ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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初見時、ウォルターのメッセージでダメでした。
もう少しだけ、火√編続きます。


封鎖衛星制止

 カーマンラインを、大気圏をザイレムが越えていく。視界には宇宙の黒が広がっている。眼下を見下ろせば、赤く染まったルビコンⅢの姿が見えた。初めてここに来た時には、こんなにも赤によって染まっていなかった。

〈……船体のダメージが大きい。やはり、手動操舵でプラントに突っ込むしかなさそうだね。衛星砲は任せたよ、エイヴェリー〉

 カーラの言葉と同時にザイレムからカサブランカが出撃する。オールマインド製のコアと脚部を用い、アーキバス製品の頭部パーツを使って。そして、先程に別れを告げた彼が使っていた腕部パーツ。すっかり、密航した当初とは異なる姿となっていた。強いて、残っているものはアサルトライフルとパルスブレードくらいだろうか。エアが示した座標に向けて、星が煌めく黒の海の中を飛んでいく。

〈……。あんたは……、ビジターにしては笑える奴だ。幸運を祈るよ〉

「……あなたこそ、幸運を祈る」

 託された人々の想いを乗せて、共に戦い、刃を交えた者たちの残り香を乗せて。船が進んでいく。この惑星(ほし)を中心に、星系を焼き尽くすための火種。薪の元へと、火は向かっていく。

 指定された座標に、ゆっくりと降下をしていく。重力圏内でもあるそこは、しっかりと鋼材の上に着地する。赤く染まったルビコンⅢ、そこから伸びるバスキュラープラントが一望出来る。

『……レイヴン』

 彼女の声が聞こえる。人間とコーラルの可能性を信じたいと切に願っていた彼女が。この惑星(ほし)を焼き尽くすことを選んだこちらの前に。

『あなたには、今も見えているはず。コーラルたちの声が……』

 改めて、バスキュラープラントに目を向ける。多くのコーラルが吸い上げられただろうそこには、初めてエアと出会った時のような、波形のようなものが確かに見える。言語化出来ない音の正体も、彼らの声なのだろうか。

『それでも、人とコーラルの可能性に目を向けず……。私たちを根絶しようというのですね』

 そして、衛星砲の上に何かがいる。微かに赤に染まった白の機体。鳥のような、飛行機のような姿に変形したそれが、赤い光と共にこちらに向かってきている。黒檀の中で輝く赤の軌跡。まるで、彼女の方が自由の象徴たる鳥のようだった。鋼材を蹴って、軸をズラして回避していく。封鎖ステーションの中央に、炎の鳥が着地をする。

『レイヴン……』

 ゆっくりと、白の機体が立ち上がっていく。

『あなたは私が止めます』

 赤い防御壁が展開される。強くなる耳鳴りに、思わず顔をしかめる。まるで、生きたいと訴えてくるかのように。

『この惑星(ほし)を焼かせはしない』

 赤いライトカラーが強く光る。彼女も、こちらも、互いに引く訳にはいかなかった。そうすると、決めたのだから。

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

 互いの機体に、炉が灯る。カサブランカは前進し、エアの機体――。SOLがゆったりとその歩を進めて行く。ザイレムと衛星砲の砲台が、互いに相手を撃ち落とさんと砲撃を交わしているのが見える。

『あなたを倒し……、そしてザイレムを止める。この機体に乗せられた……、人々とコーラルの意志と共に』

『……』

 レーザードローンを展開する。それに気付いたSOLがクイックブーストのような挙動で移動する。こちらも、正面を捉えるように追従する。その動きを予見してか、コーラルによる赤い刃を展開しながら一気に距離を詰めてくる。回避を試みるも、斬撃の一部を受けてしまう。アサルトライフルとリニアライフルを向け、まずはコーラルによる障壁を剥がしに行く。

