ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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初見アイビス、泣く泣くショットガンを解放しました。ただ、それが強いと言われる重ショではなく軽ショの方を使っていました。


集積コーラル到達

 ヒビが入ったタブレット端末を操作する。ブリーフィング画面を開き、ウォルターと共に情報を確認する。

「お前も見ただろう、あの廃墟を。ルビコン技研都市……。アイビスの火を起こした、罪人たちの墓標だ。その中心に……。コーラルは、ある」

「……」

 改めて画面に映し出される技研都市。荒廃こそはしているものの、数世代前の建築様式の建物が広がる栄えた街であったことに間違いは無いのだろう。この廃墟が、旅の終着点であることも。

「アーキバスからは先行調査打ち切りの通達があった。以降は連中のAC部隊が引き継ぐそうだ」

「じゃあ、好きにして良いんだね」

「ああ。……621、企業に使われるのは終わりだ。アーキバスAC部隊を排除し、コーラル集積地点へと真っ先に到達しろ」

 こくりと頷く。彼らがこちらを不要と言うのであれば、独立傭兵らしく勝手にするだけだ。ここまで相乗りして、用済みだと捨てたのだ。ならば、彼らに立てる義理など無いも同然だ。

「……621」

「なに?」

「コーラルを手にしたらどうするのか。それが、お前の疑問だったな。この仕事が終わったら、ある友人からの最後の依頼について話そう」

「……わかった」

 この仕事が終われば、こちらが抱いた疑問についてしっかりと話す。ということなのだろうか。ならば、尚の事、この仕事は成し遂げなければならないものだ。成し遂げて、生きて戻らないといけないものだということも。

「……621」

「なに?」

 カサブランカに向かおうとして、ウォルターに呼び止められる。こちらよりも遥かに背が高い老人がゆっくりと歩いてくる。そして、ゆっくりと膝をついた。初めて、ウォルターと視線が合った気がする。

「ここからは俺に……。……いや」

 頭を撫でてくれた手が、髪を整えてくれる手が、こちらの後頭部や背中に回って来る。引き寄せられる感覚が、今までに無かったことをされているのだと気付かされる。

「お前自身の感覚に、従え」

 そう言い聞かせるかのような優しい声。頭を撫でて行く手つきが、今まで以上に優しくて。込み上がってくるものの正体が分からない。痛くて、苦しくて、嬉しくて。そして、この人に拾われて良かったと心から思う。

「……わかった。行ってきます」

「……ああ」

 ゆっくりと手が離れていったことを確認してからカサブランカの元へと向かった。

 

 

 輸送ヘリの中で揺らされる。この感覚もあと数回と言ったところだろうか。終着点は示された。後は、そこまで走り抜けるのみ。

『同胞たちの声が近い……。ここが……、私の故郷……』

 ヘリが投下作業を行い始める。傍らにいるエアの手にそっと触れた。

「……一緒に行こう、カサブランカと」

『……はい!』

 荒廃したかつての栄華の跡地に投下される。既に近くで交戦が起きているようだった。

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

〈ミッション開始だ〉

『……行きましょう、レイヴン』

 メインシステムが戦闘モードに移行する。両手のライフルの弾数は問題無い。ウェポンハンガーで収容しているパルスブレードも、右肩に装備したレーザードローンも通電している。

〈スネイル第二隊長閣下、増援をお願いします。任務安定遂行には兵力が足りません〉

〈技研のガラクタが……、鬱陶しいですよ!〉

 聞こえてくる通信は、女性と男性のものだ。男性には覚えがある。この声は、G3(ガンズ・スリー)五花海のものだ。女性は、ヴェスパー部隊唯一の女性たるメーテルリンクだろうか。

『アーキバスAC部隊を確認。片方はレッドガン隊員のようですが……』

〈無人兵器と交戦しているようだな。戦況を上手く利用しろ、621〉

「……了解」

 二人には一切の恨みはない。特に五花海は多少なりとも世話になっている。それでも、倒さなければならないのであればやるしかない。メーテルリンクのAC、インフェクションに狙いを定めようとしたその時だった。

