ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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ターミナルアーマーの再起動演出は脳汁ものだったけど、終わった後のやるせない気持ちはすごく大きかった。
少女と青年の、初恋の清算。


カーマンライン突破

「エイヴェリー、エイヴェリー」

 ガレージの長椅子に横たわり、ほんの僅かな休憩時間を仮眠に宛がっていたが、呼ばれた声に伏せていた瞳を開く。瞳を開いた先には、カーラの姿があった。

「……仕事?」

「ああ。話が早くて助かる」

 ガレージの端末へと移動する。端末を操作して、ブリーフィング画面が開かれる。

「ザイレムは今、宇宙空間との境目……、カーマンラインのちょっと内側にいる。アーキバスはルビコンの封鎖システムを、まだ完全には掌握できてない。衛星砲を使えない以上、ここらが企業勢力の最終防衛ラインということさ」

 しばらく休んでいる間に、ザイレムはバスキュラープラントへとあと少しというところまで差し掛かっているようだ。このカーマンラインを越えれば、この惑星(ほし)と星系を焼き尽くす災害を引き起こすのだ。自分たちのこの手で。

「連中の要撃艦隊との空戦になるが……、勝算がないわけじゃない。この宙域には……、アイビスの火以来、大量の残留コーラルが漂ってる。その流れに飛び込めば……、無尽蔵のエネルギーが得られるはずだ」

「……」

 青空の向こう側。本来ならば、宇宙の黒が見え始めるダークブルー……。だが、映る光景はダークブルーではない。惑星(ほし)と宇宙の、境界線となる青すら覆い尽くす赤がそこにあった。まるで今も尚、この空を灼き続けているとばかりに。

「頼んだよ、エイヴェリー。ここを突破すれば、バスキュラープラントは目の前だ」

「……わかった」

 こくりと頷く。空戦に問題無いほどのエネルギーを得た中で要撃艦隊を撃破する。あの艦の弱点は知っている。邪魔をする羽虫を撃ち落とせばいいことだった。

「……いよいよ大詰めだ。だからこそ……、笑ってやろうじゃないか」

「……なぜ?」

 思わず、カーラのその言葉に問いかけてしまった。自分たちがこれからやろうとしていることに、とても笑うという心境にはなれなかった。今のような状況で笑うなぞ、まるで……

「……エイヴェリー、私のモットーを教えてやる。“生きてるなら笑え”だ。これからやろうとしていることは分かっている。私らは、託されたものを成し遂げるために歴史に残る虐殺者にして大罪人になるんだ。それでもね、先に逝っちまったやつらのためにも、笑うのさ。それが、生きてるやつが出来るせめてもの手向けさ」

 そのモットーに辿り着くまで、彼女は一体どれだけの人を見送ってきたのだろう。見送ってきた人を、覚えているのだろう。託されたもの、託した人々を背負い続けた、強く優しい女性。どうして、カーラやウォルターといった強く優しい人が、こんな重いものを背負わされているのだろう。そんな人たちだから、背負い続けてしまったのだろうか。

「……今は無理でも、いつか分かるさね」

 ぽんと頭を撫でられ、カーラはガレージから立ち去って行った。

 

 

 高く、高く――。多重に構成されたプラズマを推進力としたロケットブースターによって、斜陽の惑星の空を飛んでいる。あの船までの距離は後少し。船の進路上には、アーキバスが鹵獲した封鎖機構の艦隊が待ち構えている。だが、彼女の前ではあの艦隊すらも無意味となるのだろう。

(ああ、本当にこの惑星(ほし)の空は……)

 なんて、赤いのだろうか。空というものは、彼女の瞳のような空色が一般的らしい。太陽光が大気や粒子によって拡散され、拡散される色が青だという。地上から見上げる青は、彼女の瞳のように、薄く白いだ、美しい青だと聞く。

 だが、この惑星(ほし)の空は違う。そんな青を塗りつぶすかのように、決して青と混ざることがない赤があるのだ。自分が生まれる前に起きた災害によって、この惑星(ほし)の空には赤が残留するようになったらしい。だから、例え青空が見えたとしても時々赤が紛れ込んでくる。蒼天の先、宇宙との境目である62.1マイルの境界線(カーマンライン)では、宇宙の黒を帯びた美しきダークブルーが見られるものらしい。この惑星(ほし)では、灼け爛れた赤によって覆われてしまっているが……

「……戦友」

 ロケットブースターが限界を迎えて自壊し始める。この惑星(ほし)の夜明けのために、夜明けの名を冠した紺色と錆色の機体は、ブーストを噴かせて宇宙(そら)へと向かう船へと向かっていった。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 ザイレムの市街区へと投下される。本来なら見えるはずのダークブルーは、赤によって覆われている。その中を、要撃艦隊が飛んでいた。

〈始めるよ、ビジター! こっちでも迎撃する。撃墜競争といこう〉

「……わかった」

 どこか、自分をそう言い聞かせているカーラに合わせるように返事をする。カサブランカのアサルトブーストを起動させ、艦隊へと向かっていく。エネルギーは、確かに消費されている様子はない。最もザイレムに近付いていた一艦はザイレムの砲撃によって撃ち落とされた。

〈悪いねえ、先制点はもらったよ!〉

「問題ない」

 ならば、二艦目に向かうだけだ。二艦目のブリッジを目掛けて進路を変えていく。

〈バスキュラープラントへの接近を阻止します。主力艦隊は防衛ラインを堅持してください〉

 さも当然のように、奪った艦隊を用いてそれらしい言葉を並べている。そう俯瞰して見てしまえば、盗人猛々しいにも程がある。こういうことを、ジョークというのだろうか。二艦目の艦橋に向けてパルスブレードを振るっていく。

〈そっちも一艦落としたようだね。これで一対一だ〉

 アサルトブーストを点火させ、次の艦へと向かう。どれだけ要撃艦隊が重武装であるとしても、艦橋さえ叩いてしまえばそれだけで終わる。小回りの利く機動力を持つACならば敵ではない。

