「……」
次に行われる作戦。それが収められている記録端末。片手に収まる小さな物に、多くの情報が入っている。が、次に行われる作戦は、あまりにも……
「よう、お前が出て来たってことはスネイルも手が空いたか」
声を掛けられ、振り向く。そこには短い黒髪と、美しいダークブルーの瞳を持った忌々しい男――。ヴェスパーの首席隊長たるフロイトの姿があった。
「何用かな、フロイト隊長」
「なに、随分と不満そうだなラスティ隊長殿。なら、代わって貰えるようにお前からも打診してくれないか? 退屈で仕方が無くてな」
「配慮痛み入る。だが、スネイル隊長からの直々の御指名だ。反故にする気はないさ」
それらしい言葉で、切り上げようとする。何より、この男に明け渡すつもりはない。
「なるほど。相手はお前のお気に入りか」
思わず脚が止まる。これでは、肯定を意味してしまう。
「分かってきたぞ。スネイルの不機嫌ながらもことが思った通りに運んだ表情、いつも以上に不満を見せるお前、惑星封鎖機構に対する急襲作戦の用意――。これだけ材料があれば分かる。独立傭兵レイヴンを巻き込んだ二拠点の同時強襲作戦と言ったところか。大方、レイヴンの方が囮というところだろ」
点と点を結びつける思考の速さ。何よりも、驚異的な観察力だ。少しでもこの男に情報を明け渡してしまえば、天才的な思考力と勘によって正解を導き出してしまう。
「――あなたには、関係のないことだろう」
「……そうだな、確かに俺には関係ない任務の話だ」
「部下たちにもブリーフィングをしなければならない。これで失礼するよ」
「ああ、引き留めて悪かったな。お気に入りとの出撃、精々楽しんでこい」
足音が遠ざかっていく。どうしても、あの男を前に冷静ではいられなくなってしまう。確かな才能を持ち、それでいて研鑽を続ける努力家。誰もが認める本物の天才。だが、その実態は自らACに乗って戦うという自分の悦楽を優先するというもの。
人間、誰しも自分の欲望を優先するものだというのは分かっている。だが、どうしてもフロイトのその在り方は鼻に触る。あの男とは、理解し合えるとも分かり合えるとも思えない。漠然とした、そんな直感めいたものがある。それだけなのだが、それを無視してはいけない。そんな気がしてならないのだ。それ故か、あの男がいると、鈍感たれと自ら課した心がざわつく。
(いかんな、これは……)
一服をして落ち着きたいところだが、時間に猶予はない。ベルタが抑えてくれたミーティングルームへと向かう。
「隊長――、何かありましたか?」
「いいや、なんでもない。気にしないでくれ」
ミーティングルームへと入れば、出迎えてくれたのは副長のベルタだ。そして、“壁越え”からまた一人や二人、席が空いてしまっているが、知っている部下たちの顔がそこにある。深呼吸をして、ベルタに作戦概要が入った情報端末を渡し、なんとか切り替えていく。
「スネイル閣下から任が下された。惑星封鎖機構の拠点である、バートラム旧宇宙港及びハーロフ通信基地の同時強襲作戦だ」
ざわつくミーティングルーム。惑星封鎖機構への、本格的な反撃の一手とも言うべき作戦だ。それに自分たちは選ばれた。光栄に捉えることも、死んで来いと命令されたとも捉えることが出来る作戦にだ。
「……なるほど。あなたの不機嫌な理由はそういうことね。データ、送ります」
資料を読み終えただろうベルタがデータを送信する。各々の視界や端末に今回の作戦が展開されたことだろう。
「今回の作戦は、隊長が先程仰ったとおり、惑星封鎖機構の二拠点であるバートラム旧宇宙港及びハーロフ通信基地の同時強襲作戦です。ハーロフ通信基地は我々第四部隊が。バートラム旧宇宙港は、独立傭兵レイヴンが受け持ちます」
淡々と、これまで通りにベルタが概要を述べていく。
「我々がハーロフ通信基地の通信網を混乱に陥れ、精鋭部隊による増援を阻止。その間、独立傭兵レイヴンがバートラム旧宇宙港に停泊中の強襲艦全ての破壊を行う。それが、この作戦の概要です」
「おお、あの子。スネイル閣下のお眼鏡にかなったか」
「そりゃ、色んなところで仕事してるだろ? あの子」