〈おや……? 貴女は……、独立傭兵レイヴン。なるほど、アーキバスからの通達を無視する気ですか〉

〈スネイル隊長閣下に報告。例のカラスが現れました。増援をお願いします〉

 不意打ちを攻めたというのに即座にインフェクションは振り返り、右肩のチャージを溜めたプラズマキャノンを放つ。クイックブーストを噴かせて強力なプラズマの一撃を回避する。先に放ったレーザードローンがインフェクションに追従し、無人兵器との交戦でダメージを負っていたインフェクションの体勢を崩す。すかさず、アサルトブーストで距離を詰めてパルスブレードを振るう。初弾しか当たらず、パルスシールドを構えた状態でリペアキットを排出した。

〈このままでは……!〉

 崖下に移動したインフェクションを追いかけていく。レーザードローンがパルスシールドの背面を狙っていく。放たれるプラズマキャノンを避け、放たれるパルスガンを受けながらも両手の銃でインフェクションを追い詰めていく。

〈隊長! スネイル隊長……、応答を! こちらメーテルリンク、増援をお願いします!〉

 彼女の悲痛な叫び声には、誰も答えない。地形に隔たれ、五花海も無人兵器と交戦を続けざるを得ない状況だ。パルスシールドがこちらの実弾兵器をなんとか防ぐも、オーバーヒートしたそれは護りの力を失う。パルスシールドが力を失ったその瞬間、アサルトライフルが直撃してインフェクションが体勢を崩す。蹲るインフェクションにレーザードローンが矢継ぎ早に撃ち抜いていく。手を止めなかった銃弾がインフェクションを貫いた。

〈なぜです……、スネ……、イル……〉

〈不憫なことだ。お前を相手に助けも貰えないとは〉

 元より、この二人はこちらの代役。先行調査と言う名の捨て駒を、とうとう自分たちの資産から削りだしたのだろう。だから、彼女の声には誰も答えず、ベイラムを見限っただろう流れ者を投入している。飛び交うミサイルをブースト移動で避けていく。

〈私だけ生き残れば手柄は総取り……、やはり吉兆です〉

 ほくそ笑むような五花海。彼はイグアスよりはレッドガン部隊に馴染めていたはずだ。だが、ベイラムの惨状からすればいつか離反することは考えていたのかもしれない。少なくとも、ミシガンが倒れるその時まで、とどこか彼を信じていたい自分がいることに621は気付く。鯉龍から分裂ミサイルが放たれ、クイックブーストでその軌跡を避けていく。無人兵器が残る中、宙を舞う四脚ACの鯉龍に距離から翻弄されていく。

〈AP、残り五〇%〉

 リペアキットを使ってAPを修復する。中量二脚であるカサブランカと、より滞空に特化した四脚の鯉龍では、空中戦は不利だ。詐欺師が舞台を降りてくるのを待つしかない。レーザードローンはなんとか、鯉龍を追っている。鯉龍の着地に合わせて、アサルトライフルとリニアライフルを向ける。ACS負荷は着々と溜まっていたようだ。ふわりと浮き始めた鯉龍が空中で体勢を崩し、パルスブレードを振るうも一打を与えた瞬間に鯉龍の持つハンドミサイルや分裂ミサイルが放たれてこちらが体勢を崩してしまった。

〈ベイラムはとんだ泥船でした。理気の流れはアーキバスにあります壁越えにしてアイスワーム殺し、貴女の首級は良い貢物になるでしょう。この出会い……、まさに吉兆か!〉

「……レッドガンは、悪くなかったんだね」

 鯉龍が大きく後退する。こちらも、崖下の地形でアサルトライフルのリロードを行う。息を付けたのと同時に、鯉龍を追うためにブーストで跳躍する。

〈……貴女、詐欺師より厄介ですね。その無慈悲な純朴さ、なるほど。貴女に魅入られるとはそういうことなのでしょうね?〉

「……?」

〈お口に気を付けなさい、お嬢さん。貴女の言葉に、何人の人間が狂わされたのでしょうね〉

 迫る来るミサイルを左右に機体を揺らして避けていく。その間にも、アサルトライフルとリニアライフル、レーザードローンが鯉龍を追従していく。シールドに遮られながらも、銃弾を撃ち込むことはやめない。もう少しで倒せるところでパルスブレードを振るうも距離を取られる。だが、滞空している鯉龍を追い続けるレーザードローンの六条の光が鯉龍を貫いた。

