ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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錆色の狼が、まだ灰色の子狼だった頃の話


うそつきおおかみー一

 気付いた時には一人だった。親なんてものは知らない。兄弟姉妹がいたのかも分からない。ずっと、お腹が空いていた。ずっと、寒さに震えていた。ずっと、何かが空っぽだった。

 空腹をなんとかするためには、手段を選べなかった。大人の隙を見て、食べ物を盗んだ。お金なんてものは無い。落し物を金銭に交換したところで、交換する額には満たないから何も足しにもならなかった。

 集落にいる全ての人に、余裕なんてものは無かった。誰もが皆、自分が生きることに手一杯だった。自分が産まれる前に起きた災害のせいで、雪と灰に覆われて寒さと大地が枯れたせいで物なんて無かった。だから、他人から物を奪うしか無かった。盗みが分かれば、奪われないために、取り戻すために暴力を振るう。弱いやつから死んでいくのが、この集落の当たり前だった。

 親のいない子供は、格好の的だった。奪う対象だけでは無い、暴力を奮っても良い的でもある。だから、大人から不当に暴力を晒される。ただ、殴って蹴るだけじゃない。顔が良いからと、殴る以外の暴力を奮われることもあった。

 何も無い子供が生き残るためには、ひたすら学ぶしか無かった。どうすれば、盗みがバレないか。何を言えば、相手が機嫌を良くするか。何をすれば、相手が満足するのか。

 どこを狙えば、相手を殺せるのか。

 きっと、自分は悪いことをしている。恨み、憎んでいる周囲の肉塊と同じことをしている。どこか、自分を俯瞰している自分がいて。その俯瞰が、より自分と言うものを追い詰めていく。

 お腹が空いた。寒い。何かが満たされない。

 コイツはチョロい。馬鹿だ。騙されているとも知らずに。

 痛い。嫌だ。気持ち悪い。

 集落の外れ。辛うじて形だけが保っている小屋。屋根があるところで身体を休めるだけ、かなりマシだ。時々、こんなクソッタレな地上とは関係ない青を見上げる。

(あそこだったら、こんな思いしなくていいのかな……)

 どこまでも遠く広がる青。時折、混じらない赤が浮かぶ青。何にも縛られることが無い場所。漠然と、そんなことを思い浮かべるようになっていた。

 

 

(今日の分は、なんとかなるか……)

 戦果を外套で隠しながら、少年は自分の拠点へと戻っていく。一人で生きていくことには十分に慣れてきた。盗みや身売りを繰り返して、……時にはどうしようも無いヤツを肉塊にさせて。なんとか物取りが出来ない日が出来ても、何日かは食べ物と水には困らなくなってきた。そう考えれば、少しだけ心に余裕が出来てくる。

(いつまで、こうなんだろうな……)

 寒さと飢えを凌ぐのに精一杯の日々。それだけの日々に、余裕を持ち始めた心は嫌気が差してくる。だからと言って、コーラルを信仰する気にはなれない。ミールワームを育てるための物質、未知のそれはあらゆる可能性があったらしいが、過去の災害でほとんどが無くなってしまったという。コーラルと共にあれと大人は口を揃えて言葉にするも、無いものを信仰する気にはなれなかった。信仰したところでコーラルから、こちらに対して何か恩恵があるとでもいうのだろうか。祈るだけで、言葉を紡ぐだけで腹が膨れるならば苦労はしない。その言葉に縋る大人は、総じてバカが多い。こちらからすれば、恰好の的だった。

「……?」

 拠点に、違和感を感じた。出る前と光景が違う。荒らされた形跡がある。ここに、誰かが入り込んだのだろうか。ゆっくりと、形だけが保っている小屋の中を歩いていく。犯人がまだ残っているのならば、殺すだけだ。

 奥の方、貯蔵スペースから物音がする。ようやく貯めることが出来た物資を横領しているのだろう。戦果を一旦置いて、ナイフを外套で隠しつつ手に持つ。曲がり角から覗けば、自分と同じか年下程の子供が一心不乱に食料を口にしているのが見えた。

