脱出
痛覚に思考が麻痺していく。首から下の人工皮膚は剥がされ、抵抗できぬようにと四肢が外さる。痛覚センサーが切られることなく行われる作業は、耐え難い痛みが発生する。一体何度、四肢を外され、関節を外され、手や足の指を関節ずつ解体されていったか。この痛みに対して、要求は一つ。ハンドラーがどのような意図で行動していたのかを話せというものだった。
「強情だな……。お前とハンドラーの目的はなんだ?」
「……コーラルを、手にする。その大金で、人生を、買い直せる、と……」
「お前の目的ではない! お前のハンドラーについてだ! 何回言えば分かる! この、旧世代型が!」
「っ――!」
解体された人差し指の第一関節に、鈍器が振り下ろされる。身体が解体される苦痛も、身動きが取れない恐怖も、自分の視界に感覚は繋がったままのパーツが傷つけられるのも。何度も何度も繰り返されてきた。恐らくは、ウォルターの具体的な目的を話せと言っているのだろうが。本当に、それしか知らないのだ。彼がなにを考えていたのかは、何も聞かされていない。知ろうとしたのも、最近のことだった。
「……頼む、ちゃんと話してくれ……」
拷問を行っている職員が力なく脱力していく。こちらが話さないことに、こうして膝から崩れ落ちる職員も何人も見た。
「娘が、いるんだ……。きみと、同じくらいの……。娘と、どう顔を合わせていいのか、わからなく、なるんだ……!」
〈また、精神が蝕まれましたか。あの者を下げなさい。あの駄犬は、パーツを繋げた後に牢へ。全く、五体満足で生かせとは〉
スピーカー越しにスネイルの声が聞こえる。彼の声が聞こえる時は、拷問の終了の合図だ。こんなやり取りが、何回も繰り返されている。集積コーラルに辿り着き、アイビスを打ち倒し……。戦闘後の隙を突かれて、ウォルター共々アーキバスへと拘束されることとなった。この身体が義体であると発覚してからは、暴力や顔に水を浸ける拷問ではなく、四肢を解体し、解体された四肢を暴力なり火に炙る、電流を流すと言ったものへと変わっていったのだ。普通ならば、耐えられない痛みに心というものがおかしくなるのだろう。ある程度の感情の機微が戻ってきたとしても、停滞している思考だからこそ耐えているのかもしれない。なによりも……
『レイヴン……』
『まだ、身体、持ちそう……?』
『……はい。拷問というものは、惨い。情報を吐き出すための暴力は、傷付けることはあっても殺してはならない。義体が壊れないようにという気遣いはされているのでしょう。まだ、あなたの身体は大丈夫です』
こうして、傍らで語り続けてくれている存在がいる。エアがいなければ、とっくに心も身体もアーキバスによって好き勝手されていたのだろう。彼女がいるからこそ、まだ正気を保っていられる。まともならとっくに限界を迎えていただろう状態を、鈍くなっている感覚と彼女の存在が保たせてくれている。
無造作ではあるが、不備が出ないようにという最低限の気遣いがされたパーツの接続が行われる。繋がった四肢には簡易的な衣服を纏わされ、電子ロックの手枷をかけられて、看守となっている二人の男に連れられる。独房に入れられてからは、次に拷問が始まるまでただ無為に過ごすだけだった。
『アーキバスは、いつまで無意味なことを続けるのでしょうか。本当に、あなたは何も知らないというのに……』
『気が済むまで、でしょ』
『……』
エアが閉口する。彼女の技術力があれば、電子ロックの諸々はすぐになんとかなるだろう。だが、非力なこの身体では脱走を図ったところですぐに拘束されて逆戻りになるだけだ。今以上の拷問が始まる可能性もある。脱走をしようにも、そのタイミングとその後どうするのか。それが見えず行動を起こしにくいのが現状だった。
(でも、このまま……)
ただ無意味に拷問を続けられる訳にもいかない。この場から脱出して、ウォルターを救出する必要がある。だが、カサブランカも警備が厳重な格納庫に保管されている。電子機器はエアが解決できても、警備員といった人間の問題は解決できない。カサブランカの元に辿り着くことも困難だろう。
