〈どこの雇われか知らないが……! 卑劣な不法者には、指導が、おあーっ⁉〉
『浅かった……』
『相手はまだリペアキットを残してるはず。注意を』
夜間の“壁”にて。“壁越え”にてアーキバスが接収した拠点。企業が中央氷原へと注力している隙を突こうとした解放戦線による依頼で、現“壁”の指揮官となっている
故に、加減をするつもりはない。レーザードローンによる先制攻撃を行い、アサルトライフルとリニアライフルで相手のACS負荷限界を狙う。動きが止まるガイダンスにパルスブレードを振るうも、一押しが足りなかった。リペアキットを排出したガイダンスはすぐに体勢を立て直した。迫る警棒をブースト移動で避け、牽制射撃を続ける。アサルトブーストを噴かせたガイダンスの四脚の回し蹴りも、クイックブーストで回避する。どれだけ素早く動こうとも、レーザードローンの追跡から逃げることが出来ない。スティールヘイズの速度であれば、違うのかもしれないが……
〈まっ、待て! 落ち着け! いいか、私は――、おあーっ⁉〉
突如としてガイダンスが武装を外し始めたが、レーザードローンを止めることは出来ない。そのまま二丁を撃ち続けていく。
〈人の話は最後まで聞け! 教わらなかったのか⁉ 指導だ! 指導!〉
シールドを構えながら後退し、グレネードを撃っていく。だが、相手のACS負荷も限界に近い。もう少しで、あの機体を落とす事が出来る。再展開が可能になったレーザードローンを飛ばし、リニアライフルの弾丸が相手の体勢を崩した。そのまま距離を詰めてパルスブレードを振るう。
「逃がさな――、あっ」
『あっ』
パルスブレードの二撃目が届かなかった。そこまでは良い。追撃するためにブーストキックを放った。それが、決定打となってしまった。
〈まっ……、たっ、助けっ! おあーっ⁉〉
アサルトブーストの勢いを乗せた蹴りは、ガイダンスを遥か遠くまで飛ばし、そのまま堀へと落ちてしまった。
『レーダーに反応無し、目標の撃破と判断。……帰りましょうか、レイヴン』
『……そうだね』
何かを考えるかのようなエアだったが、すぐに帰投準備に取り掛かった。
*
『酷く叱られてしまった……』
『すみません、レイヴン……』
輸送ヘリの廊下。少々行儀は悪いが、壁に背中を預けて溜息をつく。先のヴェスパーⅦ排除。無断で出撃してしまったことに、ウォルターに酷く叱られてしまった。元々、過労気味のウォルターのために休息を申し出たというのに、ウォルターに無断で出撃したのだ。ウォルターが休むために、こちらも休むことを条件にした上でだ。約束を破る裏切り行為に、叱責が飛ぶのは当然のことであった。翌日になっても、気分が晴れる様子はない。
『でも、やると決めたのはワタシだから……』
『それは、そうですが――。っ、これは……!?』
『どうしたの? エア』
傍らに浮かぶ黒髪の少女の姿――。エアが驚いた表情となり、ウィンドウを操作していく。何かあったのだろうか。
『レイヴン、あなた宛ての依頼があるのですが……』
『依頼?』
『……ルビコン解放戦線、その実質的指導者から依頼が届いています』
『そんな、人が……?』
思わず目を見開く。エアの発言から、恐らく依頼主はルビコン解放戦線のミドル・フラットウェルからなのだろう。積極的に指揮を執る様子の無いドルマヤン。トップが動かないとなれば、別の誰かが解放戦線を動かす必要がある。それを行っているのが、フラットウェルだ。
『ええ。……改めて分かります。あなたは企業のみならず、ルビコニアンにも注視される存在なのですね』
『……ガリア多重ダムで、レッドガンと戦う理由が出来ただけ』
『ですが、先程の依頼もあなたは成し遂げた。依頼人の男性も、あなたを信頼しているようでした』
確かに、彼らからすれば圧倒的劣勢である解放戦線に手を貸す稀有な傭兵だと思われているのだろう。“壁”のように、事と次第によっては彼らを蹂躙する側ともなり得るが……。それを理解した上で、フラットウェルは接触を図ってきたのだろう。
『惑星封鎖機構の襲来を受け、ルビコン解放戦線は中央氷原に支部を編成しました。あなたの手を借りたいのか、あるいは、直接あなたを見定めたいのでしょう』
「……」