「……」

 留守を狙われることは少々予想外だった。この場所は、自分以外に人間なぞ近寄らないから。一気に踏み込んで子供との距離を縮めていく。

「え? わっ! 待って!」

 不意打ちしようにも気付かれた、寸での所で止まり、隠していたナイフを向ける。怯えるように両手で顔を守ろうとする黒い肌にボサボサの黒髪の少年だった。

「お前、ここで何をしている」

「ご、ごめんよう……! ここ、にいちゃんの家だった?」

「そうだ。ここは、僕の場所だ」

 切っ先を向けて、ゆっくりと近付いていく。少年はすっかり怯え切っているが関係ない。消費させられた落し前をつけるだけだ。

「に、にいちゃんさ! 一人で、食べもの集めてたの?」

「そうだけど。だからなに?」

「じゃあ、にいちゃんさ。物盗りとか上手いってことだろう? 食べちゃってのは悪かった。だから……、他に盗れそうなところ、おいら知ってるんだ!」

「……は?」

 命乞い、にしては自信ありげに少年が宣言する。あまりにも状況を分かっていない少年に、すっかり殺気を抜かれてしまった。自分より痩せ細っている少年が相手なら、いつでも殺せる。仕方なく、ナイフを降ろすことにした。

「は、話を聞いてくれるの!?」

「いつでも殺せるからな」

「あ、ありがとう……! じゃあ、早速なんだけど――」

 少年が言葉を並べていく。確かに、少年が語る場所はこちらの探索圏外の情報が多かった。一人で活動するにも限界がある。少年の情報が本当ならば、少しだけ物資の確保がまともとなる。本当ならば、の話だが。

「ど、どう……?」

「……さあな。本当ならいい。嘘なら――」

「う、嘘言わない! 本当なんだよお! に、にいちゃんのためにもっと色んなところ行って来て場所を聞いてくる! それで、その……」

 これで、食料を消費してしまったことへの採算が取れるのか。少年なりの生存戦略なのだろう。こうして話を聞いてしまった以上、実際に確かめなければならない。嘘であれば、その場で殺す。本当ならば――

「……わかった。嘘だったら殺すだけだから」

「あ、ありがとう……! にいちゃん! そういえば、にいちゃん。なまえ、だっけ……。そういうの、ある?」

 少年が問い質してくる。一時的に生かしているだけだというのに、随分と馴れ馴れしく図々しいやつだ。ため息をつきながら、仕方なく“名前”と認識しているものを言葉にする。

「――アッシュ」

 青みがかった灰色の髪と金色の瞳を持つ整った顔立ちの少年――、アッシュは名乗った。

 

 

 アッシュと少年(名前を聞いておきながら、彼には無いらしい)が出会ってからというものの、アッシュの生活環境というものは確かに改善されていった。少年の情報は本物であり、アッシュが物資を手にする分には確かに困らなくなった。少年は、確かな情報通のようだった。

「お前……。これだけ知っておきながら、なんで自分じゃやらないんだ?」

「おいら、どんくさいし力持ちでもないからさ……。にいちゃんは凄いよな! 本当に大人にみつからないんだもん!」

 少年が素直に称賛する。とはいえ、これが悪い事であるとどこか捉えてしまっているアッシュからすれば、複雑な心境であった。生き残るために、仕方なくやっていることなのだ。それを、すごいものだと賞賛されても少々困る。

「そういえばにいちゃんさ、どこか違うところに行きたいとか、ないの?」

「え……?」

 それは、考えてもみなかったことだった。どうやって今日を生き抜くか、それしか考えることが出来なかったのだ。だから、この集落の外に出ようという考えなどその発想に至れることは無かった。考えてみれば、ここの生活が辛いのならば、別の場所に向かえばい。なぜ、それが思いつかなかったのだろうか。

 違う、外は恐ろしいものだ。外にはドーザーというどうしようもできない肉塊がいる。そして、こちらでは太刀打ち出来ない鋼鉄の怪物達が跋扈しているのだ。そんな状態で、外に出ようなどとは思えなかった。

「にいちゃんならさ、別のところに行ってもやってけそうな気がするんだ!」

「お前……、ドーザーやヘリアンサスのこと。忘れてないか?」

「あ……。も、もしだよ。にいちゃんなら、ここ以外でも上手くやれそうなんだからさ」

 やはり、頭から抜けていたらしい。少年のうっかりにアッシュはため息をつく。少年のおかげで、多少は物資のゆとりはできた。そのせいだろうか。もしもを考える余裕が出来るのは。もし、こんなクソッタレな場所から抜け出せるとしたら――