〈独立傭兵レイヴンが出撃しています。集中砲火にて優先撃破〉

〈ビジター、連中は先にあんたを落とすつもりらしい……〉

「関係ない」

 無限エネルギーによるアサルトブーストで、砲撃やミサイルを回避しながら二艦目へと向かう。艦橋に向けて、パルスブレードで斬り割いた。

〈二点目……、やるじゃないか。見な、ビジター〉

 マーカーを示された場所に向けてアサルトブーストを噴かせる。そこには、十以上はいるだろう艦隊の姿があった。

〈前方に大量のお客さんだ。打って出な、掃除を始めるよ!〉

「わかった」

 こちらを狙うレールキャノンの狙撃を回避していく。こちらの機動力に、レールキャノンが捉え切れている様子はなかった。

〈前衛艦隊が撃墜されました。主力艦隊は陣形を維持してください〉

 マーカーが更新される。やることは変わらない。距離が近付いた三艦目の艦橋に取り付いてパルスブレードを振るう。これだけで、一体、何人もの人間が死んでいったのだろう。この艦の中に、以前に知り合った人々も乗っていたのだろうか。

〈目標撃墜を確認した。これで三艦〉

 青い光が一艦を射貫いていく。射貫かれていない反対側へと進路を向け、艦の砲撃を避けながらパルスブレードを艦橋に突き刺していった。

〈ビジターは四点目か〉

〈主力第二艦隊、防衛ラインを死守!〉

〈……陣形が横に広い。私は向かって右側を片付けよう。あんたは左側を!〉

「わかった」

 左側に進路を進めて行く。視界に映るだけで三艦。放たれるミサイルに体勢を崩される。砲撃が使えないとなれば、追尾性能があるミサイルを使うことは当然である。だが、こちらが足を止める理由にはならない。艦隊との距離は、縮まっていく。

〈第二艦隊に被害が広がっています、対処を!〉

 一度失速するも、再度アサルトブーストを噴かせて近場の艦との距離を詰める。パルスブレードを構え、艦橋に向けて二撃を振るう。

〈こっちでも二艦――。っと、そいつで五艦目! 艦砲射撃が来る、当たるんじゃないよ!〉

「気を付ける」

 リペアキットを使い、先程の負傷を回復させる。次の艦に向けてアサルトブーストを噴かせる。ジグザグに軸をずらしながら進み、艦橋に取り付いてパルスブレードを突き刺した。

〈やるね、ビジター。六点目だよ!〉

 これで、残り一艦。このグループの最後の一艦に向けて、アサルトブーストを噴かせる。大量のミサイルが撃ちあがるが、ミサイルの射程に入る前にこちらが艦橋に辿り着いた。排熱が終わったパルスブレードが艦橋を焼き切っていく。

〈主力第二艦隊まで……⁉ こいつら……!〉

〈これで七対五……。突き放してくれるじゃないか。まあいい、あとは後衛だけだよ。ビジター〉

〈第三艦隊に通達! 船底レールキャノンをACに集中! こんな……、ふざけた奴らに……!〉

 残りは五艦。後方で編成を組んでいる艦隊に向け、迫る船底レールキャノンをアラートに合わせて回避していく。こちらが艦隊に到達する前に、ザイレムによる砲撃で一艦が射貫かれたのが見えた。

〈……ふざけちゃいないさ、なあビジター? まともな奴から死んでいく。だから、体だけでも遊んでみせるのさ〉

「カーラ……」

 カーラの根底にあるものなのだろう。生き残った者として、託された者としての責任。それが、彼女の“遊び”に対する姿勢へと変化したのだ。やはり、彼女は強い人である。到達した目の前の艦橋に、パルスブレードを振るっていく。

〈……と、八艦撃墜! こっちも二艦落とした。仕上げは頼んだよ!〉

「わかった」

 カサブランカの上を飛ぶ艦に向けて進行方向を変える。ほとんど懐に入り込んでいるこの状況は、艦の武装は脅威にはならない。艦橋へと回り込み、パルスブレードを振るう。

〈九艦!〉

 カーラのカウントが進んでいく。あとは、眼下にいる一艦のみだ。砲撃をジグザグした移動で避け、艦橋に辿り着く。パルスの刃を出力させ、艦橋を突き刺していった。

〈十!〉

〈馬鹿な……、アーキバス要撃艦隊が……!〉

 元は、惑星封鎖機構の強襲艦隊だと言うのに。これで、ザイレムの進行を妨げる障害は排除しきれたはずだ。後は、この船をバスキュラープラントへと進めるだけだ。

〈……よくやってくれたね。この宙域は片付い――。待ちな、この反応は……、敵襲だと⁉〉

「このタイミングで……⁉」

 ザイレムに機体を向ける。確かに、市街区を中心に爆炎が上がっているのが見える。あのまま、動力機関が襲撃されてはザイレムが落ちる。それだけは、もう止まることが許されない今となってはそれだけは阻止しなければならなかった。

〈ビジター! ザイレムに所属不明AC! 急いで戻ってくれ!〉

「所属不明? 一体、誰が……?」

 所属不明。それは企業所属ではないと言うことだ。では、誰がザイレムを。いや、むしろこの宙域にまでどうやって現れたのか。このようなところにまで飛んでくるような人物なぞ――

「……あ」

 脳裏に浮かぶ、一人の後ろ姿。なぜ、今になって彼の姿が思い出されたのだろうか。そして、それは……

「……カーラ、手出しはしないで。私じゃないと、相手にならない」

〈ビジター?〉

 なんとか、声を絞り出していく。このまま飛んでいけば、これから起きる出来事はたった一つだ。その現実を受け入れたくないと、感情(ノイズ)が胸を強く締め付けて痛みを走らせる。

「こんなところにまで飛んでくるような人……。私は、一人しか知らない」

 アサルトブーストを噴かせ、ようやくザイレムの元に戻って来ることが出来た。だが、アサルトブーストを止めることはしない。今でも、破壊活動が行われているのだ。想定している人物なら、こちらが戻ってきたことにはすぐに気付くはずだ。また一つ、爆炎が上がる。炎と煙の中から尾を引く光がある。夜空に瞬く流星のようなそれは軌跡を描き、一度、甲板に着地をした。

〈……来たか、戦友〉

 とても耳に馴染む声。もう二度と聞けないと思っていた声。身体の中心が、心が温まるような。そんな不思議な感覚がするようになったのはいつからだっただろうか。だが、その暖かな感覚は、今ではただのノイズとなる。

〈やはり君は……〉

 見たことがない機体。それでも、錆が混じった紺色を知っている。口枷が外れているという差異こそはあれども、狼のエンブレムを、知っている。そして、彼もまた下がるつもりはないと言うことも。

