ゆっくりと意識が浮上する。視界に映るは医務室の天井。義体の違和感はほとんど無くなっている。こちらを心配そうにエアも見下ろしている。ゆっくりと身体を起こすが、倦怠感というものが抜け切れてなかった。
「目が覚めたかい?」
「カーラ……」
「……ウォルターなら、あんたはもっと休むべきだとコーヒーの一つでも出すだろうけど、悪いね。私じゃあいつの淹れるコーヒーの味は出せない」
振り向けばそこには、肩をすくめたカーラの姿があった。やはり、彼女の腕前は確かなものだ。ほとんど動かすのが精一杯であった義体の不調がほとんど解消されている。
「……大丈夫。身体、重いけど、平気」
「……まずは、あんたその身体についてだ」
真剣なカーラの表情に思わずこちらも息を呑む。一体、何を告げられるのだろうか。
「アーキバスのやつら、本当に趣味が悪いね。いや、子供に欲情するようなバカがいないだけマシだったか……。とにかく、出来る限りの処置はした。が、その義体はほとんど壊れかけだと思って良い。出撃は三回……、もって四回だ。それ以上は義体の方が持たない。今回のことが片付いたら、自分の身体をどうするかを考えた方が良い」
『レイヴン……。カーラの言う通りです。あなたのその身体は……。拷問の後遺症が残っています。恐らく、出撃をしなければもう少しだけ持つのでしょうけども……』
「……」
身体に残る倦怠感というのは、それが原因なのだろう。自分の身体を、どうするべきなのか……
「……カーラ」
「新しく作る時間はない。アーキバスは待っちゃくれない。あいつらは既に行動に出ている。私と、ウォルターの使命を果たすためにはすぐにでも動かないといけない」
「……終わった、あとは……?」
「……エイヴェリー。あんたの元の身体の状況は聞いている。それでもね、あいつは本気であんたの人生は買い戻せると信じているんだ。それは、信用してやってくれ」
「……わかった」
衣服を整えて、寝台から降りていく。拷問にかけられる中でも、リボンカチューシャが取り上げられなかったのは不幸中の幸いだった。今ではすっかり、この赤いリボンは自分の一部となっている。カーラの後を着いて行く、行先はガレージ。ガレージの端末をカーラが操作する。画面に映るのは、ブリーフィング画面だった。
「ビジター、昔話をしようか」
カーラの声音が変わる。これが本題だ。彼女と、ウォルターに関わる真相について。
「アイビスの火が、この
「……」
語られる真実に、口を噤むことしか出来なかった。つまりは、観測者たちの結社オーバーシアーは……。あのアイビスの火の生き残りたち。あの厄災を目にし、あの厄災以上の厄災を起こさないために、再び厄災を起こす。それが、カーラやウォルターが託されて背負い続けていたもの。これから、621にも託さんとされるものだ。並ぶ名前のリストは、それだけ多くの人々が参加していたのか。あるいは、墓標なのか。名前だけでは、判断することは出来なかった。
「RaDは退屈しない隠れ蓑だったが、いよいよ本来の仕事をする時が来たってわけさ。本題に入ろうか」
ブリーフィング画面が変わる。映し出されたのは、あの洋上都市だ。
「あんたもザイレムには行ったことがあるだろう。技研の作った洋上都市だ。あそこには来たるべき破綻への備えとして、ちょっとした機能が隠されてる。そいつが今の状況には必要なのさ。RaDの技術者総がかりで、ザイレムのコントロールを奪いに行く。あんたには、しゃしゃり出てくるに違いないアーキバスの相手を任せたい」
「……」
いつもならば、了解したとすぐに答えることが出来た。だが、それを即決することに、初めて戸惑いを抱いている。
「……カーラ」
「……なんだい?」
「……その、……」
「ビジター」
カーラがゆっくりとしゃがみ、こちらと視線を合わせる。赤が混じった黒髪に褐色の肌。眼鏡の奥にある金色の瞳には、ウォルターと同じ覚悟を抱いている光が宿っていた。
「ウォルターの性格は知っているだろ? 残酷なハンドラーとして振舞ってはいるが……、ね」