「――盗みとか、身体売ることしなくていいのかな……」

「――うん。にいちゃんだけが、苦労するのはなくなる、と思う。何も出来なくても、おいらでも何かできそうなの、なんとか探すからさ」

「外だったら、子供でも働けるかな……」

 二人で、澄んだ空を見上げる。外ならばこの空のように、こんな現実に縛られずに済むのだろうか。ここは、誰もが苦しんでいる場所。外ならば、多少はマシになるのだろうか。

「……にいちゃん。外の行き方とか、聞いてこようか?」

「いい。お前、体力ないし。よわっちいし」

「そ、そうだけどさあ……」

 それでも、もう少しだけ生活が落ち着けば外へと向かうのも良いのかもしれない。誰かがいる、協力して生きていくことにあれだけ警戒していたというのに、敵意を持たないどころか純粋にこちらを慕う少年に、いつしか張りつめていたものが解けてしまっていた。

 

 

「……?」

 ふと、集落の様子がおかしいと少年は気付く。妙に、人が減っている気がする。そして、狙いを定めていた大人が一定の位置にいないとアッシュがボヤいていたことを思い出す。何かが起きている。情報を仕入れるために、少年は手あたり次第に話を聞いていく。いつものように、物資の融通を条件に。

「ねえ、人が減ってる気がするけど……」

「ああ、坊主か。そうさなあ……」

 路地裏に住まう大人に、いつものように物資を渡す。それを受け取った後、男はゆっくりと語り始めた。

「確かに、妙に人が減ってきている。それも、お前さん方が目星つけているちょいとばかし金と物を持ってるやつらばかりだ」

「……にいちゃんが、物を取ろうとして、もぬけの殻だったって言ってた」

「ああ。それに――、ちょうどいい。坊主、そこの表を歩いてるヤツを見たことあるか?」

 大人が指し示した方向を少年が見やる。見ただけで分かる。みたことない衣服は、こちらが纏うような襤褸ではない。もっと、良い服だと言うのが分かる。そういえば、そんな大人を見かけるようになっていた。

「最近、増えてる人」

「さすが、情報通の坊主だ。よく見ている。アレが誰か、わかるか?」

「わかんない。だって、近付くのが怖い。ここの大人が怒った時より、怖い」

「危険を嗅ぎ分ける鼻も生きててよかった。あれは、惑星封鎖機構のお役人だ」

 惑星封鎖機構。言葉だけなら聞いたことがある。確か、ルビコン解放戦線と呼ばれる組織が立ち上がった原因。いつまでも、寒さと飢えで苦しむことになっている原因だと。

「そんな人が、どうして?」

「さあな。だが、坊主の勘が外れたことはねえ。なら、俺もお暇させて貰おうか。死にたくないんでね」

「え……?」

 ゆっくりと男が立ち上がる。この男は、どれだけ他の大人に暴力をふるわれたとしても、決してその場から動くことはしない人だ。そんな人が立ち上がるなぞ……

「惑星封鎖機構って、そんなに危ないの……?」

「……物を恵んでくれた坊主だからな。教えてやる。あくまで噂だ。あのお役人は死神だ。俺たちルビコニアンが生きているのが気に入らねえ。――コーラルを知っている。ただそれだけで、あいつらからすりゃ、俺たちルビコニアンは死んで当然だそうだ。あのお役人がいるということは、ここにいる俺たち全員を殺す算段をつけているんだろうよ。お前さんも早く逃げた方が良い。あの目敏い坊主もな」

「……!」

 殺される。それはダメなことだ。死ぬのは怖い。アッシュが死んでしまうことも嫌だ。急いで、彼に知らせなければ……

(……でも)

 これから逃げるにしても、どこに逃げる? 逃げ込むのならば、ルビコン解放戦線しかない。彼らがいる場所は、確かベリウス地方だ。ここから少し離れた場所。数日はかかる。備蓄が減っている今、出発をしたところで飢え死にが見えていた。何か、少しでも――

「おいらだって――」

 気付いた時には、走り出していた。

 

 

「……ここも、ダメか」

 辿り着いた先は、やはりもぬけの殻だった。人がいる気配はない。物品も、あらかた持ち出している。この場所は、身売りで室内には用意に入り込むことが出来ていた。だから、どこに何があるのかは大まかに検討がついていた。

「……」

 何かがおかしい。それは、実際に現場に向かっているアッシュには気付いていることだ。だが、その原因が分からない。大人が、物品を持ってどこかに消えた。この事実が、何を示すのか。外へ向かったということなのだろうか。だとしたら、どこに?

