ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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リアルジョブの都合なりゲームライフの都合なりでかなり遅くなってしまった……


捕虜救出

 “壁”が落ちた。それは、強い衝撃を齎した。絶対の防御と信じ込まれていたあの場所が落とされたことは、こちらにとっても脅威だ。それだけ、企業は本気で攻めてきているのだと。あるいは、あの作戦に投下されていたという独立傭兵がそれだけの力を持った存在であるとも言えるだろう。だが、今の解放戦線全体に走っているどよめきは、“壁”のこともあるが、もっと別の理由が大きかった。

「ベイラムの奴ら、“壁”から逃げ帰っておきながら師父を……!」

「護衛のメッサムとツィイーもだ! “壁”に注力している留守を狙うなぞ……!」

 師父ドルマヤンが、“壁”に注力している隙を狙われて囚われた。護衛であった、メッサムとツィイーと共に。例えアーキバスと独立傭兵を退けたとしても、自分たちのリーダーであり、象徴とも言える師父が囚われてしまっては、勝利を祝う所では無かっただろう。

(ツィイー……!)

 昔馴染みとも言える少女もまた、虜囚の身となった。どれだけ頭を冷静に働かそうとも、アーシルには冷静に考えることは出来なかった。一刻も早く、ツィイーと師父を救出しなくては。そのためにはどうする。その考えばかりが脳裏を巡っていく。

「アーシル! 師叔はなんと!?」

「――あ。師叔からは、まだ何も……。壁の陥落にによる、防衛や戦線の再配備も考えなくてはならないからな――」

「師父が虜囚となったのだぞ!? 何を考えているのだ!?」

 やはり、師父が虜囚となった影響は大きい。戦線を立て直す事も大事だが、このままでは彼らが独断先行をしかねない。態度だけでも、師父の救出活動を対策していることを示さなければ。

「……師叔も、師父を案じている。並行して、思案なさっているはずだ」

「急を要するのだぞ!? 師叔が動かないのならば、我らが――」

「それはダメだ、看過できない!」

 姿勢だけではダメだ。行動で示さなければ彼らが止まる気配は無い。下手に彼らの出撃を許せば、戦力を削られるだけでなく、人質となった三名の最低限保障されるはずの生存すら危うくなる。これまでのように、叩いては撤退するゲリラ戦法ではダメだ。行うならば、一度で三名を救出する熟練者の腕が必要だ。

 態勢を立て直し次第、フレディか、ツィイーにヘリアンサスから救助されたと言う六文銭を向かわせる。フラットウェルもそれぐらいは考えているはずだ。だが、現状残されている戦力と呼べるのも彼らだけだ。彼らと言う切り札を、本当に使うべきかどうか。フラットウェルが慎重になる理由も分かる。自分の同じような立場ならば、急を要することは頭で理解しても、逸るなと理性が訴えてきてしまう。

「――師叔は、師父の失脚を狙っているのか……?」

 同志の一言に、場の空気が凍りつき始める。行動を起こさない疑心暗鬼は、最悪な方向に傾き始めていく。

「確かに、師父と師叔では考えが異なる……。まさか、本当に……?」

「――わかった。師叔に一度お伺いを立てる。私から答えを持ち帰るまで、無茶はしないでくれよ?」

 どうにかして、アーシルはこの場を宥めていく。決断に踏み切れないのは、戦力不足が原因だ。ならば、どうするのか。一時的で良いのだ。()()()()()()()()()()()()があれば良いのだ。戦力のアテはある。一か八かの賭けにはなってしまうが、可能性はゼロではない。引き受けてくれるか、否かのフィフティフィフティだ。

(反対するだろうな、フラットウェル先生は……)

 溜息をつきながら、フラットウェルの執務室に向かう。そして、一人の青年の姿が脳裏を過ぎる。

「――アッシュがいてくれれば……」

 半年ほど前に戦死してしまった、いない誰かに頼っては笑われてしまうなと。かぶりをふり、アーシルは執務室のドアをノックした。

 

 

(今日は、何をしよう……)

 621は考える。だが、仕事がない、やるべきことがない。身体を休めるという行為は、どうも苦手意識がある。何もしないことに罪悪感を抱くというべきだろうか。故に、何度もカサブランカのアセンブリを確認したり、テストモードで稼働確認を行う。何かをしないと落ち着かない。何もしない、出来ないことが負担となる。これは、621として記憶も経験も漂白される前の個人の名残なのだろうか。じっと、相棒を見上げる。カサブランカを見上げたところで、カサブランカが答えてくれる訳ではないのに。