こくりと、621は頷いていく。
「そんなあいつすらも、焼き払うことに同意しているんだ。そして、あんたに託したことを。それを、よく考えるんだね。……三十分。出撃の準備を、終わらせるんだよ」
ぽんと優しく頭に手を置かれた後、カーラは立ち上がって立ち去ってしまった。もう、焼き払う以外の選択肢が無いとばかりの反応だった。
『観測者たちの結社オーバーシアー……。コーラルを焼き払う……、使命……』
『エア……』
この真実に動揺を抱いているのは621だけではない。傍らにいるエアもだ。むしろ、コーラルから生じた波形である彼女からすれば、ウォルターやカーラは、彼女の同胞を虐殺することが目的であると告げられたも同然だ。衝撃を受けないわけがない。
『……』
『……』
彼女にかける言葉が見つからない。だが、時間は待ってくれない。コーラルは危険なものであるとウォルターの意志を継ぎ、恩義に報いたいという気持ちも。エアという言葉を交わせる存在がいて、焼き払う以外の方法だってあると思う気持ちも。両方が621の中で混在している。
『……レイヴン。理解は、しているのです。オーバーシアーが、カーラたちがコーラルを危険視することも。そして、あなたはその脅威に晒され続けたことも……。すみません今は……、考えさせてください』
『……わかった』
どちらも正しい。決断が出来ない今は、目の前のことを対処することしか出来なかった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
輸送ヘリからカサブランカが洋上都市へと投下される。迫りくる大群から防衛する戦闘を想定して、右手にはバズーカ、左手にはグレネードを装備している。そして、RaD製の頭部パーツを、皮肉にもバランス性能を鑑みてアーキバス製品のものと買い替えることとした。
〈始めるよ、ビジター! 配置につきな! こっちの仕事が終わるまで、あんたにはあのタワーを守り切ってもらう〉
「……了解」
〈恒常化プロセスK。シールド展開〉
無機質な広域放送が響く。守るべきタワーを背後に正面の通路を進んでいく。
〈ボス、手始めに防衛システムの一部権限を奪った〉
〈上出来だ、チャティ。こいつで時間を稼ぐとしよう。ビジター、配置についたようだね。チャティシステム掌握までかかる時間は?〉
〈五分で終わらせる。企業勢力は――〉
『……敵性反応。アーキバスMT部隊です』
未だに衝撃が収まっていないながらも、エアがチャティより早く敵を捕捉する。示されたマーカーへと進む。
〈……せっかちなお客さんだよ。ビジター、早速だが迎撃を頼む。あんたのおもてなしを見せてやるんだ〉
「了解」
輸送ヘリと、無人兵器の編成。輸送ヘリに向けて左手のグレネードを撃ちこむ。ヘリは搭載したMT諸共爆炎に巻き込まれた。残る無人兵器をバズーカとレーザードローンで対応する。
『……いま思い悩んでも意味はない。レイヴン……、サポートします』
『無理、しないでね』
〈タワーに近寄らせるんじゃないよ、ビジター!〉
残るのは、左右に展開された二機編成のMT。右側のMTへと向かい、二機に向けて装填が終わったグレネードを撃ちこむ。
〈恒常化プロセスB1。プラズマ砲台待機〉
〈支援砲台を起動できるようにした。手が足りなければ使ってくれ〉
「了解。ありがとう、チャティ」
残る二機編成のMTの戦闘にバズーカを撃ちこみ、爆風に巻き込まれて追従していた二機目も落ちた。画面端にアクセスを行えば使える砲台がピックアップされる。近場に輸送ヘリの反応。輸送ヘリに向けてバズーカを撃ちこみ、無人兵器の戦闘にグレネードを撃ちこんで爆風でグループを沈めていく。
〈ビジター、システム完全掌握まであと四分といったところだ〉
『レイヴン、中央が輸送ヘリ及び三機のMT編成。右に輸送ヘリとMTの編成です』
『わかった。中央から片付ける』