『……、レイヴン』
『どうしたの? エア』
『……あなた宛ての、ウォルターからのメッセージを見つけました。暗号化を解除することはできますが、再生条件にあなたの身の安全――。あなたのバイタルの安定数値が求められています。それと、下水道でしょうか。場所の指定もあります』
『ウォルター……』
ウォルターから、メッセージがある。それを聞くためにも、まずはこの場を脱する必要があるようだった。だが、どうやって。
『……レイヴン、提案があります。賭けに近いものですが……』
『言って。ワタシじゃ、思いつかない』
『分かりました』
提案があるエアの言葉を待つ。自分では思いつかないことを、彼女が提案してくれる。ヒトではない彼女だからこその視点から出される奇策が活路を切り開いてくれるのは、既に経験している。彼女の案は、信頼できる。
『結論から言えば、あなたの義体を一時的に停止させて仮死状態にさせます。死を偽装し、下水にあなたの身体を捨てさせる。サブカルチャーにもあった、脱出方法です。アーキバスはあなたの生存を意識していました、手違いによって亡くなった動揺から、隠蔽工作として死体遺棄を行う可能性。それに賭けます』
『……』
彼女が視聴していたサブカルチャーに、確かにそういう脱出方法があった。死体を遺せば、腐敗による異臭なり病原体となる。死んだものだと、独房から下水へと遺棄されたところで意識を吹き返した主人公が脱するというもの。この状況的にも、その方法による脱出方法は選択肢としてはありだ。上手くいけば、下水まで運んでくれる。冷静に死んだと報告されてしまってはどうしようもないのだが……
『……エア』
『やはり、難しいでしょうか……?』
『その方法でいこう。あの二人と話してる途中で、調整して』
『……、わかりました』
動揺で正常な判断を出来なくさせた方が、脱出できる可能性があるならば、そちらを取る。ゆっくりと独房の扉まで這って移動し、力の入らない手でなんとか扉にこんこんと音を立てていく。
「な、なんだ?」
「あけて、ください……」
「何を言い出したかと思えば、ようやく喋る気になったか?」
二人の声が聞こえる。二人とも、こちらに注意を向けてくれたようだ。
「ワタシ、ほんとうに、なにも知らない……。あけて、出して、かえりたい……」
「……、ダメだ。ここでお前を出したら、俺たちが捕まる。諦めてくれ」
「かえりたい、かえりたいよう……」
なんとか言葉を紡いで二人の注意を引き付け続ける。見た目に合った子供らしい言葉を、なんとかひねり出していく。
「こんなところ、やだ……。いたいの、やだ……。かえりたい、かえりたい……」
「ああ、クソッ! 開けろ! 黙らせる!」
「お、おい!」
「一発殴れば、このガキだって黙るだろうよ!」
痺れを切らしただろう片方が声を荒げる。暴行に出るのは好都合だ。身体を預けていた目の前の扉が開き、力なく身体が倒れる。独房の中に付き返すように、胴体を蹴り飛ばされた。
「あぐっ……!」
「これ以上痛い目に合いたくなければ、黙っていろ! わかったか⁉」
『レイヴン、相手は興奮状態です。あと一言を出せば……』
なんとか身体を看守に向かせる。装備を纏っていて顔こそはよく見えないが、苛立った雰囲気を纏った相手を見上げながら口を動かす。
「かえり、たい……。おとうさん、おかあさん……」
「……、気持ち悪いんだよ! 偽物の身体で! いっちょ前にガキらしいこと言いやがって!」
ズカズカと入ってきた看守に、もう一度蹴られる。このタイミングだった。
『レイヴン、仮死状態にさせます!』
あたかもこの蹴りが決定打となるように、エアが義体の大方の機能を落とした。意識は辛うじてエアが保たせてくれる。ガクガクと身体が痙攣し、糸が切れた人形のように義体は脱力した。
「な、なんだ? おい……?」
恐る恐ると、蹴りを入れた男が近付く。仮死状態の義体を揺するも、身体は一切反応しない。相方の様子がおかしいと気付いたのか、もう一人も独房の中へと入ってきた。
「どうしたんだ……? その子、息してるのか……? ま、まさか……⁉」