〈吉穴が……、見えぬ……〉

『ベイラムを見限って鞍替えをしたのでしょう。結果は同じでしたが。アーキバス所属ACの排除を確認』

 これで、インフェクションと鯉龍は堕ちた。後は、無人兵器たちだけだった。

〈安全を確保しろ、621〉

「了解」

 このまま無人兵器を残しても背中から撃たれるだけだ。近くの無人兵器の一機をパルスブレードで斬り割く。先にインフェクションと鯉龍と交戦していたせいか、開戦前よりその数は減っている。残る一機を排熱が終わったパルスブレードで斬り捨てればすぐにこの場は鎮圧出来た。

〈片付いたようだな。……先を急ぐぞ〉

「わかった」

 ここはあくまで通過点だ。ゴールはまだ先にある。示されたマーカーの方向に向かって、カサブランカをブースト移動で走らせる。メーテルリンクが報告をしている以上、モタモタしていたら増援が出される可能性がある。捨て駒として見捨てたとしても、その報告をスネイルが聞いていない訳がない。アーキバスからこれ以上のアクションが無いのは少々不気味ではあるが……

〈……バスキュラープラント、まだ残っていたのか……〉

『前方に見える、巨大建造物のことでしょうか……?』

 先程から見える、巨大な建造物。あれが、バスキュラープラントと呼ばれるものなのだろうか。ザイレムに似た一昔前の建築構造の中を走る。かつては、川や湖のようなものも存在していたのだろう。崖と崖の間に大きな橋がかけられている。足元の浅瀬には、車輪のような兵器が巡回している。浅瀬に降りるのは控えた方が良さそうだった。大橋に向けてブーストを噴かせていく。更新されたマーカーの方向へと向かおうとしたその瞬間だった。遠くから見える数度の爆発。そして、何かが物凄い勢いで飛び込んでくるのが見える。

『敵性反応! 自律型の……、破砕機……!?』

「……!」

 歯車のような車輪のような兵器が横切っていく。あれだけのスピードを持った自律兵器だ。追いかけられれば厄介だ。アサルトブーストを噴かせて、ブーストキックで蹴り飛ばす。その後、パルスブレードで斬り割けば、体勢を崩した車輪が地面を滑っていく。アサルトライフルとリニアライフルが跳弾する。見た目以上に、あの車輪は頑丈のようだ。レーザードローンも効力が成しているとは思えない。リペアキットを使用し、跳弾しない距離を保ちながら銃撃戦を行う。車輪が大橋に引っかかる所をブーストキックで蹴り飛ばす。今度は、地形に引っかかって遠くへと飛ばなかった。転がった車輪をブーストキックで蹴り飛ばせば、車輪を破壊することが出来た。

『……半世紀もの間、安定稼働するエネルギー。人がコーラルを求めるのも……、あるいは仕方のないことなのかもしれません』

『エア……』

 ただ、生きているだけだというのに。資源になるからと奪われ続ける仲間の惨状を見て、思うところはあるのだろう。複雑ではあるものの、その有用性というものがヒトにとって価値あるものだと理解出来てしまう。

〈……企業はすでに俺たちの行動を察知しているだろう。621、先を急ぐぞ〉

「……了解」

 アサルトブーストを噴かせて大橋を駆け抜けていく。企業が動く前に、目的地点に辿り着かなければならない。道中の敵を無視して、障害は排除しながら進んだ方が良さそうだ。

〈コーラル集積反応、近いぞ〉

『同胞たちの声が、一段と強くなっています。私たちを呼んでいるかのような……』

『呼んでいる……?』

 考えるのは後だ。近場にいる無人兵器をアサルトライフルとリニアライフルで撃ち落とす。こちらに飛び込んできた無人兵器をパルスブレードで応戦する。パルスアーマーを展開し、アサルトブーストを噴かせて狙撃タイプも撃ち落とした。最後のリペアキットを排出し、マーカー地点へと向かう。

〈反応が強まっていく。目指す場所まで……、あと一息だ。621、補給シェルパを送るぞ〉

 残る敵機を振り払うかのように無理矢理アサルトブーストで先に進んでいく。マーカー地点まで、あと少し。補給シェルパの座標にアクセスを行って、これまでの消耗を回復させる。マーカー地点に辿り着いた光景に、思わず息を呑んだ。

