ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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今回から解放√編です。今回から、私なりの解釈が多く出始めます。


チャプター1 二周目
ナイトフォール狙撃


「――これが、こちらから出来る最大限だ。これで良いだろうか?」

 ある応接室にて、四人の男女が対面していた。一人は、黒髪を持つ眼鏡をかけた初老の男――。ルビコン解放戦線の実質的指導者のミドル・フラットウェルだ。彼の対面に座っているのは、肩程の黒髪を持ち赤く鋭い瞳を持つ二十代程の女性――。レイヴンと呼ばれる傭兵。彼女の傍らには、彼女と同い年程の長い黒髪と黒い瞳を持つオペレーターを務める女性が立っていた。

「……良いも何も、雲隠れするにはそれしかないでしょ? 異論はない。ただ」

 レイヴンの赤い瞳が、フラットウェルの傍らに立つ男に向けられる。青みがかった灰色の髪を持つ、朝焼けとも夕焼けともとれる橙色の瞳を持つ男だ。その目からは、鋼鉄の意思と譲れぬ覚悟を抱いているのが分かる。

「ソイツの腕前が信用できるか、よ」

「それについては配慮は無用だ。コイツの腕は、私が保証する」

「ふぅん……」

 無言を貫く男をレイヴンは一瞥する。身長はおおよそ一八〇センチメートル後半。一九〇、に届いているかどうか。体格もしっかりしている。肌が白いのは、この惑星の気候上では一般的だ。強い覚悟を宿した橙色の瞳の雰囲気を除けば、伊達男や色男と呼ばれる存在なのだろう。すっと立ち上がったレイヴンは、そのまま男の胸倉を掴んだ。

「レイヴン!」

「……私の腕が、信用ならないかな」

 オペレーターの咎める声を無視して、赤い瞳はじっと橙色の瞳を覗いていた。強い、強すぎる覚悟を抱いた瞳。故郷の土を踏めぬことなぞ、割り切っている覚悟をしている者の目だ。

「……あまり、高望みするなよ狼。あとは落ちるだけだ」

 レイヴンは掴んだ胸倉を突き放した。

「いいわ。フラットウェルがそこまで言うなら、もう何も言わない。キングもシャルも残るだろうし、何かあったら二人にお願い。ナイトフォールの回収も、そちらに任せていいわね」

「承ろう、レイヴン。……そして、感謝する。汚れ役の大役を、良く引き受けてくれた」

「仕事をしただけよ。ただまあ、アーキバスがあそこまで本気になるのは、私も予想していなかったけれど」

 礼を言われるが、レイヴンは彼らに振り返ることなく応接室から出る。軽い足音も続いていく。ルビコン解放戦線の彼らから礼を言われることに、レイヴンは素直に受け取れなかった。男嫌いのレイヴンにとって、相手が男性であることもあるが、彼女が受けた任務は非常に分の悪い賭けであったからだ。

 ルビコンⅢに、コーラルはある。この情報を企業へと売りさばく。それが、レイヴンが受けた依頼だった。惑星封鎖機構に対して打撃を与えるという面ではブランチとしては、問題ない。だが、企業という貪欲者を引き入れるということはこのルビコンⅢを脅かす行為でもある。

 レイヴン――。ソフィアは知っている。彼らという欲深き者たちを。利益となれば、彼らの中で法や倫理というものは真っ先に消滅する。惑星封鎖機構のみならず、ルビコンⅢの解放を願う彼らにも十分被害が向かうだろう。だが、フラットウェルはそれを良しとした。惑星封鎖機構という圧政の元、ただ飼いならされるだけの“今”を変える。これまで培ってきた伝統を盲目的に信じる者たちとは違う、急進派とも言える思想だ。“今”を変えるために、企業という爆弾に火を点けた。言わば、こちらはその火付け役を依頼されたのだ。

 それに、彼からすれば“慣れた敵”の封鎖機構ではルビコンを統一させるのは無理だと判断しているのだろう。この惑星(ほし)に住む全ての人をまとめ上げるには、“新しい敵”が必要だ。そのついでに、他派閥の人間もある程度死地に送らせることもできる。そこまで考えているかは分からないが……

 少なくとも、企業。特に、新興勢力のアーキバスならば、古参勢力に並べるこのチャンスを掴むために、持てる資材を投資するのが目に見えていた。ベイラムや他企業。特にファーロン辺りは、アーキバスが動いたから動いたという、世間体を気に掛けた、コーラルの獲得は“ついで”程度の可能性が高い。

