〈通信が入っています〉
帰投した直後、COMからの通知が入る。ヒビが入ったタブレット端末を操作して通信を確認する。そこに映し出されたのは、気だるげな表情をした黒髪に褐色の肌、金色の瞳を持つ青年の姿が映し出された。
「……あなたは?」
〈RaDのチャティ・スティックだ。花火会場では世話になったな〉
「チャティ……? でも、あなたは……」
〈ああ。この姿はお前と同じだ、ビジター。俺にも、人間サイズの義体と言うものがある。気にするな〉
AIであるはずの彼にも、どうやらカーラは義体を与えているようだった。少しだけ、チャティにも親近感が湧く。
〈ボスはお前とつるんでいると楽しそうだ。これからも相手をしてやってくれ〉
「カーラは……。少し、困るけど、頼りにしている」
〈それならばよかった。用件はそれだけだ、じゃあな〉
あっさりとチャティとの通信が終わる。その切り替えの早さはプログラミングされた存在であるのだと気付かされるが、それ以外は今の自分よりよっぽど人間らしい。
『また、変わった知り合いが出来ましたね。レイヴン』
『そうだね。でも、チャティとは仲良くなれそう』
『確かに、彼とあなたは波長が合いそうです』
(チャティなら、怒らないんだ……)
相手が男性だから、エアとウォルターが変な反応をしているのか。と考えていたが、どうやらその予想は違うようだった。
『……レイヴン』
『なに?』
『いえ。調子が戻って良かったです』
『そうだね。心配をかけてごめんなさい』
解放戦線の依頼、新型機体鹵獲阻止ではこれまでの疲労が祟ったのか、自分の安全性を省みない戦い方をしてしまった。だが、ウォルターの“友人”からの依頼である無人洋上都市調査。先程のカーラからの依頼である大型ミサイル発射支援においても、十分な戦果を収めることが出来た。調子は戻ったと見て良いだろう。
『ですが、油断は禁物です。アフターケアを済ませた後は、しっかりと休息を取りましょうね。レイヴン』
『うん』
短い黒髪と星の煌めきを持った赤い瞳の少女を見上げながら、こくりと頷いた。
*
『レイヴン、今日の依頼なのですが……。ルビコン解放戦線から依頼が届いています。内容を確認してみましょう』
花火大会から数日後。エアから仕事の相談を持ち掛けられた。ヒビが入ったタブレット端末を操作する。
〈独立傭兵レイヴン、貴女に引き受けてもらいたい作戦がある〉
声からして、今度はアーシルからの斡旋なのだろう。ブリーフィング映像の続きを見る。
〈惑星封鎖機構が地上戦闘向けの特務機体……、カタフラクトを実戦配備した。我々は封鎖機構の高性能機が、企業の手に落ちることを危惧している。それを未然に阻止するため……、貴女に撃破してもらいたいのだ〉
「カタフラクト……」
その機体は、知っている。なぜなら――。今はブリーフィングの内容に集中する。
〈……カタフラクトは強固な装甲に包まれた、封鎖機構最強の地上兵器。人型MTをコアに組み込むことで、汎用性も確保した恐るべき相手だが、このコアMTを狙い撃つことができれば……、必ず勝機はあるはずだ。貴女の助力を得られることを願う〉
「……」
ブリーフィングが終わる。強固な装甲。もとい、重戦車をそのまま纏ったかのようなMT。あの機体だけは、無知な621でも知っている機体だった。自分より前にいた強化人間、同じ第四世代型だという617、618、619、620。ハウンズと呼ばれた彼らが赴いた死地にあの機体が存在し、彼らは任務を果たしたものの、誰一人として戻ってこなかったという。
『解放戦線の狙いは、封鎖機構と企業勢力の共倒れ……。現状のパワーバランスを、極力維持したいという考えでしょう。……レイヴン?』
「あ、ごめん」
自分より前にいた強化人間たち。きっと、自分以上にウォルターとの時間を過ごした彼ら。彼らに会うことは出来なかった。この義体の衣服も、リボンカチューシャも、彼らが考えてくれたものをウォルターが見繕ったという。彼らに会うことは無かったが、彼らが遺したものは、確かにある。衣服だけではない、ウォルターがルビコンⅢに到達するという事実もまた、彼らが成し遂げたもの。彼らの先に、今の自分たちはいるのだ。
『カタフラクトに、何か思い入れが……?』
『それは――』
「621、そんなところにいたのか」
