スネイルとのミーティングを終える。作戦のおおまかな概要を受け取った後は、より緻密に作戦を詰めていくために部隊内でミーティングが行われる。幾重も熟考を重ねて作戦を実行する。部隊を持つというのは、多大な恩恵がある分面倒な制約が付いて回る。とはいえ、このやり方にも慣れて来た。
「あ、隊長おかえりー。スネイル閣下はなんてー?」
「その椅子に相応しい働きをするように、第四隊長。だとさ」
「うわー、閣下らしいねー」
ベルタが抑えてくれたミーティングルームへと入れば、モニカが出迎えてくれる。そして、今回の作戦に参加する第四部隊の面々も揃っていた。
「データを送る。君たちも噂には聞いているだろうが、ルビコン解放戦線の交易上の要衝“壁”。その攻略に、我々第四部隊にお声がかかったという訳だ」
電脳を通して、各隊員の電脳や携帯端末にスネイルから受け取った作戦資料を送信する。各々の虹彩がデータの送受信を行うために、淡く青色に発光している。
「あれ。こんな一大作戦に、フロイト隊長ではなく独立傭兵をですか?」
「スネイル閣下曰く、我々の切り札である首席隊長を出すまでではないとのことだ。大方、最近名を売りだしてきている独立傭兵レイヴン。そのフィクサーに良いように言われたのだろうな」
「あ、第八の子たちから聞いてますよー。レイヴンの実力もですけど、その方のフィクサーが手練れらしいと」
MT部隊の隊員からの疑問に返答をすれば、モニカが言葉を続ける。独立傭兵レイヴン、どうやらバディで行動しているらしい。依頼の実行はレイヴンが行い、その受託や選択を行うフィクサーがいる。
ハンドラー・ウォルター、オキーフに裏取りをしてもらい、彼がルビコンに滞在していることは確かとなった。裏社会における彼の功績を考えれば、どれだけ実力と知性を積み重ねても賄えない経験の差で、スネイルが良いように振り回されたのが目に見えている。そうでなければ、フロイトの代わりに独立傭兵を出させるような真似はしないだろう。
「――概ね分かりました。では、改めて内容を整理しましょうか」
読み終えただろうベルタが、タブレット端末を操作してブリーフィングを開始する。
「スネイル閣下立案。作戦名、“壁越え”。独立傭兵レイヴンとの共同作戦となります」
電脳を経由した視界、各自が持つ端末にブリーフィング画面が映る。“壁”の周辺マップ、敵の配置予想図――。精密な情報が表示されていく。
「本作戦の目標は、“壁”の占拠。そのためには、街区の鎮圧及び壁上に配備された重装機動砲台“ジャガーノート”の撃破が必要となります」
“壁”は、確かに建築物そのものが頑丈かつ高度がある。眼下の街区はビル以外には視界を遮るものはない。ジャガーノートという砲台も加わり、MT程度ならば十分な防衛機能を果たす。だが、それも今日までだ。
「先のベイラムの侵攻も相まって、街区には相当数が配備されてますねー」
「ええ、だからでしょうね。今回我々第四部隊は、ラスティ隊長は単騎で裏手から。MT部隊は街区からの侵攻をスネイル閣下が考えているわ。大方、警備が薄くなった裏方はラスティ隊長単騎でどうにかなると考えているのでしょうね」
提示された侵攻ルートは、確かにMTの配備は比較的手薄である。多く戦力を回している街区を独立傭兵に露払いさせ、損害を抑えた状態でアーキバスが“壁”を落とす。それが、スネイルの描く理想の作戦なのだろう。
「あれ? 索敵や偵察だとジャガーノートって二機じゃ……」
「この裏手は平地ではなく、崖が確認されているわ。ジャガーノートが配備されていたとしても、そのスペックを最大限に引き出せることはほぼ不可能に近いでしょう。それも込みで隊長単騎、なのでしょうね」
壁の裏側は、高低差のある地形だ。街区の整った地形と異なり、崖や大穴が見られる。そんな場所でも、最低限の防衛戦力としてジャガーノートが配備されている。ほとんど、固定砲台に近いだろうが。
「街区も街区で、ジャガーノートによる狙撃や解放戦線のMT部隊の抵抗が見られるだろう。ガトリング砲台の援護射撃もある。レイヴンが街区の脅威を下げるまでは、死なないように立ち回ってくれ」
レイヴンによる侵攻がある程度進むまで、生存を第一として行動する。下手に損害を出して、後押しが出来なくなるようでは意味がない。MT部隊員たちの気が引き締まったのが見える。
