ワタリガラスにカサブランカの花束を   作:櫻木ゆすら

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ひとりぼっちの灰色の子狼が、一匹の錆色の狼になる話


うそつきおおかみー三

「そこまで! 勝者はアッシュ!」

 白兵戦闘訓練。問題ない。非殺傷武器ならば、相手を殺す心配は無かった。

 

「射撃訓練は――。またアッシュが一番だな」

「他の奴らも頑張っているが、あいつは格別だ。だが、それが良い刺激となっている」 

 それはこちらも好都合だ。技量を高めるためには、強者と競争が必要だ。

 

 着実に、実力を身につけて行く。解放戦線の戦線訓練課程は、我流でどこか不足があった技量が洗練される。それでも、荒削りには変わりないが。

 そしてこの訓練課程は何よりも、これまでの人生では得られなかった経験を得ることが出来た。

〈この野郎! そのキザったらしい面、今回で潰してやらァ!〉

 バーストマシンガンを撃ちながら、真っ直ぐに突っ込んでくるBAWS製BASHOフレームのAC。パイロットの直情的な性格は把握している。アサルトライフルで牽制しながら、クイックブースト移動で回避していく。

(……ん?)

 ふと地形を見やれば、三方向が岩壁となっている。上手く誘導されていたようだ。

〈今回こそは、勝たせて貰うぞ!〉

 片腕に構えたバズーカが、天井の岩へと向かう。閉所に追い詰めた挙句、落石をも利用する。真正面から突っ込んでくるだけの単純だと思っていたが、今回は珍しく頭を使ったらしい。

「……」

 だが、このまま負けるつもりはない。回避も交代も出来ないならば、前進するのみだ。アサルトブーストを吹かせ、迫りつつある目の前のACを蹴り飛ばしていく。

〈この、クソッ……!〉

 倒れたACに向け、銃口を突き付ける。そのタイミングで、模擬戦の終了を告げるアラートが鳴り響いた。

〈二人ともそこまでだ。さすがアッシュだ。バートも、環境利用の戦法は悪くなかったぞ〉

 銃口を降ろし、ACが立ち上がれるように離れる。倒れたBASHOフレームは立ち上がり、コクピットハッチが開く。

〈今回は行けると思ったんだけどなあ、クソ!〉

 悪態をつきながら、パイロットが出てきて一息ついている。こちらも、合わせてコクピットハッチを開き、外へ出た。

「ああ。少しだけ、肝を冷やしたな」

「ああ? ンな面で信用出来るかってんだ」

 ヘルメットを外せば、冷たいが火照る頬を突き刺し、伸びた髪をなびかせていた。

 

 

 模擬戦用のAC二機が格納庫に収まる。解放戦線の戦闘訓練で初めて触れた、鋼鉄の巨人。コクピットや基本的な動力系統の規格は同一であるが故に、アセンブリによって様々な戦い方や、戦場の立ち回りを可能とする。この鋼鉄の巨人ばかりは、今までの生活では触れることすらままならなかっただろう。ACの操縦に関しては、同期と同じく初めて触れたものだったが、すぐにその技術を自分のものに出来た。

「惜しかったなー、バート。これで連敗記録更新か」

「うるせえ! 次は絶対に勝つ!」

 こちらを睨みつける茶髪の青年。気付けば、こちらを見下ろしていたガキ大将は、同じ視線か少しこちらを見上げているようにも見える。

「ワルガキ共! 身体を休めるのを忘れるなよ!」

 整備士の一声に、自然と格納庫に留まっていた面々が解散し始める。悪態をつかれることに、既に慣れてしまった。ロッカールームへと向かい、汗や汚れを落として普段着へと着替えていく。

 フラットウェルに誘われ、解放戦線に加わってから早十数年。最初の数年こそはひたすら訓練を積み重ねていく日々だった。解放戦線の訓練が終われば、フラットウェルから直々により洗練された個人訓練が加わる。そんな日々を過ごしたせいか、同期たちの中ではトップの成績を収めることが多くなってきた。身体作りが終われば、次はMTやACの訓練へと移行されていく。基本的な操縦操作を身に付けば、模擬戦へ。摸擬戦を越えれば、実戦だ。