顔を見上げれば、ウォルターの姿がある。エアとコミュニケーションを図る時は、自室か人気のない廊下で行うことが多い。ウォルターからすれば、タブレット端末を見ながら廊下の壁に背を預けているこちらの姿は不審に見えるだろう。
「……仕事を確認していたようだな」
「……うん」
「確か、解放戦線から一件あったな」
「……カタフラクトを撃破してほしい。だって」
一瞬だけ、ウォルターの眉が動く。先人たち――、ハウンズを全滅させた兵器だ。彼にとって、良いものではないのは確かだろう。ルビコンⅢに到達するために、ハウンズが消耗されるのを見越して621を購入、解凍した。仕事の合間にハウンズの記録は調べ、なんとなくそんな憶測が出来ていた。前任がどのような存在で、どんな末路を迎えたのかを。
「……621、今回は俺も行く。良いな?」
『こちらからも異論はありません、レイヴン』
「……わかった」
こくりと頷き、出撃の準備を行うためにガレージへと向かった。
*
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
バートラム旧宇宙港近傍の雪原に投下される。大型かつ強固なカタフラクトを相手にアサルトライフルとリニアライフルは不利になる。バズーカとグレネード、そして、パルスブレードではなくパイルバンカーを装備している。雪原をブーストで走らせながら、目標を探す。
〈……ミッション開始だ。惑星封鎖機構の特務機体、カタフラクトを撃破する〉
『カタフラクト、来ます!』
雪原をものともせず、雪の上をキャタピラで猛進していく音。七〇〇メートル以上先からも見える、猛り狂っているかのような重戦車。上部機銃から光。二門のガトリングが、ちらちらと降り注ぐ雪を消し飛ばすかのように弾丸の暴雨をこちらに向けてくる。迫る弾丸をクイックブーストで回避していく。
〈コード23、敵性ACを確認。これより交戦を開始する〉
チャージを行い、一対が重なった状態でレーザードローンを放つ。迫るカタフラクトからクイックブーストで距離を離し、右腕のバズーカを撃ち込むも重武装を支える脚部にコアMTへの一撃を防がれる。上座の可変式多機能レーザーキャノンの拡散された青い光が見える。クイックブーストを噴かせるも間に合わなかった。青い光は容赦なくこちらの姿勢制御を奪っていく。先に放ったレーザードローン達が上部銃座に向けてレーザーを放っていく。
〈優先排除対象……、レイヴン。まさか、貴様が
左腕のグレネードを撃つも、やはり頑丈な脚部に遮られる。直接、コアMTのところへと飛び込む必要があるらしい。多連装面制圧ミサイルが弧を描くも、軌道の内側に位置していたことで事なきを得るが、目の前に見えたのは高火力の武装を知らせるアラート。すかさず右腕のバズーカを撃ち、二門のガトリングの中央から放たれるグレネードの爆風に巻き込まれる。
〈あれだけの情報をリークしたのだ。そのまま隠れ去るものと思っていたが〉
『リーク……? 一体何を……』
『それは――』
分からない。それはきっと――。爆風で視界を遮られるも、脚部を使って跳躍したのが見えた。やはりあの重量では、ACのクイックブースト程距離を取れるものではないらしい。
〈企業をルビコンに呼び込んで満足か? 我々の封鎖による秩序を、貴様が崩したのだ〉
〈お前のライセンス……。元の“レイヴン”がやった仕事か。今は考えることではない、戦闘に集中しろ。621〉
「……了解」
ACS負荷限界から制御を取り戻した直後、すぐ傍にいたカタフラクトにアサルトブーストを噴かせ、ブーストキックを叩き込む。ウェポンハンガーでパイルバンカーへと換装し、コアMTに向けて鉄杭を撃ち込んでいく。
『コアMTに対する直撃を確認。効いています!』
〈カタフラクトの設計は、正面からの被弾を想定していない。引き続き弱点を突け、621〉
一度距離を離されるが、ウェポンハンガーでグレネードに持ちかえつつも、なんとかカタフラクトの正面に回り込む。バズーカを構えたのと同時に、可変式多機能レーザーキャノンの拡散された青い光が放たれる。放ったレーザードローンがカタフラクトを足止めした隙で、ACS負荷限界から回復する。リペアキットでAPを回復させながら、グレネードをコアMTへと撃ち込む。