中央には上空に輸送ヘリと無人機。道路の上には三機のMT。まずは地上のMTの編成にグレネードを撃ちこむ。上空へと上がり、バズーカで輸送ヘリを撃ち落とす。これで残るは、無人兵器のみ。リロードが終わったグレネードで爆風に巻き込んで中央を侵攻する部隊を壊滅させていく。次は、右手側の輸送ヘリだ。輸送ヘリをバズーカで撃ち落とし、地上を進む二機のMTをグレネードで撃破する。
(あとは、左)
左手側を侵攻するMT二機。バズーカを撃ちこむも距離の離れた二機は一機しか落とせない。仕方なくグレネードで残りの一機を撃ち落とした。一息を入れる。残りは、三分と二十五秒と言ったところか。
『レイヴン、近付いてくる反応があります。これは、MTではありません!』
『嫌な予感がする。砲台を動かす』
『アクセスは任せてください!』
アサルトブーストを噴かせて、チャティが起動した支援砲台にアクセスを行う。アーキバスは、惑星封鎖機構の機体を大量鹵獲していたはずだ。ここに投下されても、おかしくない。一台を起動した後、もう一台に向かってアサルトブーストを噴かせて移動する。
〈ザイレム制御システム。中級管理権限移行〉
〈あと三分はかかる。持たせてくれ、ビジター〉
「任せて」
『今度は狙撃部隊です!』
『やっぱり、鹵獲した機体を……!』
〈蹴散らしてきな、ビジター!〉
遠くから飛んでくるのは惑星封鎖機構の狙撃タイプのLCだ。先に起動した砲台の援護射撃によって、先行した二機は撃ち落とされた。だが、後続は続いていく。支援砲台がどこまで持つか。砲台が届かないところには、こちらが向かうしかない。砲台を掻い潜ってきた狙撃LCが着地した瞬間を狙ってグレネードを撃ちこむ。だが、一射は許してしまった。展開されたシールドはまだ壊れる様子はない。バズーカを撃ちこむも、削り切れない。レーザードローンを展開し、着地したもう一機をリロードが終わったグレネードを撃って撃破する。狙撃体勢に入ったLCにバズーカを撃ち、その攻撃を中断させる。リロードが終わったグレネードでトドメを刺した。
〈上級権限まで手がかかった。あと二分で終わらせる〉
〈……待ちな! 飛んでくるあれは……〉
『生体反応なし。自律特攻兵器……⁉』
〈容赦なしかい……。ビジター、撃ち漏らすんじゃないよ!〉
「っ……⁉」
大量に迫る自律特攻兵器の群れ。この武装では対応するには限界がある。その多くがタワーへと飛んでいってしまった。
『タワーのシールドが削られています! っ、増援! 数が多い……』
〈随分と人気じゃないか……。あんたのサイン待ちの行列ができてるよ〉
『レイヴン、高火力型LCです!』
移動速度が速い。バズーカの弾速では追い付かない。タワー付近に降下され、密集したタイミングに合わせてグレネードで巻き込んでいく。そして、中央から高火力型LCが近付いてきている。この機体を片付けなければ、シールドが削られたタワーが持たない。レーザードローンを展開し、牽制射撃を行う。
〈ザイレム制御システム、上級管理権限移行開始〉
〈……あと一分。凌いでくれ、ビジター〉
「了解」
高火力型LCにグレネードとバズーカを交互に撃ちこんでACS負荷限界で動きを止める。その間に、近付いてくる輸送ヘリの処理を行う。高火力型LCも、タワーより先にこちらを落とさんと火器を向けて来た。
〈まったく……、あんたも大変だね。半分はウォルターのやらかしだ。あんたの名前を売り過ぎたのさ〉
「そんなこと、言われても……!」
こちらはただ、仕事を全うしてきただけだ。それとも、仕事を全うすること自体が珍しいことだったのだろうか。生きて、実績を積み重ねて来ただけ。それだけだと言うのに。
『レイヴン! LC機体が――! シールドが破られました……!』
「しまった……!」
〈まずいね……、ここからの被弾は洒落になれないよ!〉
「すぐに片付ける!」
密集するMTに向けてグレネードで一網打尽にする。問題は、あの高火力型LCだ。正面立って、相手をするしかない。
〈管理権限移行まで……、あと三十秒〉
〈あと少しだよ、ビジター!〉
「わかった……!」
バズーカとグレネードを交互に撃ち、レーザードローンを展開する。増援が見えるが、まだ距離はある。高火力型LCが構え、放つ弾丸を己の見で受け止めていく。