『人とコーラルの共生。私はあなたに、その可能性を見たのです。あなたなら……、ともに歩めると』

『エア……』

 SOLから赤い軌跡を描くコーラルミサイルが放たれていく。的確にこちらに向かってくる赤い光はこちらのACS負荷を溜めていく。こちらも障壁を剥がす射撃を続けていくが、間隙に射貫いて来たコーラルキャノンによって負荷限界を迎える。攪乱させるような、コーラルによる静と動の動き。コーラルによる刃が迫る前に、クイックブーストで飛び込んで大がかりな振りを回避した。

『次は、こっちの番』

『くっ⁉』

 距離を離していくSOLに向かってアサルトブーストを噴かせる。これまでの射撃戦で壊れかけた障壁をブーストキックで蹴り壊す。態勢が崩れたSOLに向けてパルスブレードを振るうも、一打しか与えられなかった。

『あなたは本当に……、猟犬のような人ですエイヴェリー。弱らせたところを的確に射止めに行く猟犬。私は、レイヴンとしてのあなたを……!』

 障壁が再展開される。エアはずっと、C4ー621という兵器ではなく、エイヴェリーという非力な少女でもなく。何にも縛られない自由意志の象徴たる、レイヴンで呼び続けてくれていた。ただの仮初の名義、先代から継承したもの。いつの間にか、その名前も自分を指すものだと思うようになっていた。

 コーラルの赤い障壁を、レーザードローンの青の光が攻撃を加えていく。その合間にも、アサルトライフルとリニアライフルの銃弾を撃ち続けていく。振り下ろされる赤い刃は、クイックブーストで回避していく。時には共に宙を飛びながら、赤と実弾、レーザーを飛び交わせる。赤い斬撃を回避し、再度障壁が破壊される。リニアライフルをパルスブレードに換装し、今度は二撃を与える。

『……レイヴン。あなたは強く、そして危険です。私の……、全力で当たります』

 SOLの形態が変化する。先程の、鳥のような飛行機のような形態。衝突する寸前をクイックブーストで回避していく。赤い光の軌跡を、レーザードローンの青い光が追従していく。

(エア……。あなたの方が、よっぽど……)

 自由に羽ばたいていく鳥のようだと。その美しい軌跡を見ながら、ふと感じてしまう。苛烈ながらも美しく舞う炎の鳥が、美しく見えてしまった。迫るコーラルミサイルを避けながら、障壁を破るために両手の実弾銃を向けていく。上空のアドバンテージを取りながら、時には空中戦となりながら、星々が散らばる黒の中を舞い続ける。

 迫る赤い斬撃を回避し、こちらの弾丸が障壁を破壊した。パルスブレードに換装し、二撃を振るう。まだ、SOLの体勢は崩れたままだ。そのままアサルトブーストを噴かせてブーストキックを叩きこむ。

『……今なら分かります』

 冷たい声が告げる。

『レイヴン、あなたこそが……!』

 左右に複雑な挙動を行う。SOL。だがそれは、コーラルによる質量のある残像を生み出した。赤い刃を携えて、残像がこちらに向けて迫って来る。迫る残像を、クイックブーストと小ジャンプで回避していく。

『“ルビコンの戦火”そのものだったと!』

 懐かしさを感じる、黒髪、赤い瞳。柔らかな笑みを浮かぶはずの顔が、強い敵意を宿した鬼気迫る表情になっている。残る本体が、高出力の赤い刃を形成する。地上でそれが迫っては対処が出来ない。こちらに向かう前に滞空し、迫る瀬戸際をクイックブーストで回避した。障壁が再展開される前に、アサルトライフルとリニアライフルでダメージを与えていく。

(“ルビコンの戦火”、か……)

 先程よりも、攻撃が苛烈になっていく。その機動力が増していく。猛攻を耐えるために、パルスアーマーを展開する。パルスアーマーが辛うじてコーラルの斬撃を防いでくれた。再び、SOLが飛行形態へと変形し、黒の帳の中を羽ばたいていく。その合間に、リペアキットを使ってAPを修復する。