「隊長の単騎突入を成功させるためにも、まずはMT部隊が先行。恐らくは作戦開始と同時か直後にレイヴンが投入。レイヴンが目標に向かい、敵の注意がレイヴンに向くことが重要です。そのためにも、MT部隊は街区の解放戦線に対して、圧をかけ続ける必要があります。死なずに立ち回り、尚且つ、レイヴンと共に街区の制圧を行うと思わせる必要があります」
不意打ち状態ならば、より単騎での成功率が上昇する。不意打ちに加えてスティールヘイズの機動力ならば、十分に相手を翻弄して追い詰めることが出来るだろう。
「今回は特に、オペレーターたちの状況判断が重要となる。MT部隊も伝えられた状況に合わせて、現場の対応が求められる。独立傭兵と共に、壁を越えるぞ」
部隊というチーム全員で臨まなければならない作戦。街区を制圧するMT部隊も、戦況を把握するオペレーター達も、単騎で突入するこちら自身も、一つの目標に向けて与えられた役割を果たさなければならない。どこかが欠け始めれば、作戦の成功率は下がる一方だ。
「では、今回の陣形について――」
ベルタを中心に、街区での作戦の詰め合わせが行われていった。
*
輸送ヘリからスティールヘイズが投下される。こちらの待機場所は、“壁”の裏手側の近傍。カメラ越しの視界では、比較的平地となっている部分にジャガーノートが配備され、MTたちが哨戒している。第四部隊間の電脳による回線に繋いでいく。
〈こちらラスティ、配置についた〉
〈了解しました。MT部隊、隊長の配置が完了したわ。ミッションを開始します。上に気を付けて〉
モニターに街区での状況が提供される。MT部隊が先行し、交戦が開始する。街区での襲撃を受けてか、裏手側も慌ただしくなっていく。
〈ジャガーノート、砲撃開始! 六番機及び三番機、ロスト!〉
〈砲撃が激しい……。陣形を広げて、爆風に警戒を〉
オペレーターたちの指揮や状況報告が上がっていく。物量を主としたベイラムも、おそらくはグレネードやロケット等の爆発物による狙撃で一網打尽にされたのだろう。重装甲と高火力を主体とした
〈作戦エリアに向かう熱源感知! 識別は……、独立傭兵レイヴンです!〉
〈隊長、そろそろ動けるようにしてくださいね〉
〈ああ、分かった〉
今回の作戦のために雇われた独立傭兵が投下される。ハンドラー・ウォルターの猟犬。彼に飼われている旧世代型強化人間。老人の傍らが定位置だと言わんがばかりの、可憐な少女――。今は、目の前のことに集中しなければ。
〈独立傭兵レイヴン、ACカサブランカ。作戦領域への投下を確認! エンゲージします!〉
〈モニカ、そのままレイヴンをマークしてくれ。こちらが合わせる〉
〈了解。レイヴンの情報、そちらに送ります〉
モニカがレイヴンの状況を報告する。レイヴンと書かれた識別信号が作戦エリア内を進んでいく。MT部隊の合間を縫って行き、周囲の殲滅を開始していく。
(やはり、
こちらが知っているレイヴンが用いているのは、宵闇の名を持つ機体だ。カサブランカという、花の名前のACではない。送られてきた情報も、RaD製で固めたものではなく、オールマインドと呼ばれる傭兵支援システムが提供するオリジナルブランドによるコアと脚部、アーキバス製品の頭部。そして、エルカノが製造中の新型パーツである腕部……。とある独立傭兵にテストデータを送付してもらうことを条件にパーツを提供したらしいという情報はシュナイダーを通して送られてはいるが、このレイヴンがとある独立傭兵であったようだ。
〈街区の方でACが投下されたそうだ〉
〈アーキバスのどの番号だ?〉
〈独立傭兵らしい〉
〈単騎だと? どうする? 同志たちの援護に向かうか?〉
表側へ援軍に向かうべきかと、動揺が見られるようになる。それだけ、MT部隊やレイヴンが街区で大立ち回りをしているのだろう。レイヴンの信号は、街区の脅威の一つであったガトリング砲台を破壊していく。
〈ガトリング砲台、制圧確認!〉
〈MT部隊、進軍してください〉
残る脅威は四脚MTだ。この調子ならば、四脚MTすらも落とし、偽りの名義であるカラスを名乗る傭兵は壁上へと向かうだろう。
〈ベル、レイヴンが四脚MTとエンゲージしたらこちらも動こう〉
〈了解。MT部隊に通達、今後の指揮はモニカが担います。私は隊長のオペレートに移行します〉