「っ! でも、これで……!」
装填が終わったグレネードを撃ち、最大の脅威を文字通りに爆発させた。後は、火力を持たないMTを片付けるだけ。距離が迫っていた四機をバズーカ、グレネード、レーザードローンで迎撃していく。
〈ザイレム制御システム、上級管理権限移行。オーナー、シンダー・カーラ〉
〈……よく持ちこたえたね、ビジター。急いで中に入りな!〉
無機質な広域放送が流れ、カーラから言葉が紡がれる。これは、仕事が終わったということなのだろうか。MTたちも動揺している。今の内に、開かれた扉の中へとカサブランカを滑り込ませた。
〈この都市の……。本当の姿、見せてやろうじゃないか……!〉
そのカーラの言葉と同時に、大きく足元が揺れる。思わずしゃがみ、転倒することを回避する。
『地震……⁉』
『いえ、違います! 外部モニター繋ぎます。水位が――。いえ……、都市が浮上して……⁉』
「一体、何が……」
エアが繋いでくれたモニターの様子を確認する。大きな振動と共に、海水が――。違う、都市自体が本当に浮上しているのだろう。水没していた地形が姿を現していく。まるで、眠り続けていた何かが、目覚めるように。
〈……あいつの残していった情報が役に立ったよ〉
都市は浮上を続けていく。これは、都市と呼んでいいものなのだろうか。都市そのものが、巨大な艦と言っても過言ではない。
〈恒星間入植船、“ザイレム”。ウォルターの置き土産さ!〉
あの洋上都市は、本当に一部だったのだ。その正体は、新たな星を開拓するべく、人々と物資を乗せて多くの星々の間を渡り歩いてきた、恒星間入植船。これが、ウォルターがザイレムを調査していた理由なのだという。都市を、船を動かすために船の機能が生きているかどうか。船を動かすためにも惑星封鎖機構によるECMフォグを取り払う必要があったのだろう。
〈ビジター、戻って補給をするんだ。これからのことを、話さないといけないからね〉
カーラに示されたマーカーを頼りにザイレムの格納庫へと向かって行った。
*
カサブランカをガレージに収容され、ゆっくりとコクピットから降りていく。が、すぐに脱力してタラップに座り込んでしまった。もって、出撃は後三回。この三回の出撃で全ての決着を、決断をしなければならない。
「まだ行けるかい? エイヴェリー」
カーラに手を差し伸べられ、その手を取る。ゆっくりと立ち上がらせてくれた。
「ちゃんと、あんたの身体を診てやりたいが……。計画について先に話しておこう」
「計画……?」
こくりと、カーラが頷いた。こちらのゆっくりな足取りに合わせて、ガレージの端末へと移動する。いつも通りに、ブリーフィング画面が開かれた。
「あんたが捕まっている間に、アーキバスはバスキュラープラントを完成させた。今やコーラルは大気圏外まで吸い上げられ……。ルビコンから持ち出されるのも、時間の問題だろうね」
「だから、あんなに空が……」
先程までの赤すぎる空を思い返す。あれほど、空は赤いものであっただろうか。夕焼けとも、朝焼けとも違う。まるで、空そのものが灼けているかのように……
「そうなる前に、焼き払う必要がある」
淡々と告げられた言葉に、思わず傍らに立つ女性を見上げる。カーラの金色の瞳は、先程見た時と変わらない。彼女はもう、この選択から選び直すつもりなど無いのだと。
「だが、プラントを突き破ってコーラルに火を点けるには……。それ相応の火種がなきゃ、話にならない。分かるかい、エイヴェリー。ザイレムは……、プラントに到達する移動手段ってだけじゃない。コーラルを焼き払い、根絶する……。そのための火薬庫なのさ」
「……カーラ」
思わず、声が出てしまった。こちらを見下ろすカーラ。こちらは今、どのような表情をしているのだろうか。覚悟を灯したカーラの瞳が一瞬、目を逸らし、伏せる。だが、次に開いた時には、優しさを。違う、諦めたかのような目でこちらを見ている。ゆっくりと、目の前の女性は視線を合わせるためにしゃがみ、こちらの肩に手を置いた。