(しかしまあ、本当に都合がいい事。とはいえ……)

 フラットウェルは、アーキバスグループ傘下のシュナイダーと繋がりがあるらしい。何の因果かソフィアもまた、かつてはアーキバスに属していた身だ。匿名での情報の売り付けくらいならば簡単に行えた。アーキバスが動くとなれば、シュナイダーも動かざるを得ない。そして、アーキバスが動くとなれば、勝手にベイラムも動く。この惑星が戦場になるのは間違いないだろう。

 ブランチのレイヴンが、企業にコーラルをリークした。封鎖機構の目がレイヴンと企業に分散される上に、企業も封鎖機構とはいずれ潰し合いとなる。ルビコン解放戦線からすれば、パワーバランスを崩す風穴としたいところだろう。分が悪い賭けには、変わりないが。

 だが、それでもアーキバスの動きには違和感というものがある。いくら新興企業として、古参勢力に並ぶだけの何かを欲するとしても、強化人間部隊のほとんどを投下するに至るだろうか。こちらも、フラットウェルも、現にアーキバスを身近に見ているシュナイダーのアルドリックも。証拠こそはあれども、不確かな情報に対して、強化人間部隊全員を送るようなことは行わないと考えていた。強いて、現場指揮を持つ二番、傘下企業の関係上関わって来る四番、独立傭兵という都合の良い使い捨てを募るための八番の数名が投下されるものだと思っていたのだ。

「レイヴン……」

「ん?」

「本当に、これで良かったのかしら」

 珍しく、彼女がぽつりと呟いた。惑星封鎖機構に喧嘩を売るのはいつものことだが、今回はかなりの厄ネタだ。半世紀も前に星系を巻き込んだ災害、その要因となった新物質が絡んでいるのだ。このリークがきっかけで、再度災害が起きるようなことになってもおかしくない。

「だから、キングとシャルには残るように言った。私のほとぼりが冷めるまで、だけどさ」

「それは、そうだけれど……。ナイトフォールを……」

 レイヴンが行方を晦ました。そのために、ナイトフォールを乗せた輸送ヘリを狙撃することで死を偽造する。言わば、一度ナイトフォールを他人の手ではあるが破壊させることだ。共に戦った愛機を破壊させるというのは、あまりいい気分ではないが……

「ナイトフォールは、また直せば良い。心配は、しなくていいよ」

 厄介な封鎖機構の目から一旦逃げなければならない。それが、企業にコーラルの情報を売りさばいた極悪人が出来ることだった。

「……わかったわ。なら、ナイトフォールが直るまでの間、聞かせて頂戴。あなたにとって覚えている“過去”を、私がこれから見る“未来”のことを」

「――もちろん」

 何よりも今は、ソフィアが覚えている記憶について整理する時間が欲しかった。

 

 

 照準を合わせる。対象は、汚染市街上空を通過する輸送ヘリだ。伝説の独立傭兵にして自由意志の象徴たるワタリガラス――、レイヴンの機体を乗せた輸送ヘリ。汚染市街の、かつては市街の象徴だった行政機関が用いていた建物。その中段程にある広場に落下させる。そこまでの計算を入れる必要がある狙撃だ。後にレイヴンの機体を回収させるためにも、不慮の事故で撃墜され、生死不明状態に誤認させる。尚且つ、常人が立ち入らない場所に向けて輸送ヘリを落とさなければならなかった。失敗は許されない。だが、これが虐げられ続けるこの惑星(故郷)を解放させるために必要な事であるならば、やるだけだった。

(予定時刻まであと少しか……)

 操縦桿を握る手に力が入る。この一射に、今後の全てに影響してくる。成し遂げなければならない、そのためだけに力と知識を得て生きて来たのだ。そのためだけに、ふざけた企業の元に潜り込んでいるのだ。今回は特例で一時的に呼び戻されたに過ぎない。レーダーが反応する。予定通りに、輸送ヘリが汚染市街を通過し始めたのだ。

(これで――)