(そういえば……)

 渡されたタブレット端末――。()()()()()()()()()()()、ヒビが入ったしまった画面を人工の指でなぞる。この惑星(ほし)に降り立つまで、いくつかウォルターから時間潰しになるものを提示されていた。本、音楽、絵――。いずれも、心地よいと示せたものがない。強いて、この惑星(ほし)に降り立つ前に記録して貰った宇宙の映像ぐらいだろうか。そして、今は……

〈ともに戦った縁だ、ひとつ伝えておこう――〉

 星空の映像と共に、メッセージを再生する。真空かつ、放射線に満ちた冷たい死の世界に散らばるたくさんの星々の映像。耳からは、落ち着く音声が流れる。恐らく、良いと感じたのだろうものを試してみる。わずかな時間ではあるが、どこか落ち着いていく。安らぐとは、こういうことだろうか。

(でも、どうして……)

 彼の声に、ここまで落ち着くものがあるのだろうか。安心するというべきだろうか。まだ、出会ってからそんなに間もないというのに――

「1――、621……!」

「……っ!?」

 イヤホン越しに聞こえたウォルターの声に、反射で飛びのいた。やたらと、心拍数が上昇して思考が混乱する。ウォルターにだけは、この落ち着く感覚を知られたくないような、知られたらまずいような。複雑な感情や思考が脳機能を麻痺させていく。

「……お前が、AC以外に集中するのは良い傾向だ。だが、悪いな。仕事が入った」

「……、わかった」

 仕事と聞けば、いくらか落ち着くことが出来る。区切りをつけるためにも、ゆっくりと深呼吸をする。

「……やはり気に入ったか、宇宙(ソラ)の映像は」

「……うん」

 音声の方は気付かれていないようだった。映像に関心があるのも嘘ではないが、少しだけ、ウォルターから視線を逸らしてしまう。

「621、改めて仕事だ。ルビコン解放戦線から依頼が来ている」

「……え?」

 予想外の相手からの依頼だった。こちらは言わば、企業の尖兵として金を理由に彼らを蹂躙する独立傭兵だ。蹂躙される彼らが、ほぼ敵とも言えるこちらに仕事を寄こすなどと……。画面を整理して、ブリーフィング画面を開いていく。

〈独立傭兵レイヴン、貴方に引き受けてもらいたい作戦がある〉

 それは、若い男性の声だ。ガリア多重ダムで聞いた壮年の男性とは違う人物である。

〈作戦内容は、虜囚となった戦士たちの救出。我々は、ヘリ単騎突入による奪還を決行する。救出対象の同志は三名。我々にとっての重要人物も含まれる〉

「だからって……」

 あまりにも、無謀が過ぎる。少なくとも、ヘリ単騎とAC一機で行う作戦内容ではない。だが、最低限のルート設定やどこに誰が囚われているのかは分かっているようだ。ここまで情報が出揃っていれば、可及的速やかに行動をすること自体は可能だろう。とはいえ、相手は汚染都市を占拠したベイラムだ。夜襲を掛けるにしても、戦力差のリスクが甚大であることに変わりない。

〈独立傭兵レイヴン。貴方が、我々に共鳴してくれることを願う。“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”〉

 切実な声のまま、ブリーフィングが終わる。金額は高いものの、やはりリスクの面の方が目立つ。目立つが、今のところこれしか仕事が無いのも事実だ。断る理由がない。

「……どうする、621」

「……やる。やらない理由がない」

「そうか。……621、解放戦線がこのような依頼を寄こすのは、ガリア多重ダムで手を貸したのが彼らに響いたようだ。お前の選択が運んできた仕事と言えるだろう」

「……」

 ルビコン解放戦線がこちらに依頼を託した理由。確かに、心当たりとなるのはガリア多重ダムにて彼らの依頼に答えたことだ。利害の一致、というよりはほとんど私怨が一致してしまっただけなのだが……。それでも、彼らからすればこちらは彼らの声を聞き届ける傭兵であると捉えられていてもおかしくない。だからこそ、賭けに等しい依頼を提示してきたとも。

「リスクは高いが、俺もこの仕事はお前ならやれると判断している。行ってこい、621」

「……うん」

 ウォルターの言葉が、こちらの決断の後押しとなった。

 