〈コード44、優先排除対象レイヴンの情報を回してくれ。シミュレータと戦型が一致しない。貴様……、何者だ……?〉
〈コード44を受領、情報を送信します。当該ACと排除対象“レイヴン”の不一致を確認。同一搭乗者とは認められません。暫定処理として脅威度を引き上げます、対処してください〉
グレネードがカタフラクトの体勢を崩した。すぐにコアMTと距離を詰め、換装したパイルバンカーの鉄杭をもう一度撃ち込んでいく。
〈コード18。やはりこいつはレイヴンとは違う〉
レーザーキャノン、ガトリングと巨大な躯体から放たれる弾丸の暴雨をクイックブーストで避けていく。もう一度レーザードローンを放ち、牽制を行っていく。地上を走るカタフラクトに対し、一度宙へと浮かび、自由落下で多くの火器からの攻撃を避けていく。拡散して放たれていたレーザーキャノンが収束し、強力な一射を放つ。クイックブーストで回避し、後方の雪原を焼いていく。
〈……だが、封鎖機構の脅威には変わりない。同程度か、あるいは……〉
カタフラクトがこちらに向かってくる。迫りくる重量が機体を掠める。拡散して放たれるレーザーキャノンにACS負荷限界を迎えるが、すぐに制御は戻った。リペアキットを使い、パルスアーマーを展開する。迫るグレネードの爆風から機体を護っていく。再度突進するカタフラクトをクイックブーストで回避するも、ACの周囲に展開されていたパルスアーマーが衝撃に弾け飛ばされた。
〈正体不明AC……、貴様はここで排除する!〉
再び、レーザーキャノンが収束する。だが、カタフラクトの動きが止まった。その隙にバズーカを撃ち込み、クイックブーストで軸をズラすも、軌道が読まれたか。カタフラクトの照準補正が優秀だったか、直撃は避けられなかった。それでも、カサブランカはまだ持ってくれている。クイックブーストでカタフラクトの正面へと戻り、左腕のグレネードを撃ちこむ。グレネードをパイルバンカーへと持ち替え、体勢を崩したカタフラクトのコアMTへとアサルトブーストを噴かせる。慣性に乗せたまま、パイルバンカーの鉄杭を撃ち込む。が、一手が足りない。前進するカタフラクトに、カサブランカが弾き飛ばされる。
『レイヴン……。あなたは、一体……』
〈集中を切らすな、621。敵もお前を警戒している〉
「……、了解」
もう少しで、カタフラクトを討ち取れる。レーザーキャノン、ガトリングに多連装面制圧ミサイルの弾丸が空を舞い、カタフラクトも雪原を走って来る。最後のリペアキットを使って機体を修復する。レーザードローンを放ち、正面取ったコアMTに向けてバズーカを撃ち込む。多連装面制圧ミサイルによって脚を止めざるを得ないも、先に飛び立ったレーザードローンが放つレーザーがコアMTを貫いたのが見えた。
〈そういう……、ことか……。コード5、戦闘ログを送信。再照合を――〉
そのデータは本当に送られたのか。それとも、間に合わなかったのか。どちらにせよコアMTを中心に火花が走り、先人たちを屠っていった重戦車は爆炎を上げていった。
〈カタフラクトの撃破を確認、ミッション完了だ。……“レイヴン”については気にしなくていい。借りた名義ではよくある話だ〉
ようやく落ち着いた戦況に息をつける。……ハウンズを屠ったとされるカタフラクトは、617と呼ばれていた女性が撃破したらしい。仇討ちとは勝手が違うものの、彼らに対して何か出来たのかもしれないという漠然とした感覚が残る。
『……。ウォルターとあなたは、このルビコンで何を……?』
『……変わらないよ。コーラルに辿り着く。それは、変わらないワタシたちの目的』
エアには、しっかりと話しておくべきかもしれない。彼女が親しげに呼んでくれる“レイヴン”という名は、借り物であるということを。輸送ヘリで回収されるまでの間、ルビコンに辿り着くまでの短いウォルターとの旅路、エアと出会うまでの旅路を話すことにした。
*
〈新着メッセージ、一件〉
輸送ヘリに回収された直後。ウォルターの姿はない。身支度を整えながらも、エアに語り掛けているその中、COMの通知が入る。ヒビが入ったタブレットを操作し、メッセージを確認する。