依頼とならば、確認する必要がある。だが、この依頼が来ていることをウォルターは把握しているのだろうか。連続して彼の断りも無しに出撃するのは、少し胸に痛みが走る。
『……確認をするだけしてみましょう。どうするかは、あなたに委ねます。遂行するか否かはあなたに託す。そう、互いに意思確認をしましたから』
ヴェスパーⅦ排除から帰投する際、エアの身分を確認した上で、ルビコンに生きる者として解放戦線の依頼を回すことを了承し、決定権はこちらにあることを確認した。ならば、内容を確認するだけならば問題ないはずだ。ひび割れたタブレットに指を滑らせていく。
〈ルビコン解放戦線。中央氷原支部指令、ミドル・フラットウェルだ〉
聞き覚えのある声。確か、ガリア多重ダムの暗号通信にて打診してきた男性の声だ。まさか、あの大物からの通信であったとは。
〈我々はベリウス本部との両面作戦で、企業勢力に対する反転攻勢を強めているが。いま最も恐れるべきは、惑星封鎖機構の機体が敵の手に落ちること。星外企業の技術力と資金力があれば、鹵獲機体の解析や再現は難しくはない。その強欲は……、やがて封鎖機構をも飲み込む恐れがあるのだ〉
「っ……」
あり得ないはずの、頭部に痛みを感じる。思わず目を瞑ったその時、目まぐるしく光景が移り始める。
大量の、HCとLC、艦隊。だが、そのいずれも惑星封鎖機構のエンブレムではなく、違うモノに変わっていた。それら全てを破壊していく戦っている時の感覚まで蘇る。
そして、赤く燃え続けている空を飛ぶ、錆色の綺羅星。容赦なくその星を叩き落そうとする――
『――、レイヴン!』
「かはっ……!」
エアに呼ばれ、ようやく意識がはっきりとする。妙に息苦しく、肩で呼吸をしている。どれだけの間、呼吸が止まってしまっていたのだろうか。
『……大丈夫ですか?』
『ごめん、大丈夫……。仕事……』
『ですが――』
『今は、違うこと考えたい』
『……分かりました。もう一度、ブリーフィングを流しますね』
数度深呼吸を行い、荒い呼吸を整える。こちらが落ち着いたのを見計らって、エアがブリーフィングを再生してくれる。
〈そこで今回の依頼となる。ヒアルマー採掘場に配備された、封鎖機構の新型HCおよびLC機体。これを奇襲撃滅し、機体情報が企業にわたる可能性を未然に防いでもらいたい。独立傭兵レイヴン、色好い返事を期待している〉
これが、送られたメッセージの全文。ミドル・フラットウェルは、こちらの実力を評価した上でこの依頼を送ってきたのだろう。ガリア多重ダムから、解放戦線の依頼はこなしてきた。彼の目に留まる程の実力は示せたのだろう。そして、ヴェスパーⅦ排除の依頼が送られて来たのも合点がいく。中央氷原入りしてすぐ、惑星封鎖機構の全面的な宣戦布告を行った。その折に、ラスティから大まかな戦況を説明してくれた。ラスティの情報提供通り、惑星封鎖機構の本格的な介入を好機にしようとルビコン解放戦線は動いているようだった。彼は、甘く見積もりすぎていると切り捨てていたが……
(でも、フラットウェルの見立ては……)
正しいと、考えてしまう自分がいる。先の光景を見たせいだろうか。具体的なビジョンをもう一度手繰り寄せるのは難しい。だが、現在の企業には、AC以外の戦力はBAWS製のMTに頼るしかない。もし、もっと強さを求めるとなれば、改善点はそこになってくる。MTよりも強力なLCやHCが手に入るようになれば、それだけで、企業の強さは跳ね上がる。企業が勢力を強くし、コーラルを独占されては、ウォルターの目的も完遂出来なくなる。それは、避けなければならない。ルビコンそのものの自立を目指しているだろう解放戦線とは目的は違えど、利害は一致している。
『レイヴン、解放戦線の司令から直接の依頼とは、極めて異例なことです。彼らにも……、意識の変化があったかもしれませんが……』
『……受けてみようと思う。企業が強くなるのは、ワタシたちも不利になる』
『……』
『大丈夫、平気』
突然のことに取り乱してしまったことに、エアは心配しているのだろう。大丈夫と口にしても、本調子と言えるかと言われてしまっては、嘘になる。格納庫へ足を向けようとしたその時だった。
「そこにいたのか、621」
向こう側から、ウォルターがゆっくりと歩いてくる。こちらから歩み寄って彼の負担を減らす。