 

〈メインシステム、戦闘モード起動〉

〈ミッション開始だ。ルビコン解放戦線の輸送ヘリを護衛しろ〉

 予定時刻。待機している輸送ヘリの隣に降下する。前方には、哨戒しているだろうガードメカの数機を確認する。

〈独立傭兵レイヴン。作戦への助力、感謝する〉

「……仕事だから。そちらは?」

〈……本当に。年端の行かぬ少女が、そこにいるのだな……。――虜囚となった同志たちの救出……。失敗するわけにはいかない。“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”〉

 言葉を飲み込むような間。だが、それを振り切るかのようにヘリが離陸を始める。進行ルートは予め提供されている。進行ルート上の露払いを行う。ガードメカを、リニアライフルとアサルトライフルで撃ち落としていく。

〈敵襲! 解放戦線のヘリと……、護衛ACが一機!〉

〈お仲間を助けに来やがったか。迎撃するぞ!〉

 輸送ヘリより先行し、敵機を確認する。ガードメカ、戦闘ヘリ、MTが数機。最寄りの地点での敵方の戦力だ。アサルトライフルとリニアライフルでガードメカとヘリを撃ち落とし、MTにはパルスブレードで斬り払っていく。

「A地点、クリア。……?」

 レーダーに反応。そちらに振り向けば、ヘリポートがある。そこには、MT数機を搭載した輸送ヘリが二機。飛び立とうとしている。

〈A地点到達、着陸準備。同志ツィイーの救出を開始する〉

「621、周辺の安全を確保しろ」

「了解」

 あの輸送ヘリはなんとしても阻止しなければならない。ブースターを噴かせて、ヘリの前に躍り出る。一機をリニアライフルのチャージショットで撃ち落とす。残る一機を護衛対象に近付けさせる前に撃ち落とす。

「……敵影なし。先に片付けてくる」

〈ああ、頼む〉

 増援が来る気配もない。このまま、先行して露払いを行った方が良さそうだ。ルート上に徘徊するガードメカを迎撃していく。

〈助けにきて……、くれたんだね……〉

〈待たせてすまない、ツィイー〉

〈大丈夫さ……、生きてる。ちょっと休んで……、またやり返そう〉

(一人目は、順調そう……)

 ガードメカとMTの迎撃を続けていく。問題はここからだ。一人目の救助を完遂したということは、残る二名の捕虜に対してベイラムがどう動いていくか。取り返させまいと、本格的な反撃の開始。最悪、捕虜の殺害まで可能性として浮上してくる。なるべく迅速に行いたいが、輸送ヘリもあの速度が限界そうだった。

〈レイヴン、次の地点に向かう。引き続き護衛を頼む〉

「了解」

 レーダーに新たな反応。輸送機に吊るされたMTが三機。猛スピードで迫って来る。解放戦線の輸送ヘリとの間に入り、一機の輸送機を撃ち落としていくも、二機ほど逃してしまう。

「させない……!」

 すぐに機体を反転させて逃した一機を落とす。一機の着地を許してしまったが、着地からの体勢を整える前に撃破する。護衛対象には、まだ傷はついていない。輸送ヘリは順調に進んでいる。

〈B地点降下。同志メッサムを救出する。レイヴン、周辺を警戒してくれ〉

〈敵影、来るぞ〉

「了解」

 周辺に残っていた残党を処理しつつ、新しくレーダーが捉えた敵影に向かう。レーザー砲台を構えたドローンのようだ。数発の攻撃を許してしまうも、ドローンを撃ち落としていく。あとは、彼らの仲間の救助を待つだけだ。

〈輸送ヘリの撃墜を優先しろ!〉

〈“井戸”の情報を吐くまで捕虜は逃がすな!〉

 こちらからでは、救助作戦を行っている生身の彼らの様子を見ることは出来ない。恐らくは、まだ生存は約束されていると思うが……。ベイラムの焦る様子からして最悪の事態も引き起こしかねない。

〈なんだと……!?〉

「どうしたの?」

〈同志メッサムを……、収容した。……間に合わなかったようだ〉

〈畜生……! メッサム……〉

〈最後の地点に向かう……。引き続き、護衛を頼む〉

「……わかった」

 最悪の事態は免れなかったようだ。輸送ヘリが離陸し、こちらは先行する。そこには、かつて解放戦線が使っていただろうガトリング砲台とMTが待ち構えている。あの輸送ヘリにガトリング砲台の斉射は尋常ではない被害が出る。輸送ヘリが射程に入る前に、ガトリング砲台へと向かう。