〈ルビコンを脅かす、危険因子だったようだ〉

 コアの背部から、アサルトブーストが展開される。迫って来る、想像の出来ない何かを背負い、そのために戦おうとする覚悟を抱いた人が。

〈あれはヴェスパーの……。だが見ない機体だ、アーキバスじゃない……〉

 カサブランカと、スティールヘイズ・オルトゥスが正面からぶつかり合う。アサルトブーストによる速度のついた物体同士の衝撃は、僅かに両者の距離が離れる。パルスによって形成された最大出力の刃が、レーザーによって形成される両刃が、互いの刃とぶつかり合う。

〈企業の総力を以てしても、君を止めることはできなかった。この新型で……、終わらせる〉

 緑のライトカラーがより強い光を放ち、レーザースライサーの機構が駆動し始める。そして、オルトゥスの左肩から自立砲台が展開され、その銃口がこちらに向けて弾丸を放ち始める。回転が加わり始めた光刃から、銃弾から離れるために、一度クイックブーストで後退して距離を取る。オルトゥスの右手のハンドガンが追撃していく。その弾丸はどの弾丸よりも鋭い、針状のものだった。

〈……なるほど、そういうことかい。理由は知らないが、こいつも企業を利用してたってわけだ……〉

 それは、未踏領域で対峙していた時から僅かに見えていたことだった。ラスティには、理由があって企業にいた。そして、その理由が彼の確固たる意志の、覚悟の土台になっているものだと。それが、彼の強さであるのだと。距離を離しきれた。レーザードローンを展開し、アサルトライフルとリニアライフルをオルトゥスへと向ける。あの新型も、機動力を保った性能であることは間違いないらしい。レーザードローンで彼を捉えるのは、至難の業だった。

(まずい……!)

 速度に翻弄される間に、オルトゥスとの距離が縮まっていた。レーザースライサーが展開される音に、クイックブーストで急いで後退する。辛うじて、高出力で伸びた両刃に掴まることはなかった。リロードが終わったレーザードローンを再度展開していく。

(それでも……)

 あの速さは、犠牲を出した素早さだ。こちらに向けて、右肩の兵装を構え、視認しにくい何かが射出される。こちらを追従するそれは、針状のミサイルだ。カサブランカのコアを掠めた凶弾は、それを発射するために動きを止めた。止まった僅かな瞬間を逃がす訳にはいかない。レーザードローンがオルトゥスに銃口を定め、体勢を崩した。アサルトブーストで距離を詰め、リニアライフルをパルスブレードに換装する。パルスの刃が一度は紺色の機体を捉えた。オルトゥスからリペアキットが排出される。

〈ルビコンは常に脅かされ……、掠め取られてきた。その不条理を、止めなければならない……!〉

「それが、あなたの――」

 ハンドガンと自律砲台の弾丸がこちらに向かって飛んでくる。レーザースライサーの音に後退するも、最後の伸びた両刃の一薙ぎを避けることが出来なかった。でも、ようやく彼の戦う理由が見えた。

(あなたは、初めから……)

〈……ビジター。私から言えることはない。……決着を、付けるんだ……!〉

 彼の戦う理由――。虐げられ続けているこのルビコンを、不条理から救うというもの。それは、こちらがやろうとすることとは相反する理由だ。決して交わることもなくぶつかり、最後に立った方が通せるというもの。彼は、ずっとそれを背負って生きて来たのだろう。そのために、企業を利用していたのだろう。そのために、こちらと言葉を交わし続けていたのだろうか。

 ハンドガンと自律砲台による近距離射撃、アサルトライフルとリニアライフルの中距離射撃。共に、有利となる距離に近付き、離れる射撃戦を続けていく。体勢が崩れた瞬間は、互いに近接武器を振るうタイミングとなる。距離が狭まった瞬間に展開されるレーザースライサー、数度クイックブーストを噴かせることでなんとか両刃から回避していく。レーザースライサーを使った隙を狙って、両手の弾丸が、レーザードローンがオルトゥスの体勢を崩していく。アサルトブーストで距離を詰め、パルスブレードの初弾がオルトゥスを捉えた。

〈一段と圧力を増している……。何かを選んだ……。あるいは、捨てなければ得られない圧力だ〉

 オルトゥスからリペアキットが排出される。互いに息をつけるかのように銃撃戦が一瞬だけ止まる。リニアライフルをチャージし、チャージショットをオルトゥスへ向けて放つ。弾丸が、コアの横を掠めたのが見えた。

〈背負ったようだな……、戦友……!〉

 ハンドガンの数発と共に自律砲台が展開され、レーザースライサーの刃がこちらに迫って来る。レーザードローンで動きを牽制し、クイックブーストで両刃から距離を離した。

(……まだ、そう呼んでくれるんだ)

 こちらが成そうとすること、彼が成し遂げようとすること。それは、決して相いれないものである。それは、こうして刃を交えている以上は、彼も分かっているというのに。それでも彼は、戦友と呼び続ける。銃撃戦の合間に飛んでくるニードルミサイルにコアの装甲が大きく抉られる。リペアキットで、辛うじて動きに支障が出ないように修復した。

 白と紺が、赤に覆われたダークブルーの空を飛び交っていく。実弾が交錯し、レーザードローンが素早い狼を捉えようと追従していく。共に何度も死地を越え、背中を預けた二人が、譲れぬもののために銃と刃を向ける。共に狩りをした狼とカラスは、互いの爪を、牙を、嘴を、相手に突き立てることとなった。

「……ラスティ」

 思わず、ぽつりと呟く。今まで、どのような考えで戦っていたのだろうか。どのような気持ちで、生きて来たのだろうか。これだけの強い覚悟を抱いていて、なのに、こうして相対するまで全く気付くことが出来なかった。こんな強い遺志を持って戦っていた彼からすれば、確かにこちらは、ただハンドラーに導かれるままに戦う無知な少女に見えてもおかしくなかった。だからこそ、問いかけてきたのだろう。それはただ、示された道を歩むだけではないかと。

 今はもう、リードに繋がれたまま歩いている訳ではない。飼い主から首輪を外され、一人として問いかけられ、飼い主の遺志を継ぐことを選んだのだ。導かれたまま歩いたものではない。切なる願いを抱いた存在を見捨て、既にいない恩人を、選んだのだ。

