きてください!』

「621、起きろ。621」

 聞き覚えのある二人の、焦った声が聞こえる。うすぼんやりとしていた意識が一気に覚醒する。視界には、心配そうにこちらを見下ろしている灰色の瞳の男性と赤い瞳の少女の姿があった。

「ウォルター……、エア……」

「……また、幻聴か。621」

「……違う。嫌な夢、見た」

「……そうか」

 ゆっくりと身体を起こす。結局あの夢は何だったのだろうか。悪夢には違いないが、今回の夢は綺麗さっぱり覚えていない。ただ、目の前の二人が生きている。それだけで、十分だった。

「仕事の続きだが……、朝食を摂りながらにするぞ。今は、もう少しだけ休め」

「わかった……」

 ウォルターがこちらの頭を撫でてから部屋から出て行く。最近、よく頭を撫でる動作をするようになった。ウォルターに頭を撫でられることに、充足感を覚える。

『規定時刻になっても起床することなく、魘されていたあなたを酷く心配していました。それに……、少々顔色も悪いです、レイヴン』

『ごめん……』

 身体は問題無いが、少しだけ疲労感が残る。ここまで、仮眠の小休憩のみで行軍を続けているのだ。義体のケアについて、カーラに診て貰うか相談した方が良いのかもしれない。ゆっくりと洗面台の方へ向かい、顔を洗っていく。無意味だと思っていた人間の生活習慣も、疑問に思うことなく行うようになっていた。

『……ふふ』

『エア?』

『いいえ。疲労困憊のあなたを労わろうとしているのでしょう。パンケーキにベーコン、フライドエッグの調理に入りました。ウォルターが呼ぶまで、楽しみに待っていましょう』

『……わかった』

 エアがこっそりと、食事スペースに向かったウォルターが何をしているのか見ているようだった。メニューの内容を聞いて、初めてしっかりと食べたいと思考が過ぎったのだった。

 ウォルターに呼ばれ、食事スペースへと向かう。そこには、焼きたてのパンケーキが二枚と数枚のベーコン、一枚のフライドエッグが並べられたワンプレートが置かれている。合成果汁ジュースを飲み物に切り分けたパンケーキを口に運ぶ。

「621、仕事を続けるぞ」

 食事を摂りながらのブリーフィング。それも気付けば、いつも通りのこととなっていた。

「次は深度三……、構造が把握できているのはここまでだ」

 ウォルターがヒビの入ったタブレット端末を操作し、映像を見せてくれる。これもまた、筒状の地形と建造物が映されていた。

「この地下空洞では、超高出力レーザー障壁が行く手を阻んでいる。これがある限り、この先の深度には何人も到達できない」

「……」

 網のように張り巡らされた超高出力レーザー障壁。行く手を阻む格子にも見えるが……

(何かが出ないように、蓋をしてるようにも見える……)

「そこでお前の仕事だ。レーザー障壁を発生させている巨大高炉。これを内側から破壊し、機能停止させろ」

 至ってシンプルな内容だが、封鎖機構からすれば最終防衛ラインでもある。その抵抗はより強いものとなっていくだろう。

「障壁がなくなれば、以降は完全に未知の領域だ。その先に、コーラルはある」

「それが、仕事の終わり……」

 コーラルを手にする。それが、彼とここまでやってきた目的だ。旅の終わりが近くなっている。彼から、不要だと手放される時が近付いている。フォークを握る手が、止まっていく。

「……どうした?」

「ううん。なんでもない」

「準備が整い次第、ミッションを開始する。気を緩めるなよ」

 こくりと頷けば、ウォルターが席を立って食事スペースから出て行った。様子を見守っていたエアがふわりと舞い降りてくる。

『ウォルターはまるで……。コーラル集積地点を把握しているかのようです。あの確信は一体どこから……』

『分からない。でも、仕事をすることに変わりないよ』

 いずれにせよ、まずはコーラルに辿り着かなければ意味がない。普段ならば少々多いと閉口気味になるワンプレートだが、今回は食べきることにした。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 深度二、エンフォーサーとの交戦地点に投下される。あの鋼鉄の巨人が守っていた先に進んでいくのだ。