〈……コーラルの“井戸”は、ルビコニアンの生命線だ。口を割らなかった結果だろう〉

「……」

 仲間を、家族を想って情報を明け渡さないことを選んだのだろう。メッサムという人物の詳しいことは全く知らない。それでも、その選択が出来る強さと覚悟を持った人物であったと推測は出来る。ガトリング砲台の背後に回り、パルスブレードを振るう。残る片方の砲台も両手のライフルで撃破していく。

(あとは……)

 スキャンを使って敵影を確認する。ガードメカの数機と、ミサイル砲台と思しきものが数基だ。ミサイル砲台は脅威になり得る。ミサイルを打ち上げられる前に砲台を撃ち落とす。新たにレーダーが、MTを乗せた輸送ヘリを捉える。

(今までの二人より、警備が固い……。一体、誰が……)

 もうすぐでC地点へ輸送ヘリが到達する。アサルトブーストを噴かせ、MTが投下される前にリニアライフルのチャージショットでヘリを撃ち落とす。周辺を見渡し、残るガードメカを両手のライフルで撃ち落とす。

〈C地点到達。同志……、師父ドルマヤンを救出する。これで最期だ。頼むぞ、独立傭兵レイヴン〉

「……!? ……了解」

 思わぬ名前が出て来た。師父ドルマヤン。記憶違いで無ければ、彼らルビコン解放戦線の、言わばトップに等しい人物であるはずだ。ならば、この無茶な依頼も、ベイラムの警備の硬さも納得がいく。

 “壁越え”でベイラムは敗退した。だが、彼らは次の手を打った。“壁越え”で注意が逸れ、これまでの戦いで疲弊しているだろう解放戦線の隙を狙った。彼らのリーダーとも言うべき人物の捕縛。特に、宗教組織としての側面を持つ解放戦線からすれば、啓示を示す存在を喪うのは大きな痛手だ。彼らを支える土台を、ベイラムは狙ったのだ。ツィイーやメッサムは、彼の身辺警護を勤めていたか捕縛の際に目撃者諸共に巻き込まれたかのどちらかだろう。そんな重要人物が捕らえられているとなれば、解放戦線が焦る理由も分かる。そして、ベイラムも警備を厳重にすることもだ。

 スキャンを行い、残るガードメカを把握次第に素早くガードメカを片付けていく。他に、増援が来ないかを確認する。あらかた撃破したからか、作戦領域には駆動音以外は静かなものだ。静かだからこそ、嫌な予感がする。このまま、ベイラムが見逃すはずはないと。

〈同志ドルマヤンの救出を確認〉

〈師父……。ご無事でよかった。“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”〉

 さすがに、ドルマヤンの殺害は行われなかったようだ。彼は、交渉のカードとしても十分に価値が高い。出来るだけ生かしたいという思惑はあったのだろう。少しだけ、息を深く吐き出す。

〈その警句の……、何を知っているというのだ……? 全ては……、消えゆく余燼に過ぎない……〉

〈……目標を達成。これより本機は作戦領域を離脱する〉

「……了解」

 ドルマヤンと解放戦線の間には、溝が出来てしまっているのだろうか。救出に向かわねばと無茶をした解放戦線の人々に対して、ドルマヤン本人は酷く冷え切った態度だ。とはいえ、こちらは完全なる部外者だ。彼らの関係性に口を挟む道理はない。このまま、離脱が出来ればいいのだが……

〈621、新たな機影を確認した〉

〈あれは……、レッドガン部隊のAC!〉

「やっぱり……!」

 このまま見逃してくれるはずがなかった。スキャンでマーキングを施していく。AC一機とMT数機。先行してきたACに温存してきたレーザードローンを放って先制し、まずはMTを撃ち落としていく。この状態では、下手にヘリを先行させては被害が出る。こちらがACとMTを相手取る間に作戦領域から離れてしまっては手出しが出来なくなる。それに気付いてか、ヘリも移動を停止している。

〈捕虜奪還に単騎で護衛とは……。人選は悪くない。その蛮勇は認めるが、通らんよ。それはな〉

 輸送機からMTの投下を許してしまう。急いで間近にいるMTを撃破し、ACに狙いを定めていく。幸いにも、打ち上げられたミサイルの狙いはこちらだ。AC――、ディープダウンがこちらに狙いを定めている間に輸送ヘリの近くを陣取るMTを撃破する。