「お前宛ての依頼があるが……、その様子では確認したようだな」
「……うん。ルビコン解放戦線から」
ウォルターにはお見通しのようだった。また、無断に出撃するところであった。タブレット端末を見せ、詳細を知らせる。
「……ミドル・フラットウェルから直接、か」
「……うん」
「……恐らく、フラットウェル本人が出向く可能性が高い。下手に俺が介在すれば、彼らから得た信用を失う可能性が高いな。お前の状況記録こそは継続するが、単身で出向く方が良いだろう」
「いいの……?」
「今のお前は、名も実力も売れた傭兵だ。だまし討ちを検討していたのならば、返り討ちにしてやればいい」
『レイヴン、ウォルター不在の部分は私がサポート致します』
実質、ウォルターから許可が出たものだ。これで、憂いはない。
「……わかった」
こくりと頷き、カサブランカの元へと向かった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
『ミッション開始。惑星封鎖機構の新型HCおよびLC機体を撃破します』
投下された先はヒアルマー採掘場。この中央氷原に入った際、初めて任務で訪れた場所だ。アーキバスに遅れを取ったベイラム、正確には
『――これは、ミドル・フラットウェルからの通信です。ウォルターの読みは、当たっていたようです』
『了解、繋げて』
〈独立傭兵レイヴン、協力に感謝する。目標は二地点に分散しているが、仕掛ければ応援は避けられないはずだ。どちらを先に叩くべきか、お前の判断に委ねよう〉
「……わかった」
通信を繋げて来たのは、ブリーフィングで聞いた声の主。ミドル・フラットウェル本人だ。ガリア多重ダムにおいても、こちらの声で返事を出している。これでウォルターが対応すれば、フラットウェルが抱くのは不審感だ。ウォルターの懸念通り、こちらが単独で出るのが正解だったようだ。MTを迎撃しながら、まずは最寄りの目標へと向かう。
『新型HCを確認。近接適性を強化した執行機体です』
整備中だろうか。ハンガーに固定された一機と、警備しているだろうMTが二機。いずれ、どちらも破壊しなければならないのだ。ならば、最寄りのこちらから対応する。ハンガーに固定された機体に向けて、レーザードローンを向かわせ、アサルトライフルとリニアライフルで先制攻撃を行う。
〈敵襲だと!? 止むを得ん、調整は中断だ。起動するぞ!〉
ハンガーから離れるまでの数秒で距離を詰め、パルスブレードを振るう。ACS負荷限界を迎えたHCに、リニアライフルに換装して二丁で追撃を与えていく。雑魚の処理を後回しにしたダメージがカサブランカに蓄積される。
〈企業に雇われたか? 単機で来るとは見上げた度胸だ。だが、所詮は既存パーツの寄せ集め。この新型の敵ではない!〉
ACSが復帰したHCが大ぶりなレーザーブレードを振るうも、レーザーブレードよりも早く小回りが効くパルスブレードがHCを薙ぎっていく。だが、それだけでは落ちない。MTの連携も含めて、宙に舞ったHCが一直線に向けて振るうレーザーブレードを避けれずに受けてしまう。リペアキットを使い、すぐにリカバリーをする。
〈独立傭兵レイヴン、HCは封鎖機構の技術を結集した最新鋭機だ。企業の手に渡れば、厄介なことになる……〉
(っ、また……)
またもや、頭に痛覚が走る。あの機体とは、
気付けば、ターゲットが体勢を崩したHCではなくMTにずれている。MTを撃墜させるも、地形に追い込まれたHCによる追撃を受けてしまう。二つ目のリペアキットを使い、パルスアーマーを展開する。
〈それなりにやるようだな……、ACの動きとは思えん〉
『効いています、レイヴン!』
HCのレーザーブレードの一撃を、パルスアーマーが護ってくれた。アサルトライフルとリニアライフルの攻撃の手を緩めない。LC二機が合流するまでの予測時間も僅か。狭い地形に入り込んだHCに向けて、パルスブレードを振るうも足りない。足りない一打を、ブーストキックで蹴り飛ばした。
〈システムの判断は――、馬鹿な……、寄せ集めに、執行機体が……!〉
『敵性反応接近、LC機体が二機!』
〈局面は勝勢ではある……。独立傭兵レイヴン、油断はするなよ……!〉