〈ミッション開始だ。中央の巨大高炉を破壊し、レーザー障壁を解除しろ〉

『レイヴン、まずは内部への侵入を目指しましょう』

「了解」

 隔壁にアクセスを行い、閉ざされている道を開く。修理用メカが数体いる以外は機影がない。少々曲がりくねった道を進めば、広大な空間が広がっていた。

『足元に注意を。落下すればレーザー障壁の餌食です』

 広大な地下の崖上からでも見えるレーザー障壁。こちらからの侵入を防ぐ盾のようで、内側から現わるものを防がんとする最後の安全弁のようで。崖上から高炉周辺に作られた足場に向けて飛び降りて行く。

〈危険因子の侵入を検出、脅威レベル8。防衛フェーズ四.〇。対象を排除します〉

『狙撃タイプの防衛兵器です。撃墜されないように注意を』

 アラートが鳴り、すぐに遮蔽物の裏側へと滑り込んでいく。出力こそはそれほど脅威ではないが、それが巨大高炉を囲むように設置されているようだ。射撃の雨が待つにも、巨大高炉に向かうまで被弾は免れない。アサルトブーストを噴かせて強行突破を行う。

〈“危険因子”か。侵入者から格上げになったようだな〉

『……企業の反応はない。この深度には、私たちが一番乗りのようですね』

(……通りで)

 障害となる狙撃砲台を撃墜すれば、報酬が加算されていく。損耗を抑えたいだろうアーキバスらしいやり口だ。いずれにせよ、探査するこちらも煩わしいものは排除していきたいのは本心だ。狙撃砲台を破壊しに、外周を回り周辺を確認していく。

(それにしても……)

 外周を回りながら、狙撃砲台や無人機たちを撃墜していく。中には、ログハント対象のものも混ざっている。オールマインドが指定した機体との交戦記録を送るというものだが、何を基準に彼女は選んでいるのだろうか。見つけ次第には対処している。そのおかげで、今のアセンブリとして受け取ったパーツは有効活用しているが……

「これは……」

 壊れてこそはいるが、電気系統はまだ生きているだろう機体。アクセスを行い、データを回収する。これは、エアと共にデータ回収を行った際に見たナガイと呼ばれる教授の口述筆記のようだった。恐らくはアイビスの火が起きる前、あらゆる手こそは尽くしたものの、託すしか出来ないという無念に満ちた記録だった。周辺に敵影はない。一段下の部分へと降りて行く。

〈外周に沿って進め、621。内部への入口があるはずだ〉

「了解」

 徘徊している無人機に先制攻撃を行う。振り向いた無人機の連続して放たれるレーザーを避けつつも距離を詰め、パルスブレートを振るう。地形に阻まれて二撃目は避けられるも、アサルトブーストで距離を詰めてブーストキックを放つ。パルスシールドを構えられるが関係ない。再度蹴り上げてパルスブレートで切り捨てた。後は、マーカー地点に向かいつつも外周に沿って移動するだけだ。マーカーに示された隔壁に到着し、アクセスを行う。

〈621、変圧チャンバーを探せ。それを壊せば、出力超過による炉心爆発を引き起こせる〉

「了解」

 この高炉そのものを爆発させるというものなのだろう。内部にいる無人機もアサルトライフルとリニアライフルで迎撃していく。通路を進んでいけば、天井が高い円形の広間へと出る。

〈危険因子の高炉侵入を確認。防衛フェーズ四.五〉

『レイヴン、応戦を!』

 三機の無人機が迫る。まずは右端の無人機から片付ける。アサルトライフルとリニアライフルで行動を起こさせる前に撃ち落とす。プラズマミサイルとレーザーの雨に晒されるも、二機目も射撃戦で迎撃する。残るは一機だ。