 既に、幾度か実戦へと赴いた。実戦と訓練は違う。もういなくなってしまった同期もいる。それでも、生き残った面々は次の出撃のために訓練と摸擬戦を継続する。既にもう、警備任務に就くとして離れた同期もいるが……

「お疲れ様、アッシュ」

「アーシルか。そちらもお疲れ様」

 帰路に就こうとすれば、同じく仕事を終えただろうアーシルがこちらへと向かってくる。昔は、彼の方が少し背が高かったというのに、すっかり背丈を追い越してしまった。

「また、バートに摸擬戦を申し込まれたのだろう? 前線組は常に気合に満ちているな」

「というよりは、私たちの世代は独立愚連隊として、上の連中も鉄火場以外に出したくないのだろう」

「それは……、そうなのだが……」

 アーシルが言葉を濁す。彼が言わんとすることは分かる。こちらが入隊した世代はバートを始めとした素行が良くない連中が多い。そんな中に現れた新人にして、彼らを上を行く存在。彼らからしたら面白くない存在が現れたのだ。ありとあらゆる悪意を向けられてきたが、その全てを実力で黙らせてきた。逆境である方が、こちらも良い鍛錬となる。結果、アッシュが不良連中の抑止力となり、不良連中も打倒アッシュを目指すべく研鑽を重ねる。最も荒れた世代は、最も洗練された独立愚連隊として、解放戦線の鼻つまみ者集団となったのだ。哨戒にも警備にも任を宛てるには不安がある。危険度の高い任務に向かわせる鉄砲玉として扱うのが丁度いい。その鉄砲玉が、実力者であるが故に当然のように戻ってきてしまうのだが。

「しかし、本当によく耐えられるな。愚痴ぐらいなら聞くぞ」

「必要ないさ。元からあいつらは、興味がない」

「全く……。話し方に角は立たなくなってきたが、言葉は相変わらずだな」

「君だから本当のことを言っている」

 それでも、隠している本音はいくつかあるのだが。アーシルだからこそ、口に出来る言葉があるのも事実だ。アーシルと会話を重ねるのは数少ない有意義なことだ。彼の話し方や言葉遣いは、相手の警戒を緩める。他者から好印象である方が、情報の引き出しはスムーズになるのだ。人当たりの良い話し方を研究するには、彼の言動を観察し、真似るのが一番だった。

「……」

「……どうした?」

「いや、本当に変わったな。と改めて思ったのさ。一応は、協力の姿勢を見せられるように丸くなったし、背丈も伸びて、体格も逞しくなった。声変わりの時は、こちらも驚いたさ」

「いつの頃の話をしているんだ……」

 どうも、アーシルの中ではフラットウェルに拾われたばかりの頃の印象が強いようだ。背丈が伸び、白兵戦や射撃訓練には参加していたのだから、彼もそれなりに体格というものはしっかりとしている。声音だってそうだ。それでも、誰かを気遣う姿勢は崩さず、武力ではなく知力を持って奔走している。アーシルの美点とも言うべきところは、ほとんど変わっていなかった。

「ああ、すまない。昔を懐かしみたいくらいには、私も疲れているようだ」

「愚痴を話したいのは、君の方では?」

「そうなってしまうな。だが、やめておく。聞かされる君も、困ってしまうだろう」

「……そうだな」

 アーシルの疲労の原因。現実をよく分かっていないドルマヤン派と、現実を見ているが故に異端視されるフラットウェル派。その両者の言葉を聞いて回ること。相談役として、東奔西走しているのがアーシルだ。頭が回り、尚且つ他人の話をしっかりと聞く姿勢を持つ彼だからこそ出来ることでもあった。

「と、この辺りまでだったな。食事と休息は怠るなよ」

「ああ、分かっているとも」

 アーシルと別れ、フラットウェルに貸し与えられた住まいへと戻る。自立が認められる年齢になってからは、フラットウェルの自宅から離れて一人で暮らしている。一人で暮らすにしては少々広いが、何人にも干渉されない集落の離れにあるこの住まいは存外気に入っている。それは、集落の中に起きる同調圧力や洗脳の類から距離を取れるというのも利点だ。人付き合いをすれば、信仰せよという圧力がどうしてもかかってくる。そんなことに時間を費やすくらいならば、自主鍛錬に時間を回したい。

(今日は、特にはないようだな……)