まるで、知り合いの子の成長を見守るかのような。そんな声がぽつぽつと聞こえてくる。だが、この作戦はそれだけではない。
「……これ、レイヴンちゃんの方が囮ですね。スネイル閣下のことです。我々もあの子も、どちらも囮にしてどちらも本命作戦と言ったところでしょうか。閣下の価値の比重においては、我々の方が上と言うところでしょう」
「ええ? 副長、どういう――」
「今回の作戦、人員を確認してみなさい」
今回の作戦。ハーロフ通信基地での行動概要は、機動力の長けたスティールヘイズが中継アンテナを破壊。MT部隊は、ハーロフ通信基地の防衛戦力の陽動。そして――
「モニカが、待機……?」
「あー……。これ、レイヴンちゃんや隊長たちが大立ち回りする間、ハックしてこい。ってことです……?」
「まあ、そういうことだ。我らがモニカ嬢には、ネットワーク型強化人間としての本領発揮をして欲しい。というのがスネイル閣下からのお達しだ」
オペレーター業に勤めているモニカ。彼女は、ネットワークを専門に調整された強化人間でもある。オペレーターよりも、ハッキングが本領とも言える。惑星封鎖機構という最高峰のセキュリティを持ったネットワークに対し、ハッキングを行うことが指示にある。
バートラム旧宇宙港は、確かに強襲艦の母港となっていること。何よりも、使い捨てられていると言えども、星外へのアクセスが行える玄関口でもあると、拠点価値は大きい。その価値の大きい場所に名が売れ始めた独立傭兵を遣わせ、ヴェスパーはハーロフ通信基地で妨害を行う。旧宇宙港に惑星封鎖機構の注意を向けさせ、その隙にネットワークをハッキングする。……封鎖機構の機体や艦隊の鹵獲を狙っているスネイルからすれば、彼らの通信網への介入するための下準備、司令コードのコピーないしはパターンの把握が出来れば攪乱にも使える。なるべく無傷に高性能機体を無力化させるとなれば、その手段の方が確実だ。レイヴンが失敗したところで、再度自分たちで旧宇宙港を取りに行けばいい。レイヴンが成功すれば、その手間は省ける。そういった魂胆なのだろう。
「混乱に乗じたハッキングによって、バックドアを作成。これで、彼らの使う司令コードのコピーを手にすることが出来れば、統一が戦力でもある惑星封鎖機構を無力化するのはたやすいでしょうね」
「スネイル閣下の本当の目的は、モニカのハッキング……!?」
「これ、僚機がいないレイヴンの方が危険じゃ……」
動揺が部隊内に広がる。良くも悪くも、普遍的な感性を持つ彼らだ。ほとんど陽動しかないこちらの動きと異なり、幼い少女が孤立無援状態で敵陣の中に行くのだ。安否を気にしてしまうのは理解できる。
「あの子なら、作戦を成し遂げる。君たちが心配する必要はないさ」
あの少女ならやり遂げる。それは間違いないことだった。
「……それでは、ブリーフィングを開始します」
副長殿の盛大な溜息が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。
*
少女にも作戦概要を伝え、出撃準備を行っていく。MT部隊が先行して通信基地の戦力を撹乱、基地外へと誘導。レイヴンが艦隊の撃破を行ったタイミングを見計らって、通信アンテナを破壊。戦力が減り、統制がままならない基地内で残存戦力と戦闘を行う。後の鹵獲のために、機体は完全破壊してはならない。基地も破壊してしまっては、ハッキングに潜り込んでいるモニカが危険になる。
レイヴンが艦隊を破壊するだけの時間を稼げれば、それで良い。その時間内で、封鎖機構のネットワークにバックドアを作成、あわよくば司令コードのコピーを入手する。実力は確かだが、同時に野心が強いあの若造は、随分と無茶を言ってくれる。
〈それにしても、わざわざあの子の元に赴く必要はありましたか? 隊長〉
〈再び共闘する相手だ。それぐらいは、礼儀として必要だろう?〉
〈よく言いますね、全く〉
電脳越しに、ベルタが当人に向けて愚痴をこぼしていく。スティールヘイズの最終チェックを行う。動力系統、異常なし。火器管制、問題無し。機体に、トラブルの予兆は無い。