「……?」

 ふと、家具の下に落ちていたものを拾う。軽い長方形のもの。そこには、文字が書かれていた。文字についてはあの少年の方が詳しい。だが、元からある程度は読めたものに加えて、少年から教わったのもある。いつしか、集落に書かれている店の名前とかも大体が分かるようになっていた。

「わくせい……、ふうさ、きこう……。せいがいいじゅうの、つうたつ……?」

 わくせいふうさきこう――。文字と言葉が繋がるのに時間がかかった。これは、惑星封鎖機構の文章だ。星外への移住を知らされたということなのだろうか。この日、この時間にくるようにと書かれている。

(あいつなら、もっと読めるかも……)

 他に、めぼしいものはない。今は、この長方形を持ってこの場から離れるしか無かった。そっと、家屋から出てしばらく。ふと何かが聞こえた。路地裏に、見覚えのない衣服を纏った人物がいる。直感が告げる。見つかるわけにはいかないと。なんとか息をひそめて、様子を伺った。

「――はい。我々の通告を受け入れた者たちは大方、指定場所へと向かいました。システムの通達通り、掃討を開始します」

 そうとう。その言葉が何を意味するのか。いずれにせよ、今しがた得た情報を持ち帰る必要がある。一人で考えるにも限度がある。彼と相談を――。ここまで考えて、すっかり彼は隣にいるのが当たり前の存在となっていた。そこまで、自分が心を許していたとは。とにかく、あの人物に見つからないように拠点に戻った。

 

 

 拠点に戻るまでの道。白い雪に赤い斑点が見える。ぞわりとしたものが背中に走る。この道を知っているのは、自分と、もう一人――。はやる気持ちを抑えて、急いで拠点へと戻る。形だけの扉を開けて急いで入れば、蹲っている彼の姿があった。

「おい……! 何があった!?」

「あ……、にいちゃん……。へへ……」

 身体を返せば、僅かばかりの物資を抱えたまま蹲る――。血を流したままの少年の姿があった。

「ごめんよう、にいちゃん……。しくじっちゃった……」

「なんで、そんな無茶したんだ!?」

「ふうさ、きこう……。きてるから……」

 使える布を探して、少年の止血を行っていく。どうして、彼がこんな無茶をしたのか。彼もまた、封鎖機構と口にした。惑星封鎖機構が、この集落で何かをしようとしている。それは、間違いないようだった。

「にいちゃん……、逃げ、ないと……」

「封鎖機構が、来てる。だな……」

「うん……」

 少年を休ませながら、互いに得た情報を交換して整理していく。集落に封鎖機構が来ているということ、いつも情報をくれる男性が逃げることを決断したこと、もぬけの殻から文章を見つけたこと、帰路にて立ち聞きした内容――。そして、逃げるための物資確保に少年が無茶したこと。二人の少年が分かることは、封鎖機構と呼ばれる脅威がそこまで迫っている。生き残るためには、この拠点を手放して違う場所に向かわなければならないということだ。だが……

「にいちゃん、逃げないと……。そうとうって言っていたんでしょ……?」

「お前がまだ治りきってない。やるなら、明日だ」

「だめだよ、にいちゃん……。おっちゃんが、言ってたんだ。ルビコニアンであるだけで、ころされる」

 迫る危機については、アッシュもよく分かっている。物資の状況からしても、怪我を負っている少年を見捨てて一人で逃げた方が良い。少なくとも、自分は助かる。だが、それを良しとしたくない自分もいるのだ。

「……ダメだ。もう寝ろ。僕も休む」

「……やっぱり、優しいね。にいちゃん」

 背中を向けていても分かる。少年が、にへらと笑っていることを。自分だって死にたくないだろうに、自分だけでも助けてくれと、どうして少年は口にしないのか。

「……にいちゃん。にいちゃんが見つけたやつなんだけどさ」

 少年が言葉を続ける。

「コーラルドラッグの密売、に対して告発したことによる、封鎖機構に協力したことによる恩賞。だってさ。星外移住の、通達」

「……」

 コーラル。今なお人々が信仰として縋るもの、ミールワームを育てるためのもの、ドーザー共が薬物として服用しているもの――。身売りに入った場所の多くは、誰も手をつけていない井戸から、コーラルを売り捌くことで財を手にしていたものたちばかりだった。そう語っていたのを聞いたことがある。だとすれば、合点がいく。