〈こちらMT部隊、了解しました! 街区は自分たちとモニカに任せてください!〉
実質、突入の許可が下りたようなものだ。待機していたスティールヘイズの炉を暖める。モニターに表示されるレイヴンも、MTや砲台を撃破していく。随分と容赦がない。ほとんど単騎となった四脚MTと、白の機体が会敵する。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
「そろそろ行こうか、スティールヘイズ」
待機していた物陰から、逆脚のような二脚で飛び出していく。哨戒しているMTを左手のバーストアサルトライフルで先制を仕掛ける。
〈AC!? どこから……!〉
〈街区に報告しろ! 裏手にも出て来たぞ!〉
応戦しようとするMTの射撃を、クイックブーストで避けていく。照準が合わないと動きが止まった瞬間に、プラズマミサイルのロックを定めて放つ。プラズマのダメージエリアが数機のMTを纏めて撃破していく。
〈隊長、ジャガーノートが攻撃体勢に移行しました〉
〈了解だ、ベル。やはり、見逃してはくれないか〉
悪路でありながら、鋼鉄の怪物が迫って来る。が、索敵や索敵を基にした推測よりは機動力が劣る。それでも、砲撃は健在だ。むしろ、こちらがMTを撃破したせいで、あちらには味方に当たるというリスクが減っているのだ。数秒前にいた雪原がグレネードの砲撃で抉れていく。
(やはり、厄介だな……。よく工夫している)
ジャガーノート。ルビコン解放戦線が無い知恵を絞りだして作り上げた“壁”の防人だ。重厚な装甲に加え、鈍重な身体をものともせずに、高機動に動いていく推進力。暴走戦車とも言えるあの兵器を真正面から追突されれば、スティールヘイズは持たないだろう。だが、あの強固な装甲も、強力な砲撃も。対ACや接近戦を想定していない。あの兵器はあくまで、“壁”という強固な要塞にして整備された高台での運用が想定されている。
機動力が発揮されていないジャガーノートの背後に回っていく。味方から撃たれること、“壁”を突破されることを想定している訳が無い。がら空きの背面に向けてバーストハンドガンとバーストアサルトライフルを撃ち込んでいく。
〈なるほど、背面が弱点ですか。ジャガーノートは想定された機動性を発揮していない。スティールヘイズの武装でも十分対応可能かと〉
「ああ、そうみたいだ。モニカ、レイヴンの様子は」
〈はい! 四脚MTの損壊率、八十%! これで無名の傭兵って、嘘でしょー?〉
レイヴンの方も調子が良いらしい。このままでは、こちらがジャガーノートを討ち取る前に“壁”の内部に突入しそうだ。だが、鈍重なジャガーノートを蹂躙する分は問題ない。体勢を崩したジャガーノートに向け、バーストアサルトライフルを格納したレーザースライサーに切り替え、レーザーの両刃をジャガーノートの背面に斬りつけていく。
〈四脚MT撃破! レイヴンが壁内部へと突入! MT部隊、このまま街区を制圧します!〉
「どうやら、我らがスネイル閣下の慧眼に間違いはなかったようだな」
レーザースライサーの回転が終わるのと同時に距離を離していく。機体のパフォーマンスを発揮できないにも関わらず、ジャガーノートは健気にもスティールヘイズに追い付こうとしている。
「ベル、レイヴンと繋げてくれ」
〈なんですって?〉
〈あー、作戦中なのにナンパですかー? 隊長の悪いクセですよー? それ。――っと、レイヴン、“壁”の内部へと侵入しました!〉
実力ある独立傭兵とは、出来るだけコネクションを築きたい。こちらの“本来の目的”のためにも、戦力は多い方が良い。オペレーター達には、ナンパ行為に見られているらしいが否定するつもりはない。ただ部隊内の笑い話として、詮索されずに流される方が都合が良い。
〈はあ……。わかりました、傭兵支援システムを仲介すれば──。回線、繋げますよ〉
「ああ、頼む」
ジャガーノートの砲撃をクイックブーストで避けながら、回戦を繋ぐ独特のノイズ音が耳に入る。向こうからの応答は、ない。
「聞こえるか。こちら
再度ジャガーノートの背後へと回り、バーストハンドガンとバーストアサルトライフルでACS負荷を蓄積させていく。
「速いな。どうやら、話に聞くよりできるらしい。こちらもスピードを上げていく」