「なに、これ……」

『これは……。この湖の、全てが……』

 崖下に広がる、一面の湖。その全てが仄かに赤く染まっている。崖下に満ちている、この一面全てが……

〈……辿り着いたか、621。企業の追ってが来る。……その前に調べるぞ〉

「……了解」

 崖下に広がる一面のコーラルたち。仄かに赤い湖へと飛び込んでいった。

 ゆっくりと、湖へと降りていく。降下して分かる、湖の広大さ。生身の姿で見れば、相当量のコーラルが集まっていることになっている。これだけのコーラルを手にするということは、企業からすれば大きな利益が見込めるだろう。だが、ウォルターは?

〈コーラル潮位が上がっている……。自己増殖が、ここまで進んでいたとは……〉

 ゆっくりと着水する。ACの足が浸かるほどの赤い湖。ACではピンとこないが、生身では相当な深さとなるはずだ。

『レイヴン、やはりウォルターは何かを……』

〈待て、あれは……!〉

 耳鳴りのような、具体的な音階を示すのが難しい音。ウォルターの声に周囲を見れば、何かが宙に浮いている。それは展開し、赤い光を放つ。赤い軌道は、上へと向かう。

『不明機体、上です!』

 見上げれば、何かが飛んでいた。蝶のようなシルエット。だが、それは確かに人型に近いもので。蝶のような羽根を抱いた人型、妖精。この単語がフォルムとしては近しいのかもしれない。赤い軌跡を描きながら、それはこちらへと向かってきている。

『この反応は……、C兵器……⁉』

〈“アイビスシリーズ”……、やはり稼働していたか……!〉

 妖精が、優雅に湖へと着水する。そして、羽根に格納されていたオービットが整列して展開される。こちらに敵意を向ける赤い光が灯り始める。

「それって、どういう――」

〈……備えろ、621。もう一仕事だ……!〉

 妖精が、ふわりと浮かびあがる。侵入者を排除せんと、赤い光は稲妻として輝き始めた。

『これまでに遭遇したC兵器とは違う……。動力がコーラルというだけではありません。おそらく制御導体も……!』

「っ……!」

 展開されたオービットの偏差射撃をブースト移動で回避する。すれ違い様に構えていたコーラルによる刃も、クイックブーストで回避した。アサルトライフルとリニアライフルの銃口を向け、レーザードローンを妖精へと向けて放つ。素早く舞い続ける妖精の速さに、ロックと視界が追いつかない。

「速い……!」

〈……よく聞け、621〉

 赤い刃の連続攻撃に対応が出来ず、直撃を受け続ける。リペアキットを一個使わざるを得なかった。

〈アイビスシリーズは通常の防衛兵器ではない。コーラルに関わる危機を未然に防ぐための……、ルビコンの安全装置とも言える機体だ〉

 とにかく、落ち着いてこちらの武装を当てていくしかない。そうでなければ、防人であるこの妖精に勝てる訳がない。

〈そして、その制御を握る主はもういない。やらなければ……、お前がやられるぞ!〉

 宙を舞い続ける妖精の収束したコーラルの砲撃を受ける。二つ目のリペアキットを吐き出す。妖精に付かず離れずの距離を保ち、こちらの持つ射撃武器を当てていく。両腕を交差して構えて放つ光波は避ける。素早く飛び交い続ける妖精をレーザードローンが撃ち抜き、体勢を崩した。

『効いています、レイヴン! 直撃を狙えるチャンスは多くはありません。ですが、あなたなら……!』

 この機会を逃さない。リニアライフルをパルスブレードに換装し、二撃を振り抜く。体勢を整えた妖精がすぐさま距離を取るも、まだアサルトライフルの射程圏内だ。パルスブレードをリニアライフルに換装し、レーザードローンも放つ。

〈いいぞ……、621! 確実にダメージが蓄積している……!〉

 目的が目の前だからか。珍しくエアもウォルターが声を荒げている。二人のために、何度も死を間近に経験してきた。ようやく辿り着けたのだ。負けるわけにはいかない。舞い上がった妖精の偏差射撃を潜り抜け、振り向き様の斬撃を回避する。