「……!」

 距離が縮まった。アサルトブーストを噴かせ、ブーストキックで蹴り飛ばす。体勢を崩した隙を目掛けてパルスブレードを振るうも、展開した自律砲台の弾丸がこちらの体勢を崩された。パルスの刃は届かず、逆にレーザーの両刃を受けることになる。体勢を整えるために、パルスアーマーを展開する。だが、この障壁も自律砲台と弾速の早いハンドガンによってすぐに障壁は削られていく。剥がされきる前に最後のリペアキットを使った。

〈……戦友、追い込まれた君は最も強い。このまま終わらせてもらうぞ……!〉

 狩り取らんとするレーザースライサーの伸びた両刃を掠めながら、レーザードローンがオルトゥスを追撃していく。滞空しながら眼下を走るオルトゥスに目掛けて、アサルトライフルとリニアライフルを向ける。こちらが着地をするすれ違いざまに、オルトゥスが空を舞う。実弾とレーザードローンの軌跡が、赤に遮られたダークブルーを舞っていく。

(……綺麗)

 ふと、そう感じ取ってしまった。互いに、譲れないもののために命をかけているというのに。目の前に集中して意識を向けなければ、命を狩られるのはこちらだと言うのに。ただ、強い遺志をもって羽ばたく彼が、美しく見えてしまった。吹雪の中に現れた綺羅星は、その輝きが曇ることはない。変わらないのだ、彼は最初から、目的のために戦っていたのだから。

 着地したオルトゥスの右肩が構えの姿勢となる。アサルトブーストを噴かせ、ニードルミサイルが放たれる前に距離を詰める。ブーストキックで止まったオルトゥスを蹴り飛ばし、アサルトライフルとリニアライフルを撃ちこんでいく。憧れを抱いた、先程に美しいを感じた、今までに無かった特別な感情を向けた相手を、この手で――

〈まだだ……!〉

「え……?」

 スティールヘイズ・オルトゥスから、パルスアーマーが発動される。否、確かに機体を射止めた。射止めたその瞬間に、パルスアーマーが展開されたのだ。コア拡張機能に、射止められたその瞬間に発動するものは、確かに存在していた。

「ターミナルアーマー……⁉」

〈ルビコンの夜明けを拓いて見せる……〉

 起死回生の切り札。最後の一瞬まで、決して綺羅星は曇ることは無かった。最後のリペアキットをこの切り札に使うために取っていたのか、アサルトブーストを噴かせながら迫るオルトゥスからリペアキットの排出が見えた。

〈より高く飛ぶのは――〉

 回転しながら迫る両刃。レーザードローンを展開するも、一基一基が感じ取ってしまった。彼の鬼気迫る覚悟を。

〈私だ……!〉

 銃口を向けたアサルトライフルが、アサルトライフルを向けた腕ごとレーザースライサーの両刃によって切断される。右肩から、斬り落とされた衝撃が、痛みが全身に伝わっていく。

「っ、がぁああああ!」

 右肩を思わず左手で抑える。オルトゥスの突進は終わらない。この惑星(ほし)を解放するために、何にも脅かされない当たり前の夜明けのために、そのために戦う覚悟を抱いた綺羅星に圧倒される。足場となっていた市街区を覆う強化ガラスの天井に押し倒され、止まらないアサルトブーストの推力によって背後のガラスが砕け散る。

 砕け散ったガラスが、赤に覆われたダークブルーの中を飛び交ってキラキラと光を反射している。どうして彼は、こんなにも美しく魅力的に見えてしまうのだろうか。だが、右肩のニードルミサイルの砲塔が向けられて、見惚れてしまっていたものから現実に引き戻される。こちらもブーストを噴かせて宙返りをするように、辛うじて動かせる脚を使って、アサルトブーストを噴かせたままのオルトゥスを後方に向けて投げ飛ばした。追従するレーザードローンで牽制射撃をしながら、オルトゥスから距離を離して一度、建物の影へと隠れる。

〈強化人間C4―621、生体反応異常を検知。生命維持システム稼働、鎮痛剤を投与します〉

 COMの音声と共に脊椎端子から、鎮痛剤が流し込まれていく。右肩の激痛が和らぎ、辛うじて抑えていた左手を降ろすことが出来た。痛みが緩和され、ようやく一息をつけて思考に冷静さが戻って来る。

 スティールヘイズ・オルトゥスの武装構成で、隠れる場所が多く逃げ場が少ない市街地で戦闘を行い続けるのはこちらが不利だ。森という地形の中で狼と戦う必要は無い。だからと言って、上へ登れば自ら危険に飛び込むことになる。市街区を駆け抜け、再度強化ガラスの天井に戻る必要がある。索敵用にレーザードローンを展開し、通路に警戒しながら市街区の外へと走らせていく。

(ああ、だから……)

 冷静になった思考は、先程の熱に浮かれたあの感覚を理解した。ようやく見えた、ラスティが背負い続けていたもの。不条理に晒され、虐げられ続けられたルビコンを解放するために戦っている。何にも脅かされない、当たり前の夜明けのため。その覚悟が、彼の土台となっているのだろう。だからこそ、彼はあんなにも力強く大地を蹴り、美しく走り続けているのだ。その輝きが、綺羅星として魅入っていたのだと。

 破綻を回避するために、再び厄災を引き起こそうとする大悪党であるこちら側から見れば。この惑星(ほし)を救わんと戦い続けている彼は、正義の味方以外の何物でもない。そんな彼が、忘れられない輝きを持った綺羅星となるのは当然のことだった。そんな綺羅星に、想い焦がれていたのだと。

「……、くる……!」

 交差点の通路に向けてリニアライフルを撃つ。紺色の機体が通路を通っていったのが見えた。移動は止めない。レーザードローンを向かわせて、牽制で射撃を行っていく。数基こそは撃ち落とされたが、残りは時間切れで消費された。次の通路は直進せずに違う通路へと入る。再度展開したレーザードローンで、建物という木々の合間を縫って走っていく狼を探す。

(着いてきてる……、もうすぐで……)