 帰宅してからまず確認を取るのは、フラットウェルからの連絡だ。解放戦線の戦士の一人としての時間が終われば、フラットウェルから追加の鍛錬が施される。大抵は話術のシミュレート、訓練課程では教わらない暗殺術、自分の顔と身体を利用した()()術と、これまで生きていくために利用していた後ろめたいこと全ての技術。それを精錬するのが、フラットウェルの追加の鍛錬だ。単独で、生身でもACでも行動できる技術を。相手に潜り込み、情報を探る手段を。その技術を身に着けることが、この現実に対する反攻の一種となる。恐らくは、どこかへと送り込むことを想定にフラットウェルは試案しているのだろうが……

(封鎖機構は、あり得ないな。だとすれば……)

 簡単に家のことや、食事や身嗜みを整えていく。フラットウェルはこちらに何をさせようとしているのか。どう考えても、惑星封鎖機構へと潜り込ませようという魂胆は無いように思える。ならば、他に考えられる選択肢はACのパーツ開発及び売買をしているという企業か。企業に送り込まれるとして、何を目的とするのか。

『たった二人で出来ることなぞたかが知れている。だから、長い時間をかけて準備するのだ。解放のための力と、その手段を』

 フラットウェルが言っていた言葉。その真意が意味することは――

「アッシュ、まだ起きているか」

 連絡がない代わりに、直接訪ねて来たようだった。思考に耽るのをやめ、フラットウェルを迎え入れる。

「何用だ?」

「なに。お前も力を身に着けて来た。そろそろだと思ってな」

 そろそろだと語るフラットウェル。ようやく、彼の計画が始動しようとしているのか。

「ようやく、動けると?」

「ああ、お前が育つまでを。その合間にも、そうだな。星外の連中を交渉をしていたと言えば伝わるか?」

 フラットウェルが秘密裏に複数の相手と交渉しているのはなんとなく分かっていた。それが、星外の連中ということなのだろう。

「あなたが何かをしようとしていたのは気付いていた。だが、星外とは……」

「我々、解放戦線だけでは惑星封鎖機構を相手取ることは無理だ。ならば、足りない戦力を補うしかあるまい。育成を施そうにも、時が掛かる上に、育成を施す側が未熟ではそれ以上が伸びることは無い。それは、お前も分かっていることだろう」

 それは、紛れもない事実だ。こちらはたまたま、戦う経験があった。そして、フラットウェルからの指導もあった。故に、訓練課程において上位の成績を維持出来たに過ぎない。惑星封鎖機構は、更にその上を行くのは自明の理だ。解放戦線全体の戦力と熟練度は、足元にも及ばないだろう。

「……そうだな。練度を上げようにも、限界が近いと見える。私の世代が、たまたまほとんどが上澄みにこれたようなものだ」

「ああ。我々だけで事を起こすのは不可能と見て良い。ならば、外部の力を頼る必要があろう」

 自分たちだけで惑星封鎖機構と戦うことは不可能である。フラットウェルが断言するというのであれば、無駄だと割り切ってしまっているこちらの捉え方も間違っていなかったのだろう。

「外部に協力を求めるとして、この惑星に手を貸そうとする物好きなぞ……」

「……いるんだ、そんなバカ共が。名は、シュナイダーという企業だ。エルカノの技術に価値を見出し、その上で我々の解放に手を貸しても良いという物好きだ」

 本当にそんな物好きがいるとは。ルビコンの外はどこまでも広いのだと、改めて思い知らされる。

「エルカノの技術を欲しがるのは良い。その先までとなると、随分と企業様は慈悲深いものだ。どういう下心なのだ? コーラルか?」

「――封鎖機構の干渉がない空、だそうだ」

 シュナイダーとは、フラットウェルが言い淀むほどの、変人奇人の集まりらしい。協力する代わりにエルカノの買収や、コーラルの提供を求められるものだと踏んでいたが、違うようだ。

「本当に物好きらしいな。とはいえ、一企業が加わったところで」

「ああ。たかが一社ではどうしようも出来ん。だが、シュナイダーはアーキバスと呼ばれる企業グループに属している身だ。シュナイダーだけでなく、()()()()を利用すれば良い。企業が動けば金も動く。そうなれば、金で働く独立傭兵たちも姿を現すだろう」