やはり、相手からの応答はない。だが、関係ない。こちらから相手に興味があると示せた。それに、これから共に戦う相手だ。今の内に挨拶をするのも悪くないだろう。
〈……応答、ありませんね〉
〈当たり前でしょう? 作戦中なんですから〉
「……そうみたいだな」
やはり、乗り手が少女であるということはハンドラーによって秘匿されているのだろうか。いや、あの少女が白の機体に乗っているとは限らない。今は、死に体となったあの暴走戦車を落とす必要がある。
〈? 隊長、恐らく。ジャガーノートからコールです〉
〈命乞い、ですかねー? 街区の方が壊滅なの、向こうも知ったでしょうし〉
命乞い。彼らがそんな利口な事をするわけがない。命乞いして恥をかくくらいならば、自爆特攻を選ぶような連中だ。最悪な可能性を上げるならば、スティールヘイズの乗り手が、
「応答の必要はない、ベル。彼らは徹底的に叩くさ」
〈――そうですね。背後からあの砲撃を受ければスティールヘイズはひとたまりもありません。了解しました〉
ベルタが冷徹な判断を下せる人で助かった。命乞いだろうが、告発だろうが。何かしらの声を上げようとするも、体勢を崩していった愚鈍な戦車に向けてレーザーの両刃を振りかざす。警句に縋るだけの、何も知ろうとしない彼らに、かける慈悲などない。レーザーの刃が、ジャガーノートの装甲を確かに切り裂いていった。
〈ジャガーノート、撃破を確認。こちらの方もほぼ制圧を完了したと見ていいでしょう〉
「残るのは、上か」
〈隊長、レイヴンも内部エレベーターを使って壁上へと向かっています〉
「なるほど。なら、待たせる訳にはいかないな」
独特な二脚で雪原を跳躍する。そして、アサルトブーストを展開して壁上へと向かって行った。
*
(……アレか)
隔壁がゆっくりと開いていくのが見える。どうやら、間に合ったらしい。隔壁を背後に着地していく。ガリガリと、スティールヘイズの脚と床が摩擦の音を鳴らす。隔壁が開くのと同時に、白の機体も外へと踏み出していく。
「君がレイヴンか」
再度声をかける。だが、白の機体からの応答はない。無口なだけなのか。あるいは、応答させないように通信の調整がされているのか。
「……“あの”ハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな」
少しだけ、白の機体が動揺したかのような動きを見せる。“レイヴン”が偽りの名義であるという確信と自覚があることが把握出来た。そして、乗り手は恐らく、嘘がつけない性格なのだろう。
爆音と共に重量のある物体が飛び出してくる。今は、傍らの存在について詮索している場合ではない。あの暴走戦車を相手取らなければならない。
「これも巡り合わせだ」
スティールヘイズが正面を見据える。恐らく、花の名前を冠する白の機体も敵を見据えた。
「ともに、壁越えといこうじゃないか」
バーストハンドガンを撃ちながら、ジャガーノートの正面へと躍り出る。突進してくるジャガーノート。その機動力は、障害物も無く悪路ではない壁上にて推測通りのスペックを発揮している。
「重装機動砲台ジャガーノート、正面から攻めるのは得策じゃない。スティールヘイズのスピードで攪乱する。君は背後から叩いてくれ」
機動力を重きに置いているスティールヘイズと、攻防のバランスが整った白の中量二脚。この暴走戦車の弱点は背面。ならば、こちらが囮となってレイヴンには背後を叩いて貰った方が効率が良い。スネイルのことだ、ロクに偵察情報をあの傭兵に渡していることは無いだろう。こちらの意図を理解したからか、こちらにスティールヘイズに注力しているジャガーノートの背後に向かって白の機体が飛び上がる。青の軌跡を描く飛翔物が、ジャガーノートに追従し、背後を射貫いていく。
〈あの武装は、レーザードローン……!?〉
〈アレを使いこなすとは……!〉
ベルタが驚くのも無理はない。あの兵装は、真人間たるフロイトのみしか使用していない。むしろ、強化人間にはより多く情報が入ってきて脳に負荷がかかることから、扱いたがる者はいない。そんな武器を、手足のように。さながら、妖精を指揮しているかのように、白の機体はドローンたちを操っている。ACS負荷限界で体勢を崩したジャガーノートに、カサブランカがパルスブレードを振るう。こちらも、レーザースライサーを構えて追撃をかけていく。