機体を反転させる。LC二機がすぐそこまで迫ってきている。リニアライフルに換装し、LCの方へと向かう。
〈少尉……!? どういうことだ、少尉の機体が……〉
〈あのACの仕業か!? 対処するぞ!〉
『レイヴン、複数を同時に相手取るのは危険です。攻撃を集中して、各個撃破を!』
『わかった』
先行している複合武器を携行している支援型のLCとエンゲージする。レーザードローンを向かわせ、二機から放たれる銃弾やミサイルを回避していく。最後のリペアキットとパルスアーマーを使い、エンゲージした支援機に目標を定める。幸いにも、支援型のLCはそこまで耐久性能がない。アサルトライフルとリニアライフル、レーザードローンによってすぐに体勢が崩れた。そのまま、二丁の弾丸が停止したLCを射貫いていく。
〈AC単機で……、ここまで……!?〉
〈コード31A、二級士長がやられた!〉
『目標LC機体、一機撃破』
後はもう、どちらが先に倒れるかの勝負だ。アサルトライフルとリニアライフルの実弾がLCのシールドにダメージを与えていく。レーザードローンを放ち、シールドが壊れた衝撃で体勢を崩したLCに向けてパルスブレードを振るう。接近したこちらに向けて、バズーカによる反撃を喰らい、こちらも体勢を崩す。
『レイヴン、機体が……!』
『大丈夫、勝てる』
どちらも後は無い。いかに相手の弾丸を避け、こちらの弾丸を当てるか。自機の耐久性能が信頼できるかだ。だが、パルスブレードの追撃が差をつけたらしい。僅か数秒の撃ち合いで、決着がついた。
〈機体が……、持たない……!〉
『全目標の撃破を確認しました。ミッション完了です』
作戦エリアから離れるように移動する。ようやく、一息をつくことが出来る。
〈“レイヴン”……。その名に違わぬ、羽ばたくような戦いぶりだ〉
移動中、フラットウェルから通信が入る。
〈……あるいは、お前ならば〉
「……なに?」
〈ルビコンの灼けた空を越え、まだ見ぬ自由を選べるのかもしれん〉
「……」
抽象的な言葉の意図を汲み取ることは出来ない。少なくとも、彼本人からの信頼を得ることは出来たようだった。
*
621が帰投する合間、通信が入る。相手は、カーラからであった。
〈調子はどうだい? ウォルター〉
「難しいところだ。621の仕事は堅調だが、どうやら幻聴が続いている。様子を見る限りでは、あいつを損なうようなものではなさそうだが……。まさか、無断で夜間出撃を行うとは……」
解放戦線からの依頼だったと、無断で少女が出撃したことを振り返る。確かに、解放戦線からの依頼について考えてはいた。それを、少女が気付かぬ内に受託して、出撃して行ったとのことだった。出撃中は、エアという存在が支えてくれたのだと。
彼女の幻聴は重症のようにも見える。妙に、思考パターンの乱れも観測される。だが、人間性の発露と言う意味では、幻聴の症状をイマジナリーフレンドと考えれば良い傾向とも言える。彼女が、自分の意思で勝手をするようになったのだから。そして、かのミドル・フラットウェル直々に指名の依頼が入るようになり、こちらのサポートが無くとも十分に働けることも、証明された。
〈……あんたの調子を聞いたつもりだったんだけどねえ、おとうさん? まあいいさ〉
カーラが溜め息をつく様子が目に浮かぶ。彼女の父親なぞ。そんなもの、自分には相応しくない。
〈それより、コーラルをさっさと見つけた方がいい。“友人”たちが危惧していたとおりさ。封鎖機構の相手ばかりしてると、ことによっては間に合わなくなるよ〉
少女がヒアルマー採掘場に向かった同時刻。
その依頼はどうやら、別の傭兵が受けて遂行した。その時、エンゲブレト坑道から旧型デバイスを破壊した程度では起き得るはずのない、多量のコーラルの逆流現象が起きたのだ。この出来事は、既にカーラにも共有している。やはり、この半世紀でコーラルは増殖している。それも、かの厄災に至れるほどに。
「……カーラ、アレを探すのを621にやらせようと思う」
〈アレかい? 確かに、保険はかけておくか。ちょっと待ってな、あの子に問い合わせて、調査ドローンを飛ばす〉
自分たちの為すべきことのため、兵器を成り果てた少女を利用する。だが、それが必要な事であった。