 シュナイダーは足掛かりで、戦力の本命はアーキバスであるようだ。シュナイダーが変人集団なのはまだ良いが……

「独立傭兵は良いが……。アーキバスは、いずれ敵になるぞ」

「ああ、ヤツらの欲深さは底知れない。コーラルが残留していると分かれば、そちらに舵を切るだろう。だが、それは封鎖機構が黙っていないだろう」

「ルビコンを解放するために、ルビコンを戦場にする気か? それは――」

 フラットウェルの黒い目がじっとこちらを見ている。思わず息を呑んでしまう。彼は、本気だ。この惑星を戦場にする覚悟も出来ている。惑星封鎖機構に企業をぶつけ、両者の損耗を企てる。あまりにも、リスキーが過ぎる。企業が瞬殺されれば、より惑星封鎖機構の圧力が増すだろう。企業がルビコンに駐屯している惑星封鎖機構を討てば、今度は企業が敵となる。どちらが勝っても、こちら側が不利になる。こちら側が勝つためには、両者が損耗しなければならない。

「――現実的じゃないな。こんな状況であろうと、コーラルの占有を巡って内部分裂が起きているのは聞いている。共通の敵を作るのは間違っていないとは思う。だが、あまりにも……」

「分かっている。全てが机上の空論。皮算用だ。上手くいけばという理想論だ。だが、それしか手段がないのだ」

 知将とも言える人物が、それしかないと語る。それだけ、この惑星は限界に差し迫っている。出来得る最善策を施し、後は天命に任せるしかない。どう転ぶかは分からないが、最善になるように調整を重ねるしかないのだと。

「……あなたの考えは分かった。それで、私は何をすればいい」

「ああ。お前には、シュナイダーへ向かってもらう。シュナイダーを足掛かりに、アーキバスへと潜入する。一人でも、我々の手駒があるだけでも違うからな」

 シュナイダーを接点に、アーキバスへと潜入する。アーキバスの動向を探れるだけでも、戦況の調整は可能となる。少しでも状況をマシな方向へと向かわせるならば、密偵は必要だろう。

「やることは分かった。だがどうやって、そのシュナイダーの元へ行く。今の私には……」

「分かっている。次にお前たちに向かわせる作戦がある。そこで、お前たちは()()してもらう」

 死を偽造して解放戦線から離れ、シュナイダーに合流するということなのだろう。それもアッシュを、アッシュの戦い方をよく知るだろう同期たちを道連れにして。個人が消えるより、一部隊の全滅となれば、確かに詮索される可能性は低くなるかもしれないが……

「――良いのか? 素行は良いとは言えないが、貴重な戦力だぞ?」

「お前を伏せるための口封じもそうだが、企業が足を運ぶための理由を。この惑星を戦場にする火種を撒く役割を、独立傭兵に任せたい。形だけでも、解放戦線が独立傭兵の存在を受け入れるためには、お前たちは()()()()()()()

 閉鎖的な解放戦線のことだ。戦力差に関係なく、独力で解決しようと勤しむだろう。少しでも、自分たちに置かれた現実を自覚するためには、その勢いと強さを削らなければならない。中途半端な強さを持つ愚連隊を存続させるより、確かな強さを持った独立傭兵を頼る方が、確実だ。

「――なるほど。それが、愚行となるか。快挙となるか」

「どうだろうな。貴重な戦力を使い捨てる愚行であることは重々承知している。だが、古い血肉は削げ落とさなければならないのも事実だ」

 結局は、愚連隊の面々はドルマヤン派がほとんどだ。思考停止した大人の元で育った少年少女たち。成長した彼らもまた、その思考停止は受け継がれてしまった。信仰こそが正義であり、救いであると。質が悪いのは、彼らに実力があることだ。力を持った彼らが中心となれば、フラットウェルが考えるような、密約を交わした三つ巴戦争は成り立たなくなるだろう。同調圧力や学びの機会が少ないというのは、どうしても過激なものが正しいと誤認させていく。

「私たちは虐殺者にして裏切者、か」

「――やはり、堪えるか?」

「まさか」

 本当に心苦しいのは、そちらであるだろうに。

「精々する。そう思えるように育てたのは、あなただろうに。罪悪感は、無いわけではないが」

 彼らを全滅させる。それに確かな躊躇いがあることには驚いている。それでも、目の前の義父がそれしか方法が無いのだと言うのならば、裏切者として後ろ指を指されることくらい造作もない。この惑星を解放するために、人民を犠牲にする。犠牲が無ければ成し遂げられない。それだけ、自分たちの置かれている立場というものは、弱く、限界に近いのだと。