〈……G2(ガンズ・ツー)ナイル。レッドガンの副長、そしてミシガンの参謀だ。手強いぞ〉

〈強行突破はむしろ危険……。レイヴン、離脱ルートの確保を頼む〉

「了解」

 MTの撃破を行いつつ、ディープダウンの撃破を行う。ナイルの注意を引き続けなければ、ディープダウンの潤沢なミサイルが輸送ヘリへと向かう。それだけは、回避しなければならない。銃撃とミサイルの嵐の中、ディープダウンと共に降下したMT部隊は撃破した。残るは、ディープダウンのみ。だが、レーダーにはMTを搭載した輸送ヘリの増援が示されている。

 レーザードローンがディープダウンを捉え、アサルトライフルとリニアライフルもベイラムと大豊(ダーフォン)のパーツで構成された重量二脚を捉えている。両者の距離が近付いたタイミングでリニアライフルをパルスブレードに換装。ブーストキックで重厚な機体を蹴り飛ばした上にパルスブレードを振るう。体勢を崩したディープダウンに一度背を向けるが、リニアライフルの直撃を受けてカサブランカが止まる。

〈どうした。ミシガンは買っているようだが……。その程度か。G13(ガンズ・サーティーン)

 だが、まだカサブランカは持つ。リペアキットを使って修復し、近付く輸送へりに向けてこちらのリニアライフルのチャージショットで射貫いていく。ディープダウンのミサイルは、変わらずこちらに向けて放たれていく。輸送ヘリもただ座して待つのでなく、誰かが機銃を操作しているのか。ディープダウンに銃弾が飛んでいるのが見えた。輸送ヘリの増援に気を付けつつ、ディープダウンと中距離の撃ち合いを再開する。こちらの武装はアサルトライフルとリニアライフル、レーザードローン。ディープダウンはミサイルの種類こそ豊富であるものの、継続した打点を出せるのはリニアライフルだけだ。落ち着いていけば、こちらの方が決定打となる火力がある。

 レーザードローンを囮に、ブーストキックで距離を詰める。アサルトライフルの一射がディープダウンの体勢を崩した。リニアライフルを換装してパルスブレードを振るうも、それはディープダウンのパルスアーマーによって遮られてしまった。

〈イグアスに噛み付いたと、とんだお転婆娘だと聞いていたが……。ただの蛮勇ではないか。あえて弱者に付くのは感傷か〉

 すぐに両者の距離が離れる。だが、やることは変わらない。ミサイルと弾丸の撃ち合いが再開されるだけだ。輸送ヘリの援護射撃もあり、ディープダウンのパルスアーマーは想定より早く解除された。次に体勢を崩すことが出来れば、ディープダウンを討ち取れる。パルスブレードを振るおうとするも、弾速の遅いミサイルに捕らえられた。MTを搭載した輸送ヘリも近付いてきている。レーザードローンを展開し、ディープダウンとの距離を離す。

「私はただ――」

 レーザードローンの一基が、ディープダウンに狙いを定める。

「仕事でしているだけ」

 青の光がディープダウンを射貫いた。

〈なるほど……〉

 機体を反転する。輸送ヘリがMTを投下するまであと数秒。リニアライフルをチャージし、投下される直前に輸送ヘリを撃ち落とした。

〈ミシガンが興味をもつわけだ……〉

 爆炎を上げ、MTを投下する間もなく輸送ヘリは墜落していった。

G2(ガンズ・ツー)ナイルの撃破を確認。……よくやった、621〉

〈これ以上の追撃はなさそうか……。独立傭兵レイヴン、協力に感謝する〉

 ヘリがゆっくりと浮上する。レーダーにも、これ以上の増援の様子はない。これならば、作戦領域外に出ても無事に彼らは脱出が出来るだろう。

〈護衛対象の作戦領域離脱を確認。ミッション完了だ〉

 ウォルターの言葉に詰まっていた呼吸が楽になる。短いようで長かった夜が、これで終わる。

〈“レイヴン”……、意志の表象……〉

「……え?」

 通信の切れ忘れだろうか。ドルマヤンの呟くような言葉が入って来る。

『“レイヴン”とは意思の表象。相応しいのは、選び戦う者だけです』

〈だが全ては……、消えゆく余燼に過ぎないのだ……!〉

(なに、今の……)