 市街区から抜け出せて広い空間へと出られる。だが、迫る気迫はしっかりとこちらへと向かっている。手負いとなった獲物を逃すことなく、確実に仕留めようと向かってきている。リニアライフルをリロードして、次の戦闘に備える。こちらは手負い、相手もターミナルアーマーを使った。次に相まみえたその時が、全ての決着がつく。目の前が開け始めた。レーザードローンが撃墜された感覚に、背後に振り向く。錆の混じった紺色の機体が真っすぐにこちらへと向かってきている。後退しながらリニアライフルを牽制で撃っていく。

〈どうやら……、君の背負ったものも軽くないらしい〉

 リニアライフルの弾丸を、レーザードローンのレーザーすらも掻い潜っていく。針状の弾丸が、こちらの頭部パーツを掠めていく。開けた空間へと飛び出した。互いに相対しながら、互いの武器を撃ちながら、赤に染まったダークブルーの空を登っていく。

〈ようやく君を知ることができた〉

 それは、こちらも同じだ。ようやく、目の前のヒトを知ることが出来た。強い覚悟を抱いた人、そのためだけに走り続けていた、錆びても尚輝き続けた、綺羅星。

〈もう少し早ければ、違う未来もあっただろう……!〉

「そんなこと……!」

 リニアライフルをチャージして、自律砲台の弾丸を受けながらも銃口を向ける。

「今になってそんなこと! 言わないで‼」

 チャージショットのリニアライフルが、オルトゥスの頭部パーツの右側を射貫いた。互いに、アサルトブーストを点火して距離を詰めていく。

「……っ、ラスティ‼」

「来い! 戦友‼」

 少女と青年の、互いに向けた吠える声。両者の雄たけびと共に、白の機体と紺の機体が迫る。自律砲台が、針状の弾丸がコアの装甲と四肢を穿っても、白の機体が止まることはない。レーザードローンが自律砲台を射貫き、リニアライフルがコアの装甲を射貫いても紺の機体が止まることはない。

 だが、衝突し合うその瞬間、先制を取ったのは祝福の花だった。中量二脚という、軽量二脚より堅牢さを持つカサブランカの地力が、勝負の要となった。カサブランカのブーストキックがスティールヘイズ・オルトゥスを捉え、体勢を崩させた。リニアライフルをパルスブレードに換装させ、展開したパルスの刃が、錆色の綺羅星を討ち取ったのだった。

 

 

「――」

 気付けば、操縦桿から手を離していた。目の前には白い機体。残った左腕で振るうパルスブレードが迫って来ている。その動きは、とてもゆっくりに見える。それでも、避けようという思考に至れなかった。もう、勝負はついてしまったのだから。

「届かなかったか――」

 どうして、彼女はこの船を飛ばし続けることを選んだのだろう。いや、彼女には戦う理由があった。恩人である、ハンドラーのため。彼女は、空を羽ばたくための翼を捨て、主人のための猟犬になることを選んだ。あまりにも純粋で、無垢であり過ぎた少女。だが、確かにそれは彼女が背負ったものだ。ハンドラーに導かれたのではなく、自らが選び取った選択なのだと。だから、相対したこちらと全力を持って戦い、彼女が勝利を掴み取った。何も成し遂げることが出来ず、志半ばに撃ち落とされる。悔しいはずなのに、憎しみを抱くはずなのに、そのような感情が一切浮かぶことが無かった。

(ああ、なんだ。私は……)

 掠め取られ続けたルビコンを解放する。この故郷に、新しい夜明けを切り開く。それは、確かに戦う理由だった。この船にまで飛んできた理由だ。だが、それはただの大義名分だったと今になって気付いてしまった。

(君の中に、残るものになりたかったのか)

 何もかもを覆いつくしてしまう雪のような白き乙女。どれだけ踏み荒らしても、新雪は、痩せ衰えた大地を、崩壊した建造物を、生き倒れた人間を覆いつくしてしまう。そんな雪のように真っ白でまっさらである彼女に、どれだけ雪に覆われても残り続けるものに、自分はなりたかったのだと。

(自分に、嘘をつき過ぎたな……)

 虐げられるルビコンのために。そもそも自分が生き残るために、何度も他人を騙してきた。自分の感情とは異なる嘘を言い続けた。何度も、何度も、何度も、自分を騙して嘘を言い続けた。そのツケが、今になって回ってきたのだろう。

 彼女に、選んで欲しかったのだ。主人(ハンドラー・ウォルター)ではなく、戦友(ラスティ)を。自分は、選ばれたかったのだ。彼女にとって、選択に値する最上の存在に。これが、“恋”だと言うのであれば、なんて恐ろしいものなのだろう。役羽織(嘘つき)である自分の、今までの在り方が否定されてしまった。

 出会わなければ良かった。こんな感情なぞ、知りたくも無かった。だが、知らなければ、この結末に納得なぞしなかったのだろう。最期になって、ようやく嘘偽りの無い自分の感情に気付けた。

「戦友――」

 お互いに、己の技量は出し切った。後は、自分たちの感情の問題だ。彼女は、ずっとハンドラーのために戦い続けていた。自分は、己の感情に嘘をついていた。そうと分かれば、こちらが負けるのは必然だった。彼女に、恋をしてしまった。それに気付かぬまま、自分に嘘をついたまま戦った。それが、敗因だった。

 赤に覆われたダークブルー。62.1マイルの境界線(カーマンライン)。この惑星(ほし)が半世紀前に起きた厄災の名残だと、何にも縛られないと思っていた空が過去の厄災に縛られたままであると知って、憎たらしいと思っていた空。それが美しく見えるのは、少女のせいだろうか。右腕を落とされた白い機体。ニードルガンの弾丸を掠めた青く光るライトカラーから、オイルが一筋垂れる。白い機体に目立つ、黒い一筋が出来ていた。後悔するかのように流れる涙にも見えるのは、そう思いたいという傲慢なのだろうか。赤とダークブルーに照らされた白が、どうしようもなく美しく見えてしまった。

(やはり君は、戦場(ここ)にいてはいけなかった……)

 純粋で無垢な少女。無機質ながらも、心優しき乙女。きっと、本当であれば誰かのためで無ければ武器を取ることもできない。在り来たりな、普通の女の子。例え血と硝煙に汚れていたとしても、錆びつくほどに穢れきった嘘つき狼には、眩し過ぎる存在だった。