「――そうだったな。彼らとの交流を意図的に断ち切ったのは、私だったな」

「それで、次の任務で愚連隊はどのように死ぬのだ?」

「ああ、それは――」

 フラットウェルが語るのは、争いが続く地域においてありふれたものだった。敵の拠点へと赴くものの、()()()環境が牙を剥き、敵諸共地形によって殺されるというものだった。解放戦線には、まだ生きているかもしれない同志を探す余力はない。この隙に、星外へと向かうのだと。そして、この愚連隊の全滅は、慢性的な惰性を持ち始めた解放戦線を焚きつけるために有効活用するそうだ。

 そして、実行当日。勇猛果敢に立ち向かった愚連隊は、確かに惑星封鎖機構の一拠点を落とすことに成功した。しかし、経年劣化から不安定になり始めたその地形は、愚連隊と惑星封鎖機構に牙を剥き、諸共を轢殺していったのだった。戦局が落ち着いた頃合いを見計らい、解放戦線の有志は救助活動を行うものの、既に時間が経っていることから生存はほとんど見込めなかった。

 愚連隊の雄姿と悲劇は、データではなく物理媒体に記録され、確かに人々に強く記憶に刻まれたのだった。

 

 

(フラットウェルの情報では、ここで良いはずだが……)

 不慣れな衣服を纏い、帽子でなるべく顔を視線を隠していく。()()()()()から逃げ延び、フラットウェルの指示の通りにあの惑星から星外へと密航した。改めて、人類の生存圏の広さを思い知る。惑星だけでなく、宇宙や衛星にすらその生活圏を広げているのだ。そして、外の世界は、飢えと寒さと紛争に苦しむのは一部であり、ほとんどがそうではないということだ。そして、外の世界の空は、作りものではあるものの、赤が混ざることがない白いだ青が広がっているのだと。

 偽造パスポートで、ある程度身分を誤魔化すことは出来た。フラットウェルが記したルートを元に星間を渡り歩き、ようやくシュナイダー社の本社があるという場所に辿り着いたのだ。

「やあ、君が我が社の人材公募プログラムの応募者かな」

 声を掛けられそちらに振り向く。そこには、長い茶髪を一つにまとめた眼鏡をかけた碧眼の男性の姿があった。

「ああ、失礼。僕はこういうものでね」

「……」

 提げていた名札を見せる男性。名前はアルドリック・ベルヴァルト、シュナイダー社の社員であるようだ。

「……なるほど。フラットウェルから聞いた通りだ。君が、ルビコンⅢから来たお客さんか」

「……フラットウェルを知っているのか」

「まあね。彼、シュナイダー(ウチ)にいた時期があるから」

 フラットウェルを知っているとなれば、こちらの事情を知っている人間なのだろう。強めていた警戒を、少しだけ緩めていく。

「さて、まるで手負いの獣のような男だと聞いていたが……。改めて、君の名前を聞こうか」

「私の名は――」

 あの作戦が行われる前、フラットウェルと打ち合わせをした後の事だった。

『アッシュ。記録上はお前は死んだことになる。お前には、別の名前で活動して貰う』

 死を偽造するのだ。死者の名前を使う訳にはいかない。故に、違う名前を与えられることになったのだ。

『そうだな……。これからお前は――』

()()()()だ」

 錆の意味を持つ言葉。鈍るという意味合いもあるらしい。ルビコンを解放する。この使命を成し遂げるために、どこまでも自分という心や自我というものに対して鈍感になる必要がある。そういう意味では、この名前は確かに、これからの自分に必要な意味を持つ。

()()()()くん、ね……。改めて、僕はアルドリック・ベルヴァルト。もちろん、君たちの悲願には協力を惜しまないよ。僕たちも、封鎖機構がいない空が欲しいんでね」

 まさか、戯言ではなく本当にそう考えていたとは。打ち砕かれた空への憧れが、蘇りそうになる。

「改めて、シュナイダー社にようこそ。新入りくん」

 差し出されたアルドリックの手を、握り返した。

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