ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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間章も、彼の目線で書けそうなものは書いていく所存です


間章二ALT

(外出許可を取るだけでも、苦労するとは……)

 思わず溜息が漏れる。この外出許可を取るだけでも、書類に何人かの目を通さなければならなかった。自由奔放が過ぎるとベルタから厳しい目で見られたものの、なんとか認めて貰えた。買い物の名目で、露店が開かれる集落に足を運ぶ。ベリウス地方の中でも、辛うじて人々が住みやすく貿易の利便性があるこの集落は様々な人々が行き交う。ルビコニアン、密航者、進軍してきた企業の連中。敵意が籠もったルビコニアンの目が、こちらを見ている。

(あまり、余計な事はしないでくれよ……)

 敵意を向けてくる分はいい。その覚悟で、(ラスティ)はヴェスパーにいるのだ。だが、その敵意が膨らみ過ぎて、実行してしまうことだけは避けて欲しい。そんな冷静な知性は、期待できないが。

「なあ、企業のお役人さんよぉ……」

 ふと、声をかけられて振り向く。路地裏から顔を出す浮浪者の姿。物乞いなのか、器が置かれていた。

「ちょいとばかし、恵んでくれねえか? なあ……」

 浮浪者――。フラットウェルへの連絡仲介人の器に向け、収集した記録媒体を仕込ませた包を放り投げる。これが、外出理由の目的だ。シュナイダーに流して彼らに送ってもらうと言う方法もあるが、連絡網を悟られる危険性がある。古い時代では、情報漏洩の危険性があると揶揄されていたらしい記録媒体だが、こんな惑星でもネットワークが発展していることには変わりない。下手にネットワークを経由するよりは、こうしてネットワークから遮断された記録媒体の受け渡しをした方が、確実で安全だった。

「へへっ。感謝するぜ、旦那……」

 浮浪者に答えることなく、その場から離れていく。傍から見れば、ただ物乞いに気まぐれで恵んだだけの企業の人間だ。このまま、怪しまれる前にこの露店の集落から立ち去るだけだ。

『例のことだけど、今、ファーロンと交渉を進めているところだ。やっぱりあの狸相手に交渉戦やるの僕たちには無理があるって……。まあ、頑張ってみるけどさ。……、スネイルの目がこちらに対しても厳しくなってる。気を付けた方がいいよ、ラスティくん』

 以前に話したアルドリックとの会話の内容が浮かび上がる。来たる時のため。この惑星(ほし)を解放するための決戦に向け、シュナイダーとエルカノが密約した新型の製造。そのための時間稼ぎにして、アーキバスの動向を探るための工作員。それが、(ラスティ)に求められていることだ。(アッシュ)としての自分は、今は押し殺すべき時だった。

(果たして、成就できるのか)

 シュナイダーの助力こそはあるが、こうしてV.Ⅳ(ヴェスパー・フォー)として駆け上がった今だから見えるものがある。アーキバスは、このコーラルを巡る戦いに“勝つ”気でいる。違う。あまりにも、算段が整い過ぎているのだ。さすがに、フラットウェルしか知らぬような道の把握こそはしていなくとも、惑星封鎖機構によって五十年間も情報が表に出ることが無かった惑星であることには違いないはずなのだ。だというのに、この戦いにおける必要な情報、戦略、資源というものが整っている。最初から、アーキバスが勝つとばかりにだ。

 入り込んで理解する。あまりにも、“異常”だ。ベイラムには気概こそは感じないものの、ゼロから始まるという意味ではアーキバスもまだ、彼らと似た進度になるはずだ。だが、アーキバスは情報収集らしい情報収集を行っていない。情報精査に第三部隊が駆け回ってはいるものの、既に必要な情報を最初から掴んでいるような。そんな、不気味さがあるのだ。フラットウェルも、アルドリックも、リークという汚れ役を引き受けた“レイヴン”も、動揺を隠せない訳だ。不確かな情報リークを契機に進軍してきたにしては、“本気”が過ぎるのだと。

(とはいえ、その探りは難しいな)

 現場を指揮するV.Ⅱ(ヴェスパー・ツー)スネイルの周りを探ればあるいは――。だが、彼は最初からこちらに疑いをかけている。目付け役として、ベルタというベテランを回すほどだ。下手な動きをすれば、彼にこちらを摘発する理由を与えかねない。なにより、V.Ⅰ(ヴェスパー・ワン)フロイトという強者の存在がいる。とても、スネイルに手出しが出来る状態ではなかった。オキーフも違和感を感じているようだが、彼の硬い口を開くための手段がないのも事実だった。

(難題ばかりだな……)

 それらしい言葉や行為である程度の情報を引き出すことは出来ても、やはりアーキバスの万全な体制に関する情報を握る者はいない。違和感を感じる者がいても、進言が出来ないというのが現実だった。どうしたものかと頭を悩ませていると、小さなひと悶着が起きているのか、少しだけ集落がザワついている。

(まったく……)