 そんな彼女に恋をした。嘘をつき続けた狼が、最期に見つけることが出来た本音。それが分かっただけでも、満足だった。この戦いの勝者は彼女であり、敗者は自分だと。

「エイヴェリー――」

 緑色の閃光が、機体を切り裂いた熱と激痛が走る。それでも、あの少女に向けて手を伸ばしていた。泣かないで欲しいと慰めるように、涙を零す少女の頬に手を添えて、涙を指で拭うために。

「愛して――」

 嘘つき狼の本当の言葉。この本音は、誰に届くこともなく掻き消されていった。

 

 

〈戦友――〉

 最後まで、彼はそう呼び続けていた。語り掛けていた。その声は先程までの鋭い鋼ではなく、普段聞いていた時よりもとても優しい声音で。気にするなと、気にかけてくれるように。最後まで、彼は優しい人だった。あれだけ強い覚悟を抱いていたのに、成し遂げなければならないことがあったはずなのに。それでも、こちらを気遣っていたのだ。強化ガラスの上に錆色の綺羅星は堕ち、こちらもゆっくりと着地した。

〈……戦友か〉

 ずっと、沈黙を保ってくれたカーラが言葉を紡ぐ。それが、堰を切った。憧れを抱いた、想い焦がれていた綺羅星を手にかけたという事実を、ようやく認識したのだ。

「あ……、あ……」

〈……いい。吐き出して構わないよ、エイヴェリー。あんたがあいつを忘れることが出来ないのは、分かっているから〉

「――!」

 胸が張り裂けそうになる痛みに耐えきれず、言葉にならない叫びを上げる。互いに、譲れぬもののために戦ったのだ。勝者と敗者、必ず起きる立場。生き残ったこちらが勝者となり、彼は敗者となった。ノイズになると、抑制しようとしていた感情が溢れてくる。

 仕方がなかったと分かっていても、戦いたくなかった。

 もっと、あの優しい声を聞きたかった。

 もっと、彼のことを知りたかった。

 こちらは、厄災を引き起こそうとしているというのに、恨み言を言うことも無く、知っている優しい姿で最後を看取りたくなかった。

 無意味な叫びを止めることが出来ない。一度溢れたものが返ることがない。発声器官が痛みを感じても、上がり続ける声を止めることが出来ない。言葉にならない音を上げ続けても、頬には、何も伝うものが無かった。どれだけの時間、叫び続けていたのだろうか。あるいは、ほんの少しの間だったのだろうか。それでも、こちらが落ち着くまで、カーラがこれ以上の言葉をかけることが無かった。発声器官の痛み、段々と脱力していく身体に、上げ続けていた音はとうとう途切れてしまった。

〈……エイヴェリー――、っ⁉〉

 カーラが声をかけようとしたその瞬間だった。空気を震わせる異音。背後から青白い光。高出力の青の一条が、タワーを射貫いていった。巨大な爆風と、砕け散った金属が視界を覆っていく。

「カーラ⁉」

〈私は、大丈夫だ。しかし、あれは……。衛星……、砲……⁉〉

 背後を振り向く。赤が広がるダークブルーの向こう側。衛星砲の高出力レーザーを放った粒子の名残が漂っている。そして、どこまでも広がるダークブルーの中、一際輝く赤い星があった。

〈どういうことだい……。企業は封鎖システムを、掌握できてないはず……! 一体……、何が……〉

 赤く煌めく星。目の前に、袂を分かち、離れていった存在が姿を現した。懐かしさを覚える短い黒の髪。こちらを見つめる独特の煌めきを持つ赤い瞳は、どこまでも冷たい光を宿していた。

『……レイヴン。衛星砲は、私が掌握しました』

『エア……』

 企業すら手間取るシステムを短期間で掌握できるような存在は、目の前の彼女しかいない。あり得ない、が正しいと言うべきか。暗く冷たい輝き。それは、彼女も譲れぬものがあるという覚悟を抱いた星の煌めきだった。

『あなたはもう……、引き返すつもりはないのでしょう』

『……』

 胸元を抑えていた手が、操縦桿を握り直す。そして、覚悟を抱いた星の瞳を、しっかりと見据えた。

『……私も、それに応えます。ひとりのルビコニアンとして』

 カサブランカのデータに一つの座標が送られる。これは、衛星砲を携える封鎖ステーションを指し示す座標だった。

『……指定する封鎖ステーションに来てください。待っています、レイヴン』

 そう言って、彼女は姿を消した。ザイレムを進めるためには、彼女と戦わなければならない。それが、正真正銘の最後の出撃となる。

〈エイヴェリー、封鎖ステーション行きの座標が送られてきたが……。今は帰投するんだ。あんたの機体、急いで修理しないといけないからね。そして、しっかりと身体を休めてくれ〉

 帰投準備が整うまで、共に居た存在と似た色で輝く赤い星を見上げ続けていた。

 

 

『……』

 彼女には、確かに伝えた。あの船を進めたくば、ここで決着をつけるべきだと。そのための座標を彼女に、彼女の協力者であるカーラにも送った。カーラは賢い女性だ。レイヴン――、エイヴェリーから事情を説明されずとも、この座標に彼女を向かわせるべきだと分かるはずだ。

『レイヴン……』

 衛星砲は、すぐに掌握が出来た。確かに、今まで見て来た中ではトップクラスのセキュリティだった。だが、電子機器やAIで構築されている以上は、こちらにとっては何も苦ではなかった。だから、静観した。企業が、彼女を葬らんとすることを。彼が、彼女を打ち倒そうとすることを。その全てを、あの少女によって薙ぎ払われていくところを。

『彼は……、ラスティは……。あなたが、好意を抱いていたヒトでは無かったのですか……?』

 あの時、戸惑い続けている少女にかけることが出来なかった言葉。彼に恋をしていたから、他の女性と関わる姿を見たくなかったのではないかと。これは、情報収集の一環として、様々なサブカルチャーの情報を取得して得た知識だった。動物は、子孫を残すため繁殖行為を行う。人間にも、そのロジックは刻み込まれている。だが、人間はその過程に恋や愛という言葉を用いていた。無論、その恋や愛が成立することもあれば、破綻することもある。愛という言葉そのものが、繁殖行為だけを指すものではないことも理解している。

 それでも、エイヴェリーがラスティに向けて抱いていたその感情は……。ただ、人間と同等の知性を持つというだけの、人間とも生物とも断言出来ないエアでも分かることだった。短い間だったが、共に居たからこそ分かる。エイヴェリーは、ラスティに恋をしていたのだと。

