ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

54 / 72
今回からチャプター3です


チャプター3 二周目
幕間 空に馳せる者たち


 窓辺から空を見上げる。今日は雲が少ない。どこまでも広く、されど、災害の赤に囚われ続けている空。あの少女もまた、この空と同じ色の瞳をしていた。

(だが、どこまでが生身なのだ)

 少女の手を取った。手袋で隠しているが、あの子の手は、人工皮膚にすら覆われていない関節が剥き出しの義肢だった。あの幼さで義肢を用いているのか。あるいは、あの外見そのものが造り物の身体なのか。旧世代型の強化人間は、身体だけでなく精神にも負荷が強いと聞く。最悪を想定するならば、肉体が使い物にならない故に、義体を用いて活動していること。戦う力のみを求められた人形。

 幼く愛らしい少女。女性であることすら、偽りであるかもしれない。あの空色の瞳も、人の手によって作られた偽りのものである可能性もある。いずれにせよ、全て憶測でしかない。それでも、戦う力のみを必要とされて運用されているなどと、非人道にも程がある。あの子の強さに可能性を求めているこちらも、同罪ではあるだろうが。

 考えを巡らせる内に、電脳にコールが入る。通信相手は、副隊長のベルタからだ。

〈こちらラスティ〉

〈お疲れ様です、ラスティ隊長。シュナイダー社の様子は?〉

〈相も変わらずさ。そろそろ、飛行場が欲しいとボヤいていたよ〉

〈本当に相変わらずですね……。中央氷原入りの目途が立ちそうです。シュナイダー社との連絡係から、遊撃部隊隊長へと戻っていただきます〉

〈ああ、そうしよう〉

 ベルタからの通信が途切れる。中央氷原にコーラルがある。その裏取りと進路が定まったのだろう。この仕事は諜報の第三部隊や、輜重部門の第五部隊、防疫部門の第六部隊の仕事となる。遊撃部隊としての第四部隊は、活動が低下気味となる期間だ。元第六部隊のモニカは第六部隊の応援へ向かったり、“壁越え”で申請した有給が通ったMT部隊員たちは羽を伸ばしたりと、自由に待機時間を過ごしている。その間、シュナイダー社の出であるという理由で、こちらはシュナイダー社に出向してその連絡係として仕事をしていた訳だが……。ゆっくりとした時間は終わるようだ。

シュナイダー(ここ)からの情報収集活動もここまでか。ベルタの目は厳しい。電子戦ではモニカに負ける可能性の方が高い。どうしたものか……)

「あ、いたいた! ラースティー、くーん!」

 馴れ馴れしくこちらを呼ぶのは、シュナイダーの開発部門の一人たる、長い茶髪を一つにまとめた眼鏡をかけた碧眼の男性――。アルドリック・ベルヴァルトだ。彼がこちらにやって来る時は、大体面倒なことが起きる時だ。

「――何の用です?」

「あからさまに不機嫌にならないで欲しいなあ。折角のイケメンさんが台無しだぞう?」

「部下から連絡が来た。そろそろ、ヴェスパーの方に戻らねば」

「ベルタくん、本当にマメだねえ。それの知らせもあるんだけどさ――」

 ずいっと眼鏡をかけた碧眼が迫って来る。キラキラと輝かせている目は、嫌な予感しかしない。

「君の戦友ちゃん! レイヴン、だっけ。小さい子とは聞いていたけど、すっごく面白い子だね!」

「――あなたがシュナイダーや空力に縁がないものに興味を示すとは、珍しいな……」

「関係ない? まさか! なんたってあの子――」

 そして、とんでもない発言が耳に入った。

「中央氷原入りのために、大陸間輸送カーゴランチャーで一飛びしたんだろう⁉」

 一体何を言っているのだこの狂人は。あの子が、大陸間輸送カーゴランチャーを使って飛んで行った? あのトンチキ――、LAMMERGEIE(ラマーガイアー)に乗せられる以上の自殺行為だ。そんなもの、あのハンドラーが許可をする訳がない。あの子も、そこまで様子がおかしい子ではない。何かの間違いか、何かがあったに違いないだろう。