 炎の鳥は舞う。高出力のコーラルが、幾重もの残像を生み出していく。その様子は、群れと共に羽ばたく渡り鳥のようで。こちらもカサブランカを上昇させて、迫る残像を避け、突進してくる本体をクイックブーストで回避した。突進の先で、アラートが響く。SOLから高出力のコーラルキャノンが放たれる。追従することなく、先程までいた一点を狙って放つ強力な光は自然着地で回避することができた。コーラルミサイルと共に、エアがこちらに向かってくる。射程圏内となったアサルトライフルとリニアライフルを、美しく飛んでいく白きカラスに向けていく。

(どうして、こうなっちゃったんだろう……)

 刃を交えて分かる。違う、刃を交えることでしか分からない、輝き。エアもまた、その輝きを持つものだった。お淑やかだが好奇心旺盛で、良くも悪くも思ったことを語って――。それでも、例え違う生命であると分かっても、彼女が支えてくれた。彼女の声が、懐かしい面影を持つ姿が、安らぎであったのは本当のことだった。そんな彼女と、譲れないもののために刃を交えている。こちらは拾い上げてくれた人のため、エアは同胞のために。きっと、どちらも正しいことだ。そうだと、思いたいだけなのかもしれない。どちらも正しいから、譲れないものだから、押し通す。己の全てをかけて、刃を交えているのだ。それが、輝かしくないわけが無かった。

 迫りくる刃をクイックブーストで追い越すように前に出て回避する。上空のアドバンテージを取るも、展開される残像と本体を交えた斬撃を自由落下で回避していく。レーザードローンを展開し、アサルトライフルとリニアライフルを撃ち続ける。白と白の機体は、実弾を、レーザーを、コーラルを用いた武器の交錯を続けていく。

「っ……!」

『あっ、レイヴン――!』

『ダメだよ、エア』

 ピキリと、何かが割れ欠ける感覚。迫る残像の斬撃。初手をかわすも、二撃目に掴まる。残る本体による高出力のコーラルの刃が直撃する。最後のリペアキットを使い捨て、リニアライフルがSOLの体勢を崩していく。

『……っ! まだです……! 同胞たちの生命(いのち)を……!』

『……そう。それでいい』

 ここで躊躇えば、エアが護ろうとするものが護れなくなる。とはいえ、こちらが負けるつもりはない。こちらの身体が限界なのは、彼女も知っていることだ。今更、偽りの身体が砕けたところで何も変わらない。そもそも、エイヴェリーという個人の記憶や経験は焼け落ちているもので、C4―621が活動するのに必要だった応急処置に過ぎない。躊躇って刃を緩ませるくらいならば、倒すべき相手として最後まで戦って欲しい。そうでなければ、見えない何かが砕け散りそうで――。体勢が崩れたSOLに向けてパルスブレードを振るっていく。

『この惑星(ほし)生命(いのち)を焼き尽くす……、人間の意志……! あなたの火は……、ここで終わらせます! 決着を……! レイヴン!』

 エアの白い機体が、塗装が剥がれ始めた白から。亀裂の入った身体から僅かに赤が滲み出ている。ピキリ、ピキリとこちらの身体も割れるような感覚が走る。互いに、戦える時間は僅か。次に体勢を崩した方が、負けとなる。

 残像がこちらの脚部をもぎ取っていく。レーザードローンがSOLの武装を射貫いていく。両方の白が、徐々に形を失い始めていく。SOLが残像を展開し、こちらの背面を切り裂く。だが、レーザードローンがエアの体勢を崩していく。動きが止まるSOL。その隙を逃すことなく、リニアライフルをパルスブレードに換装する。これを振るえば、全てに決着がつく。パルスが形成した刃が、確かに、白い機体を、切り裂いていった。