 同業者を蹴落とすために、あえて告発したものがいた。封鎖機構が来たことで、多くの密売者が夜逃げをした。告発した当人は、コーラルという物的証拠を手放して星外に出ようとした。自分のことだけしか考えてなくて、それによってどんな影響が出るのかを考えないで。

「にいちゃん」

 頼む、これ以上言葉を言わないでくれ。

「おいらを置いて、逃げて」

「……!」

 思わず振り向いて、弱っている少年の胸倉を掴んだ。最初にナイフを向けた時はあれだけ怖がっていたというに、少年は怖がる様子を見せなかった。

「もう黙って寝ろ……」

「にいちゃん……。にいちゃんだけなら、助かる。にいちゃんなら、逃げ切れる。だから――」

「黙れって言ってるんだよ!!」

 声を荒げても、少年の笑みは崩れない。こんなにも、手と声が震えているなど、初めてだった。

「――にいちゃん」

 少年の細い手が、震えるアッシュの手に添えられる。

「おいら、にいちゃんには死んでほしくないからさ……。役立たずのおいらに優しくしてくれて、一緒にいさせてくれて……。嬉しかった」

 優しいと言われたことも、嬉しいという言葉を投げかけられたのは、初めてだった。汚らしいドブネズミだの、いやらしいガキだのと、罵倒されることしか無かった。肯定する言葉は、初めてだった。胸倉を掴む手は、段々と力が抜けていった。

「僕は――」

 その瞬間、遠くから銃声が響き渡った。

 

 

「おい、どういうことだ! 話が違うぞ!」

 指定された場所に赴いた。その瞬間、惑星封鎖機構の役人に拘束され、ある場所に連れてかれる。同じ人の姿をしているにも関わらず、彼らには一切の人間味は無かった。扉が開かれる。その中には同じように拘束された――、コーラル密売の同業者の姿があった。

「これが最後か」

「押収したリストに一致しています」

「コーラル密売の摘発もこれでようやくか」

 部屋の中に放り投げられる。話が全く違うではないか。

「おい、話が違うだろうが!? 俺は星外に行けるって――」

「ここにいる全員が、摘発に協力した密売者だ。己だけと出し抜こうとし、結果的に我々に拘束されることになったのだ」

 ここに放り込まれた全員が、同じことを考えていたらしい。自分が生き残るためには、他者が煩わしくて、どうにかして他者を消す方法を考えた。それが、近くにやってきた封鎖機構に対して同業者を告発するということだった。コーラルを売買しているという証拠を隠せば、どうとでもなると。

「くそ……!」

「安心しろ。貴様らだけが裁かれるのではない」

 役人が、言葉を続けていく。

「システムは、集落そのものの掃討を決定したのだ」

 

 

 集落の出入口に、住まう人々が集まっていく。正確には、封鎖機構によって無理矢理集めさせられたの方が近いのだが。どよめきと、他者に対する敵意が満ちていく。出入口を塞ぐかのように武装した兵と、巨大なコンテナのようなものがある。これで全員かという役員問いに、役員が答える。そして、集められた人々に向けてある宣言をした。

「この周辺にて、井戸があるとの報告が入った。そして、コーラルドラッグの密売も行われていたと。密売者は全員、摘発済みだ」

 人々が互いに顔を見合わせる。そのようなことは聞いたことがない、外へ行く気力なぞ無かったからだ。だが、確かに、物資に余裕がある人々がいたのも確かだ。他人を信用できず、深入りはしなかったが……

「この状況に対し、システムは決断を下した」

 コンテナの一部が開く。そこには、集落から姿を見かけなくなった数人が拘束されていた。コンテナ付近で銃器を構えた兵士が一斉にコンテナの中へと銃口を向ける。そして、残る兵士たちもまた、出入口に集められた人々へと銃口を向けていた。