 “レイヴン”。それは、今の強化人間C4―621の身分だ。だがそれは、たまたま手にした使えるライセンスがそういう名前だっただけという話だ。かつてレイヴンを名乗っていた誰かと621は、全くの無関係だ。

 だというのに。ドルマヤンの言葉に、ワタリガラスの名はこちらが想像している以上に重いものなのではないか。そう考えてしまった。

 

 

「おお、師父よくぞご無事で……!」

「ツィイー大丈夫か? 痛かったろう」

「ベイラムの奴ら、よくもメッサムを……!」

 無事に、捕虜となった三名を救助出来た。メッサムは、心残りだが……。人混みから少し離れた場所で、先程まで無茶な操縦をしていた身体を休めながら、師父とツィイーの様子を見守る。

「全く、本当に無茶をしたものだ。アーシル」

 声に振り向けば、そこには黒髪を束ねて眼鏡を身に付けた壮年の男性。幼少の頃から知識を与えてくれた、ミドル・フラットウェルの姿があった。

「……そうしなければ、貴方を信じる者と師父を崇拝する者。両者の間に対立が起きかねなかった。師父を崇拝する者たちが、貴方を討ち取らんと動く可能性もあった」

 それが、アーシルが無茶をした理由だった。無論、捕虜となった三名の救出作戦についてはフラットウェルと相談した。だが、フラットウェルの考えとアーシルの考えは平行したまま。ついぞ、耐えきれなくなったアーシルが無理を通してしまった。それが、事の経緯だった。

「アーシル……」

「……感情的だったと反省しています。レイヴンが依頼に応じてくれるかも賭けだった。ですが――」

「違う。……前にも言ったが、建前はよせ。お前の本命は、ツィイーだろう」

「っ……」

 これも、作戦を決行する前にフラットウェルに指摘されたことだった。彼は、養女とも言うべきツィイーを見捨てることも視野に入れていた。だが、それは――。妹分にして、家族とは違う感情を抱いているこちらとしては、無視できないことだった。

「……あの子は守られるだけの娘ではなく、守るための戦士であることを選んだ。あの子の覚悟は、お前も分かっているだろう。ならば、必要な犠牲であったとこちらにも割り切る覚悟が――」

「フラットウェル先生。それは、私も申したはずだ。もうこれ以上、知った顔を喪うのは断ると」

 覚悟を汲んでやるべきだというフラットウェルの考えは分かる。ツィイーは良い子だ。感謝は述べこそするが、その本心はどう考えているかは分からない。それでも、必要な犠牲は存在すると分かっていても、それはいたずらに増やしたくなかった。

「――そうだったな。お前も、こうと決めたら頑固になる厄介なワルガキの一人だったな」

「……貴方の権限があれば、依頼の発注も阻止できたはずだ。だが、それを通してくれた。感謝しています、先生」

「師父を喪う訳にはいかない。それだけだ」

 フラットウェルが格納庫から立ち去っていく。依頼を通してくれたこと。師父を救助するためだと高額な資金を動かしたにも関わらず、資金運営は問題なく処理されている。これが、フラットウェルがやってくれたことだというのはすぐに分かった。

「いた、アーシル!」

 人の輪はいつの間にか解散となっていた。拷問の怪我が目立つものの、ツィイーも大丈夫そうだった。

「アーシル、あのさ……」

「どうした? ツィイー」

「……凄く、ワガママになることだけど……。聞いて欲しい話が、あるんだ……」

 何か言いたげのツィイーの言葉を待つ。続いた言葉の内容に凄く驚かされたものの、筋は通っている。二人で各方面に頭を下げて準備を進めることにした。

 

 