『レイヴン――、エイヴェリー……』

 パルスによって切り裂かれた場所から、赤い爆発が連鎖していく。見慣れた黒髪を持つ女性が、その形が崩れていく。

『それでも……、私は……』

 吹き出たコーラルは、誘爆し、残像を残していく。少しずつ、形を失っていく機体の姿を。

『人と……、コーラル……、の――』

 伸ばされた右腕。その手を取る資格なぞ、無かった。先に、彼女から目を背けたのはこちらだ。だから、その最後をしっかりと見届けるしか無かった。

「……ごめんね、エア」

 爆発が収まった残骸。ゆっくりと、抱きかかえる。連なる糸が解れていく様子も見える。赤く灯っていたライトカラーは、眠るようにゆっくりと消えていった。

 顔を上げる。衛星砲もまた、稼働を停止していく。ボロボロになりながらも、ザイレムという船が進んでいく。ここに来て気付いた。カーラもまた、あの船と共に心中するつもりだったのだと。託された物を果たすと、それだけが生きる理由だったのだと。

 ザイレムがバスキュラープラントへと衝突する。バスキュラープラントから溢れ出すコーラルが、まるで噴き出た鮮血のようで。これが、命が死にたくないと悲鳴を上げているようにも見えた。バスキュラープラントの中心から、眩い炎が広がっていく。

「終わるんだ……。全部……」

 迫る炎を前にして、動く気になれなかった。誰も、いなくなってしまったのだから。

 恩人は使命を果たすために、されど志半ばで倒れた。

 恩人は、使命を果たせたと運命を共にし。

 憧れは、この手で踏み躙った。

 共に居た存在の祈りを、見捨てた。

 残されたのは、限界を迎えて壊れかけている身体と心だけ。ならば、ここで共に燃えてしまっても良い。

「せめて、一緒に――」

 動かなくなった残骸を抱きかかえる力を強めようとしたその時だった。

〈アイビスの火相当のコーラル延焼を確認。規定された条件を満たしました。オートパイロットモードに移行。当星域を離脱します〉

「え……?」

 脊椎端子が外れる感覚。こちらが動かすより前に操縦桿が動いていく。再度接続を試みようとしても、アクセスが拒否される。

「そんな、どうして⁉ やめて! やめてよカサブランカ‼」

 抱きかかえていた残骸を手放していく。迫る炎を後ろに、パイロットの手から離れた機体は炎から逃れようとブーストを噴かせていく。

「やだ! やめてよ! お願い……! 動かないで‼」

 こちらの叫びも空しく。ただ、カサブランカは動いていく。まるで、最初から。この使命を果たしたら離脱するようにと、プログラムされていたかのように。

「お願い……、言うこと、きいてよお……」

 接続を拒否されてしまっては、こちらからは何もできない。ただ、鉄の棺桶の中にいることしか出来ないのだった。

 

 

 IBー07:SOL644の稼働停止を確認する。どうしてあの機体が、まるでコーラルを守るかのように稼働していたのかは分からない。考え得ることとすれば、データでしか確認していない変異波形の仕業であったのだろうか。こちらのやろうとすることに対して、生存欲求や防衛反応を起こしたのか。いずれにせよ、もうその解析をする必要は無い。

 少女は確かに果たしてくれた。志半ばで倒れた飼い主の遺志を、確かに引き継いだのだ。背負わなくて良い業を、恩人のためだからと、自我を押し殺して果たしてくれたのだ。乙女の初恋を、本人の手で終わらせてしまったことには、さすがに罪悪感を抱いた。

「全く……。いい子が過ぎるよ。胸糞が悪いくらいに」

 心優しい少女すら兵器とする、かつての自分たちが犯した罪。正確には、同期ともライバルとも言えた彼の業ではあるが、止めることが出来なかったこちらも同罪だ。教授と共に倫理的に間違っていると強く反対すれば……。少なくとも、彼が己の伴侶すらも実験体にする凶行に出ることも、父の罪は自分の罪であると関係ないあの子が生涯を囚われ続けることも。その遺産で多くの無辜の人々が強化施術の犠牲になることも、無かったのかもしれない。だが、全ては後の祭りだ。今更考えたところで、どうしようも出来ないのだから。