「に、偽物の身体だろ⁉ 蹴ったぐらいで、そんな……」
「いくら偽物の身体でも、毎日拷問にかけられれば弱るだろう⁉ どうするんだよ! 死なせるなという閣下の通達だぞ⁉」
「ど、どうするって……! どうするんだよ……! まずい、再教育センター……? いや、ファクトリーか……⁉」
看守二名が動揺している。これで、隠蔽工作を行うという発想に至れればいいのだが……
「と、とりあえずその子をそのままには出来ないだろう! ……下水だ! 下水に捨てよう! 脱走されたってなりゃ、ファクトリー送りはされないだろう⁉」
『レイヴン、なんとかこちらの思惑通りにはなりましたね』
『うん』
看守の二人が動かない義体に手ごろな布を被せ、二人がかりで運び始めた。
*
幸いにも誰かと出くわすことなく、看守の二人は下水に到達する。誰も立ち寄らないだろう下水道の、さすがに下水の中に放り込む気にはなれなかったのか、通路の端に身体を置かれた。
「こ、ここなら誰も近寄らないだろう。よし、戻るぞ!」
バタバタと二人分の足音が遠ざかっていく。エアが傍にいてくれているが、段々と意識が保てなくなっていく。
『レイヴン、しっかりしてください! 義体を再起動します!』
仮死状態だった義体が再起動していく。止まっていた呼吸が動き、気管支に唾液が流れていたのだろう。ゲホゲホと咽ていく。身体の節々が固い。仮死状態から身体が戻っていく感覚が落ち着くまで、少しだけ時間がかかってしまった。
『レイヴン、大丈夫ですか……?』
『大丈夫、落ち着いた……』
『手錠の電子ロックを解除します。そして、ウォルターのメッセージも……』
手錠が外され、ようやく腕が自由になる。手足に力は入るものの、歩くには厳しい。脱走を想定してか、脚部には比較的拷問のダメージを残すようにしていたようだった。それならば、身体を這ってでも進むだけ。動けないよりは、なんとかなる。
『……暗号化を解除、再生します』
元々ある視界に重なるように、ウィンドウが展開される。強化人間の視界はこういうものであるらしい。義体もそのように視覚モニターを調節してあるようだが、ウォルターはブリーフィングの際にはタブレット端末を使うことを推奨していた。特に疑問を抱くことは無かったが、今になって思えば、なぜわざわざ手間のかかるようなことをしていたのだろうか。
〈621。これは、ある友人からの……。いや……、この俺からの、ごく私的な依頼だ〉
ウォルターの声が再生される。白髪交じりの灰の髪、何かしらの強い意志を宿した灰の瞳。そして、冷たい鋼のようでありながら鋼鉄に隠しきれていない優しさのある声――。エアがメッセージと共に仕組まれた座標を示してくれる。そこに向かって身体を這いずりながら、彼のメッセージを聞く。
〈お前は気付いているだろう、コーラルの潜在的な危険性を〉
「……」
傍らにいるエアが息を呑む。こちらも、改めて言葉にする気にはなれなかった。コーラルが持つ危険性、それはC兵器という形でイヤという程に味わった。シースパイダーやアイビスのように動力源であるコーラルによる異常な浮力、スピード――。それだけではない。ほぼ無限に、燃料として使われても尚再生するだろうあの物質は、武器としても猛威を振るっている。あんなものを作り出したルビコン技研の遺産を放逐する訳にはいかない。そもそも、このルビコンという惑星自体を封鎖するという封鎖機構の大義名分の方が正しいまである。コーラルの技術が無ければ、強化人間という存在が生まれることも無かったのだと。だが、それは……。否定してしまうのは違う、そんなことが脳裏を過ぎってしまった。
〈アイビスの火で焼失したはずのコーラルは、しかし、生き残り、集まり……。ゆっくりと自己増殖を続けていた。集積したコーラルは指数関数的に増殖を速め、やがてはルビコンから溢れ……。宇宙に蔓延する汚染となるだろう〉
『私たちが汚染となる……? そんな、こと……』