〈……レーザー障壁ひとつに、ここまで大規模なジェネレータを用意するとは。惑星封鎖機構……、ここまでして封じおきたかったということか〉

「ウォルター……?」

 縦横無尽にプラズマとレーザーが飛び交う中、なんとか三機目を撃墜する。ぽつりと呟くウォルターに思わずこちらも聞いてしまった。

〈……気にするな、621〉

『防衛兵器を撃破。レイヴン、変圧チャンバーは隔壁の向こうです』

「……わかった」

 リペアキットを使い、消耗したAPを回復させる。隔壁をアクセスして重い扉を開かせる。変圧チャンバー付近には、無人機の姿は無かった。

〈それだ、621。目標を破壊しろ〉

「了解」

 そこにあるのは、巨大な旧式の変圧チャンバー。パルスブレードに切り替えて、変圧チャンバーを切り伏せた。

〈変圧チャンバーの破壊を確認した。621、爆発に巻き込まれる前に脱出するんだ〉

「わかった」

 辺りから暴走したエネルギーによる爆発が起きている。このまま、高炉と共に焼け死ぬつもりはない。先程来た道を逆戻りする。広間をアサルトブーストで突破しようとしたその瞬間だった。

『⁉ 隔壁が!』

「アクセスも、できない」

 開いていたはずの隔壁が閉ざされる。そして、背後からパルスのようなレーザー攻撃が飛来する。振り向けば、そこには見慣れぬデザインのACがいた。肩から、幾重ものパルスの光に似たミサイルのようなものが軌跡を描いていく。

〈防衛プログラム、フェーズ五.〇。パターンC、危険因子を排除します〉

『……生体反応なし、無人機体です!』

「道連れにする気……⁉」

 変圧チャンバーがあった方角の隔壁も閉鎖されている。チャンバーが破壊される、あるいはこのレーザー障壁そのものが危険に晒された場合の最終手段。この広間に閉じ込めて、無人機と交戦させる。どこまでも徹底している封鎖機構らしい手段だった。無人機に向けて、アサルトライフルとリニアライフル、垂直プラズマミサイルで応戦していく。

〈これは技研の……! 621、爆発までの猶予はない。排除しろ!〉

『炉心融解が進んでいます! 爆発までの残り時間は……』

 あのACもまた、技研の遺産のようだった。今まで、動かぬ姿でしか見たことは無かったが、稼働できるものも残っていたのか。ここに投下されるということは、危険因子の排除に使い潰そうという魂胆なのだろうか。

『レイヴン、計算では……。二分しかありません!』

〈目標、脅威レベル9。排除します〉

「片付けないといけないことに、変わりない……!」

 あの機体をどうにかしなければ、ハックすらもままならないだろう。アサルトライフルとリニアライフルで牽制しながら、相手の動きを見る。ゆっくりとした軌道のパルスやレーザーが混ざったような肩武器、プラズマライフルと、光波を飛ばす武器、いずれもクイックブーストで回避が行えるものだった。

 パルスアーマーを展開し、牽制射撃を続けて行く。ACS負荷限界が近付いたところをアサルトブーストで距離を詰めて壁際に向けて蹴り飛ばす。その後、パルスブレードに換装して二撃を与えて行く。リペアキットを使う様子は見られない。放った垂直プラズマミサイルとアサルトライフルとリニアライフルで追撃をするも、突如として高出力パルスアーマーが展開される。

「なに……⁉」

『あれは、ターミナルアーマー……⁉ あの高出力パルスアーマーの展開が終わるまでトドメが刺せません!』

 最後の最後まで、時間切れを狙うかのように粘り続けるというものなのだろう。エアに提示された制限時間までは、辛うじて余裕はある。高出力パルスアーマーの展開時間が終わるまで回避に専念する。赤い色のアーマーが消えた瞬間を、アサルトライフルが撃ち抜いていった。