「井戸の報告義務を怠ったこと、コーラル密売の罪状により、掃討が下された。例外はない。この集落にいる全ての人間が執行対象だ」

 彼らの行いに例外はない。銃声と悲鳴が集落に響き渡る。他者を押しのけてでも逃げようと、郊外へと逃げる人々も関係ない。彼らの銃口の先に、大人も、子供も、老人も。全て等しく向けられていた。

 ルビコンⅢに厄災を招いたコーラル。その危険性から、惑星封鎖機構は徹底的に管理を行っている。だが、この惑星(ほし)の住民は、封鎖機構に対して協力的な姿勢を示さない。そして、コーラルを知る彼らは、コーラルを手放すことがない。

 故に、ルビコニアンは掃討しなければならないのだ。再び、あの厄災を引き起こさないために。星系や惑星そのものを守るためには、住民の一切合切を掃討するか、徹底管理しなければならなかったのだ。

 

 

 銃声の後に、悲鳴のような声が遠くから聞こえる。これが、惑星封鎖機構が言っていた掃討、なのだろうか。

「にいちゃん、早く――」

「いくぞ!」

 持てるだけの物資を持って、少年の腕を引っ張りながらアッシュは拠点から離れていく。とにかく、あの銃声や悲鳴から離れなければ。今度は、自分たちが殺される。

「にいちゃん、おいらは……」

「いいから! 脚を動かせ!」

 少年もなんとか脚を動かしていく。とにかく、聞こえてくる音とは正反対へと向かう。積もった灰のような雪が、脚にまとわりついて鬱陶しい。がむしゃらに前を進もうとして、ふと見えた人影にすぐに岩場に隠れた。

「はぁ……、はぁ……。にいちゃん……?」

「しっ……」

 ゆっくりと、物陰から覗き見る。手には銃器を持っている。PCAと書かれたマークの車両も見えた。

「くそ……。封鎖機構のやつら……!」

 少年の手を引いて、違う場所へと向かう。隠れられる場所なんてほとんどない。辛うじてある針葉樹の林があるくらいだった。彼らは、一人たりとも逃がすつもりは無いようだった。

(どうする、どうする……!)

 このままでは、少年の体力が持たない。一人なら、逃げ切れるか? 無理だ。こちらが逃げるより先に銃が早い。このままでは、二人とも死ぬのが見えている。考えろ、考えろ……

「……にいちゃん」

「待ってろ、今考えて――」

 外套を掴まれ、背後を振り向く。そこには、変わらずに笑みを浮かべている少年。そして、手には赤い水が入った瓶を手にしていた。

「――お前、それ」

「拾ったんだ。逃げるのに使えるかもって。惑星封鎖機構は、これを持っているやつに容赦ないからさ」

 ゆっくりと、立ち上がる。止血したはずの布がまた赤く染まっている。

「おいらが囮になるからさ。その隙に逃げて、にいちゃん」

「待てよ、ふざけるな! そんなことしたら――」

 少年が、アッシュを抱きしめる。こんな細く弱った身体で、何が出来ると言うのだ。自ら、殺されに行くようなものだ。そんなこと、そんなことして、生き残っても――

「言ったでしょ? にいちゃんには、死んでほしくないからさ。おいらの、自慢のにいちゃんだもん。だから、生きて。おいらの分も、生きて」

 ゆっくりと、少年が腕を離していく。そして、数歩後退り始めた。

「待てよ……! 僕は、まだ……! お前に、名前――」

「――覚えてくれてたんだ。おいらの名前、考えてあげるって」

 それは、少年たちが出会ってすぐの頃だった。アッシュは名乗りこそしたものの、少年には名前が無かった。覚えていないとのことだった。“お前”と“にいちゃん”で会話は成り立つものの、どこか不便を感じた。だから、アッシュは言ったのだ。もう少し自分たちの生活が落ち着いたら、その時に少年の名前を考えると。

「ありがとう、にいちゃん。おいらはもう、十分だよ」

 ゆっくりと、細すぎる身体が離れていく。屈託のない笑顔を浮かべて、少年は瓶を握りしめて走り出した。

「待てよ、ダメだ! おい!」

 追いかければ、すぐに追いつけるのに。動けなかった。少年の、覚悟は本物だった。生きていて欲しい、ただそれだけで少年は己を捨てる選択をしたのだ。これで少年を追いかけて、こちらまで死んでしまっては……、彼の意志を無駄にすることになる。それだけは、出来なかった。してはいけなかった。

「……っ!」

 少年も走り出した。囮となってくれた少年のために。こんな理不尽から逃げて、生き残るために。

(ああもう、だから――!)