 人間ではない自分が彼女の気持ちを断言する訳にはいかなかった。認識のズレによって、彼女を傷つけたくなかったから。

 違う、唯一言葉を交わせるその存在であるエイヴェリーを、ラスティに奪われたくなかったのだ。だから、あの時は言葉にすることが出来なかった。

 感情という信号は、どうしてこうも複雑怪奇なのだろう。人間と似たようなシグナルを示すと思えば、違う時もある。今回もそうだ。人間は、愛する人を護るために武器を手にするという行動パターンが多く確認される。だと言うのに、エイヴェリーは、恋している相手を屠ることを行ったのだ。恋する人を撃ってまで、彼女はもういない恩人のために戦ったのだと。

『あなたにとってのウォルターは……』

 恋した相手を屠るほどの相手なのか。と言葉が出掛けて、違うと自分で首を横に振った。愛という感情には様々な形がある。ラスティに向けられた愛は恋という言葉で、ウォルターに向けた愛も確かにあるのだ。それに、優劣をつけてしまうのは、エイヴェリーにも、ラスティにも、ウォルターにも失礼なことだった。

 彼女と言葉を交わしていたあの時間は代えがたいものだった。時には同じサブカルチャーを視聴して、相違という新しい発見を考えながら過ごしていた時間は、とても有意義で、とても遠いものとなってしまった。

『エイヴェリー、私は……』

 彼女と決着をつけるために、こちらが干渉出来る兵器へと手を伸ばした。

 

 

 少女の愛機の整備を終わらせる。それと、先程回収した機体についても報告をしなければならなかった。ザイレムはもう、手動で操作をしなければ進路を保てない。なにより、この船そのものが燃えるのだ。ならば、これが最後の“会える”タイミングとなる。少女の気持ちも、あの青年の気持ちも、こちらは知ってしまっているから。

 今でも覚えている。アイスワームを射貫いたオーヴァードレールキャノン。その負荷がどれだけかかろうとも、彼女ならば、シールドを射貫くと座していた。彼女なら仕留めると信じていた。すぐに病室に運ばせなければならないというのに、彼女に心配をかけたくないとただそれだけで、彼女が立ち去るまで平然としたフリを続けたヤツだった。それで、気付いてしまったのだ。少女は、彼に好いている感情がある。彼もまた、同じだったのだと。そういう趣味の悪さかと勘繰ったこともあるが、恐らくは、あの少女の姿が偽りであることに気付いていた。本当の彼女を見据えての、感情だった。

「全く……」

 ラスティが搭乗していた機体は、エルカノ・ファウンダリィ製のものだった。これまでの発言から整理すれば、彼の正体はルビコン解放戦線の構成員の一人だったのだろう。だが、どれだけリストを洗っても彼の記録は存在しない。企業に在籍すること自体も作戦であったと考えれば、このALBAと呼ばれる新型機体を作るための時間稼ぎ、情報収集を兼ねた潜入工作員であった可能性が高い。ならば、解放戦線に彼の記録が無いことも理解できる。そのようなことを考えることが出来るのは、ミドル・フラットウェルくらいだろう。彼には、シュナイダー社との接点がある。ラスティがシュナイダー社に選抜された逸材であるという経歴にも納得がいく。シュナイダーを通して、企業に潜伏していだのだろう。ならば、あの少女との関係は何だったのだろうか。

 戦友と嘯き、上手く解放戦線の戦力へと導くため?

 イレギュラー存在であるハンドラーの真相を知るため?

 いずれも、正解なのだろう。そのために、少女に近付いたことには間違いない。いつしかそのような打算が、好意という感情に変わってしまったのは最近のことではあるだろうが……

「とんだ悪い男に捕まったんだねえ、あの子も……」

 コクピットから引きずり下ろしたあの時、満足げな表情でシートに身体に預けていたあの光景。苦痛で歪んでいた方がずっとマシだった。そうであれば恨まれても仕方がなかったと、少女に諦めをつけさせることが出来た。全くそうではなかったのだから、タチが悪い。

 この決着に満足したと、勝手に納得して逝ったのか。

 彼女の傷になろうとして、わざと満足げな様子で逝ったのか。

 その真相を問い質すことは出来ない。いずれにせよ、彼女があの男を忘れることはないだろう。出来なくなったと言った方が正しい。まだ、まともに人生を生きていないあの子に、これからの長い人生を縛り付けるような傷を残していったのだから。あの子の痛みとして残り続ける。惚れた女が生涯を引きずって生きるなぞ、男としては名誉であるのかもしれないが。遺される側としては、止まることが許されないと、自ら死を選ぶことは許されないと、重すぎる枷と永遠に癒えない傷として残り続けるのだ。たまったものではない。

「……厭になるよ」

 こうした苦しみを背負うのは、自分だけでいい。ウォルターも、そのような気持ちで動き続けていた。彼を慕っていたハウンズたちの痛みを背負い続けていた。あの少女もまた、半世紀前の身勝手によって生まれた技術の被害者だ。不幸に見舞われた彼女は、幸せであるべきだ。

 陰謀と欲望が渦巻く戦場ではなく、何も変哲もない日常の中で。切って張ったの鉄火場ではなく、堅気の職業に就いて。出会う全てが敵ではなく、この人だという運命の相手を見つけて。好いた相手と将来を誓い、子供を設け、我が子の成長を見守る。彼女が何をもって幸福と認識するかは分からないが、少なくとも、それが彼女の過ごすべき在り来りの日常であると、ウォルターもカーラも考えていた。自分たちが触れることも許されない、誰もが享受する当たり前。その中に戻り、生きるべきだったと。

 だと言うのに、彼女の力を借りなければならないのが現実だ。あのタイミングでウォルターが捕まらなければ、少なくとも、用済みだと少女をこの惑星(ほし)から追い出すことは出来た。彼女がこれまで稼いで来た金銭を元手に再手術をして、日常を生きることに問題の無い身体に戻って、これまでのことを忘れて生きていけるはずだった。

 だが、そうはならなかった。道半ばにウォルターは倒れ、こうして彼女の手を借りることとなった。ラスティが敵として立ちはだかるという状況こそは回避できなかっただろうが……。思いを寄せ合っていた二人が戦い、相手の命を奪うという最悪な事態を招くことは無かっただろう。