「アルドリック主任……」

「言っておくけど、確かな情報だぞー? ベイラムが中央氷原入りのための先行調査に、レイヴンちゃんを顎で使ったみたいだね。あの“RaD”の本拠地にカチコミしたあげく、彼らの管轄下にあった大陸間輸送カーゴランチャーを使ったみたいだ」

 頭が頭痛する。嘘であって欲しいとネットワークを漁ってみたが、大陸間輸送カーゴランチャーが数十年ぶりに稼働したという話題、ようやくベイラムが氷原入りの算段が整ったらしいの情報から、事実なのだと非常な現実を見せつけられた。何かがあったのだろう、間違いなく。そう思うようにした。

「とはいえ、だ。やっぱりキナ臭いよねえアーキバス(ウチ)の本社」

「急に真面目にならないでくれ」

 会話の温度差に追い付かない。しかし、技術屋一辺倒の狂人であるアルドリックですら不審がるとは、余程のことだ。

「コーラルのリーク情報を受け取った途端に、ルビコン進軍が可決したようなもんだからねえ。半世紀前の星系規模の災害の元凶を、だぜ? 宇宙政府が定めた接触禁止令に定められた物質の中でもトップクラスにランクインしているものだ。旧時代、まだ航空機が戦いの道具としても役割があった時代。まあ今はそれなりに扱いはなんとかなるけど、その時代では、一地域の表面を焼き払う兵器として原子爆弾は使われていたらしい。それ以上って考えるとさあ……。おっかないが先に出てくるんだよねえ」

 これは、航空機という旧時代の遺物に思いを馳せるアルドリック。もといシュナイダー社だから出る見解だろう。ベリウス地方北西ベイエリアが、文字通りに吹き飛んだのも新しい。旧時代では、せいぜい一地域の地表を焼き払うのが限度だった。だが今は、大陸そのものを消失させかねない物質や技術が発展してきたのも事実だ。人類が自滅しないためにも、宇宙政府は地域や惑星を滅ぼしかねない物質や技術に禁止なり、制限を設けている。コーラルも、その禁止令に入っている。惑星が滅ぶ事例はいくつかがあるようだが、星系規模の災害はアイビスの火が初めての事例だった。

 そして、シュナイダー社は狂信者がほとんどではあるものの、その根幹は技術者としての側面が強い。自分たちの技術がどこまで行けるかの好奇心は旺盛ではあるものの、それには責任が伴うというのは分かっている人達だ。その割には、LAMMERGEIE(ラマーガイアー)のコクピットが錆と生臭くなる事例が絶えないのも事実だが。そんな彼らが、コーラルには恐怖の感情が出てくるのだ。

「そりゃあね。無限のエネルギーで空を飛び続けるなんて素敵なことだよ? でもさあ、給油もロマンだし、離陸着陸あってこその航空機だぜ? それに、今更コーラルを使ったところで、とっくに無人機たちは無限に近い燃料で空を飛び続けてるんだ。無人機と同じステージに立つのはゴメンだよ」

 今の人類は、コーラルに対する関心は薄い。もし、本当にコーラルがあるのならば話は変わってくるのだろうが……。その代替技術が確立し始めているのも事実だ。強化人間も、その一つだ。

「……本当に、あなたたちが変わった人たちで助かった」

シュナイダー(ウチ)じゃなくても、コーラルに関しては、技術屋連中はまず“待った”をかけると思うよ。探求心と慢心で身を亡ぼすは、何回も繰り返されてきたからねえ。技術屋(僕たち)の考えや指先一つに、責任を持たないといけない。嫌でも叩き込まれるさ」

「だったら、もう少し人体に優しい機体を作って欲しいものだ」

「え? 大丈夫だろうなあ。のラインでやってるよ?」

 さも当然のように返され、溜息をつくしかない。シュナイダーはコーラルに一切の関心を持つ気がないという再確認が出来ただけマシと捉えることにした。

「と、シュナイダー(ウチ)のことじゃなくて本社だよ本社。宇宙政府に惑星封鎖機構がガッチガチに封鎖したこの惑星。地図すらまともにデータが無いだろう? ベイラムみたいに手探りするしかないのに、本社はなんというか見通し立ってるよねえ」