〈技研……、市封鎖に対……、る、深刻……、脅威と……、定〉

〈やったか⁉〉

『レイヴン! 隔壁の開錠を! 今ならこじ開けられます!』

『わかった……!』

 出入口側の隔壁へ向かい、アクセスを行う。傍らにいるエアが、早く、早く……! と鬼気迫る雰囲気で操作を行っていく。

〈強……、執行シ……、テム。最終プロト……、ル。非常弁……、閉鎖。炉心融……、加速。排……、執行〉

〈強制的に、爆発させる気か……!〉

『開きました! 急いで!』

 隔壁が開く。エアがこじ開けてくれた道に飛び込み、急いで出入口へと向かう。このまま、死ぬつもりはない。

〈621……、お前の仕事はまだ残っている。集中を切らすなよ……!〉

「……! わかった……!」

 アサルトブーストを噴かせて短い帰り道を走り抜ける。例え距離が短くとも、ここで速度を緩めれば大規模の爆発に巻き込まれる。仕事がまだ残っているのならば、尚更死ぬわけにはいかなかった。一度着地をしてエネルギーを回復してから、入口へと飛び込む。

『レイヴン! 入口から離れてください!』

〈爆発するぞ! 衝撃に備えろ!〉

 アサルトブーストを噴かせて巨大高炉から距離を取っていく。エネルギーが切れ、慣性に身を任せて鉄橋の上を転がって受け身を取っていく。背後を見れば、彼らの最終防壁とも言うべき高炉が大きな爆炎を上げていた。

〈どうやら……、間に合ったようだな。……見ろ、レーザー障壁が消えて行く〉

 ウォルターの息を付けたような安堵したかのような声が入って来る。眼下を見れば、網目状に張られていたレーザー障壁がゆっくりと出力が落ちて消えて行く。

〈……コーラルは近い。俺たちの仕事にも……、ひとつ区切りが付くだろう〉

「……そう」

 まだ残っている仕事が終われば、一区切りがつく。そうなった時は、兵器である自分はどうなってしまうのか。

〈621、帰投しろ。今は、休め〉

「……うん」

 ゆっくりとカサブランカを立ち上がらせ、回収のための信号弾を打ち上げた。

 カサブランカを帰投させ、ゆっくりと機体から降りて行く。やはり、行軍の疲れが出ているのだろうか。少しだけ、身体が重い。

〈新着メッセージ、一件〉

 COMからの通知。内容を確認すれば、オールマインドからのアリーナの更新の報せであった。更新されたアリーナを突破すれば、アリーナの制覇が成し遂げられる。

『レイヴン。休憩した後、次のミッションが通達されるまで挑んでみましょうか』

『そう、だね……』

 一度休憩を取ってから、アリーナへ向かうことにした。

 

 

 輸送ヘリに一人の来客が訪ねてくる。赤色が混じった黒髪に眼鏡をかけた女性、カーラだ。少女の義体の調整をするために、彼女に来て貰っていた。

「地底旅行はどうだい? ウォルター」

「強制執行システムが完全停止した。621の道連れを狙ったようだが……、あいつは生き延びている」

「なるほど。惑星封鎖にも風穴が空きそうだね。そりゃ、あの子の身体も一度診てやらないとね」

 素人判断だが、少女のあの身体も限界が近付いてきている。元々このような長期戦闘に向く性能ではない。カーラに新調して貰うのが一番だろうが、もう少しでこちらの目的にも届く。もう少しで、あの心優しい少女を戦場から解放させることが出来る。

「……企業の方はどうだい」

「未踏領域を前に、アーキバスから待てがかかっている」

「いよいよ近付いてきたからね。みんなそろって仲良くゴールとはいかないだろうさ」

 待てと言われてしまった以上、下手に動く訳にはいかない。動き出すのは今ではない。まだ、彼の地へ足を踏み入れていないのだから。

「連中としては、ここでベイラムを消しておきたいのだろう」

「どう転んでもアーキバスの勝利は揺るがなそうだが」

「短期的にはそうだ。だが俺は……、最終的には621がキーになると見ている。だからこそ、受ける仕事はあいつ自身が選ぶべきだ」

 自分の端末を確認する。アーキバスからレッドガン部隊の迎撃、そして、暗号通信で送られてきた解放戦線からの依頼。どちらを選ぶのかそして、これから先の最後の仕事についてもだ。