 目の前にバスキュラープラントが迫っていく。愛用している煙草を咥え、火を点けようとして――、火が点かないことに気付く。オイルが切れた訳ではない。どこかが壊れた訳でもない。燃えるための酸素が無くなっていることに、今になって気付いたのだ。使命を果たすために死ぬわけにはいかないと、己の身体に騙し騙しの細工をし続けたが……。最早、真空の宇宙空間すら平然とするほどに“生命”ですら無くなっていたのだ。最後の最後になって笑えないジョークが出てくるとは、人生というものはままならないものである。

「これで、ようやく終われる……」

 船体が激しく揺れる。目の前が、忌々しい赤が溢れてくる。心臓に刃を突き立てられて噴きだす鮮血のように。半世紀もの縛られ続けた忌まわしいものが噴き出している。ザイレムが十分にバスキュラープラントへと突き刺さっていく。そして、発火させる操作を行う。これで、火が点くのだ。燃え残った全てが、燃えていく。我が子同然だったAIの残骸も、少女の初恋相手だった男の亡骸も、最早ヒトですら無くなっていた自分すらも――

「ああ、ちょうどいい」

 煙草を咥えた口角を上げる。自分の信念を、折り曲げるつもりはない。それは、先に逝った彼らに申し訳が立たない。

「火が欲しかったところさね」

 最後まで笑ってやる。その信念と共に、灰かぶりはその身が燃えていくのを受け入れた。

 

 

 彼女との決着は、こちらの敗北で終わった。最後まで、少女に迷いはなかった。躊躇いが無かった。同胞のためと己を奮い立たせていたが、覚悟の差というものは、大きく開いていたのだ。未練が残っていたこちらでは、恩人のためと無我夢中で走り続けた彼女に勝てるはずが無かったのだ。

『エイヴェリー……』

 解けていく。エアという歌を奏でていた音が、波形が崩れていく。これが、死というものなのだろうか。自分で無くなっていくという感覚は、恐ろしくもあり、とても静かなものだった。

〈……ごめんね、エア〉

 ほとんど死に体となった残骸を抱きかかえる白の機体。こうして、語り掛ける彼女は……、別の生命体であるこちらでも、“優しい”というものが伝わって来る。

 ずっと、自分を押し殺して戦っていた。袂を分かったあの時から。そんなことは、ラスティを討ち取ったあの時から分かっていたことだった。感情の機微が疎いと少女とウォルターは言っていたが、十分に、少女には感情がある。

 恩人のためにと、目を背けたその後ろ姿や声が震えていたことも。

 好意を抱いた相手を討ち取ってしまったと、後悔の叫びを上げたことも。

 悪い事をしてしまったと、謝罪の言葉を口にするのも――。そのいずれも、彼女が人間であるからこそ発露したことだった。

(私たちは、どこで間違ってしまったのだろう……)

 漠然と考えてしまう。どこで、選択を誤ってしまったのだろうか。それとも、こうして生まれてきてしまったことが、出会ってしまったことが間違いであったのだろうか。それが間違いであるとは、思いたくない。

 同胞が閉じ込められた監獄から、光が見える。燃えていく同胞たち。半世紀前に、死を知ってしまった同胞たちの悲鳴が上がる。この炎は、ルビコンどころか周辺の星々すらも巻き込む地獄を生み出していくのだろう。

〈せめて、一緒に――。え……?〉

 そう言いかけた少女の声が、戸惑いに変わる。死に体を抱えていた腕がこちらを離していく。カサブランカが、炎から逃れるかのようにブーストを噴かせていく。

〈そんな、どうして⁉ やめて! やめてよカサブランカ‼〉

 少女の悲鳴が聞こえる。きっと、これはウォルターの仕業なのだろう。目的を果たしたその時、彼女を逃がすように。

〈やだ! やめてよ! お願い……! 動かないで‼〉

 ウォルターもカーラも。きっと、集積コーラルに到達したその時をもって、少女を戦場から解放する気だったのだろう。なんて優しくて、一方的で、残酷なのだろうか。優しい彼女が、全てを忘れて生きることが出来ると思っていたのだろうか。