「……ああ。そこは確かに不審な点だ。ネットワークを探っても、“話を聞いて”も、上層部は見通しがあるとしか分からないな」

 この中央氷原入りもそうだ。風の噂では、ハンドラーがコーラルには指向性があるという情報の売り込みから採決したとのことだが……。ハンドラーの情報を鵜呑みにしているのか、あるいは、中央氷原へ向かうことすら上層部の計画に入っているのか。現場にいるこちらも、不気味でしかない。

「現場を見ている君がそう言うなら、そうだろうね。となると、まだしばらく流れに身を任せた方が良さそうだ」

「ああ、そのようだ」

「呼び止めてしまって悪かったね。お疲れ様、ラスティくん。ヴェスパーでも頑張って」

「……ああ」

 今はまだ、様子を伺うべきだ。自然と、脚は動いていった。

 

 

 待合室にて人を待つ。ここは特別にセキュリティを頑丈にした一室だ。機密の一次保管庫として通しているが、実体は会合のための場所でもある。鼻歌を歌いながら待てば、扉が開かれた。

「やあ、フラットウェル」

「例のカラスは」

「ラスティくんが回した仕事、しっかりこなしてくれたよ。おかげで、独立傭兵たちが金になるって、仕事を貰いに来るようになった。スネイル閣下からすれば、労力が向こうからやってくるんだ。駄賃を支払う程度のコストで済むなら安上がりってね」

 例のカラス――。レイヴンがヨルゲン燃料基地を襲撃する依頼のことだ。エクドロモイとのエンゲージに対して、依頼を回したラスティに怒りの長文メールが届いたらしいが……。それは些細なことだ。

「あのエクドロモイを退けたのか」

「ああ、単騎でね。例の試作パーツも使われたままだから、エルカノの若旦那も大喜びじゃないかい?」

「……凄まじいな。これが、あの可憐な少女の実力か」

「フラットウェルは声を聴いたことあるんだっけ? 確か、ガリア多重ダムだっけ。小さい子とは噂に聞くけど、見た目を信じちゃいけないのが今の世の中だからなあ」

 ヴェスパー第四部隊はシュナイダーとの連絡係も兼任している。オペレーターの一人に頼み込んで、レイヴンの姿を見せて貰ったことがある。銀色の髪に赤いリボンを身に付けた、美しい空色の瞳の少女……。この子が大陸間輸送カーゴランチャーで飛んだと考えると、LAMMERGEIE(ラマーガイアー)を託してみたくなる。

「この際、外見や年齢はどうでもいい。……、次の策も考えて良いのかもしれないな」

「というと?」

「惑星封鎖機構が実力行使に打って出たことは、お前も分かっているだろう」

「まあね。忌々しい艦隊にLC、HC、無人機のバーゲンセールだ。嫌になるね、空が狭くなる」

「お前たちにとっては、そちらが重要か……」

 フラットウェルが溜息をつく。事実、惑星封鎖機構が幅を利かせてる地域の空は苦しい。定期的に無人機が飛び交い、彼らの許可も申請もなく空を飛ぶことが出来なくなった。制空権だのなんだのは、一定のルールが無ければ無法地帯となる。それは仕方がないと目を瞑るにしても、無人機が飛び交う空は、人間が空に赴く自由を奪っていった。

「封鎖機構の機体性能がAC以上なのは、分かっているだろう」

「空が狭くなるのは、僕たちにとって最重要事項だよ。分かった、睨まないでくれよ。……あなたが懸念している通り、スネイルは封鎖機構の機体鹵獲の方向に舵を取っている。形が残っている機体やパーツを回収しては、MT部隊に乗り換えを命じている。MT部隊は大混乱してるみたいだよ」

「やはり、鹵獲しているか」

 勝利を確実にするために、手持ちの戦力を強くする。それは、最も単純明快な方法だ。MTやAC以上の性能を持つLCやHCが手に入れば、それだけでアーキバスのパワーバランスが優位に傾く。