「言いたいことはわかるよ、エイヴェリー。こんなのは間違っているってことくらいはね。だけどね、これ以外の方法が見つからなかったんだ。見つけることが、出来なかったんだ……。これは、ウォルターが決めたことでもあるんだ。分かってくれ」
肩を掴む手に力が入り、震えている。その言葉に、偽りはないのだろう。他に方法があれば、それを選ぶ。だが、これしか彼女たちは見つけることは出来なかった。だから、燃え残った全てに火を点けるのだと決断したのだ。それが、星系規模の災厄を引き起こすことになっても。コーラルを大量虐殺することになったとしても。こちらの肩から手を離し、ゆっくりとカーラは立ち上がった。
「次の仕事の話もある。今は、ゆっくり休みな」
カーラは立ち去った。そして、傍らにいるエアを見上げる。言葉を失い。片手で口元を抑えている。彼女も、理解したのだろう。カーラの、覚悟を。
『……。それが……、観測者たちの計画……』
だらりと、エアの腕が垂れさがる。そのまま、虚空を見つめながら彼女は言葉を紡いでいく。
『企業はコーラルを貪ることしか考えず。観測者たちは、コーラルを恐れ根絶しようとしている』
エアからすれば、受け入れ難い現実なのだろう。だが、それでもと言いたげに。脱力していた腕に、手に力が入って拳を握るのが見えた。
『私は……、人とコーラルの可能性を守りたい』
それは、切なる願いだ。あれだけ人の醜さを見せつけられても尚、彼女は未来を。可能性を信じたいと選択した。その願いは、か細くも確かなものだというのは、621でも分かることだった。
『……レイヴン。私の願いを、聞いてはくれませんか』
『それは……』
今、決断の時に立たされている。今の自分はもう、ただウォルターの後を着いて行くだけの人形ではいられなくなってしまった。このまま、自分の意志をもって厄災を引き起こし、ウォルターやカーラの悲願を達するか。目の前の、自分だけが知覚する存在の切なる願いを聞き届けるか。
(ワタシは……、私は……)
これまでの出来事が脳裏によみがえっていく。ウォルターに拾われたあの日を、このルビコンの地に密航した日を。レッドガンの人々に出会ったこと、壁越えで憧れに出会ったこと。そして、エアに出会ったことを――
「私は……」
ワタシが答える。ウォルターに出会わなければ、今の自分はない。ウォルターのために戦うことは、拾われたあの日から決めたことだ。燃え残った全てに火を点けて、終わりにする。それが、ウォルターの願いならば、それを叶えることが恩義に報いることだと。
私が答える。だとしても、だからと言って再び厄災を引き起こすことは間違っている。それは、目の前のエアと、彼女の同胞を虐殺する行為だ。これ以外の方法があるかもしれない。決行してしまえば、その可能性すら捨て去るのだと。エアは、人とコーラルが共にあることを諦めたくないのだと。
(私は、何のために……)
ウォルターが指し示した道を、ただ歩いているだけではないのか。彼の言葉が虚ろな人形に嫌でも響いていく。自分を導くウォルターはいない。カーラとエア、両方を選ぶことはできない。選ばないという決断も出来なくなってしまった。選ばなければならない。兵器から、一人の生きる者として。その羽化のための決断なのだと。
「……私は」
エアの赤い瞳がこちらをじっと見つめている。強い意思が宿る中で、こちらを選んで欲しいと独特なきらめきが揺らいでいるのが見える。そんな彼女の赤く輝く、星のような瞳から――
目を、背けてしまった。
『レイヴン……』
「ごめん……、エア。私は、ウォルターのために戦う。それが、私が、私として拾われたその時から、ずっと決めていたことだから……」
ウォルターを裏切ることは、出来なかった。それが、目の前のエアを裏切ることになったとしても。ウォルターに恩義を報いる。最初から変わらない、
『……レイヴン。あなたの考えは、分かりました』
その声は、失望したとても冷たいものだった。
『……残念です』
そして、いつの間にか当たり前になっていた、傍らにいた気配がいなくなってしまった。