「来るぞ、ひかれるなよ」
体勢を立て直したジャガーノートが再び動き出す。先程と同じように、こちらがジャガーノートの注意を引き付け、カサブランカが背面を叩いていく。偽りの名義とはいえ、ワタリガラスを名乗るにしては、あの機体の乗り手は素直過ぎる。だが、その実力は確かなものだ。
「見せてくれる。流石はウォルターの猟犬。こちらも、負けていられないな」
ジャガーノートの体勢はすぐに崩れた。カサブランカがパルスブレードを振るい、こちらもレーザースライサーで追撃していく。近中距離を意識した似たような武装構成は、決定打たる近接兵装を扱うタイミングも同じだった。
〈隊長、スネイル閣下から通信です〉
〈分かった、繋げてくれ〉
口を使うよりも、電脳を通して返事をする方が早い。このタイミングで、なぜ彼が通信を寄こしてくるのか。
「こちら
〈聞こえますか、ラスティ隊長。あなたのMT部隊が街区の制圧を完了したことを確認しました。すぐにその場から離脱しなさい。その粗大ゴミは、駄犬一匹で十分でしょう。増援が来るとでも、適当に理由付けなさい〉
「……了解した」
MT部隊が仕事を果たした。残るジャガーノートは、レイヴン一人で鎮圧が可能だと。仮にここでレイヴンが倒れたとしても、こちらがしっかりと仕留めればいい。スネイルの思惑通りに、アーキバスの損害を抑えながら“壁”の攻略が果たされるという訳だ。舌打ちをするところを、なんとか抑えた。
〈ま、待ってください! 街区も裏手も、ほとんど戦力は――〉
〈モニカ、スネイル隊長の指示は絶対よ。ラスティ隊長、離脱の準備を〉
〈ああ、分かっている〉
追い詰められた獲物が生存本能に駆られているとばかりに、ジャガーノートの動きが変わる。機雷をバラ撒きながら、砲撃を撃ち始めたのだ。
「レイヴン、司令部のスネイルから情報が入った。敵の増援が迫ってきている。迎撃しなければ共倒れだ」
モニカの動揺から、増援が来るというのは嘘なのだろう。街区はレイヴンがほとんど攻め落とした、裏手もこちらが殲滅した。だから、増援はあり得ない。来ているとしても、この戦場に辿り着くまで時間がかかり過ぎる。
「悪いが……、ここは君に任せるぞ!」
人形のようなあの少女に、全てを押し付けているようなそんな罪悪感に後ろ髪を引かれる。いや、あの機体に少女が乗っているという訳ではないのだが。仕方なく、スティールヘイズを“壁”から離脱させた。
*
ヴェスパーの駐屯基地へと帰投する。帰路の途中、レイヴンが無事にジャガーノートを撃破したという報告が入った。その報告にようやく、一息がつける。
〈あ、隊長ようやく気が抜けたんですかー? まあ、あそこでやられちゃうんじゃ“そこまで”だったってだけですけどねー〉
〈モニカ、口を動かさないで手を動かす〉
〈報告書は作ってますってばー〉
作戦が終わり、オペレーターたちも雑談をする余裕が出て来たようだ。スティールヘイズの搬入作業の合間にモニカから回された今回の作戦での被害を電脳の視界で確認する。シグナルロストしたMT部隊の、三番機のパイロットは脱出できたらしいが、若手だった六番機のパイロットはそうではなかったようだ。他のMTも、大なり小なりの損害は受けてはいるが、奇跡的にパイロットの死傷者は、六番機の彼だけだったようだ。あのジャガーノートの砲撃の中を、隊員たちはよく生き延びた。
「……目は通した。大破は二機、死傷者は一名――。あの大規模作戦の中、よく生き残った。しっかりと、彼らを休ませてやってくれ」
〈分かりました。休暇届を通すように計らいます〉
「殉職者については、降りてから作業を行おう」
〈ええ、お待ちしています。ああ、隊長〉
スティールヘイズのコクピットがゆっくりと開き、脊椎端子が外れていく。ベルタに呼び止められ、そこで動きが止まった。
〈スネイル隊長の通信、よく我慢して聞きました。ご褒美として、通信室の使用許可を取りました。レイヴンに連絡したいならば、どうぞ?〉
「私は、君の御子息ではないのだがね」
〈あなたの方が、我が子より手がかかります。反抗期が見えて来た男の子たちより手が掛かっているのですよ、あなたは。連絡が終わり次第、書類仕事に戻って貰いますから〉