まるで、初めから知っていたかのように語るウォルター。いや、初めから知っていたのだろう。生き残ったコーラルが集まり、自己増殖を行い、企業たちが資源として欲しがるほどの量となっていたことを。そして、このまま放逐すればいずれは厄災となってしまうことも。コーラルが集っている具体的な場所こそは、さすがに強化人間の手を借りなければならなかったようだが……
〈その前に……。コーラルを焼き払う必要がある。それが、かつて星系を飲み込んだ大火を、再現することになったとしてもだ〉
『……⁉』
這いずっていた動きが思わず止まる。今、彼は何と言ったのだ。コーラルを焼き払うと、アイビスの火をもう一度引き起こすのだと。
〈これは、ハンドラーとしての指示ではない。俺が死んでいった友人たちから受け継ぎ、お前に託さんとする……。ひとつの依頼に過ぎない〉
これが、ウォルターの目的。コーラルを手にしてどうするのか、その疑問に対する回答。最初から、ウォルターはコーラルを欲していた訳ではなかった。逆に、コーラルを葬らんとしていたのだ。誰かの手に渡る前に、アイビスの火以上の厄災になりかねないコーラルを、アイビスの火の再来という厄災をもって制しようとしていたのだ。
あの優しい彼が、宇宙規模の厄災を起こさぬために、星系規模の厄災を、虐殺を行うのだと。一体、どのようなことが彼にそこまでの覚悟を抱かせたのだろう。友人たちから受け継いでいったと彼は言っていたが、それだけではない気がする。
〈……621〉
こちらを呼ぶ声に、思わず顔を上げた。
〈火を点けろ、燃え残った全てに〉
僅かな言葉。だが、それに込められた想いや願いというものはとても、重く深いものだ。託されたのだ、彼が今まで、あの老体で背負っていたものを。この、壊れかけの義体で動く強化人間に。
〈……俺の最後の仕事として、お前を自由にしよう〉
これで、ウォルターのメッセージは途絶えた。最後まで、こちらのことを気にかける優しい人であった。あんな大役を託しておきながら、一個人としての配慮を忘れない。とても優しくて、とても残酷な人だった。
『……レイヴン。ウォルターの考えていたことが……、ようやく分かりました』
共にメッセージを聞いていたエアが言葉を紡ぐ。彼女からすれば、ウォルターの目的は同胞の虐殺だ。人類の厄災になりかねないと、そのためにコーラルを、彼女の同胞を虐殺するのだ。彼女の心中は穏やかではないのは、いくら621でも分かることだった。
『この機体も……、こうなる可能性を予期して、彼が手配していたのでしょう』
見上げるエアの視線を辿れば、どうやら這いずっている合間に座標に到着出来たらしい。そこには、最低限の武装のみが施されたジャンクパーツで構成されただろう旧型ACが佇んでいた。
『彼の言葉をどう受け取るか。その前にもまず、この場を脱出しましょう。レイヴン』
『……うん』
まずは、この場から生きて脱しなければならない。ウォルターのメッセージに従うことも、拒否することも出来ないのだから。四肢になんとか力を入れてACをよじ登っていく。エアにコクピットを開錠してもらい、中へとなだれ込む。シートに背を預けて脊椎端子を繋げていく。
『しかしレイヴン、その義体の状態で操縦は――』
『大丈夫……。あくまで、そう身体を動かしていただけ。義体が動かなくても、“ワタシ”という意思さえあれば、動かせる』
元々、ACを操作するという機能以外が死んでいたのだ。これは、解凍されたばかりの状態へと戻っただけ。接続が完了し、COMが起動する。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
佇んでいた身体を動かしていく。ジャンクパーツという認識は間違っていなかったようだ。これまでのように機体を動かすのは厳しい。
『機体に座標情報が入力されています。脱出の手引き……、ということでしょうか』
『座標、出して。今は、その通りにするしかない……』
座標がモニターに映る。その方向へとブーストを起動してブースト移動で向かっていく。段差をジャンプして登っていく。動かす分は問題ないが、それだけだ。戦闘となれば、間違いなく不利になる。
〈……下水まで目を光らせろとはな〉