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
〈スティールヘイズは問題ない。いけるぞ〉
〈了解しました。予定通り、隊長は基地近傍にて待機。MT部隊を先行させます〉
〈それと、レイヴンとの通信を繋げてくれ。ここから先は、あの子に合わせていく〉
〈……〉
溜息と共に電脳越しの通信が切れる。スティールヘイズを乗せた輸送ヘリがハーロフ通信基地近傍まで飛んでいく。その間にも、画面に映る戦況は動き続けていく。MT部隊が哨戒中の封鎖機構の機体とエンゲージ、交戦を続けながら徐々にその戦線を下げていく。スティールヘイズの降下準備が整うと同時に、レイヴンとの通信が繋がる。
「戦友、こちらは通信基地近傍で待機している。回線は繋いでおいてくれ、そちらの状況を見て仕掛けよう」
少女からの返事はないが、通信が切れることはない。そちらに合わせていくという意図は通じたようだ。輸送ヘリから雪原の白の世界では目立つ紺色の機体が投下されていく。
〈隊長、モニカがバックドアの作成に成功。封鎖機構の司令コード解析、複製に入ります〉
〈連中がネットワークの侵入に気付くのも時間の問題だ。なるべく派手に動くようにはしよう〉
(それにしても……)
ふとモニター越しに映る空を見る。夕焼け、と言えば心地いいだろうが、未だに滞留している残留コーラルの波が良く見える。未だにこの惑星を縛り付ける過去の厄災の名残。この惑星には自由はないのだと、語られているようで。不自由からの解放のために、多くの同胞を手に掛けている。解放のための同族殺しに対して、あの灼けた空は嘲笑っているようだった。
〈ラスティ、一隻目にかかる〉
「わかった。こちらも始めるとしよう」
少女の鈴のような声に現実に引き戻される。少女が動いたとなれば、こちらも動かなくては。アサルトブーストを噴かせ、中継アンテナへと向かう。MT部隊に気を取られていたからか、残存戦力は想定通りに少ない。アンテナに向け、バーストアサルトライフルを撃ち込めば、すぐに破壊が出来た。
「戦友、こちらで中継アンテナを破壊した。これで連中はしばらく外部との通信ができない。その間に作戦を進めてくれ」
〈わかった〉
ここからが正念場だ。少女が艦隊撃破を行うまで、電子の海に飛び込んだモニカが細工と情報収集を終わらせるまで。大立ち回りをして時間を稼がなければならない。こちらの接近に気付いてか、待機していただろうLCやMTが慌てて基地から姿を現し始めた。
〈コード5。こちらにもACを確認した〉
〈アーキバスめ、同時に強襲を仕掛けるとは……!〉
狙撃型のLCがこちらに向けて銃口を向けるが、正確すぎる狙いは読みやすい。プラズマミサイルを放ち、MTを蹴散らすと同時にダメージを与える。アンテナの修理を行う作業用メカを破壊しようにも、砲台の援護射撃やMTのロケットと弾幕が道を阻んでいく。
〈隊長、こちらMT部隊! 封鎖機構の連中が後退を始めた。こっちが囮なのがバレた。何機かそちらに向かっていく!〉
〈了解した、よく保たせてくれた。MT部隊はそのまま哨戒に移行してくれ。やつらのことだ。通信が復旧次第、動きを見せる。その報告だけでいい。無駄死にはよしてくれよ〉
〈了解!〉
こちらがアクションを仕掛けた以上、MT部隊が囮だと言うのはすぐに気付かれることだ。ブーストを噴かせて空を舞う数機。バーストアサルトライフルで牽制し、近付く機体にバーストハンドガンを撃ち込む。怯んだところをレーザースライサーで切り裂いていく。MTやLCを相手にするのは問題ない。だが、スティールヘイズがMTやLCを狩る以上にアンテナの復旧作業の進みが早い。
〈MT部隊からスティールヘイズのオペレートに移行。レイヴン、二隻目を撃破。残り三〉
「順調に進めているようだな、戦友。こちらも攪乱を続けているが、復旧対応が速い。この通信妨害は、長くは持たないと思ってくれ」
〈わかった〉
どんな状況においても、少女が動揺や焦りを見せる様子はない。冷静沈着は良い事ではあるが、同時にそれは、少女は戦うための人形であることを裏付けている。一人の人間としては、あまりにも……。だが、あの可憐な少女の実力は信頼している。