妖精に追いつくように滞空を交えながら、二丁の銃口を向け、レーザードローンを飛ばす。収束したコーラルの砲撃をクイックブーストで避け、大技に動きが止まっている僅かな時間に銃弾を撃ち込む。空中で体勢を崩した妖精との距離を縮め、パルスブレードを振るった。妖精から真っ赤な爆炎があがり、力なく湖へと落下していった。湖に、水面の音以外の静寂が訪れる。

『敵機コーラル反応……、停止……』

〈……待て! まだ終わっていない!〉

 湖に赤い稲妻が走る。それは、堕ちた妖精へと集っていく。妖精に集ったそれは弾けたかと思えば、ゆらりと撃墜したはずの妖精が起き上がった。

「なに……⁉」

『再起動します!』

 起き上がったそれは、これまで以上に苛烈な赤い光を灯しながら湖の上を滑空する。こちらも追いかけるようにして滞空をして、気付いた。再起動したアイビスに呼応するかのように、湖そのものが赤く光りだしていたのだ。ここにある全てのコーラルが、あの機体に力を注いでいる。そんな光景にも見えてくる。

〈これが……、アイビスシリーズの真価ということか……⁉〉

『周辺コーラルとの共振……。環境からエネルギー供給を受けています。ジェネレータを完全に破壊しない限り、この機体は止められない……!』

 今は、アイビスの様子を見るしかない。赤い光を滞空と自由落下を交え、パルスアーマーを展開しながら避け、アサルトライフルとリニアライフルを向ける。赤い刃の斬撃攻撃も、密度が高まった赤が凶刃となって襲い掛かる。赤い閃光の合間を縫って、レーザードローンの青い閃光がアイビスを捉え続ける。リニアライフルの一射がアイビスの体勢を崩した。アサルトブーストを噴かせながらリニアライフルをパルスブレードに切り替えて二撃を与える。

『敵機、損傷拡大! ……あの機体から、この場に共振する強い反応。“コーラルを守る”という、意思を……、感じます』

『コーラルを、守る……』

 赤い光を撃ちながらくるりと舞う。連続の斬撃を避け損ね、最後のリペアキットを使い捨てた。彼らは一度、その多くを失った。アイビスは、コーラルの危機を未然に防ぐためのもの。主無き今、アイビスに求められた本来の働きは分からない。それでも、厄災を起こしてしまった、厄災を起こさぬように人々からコーラルを遠ざける。そのために、機体を限界までに動かしているというのはその覇気というものはこちらにも伝わって来るものだった。彼らの決死の覚悟に、こちらが折れるつもりは毛頭ない。こちらも、譲れないものがある。オービットの一つ一つが赤い刃を形成する。鞭のようにしなりながら列を成す一連の攻撃を受けてしまった。

〈AP、残り五〇%〉

「……、まだ!」

 パルスアーマーのリキャストが戻ってきた。パルスアーマーを展開し、アイビスへと近付く。

〈追い詰めているぞ、621! やはり……、この仕事をやり遂げられるのはお前だけだ……!〉

 自分を救い上げてくれた人が、信じてくれている。当たり前の一片を触れさせてくれた人のために、ここまで戦ってきたのだ。パルスアーマーが消失する。オービットから赤い光がこちらに向かってくる。関係ない。こちらの青い光がアイビスの動きを止めた。宙で止まったアイビスと距離を詰め、切り替えたパルスブレードを振るう。美しく鮮やかな、無慈悲の妖精の身体に亀裂が入るのが見えた。

『敵機……、ジェネレータ破損……!』

〈爆発するぞ! 退避しろ!〉

 妖精の身体から、赤い光が漏れ出していく。急いで後退する。とても、細身のアイビスから放たれたとは思えぬ爆発が起きた。そして、ようやく妖精が湖へと落下した。激闘の疲れからか、耳鳴りがする。