〈そう言うな。ここでは何があってもおかしくない〉
『MTの巡回……。下水に廃棄して貰うという作戦も、リスキーでしたね……』
『成功したから、大丈夫』
無人機に対する警戒のための巡回なのだろう。こんな危険な場所に生身でいる方が考えにくい。それも相まって、脱走計画もすんなりと上手くいったのだろう。配管の中で待機し、スキャンでMTを捉える。見えるだけで二機。彼らの足が止まった瞬間を狙って左肩に装備された拡散バズーカを放つ。一機はそれで撃ち落とせた。
〈AC⁉ なんだ……、どこから出て来た⁉ 用廃機が動いて……、これも技研の技術なのか⁉〉
反撃される前に、右手のマシンガンで迎撃していく。だが、相手を倒しきる前にリロードが入る。アサルトブーストを噴かすも、この機体ではブーストキックすらも繰り出せない。リロードが終わったマシンガンの銃口を向けてなんとか徘徊していたMTを迎撃した。
『レイヴン、戦闘は極力避けることを推奨します。流石にこの機体では……、あなたの技量に追い付きません』
『……そうする』
ブーストを起動して移動を再開する。この機体では満足に戦うことは出来ない。武装も耐久性も、最低限しかない。強いて、拡散バズーカが高火力となり得るだろうか。マーカーに従って、配管の中を進んでいく。
『待ってください。前方に四脚MT。……分が悪そうな相手です。迂回しましょう。見つかってしまった場合は、左手のジャミング弾が使えそうです』
『……』
マーカーはその先にある。ジャミング弾を使えば、確かに敵の目を欺くことは出来る。ジャミング弾で相手のロックオンを奪って強行する。それが最短距離だ。直進し、相手の前に躍り出る。四脚が肩のキャノンを構えるが、打ち出された砲弾を回避し、すれ違い様に左手に装備されたジャミング弾を放つ。
〈ECM⁉ ロックオンが……、どこへ行った⁉〉
『なんて無茶を……! レイヴン、今のうちに先へ!』
『時間を、かけていられない……』
意思だけで動かすことは出来ても、やはり義体の損耗が激しい。早く脱出をし、出来れば整備が出来るカーラがいるRaDの元へと逃げ切らなければならない。それまで、こちらが所持する武装の弾薬が持つか否か。戦闘を無視して、脱出地点へ向かう。それが、この機体で出来る最大限のことだった。四脚と二脚タイプのMTの横を無理矢理通り抜ければ、配管の外へと出られた。
『ここから地上に脱出しましょう。上昇推力は……、何とか足りそうです』
『わかった』
見上げれば、この下水と繋がっていただろう設備後。幸いにも、段差が存在する。段差を足場にすれば、問題無く地上へと出られそうだった。段差でエネルギーを回復するための着地を行い、もう一度飛び上がって地上の配管跡へと着地した。
*
『ここは……、技研都市の郊外……?』
『ずっと、ここで捕まっていたんだ……』
夜で見えにくいが、見える風景は確かに技研都市のものだった。あの場で捕縛されてから、アーキバスはこの都市を占拠してすぐに施設を作り上げたということなのだろうか。いや、廃墟こそなっているが建物自体は使える。だとしても、設備として運用するために整備するのは早すぎる。それだけ、アーキバスは資材も人材もあるということなのだろうか。
〈こちら、
「ペイター……⁉」
『……レイヴン、企業が厳戒態勢に入ったようです。やはり、脱走として報告されたようですね。スキャンを活用して、戦闘を回避しましょう』
こくりと頷く。警備が厳重である可能性は高い。とはいえ、ペイターの広域放送も相まって先程のような強行突破は通じなくなった。こうなってしまっては、マーカーを目印に大きく迂回しながら進むしかない。目の前にいたMTを拡散バズーカで撃破しながら、崖際へと移動する。瓦礫や地形を遮蔽物として進んでいくしかない。崖を登ってマーカー地点へと進んでいく。
『……サーチライトに注意を。捕捉されると危険です』
『完全に、ここを自分達の拠点にしている……』