 下手に騒ぎが大きくなるのも困る。人だかりへと向かえば、そこには二人のドーザーに絡まれている、両手で荷物を抱えている十代前半の少女の姿があった。この辺りでは見ない小奇麗な上等な衣服を纏った少女が一人でいては、ドーザーが目をつけても仕方がない。自分から、襲われに行っているようなものだ。

「なあ、お嬢ちゃん。腹減ってねえか? 付いてこい、ナマのコーラルはうめえぞぉ?」

 ドーザーの一人が、少女の腕を掴み始めた。流石に、これ以上の暴挙を見過ごす訳にはいかなかった。見知らぬ少女が誘拐される現場も、薬物を服用させられる現場を見なかったフリには出来なかった。

「……やめて」

「怖くねえってお嬢ちゃ――」

「そこまでにした方がいい。彼女も嫌がっている」

 少女の腕を掴むドーザーの腕を掴んだ。こちらより、背丈と体格がある――、それだけの肉塊がこちらを見ている。

「あぁ? そのジャケット、アーキバスか」

「てめぇには関係ねえだろ企業サマよ?」

「確かに、こういうトラブルの対処は我々がすることではない。だが、ドーザーが子供の誘拐を行う現場を無視出来るほど、私は人でなしではないつもりでね」

 ドーザーが振りほどこうともがくも、意味はない。強化施術というものは、頑丈さだけでなく膂力も上昇した。ただの薬物中毒程度では、こちらが負ける要素は無かった。が、全く関係のない非力な少女がすぐ近くにいる。人目もある。騒ぎを起こすのは、ごめんだ。

「あまりここでは騒ぎ立てたくない。だが、そうだな……。君たちがコーラルを向精神薬として服用し、尚且つ常用できる量を保持しているとなれば――」

「わ、分かった! クソ!」

 逃げる体勢となったドーザーの手を離し、彼らの姿が見えなくなるまで見送る。不快な存在がいなくなったのを確認してから、少女を見やる。とても、年頃の少女とは思えない程の生気というものが感じない。とはいえ、一般人であるという可能性がある以上は丁重に対応するしかない。ゆっくりと屈み、少女と視線を合わせた。

「大丈夫だったかい? お嬢さん」

「……大丈夫」

「それなら良かった」

 見たところは、外傷らしい外傷もない。鈴のような声音にも関わらず、どこか淡々とした返答に少々面食らうも、大丈夫だという言葉に安心して自然と笑みがこぼれる。自分よりも年下の子供が被害を受けるのは、見知らぬ他人であっても嫌な物だった。状況として、こんなお嬢様然とした少女が一人でいるのは不自然だ。一緒にいる誰かがいないということは……

「人を待っていたのかい?」

「……うん」

「一人では危険だな……。とはいえ、ここで待てと言われているのだろう?」

 こくりと少女が頷いた。思わず考え込む。こんな状況で、少女を一人で放っておくことなぞ出来ない。あのドーザーが戻ってくるとも限らない。あるいは、怪訝な目を向けているルビコニアンが何かをしないとも……。こちらが取れる行動としては、一つしかない。

「なら、君の待ち人が来るまで隣にいても構わないだろうか?」

「……何もしないなら、いい」

「ああ、約束しよう」

 少女から言質を取った。ゆっくりと立ち上がり、彼女の隣を位置する場所で立つ。少女の待ち人が来るまで傍にいる。それが、こちらに出来る最大限だった。さり気ない会話で、少女の身元を調べていく。

「見ない顔だ。どこの役員のお嬢さんかい?」

「……企業とは、関係ない」

「それは……。なるほど、聞かなかったことにしよう」

 記憶違いではなかった。こちらが知る限りの要人で、彼女のような少女の姿はない。銀色の髪を赤いリボンで彩り、空色の瞳を持つ少女。少女というよりは、生きた人形のような雰囲気が強いが……。じっと、少女がこちらの顔を見上げていた。

「……」

「私の顔に何か?」

「……見たことあるような、気がしただけ」

「それは――、これのせいじゃないかな」

 端末を操作して、ある記事を少女に見せる。パーツカタログの広報としてモデル担当に選ばれた時の記事だ。顔が整っている。それだけで、随分と面倒なことをやらされた。

「……ヴェスパー、ラスティ……?」

「これは内緒にしておいてくれ、お嬢さん。今はちょっとしたお忍びというものでね。私との、二人きりの秘密だ」

 空いた片手の人差し指を立てて、自分の唇の前に持ってきてから片目を瞑る。このような動作に安い言葉で大体の女性は顔を赤くするものだが……、少女は少し開いた口で呆然を見上げている。中々に、手強い少女だ。

「君は……、お父さんの付き添いかな?」

「それ、は――」

 少女が答えようとしたところで、杖をつく男性の足音が聞こえてくる。少女が振り向いた先を見れば、白髪交じりの灰の髪をオールバックに固め、何かしらの強い意志を宿した灰の瞳を持つ高齢の人物――。とても、少女の父親とも、祖父ですら怪しい男性の姿があった。

(……)