〈来客です、ハンドラー・ウォルター〉

 COMからの通知。思わずウォルターと顔を見合わせるも来客について皆目見当がつかないという様子だった。

「何者だ?」

〈来客者は二名。データベース、該当者一名。アリーナランク二十五、リトル・ツィイーです。武装の類は見受けられません〉

 ますます分からない状況になった。ルビコン解放戦線の一人であるリトル・ツィイーがなぜこちらに来るのか。むしろ、どうやってこのヘリの場所を突き止めたのか。

「……わかった。通せ」

〈了解しました。ハンドラー・ウォルター〉

「621、待機していろ」

 ウォルターが来客の対応へと向かう。待機していろと言われたが、少し気になってしまう。物陰から覗く様に様子を見る。

「えっと……、お爺さんは……?」

「……レイヴンのフィクサーを務めている者だ。何用だ」

「用は、えっと……。私たちを助けてくれたレイヴンに、しっかりを礼をしたい。これは、解放戦線は関係ない。あくまで、私自身の気持ちなんだ」

 物陰から見れば、そこには浅黒い肌と黒髪の青年と、黒髪を束ね背丈が低い女性の姿があった。二人とも、何かしらの袋を抱えている。声からして、先日に救出したツィイーであることに間違いないだろう。

「ハンドラー・ウォルター、でしたね。すみません、貴方がたの居場所についてはこちらで勝手に捜索を行った。だが、彼女の言っていることは本当だ。貴方がたを改めて同志として迎え入れたいという魂胆はない。数時間ほど、貴方方の時間をこちらに使わせていただけないだろうか?」

 ウォルターが熟考する様子を見せる。輸送ヘリの中が珍しいからか、きょろきょろとツィイーが辺りを見渡す。そして、こちらと目が合ってしまった。

「……あの子って」

「……レイヴン、どう見る?」

 ため息交じりの呼ばれ、そろそろと物陰から出てウォルターの元に歩み寄る。改めて、二人の様子を見上げる。敵意は感じない。

「……私は、良いと思う」

「……わかった。礼をするとのことだが、具体的にはどうするつもりだ?」

「本当!? だったら、キッチンを借りたい。独立傭兵、だから。パーツとかお金とかが良いだろうけど……。私が出来るお礼は、料理ぐらいしか思いつかなくて……。この惑星(ほし)のことも、知って欲しいから」

 四人で食事スペースへと向かう。キッチンに到着するや否や、ツィイーがキッチンに何があるかを確認し始める。それから、黒髪の青年――アーシルが持っていた袋と自分が持っていた袋を開いて、準備に取り掛かり始めた。

「毒を仕込むつもりもない。そこは保障する」

 ツィイーが調理の準備をする間、食事スペースで席について待つこととなった。

「独立傭兵レイヴン、改めて礼を言わせてくれ。同志救出作戦への協力、心より感謝する」

 アーシルが言葉を続けていく。

「師父ドルマヤンは、我々にとって特別な存在。アイビスの火を知り、我々を教え導いた偉大なコーラルの戦士だ。だが、今のご様子は……」

「……気にしなくて良い。仕事だからやった。それだけ」

「配慮痛み入る。優しいのだな、貴女は。師父の抱えて来た重責は、察して余りある」

 どこか申し訳なさそうな表情だった、アーシルの表情が柔らかなものになる。

 アイビスの火。このルビコンⅢに起きた、半世紀前の星系規模の厄災。それでも、人々は生き延び、こうして生を繋いで来た。あらゆる文明も教育も崩壊しただろうルビコンⅢにおいて、宗教というものは人々の心の支えになっていたことには違いないだろう。だが、約五十年という月日はどうしても歪みというものが出来てしまう。そう考えれば、ドルマヤンからすれば今の解放戦線の在り方は、自分が教えた当時の物とはかけ離れてしまっているのかもしれない。ならば、ドルマヤンと解放戦線の間に溝が出来てしまうのは想像に難くない。あくまで、全て推測でしかないが……

「……ああ、それから。私個人としても、礼を言いたい」

「……?」

 どこか言い淀むアーシル。とりあえず、言葉の続きを待つことにする。

「ツィイーを助けてくれて、ありがとう」

 穏やかな口調と声音と共に、笑みを浮かべる青年。あまりにも、戦場が間近に存在する世界で見ないものに思わず面食らってしまった。

「……この香りは、ミネストローネか?」

「……この惑星(ほし)は、見ての通りだからな……。特に、食料は……。スープ一つにとっても、身体が暖まり、ある程度味や食感も飲み込めるようになるものが多い。貴女がたのお口に合えば良いのだが……」

 それからしばらくすれば、肉団子の入ったミネストローネスープが完成された。肉団子の正体がミールワームと呼ばれるイモムシのような生物の肉だと知った時には背筋が凍ったが、味は人工精肉と遜色は無いように思えた。こちらが珍しく食の関心を示したからか、ウォルターがミネストローネの作り方を教わり始めていた。

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