ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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周回の切り替えみたいな、そんな話。
次回から、解放√編です。


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「……以上が、オーバーシアーが目的を完遂したルートの演算結果となります」

 どこまでも白く、されど美しい碧眼を持った女が語る。これが、あの少女が辿った足跡の、一つのパターンであるという。あの少女は、どこまでもあの老人の忠犬であったということだ。自由になる選択をしなかった時点で、それが少女の落ち度だ。当時のままであれば、鼻で笑っていただろうが……。そういう気分にはなれなかった。

「このルートの到達確立はおおよそ六二.五%。己を救いあげた恩人のために。それが強化人間C4―621の心理的に重きを乗せている。故に、彼女はハンドラーの手を取ることを選ぶのです。それが、多くの人の血で汚れることになるとしても」

 冷静に、女が分析を続けていく。あの戦いの状況、関わる人間たちの心理状況――。要因となったものを再確認し、そして、これまでの一連の出来事を記録として完成させる。

「統合を開始します。これもまた、貴方の熟達の一助となれば幸いです」

 完成された記録は、こちらの糧にさせるようにデータを読み込ませていく。彼女が辿った戦いの記録が、確かに蓄積されていく。次に統合データとの撃ち合いとなれば、多少は戦い抜けるだろう。

「……不満そうですね、イグアス。やはり、彼女のあの結末は気に入りませんか?」

「さあな。当時の俺だったら、ざまあみろと笑っていたさ。今は、そういう気分じゃない」

 データを統合していく。コーラルを巡るあの戦いの、あの時間を蓄積していく行為だ。どこまでも白い女――、オールマインドの甘言に乗せられてから、イグアスは来たる日のためにオールマインドが行う演算データの統合に協力している。統合によって、彼女が構築する無人機たちの戦闘精度を上げていく。その恩恵は、イグアスにも施される。この女のやることに協力すれば、こちらも強くなるという寸法だった。

 事実、オールマインドが作り上げたアリーナでは全ての傭兵を打ち倒すに至った。インテグレーションプログラムのAIも、十分に戦闘の経験を積ませることが出来た。時間を蓄積するということは、あの戦いの時間の分だけ、こちらの意識というものも月日を重ねる。それ故か、すっかり精神は、当時と比べれば落ち着いてしまったのだ。

「……ご安心ください。無論、彼女が報われる結末はあります。そちらへの到達確立は約三七.四%ではありますが」

「要は、あいつが飼い主の遺志を背いた場合だろう?」

 こくりと、オールマインドは頷く。

「ですが、そちらの結末は……。この大火の記録よりも、良い終わりであることはお約束致します」

「……そうかよ」

 大火のルートによる再演算は終わった。となれば、あの口ぶりから、次はその少しマシな終わり。少女がハンドラーを選ばなかった選択の演算が始まっていくのだろう。もう一度、少女があの惑星(ほし)に降り立つところから演算が開始されていく。次は、少女はどのような旅路を歩むのだろうか。

「では、再演算を開始します」

 オールマインドの無情な声によって、再びあの戦いが開始していく。もう一度、あの少女の旅路が再開するのだ。定められたシナリオを演じる役者たち、本人たちがそれを知る由なぞ無い。何も気づかないまま、彼らは再び戦いの中へと向かっていくのだった。

 

 

(また、懲りずに始めたな)

 瞳を開ければ、そこは寒冷化が進む死に体の惑星。アーキバスが設立した拠点の一部屋。ため息をつけながら、煙草を一本取り出して火を点けていく。

(前回はあのお嬢は燃やしたようだが、今回はどうなることやら……)

 紫煙を吐き出しながら、オキーフは時計やカレンダーを見やる。やはり、この日、この時間が、オールマインドが演算を開始するスタート地点なのだろう。アーキバスとベイラムがルビコンⅢに到達し、ある程度解放戦線と小競り合いが始まった頃。第八部隊がシュナイダーの依頼を公募で出し、レイヴンという名の傭兵が活動し始める直前。その時だ。

 オールマインドが、目的のためにこの戦いの記録を繰り返していることを、オキーフは知っている。否、忘れないようにするために手帳の類に書き留めているのが正しい。いわゆる、前回の記憶というものははっきりと覚えているものもあれば、覚えていないものもある。いずれにせよ、あの存在は己が納得する結末を見出せるまでは、この観測というものを続けるようだった。

 物思いに更けているところで、端末が鳴り響く。この時の連絡は、決まってあの若造に振り回されている副長殿のお問合せだ。若造の事情を把握しているが、それをアーキバスに申告する気にはなれなかった。

〈早朝に申し訳ございません、オキーフ長官。ラスティ隊長は……〉

「少なくとも俺のところは来ていない。まだ、シュナイダーに出向しているのだろうな」

 このタイミングは、あの青年はシュナイダーに出向している。これは事実だが、フェイクでもある。とはいえ、連絡がないというのは、さすがの副長殿も気にかかるというところだろう。

〈……申し訳ございません。もう少しだけ、待ってみます〉

「俺の方から、一言くらい連絡寄越せと言っておく」

〈ありがとうございます。それでは〉

 鉄の女と呼ばれているあの副長も、随分と絆されてしまっているらしい。年上心をくすぐるのが上手いのがあの若造というのもあるが……。再び始まるコーラルを巡る無意味な争いを、オキーフには見守ることしか出来ないことだった。