〈独立傭兵レイヴン、カタフラクトの撃破に感謝しよう。師叔フラットウェルも感嘆しておられた。“奇貨居くべし”だろうだ。貴女であれば企業も……、封鎖機構も打ち破れるかもしれない。……いかんな。我々は独力で勝ち取ることも覚えるべきだ〉
メッセージが終わる。アーシルからの感謝を知らせるものだった。どうも彼も、人の好さというものが強い気がする。
『……レイヴン』
『ごめん。話の途中だった』
『いえ。メッセージの確認は大事です』
傍らにいる少女の瞳が伏せ勝ちになる。それでも、星の煌めきを持った赤い瞳がこちらへと向けられる。
『私と出会うまでの旅路、ルビコンへと辿り着くまでの旅路……。期間としては、短いものでしょうけど、あなたは、多くを経験してきたのだと私は思います』
『……そう、かな』
『そうです。あなたは旧世代型の強化人間として多大な負荷を抱えていても尚、こうして、ここまで辿り着けているのですから』
『それは……。道を切り開いてくれたハウンズがいた、たまたま拾った“レイヴン”という名前があったからだよ』
自分だけでここまで辿り着けただろうか。それはないと、断言できる。何よりも、ウォルターをこのルビコンの地に到達するために、道を切り拓いたハウンズたちの功績があってのことだ。621は、そんな彼らの補充に過ぎない。そして、この地に到達した際に入手した、借り物の名前レイヴン。このライセンスが無ければ、活動すら危うかった。数多の偶然が重なって、道となってくれた。こちらはただ、偶然で出来た道を歩いて来ただけだ。
『確かに、様々な偶然があったのかもしれません。それでも、こうして進んできたのは確かにあなたなのです。それは、受け入れて良い事実だと思います』
『……ありがとう』
偶然出来た道と言えど、あくまでそれは最初だけ。その先へと続く道を選び、歩いて来たのは621だと傍らにいる少女は言う。何も無い自分に、
『……エア』
『どうしましたか?』
『……ハウンズについて、ウォルターに聞いてみようと思う。今まで、戦闘記録しか確認してなかった。どんな人たちだったのか、聞くのが怖かった。ウォルターも辛いと思って。……本当は、ワタシじゃなくて彼らが良かったんじゃないかって』
『……ウォルターに辛い経験を思い出させてしまう。その後ろめたさは分かります。ですが――』
傍らにいる少女が、そっとこちらの肩に手を置いてくれる。
『あなたより良いとは、言わないと思います。むしろ、先人たちと同じくらいに大切だとウォルターなら言ってくれるはずです。私も、あなたの前任がどんな方々なのか知りたくなってきました』
『――うん』
知りたい。ハウンズとは、どのような人達だったのか。戦い方ではない。彼らという人物が知りたいのだ。ウォルターを探すべく、輸送ヘリの中を歩いていく。ウォルターはここで仕事しているとエアに案内され、部屋の前で待つことにする。しばらくすれば、ドアが開いてウォルターが出て来た。
「お前がここに来るのは珍しいな。どうした?」
「……ハウンズって、どんな人たちだった……?」
「……」
ウォルターの、眼鏡の奥の灰色の瞳が驚いて見開いている。なんとか、言葉を続けていく。
「……ここに来るまで、カタフラクトと相討ちしたのは、記録で知っている。カタフラクトと戦って、思った。ハウンズは、どんな、人達だったのだろうと」
「――そうか。お前から、あいつら自身を知りたいとはな」
いつもの、どこか張りつめた表情に戻る。だが、その雰囲気はどこか懐かしんでいるようで、寂しそうなものだった。
「わかった、あいつらの話をしよう。あいつらも、新しく迎えられるお前を楽しみにしていた。お前に知ってもらえる。あいつらにとっても、手向けになる。聞いてくれるか? 621」
「……うん」
こくりと頷き、ウォルターの後ろを着いていくことにした。こちらからハウンズについて言及したのは、今回が初めてではない。だが、それはあくまで前任がどのような戦闘記録を残していたのかの確認だった。ハウンズの各々が、どのような人物だったのかを言及することは無かった。
ハウンズを語るウォルターは、懐かしむように、寂し気であった。だが、それ以上に優しさというものがあった。それだけ、ハウンズたちとの時間は大切であったのだと。その優しさは、こちらにも向けられているものと同じだということも。少しだけ、ウォルターのことも知ることが出来た。ような気がした。