〈……モニカの様子は〉
〈順調です。あの最高峰のセキュリティを相手によくやっています〉
こちらが派手に動けば、少女への援軍を遅らせることが出来る。それに、この基地に滞在する封鎖機構がハッキングにも気付けば、ACすらも囮であると気付くだろう。プラズマミサイルのダメージエリアで多くの敵を攻撃し、ダメージを負ったMTをブーストキックで破壊、バーストアサルトライフルとバーストハンドガンによる二丁の射撃攻撃を行っていく。入って来る音声は、三隻並んでいただろう強襲艦を次々と撃破しているようだった。
〈――、――こちら、モニカ! 通信網の復旧を確認! ネットワークから撤退します!〉
〈こちらMT部隊! 強襲艦二隻、LCとHCの飛行を確認! 宇宙港の方に向かっている!〉
〈――アンテナの復旧を確認。強襲艦の撃墜、バックドア作成及び司令コードの複製……。我々に課せられた任務は、完了しました〉
強襲艦は撃破された。こちらに課せられていたネットワークの細工も完了した。確かに、アーキバス強化人間部隊ヴェスパーの一員としての任は終わらせただろう。
〈隊長、スネイル第二隊長から通信です〉
〈任務お疲れ様でした、第四隊長殿。ネットワーク型強化人間の実力も発揮されたようで何よりです。あなた方は任務を達成した。すみやかに――〉
「すまない、スネイル隊長。通信妨害だ」
その通信を、無理矢理切断した。
「……聞こえるか、戦友。封鎖機構の外部通信が復旧した。応援要請と受けた強襲艦がそちらに向かっている。私が着くまで持ちこたえてくれ」
〈隊長!? 我々の任務は――〉
「ベルタ、スティールヘイズの速度で宇宙港に辿り着くまでどれほどかかる?」
〈え? ――。少なくとも、一度通常モードに切り替えて、エネルギー出力の安定化をさせないと間に合わない。とは〉
「わかった、そうしよう。ルート構築を頼む」
〈――わかりました。まったく〉
〈メインシステム、通常モードに移行〉
一度、スティールヘイズの炉を切り替える。通常モードならば、戦闘時よりも長くエネルギーを使うことができる。この状態で飛んでいけばあるいは――
副隊長とスネイル第二隊長殿の叱責は後で受けるとして、孤立無援状態となった少女の元へと紺色と錆の機体を羽ばたかせた。
*
アサルトブーストという最高速度で空を飛ぶ。速度のために装甲を犠牲にしてきた(それでもこの
〈隊長、データ精査出来ました。強襲艦二隻は既に撃墜済。残るのは、LCとHC一機ずつだけです。あなた“たち”なら、勝てます。御武運を〉
〈――ああ。私“たち”ならば、負けることはない〉
無意識に出た言葉なのだろう。副隊長のベルタから見ても、少女の実力は高く評価されている。ヴェスパー第四隊長ラスティと独立傭兵レイヴンの二人が並べば、負ける道理は無いのだと。
(……見えて来た)
ようやく、LCとHCが着地するブーストの軌跡が見えた。執行機が対峙するその先には、戦闘の汚れこそあるものの、白と黒でカラーリングがされた花の名前を持つ機体がいた。
「相手は……、上級尉官の執行機か」
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
白の機体の傍らに降り立つ。隣にいる少女から、戸惑っている雰囲気を感じ取れる。この出撃の前に、少女には救援に向かうと約束した。それを、ただの口約束として信じなかった少女が正しい。自分達がいる世界とは、そういうものだ。だからこそ、その約束が本物として確立したその時、本物の信頼を勝ち取る事になる。少女を一人にさせる訳にはいかないという、微かに残っている良心によるものもあるが、何よりも、少女という戦力を
「待たせたな、戦友」
〈ラスティ……、本当に……〉
「言っただろう? 恥じぬ戦いをすると。久々の協働だ、助け合いの精神でいくとしよう」
スティールヘイズを先行させる。カサブランカも着いてきている。こちらが動くと同時に相手も動き出した。先行するLCと続くHC。HCに対し、先制でバーストハンドガンとバーストアサルトライフルを撃ち込む。その後ろから、レーザードローンのレーザーの追撃が入る。