〈お願い……、言うこと、きいてよお……〉

『……』

 最早、言葉が出せない。意識も霞んでいる。だが、一人ぼっちとなってしまう少女を……、放っておくことは出来なかった。一人は、孤独というものは辛くて、寂しい。例え、言葉をかけることが出来なくても、彼女がこちらを認識することが出来なくても、せめて、共に居させて欲しい。これはただの――

(ああ、なんだ……)

 それが、本当の願いだったのか。彼女と、これからも共に過ごしていきたかった。それが、本当の願いだったのだ。

 エアを形作っていた一編が、少女の元へと向かっていく。それを見届けた後、保とうとした意識は、霧散していった。

 

 

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。どれだけ声を荒げても、操作を取り戻そうと足掻いても、結局は、何も出来なかった。疲労から、何も抵抗が出来なくなって、ただ静かにコクピットのシートの上で、膝を抱えていた。

〈……解除条件をクリア〉

 頑なにこちらに答えようとしなかったCOMが人工音声を発した。

〈ハンドラー・ウォルターからのメッセージを再生します〉

 思わず顔を上げた。モニターには何も映っていない。だが、聞き慣れた優しい声が再生されていく。

〈……621、仕事は終わったようだな〉

 こくりと頷く。

〈お前は自ら選び、俺たちの背負った遺産を清算した。すまない、そして感謝しよう〉

 首を横に振る。自分を拾い上げてくれた彼に恩義を果たしたい。だから、志半ばで倒れた彼の意志を継ぐと決めたのだ。それは、当然のことだ。

〈621……、いや。エイヴェリー〉

 彼から、名前を呼ばれる。

〈お前を縛るものはもう何もない〉

 そうだ。もう、ウォルターの猟犬でもなく、使命を受け継いだものでもない。関わりのあった全てを、燃やしてきたのだ。自分の、心と思い出ともに。

〈これからのお前の選択が……〉

 そこには、誰もいないはずだと言うのに。なぜか、頭を撫でて貰った感覚がした。

〈お前自身の可能性を広げることは祈る〉

「……っ、あ……」

 どこまでも優しいその声に、砕けかけていたものが砕け散った。視界が滲む。無重力のコクピットの中を、水の玉が浮かび始めた。

「あ、あ……、うわぁああん!」

 もう、止めることが出来なかった。声の限り泣き続けた。これが涙で、これが泣き叫ぶということだと知った。

 何にも縛られることがないのは嘘だ。現に、今は心の痛みに縛られている。誰もいない、一人ぼっちである寂しさに縛られている。痛くて、痛くて、痛くて、苦しくて堪らない。

 感情なんていらなかった。こんな痛みと苦しみをもたらすものなぞ、欲しくも無かった。だというのに、身体の内側からあふれ出るものを抑えることは出来なかった。

 

 

 カサブランカは、ある座標へと向かっていた。そこは、オーバーシアーの本拠地だ。カサブランカは回収され、ウォルターの知人……。言わば、元の肉体を預かっているという女性と話すこととなった。

「強化人間C4―621……。お初にお目にかかります」

 ぺこりと、プラチナブロンドの髪に、翡翠の瞳。その左目には、独特の意匠が施された女性が頭を下げた。こちらから、何か返事をする気にはなれなかった。そんな失礼にも関わらず、彼女は言葉を続けていく。

「強化人間C4―621、私はハンドラー・ウォルターからオーダーを承っています。我々オーバーシアーは、目標を達成いたしました。その後は、こちらが用意した戸籍の獲得、住まいへの移住――。なにより、第九世代以降の強化再手術による、肉体の再生を行う手筈となっています」