 機体の姿勢を安定させる。スナイパーキャノンもエラーは無い。このまま、タイミングを合わせて引き金を引くだけだ。

「……決める」

 トリガーを引いた。スコープ越しに、輸送ヘリの着弾を確認する。そして、予測通りに輸送ヘリは行政施設の中段広場に落下した。

「……」

 深く息をする。緊張をしていないと言えば嘘になる。だが、成し遂げた。後は数日後に、あの地点に落ちたナイトフォールを回収するだけだった。

「……夜明けか」

 夜空に赤が差してくる。次第に赤は橙とも黄金とも言える色へと変わっていく。夜明けに照らされた空も、徐々に明るくなっていく。空は、いつも見た赤い絵の具が混ざらずに浮いた空となる。

「……?」

 何か、違和感を感じた。思わずコクピットから身を乗り出し、カメラ越しではなく己の目で見た。

「……流れ、星……?」

 言葉が漏れた。夜明けと共に、一筋の光が見えたのだ。ルビコンⅢの衛星軌道上には、惑星封鎖機構の衛星砲や監視用設備が並んでいる。その一つが落ちて来たのだろうか、それとも、封鎖機構が目にくれないデブリが落ちて来たのだろうか。

(ああ、でも……)

 まるで、美しき翼で力強くも自由に羽ばたいていく一羽の鳥が舞い降りて来たような。義妹が読んで欲しいとせがった、童話にあった可憐な乙女が舞い降りるような。なぜか、そんな予感を感じたのだ。

「悪くない……」

 ほんの一瞬。ただ、一瞬だけ見えた光の軌跡。だが、ラスティにとってその閃光はとても心に残る光景だった。

 そして、後に彼はこう自覚したと言う。“彼女”には、あの時から“運命”を感じていたのかもしれないと。可憐で儚くも、力強く自由に羽ばたく乙女たるあの少女に――

 

 

〈登録番号Rb23。識別名、レイヴンによる認証を確認。安否不明状態を解除、ユーザー権限を復旧します〉

 ルビコンⅢへと降り立ち、これから活動するためのラインセンスを奪取して――。少々トラブルこそは起きたものの、無事にマーカーに示された先へと到着できた。マーカーに示された先は輸送ヘリだった。輸送ヘリの中はACを整備し、パーツのアセンブリを整えるガレージにもなっている。最低限の居住エリアもあることから、当分はこのヘリを使っての活動となるのだろう。ACから降り、備え付けの端末に拾ったレイヴンのライセンスを傭兵支援システムに認証を通す。どうやら、ライセンスに機体情報とパイロットの細かい情報はリンクしていないらしい。少々杜撰な気もしないが、いつの間にか死んでいるのが傭兵だ。安否不明状態から猶予がある時点でこの支援システムは随分と有情だ。

〈傭兵支援システム、“オールマインド”へようこそ〉

 傭兵支援システム、オールマインドから無機質な音声に告げられる。これで、今の自分は独立傭兵レイヴンとしてこのルビコン内で活動が出来るようになった。ウォルターが目的を果たすための、スタートラインにやっと立てた。

〈レイヴン、あなたの帰還を……〉

「……?」

〈……失礼。貴女の帰還を歓迎し、さらなる活躍を期待します〉

 なぜだろうか。どこか違和感を覚える。“以前”はこうでは無かったような……。“以前”とは、何のことだろうか。

「認証は通ったようだな」

「……、ウォルター」

 振り返れば、杖をついた白髪の老人――。今の自分の主であるハンドラー・ウォルターの姿があった。白髪交じりの灰の髪をオールバックに固め、何かしらの強い意志を宿した灰の瞳を持つ高齢の人物。ほとんど使い物にならなかった自分を見出し、余りものとは言え健全な義体を与えてくれた恩人。音声はずっと共にあったが、やはり彼の姿を視界に捉えるとより緊張感が解れる。安心感、リラックスが出来るという状態なのだろうか。

「随分と丁重な挨拶だが……、まあいいだろう。カサブランカも搬入されているようだな」

「……うん」

 ガレージを見上げる。密航するためのRaD製の機体の隣に、白と黒に塗られた機体がある。名前はカサブランカ。ウォルターが名付けてくれた、621の相棒だ。

「“レイヴン”。それがルビコンにおけるお前の身分となる。ようやく、俺達は目的のスタートラインに立てたということだ」

 コーラルを手にする。それが、ウォルターの目的。自分の目的は、ウォルターの目的を果たさせることだ。人生を買い直すことは、ついでに示された指標程度と認識している。

「次の出撃は?」

「それについてだが、早速だが仕事を取ってきた。確認しろ、621」

「わかった」

 既に仕事があるのならば、やるだけだ。タブレット端末を操作して依頼内容を確認することにした。

 

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