過去の遺産すらも、アーキバスは貪ろうとしているのだろうか。ここまで、アーキバスが優勢でことが進むとは。優勢が過ぎるという違和感を覚え始める。まるで、最初から彼らが勝つように仕組まれていたのかのように。だが、今はそんなことを考える暇はない。警備の脅威からなるべく避けるように移動していくしか無かった。スキャンを使い、周囲を確認しながら、地形と瓦礫の合間を縫うように走っていく。だが、それも長くは続かなかった。
〈識別不明AC!〉
〈旧型機体……、独立傭兵レイヴンか⁉〉
『……目標地点まであと少しです、レイヴン。強行突破しましょう』
『そうするつもり』
『あのメッセージ……。ウォルターは、もう……』
認めざるを得ない現実に食いしばることしか出来ない。MTの攻撃を掻い潜りながら目標地点へと向かう。マーカーは壊れたビルの上にある。なんとかブーストを噴かせてビルの上に降り立った。
『これは……? ……確認しました。罠ではなさそうです』
『アクセスする。っ……!』
アクセスを行う数秒。アクセスを完了するまで自由に動けない。放たれるミサイルやロケットに晒されるのを甘んじて受けるしかなかった。揺れる機体に、義体がシートからずり落ちないかの不安が過ぎるもなんとか耐えることは出来た。アクセス完了を確認してからビルの上から飛び降りてすぐに近場の建物に隠れた。
〈緊急ビーコンの発信を確認〉
「その声、チャティ……⁉」
〈……久しぶりだな、ビジター。暴れる元気が残っていたようで何よりだ〉
繋がる通信。通信相手はRaDのチャティからだった。どうやら、あれは緊急ビーコンを発する装置であったようだ。そして、その連絡先はRaDであると。
〈ボスが迎えに行く。合流地点まで移動してくれ〉
「……わかった」
返事をすればマーカーが更新されていく。カーラとの合流地点へ機体を向けていく。
『ウォルターの使命とカーラには……、やはり何か関係が……?』
『そうじゃなかったら、こんな義体なんて作らない。きっと、カーラも……』
ウォルターとカーラには、自分たちが見えている以上の関係があるのは分かっていたことだ。それが、ウォルターの使命に関することであるということまでは推測出来なかったが……。ウォルターが抱いていたものを知れば、自ずと繋がっていく。ウォルターの手足となるべく、強化人間たちは長く運用することを求められる。そう考えれば、出来るケアは最大限行うべきだ。より長く運用するためにも、普段の人間と変わらない生活を可能とする義体は確かに必要なことなのだろう。カーラが義体を作り、整備を行うのも理解できる。それを整理し、問い質すためにもまずは生き残らなければならなかった。先程の襲撃で、二個しかないリペアキットの一つを消費してしまっている。迂回するように、崖を登って建物を遮蔽物に更新されたマーカー地点へと向かう。
『合流地点に到達……。……⁉ 敵性反応!』
「っ……!」
無情な輸送ヘリの音が響き渡る。ここまで追跡されたか、あるいは予測されたのか。目の前に飛び出た一機は、無理矢理上昇して近距離で拡散バズーカを放って撃ち落とした。が、地上には既に数機のMTがこちらに銃口を向けている。すぐに建物の裏に隠れるもそれには限界があった。
〈独立傭兵レイヴンを発見! 包囲する!〉
〈
近付くMTを拡散バズーカで撃ち落とし、ジャミング弾を用いて攪乱しながら距離を取る。いくら輸送ヘリを撃ち落としたとしても、この数を捌き切るにはこの機体では無理がある。
『レイヴン……! 流石にこの数では……!』
「こんな、ところで……!」
近付くMTを拡散バズーカで吹き飛ばした、その時だった。
『……待ってください、新たな機体反応!』
「っ……!」
〈苦戦しているようだね、ビジター!〉
新たな機影の方向に向けば、入ってきた声は聞き覚えのある声だ。RaDの頭目、この義体を作った張本人、カーラのものだ。
『「カーラ……⁉」』
〈ウォルターから……、あんたの世話を頼まれている。助太刀させてもらうよ〉
重なる少女たちの声に答えるように、近付く機体の速度が上がっていく。舞い降りて来たのは、全身を自社製のミサイルで装備したカーラのAC――、フルコースの姿があった。