 

 

 ゆっくりと、意識が浮上していく。やたらと冷え込むこの環境は、ルビコンⅢのものだ。だが、ひたすらに違和感しか、感じない。最悪の目覚めだった。

「……、どういうこと……?」

 思わず顔を抑える。黒髪の女性――ソフィアには、拭いきれない違和感というものがあった。それは、自分は確かに死んだという記憶と感触があるということだ。

 中央氷原のバートラム宇宙港で、確かにライセンスを奪った強化人間と戦い、そして、敗れて死んだ。そのはずだというのに、どうして生きている。寝起きであることも含め、思考は混乱し続けていた。

「ソフィー、起きてる?」

 扉が開く音。相棒とも言える彼女が部屋へと入ってきた。

「オリヴィア……」

「夢見でも悪かった? 酷い顔よ」

「オリヴィア、どういうことなの……。私は、確かに死んで……」

「……? ソフィー、本当に夢見が悪かったのね。落ち着いて」

 オリヴィアがそっとこちらの両肩に手を置いていく。じっと、彼女の紫の瞳を見つめていく。少しずつ、オリヴィアが状況を整理してくれる。

「ソフィー、今のあなたはレイヴンという傭兵をしている。そして、私たちブランチの一人である。これはいいわね?」

「……ええ」

 こくりと頷く。故郷を失い、家族を喪った。その失意から、ブランチへと誘われたのだ。家族の死の真相に、封鎖機構が関わっているのか。それは定かではないが、少なくとも、不条理によって自分のように故郷や家族を喪う者がいると知ってからは、何もしないわけにはいかなかった。

「そして今、私たちはブランチの活動の一環としてルビコンⅢにいる。独立傭兵として、ブランチとして中立を保ってはいるけれど、実際は惑星封鎖機構の打倒を願う解放戦線に手を貸している。そこまでは、大丈夫?」

「……大丈夫」

 そう。自分たちが死に体の惑星にいるのは、何もそこで一稼ぎしようというものではない。惑星封鎖機構の打倒を掲げるルビコン解放戦線。惑星封鎖機構を敵視しているこちらとしては、手を貸さないという理由は無かった。事実、ブランチの噂を掴んでいただろうミドル・フラットウェルからいくつもの依頼をこなしていった。そして、数週間前に大役を果たしたことも思い出してきた。大役によって呼び込んだ敵対戦力が、予想以上であったことも。

「……オリヴィア」

「なに?」

「起こしにきたの、フラットウェルからの呼び出しでしょ。雲隠れの算段がついたとかで」

「……ソフィー、私はまだその詳しい話を聞いていないわ。恐らくは、そうでしょうけども」

 こうして言葉を交わしてはっきりと分かってきた。どうやら、あの日に戻ってきているようだ。雲隠れをするために、ナイトフォールを撃ち落とす。その作戦を決行したその時に。戻ってきたというべきなのかは分からない。だが、バートラム旧宇宙港で死んだはずのソフィア・フォークナーの記憶は、確かにあるのだ。

「……」

「ソフィー?」

「いや。フラットウェルの元に行く前に、整理をしたい。……荒唐無稽のことを言うけど、まずはあなたに共有したい。口裏を合わせて欲しいから」

「……わかった。あなたの目は、嘘を言っている様子はないもの。これは、私たちだけの秘密。キングやシャルにも伝えない。それでいいのね?」

 こくりと、赤眼のカラスは相棒とも言えるオペレーターに対してこれまでの出来事――。これから未来に起きる出来事について、話していくのだった。

 

 

〈ルビコンが近い。そいつを起こしてくれ〉

〈了解です。ハンドラー・ウォルター〉

 ルビコンⅢと名付けられた惑星。その宙域付近に一隻の小型船がルビコンⅢへと進路を向けていた。

〈脳深部コーラル管理デバイスを起動〉

 機械音声の音に、ゆっくりと意識が浮上する。

〈強化人間C4―621。覚醒しました〉

 微睡の中、意識が眠るまでの記憶を思い起こす。

 自分は、強化人間C4―621。ハンドラー・ウォルターに拾われた。今は、ルビコンⅢへ密航するため、ACに搭乗した状態で突入カプセル内にて待機している。惑星封鎖機構の目を掻い潜るため、直前まで意識もシャットダウンしていたところだ。デブリと誤認させるには、無機物でいなければならない。そして、誤認させるためにも、あえて性能の低いパーツで構成された探査用ACでの密航ともなっている。生身の無い自分だからこそ、出来たことなのだろう。

 だが、違和感がある。前にも一度、このようなことをしたような――

〈621、仕事の時間だ〉

 どこか懐かしいと思ってしまう声。先程まで聞いていた声だと言うのに。

(始まる。彼の目的のためにワタシの仕事が、“また”始まっていく)

 振動が伝わる。突入カプセルの長距離移動のブースターが外れた振動だ。このまま、あの惑星(ほし)へと降り立っていくのだ。雪と灰に覆われた、死に体の惑星に。自分を拾い上げてくれた、恩人のために。

 少女は再度、斜陽の惑星へと降り立っていくのだった。

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