 何も、あの少年が初めてではなかった。最初こそは、身寄りのない子供同士で支え合いながら生きていた。だが、一人、また一人と子供の姿が消えていく。寒さに耐えられずに、飢えに耐えられずに、大人の暴力に耐えられずに――。気付けば、アッシュだけだった。以来、誰かと組む、共に暮らすということはしてこなかった。

(僕は――)

 視界が滲む。こんな時に、視界が悪くなるなんて、最悪だ。

「――っ!」

(誰かといるのが嫌いだ。みんな、みんな……。僕を置いていくから……!)

 耐えきれず、少年は吠えた。吠えながら、駆けていた。惑星封鎖機構に、見つかるかもしれないというのに。頬を濡らしながら、一匹に戻った子狼はがむしゃらに走り続けていた。

 コーラルの密売による、小さな集落に対する惑星封鎖機構の執行。この悲劇は、このルビコンⅢならばどこにでもある、ありきたりな出来事だった。

 

 

「また、近隣の集落が落とされたか……」

 ベリウス地方のとある集落にて、フラットウェルは報告書を見ていた。この地域の隣、未だ自治が及ばぬ小さな集落が、惑星封鎖機構によって掃討された。コーラルの密売による執行、集落が粛清された理由だった。

 アイビスの火の影響により、復興どころか政治すらもままならないのがルビコンⅢの現状だ。幸い、ベリウス地方のこの集落は、ドルマヤンのお膝元もある。フラットウェルもまた、知識人として集落の中であればある程度の法は機能する。だが、それはまだ徹底されている訳ではない。なにより、この集落のみでしか法が未だに敷かれていないのだ。ここを中心に、他の集落にも法を浸透させ、自警団だけでも整えさせなければならない。さもなくば、粛清された集落のように、封鎖機構の目がついたという理由で滅ぼされかねない。人々を守るためにも、かつての文明圏の生活まで、復興させなければならない。そうでなければ、封鎖機構に粛清を行う理由を与えるだけだ。

「ままならぬな……」

 報告書をファイルに収納し、フラットウェルはデスクを立つ。時には、自分の足で集落を見て回らなければならない。教育水準が著しく下がった現状にて、どうすれば人々に浸透するか。なにが原因で人々が非行に走るのか。それを、自分の目で確かめ、寄り添わなければならなかった。近隣の集落の粛清は、まだこの集落には知られていない。噂になるほどではないようだった。表通りは問題ない。ならば、裏路地はどうなっているか。

「……?」

 外套を纏った背丈は子供ほどの人物。見ない姿だった。この集落も、時折旅商人なりジャンク屋が立ち寄ることもある。その類だろうか。子供との距離が縮まる。すれ違おうとしたその時を、フラットウェルは子供の腕を掴んで組み伏した。

「あっ、くそ……!」

「手慣れているようだが、その殺気は隠した方がいい」

 外套が外れ、その姿が露わになる。青みがかった灰色の髪の少年のようだった。こちらを見上げる金色の瞳は、強い光を宿している。誰かに託された、その誰かに応えなければならない。そんな、強い意志を感じる。

(見ない顔だな……。それに、今までの子と、違う……)

 身寄りのない子供が盗みを働くのは、集落が解決すべき課題の一つとして挙げられていた。窃盗の罪を贖罪させるために、BAWSやエルカノ、ミールワームの酪農の労働力として非行少年たちを送ってきた。その子供の多くは、生きることに手一杯だという目だった。だが、この少年は違う。あれだけ近付かなければ、スリを行おうとする気配すら気付けなかったのだ。もしかすれば、この子ならば……

「お前の取れる選択は二つある」

 フラットウェルは告げる。

「窃盗未遂で捕まるか、私と共に来るかだ」

「……は?」

 何を言っているのか分からない。そんな少年の声に、フラットウェルは言葉を続ける。

「お前は、このクソッタレな世界に、噛み付いていきたいと思わないか?」

 この不条理からの解放を目指す。この子には、その素質がある。フラットウェルの直感が、そう告げていたのだった。

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