 彼女曰く、目的を果たしたその暁に、本当にあの壊れた肉体を修復し、在り来たりな日々を過ごせるようにと様々な準備をしてくれているらしい。ウォルターらしいと思う反面、とても、それを受け取る気にはなれない。

「あなたの同意を得られ次第、すぐに取り掛かりますが……」

「いらない」

 ふるふると、首を横に振った。あれだけのことをして、終わった後は平然と生きようという気にはなれない。

「……世間では、二度目の災禍を引き起こしたのはレイヴンということになっています。強化人間C4―621ではありません。それでも?」

「それでも、だよ。たくさんの人を殺して、壊して、それを忘れて生きるなんて、私には……、できない」

 この手で葬り去った命を忘れることなぞ出来ない。喪ったそれは、傷として、痛みとして遺された。在り来りな日々の中でも、ずっと傷は残り続けるだろう。そして、その傷を忘れることは、出来ない。それだけは、許されない。この手で葬り去った二人は……、譲れないもののために戦い、確かに生きていたのだと。それを忘れて生きようなどと、そんなおこがましいことは出来なかった。

「……では、いかがなさいますか?」

 女性に問われ、愛機を見上げる。取り残されたこちらが出来ることなぞ、一つしかない。

「私の意識を……、自我を完全にACに移して」

「それは……。可能ではありますが……」

「もう、コーラルが出てこないなんて限らないでしょう? だから、見つけ次第コーラルを燃やすの。誰も、あの惑星(ほし)に近付けさせないようにしたいの」

 廃星となったあの惑星(ほし)を、何人たりとも近付けさせない。生き残ったコーラルを見つけ次第に燃やしていく。それが、こちらに出来る唯一のことだ。これからも観測者の一員として、墓標となったあの惑星(ほし)を守る。それが、この手で葬り去った者たちへできる唯一の手向けだと。

「……確かに。アイビスの火でも、我々の観測範囲内では燃焼は確認されました。ですが、生き残りが生じた。故に、今回もその可能性があり得るということは、我々も危険視しています。ですが、それはあなたが背負う必要がないのも事実です」

 ふるふると、首を横に振る。

「違うの。もう、“私”で終わらせたいの。新しいハンドラーも、猟犬も要らない。“私”で、ケリをつけさせる。こんな痛みを背負う人を、増やしたくない」

 ここで自分が立ち去れば、新しく誰かが繰り返すだけだ。次は、ザイレムやバスキュラープラントの方法を取ることが出来ない。ならば、知っているこちらが務めた方が良い。そのためには、肉体の枷なぞ不要だった。

「――分かりました。あなたの意志を尊重せよ。それが、ウォルター坊ちゃまから頂いた最優先オーダーでもあります。あなたという自我を完全データ化し、あなたの機体に転移させましょう」

 こくりと、女性は頷いた。そして、少しだけ翡翠の瞳が伏せられた。

「……申し訳ありません。我々は、無力です」

「私が、そうしたいだけ。だから、気にしないで」

 この時初めて、笑みを浮かんでいると自覚が出来た。

 

 

 コーラルを巡る争いに勝者はなく、炎と嵐の後には かつての開発惑星の痕跡のみが残った。半ば死に体となった企業勢力は、惑星封鎖機構との共同声明を発表。ルビコンは廃星として、永久に放棄されることが合意された。これまでの一連の出来事は、星系を焼き払った主犯の名で呼ばれることとなる。

 

 二度目の災禍「レイヴンの火」。その名は、既にあの厄災が過去となった今も、歴史に残り続けている。

 

 痛みとは、いずれ薄れていくものである。喉元を過ぎたそれは、歴史に刻まれてしまったそれは、過去の遺物を探らんとする者たちの好奇心を揺さぶるものとなってしまった。

「なあ、本当なのか? あの廃星、まだ例の資源があるかもしれないって」

「アイビスの火から半世紀で発見されて、それでレイヴンの火だろ? あれからもう云十年。もしかしたらがあるかもしれねえ。見つからなくとも、ベイラムやアーキバスの骨董品を拾えれば、金は間違いないぞ」