〈コード44、排除対象二機の情報を回してくれ〉
〈システムより解答。企業所属、
〈妙な組み合わせだ〉
〈企業も傭兵に頼らざるを得ないということだろう〉
HCは、こちらより耐久性能がある少女が受け持つつもりらしい。ならば、こちらは機動力を主軸に置いたLCの相手を務めよう。どちらの機動性の方が上かは、比べるまでもないが。健気にも、LCはHCの補助をせんとミサイルを白の機体へと向けるが、それだけではあのカラスを名乗る少女を止めることなぞ出来ない。鬱陶しく纏わりつくこちらに気付いたのか、LCのミサイルがこちらへと向かい始めた。
(本当に。死ぬことを恐れていないのだな、君は……)
HCの強力なレーザーブレードによる連撃を受けても尚、白の機体が止まる様子はない。反撃とばかりに果敢にブーストキックで蹴り込んでいく。
「相手は上級の執行機だ。集中を切らすなよ、戦友……!」
〈っ……!〉
こちらの配慮は無用だとばかりに、白の機体の二丁の銃がHCを貫いた。残るは、こちらの機動力に翻弄されているLCのみだ。
〈システムに……、報告を……。コード78E……、脅威レベルE……〉
〈ラスティ!〉
「そちらは片付いたか。ならば……!」
LCに向けて、二機の火器が向けられていく。アサルトライフルとリニアライフルの弾丸、バートラムとバーストアサルトライフルの弾丸、その合間をレーザードローンが軌跡を描いていく。ACS負荷限界で止まるLCに、プラズマミサイルの範囲爆発が襲っていく。
〈……コード78Eを受領。システムに上申〉
地上から追撃していくカサブランカ、同じ上空で相対するスティールヘイズ。LCは持ち前の機動力を持って回避するも、レーザードローンどころかスティールヘイズを振り切ることは出来ていない。
「やるな、戦友。背中を預けるに相応しい」
これは、素直な賞賛だ。少女の力というものは本物だ。あの子のような実力者はそうそういないだろう。だからこそ、こちらの本来の目的のためにも、あの子から信頼を勝ち取らねばならない。レーザースライサーを展開し、LCに迫るが、その刃が届くことは無い。
だが、それで十分だ。その間にも、可憐な少女が攻撃の手を緩めることはない。こちらに注意を取られたLCが、カサブランカの弾丸で動きを止める。動きが止まった獲物を、カラスは逃すことなくパルスブレードで切り捨てたのだ。
〈この……、状況は……。コード78E……、送信……〉
これで、執行機を片付けることが出来た。あとは、次の援軍が来るまでに少女と共にこの場から離脱すれば良い。
〈……システムの判断を通達します〉
未だ続く封鎖機構の広域放送。辺りの静けさが、一気に不穏なものへと変化する。
〈コード78Eを承認。惑星封鎖機構に対する脅威出現と見なし、IA―02の起動を許可します〉
何かが起きた。だが、それが何かは分からない。互いに離れぬように近付き、周囲を警戒する。氷床が揺れる振動が、ACにも伝わってくる。
「この振動は……⁉」
〈ベルタ!〉
〈周囲を探査します。――これは、地下から異常反応! そちらへ向かっています!〉
〈ラスティ、離れて!〉
少女の声と共に、鉄塔が崩れた。それと同時に、カサブランカとスティールヘイズが散会する。鉄塔を破壊しながら現れたそれは、細長くも巨大な、蛇のようなミミズのような兵器だった。
「なんだ……、この化物は……⁉ これも……、封鎖機構の兵器なのか⁉」
〈分かりません……! 惑星封鎖機構が、こんな兵器を所有しているなんて情報……!〉
とにかく今は、生き延びるしかない。未だ溶けずに残っている強固な氷床に潜っては現れる、兵器。にしては、あまりにもその動きは動物そのもので。スティールヘイズもカサブランカの兵装もものともしない強固な護り――。化物以外の、何者でもなかった。
「パターンが読めん……! 退くべきか……⁉」
あの巨体だ。接触するだけでこちらの動力制御は麻痺するだろう。退避しようにも、あの化物がどこまでも追いかけてくるならば被害は増える一方だ。どうする、考えろ。だが、どうやって?