「……“友人”たちの意に沿わない結果になってもかい?」

 意地悪な問いかけ。自分たちが託されたものを成し遂げる。それが、この長い旅の最終地点だ。自分だけではここまで辿り着けなかった。あの少女の手を借りなければ、ここまで辿り着けなかったのも事実だ。だが、最終的には、彼女には奪われた人生を取り戻して欲しい。それは、ハウンズたちも含めた願いであった。最悪の事態が起きなければ、集積コーラルに辿り着き次第にあの少女を解放し、自分たちのことを忘れて平和に生きていて欲しい。だが、最悪な事態となれば……。その時は、彼女に託すしかなくなる。託された彼女がどうするかは、彼女自身が、決めるべきだ。それに……

「友人か。それならあいつにも、できたのかもしれん」

 あのヴェスパーの若造は断じて違う。あの若造に向けているものは、違うものであるくらいは分かっている。認めたくはないが。だが、友人となれば彼女が時折呼ぶエアという存在。憶測でしかないが、それはきっと――。彼女の不可視の友人は、自分たちの友人の意に沿わない結果に導くかもしれない。同時にそれは、自分たちが諦めたものへと進むことになるのかもしれない。あの少女はもう、首輪に繋がれたままの猟犬ではない。一人の人間として、立ち上がり始めているのだ。これから先の選択に、こちらの存在は不要だ。

〈緊急です、ハンドラー・ウォルター〉

「何があった」

〈強化人間C4―621が昏倒いたしました。原因は、アリーナ制覇によって譲渡されたVvc―700LD使用による、情報量負荷です〉

「何やってんだいあの子は! 先に行かせてもらうよ、ウォルター」

「頼む」

 歩行に多少難があるこちらを置いて、カーラが駆け足で奥へと向かって行った。

 

 

「……ようやくか」

 ミシガンは一人、思索に耽けていた。地中探査が始まって以来、減る一方の隊員たち。反応が途絶えたナンバー。イグアスの最後の交戦記録は、G13(ガンズ・サーティーン)であったという。五花海に関しては、付き合い切れないとレッドガンから離れていても仕方がない。レッドは健闘しているが、ほとんど限界のようなものだった。そして、ようやく言い渡された出撃許可。上の連中はここでくたばれと言ってきたのだ。残るMT部隊は着いて行くと言って聞かない。多くの隊員たちを喰らっていた食虫植物が鎮座されていた場所からライガーテイルが投下される。間違いなく、アーキバスはこちらを潰しにかかるだろう。

G13(ガンズ・サーティーン)か、あるいは」

 アーキバスならば誰を選ぶ。自社の損耗を抑えたい連中だ。あの少女を投下する可能性が高い。では、少女が現れなかった場合は誰が送られるかと候補を探す。真っ先に思い浮かぶのは、隙を見せるつもりはないあの伊達男だった。それ以外の面々を出す理由が無いともいうが。

「ミシガン!」

 聞き慣れた怒鳴り声。振り向けば、そこにはアラカワの姿があった。いつも以上に殺気立っている彼女を見るのも随分と久しぶりだった。

「アラカワか」

「……今更になってアンタが出ろだって? 若いヤツらが死ぬ前にやれってんだ全く!」

「貴様も分かっているだろう。上の奴らの本当の思惑というものを」

「……」

 普段ならば怒鳴り合いになる彼女が閉口する。彼女も賢い人だ。このルビコンへの出向も、この出撃の意味も分からない彼女ではない。むしろ、ここまで炊事兵として着いてきてくれたことに感謝の念すらある。いや、彼女には口には出しにくいがいつ感謝しているのだが。

「義理は果たした。後のことは任せるぞ。これ以上、死なせはせんさ」

「ふざけんなクソジジイ。戻ってきた時に腹減ったってうるさいのは、アンタじゃないか。飯作って待ってるさね」

「……そうか」

 言葉に隠された、お前も生きて戻ってこいという願い。結局、最後まで彼女を振り回し続けてしまった。そして、後を託せる存在も前線から引いていた彼女しかいないということも。

 アラカワの横を通り過ぎ、格納庫へと向かう。そこには、パイロットスーツを纏った死にたがり共、整備が終わった五十以上のMTが待機していた。

 

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