ベルタからの通信が切れる。どうも、熟練のオペレーターから見れば、こちらは手が掛かる若造らしい。彼女が、怪しい身分のこちらの監視役であると加味してもだ。
帰りを待つ伴侶がいて、子供にも恵まれていて、家族で生きるために稼ぎに来ているのがベルタ・ウェバーという女傑だ。生真面目で仕事熱心、そして、気遣いを忘れない良く出来た人だ。星外でも、彼女のような女傑はやはり特別な存在のようだ。恵まれている故に、彼女は非情になりきれないところがある。その柔らかいところが、こちらの正体を隠蔽するのに都合が良いのだが。
(今はお言葉に甘えるとしよう)
レイヴンには一報を入れておきたい。パイロットスーツの上に紺色のジャケットを羽織ったラフな装いで通信室へと向かう。誰もいないそこには、既にレイヴンへの通信先が設定されていた。
コールをかけていく。作戦中は一切応答しなかったレイヴンが、コールに応えてくれるだろうか。が、まだ帰投していないのだろうか。コールに応えてくれる様子はない。仕方なく、メッセージを残すことにする。
「ともに戦った縁だ、ひとつ伝えておこう。“壁越え”でアーキバスは……、君を捨て駒にするつもりだった。独立傭兵には露払いだけさせ、私たちヴェスパー部隊で制圧する計画だったのさ」
本来ならば、こんなことを言う必要なぞない。相手が独立傭兵ならば尚更だ。だが、乗り手があの少女であろうとなかろうと、こちらが罪悪感を抱いたのもまた事実。誠意を見せ、こちらは信用出来る存在だとアピールしていく。再度会うことがあれば、少しでも好印象を抱くように。
「だが……、“壁”は落ちた。上の連中も、ルビコニアンたちも……。レイヴンの名を強く記憶したことだろう。この私と同じようにね」
メッセージの録音を終了させる。送信した後にこの録音を消していく。その手順が終わった後に、思わず溜息をついた。
(ここまで、口を軽くするつもりは無かったのだがな……)
どうしてあんなことを言ってしまったのか。あのような少女が、あのような可憐な幼子が、戦場にいるなんて思いたくないというのに。どこか、共に戦ったのがあの少女で、少女には外見不相応の強さを持った存在なのだと考えてしまう。どうしても、あの子には味方であって欲しいという言葉に出来ない“焦り”というものがあった。
(存外、疲れているのかもしれないな……)
本格的に身体を休めることが出来るのは、報告書なり殉職手続きを終えた後だろうが。ゆっくりと立ち上がり、自身の身体にかかる重さに、もう少しで三十年は生きたことになるのかと。ふと、年齢を感じてしまった。
*
〈新着メッセージ、一件〉
「……?」
ジャガーノートを撃退し、無事に“壁越え”を果たすことが出来た。それからの帰投後、タブレット端末の画面を確認すれば通知が届いていた。メッセージの送り主は、あのラスティだ。メッセージを送って来るということは、彼も無事に帰投したと言うことなのだろう。メッセージを再生させる。
〈ともに戦った縁だ、ひとつ伝えておこう。“壁越え”でアーキバスは……、君を捨て駒にするつもりだった。独立傭兵には露払いだけさせ、私たちヴェスパー部隊で制圧する計画だったのさ〉
それは、なんとなく見えていたことだ。独立傭兵なぞ、企業からすれば体のいい消耗品だ。ヴェスパーやレッドガンと言った企業お抱え戦力の損耗を抑えつつ、利益を得る。これまでの仕事もそうだった。だと言うのに、わざわざメッセージという形で明言する辺り、彼の人の好さと言うものが伝わってくる。この世界で、生きていくには善性があり過ぎる。
〈だが……、“壁”は落ちた。上の連中も、ルビコニアンたちも……。レイヴンの名を強く記憶したことだろう。この私と同じようにね〉
どこか嬉しそうな口調に加えて、あの橙色の瞳の片方を瞑るような仕草が見えたような。最後の一言に、妙に耳がぞわぞわしたのは何故だろうか。疲労が蓄積しているのだろうか。それでも、彼の低く少し掠れた声はとても心地の良いものだった。
「……このラスティのメッセージ、保存して」
〈了解しました、強化人間C4―621。該当メッセージ、ロック〉
「ん……、ありがとう」
これで、いつでも彼の音声メッセージを再生出来るようになった。ふと、これは変な行為ではないのだろうかと、疑問が過ぎってしまった。