「レイヴン!」
〈っ⁉〉
地面に潜った化物が天高く頭を伸ばし、その首をあの少女に向け始めた。貴重な強者である少女を、こんなところで喪わせるなど、冗談ではない。なんとか注意を引かせようと弾丸を撃ち込むも、化物はこちらに見向きもしない。だが、あの巨体が白の機体に向かうことはない。それどころか、化物の動きは緩慢となっている。
「なんだ……?」
けたたましく唸っていた掘削機の音が止まる。そして、伸びた首は少女とは違う方向へと向き始めた。巨大な化物はこちらのことなぞ眼中に無いとばかりに、この場から離れて行く。化物が鳴らす巨大な音は遠くなり、バートラム宇宙港には静けさが戻ってきた。ようやくこの場は落ち着いた。ゆっくりと、少女の元へと向かう。ウェポンハンガーに左手のバーストアサルトライフルを収め、空いた左手を伸ばす。
「無事か? 戦友」
〈……ワタシ、あなたを信じ切れていなかった〉
どこか、ぎこちないとばかりにカサブランカが一歩引き下がる。この可憐な少女は、外見とは裏腹に随分と真面目な性格のようだ。他者を疑うのは、この世界では常だというのに。
「……私はヴェスパー、君は独立傭兵だ。このルビコンの戦場には、多くの思惑と欺瞞が交錯している。言葉だけの信頼なぞ、日常茶飯事さ。むしろ、本当に信じ切っていたらこちらが戸惑ってしまう程だ」
〈でも……、あなたは約束を守った〉
その上、頑固でもあるようだった。
「なら、これならどうだ? 今回の一件で、私は君の信頼に足り得る戦友である。と、証明できたかな?」
〈……うん。あなたは、強くて、優しくて、真っすぐなヒト。それはもう、疑っていない〉
「光栄だ、レディ」
それは、少々過大評価が過ぎるが……。この惑星で強者と数えられる少女の信頼を勝ち取れたのならば、甘んじて受けよう。カサブランカの、エルカノがこちらのためにと新造している機体の試作用パーツの腕が、スティールヘイズの手を取る。夕日に照らされた崩壊した宇宙港の中で、差し込む夕日や、コーラルの赤が混じる空が妙に眩しく見えた。
〈――隊長、そろそろ帰投しましょう。スネイル閣下がカンカンです〉
「……と、スネイル隊長殿から、今回の兵器について報告しろと催促がうるさくなってきたな。私はこの辺りで失礼しよう」
事実、こちらは帰投命令を無視して戦闘を続行している。だが、十分な土産も持ち帰ることができるはずだ。今回の僅かな交戦データだけでも、上官に渡さねば。あのような化物、解放戦線が太刀打ちできるはずがない。あの化物退治は、企業に擦り付けた方が良さそうだった。
〈ラスティ……。――ありがとう〉
「私こそ、本当の意味で君に信じて貰えるようになれたと、嬉しいさ。またな、戦友」
少女の、ぎこちないながらも確かな感情が籠った言葉に、思わず口元が緩む。この一時が名残惜しいと言うかのように、ゆっくりとカサブランカの手からスティールヘイズの手が離れていった。
*
帰投してからというものの、副隊長とスネイルから命令無視の叱責に加え、先程の化物について報告しろとそれなりの時間を拘束された。解放された頃には、今までに無い疲労感を感じていた。ペイターに少女への言伝を頼み、誰もいないことを見計らって、屋上へと向かった。
(ベイラムと共同を打診するのは良い。そうしなければ、あの兵器に太刀打ちすることは無理だ。そこは、賢い選択をしてくれて助かる)
煙草の先端にライターを灯し、火を点けていく。一度紫煙を吸い込み、吐き出していく。冷たい夜風が、疲れている身体を刺激させ、脳をはっきりさせてくれる。
『ラスティ……。――ありがとう』
人形のような少女が、感情を見せてくれた瞬間。こちらはただ、打算を持ってあの子に接しているに過ぎない。確かな強者である彼女が、劣勢に立たされ続けている解放戦線に手を貸してくれるならば――。この惑星が、理不尽から解放される。その一助を担ってくれると。そのためだけに、人の良いフリをしているのだ。嘘つき狼に、可憐な少女の本当の感情は、少し眩しい。
(あの化物を倒す算段がつけば、きっと……)
間違いなく、あの子も駆り出されるということだ。あの化物を相手には、強者を揃えるという万全な体制で臨みたい。そうなれば、あの子が抜擢されるというのは間違いないことだろう。こちらがアサインされるかは、わからないが……。少なくとも、フロイトをあの場に出すという選択はスネイルはしないだろう。そうなれば、こちらに声が掛けられる可能性の方が高いか。それでも、あの子が共にいるならば、あの化物を相手でも戦える。そんな万能感を感じてしまう。
あの子の実力は本物だ。だが、それ以外のことは全く知らないというのに。
(――疲れているな)
気付けば、煙草の長さは燃えて短くなっていた。