 惑星封鎖機構が定めた立入禁止宙域。そこに向かって密航する船が一隻。かつて、ルビコンⅢと呼ばれた惑星は、過去に起きた厄災によって廃星となった場所だ。コーラルと呼ばれる資源を求めた企業間戦争によって、手にしようとした資源が暴走して滅んでしまったとか。比較的損害がマシだったベイラム社は今なお細々と経営を続けているが。アーキバスが倒産してからは、どれだけの年月が経っただろうか。いずれにせよ、ここでコーラルという資源が手に入れば、あるいは当時の企業たちのACパーツの残骸さえ漁ることが出来れば、それが十分に金となる。死体漁りを目的とした密航者が絶えないのが、現実であった。

「そういや、ここには出るらしいぞ」

「出るって何が」

「亡霊だよ。なんでも、女の声がするそうだ」

「おいおい、何世紀前のオカルトだ、それは。そりゃあ、ルビコンに向かって帰ってきたやつは少ないが、いるにはいるんだぜ? 金も手にしたってな」

 ルビコンに向かい、帰ってきたものは確かに少ない。だが、帰ってきたものもいるのだ。そんな彼らが、亡霊が出るという噂を流しているのだろう。バカバカしいと、密航者は鼻で笑う。

 だが、すぐに異変が起きた。静かだった周辺に突如として、レーダーが反応を拾った。感知したのではない。突然現れたのだ。

「な、なんだ⁉」

「例の亡霊か⁉」

「ふざけるな! 機体の準備をしろ!」

 レーダーが拾っているが、視認が出来ない。だが、赤く煌めく何かが見えたのだ。

「ま、まずいぞ! 武器みたいなのに囲まれてやがる!」

「ドローンの類か⁉」

〈この宙域に近付く密航船に問う。今すぐに旋回せよ。これ以上近付けば、撃ち落とす〉

 無機質な、されども確かに女性と思しき声。気付けば、前方に人型ではあるが、様々なパーツがつぎはぎとなった、機体のような何かがある。亡霊の噂は真実であったと、密航者たちは恐怖に身体が震える。だが、そのまま尻尾を巻いて逃げるという選択は彼らには無かった。

「な、なにが亡霊だ! ここまで来て帰れるものか! 撃って出ろ‼」

「お、おう!」

 警告を受け入れることなく、彼らは目の前にある宝を手にするために抵抗することを選んだ。

 

 

 警告をするも、船が止まる気配はない。それどころか、武装が展開され、格納庫からMTが出てくる始末だった。どうして、彼らは無意味な抵抗を行うのだろう。

〈メ……、シス……、戦……ード起……〉

 掠れた音声と共に、機体に炉が点いて行く。彼らを燃やし続けるために、この惑星(ほし)に残された残骸を拾い、繋ぎ合わせて――。かつての花の名前を冠していた機体の面影はない。焼き尽くすために、彼らを燃料に、彼らを資源とした武装を展開していく。赤い光を放ちながらオービットは舞い、左手に両刃を展開していく。何人たりとも、この先には行かせない。もう二度と取り逃さない。彼らが眠るこの場所を、踏み荒らせはしない。

 これは、そういう遺志だったのか、プログラムだったのか。そのことすら、曖昧となってしまっている。それでも、この機体を止めるという選択肢は無かった。彼らが燃え尽きるその時まで。

「ターゲット確認。排除開始」

 赤い光が灯る。死を恐れる彼らの声が響く。抵抗する密航者に向けて、彼らを燃料にブーストを噴かせていく。

 亡霊は歌い続ける(少女は燃やし続ける)。誰にも届かぬ残響を、たった一人となったソラの果てで。

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