「固められる地盤は固めたいのが我らがスネイル閣下だ。確実な勝利にしたいだろうね」

「ならば、多少は妨害をしなければな。より多くが鹵獲される前に、ある程度を破壊する」

「なるほど、それがラスティくんの戦友ちゃんに頼みたいこと?」

 頷くフラットウェル。彼女の実力は、依頼を遂行して貰っている身としては確かに折り紙付きだ。何よりも、G4(ガンズ・フォー)G5(ガンズ・ファイブ)と、かのG1(ガンズ・ワン)自らが手塩をかけて叩き上げた二名を下したのだ。エクドロモイをも退けた今、惑星封鎖機構の機体を徹底的に破壊することは可能だろう。

「良いんじゃない? 封鎖機構の戦力が減ること自体は、都合が良いからね。こっちとしても、なんとかして旧バートラム宇宙港を抑えたいしね。宇宙(ソラ)の玄関口を抑えてるかのアドバンテージは違うぜ?」

「ただマスドライバーが欲しいだけだろう」

「まあ、そうだけどねー。でも、あると嬉しいし便利だろう? 君たち解放戦線からすればさ」

 事実、大気圏突破を可能とするマスドライバーを所有出来るかの戦略アドバンテージは大きい。そういう戦略面を含め、ただシンプルに自分達が空を飛ぶための施設が欲しいと申請すれば、スネイルも旧バートラム宇宙港の接収の主導権を握らせてくれるだろう。それは、自分たちの宇宙(ソラ)の玄関口を手にすることが出来ない解放戦線に、明け渡すことにもなるのだが。

「どうせアーキバス(ウチ)も欲しいんだ、マスドライバーは。それがたまたま、解放戦線(君たち)と懇意にしてるシュナイダー(僕たち)だった。ってだけの話さ」

「……苦労をかける」

「別に良いよ。ぶっちゃけ、アーキバスは自由に作らせてくれないし。だったら、僕たちの要望を答えてくれそうなエルカノと縁を作りたい。それだけだよ」

 解放戦線に手を貸す最大の理由。軽量ながらも実用性に富んだ確かな鍛造技術を持つエルカノ・ファウンダリィ。彼らの技術は同じ技術屋として目を見張るものがある。彼らならば、こちらの空気力学に基づいた技術を再現してくれるかもしれない。否、彼らはこちらの要求と彼らの技術の折り合いの姿勢を見せてくれる。アーキバスは、こちらの要求を無視し、ただ利点のみを求めた成果を収めろという。こちらが()()するのが前提なのだ。NACHTREIHE(ナハトライアー)が最たる例だ。確かに、実用性も兼ね備えた軽量機体としての完成度こそはあるだろう。だがあれは、こちらからすれば仕方が無いと妥協した作品でもある。

 妥協は必要だと理解している。どれだけ理想の文字や数字を並べたところで不可能だという現実はある。故に、机上の紙に羅列したものにどれだけ届かせるか。それが、技術者の技量が問われるところだ。アーキバスはただ、現実的な数字のみに固執している。それではつまらない。とっくに、ACという兵器市場はベイラムが優勢だ。ベイラムに無いもので勝負を挑んでいるが、ベイラムがしないということは需要がないということに気付いていない。気付いたとしても遅かった。突飛性を求めるアーキバスと、AC開発事業のノウハウが無いシュナイダーには確かに互いに対して益があった。だが今は、アーキバスしか益が無い。こちらにも益を貰えなければ平等ではない。金銭や資源ではない、開発の自由がこちらにとっての益だ。いくら頭空力と後ろ指指されようとも、望む益を与えない相手に付き合う理由なぞ無いくらいは分かる。

「お姫様からいい返事、貰えるといいね」

「ああ。――こちらこそ、引き続きあいつを頼む」

「もちろん。シュナイダー(ウチ)の大事なエース様だ。丁重に扱うさ」

 これからのことや現状の最低限の情報交換を行い、技術者の少しばかりの()()()()は終わりを告げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。