 恨まれてしかるべきだと自嘲した後、少女に連絡を入れた。

 

 

 カサブランカをガレージに帰投する。多少の怪我を負ったカーラを心配するも、今は身体を休めろ。の一点張りをされてしまう。それどころか、空き室で横になれと寝かしつけられる始末だった。この義体も、出撃は後一回が限度だ。ならば、身体を休める必要がある。最低限整えられた寝具の上で横になるも、とても瞳を閉じることは出来なかった。

(終わるんだ。本当に、これで……)

 エアを倒し、ザイレムをバスキュラープラントへと到達される。あの機構に蓄えられたコーラルに火を点けて、半世紀前から続いた因縁に決着をつけるのだと。それが、カーラが、ウォルターが友人たちから託され、果たそうとするもの。道半ばに倒れたウォルターの代わりに、自分を拾い上げてくれた恩人のために、その虐殺に手を貸すと決めたのは、自分だ。人とコーラルの可能性を信じたいと、切なる願いを抱いた彼女から目を背けたのは、自分だ。今更、引き返すことなぞ出来ないのだ。

「……私たち、どこで――」

 首元のチョーカーから無線が入る。これは、カーラからのものだった。

「カーラ……?」

〈エイヴェリー。あの座標についてだが――〉

「……行かせて。行かないと、いけないから……」

〈……わかった。……ガレージに来てくれ〉

 来いと呼ばれたならば、仕方がない。身体を起こして、ガレージへと向かう。用件は一体何なのだろうか。通路を抜けて、ガレージへと赴く。

「……あ」

 カサブランカを見上げて、気付いた。先程の戦闘の傷は大部分が修復されていた。だが、腕部パーツが異なっていた。あの形状は、見間違いでなければ――

「来たかい、エイヴェリー」

「カーラ、あの腕……」

「……あいつには悪いが、私たちもここに来て放り出す訳にはいかない。だから、使わせてもらった。ああも派手に腕を落とされちゃ、交換するしか無かった」

 カサブランカの腕部パーツが、この惑星(ほし)を救おうとした彼が乗っていた機体のものが使われていた。この惑星(ほし)を滅ぼさんとするこちらが使うには、あまりにも――。だが、時間がないことも確かだった。

「……機体は回収させた。……コクピットから引きずり出すことも出来たよ。来な。ちゃんと、お別れをするんだ」

 カーラに連れられ、ガレージの奥へと進む。サーカスの横を通り過ぎたその先に、先程まで戦っていたスティールヘイズ・オルトゥスの残骸がそこにはあった。緑のライトカラーは既に灯ってない。腕部パーツを外された姿は、確かにカサブランカの使えるパーツとして回収されたのだと見せつけられた。そのオルトゥスの足元に、棺のようなものがあった。

「奇跡だったよ。ほとんど、五体満足でね」

 ゆっくりと、カーラと共に棺へと近付いていく。近付けば近づくほど、胸が締め付けられる。カーラに促されて、棺の中を覗けば……、造花に包まれて眠っているかのような表情のラスティの遺体が横たわっていた。

「その顔で死んでいたんだ。あんたと決着をつけることが出来たと、満足気にね」

「……」

 その安らかな表情から目が離せなくなっていた。対面して、この手で彼を殺したのだという実感が再びのしかかって来る。こちらを気遣ってか、ゆっくりと足音が離れていく音がした。

「……ラスティ」

 呼びかけても、答えることはない。封鎖ステーションに向かうまでの短い間に、こうして対面の機会を設けてくれたのは、この船が火薬庫として燃えていくからだろう。そうなってしまっては、対面することは出来ない。しっかりと、さよならを言うことも無く彼が灰になっていくだけだった。対面させないという選択も、カーラにはあったはずだというのに。チャティと別れを告げたとカーラは言っていた。こちらも、チャティに別れを告げた。ならば、彼にも別れを告げるべきだという考えだろうか。対面する勇気が無かったこちらとしては、彼女がくれた機会を逃すことは出来なかった。

 じっと、伏せられた瞳を見つめる。優しい光を帯びていた、橙色の瞳を見ることは出来ない。もう、あの優しい掠れた声を聞くこともできない。もう、彼が手を差し伸べることはない。胸の痛みが強くなる一方だが、頬を伝うものは無かった。これだけの痛みを感じていても、涙というものが出てくることは無かった。

「……」

 ずっと、自分の中で問いかけが続いていく。今まで、どのような気持ちで戦っていたのだろう。どんな考えで企業に居続けたのだろう。自分との交流は、彼にとって意味のあることだったのかと。相対して、ようやく知った彼の覚悟。最初から、この覚悟を土台に戦い続けていたのだと。だからこそ、彼は一等輝く綺羅星に見えていたのだろう。

 ずっと、憧れを抱いていた。その強さに。いつしか、言葉を交わして交流するだけで何かが満たされていく自分がいた。ウォルターから、彼と会ってはいけないと言われてしまうことに少しだけ恐怖を抱いた。こちらが、彼に向けて抱いていた感情は、ウォルターに向けたものでも。エアに向けていたものとも違う。いや、どの人物に向けていたものとは違う、たった一つの気持ちを彼に抱いていた。その気持ちがどのようなもので、どう言葉にされるものだったのか。それは、最後まで分かることは無かった。分かる前に、“終わって”しまったのだと。漠然とした、そんな感覚があった。

「ラスティ――」

 身体を乗り出して、彼の顔に自分の顔を近付けていく。自分でも、これが意味のある行動であるかどうかは分からない。いや、無意味に等しい。こんなことをしたところで、彼が目覚める訳でもないのだから。

 唇に、かさついている固く冷たい肉の感触。彼は、とても暖かな人だった。今でも、抱きしめられたあの暖かさを覚えている。だと言うのに、目の前に横たわる彼は、すっかりと冷たくなってしまっていた。

(ヒトって、こんなにも冷たくなるんだ……)

 ゆっくりと、唇を離していく。もし、彼に意識があったならばどのような反応をしたのだろうか。この行為の意味は分からない。ただ、そうしたいと突き動かされたものがあった。それに従っただけ。これでやっと、自分の中で区切りをつけることが出来た。

「……さようなら、ラスティ。私の、初恋(あこがれ)

 最後に、安らかに眠り続ける表情を一瞥し、棺の元から立ち去っていった。

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