*
無事に、輸送ヘリへと帰投する。パイロットスーツやヘルメットに熱が籠っている。カサブランカから降り、ヘルメットを外せば冷たい空気が気道を刺激していった。
『レイヴン、ミドル・フラットウェルの言葉を覚えていますか?』
『フラットウェルの?』
いつ戻って来てもいいようにと、ウォルターが用意してくれたのだろう。作業用テーブルに保温保冷に優れたステンレスボトルが置かれている。キャップを開けて口にすれば、冷たいスポーツドリンクの味がした。
『“ルビコンの灼けた空を越え、まだ見ぬ自由を選ぶ”。警句を唱えて外敵に向かうのは、思考停止にも似た側面があります。フラットウェルは……、新たな可能性を模索しているのかもしれません』
『新しい、可能性……』
ルビコン解放戦線は、“コーラルよ、ルビコンと共にあれ”と警句と呼ばれるものを口にして戦っている。アイビスの火による文明や生活基盤の崩壊を考えれば、宗教というものは人々に簡単に浸透していく。それが、何十年も続けば歪みというものは生まれるのだ。既に、今の解放戦線に対して目を向けているかも定かではないサム・ドルマヤン、そんな彼の様子を伺うこともなく教えを信じている解放戦線。ミドル・フラットウェルというブレーンがいなければ、とっくに組織は立ち行かなくなっていたのだろう。そんな彼からすれば、ドルマヤン本人にも、組織にも何かしらのきっかけや可能性を得たいと考えていてもおかしくない。その思いの一端をこちらに吐露したと考えると、信頼を得たと考えて良さそうだった。
『……レイヴン、本調子ではないというのに依頼の遂行、ありがとうございました』
『え?』
『ミッション中、痛覚パターンと、思考パターンの乱れを検知しました。あなたには無理とワガママに付き合わせてしまった』
何かしらの、フラッシュバックする瞬間。エアには気付かれていたらしい。エアが気付いているとなれば、ウォルターも気付いているのだろう。
『ごめん。ワタシにも、どう言葉にすればいいのか分からない。見たことないのに、見たことあるような感じがして。その時の、気持ちすらも伴ってきて……』
『それは、フラッシュバックに似ていますね……。あなたが強化施術を受ける前の記憶でしょうか?』
首を横に振る。これは、施術を受ける前の焼け落ちてしまった記憶ではない。それは断言できる。炎のように現れてはすぐに消えてしまう記憶は、むしろ、このルビコンでの出来事のような気がしてならない。鹵獲された封鎖機構の機体の大群も、青空を覆ってしまうような真っ赤な空も、その空から現れる錆色の綺羅星も――。傍らにいる彼女がいなくなってしまうことすらも。
『……この話は、なるべくしないようにします。あなたのその沈痛な面持ちは、触れてはならないことだと言うことは、分かります』
『……ごめん。ワタシにも、これがなんなのかは、分からない。でも、触れないでいてくれると、助かる』
思い出そうとしても思い出せるものではない。むしろ、その記憶に触れようとすれば、未だによく分かっていない心が壊れてしまいそうで。その記憶は、“今”に必要なものではない。
『ゆっくりと、休みましょうかレイヴン。そう言えば、あなたのタブレット端末に、映像媒体と音声媒体の同時視聴による履歴が複数回ありました。それでリラクゼーションを図りましょう』
「待って、それは」
思わず言葉が口から出てしまった。恐らく、映像媒体はこのルビコンに密航する前に録画してくれた宇宙の光景だ。問題は、音声媒体の方だ。これは、例えエアであっても知られてほしくない。エアが傍らにいるようになってから、音声の方は滅多に聞かないようにしていた。
『そう言えば、レイヴン自身の視聴したいものに配慮していませんでした。サブカルチャーの類は、ほとんど私が見たいと申し出たものばかりで……。保存記録から、私と出会う前から視聴していたものがあるという認知はしていました。中身は拝見していませんが――』
『し、しなくていい……!』
『映像記録は最も古い日付で、音声記録の方は――』
『――、エア!』
こちらから、彼女の行動に干渉することは出来ないことに初めて不便を感じた。そして、音声記録についてエアから圧のある質問攻めをされるのであった。