〈増援⁉ ACがもう一機!〉
〈識別は……、RaDだと⁉ ドーザーのジャンク屋がなぜ……〉
『カーラがACで……、救援です! レイヴン!』
「うん……!」
一旦、建物の裏に避難する。彼女が危険を顧みず飛んできてくれたのだ。ここで自分が倒れてしまっては意味がない。一度滞空してから軌跡を描き始めるミサイルが飛び交い始めた。
〈RaDの頭目は、操縦もそこそこやる。そいつをお見せしようか〉
宙を飛び、距離を保ちながらフルコースがハンドミサイルと、翼のように展開した十連ミサイルを放つ。相手はMT。全ての武装がミサイルで構成されたフルコースであっても負ける要素はない。
〈ボス、敵は多いが所詮はMTの集まりだ。俺が出るべきだったな。あんたを危険に晒すのは組織にとって悪手だ〉
〈分かってないねえ、チャティ〉
そう笑うかのようにフルコースからパルスの爆発が発生される。アサルトアーマーだ。これで、MTたちの銃撃を打ち消したのだろう。
〈あのビジターの大脱走だよ。劇場で見ないでどうすんだい。それとも、チャティも見たいクチだったかい?〉
〈さあな。俺はビジターの機体を取り戻す。その仕事を果たすまでだ〉
どうやら、こちらが見えていないところではカサブランカの奪還にも動いてくれているようだ。なんとか再教育センターから脱し、救難信号を送る。その段取りは、整っていたようだった。
『エア、援護に出よう』
『そうですね。フルコースで痛手を受けている機体を迎撃するくらいならば……』
「カーラ、援護する」
建物から飛び出し、フルコースのミサイルを受けただろうMTの背後に回り、拡散バズーカで迎撃していく。負傷しているMTにマシンガンでトドメを刺していく。
〈ビジター。こういう時は、助けを待つお姫様として隠れてよかったんだけどねえ?〉
「そうは、いかないから」
〈――そうかい。なら、最後まできっちり手伝いな〉
言われるまでも無い。残るMTは二機。大火力を誇る拡散バズーカの残数もある。一機を拡散バズーカで撃ち落とし、残る一機をマシンガンでACS負荷を限界に迎えさせ、フルコースの文字通りの、ミサイルのフルコースによって撃破された。
『……周辺、敵影はありません』
〈……この辺りは片付いたようだね。追手が来る前に引き上げるよ〉
「うん」
歩くフルコースに着いて行くようにこちらの機体もゆっくりと動かしていく。
〈ヘリを回そう。ビジターの機体も取り戻してある〉
〈……ビジター。一息ついたら話をしようか。ウォルターのことさ〉
「……わかった」
今はただ、ウォルターの同志であろうカーラに着いて行くことが先決だった。
*
〈強化人間、C4―621。通常モード移行〉
ジャンク機体と共に輸送ヘリに帰還する。コクピットが開き、脊椎端子が外れていく。ほとんど動けないこちらの身体を、カーラが抱き上げてくれた。
「よく頑張った。全く、こんな小さい子にも企業は容赦なしかい。そら、見えるかい? やっぱりあんたには、あの機体がしっくり来る」
カーラがこちらにも見えるように姿勢を変えてくれる。ジャンク機体の隣には、無傷のままのカサブランカの姿があった。白と黒の機体、今は灯っていないが、青のライトカラーがカサブランカの姿だ。あの機体に色を与えたのも、名前を与えてくれたのも。ウォルターだった。
「……あんたは生き残った。ウォルターは賭けに勝ったってわけだ。いいだろう、あんたには私らの使命を明かすことにする」
「……やっぱり」
「次の作戦に移りたいところだが、まずはあんたの身体のメンテナンスが先だね。そんな身体じゃ、ACもまともに動かせないだろう?」
それには、こくりと頷く。こちらを刺激しないように、カーラがゆっくりと医務室へと向かっていく。
『やはり、ウォルターとカーラは……』
『あとは、カーラが話してくれるのを、待とう』
「ビジター、いや。621。それとも、エイヴェリーの方が良いかい? 眠っても構わない。散々な目に遭ったんだ。休ませるくらいはさせるさね」
こちらを気遣う彼女の優しさに委ねるように、ゆっくりと瞳を伏せていった。