〈……やったか〉

 もう、妖精が動くことは無い。緊張の糸が解れ、シートに深く身体を預けていく。

『コーラルの共振が……、弱まっていく。この機体と、作った人々の意思……』

 まるで、糸がほぐれていくかのように。アイビスから、赤い稲妻のようなものが放出されている。

『過去から続く、全ての声たちが――』

 瞬間、空を切る音。完全に油断していた。すぐそばに着弾したものを見る。あの弾丸には、見覚えがある。

「あれは――!」

〈⁉ いかん……! 避けろ、621!〉

「きゃああ!」

 展開された弾頭から走る放電。突然の電気ショックに、激闘で消耗していたカサブランカは耐えられない。機体と接続しているこちらにも、そのショックは伝わる。全身に痛みが走ったかと思えば、急に意識が遠のいていく。

『レイヴン⁉ 機体制御が……!』

〈クソッ……! 一歩遅かっ――〉

 ぷつりと、電源が切れたかのように意識がシャットダウンされていった。

 

 

 複数の足音。仕込み杖を片手に侵入者に備える。扉が蹴破られ、ライフルを手にした複数人の武装した兵士が通信室へと入り込んでくる。

「動くな! 抵抗すれば撃つぞ!」

 銃口がこちらを向いている。確かに、こちらが抜刀するより先に弾丸の方が早いだろう。じりじりと距離を詰めてくるが、片脚に不調を持つ非力な老人として見下しているのが見て取れた。こちらを拘束しようとしたその瞬間、杖代わりにしていた仕込み武器を抜く。両隣の兵士が血飛沫を上げて倒れ伏す。

「なっ、抵抗するなと言ったはずだ!」

「どうした? 銃口が震えているぞ」

 深く踏み込み、目の前の兵士の胴を裂く。やはり、片脚の不調のせいで踏み込みが浅かった。倒れこそはしたが、絶命には至っていない。

「な、なんだこのジジイ⁉」

「ただのフィクサーじゃなかったのか⁉」

 後続に動揺が伝わっていく。どうも、最近の若者の教育は、足りていないらしい。経験が少ないと言った方が正しいだろうか。

「なんだ、最近の教材から教わらなかったのか? この時代の老いぼれは、生き残りだとな」

「こ、拘束するぞ! どうせ再教育センター送りだ! 手足の一本くらい!」

 兵士たちが数で押し寄せてくる。流石に、この老体では数を捌くことは出来ない。

(621……)

 無駄な抵抗を続ける中、心中にあったのは一人の少女の安否だった。

 

 

 スタンニードルランチャーの弾頭が着水し、放電によってレイヴンの機体の動きが止まった。技研の遺産と激闘を終わらせたばかりの旧世代型の強化人間である少女が、この放電に耐えられるとは思っていない。

「目標を無力化。ええ……、指示どおり生かしてありますよ。……まったく、企業を出し抜こうなど」

 スタンニードルランチャーが放熱し、薬莢が排出される。鎮圧された現状に、スネイルはため息をついた。

「身の程を弁えない駄犬には、教育が必要です」

 あの幼い身で、偉業を成し遂げてきたイレギュラー。あの力を欲しがるというのは理解できる。とはいえ、このようなタイミングで生け捕りにしなければならないことには理解に苦しむ。あのイレギュラーは、生け捕りではなく殺すべきなのだと。ACが無ければ非力な少女。ハンドラーに従順たる猟犬が、違う飼い主の言うことなぞ聞く訳もないだろうに。

「……それから」

 ウィンドウ端に映る、拘束された男性。いくらか抵抗した痕跡がある。特殊部隊員に刀傷による負傷者が出ているようだが、老人一人に何を手こずっているのか。

「その飼い主にも」

 あの老人には何度も煮え湯を飲まされてきた。あの猟犬を使って、何をしようとしたのかを聞かなければならない。企業を出し抜いてきた個人。一体、あの男は何を知っていたのか。あの男しか知らない情報があり、それを元手にあの猟犬を用いて何かを為そうとしていたのだろう。そうでなければ、ほとんど個人に等しいあの男と猟犬がここまで辿り着くことなどありえない。

 ベイラムは撤退した。不穏分子であった第四隊長も消えた。あの目障りな猟犬共も拘束出来た。これでもう、アーキバスの勝利が確定したようなものだ。解放戦線の土着民共も敵ではない。だからとはいえ、油断して良い訳ではない。

 確定した勝利ではあるが、それを見届けるまでスネイルは気を緩めることは無かった。

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