 あの容姿は確か、ハンドラー・ウォルターと呼ばれる男の姿と似ている。旧世代型の強化人間を運用する、所謂変わり者。良く言えば骨董品愛好家。彼の元に拾われた強化人間は、例外無く死んでいった。彼が行ったとされる最近の悪行は、惑星封鎖機構のある駐屯地に存在する狙撃兵器を破壊したことだ。投入されたのは三機らしい。いずれも、生還に至ることは無かった。ならば、目の前の少女は? 彼女もまた強化人間。それも旧世代型となれば……、どこか生気を感じさせない人形の雰囲気を纏っているというのも理解できる。だが、どこか。ただあの男に脅されて着いてきているだけの、被害者である少女であって欲しいと願う自分もいた。

「……失礼、あなたは?」

「お前は……。アーキバスのヴェスパーか。俺は、彼女の保護者だ」

「そうですか。なら、お嬢さんを一人にさせない方がいい。それと、身なりにも気を付けた方がいい。あなたたちのその格好は、企業役員にも見えてしまうのでね」

 男の姿を視認した少女がとたとたと男の後ろに隠れ、かわいらしく少しだけ顔を出した。とても、彼に脅されているだけの被害者であるという雰囲気ではない。彼女もまた、強化人間である可能性があるのだと。視線が合った少女に向けて、なんとか笑みを浮かべる。保護者が来たのならば、これ以上こちらが関与する理由はない。

「楽しかったよ、お嬢さん。それじゃ」

 少女に軽く手を振って、少女の元から立ち去る。少し離れたところで、奇妙な二人組がいた方角を見やる。

「まさか、本当だったとはな……」

 最近、アーキバスが出した公示――。いわゆるばら撒き依頼に応答し始めた傭兵がいるという。独立傭兵“レイヴン”とそのフィクサーであるハンドラー・ウォルター。その二人組が、徐々に頭角を現し始めていると。

(だが、確信は出来た)

 レイヴンとハンドラー・ウォルターが手を組んだ。これは誤りだ。密航したハンドラーが何かしらの活動を行うために、レイヴンのライセンスを回収し、彼の強化人間の身分に宛がったのだろう。ナイトフォールこそは回収できたが、“彼女”のライセンス情報が抜き取られていたことの説明がつく。

 ナイトフォールを乗せた輸送機を撃ち落とし、死亡を偽造することで彼女が雲隠れを行う。それを行ったのは紛れもない――

「この故郷(ほし)で、何をする気だ。ハンドラー・ウォルター……」

 彼の目的が読めない。調べる必要がある。直感だが、彼を野放しにしてはならない。そんな“確信”があるのだ。端末を取り出し、諜報が得意な彼に連絡する。

〈どうした、ラスティ〉

「すまないな、オキーフ。調べて欲しいことがある」

〈……例の、ハンドラーとレイヴンについてか?〉

「話が早くて助かる」

〈お前が引っかかるとなれば、間違いないだろう。裏を取る〉

 彼からの通信が途切れる。画面が暗くなった端末を持ったまま、空を見上げる。ここの空は、あの少女の瞳のような空色に赤い絵の具が混ざらず浮いているようなものだ。それが、当たり前だと思っていた光景だった。

(ルビコンを脅かすのであれば……)

 容赦なく“狩る”までだ。本当に、あの少女が彼の猟犬たる強化人間であったとしてもだ。

 錆の名を名乗る男。彼のその覚悟は、鋼鉄の意思そのものであり、狩り時を待つ狼のそれだった。

 

 

 集落から輸送ヘリへの帰路の途中。段々と人が減ってきたところでぽつりとウォルターが語り掛けてくる。

「あのヴェスパーの男と、何があった」

「……ウォルターが離れてた時、ドーザーに絡まれた。そこから、助けて貰った」

「ドーザーに絡まれた、か……。後で護身用の装備を渡す。持ち歩くようにしておけ」

 こくりと頷く。こうして出歩くこと自体はほとんどないだろうが、絶対に無いとは言えない。ラスティのように、偶然誰かが居合わせてくれるとも限らない。戦闘能力が皆無に等しいこの身体でも、最低限の護身は行えるようにならなければ……

(……、でも……)

 自分でもどうしてあのような言葉が出て来たのか分からない。どこか、彼のことは見たことあるような気がする。ウォルターから貰った、簡易的にまとめられた資料から? アリーナ情報から? どれも違う。言葉に出来ない何かが、彼を知っている。そんな気がしているのだ。

「――1、621」

「……、なに?」

「考え事か?」

「……なんでもない」

 今は彼のことは関係ない。ウォルターの強化人間として、彼の成し遂げるもののために戦うだけだ。それが、強化人間C4ー621に求められていることだ。

「……ウォルター、次の仕事は……」

「ああ……。それについて、先方と話しをしているところだ。それに――、……」

「……?」

 言い淀み始めたウォルターに思わず首を傾げる。依頼について、何かあったのだろうか。

「……、アーキバスからの指名がある。それだけだ」

「……そう」

 先程のラスティのこともある。単に気まずかっただけなのだろうか。いずれにせよ、先方との話がつくまではそちらの仕事をこなす方が良さそうだった。

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